双眼鏡から目を離して、晶器は頬を掻く。
「まぁ、消炭みてーな人外が来たとしても、対処できなくはないけどな。なにせウチは殺し屋だ。殺し屋すらも恐れてしまうほどの………。死神族のリーダー! オレがいれば安心、ってな」
「なぁ晶器」
「異世界転生物の小説で言うとコロシアムみたいな? なんかそういうところの闘技場って、相手が強ければ強いほど燃えるもんじゃねーか。特に相手が人外で、勝てるはずもなさそうな相手に勝てたら………まぁ、ウチの後輩が勝てなきゃ意味がないけどな」
「おい晶器、晶器ってば」
素で聞こえていないのか、佳子はスリッパで晶器の後頭部をひっぱたいた。
「あだしっ!? イテェよ佳子! オレの後頭部がへっこんだら代わりにお前の後頭部を貰うからなぁああああああ――――」と振り向きざまに叫んで、途中。晶器は叫ぶことをやめた。「お、おお。すまねぇすまねぇ。ちょっと仕事に熱中してたわ」
「いいよ別に」
なぜなら振り向いた先に、佳子以外の人物が見えたからだ。
一言で表現すれば、着物の似合う美人。―――潤うような黒髪が後方にて一括りにされ、飾りのついた
右手に持つ金属バットも、それがこの人物の持ち味であるのだと。
「なんつーか、久しぶりだな
「それは今も若々しいってことかな。嬉しいね」
死神族の花―――
殺し屋の中で最も強く最も気高い存在だと言われ、崇められていると言う。
「で、曲里君。今日僕は君に呼ばれてここに来たんだけど、いったいなにのようかな。実は戦友と戦う約束をしてるんだ、くだらない用だったらアレだよ」
「アレって、あえて言わないところが怖いなオイ」晶器は嫌な汗を流しながら、続ける。「いやー実は今日な、面白いモンを開こうと思って。さすがに女原も知ってんだろ? 『歓迎会』ってヤツ。今日はオレに新しい後輩ができちゃったから、歓迎会開こうと思ってさ。でもま、殺し屋であるオレらが普通にそんなもんできるわけねーから、ちょいとエンターテイメントを用意したんだぜ」
「へぇ、楽しみ」
「で、女原。お前にも頼んでおいたはずなんだが―――」
周囲を見渡す晶器。傷名はそんな晶器を訝しむ。
「なにしてるの曲里」
「いやーおかしーな。お前にも頼まなかったっけ、能力者連れてこいって」
「あぁ! そういえばそんなことも頼まれてたね。大丈夫、強力な能力者にはちゃんと見つけたし、連れてこようと声をかけたよ」
「で?」
「喧嘩《バトル》になった」
「ほーん、それから?」
「なかなかいい戦いになった」
「ふむ、んで?」
「そして仲良くなった」
「それでそれで?」
「友達になって、また会おうと約束した」
「それって結局連れてきてねぇじゃねぇか」
晶器は思う。
(あー、やっぱりコイツには期待しなくてよかったわ。死神族の中でも単純な強さなら誰にも負けない、このバトルマニアの女原なら何かとんでもないヤツを連れてくるか持って思ったんだが―――まぁ、性格が性格だしな。妙に男気のあるこいつは、もともと殺し屋に向いてねぇのかもしんねぇや)
「ごめんね? 一応反省はしてるよ」
「一応かよ。んまぁ、いいや。―――で、皇后崎は?」
「わかんない。あいつのことだからまた『時間などに指図される我ではない』とか、意味不明なことを言って遅刻するんじゃないの? 正直僕としては来て欲しくもないんだけど」
「やっぱり? 実はオレも苦手でよー」ちなみに最後の死神族である皇后崎には、能力者のことは頼んでいない。何かを頼んで頼まれるようなヤツではないからだ。「あいつってバトルマニアとかそういうレベルじゃないじゃん? ほっとくと日本の全人口の三分の一が一日にして根こそぎ殺されかねないぜ。まさに兵器、生物兵器とはたぶんあいつのための言葉だな。そんなの相手に苦手じゃないヤツがいるわけもないと思うけど―――ああ、脱線した。わりぃな、愚痴はあとでだ。あれを見てくれ女原」
晶器が顎で示したのは、この部屋に備え付けられたスクリーンだった。
建物自体が限界まで朽ち果てているためか、真新しいスクリーンは結構浮いて見える。その他にもいろいろな機材が所狭しと並べられているのだが―――この機材はおそらく、晶器がこの日のために用意したものだろう。女原はそう推測しながら、次に佳子を見た。
垂水佳子。
殺し屋の依頼を斡旋しているらしいのだが、その実そこがしれないところがある。リズムを奪う話術も気になるが、本当に依頼斡旋だけを職業としているのだろうか? ―――この機材は実は、晶器ではなく佳子のものではないのだろうか?
(曲里の友達らしいけど、油断はしないでおこう。極力会話も避けるべきかな)
私服の佳子の、内側からにじみ出る何か。それがなんであろうかと決断を出すよりも早く、真新しいスクリーンに映像が映し出された。
動画、ではない。
一度取った映像ではなく、これは現在進行形で何かを映しているようだ。部屋の隅っこからのぞき見するような、監視カメラ特有の視点を女原は顎に手を当てて見つめた。
映像は部屋の中を映している。暗い場所を暗視カメラで取っているためか、映像が全体的に薄暗い。
部屋の中には、二人の少年少女がいた。
部屋に窓の類はなく、少年少女は壁に背中をつけて座っている。目を開けたまま、動かない。
そのどちらも、女原は見たことない人物だが―――しかし、その外見からはわからないであろう異常さが、過負荷さが。女原は確かに感じ取った。
女原は『強さ』を感じとったのだった。
「へぇ。なかなか頼もしそうな後輩みたいじゃない。なんで眠ってるのかわからないけど、馬鹿みたいに強いってのはわかったよ。歓迎会終わったら、一戦交えていいかな」
「いいけど、殺されるなよ? たぶんあいつらオレより強いぜ?」
「まさか死神族最弱の曲里君に心配されるなんてね。僕も落ちたものだ。アハハ、心配はいらないさ。むしろ勝手に心なんて配られてもありがた迷惑だよ」
「そりゃ頼もしい」
映像のスイッチを切って、晶器は部屋を後にした。
「じゃオレ、これから後輩と『コミュニケーション』の時間だから。歓迎会が始まるまで―――そうだな、皇后崎はともかく消炭はあと数分くれーで来っからよ、ちょいと待っててくれや。暇だったらオレのエロゲー貸すぜ?」
「ほほう、嬉しいねぇ。じゃあ借りようかな」
「お、おう?」
(そこは普通断る流れではっ!?)
結構な美人にそういう種類のゲームを貸すことに恥じらいを覚えながらも、晶器は部屋を後にするのだった。
✩✩✩
―――城塞高校跡地。
その場所は箱庭学園から少し離れた場所にあるのだが、消して高校生がいけないような距離でもない。電車などの交通機関を使えば、通勤できなくもないくらいだ。その高校は、過去に球磨川禊と甲突川掌理の戦いによって激しく傷ついていて、そのままに人の手が加えられていない状態の校舎は、極限まで廃退としていた。どこも綺麗である場所がない。人の手が入った場所がない、入れるべき場所もない。
そんな城塞高校跡地は、近頃取り壊されるという噂を消炭は聞いていたのだが、この様子を見る限り、取り壊すのは簡単そうだなと思った。懐かしの母校であるが、ここまで変わり果ててしまえば懐かしさは微塵も感じられない。
既にここは違った場所。
ここは既に『終わっている』場所なのだ。
消炭は校門前で立ち止まって、携帯電話を開いた。晶器と通話が繋がったのは、それから数秒後のことである。
「おい晶器。連れてきたぜ」
『―――、―――、ッッ――』
「?」
電話越しに消炭は、もう一度言う。
「晶器。連れてきたぞ」
『―――、ッッ、ッ――』
おかしい。
通話は確かに繋がっているのだが、晶器の返事が全くない。普段からあれだけ多くの言葉を口にしている晶器が、果たして黙っていながら生きていることが可能なのか? そんなくだらないことを思っていると、キィーンという不協和音が携帯電話から鼓膜を引っ掻いた。
顔をしかめて耳から電話を話す消炭。
すると聞こえてきたのは―――エコーのかかった晶器の声だった。
『いょー消炭ー! 久しぶりだなぁ。オレはびっくりだぜ! なにせお前が本当にスキルホルダーを連れてくるとはな! あんまり期待してなかっただけにビックリだぜ!』
「ん?」
消炭は携帯から耳を話す。
それでも晶器の声は聞こえてきた。―――なるほど、晶器の声が携帯電話から出ているわけじゃないらしい。じゃあなんだ? このどこか懐かしいエコーのかかった、無駄に拡大したような声は。
―――そうか、この声は。
「全校放送とかに使う…」
『そう。オレは今全校放送としてマイクで話している! いやー1回やってみたかったんだよね。オレ前放送委員に憧れててさ? でもあんときすごく緊張する子でよ。噛みまくって仕事になんかならなかったのさ―――ってごめんよ。ついつい話が脱線した。ちゃんとレールを引いとけよコノヤロー!』
「………。俺、帰っていいか?」
相変わらずの口数に、消炭のテンションは持って行かれた。自分は今日、スキルホルダーを頼まれただけの存在だ。以来は既にこなしている。だからもう用はない、帰ってもよいのでは―――というか帰りたいくらいだったのだが、
そんな消炭の態度を察したか、後ろにいた上峰書子に肩を掴まれた。
「勝手に連れてこられて勝手に帰られてはたまりませんよ、殺し屋さん」
(そう、だよな……)
消炭は考える。
もともと自分は、スキルホルダーを連れてこれさえすればそれでよかった。例え暴力にでて気絶させてここに投げ捨てても良かったのだが―――思いのほか平和的に連れてくることができた。消炭にとって、それが逆に気分を狂わせていた。
正直、なんでこの三人のスキルホルダーがついてきてくれたのか。消炭にはわからない。ただこの三人は、箱庭学園を外の敵から守る集団、《裏の六人》であり、前回消炭の侵入を許しただけでなく、捉えることもできなかった。だから宗像形達に負い目があって、宗像形の頼みを聞いただけに過ぎない。
しかしその頼みが、いかに負い目があったとして。殺し屋である自分についてくることが理解できなかった。殺し屋に連れられるということは、殺されてしまうかもしれないということであり―――それでも連いてきたということは、殺される覚悟があるのかもしれない。もしくは、殺されてもいいと思っているのかもしれない。死ぬわけないと思っているのかもしれない。
そもそもこのスキルホルダー達は、消炭が殺し屋であることを知らない可能性もあるのだが、消炭が宗像形の同類であることは知っているはずだし、実際に伝えたはずだ。
「まぁ」
理解できないのは異常者だからだろう。
かの学校に通う特別特待生、十三組の連中だからだろうと、理解することを諦めた―――くらいか。
晶器の声が大きく響いた。
『消炭ィー! まだ帰っちゃだめだぜ! 今日はオレは帰さねぇ………なんちって! まぁ消炭よ! オレが言っていた後輩ってのは、いずれお前の後輩になる奴らだ! お前にはぜひ見て欲しいもんなのさ! 歓迎してほしいもんなのさー!』
晶器はそこで一度言葉を区切り、次に湯前達を見た気がした。晶器の姿は見えないが。
『今日はオレの後輩消炭に付き合ってくれてありがとう! おじさん超うれしい! まずは礼をゆうセンキュウ! そしてホントにお気の毒! お嬢ちゃん達がどういうスキルを持ってるのかまだあんまりわからないけど! きっとお嬢ちゃんたちはオレの出来のいい後輩に殺されて経験値になっちゃうんだぜ。あーあー、眼鏡のお嬢ちゃん? 逃げようたってだめだぜ?』
上峰書子は無表情だ。
『え? 逃げねぇよって? 威勢がいいねぇ、オレはそういうのタイプだは~』
「口うるさい人ですね。灰ヶ峰君、あの口うるさい人は先輩か何かですか?」
『そーだぜ! オレっちはこの消炭っちのかっこよき先輩さ! ……え、なになにお嬢ちゃん。もしかしてオレに興味を持っちゃった系?』
「私は灰ヶ峰君に聞きました。あなたには聞いていません」
少しして、再び聞こえた声は晶器のものではなかった。
『久しぶりズミズミちゃん! 会いたかったー! イェス!』
「佳子? なんでお前がこんなとこに」
『いいからいいから! ………で、これから私と晶器のクソやろうと作った強い後輩のテスト、もとい歓迎会をすんだけど、ぶっちゃけ結構な自信作なんだよね。本当のところ超傑作だから見て欲しい。そしてそこのお嬢ちゃん達!』
佳子は次に、プラスシックスの三名に言う。
『言っとくが、私らは裏の世界の住人だ。今から戦ってもらう奴らも殺し屋だ。本気で殺らないと殺られるぜ。だから本気の本気で立ち向かってきなさい! ま、たぶんそれでも無駄だけど』
佳子が喋り終えた時、ゆらりと。
校舎の奥から、二人の生徒が姿を現した。
一人はシルバーの、アシンメトリーの髪型が目立ち。
一人は黄金色の、上品な髪が気高く流れ、
共にある学園に在学していた、凶悪な過負荷の持ち主。
《
「なっ!?」
―――消炭が状況を理解する間もなく、
『さて! 愛らしい後輩達よ! 今日はパーティーといこうじゃないか! 思う存分力を見せつけなさいな!』
刹那世界が塗りつぶされ、そして何かが霧散した―――。
―――
職 業:殺し屋
血液型:AB型
性 別:男
備考:オリキャラ