「はぁ………」
駐車場の休憩所で、消炭はひとり深いため息を付く。
他の四人は既に家に帰っていた。皆それぞれ凶悪な過負荷を所持しているマイナス達だが、それまでは普通の人生を歩んできた少女達だ。いきなり惨死体を見せつけられて、普通でいられるはずがない。消炭には普通に見えたが、きっとどこか無理をしていたのだろう。もう時も遅いし、十八の女の子が出歩くには少々危険な時間と言えた。だから消炭が、彼女達を帰宅させたのは何もおかしなことではない。
一番おかしいのは、そう。
恋が殺されたことだ。―――恋が殺されて哀しい自分の心だ。
「なんでこんな落ち込んでんだよ、俺………。まるで俺が、恋のヤツを好きだったみたいじゃねーか……」
そういう異常性を持っていたのだ、自分が彼女に惚れたとしても、それは彼女の異常性が働いているからに過ぎない。だから消炭は常にその異常を殺していた。気をつけていた。恋のほうも他に男ならいくらでもいるだろう。消炭にべたべたする彼女だが、それはただの、愛玩的なものだったに違いない。人が子犬を愛するように、恋は自分を好きだったのだ。
ただそれだけなのだ。
それだけで、いいではないか。
なぜそれ以上のことを、考えようと自分はするのだろう。
消炭は自分の心がわからない。―――のはきっと、自分が『心』をとうの昔に『殺して』しまったからなのかもしれない。―――答えのない迷宮を彷徨っている消炭を、ふと現実に連れ戻したのが、常時マナーモードの四角い通信器具だった。
通話相手は、曲里晶器。
舌打ちしながらも、通信を接続。
「なんだよこんな時に」
『いやいやー、悪い悪い。今気分じゃないなら後でかけ直すけど?』
「いいよ。何の用だ」
『じゃーさっそくこっちの話題を始めさせてもらっちゃうぜ。実はオレさ、次の仕事にお前を誘いたいんだ。あはは、こんな普通なオレにはちょっとばかり仕事が大きすぎてね。近いとこいたら今からでもやってほしいんだが―――今消炭どこ歩いてんだ?』
「城塞高校があった街」
『あーねはいはい、そういえば消炭ってそこの高校に所属してたんだっけ? どうよ、懐かしの地域は。オレも母校を十年ぶりくらいに訪れてみたことあるけど、いやなかなか複雑な心境になったね。ああいうのノスタルジックっての? 思い出に浸る分時間の流れを見せつけられて悲しかった―――ってわり、ついつい世間話に花咲かせちまった。花咲かじいさんかオレは!』
佳子に似てるよな、と思う消炭。
『ちょうどお前ん地区の近くに何人か強い
「集めてどうする? 俺は殺し屋だぞ?」
『ふっふっふ………やっぱ気になっちゃう? まぁいいよオレ優しい男と書いて優男ですから。―――実はこの前、オレに可愛い後輩が”できて”さ。訓練的なものをしてやりたいんだ。簡単に言えば鍛えたい。オレもお前の先輩だからさ、お前に仕事を回したげようかな、っと先輩風を吹かしてぇのさ。それに、よ。そいつら俺の後輩だけど、お前の後輩でもあるんだぜ。あいつらの先輩として、俺の後輩として、消炭あんたに頼みたいんだ。頼ってんだ。どうだ消炭、お願いだから一役かってくれねーか?』
「………3人、かぁ」
今消炭には、ちょうど5人の強力な
殺し屋である消炭なら、そんなことはないはずなのに。それでも自分は、まだ学生気分が抜けないということなのだろうか? 学生であった頃の普通だった自分がまだ、生きているということなのだろうか? そんなものは等に『殺した』はずなのだが―――消炭は考えた後、
「………分かった」
気持ちを押し殺すようにして、彼は嫌々承諾した。
『おけ。集まったら7月30日の昼ちょい、城塞高校があった場所で』
「ああ」
✩✩✩
翌日消炭は、公園で目を覚ました。
まだ少し寝ていたいが、この時期昼は暑くてうだってしまう。行動するなら日が昇る前か、落ちた後だ。そう考えて、消炭は近くの自販機で冷たいミルクカフェラテを購入、頭が動いてきたあたりに思い出したのは、昨日の惨状と晶器の電話だった。
昨日はあんなにも酷く悲しんでしまったが―――不思議だと自分でも思うまでに哀しいんでしまったが、一夜明けてみると、その悲しさも幾分か抑えられるようなものになっていた。そもそも、人が死んで涙を流す自分がおかしかったのだ。忘れよう。悲しかった自分の心など、忘れよう。
それでも、仇を討つことには変わりはないが。
そしてもう一つ。消炭の自称先輩曲里晶器に頼まれたもの。たとえ依頼人が晶器であっても、一応は依頼だ。殺し屋職としての―――殺しはしないから違うかも知れないと思いつつ、どうやって能力者を集めようかと考える。
昨日消炭が寝ながら考え、寝ながら考えながらしまった結果寝てしまった消炭が、それでも考えに考えて出した決断は、こういうことだった。
この件に、元水槽学園の4人と掌理は使わない。
ならばどうやって、能力者を集めよう?
そこで消炭が目を向けたのは、箱庭学園だった。一度自分が侵入し痛い目を見たからこそ分かる。あの学園は異常だ。異常すぎているし異常じみている。学園のどこを見ても普通には見えなかったあんな学園だからこそ、消炭は箱庭学園に目をつけた。
あの学園なら。
能力者を100人だって集められるだろう。
―――という消炭の考えは、実のところ過剰評価と言える。現在箱庭学園に在籍しているのは異常者だ。もしかすると過負荷がいるかもしれないが(赤青黄が過負荷寄りであるのだし)それでも大半が異常者。過負荷は誰もが皆恐ろしいような禍々しいようなスキルを持っていることが当たり前なのだが、しかしそれは異常者に限って言えたことではない。
異常者は誰もが、スキルを持っているわけではないのだ。
そもそもスキルという概念は、常識の一線を超えてしまった行いのことを指す。異常者は大体の人間が常識の一線を超えてしまっているが、それがスキルであるかどうかはわからない。
彼らが異常なのは
そもそも異常者の中の異常者と謳われし《
消炭が目をつけた彼らは、確かに
「骨が折れるが、骨折くらいなら我慢できるしな」
早く終えて仇を打ちたい。それにあの晶器ならば、十島飲食店を殺している殺人鬼をもしかしたら知っているかもしれないし。知っていなくても情報くらいなら持っていそうだし―――公園を後にして向かうのは、箱庭学園だった。
歩きながら、かの能力者達を宙に描く。
短剣をいともしなかった和服の生徒。
攻撃を外さないという隻眼の生徒。
体から水しぶきがあがる、胸の大きな生徒。
投げた短剣を口で受け止めた、眼鏡の生徒。
短剣を握って溶かした未知の生徒。
最後に―――髪を闇のように操る目の隠れた生徒。
間違っても常人ではなく、明らかに物理法則すらも捻じ曲げ捻じ伏せる彼らは、確かにスキルを所持していた。
「あいつらの中で誰を連れてこよう。連れてくるだけだから、気絶させて運べばいいし―――佳子に頼めば車くらいは出してくれるだろう」
そして、箱庭学園の門を通過。
しかしやけに生徒が少ない。不思議に思うが、そういえば今は夏だ。夏と言えば海―――ではなく夏休みだ。学校に来る生徒と言えば運動部の練習とかそれくらいで、人が極端に少ないのは至極当然のことだった。
つまりそうなると、この学校に現在プラスシックスのメンツがいるのかどうかが怪しくなってきたわけであり。
「………どうすっか」
消炭は校舎を彷徨う。
もしかしたら、たまたま学校に来ている能力者にあえるかもしれないと思ったのだ。いやそれでも、異常者達が運動部に所属している可能性なんて想像だにできない。運がよければ、現在激闘中の生徒会メンバーに会えるかもしれないが、しかし彼らに出会った場合は運が良いどころか悪いと言えるだろう。消炭の過負荷を善吉に肌で感じられれば、球磨川の味方とみなされる可能性があったからだ。運が良くも悪くも、誰ひとりとて異常者と遭遇しないまま時間が過ぎ―――そして。
一番最初に出会ったのは、―――――
「っ!」
誰であるかどうか判断する前に、刃物が後方から飛んできた。振り返らぬまま手で握ると、投げられたそれはクナイであった。消炭は出会い頭に攻撃(奇しくも文字どうり)してきた相手を確認しようと振り返る。出会って挨拶するまもなく頭を―――命を奪おうとする輩だ、異常者であるはずで、もしかするとスキルを所持しているかもしれない。希望を胸に振り返るが、しかし消炭は、もしかしたら能力者ではないかもしれないと思っていた。
確信すらしていた。
そしてその確信は、外れることはなく。
消炭は、背後で腕を突き出してこちらを見る―――宗像形に挨拶した。
「よう人殺し。久しぶりだな」
「久しぶりだ。まさか君ともう一度会えるだなんて思ってもみなかったが、もしかしたらそうでもないとも不思議にも思っていたところでね。久しぶりの再会だ、僕は嬉しいよ」
「同感」
「だから殺す」
「同、感」