世界は酷く美しい   作:人差指第二関節三回転

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004   牛深柄春の淡い希望

「フラスコ計画って、知ってるか?」

 

 

 校舎内を歩き始めて数分したくらいか。どちらも喋らないという空気に耐え切れなくなったのか、柄春はそんなことを口にしたのだった。

 

 消炭は、特に思い当たる知識もなかったのか、

 

 

「?」

 

 

 と、非常にわかりやすく疑問を形にした。

 首を傾げるだけの消炭に、柄春は考えながらも言葉を吐き出す。

 

 

「この学園には、裏でフラスコ計画ってのが勧められてるみたいでな。13組の中で特に異常度の高い連中のみを使って、完全なる人間をどうのこうのっていう。俺も一応は13組の生徒だ、その計画については聞いていたし、参加もしたかったんだが―――もしかしたら、宗像形はそれに参加しているかもしれない」

 

「そうか。で、それはどこでやってるんだ?」

 

 

 抑揚のない声で、消炭は問う。

 

 

「それがわかれば苦労しないんだがな―――あいにくその計画ってのは公にはされていなく、どうがんばったところで、俺はほとんど関わることはできなかったよ。現在その計画に参加している『十三組の十三人』でも倒せたら、関わることもできそうなんだがな」

 

 

 以前黒神めだかに返り討ちにあった記憶を思い出す。

 

 黒神めだか。彼女は柄春の知る中でも群を抜いて異常だったが―――そんなやつらが属するメンバーを倒すだなんて、ちゃんと冷静に考えれば無理な話だった。

 

 そんな無理は話を前に、消炭は全く怯まない。

 

 

「なら話は早い。その『十三組の十三人』はどこだ?」

 

「まさか、戦う気なのか?」

 

「まぁね」

 

 

 無知というのは恐ろしいものだ、と柄春は消炭から教訓を学んだ。

 

(しかし、これからどうするか―――)

 

 ―――柄春は現在、消炭と話しながらもどうにか逃げ口を探していた。13組の中でも相当な実力を持っていると自他共に認めるこの俺が、どうしてこんなガキに怯えているんだか―――と、額を抑えたくもなるのだが、彼のスキルを体感してしまえば、逃げたくなるものわかろうものだ。なにより彼は、恐るべき過負荷なのだし。

 

 まず消炭の持つスキルは、柄春にはどうやっても破ることはできない。というか、おそらくほとんどのアブノーマルも、消炭の前には通用しないだろう。

 

 対スキル用スキル。

 それが柄春による、消炭のスキルの印象だった。

 

 だから柄春は、自分が苦労して手に入れたフラスコ計画についての知識をここで消炭に話したのだ。現在はもうフラスコ計画は形を成していなく、『十三組の十三人』のトップ、都城王土は黒神めだかに倒されてしまっていたのだが―――だからといって、完全に諦められる計画ではないだろう。計画も崩壊して間もないし、宗像形がまだそこにいる可能性もあって、他の『十三組の十三人』もいる可能性がある。

 

 そこに消炭が向かえば―――彼らの恐ろしさを知らない故に―――向かってしまえば(それもちょっとみっともないが)、「俺は怖いから無理」だと言えば、それだけで行動を別にすることができた。このままでは言葉上、平戸ロイヤルと直方賢理が見つかるまで、消炭と共に行動することになりそうだった。しかも彼らは13組。今この学校にいる可能性は、どこまでも低い。

 

 つまり柄春は、別れるきっかけを作りたかったのである。

 

 そしてその口車に、消炭はどこまでも軽くあっさりと、肩透かしを食らうように、引っかかってくれた。いくら知識がないといえ、相手はかのフラスコ計画の中枢人物達。十三組の十三人………いくら消炭が対スキル用スキルの使い手であったとしても、完膚なきまでに潰されるに違いない。

 

 いや。待て。

 灰ヶ峰消炭が完膚なきまでに潰され―――るのか?

 

 ここに来て柄春は思う。

 

 この少年なら、十三組の十三人にさえも通用するのでは? だとしたら、こいつとタッグを組んで十三組の十三人を倒せば、自分の力を認められるのでは? 別に認められたからといってどうするのかという話だが、そんなことよりも、自分の手が届かなかったヤツラを倒せる可能性があることのほうが、今の柄春にとっては重要だった。

 

 そしてそんな小さな企みも、とある二人の異常者によってあっけなく砕け散る事となるの、だが―――。

 

 

 

 

「おい。そこのお前、今『十三組の十三人』に戦いを挑むとかなんとか、言っていなかったか?」

 

 

 不意にそんな声が聞こえてきて、柄春ははっとした。

 

 目の前にどこかで見たような生徒が二人、通せんぼするように目の前にいたのだ。そしてその二人を思い出すのに、数秒も時間を必要としなかった。

 

 『十三組の十三人』のメンバー。

 

 験体名:死番虫(デスウォッチ)―――糸島軍規。

 験体名:初恋(ラブ)―――百町破魔矢。

 

 十三人の中でも特に恐るべき力を持つ彼らが、目の前にいた。

 

 

(なんでこんなところにいるんだ!)

 

 

 柄春は心の中で、不運を叫ぶ。

 

 『十三組の十三人』のメンバー、都城王土、行橋未造、名瀬夭歌、古賀いたみ、高千穂仕種、宗像形、雲仙冥利の七人と対を為すメンバー、裏の活躍を主とする『裏の六人』。

 

 彼らは数日前に、寝返った雲仙冥利を始めとするチーム負け犬と戦っていて、そしてその後に箱庭学園にやってきた過負荷、球磨川禊によって殲滅されていた。その後全員が病院に搬送されて療養中であったのだが―――計画に関わっていなかった柄春がそんなことを知る由もなく、そして彼らが病院を抜け出したことなんて誰も知ることもなく。

 

 なぜここでこんな奴らと出会うのか、という悲痛な叫びだけが、柄春の脳内を埋め尽くしていた。

 

 

「誰だお前ら」

 

 

 見ただけでもヤバイとわかるそんな奴らを前に、消炭はどうしようもないまでに、柄春と喋るときと同じように、抑揚のない声で離す。内心肝が冷える柄春だったが、幸い彼らは、怒ることもなかったようで。

 

 純粋に興味を持ったのか、消炭に向かって軍規が問う。

 

 

「君は―――見ない顔だね。私達はとてもオモシロクスザマシイ異常性を持っているから、知っている人にとっては相当有名なはずだが。ふん、君は見た限りノーマルでもスペシャルでもなさそうだな。新手のアブノーマルか?」

 

「宗像形はどこだ?」

 

 

 消炭は軍規の話を正面から無視する。

 

 ―――消炭は彼らがあのフラスコ計画に参加していたことなんて1ミリも知らない。けれど、この学園で彼だけを目的とする彼の目標故に、出会う生徒全員に宗像形の居場所を聞いていた。そしてそのルールのようなものが幸を成したか―――フラスコ計画に深く関わる糸島軍規と百町破魔矢は、深く深く消炭に興味を持った。

 

 かの大量殺人犯(という情報は数日前になくなったばかりだが)に会いたいと言っている。はたして宗像にそんな友達はいたのだろうか? それに―――見ただけで伝わってくる、消炭の異常性に強く惹かれる。異常の中の異常、異常以上に異常である『裏の六人』糸島軍規は、面白いことを思いついた。

 

 軍規は言う。腕を組み口角を釣り上げ。

 

 

「宗像形は私の友達だ。居場所も知っている。正直親切に教えてやってもいいんが―――理由もなくぶっ潰してやるのもまたよしだな。君、名前はなんと言う」

 

「灰ヶ峰消炭」

 

「灰ヶ峰消炭! 十三組の十三組の中でも、特に異常な私達に勝つことができたら、居場所を教えてやらなくもないぜ! 隣りの彼も一緒に来て構わない!」

 

 

 柄春としては生きた心地すらしなかったが、

 

 

「約束は守れよ」

 

 

 やる気まんまんな消炭を見て、逃げることはできなさそうだなと悟った。止まれの標識をいつでも使えるように肩に乗せて、彼は生きた心地のしない生き地獄を味わう覚悟を決めた。

 

 もしかしたら勝てるかも知れない。

 

 そんな淡い期待を、込めて―――いざ、勝負。




―――糸島軍規

クラス:3年13組
血液型:AB型
異常性:???

―――百町破魔矢

クラス:2年13組
血液型:AB型
異常性:???

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