世界は酷く美しい   作:人差指第二関節三回転

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005   異常性の中の異常者

「うぉぉぉぉぉぉぉおおおおおお!!! 死ね!!!」

 

 

 柄春は標識を叩きつけた。

 

 標識は異常性の関係なく、十分に鈍器として武器になる。鰐塚処理の武器ではないが、叩きつけられれば脳内出血を起こして死ぬ程度には破壊力を持っている。そんな標識を前にプラスシックスのリーダー、デスウォッチこと糸島軍規は避ける素振りもなく守る素振りもなく、対処する気もなく反撃する気もなく、両手を胸の前で組み目を瞑っているだけだった。

 

(俺なんかに力を使うまでもないってか! 後悔させてやるよゴキブリが!)

 

 心の悲痛な叫びとともに標識が振るわれ、軍規の頭部に確かな手応えをもってして炸裂した。骨が砕けるような確かな手応え、球磨川禊に螺子伏せられてまだあまり時間は立っていない。これでも怪我人だし、これでも療養中なのだ。そんな時に標識を頭部に炸裂されて無事でいられるはずがないのだが―――軍規のほうは全てが終わってから、嫌にゆっくりと目を開き、言ったのだった。

 

 

「君は今、なにかしたかな?」

 

「―――っ!?」

 

 

 攻撃が効いていないどころの話じゃない! 効いているかどうかよりも、当たっているかどうか心配になるほどの手応えのなさに、柄春は鳥肌が立つ。確かに攻撃はあたっていて、確かに標識は炸裂したのに、なんだこいつ! 消炭といいこいつといい、いったい何人化物がいるんだよ! ―――自身のアブノーマルが通用しないという事実に、柄春は一瞬だが身動きができなくなった。その隙を百町破魔矢が逃すわけがない。

 

 

「無駄ですよ牛深先輩」

 

「なっ………」

 

 

 放たれた弓矢が、柄春の両アキレス腱を貫いていた。直後バチンという不可解な音が自分の足から聞こえてくる。

 

 だめだ、もう、こいつらに、かなうわけが―――意識は闇に塗りつぶされる。柄春の顎に軍規の容赦ない掌底が叩きつけられたのが止めだったようだ。ゲームのように派手な軌道を描きつつ、空中に躍り出て後方に頭から地面に落下する。その間に消炭が柄春の勢いを『殺して』お姫様のようにキャッチした。

 

 それでも華奢な彼には重たかったのか、ガクンと膝が地面につく。

 柄春を地面に寝かせると、消炭は短剣を前に翳した。

 

 

「これはオモシロイ! 我々2名を相手にひるまないとは、お前どういう神経しているんだ! ますます気に入った! おい破魔矢、本気を出さないと怒るからな私は!」

 

「承知しました」

 

 

 瞬間、破魔矢が弓を構えた。

 

 百町破魔矢の異常性―――それは自分の攻撃が射程距離内なら絶対に外れないというとんでもない異常なほどの命中率である。彼が放つ攻撃の射程距離内に攻撃対象が入っていれば、それだけで彼の攻撃は絶対に当たるし、それだけで相手は彼の攻撃を避けることができない。一発必中にして百発百中、無限発無限中のプラスシックスきっての戦闘向けスキルだった。

 

 運命的(アニヴァーサリー)―――。

 

 それが裏の六人2番手の誇る、百町破魔矢の持つ異常性。

 狙いを定めることなく放たれた弓矢の最大射程距離は100メートル。つまり100メートル以内の相手にならば一発必中の百発百中で攻撃を当てることができるのだ。そしてその攻撃がアキレス腱などの弱点を、さらに急所を狙うことができたなら―――百発百中に咥えて一撃必殺ともいえる。

 

 そんな、魔物のような異常性を相手に、一介の異常者である柄春が勝てるはずはなく、アキレス腱をぶち抜かれた柄春は一瞬にして戦闘不能に持ち込まれたのは至極当然の結果とも言えよう。

 

 

「終わりなさい」

 

 

 一発必中百発百中、一撃必殺の破魔矢の矢が消炭めがけて発射された。

 

 

「ふん」

 

 

 しかし灰ヶ峰消炭は彼と違って過負荷である。過負荷の中の過負荷、何もかもを全て『殺す』ことができる過負荷。いくら相手が魔物と呼ばれるプラシスックスであろうと、即座に負けるような消炭ではない。

 

 短剣を翳し、矢を睨む。

 

 何かが死んだような音が聞こえて、矢が物理法則を無視して真下に落ちた。

 

 

「矢の勢いを『殺した』。そして―――」

 

「何を―――」

 

 

 

 再度弓を引きしぼり、攻撃をする。

 

 しかしその弓矢は消炭に当たっても、子供が石を投げた時よりも頼りない攻撃となっていた。威力がない、人を傷つけるほどの威力がない。

 

 なにかがおかしい。

 

 まるで何かが壊れているような―――こ割れているような。

 

 破魔矢の勘は正鵠を得ているようで―――続く消炭の言葉は、破魔矢の気力をごっそりと削った。

 

 

「弓矢の『攻撃力』を『殺した』」

 

 

 消炭が過負荷で殺したのは。

 

 弓矢という武器の数ある性能のうちの、攻撃力だった。

 

 弓矢の攻撃力を殺した。

 

 性能を殺した。

 

 殺された武器に、その性能は既にない。

 

 目を見開く破魔矢―――に短剣を振りかざそうとした目の前に糸島軍機が迫り狂う。軍規は振りかざされる短剣を腕で受け止める。ズブリ、容赦の無い力で振るわれた刃が確かに絶対にこれ以上なく確実に突き刺さった。が、軍規は悲鳴を上げない。というか痛がる素振りさえも見せない。

 

 (こいつも異常者なのか)

 

 一瞬で悟る消炭。

 

 突き刺さったはずなのに、突き刺さった手ごたえすらも感じたのに、消炭が振るった短剣は軍機の腕から大きくそれて、明後日の方向に進んでいたのだから。

 

 その際軍規は目を閉じていて、そして目を開くと同時に回転しながらの掌底が消炭の顔面に容赦なく炸裂する。勢いは即座に殺したものの、一度引かざるを得ない。

 

 糸島軍規の異常性は、百町破魔矢と同等かそれ以上にやっかいなタイプの力だと悟ったからだ。短剣を構える消炭を、軍機は楽しそうにかつ慎重に言葉を発する。

 

 

「女みたいな顔してるわりには、とんでもなく凶悪な力を持っているようだなお前は! 私は驚いているぞ! 破魔矢! 弓なんか捨てて全力でいけ! これはもしかすると私たちの手に負えないかもしれないからな!」

 

「そうですね」

 

 

 自分の異常性と攻撃を全て対処されてなお、まだ戦おうという破魔矢の心意気に、消炭は密かながら尊敬した。自分ならば勝てない相手には一目散に逃げるだろう。いや、まず勝てない相手がそこまでいないのだが。

 

 一方軍規はとてつもなく楽しそうだ。『裏の六人』という肩書きから察するに、なにか裏で活躍する工作員的ななのかなのだろうと消炭は察する。裏で活躍、暗躍する―――殺し屋の世界で言うならば、それはただ純粋に『強い』人間よりも厄介な存在だ。強い人間よりも強さを知っていて、なおかつ弱いながら弱さを強みに戦いを挑んでくる。凶悪で強大な過負荷を持っているからこそ、消炭は『弱さ』の怖さを知っている。

 

 糸島軍規のアブノーマル。

 それは強さであり、弱さでもあった。

 

 

「うぉおおおおああああああ!!! っはぁ!」

 

 

 掌底が飛んでくる。勢いを殺す、いなす、掴む、その腕に短剣を突き立てて縦に引き裂く。ズブ、ズブズブズブ! と筋肉細胞が引き裂かれる音と手応えが確かに聞こえる。血飛沫で互いの制服が赤く染まる。そして次の瞬間―――軍規は閉じていた目を見開く。治る。全ての傷がまるで『なかったこと』になったようだ。

 

 次に破魔矢が、弓矢の弓の部分をぶん回して攻撃してくる。射程距離は弓よりもかなり小さいが、それでも接近戦においては十分な射程距離だ。射程距離最大2メートルのそれは確実に消炭に炸裂して、けれど勢いが殺されて炸裂はしない。破魔矢の扱い物が既に『武器』という概念ではないので、性能を殺すということはできなかった。いちいち勢いを殺さないといけないということに面倒に思いながらも、消炭は破魔矢の右鎖骨を短剣の柄で殴って砕き、燕返しをするようにして左鎖骨を切り裂いた。

 

 左右の腕を支える重要な骨が両方欠損。確実な戦闘不能。消炭は殺し屋なのだから、これでも殺されないだけマシなのだが―――とうの本人は絶望する他ない状態だ。止めに短剣を腹に突き立てられ、破魔矢はそこに倒れふしてしまう。

 

(あとはこいつだ)

 

 糸島軍規。

 

 彼のアブノーマルは―――消炭の思ったとおりの力だった。

 

 『不知(シュレディンガー)

 

 それがかの、自分の異常性を知りもしない糸島軍規の異常性。




―――糸島軍機

クラス:3年13組
血液型:AB型
異常性:不知《シュレディンガー》


―――百町破魔矢

クラス:2年13組
血液型:AB型
異常性:運命的《アニヴァーサリー》

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