いくら天才が集まる学園といっても、一応学校は学校なのだ。18にも満たない子供の集まる施設でしかないのである。そういう短絡的思考の元、消炭は特に何の警戒も抱かずに学ランを来て、正面の入口から堂々と侵入を果たしていた。彼がここまで大胆に侵入を成功させることができたのは、殺す相手が高校生であり、ターゲットがいる施設が学び舎だという先入観のおかげだろう。箱庭学園を深く知る者なら、こんなに大胆な行為、マネできない。
それでも消炭としては、こうも容易に侵入できたことに肩透かしを食らっていた。相手が大量殺人機だと言われていたから、テッキリそういう荒れた高校だとイメージしていたのだが―――噂ではトンデモナイところだと聞いていたのだし―――案外、普通の学校である。普通の生徒が普通に通って、普通に授業を受けている。
朝生徒達がぞろぞろと登校するところに混じって侵入を果たした消炭は、これから3年13組へ行こうとしていた。相手が生徒なら、おそらく1時間目が始まる頃には席についているのだろう。不良だったら話は別だが、出会いさえすればこっちのものだ。
13組の制度を知らない消炭は、場違いなまでの完璧な計画を遂行していた。そしてその場違いなまでの完璧な計画を遂行した故に、場違いなまでに場違いな生徒と出会うこととなる。
教室には誰もいない。一人も、教師さえも見当たらない―――机は綺麗に整っていて、掃除などは行き届いているようだ、まるで生活感というものがない。
教室を間違えたのか?
そう思って一度教室を出て、入口上部に貼ってある札を確認したが、やはりここは間違いなく3年13組だ。自分が来た場所は合っている、間違いなどないはずなのに、なぜ? もしかしてイベントか? それでも3年13組だけが教室からどっかに行くようなイベントなどあるのか? もしかして体育館でもう授業でもやっているのか? ―――と、短い高校生活を送った経験のある消炭が推測を飛ばせていた頃。
不意に、
「っ」
一瞬、誰かがそこにいるような気がした。振り返る、いない。教室の中央真ん中の席に誰かが座っているかのような錯覚にとらわれたが、しかしすぐに霧散してしまった。幻覚でも見ているのか? 分からないが―――もしこれが幻覚だとすれば、自分はもう攻撃を受けているということになる。
異常なる天才達が集まるクラスでなら、十分考えられた。
袖の中に仕込んだナイフを、いつでも出せる状態にしておく。もしかすると、宗像形は自分が狙われていることを知っていて、消炭が殺しに来ていることも知っているのかもしれない。が、それ以上の推測を飛ばしたところで、自分を恐怖で縛るだけだ。考えを消して、気配を探っていると―――確かに。
確かに確かな足音が、消炭の鼓膜を叩いた。
その足音は教室の扉の前でとなり、ガララララと横にスライドされた。誰が入ってきたのか知らないが、確認するまでもなく、灰ヶ峰消炭は短剣を抜いて飛びかかった。誰であろうと、とりあえず手を出す。口下手で不器用な消炭だからこその、迷いのないコミュニケーションだった。それに、もし相手がただの生徒であって、自分が間違えてしまっていたとしても―――無差別殺戮のスキルを持つ彼にだったら、対処できるのだし。
扉がスライドして、姿が見えた。
一見優しげな生徒が垣間見えて―――直後、目の前が赤く白く染まると同時に、消炭はそれ以上前に進むことができなかった。慌てて距離を取る。相手の姿を確認した。
箱庭学園の制服を来た、一見普通の青年。造形は整っていて、優しげな微笑を浮かべている。そしてそれらの普通を全て台無しにしていたのが、彼が手に持つ『止まれ』の通行標識だった。
「驚いた。君は誰か知らないが、誰で合ったとしてもとりあえず、友達の行方を聞いて回っていたんだが―――いきなり襲いかかってくるところを見ると、話し合いにはならなさそうだね。それでも一応聞いてみよう。君、直方と平戸がどこにいるか知らないか?」
「………知らん」
喋りながら地面を蹴り飛ばした。
通常の人間よりも相当強い脚力は、体重の軽い消炭の体を高速で前に押し出すには十分な力を秘めていた。これならばあの通行標識を盾に使われたとしても、短剣を貫通させて相手を殺すことができるだろう。そう思っての攻撃だったのだが―――同じことを、彼は、自己紹介を始めながら繰り返した。
「俺は牛深柄春。そして、俺の持つアブノーマルは―――
「っ!?」
体が動かない。
車両進入禁止。その標識が掲げられた瞬間、消炭はその場所から前に進むことができなかった。
「ぐっ―――!」
牛深柄春の異常性―――
車両進入禁止が持つ意味は、ここに入ることはできない。
すなわち彼がその標識を掲げている以上、標識よりも後ろに侵入することは不可能である。車ならぬ人を規制する牛深柄春、とんでもない才能を持つ生徒に出会ってしまった。
消炭はわけがわからない。
わからない。わからなくても、前に進むことを諦めない。なぜなら彼は、わからなくても事象さえ理解できてしまえば、簡単に対処することができてしまうのだから。
柄春の標識を『睨んで』殺意を伝える。
殺す。殺す。殺す。―――異常なまでの殺意、制御できないほどの殺意は、牛深柄春が起こした現象に酷く強く影響した。
『殺す―――!』
刹那―――消炭の持つスキル、『無差別殺戮』が発動した。
―――牛深柄春
クラス:3年13組
血液型:AB型
異常性:者両規制《ヒューマンロード》