『
過負荷の酷さで球磨川を殺した、という事実は。偉業と呼べるものではないだろうか。
蛇籠飽は酸素を薄めて呼吸を奪い、肌を酸化させ武器すらも酸化させて無力化させて見せた。画図町筆は『
もしも蛇籠さんと画図町くんが、喧嘩しちゃったらどうなるんだろう―――無色透明と極彩色がぶつかったら、世界はどうなっちゃうんだろう?
予想なんでできやしない。
想像なんてできたもんじゃない。
『
そして消炭は、二つのスキルの恐ろしさを、元水槽学園の四人から事前に詳しく聞いていた。どちらの能力も取り返しがつかないほどに凶悪であるのだと。特に蛇籠飽の場合、本気を出せば一度死ぬのは確実で、死んでから生き返って攻撃するくらいしか打つ手はない―――と。だから―――だからだから消炭が、二つのスキルが目の前で同時に発動した瞬間に取ったのは、蛇籠飽の過負荷の効力を殺すことだった。
世界で唯一、相手の
無差別殺戮―――デスゲイザー。
「殺戮だ―――」
なぜここに蛇籠飽がいる?
なぜここに画図町筆がいる?
なぜ彼らは、殺し屋の頂点死神族の曲里晶器と関わっている?
なぜ彼らは、俺の後輩になってんだ?
なぜ彼らは―――なぜ彼らは。
知らない。
今は知らない。考えるときではない。
少なくとも今は、驚くよりもすることがある。だから、動く。
発動するのは『無差別殺戮』。目の前で爆ぜた遊酸素運動の効力を殺す。事象を殺す。これにより、その場で全員が酸欠で行動不能になるという状況は避けることができた。後方のプラスシックス女性陣は、そんな消炭を見て、やはり異常だと再認識したところで―――最初に動いたのは筑前優鳥だった。
「
優鳥の頭髪が突如伸びる。尋常じゃないその速度は、やがて周囲を暗黒の渦に飲み込ませてしまう。闇のような髪は画図町筆の視界の大半を多い―――そして、『無色の才』の効果を食らって灰色一色に染まってしまう。
「アーティスティック!」
ペインティングナイフが飛来する。灰色と化した髪の塊に触れた瞬間、それが合図であるかのように、ぼろぼろと砂のように崩れ去った。崩れ去った灰色の山の中に、プラスシックスの姿はない。どうやら、今の優鳥の攻撃をうまく利用して隠れたようである。仲間意識の温そうな連中であるが、いざとなればそのチームワークはフロントシックスすらも上回る。異常の中の異常な彼ら故に、硬い繋がりはそこにある。目標を失った蛇籠と画図町は、その場に立ち尽くす消炭を睨む。
消炭も負けずに、彼らを睨む。
「おい………どういうことだよ。なんでお前ら二人がそこにいんだよ? 画図町はともかく―――おい! そのお嬢様野郎!!! てめぇか桜ヶ丘恋を殺したのは! なんで殺した! どうして……殺した!」
叫びながら、ふと気づく。脳裏で複数の―――事実が繋がる。
「もしかして―――お前だったのかっ!? 十島飲食店の社員を皆殺しにしていたのは!」
桜ヶ丘恋は、十島飲食店と関わりがあった。
だから彼女を殺したのは、十島飲食店の社員を皆殺しにしていた犯人と同一である可能性が高くて―――
消炭は、叫ぶ。
感情を、ぶつける。
「お前だったってのかよっ!? おい! なんか言えよ腐れ野郎!!!」
「………」
返事はない。
瞳孔が完全に開いてしまっている。
(洗脳されてんのか……!)
消炭は油断を許さないまま、声を上げる。
「おい晶器! 佳子! 聞いてんなら返事しろよ! どうなってんだこれ! それに今の明らかに俺ごと殺そうとしてただろうが! こいつら! なにが見せたいものがあるだ! 一体何が………どうなってやがる!」
『どうなってやがるは、こっちのセリフだぜ消炭? お前こそどうしちまったんだよ?』
晶器は至極不思議そうに聞いていた。
『なんでお前、そんなに怒ってんだ? なんでそんなに、感情的になってんだよ。オレはてっきり、できる後輩見ても特に何も思わずに帰っていくとか、興味なさげに褒めるとか、そんな反応だろうなって思ってたのに、どうした消炭? なんか、あったか?』
『そうだよ、ズミズミ。あんたなんか……おかしいよ? 私の知るあんたじゃないよ。………もしかして、殺された社員の中に知り合いでもいたのか? ―――それはないか。天下も恐るる殺し屋が、たかが人が死んだくらいじゃ心なんて動かないよね』
「………っ」
消炭は何も言えない。
なぜなら晶器と佳子の言い分はごもっともで、この場で異常なのは自分だからとわかってしまったからだ。
そもそも。最近の自分はおかしいのだ。
今までは躊躇なく人を殺してきたのに、最近は人を殺すことをあまりしないし、人と協力しようともするし、人が死んで涙まで流すし―――それではまるで人間ではないか。自分は人間をやめたはずではなかったのか? 人をやめて鬼に、殺人鬼になったのではなかったのか?
殺戮犯になったはずでは、なかったのか?
そんな自分は殺し屋達の間でも結構名前が知れ渡っているし、殺し屋会のトップに君臨している死神族の一人でもある。そんな人外の自分が、この場所で激昂していることが、なによりも理解不能な自体であった。
が。
消炭は許すことができない。目の前の彼女を。自分の数少ない高校の知り合い。桜ヶ丘恋を殺した相手を。勇者こと甲突川掌理をたたきつぶして悲しませた相手を。例え洗脳されているとわかっていても、ぶん殴らずにはいられなかった。
消炭はわかっている。
その行為は、知り合いを殺した拳銃にブチギレているようなものであるということなど。滑稽の極みであることなど―――しかし、よいのだ。滑稽の極みなどと言われても、愚の骨頂だと蔑まれても、いいのだ。自分は決めたのだ、彼女を殺したものをこの手で殺すと。掌理に変わって、自分が制裁するのだと。
だから、消炭は。
考えることを放棄して、クナイを取り出し襲いかかった。
「殺してやる―――」
クナイと過負荷が交差する。
複数の過負荷が共鳴し合い、
どす黒い戦場へと変質する―――。