世界は酷く美しい   作:人差指第二関節三回転

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017   勇者が泣いた日

 人の気配が極端に薄い、大型スーパー。

 

 

「うわあぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁああああぁぁあぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ、チクショーこのやろうぉぉぉぉぉおおおおおおああああああああああああああああああ」

 

 

 響く絶叫。散る血痕。

 

 滅茶苦茶になった、その店で、

 

 男が犬のように、吠えていた。

 

 

「………おい」

 

 

 消炭はひるまず声を掛ける。

 

 後ろに集う4名の過負荷花塾理達は、目の前の状況に全く付いていくことができない。唐突に消炭が何かを殺して、出現した不気味な大型スーパー。内部は破壊の限りを尽くされていて、ぼろぼろと崩れる瓦礫の山と化していた。その中央部分に存在したのは、二人の少年少女の姿だった。一人は狂ったように叫ぶ少年。軽装で服が全体ボロボロになってしまっている。体も傷だらけで、逆に無事である場所がないように思える。普通に考えて、緊急入院するレベルの重症だ。

 

 そしてもうひとりは、少女だった。―――いや、これをひとりと考えてしまっていいのだろうか? 体はくまなくぼろぼろで、傷ついたりんごのように、錆びたように変色していた。それはさながら、酸化した鉄のように。あまりに酷い死体だったので、最初消炭達は、B級ホラーの小道具かと思ったのだが―――そうだったら良かったのだが。

 

 しかし残念ながら、彼女は少し前まで生きていて、

 そして少女の体は、明らかに生命活動を停止していた。

 

 

「………おい、なんだよこれ。説明しろよ、説明しろよ―――掌理!」

 

「消、炭………」

 

 

 掌理と呼ばれた少年は、消炭の存在に気づいて叫びを辞める。後に数秒の沈黙が時を支配し、彼は消炭から顔を背けて叫んだのだった。

 

 ごめん、俺。

 

 好きな女、

 

 守れなかった、と。

 

 掌理は―――城塞高校で勇者と謳われていた元生徒会長、甲突川掌理(こうつきがわ しょうり)は謝るのだった。

 

 

「………ごめんっ! ごめんっ!!!」

 

「だから! そうじゃねんだよ! なんで、なんで恋が―――お前っつー無敵がいながら桜ヶ丘恋が殺されてんのか聞いてんだよ掌理!!!」

 

「知らねぇよチクショー!!!」

 

 

 胸倉を掴みにかかる消炭と、悲しみのままに叫ぶ掌理を、元水槽学園生徒会の四人はただ眺めていることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 ✩✩✩

 

 

 

 

 

 甲突川掌理と言えば、ここ周辺ではそれなりに名が通るほどには有名な生徒であった。消炭は在学中、彼とはあまり関わりがなかったにも関わらずに、それでも彼の噂はそれなりに知っていた程に。友達がほとんどいないような、ひとりの女の子くらいしか友達がいないような少年にさえ、甲突川掌理の噂は、強制的なまでに広く広がっていたのだった。

 

 いや、それは『噂』ではないか。

 それはもはや、『武勇伝』と言い表すべきものであろう。

 

 学校の不良を全て、ひとりで一気と戦って勝利したとか。

 暴力団や殺し屋に襲われてなお問答無用で生き残るだとか。

 はたまた―――より良い学校作りのために教師陣全員と口論の末に、設備の指導権を勝ち取っただとか。

 

 数え上げればキリがないが、しかし彼の『異常(すご)さ』を物語るにあたって、武勇伝の数など意味を成さない。どの噂にしろ、彼の強さは十分以上に十分に、誰にだって十全理解できてしまうだろうからだ。

 

 絶対に勝利するという『異常性(アブノーマル)』の持ち主、甲突川掌理。

 

 彼とは誰ひとり勝負そのものが成立しない恐れがある、という点に関して言えば、かの『主人公』黒神めだかにすら匹敵する強力な異常性の持ち主なのであった。そんな掌理が、なぜこのような状態で消炭に発見されてしまったのか。はたまた彼という無敵の存在がついていながら、どうして桜ヶ丘恋が殺されてしまったのか―――。

 

 聞き出すにはただ、時間だけが足りなかった。

 

 

「消炭! やばい逃げなきゃ!」

 

 

 今まで事の流れを黙って見ていただけの般若寺憂が、慌てた様子で二人の間に割って入る。今は二人で話をさせて欲しい。空気の読めないヤツだな、と注意しそうになるのだが―――憂の背後にざわめく人だかりを見て、消炭は考えを改めた。

 

 ここは大型スーパー。

 

 通勤ラッシュのこの時間帯、世間は夕食を取るべき時間帯。それはつまり、この時間に大型スーパーを利用せんとする顧客がいてもおかしくない、というか至極当然ということを言い表していて。

 

 消炭は一時撤退を提案した。

 

 

「逃げるぞ掌理。話は後からだ」

 

 

 彼の手を引いて走り去ろうとしたのだが―――

 

 

「悪い消炭。足が」

 

「っ」

 

 

 ―――何者と戦ってそうなったか知らないが、掌理は全身を損傷していて、こうして話せていることですら異常な状態なのだ。本当ならば喋れずに、一歩だって移動できやしない状態なのだ。

 

 今この場で、消炭と共に逃げることは不可能だった。

 

 

「俺なんておいてけ、消炭。好きだった女ひとりも守れなかったような男だ、行け。行け、―――行けってんだよ! 何そんなかわいそうみてーな目で見てんだよ! さっさ行けよこの地味男が!」

 

「ひとつ聞かせろ! ………敵はどんなだった?」

 

「っ!! ………敵は三人。そのうち襲ってきたのはひとりで、その女は酸素を操るバケモンだった………思い出しただけで吐きそうだ」

 

「………っ」

 

 

 息を飲んだのは消炭だけではなかった。

 

 

「ありがとう。救急車呼んだら立ち去る」

 

「いや、いいよ。気絶してるフリでもすりゃ、野次馬の誰かが呼ぶに決まってる。それに、お前身元が知られていいような仕事やってねーだろが」

 

「世話になる……、仇は打つからな」

 

「ああ……」

 

 

 五人は掌理から距離を置く。

 

 直後なだれ込んできたのは、今まで無人の不気味な スーパーを遠くから眺めていた人だかりだ。そして彼らは、たった今中に入っても大丈夫そうだ、という結論に至ったのだろう。この状況を見て、よくもまぁ好奇心から覗いてみようとだとか思えるものだ、と消炭は呆れることをやめられない。人を殺したり、殺されたりする仕事についているからこそ、さらに強くそう思う。一気になだれ込んできた彼らは、商品などよりも、目の前に倒れるひと組の男女、惨死体のような二人に目を串刺しにされていた。群れる人、動かぬ群、気味が悪いくらいの静かな空間、消炭らははぐれることに気を遣いながらもどうにか移動する。やがて救急車か警察のサイレンが聞こえてくる頃には、消炭達は完全に外へと脱出することに成功していた。

 

 脱出して、近くの立体駐車場の階にたどり着く。エレベーター前に存在するお手洗い所と自動販売機、そして休憩所までもが設置されている場所で、五人は落ち着こうと座った。

 

 最初に声を上げたのは、事の事態を最後まで眺めていた練兵癒だった。

 

 

「………あれ、飽の過負荷よね」

 

「飽?」

 

 

 消炭は聞き返す。

 

 

「私たちが今探している、引きこもり気味だったのにどこかにいっちゃった友達のことよ。彼女も私達同様、強力な過負荷を持ってるんだ」

 

 

 桃が続ける。

 

 

「その名も遊酸素運動(エアロバイカー)。酸素の濃淡を操れるんだ。あのスキルは最初聞いたとき驚いたもんだよ」

 

「………エアロ、バイカー…」

 

 

 消炭は往復せずにいられない。

 

 遊酸素運動。酸素の濃淡をまるで水墨画を描くように操ることが出来るそのスキルは、まさに人間を支配するためにあるようなものだ。人間は酸素がないと生きていけないために、酸素を支配されるということは、イコール生死をその手に握られるということでもある。酸素濃度が微量に変わっただけで、人は酸素中毒にもなり酸素不足にもなってしまう。そして、消炭はたった今見たあの惨状を思い出してしまう。

 

 変色した桜ヶ丘恋の死体。変色し傷だらけだった甲突川掌理。破壊の限りに尽くされたスーパー内部は、全ての物質が自ら砕けたような状態だった。あれはきっと、掌理とその飽とやらが戦ったからなのだろう。酸素を操るスキルと戦ったからなのだろう。そのボロボロに砕けた物質は、掌理がやったことなのだろう。

 

 だとすると、恋の皮膚の変色が納得できない。

 

 

「違う。アキは酸素の濃淡だけじゃないよ」

 

「何?」

 

 

 憂はスキルの恐ろしさを説く。

 

 

「酸化だって、操れるんだよ……」

 

「………っ!? なんだよ、それ…」

 

 

 それはつまり、あの破壊の限りに破壊された空間のほとんどは、物質が酸化したことによる崩壊であるということか? 脆くなった物質は、戦いの衝撃であそこまで崩壊してしまったということか? 桜ヶ丘恋は、為すすべもなく一瞬で! 容赦も無く一撃で! あんな酷い状態になってしまったのだろうか?

 

 ―――違う。ならば酸化までせずとも殺せたはずだ。それがあそこまで、十分以上に過剰に殺し過ぎているあの現状はつまり、酸素の濃淡だけでは、恋を殺すことができなかったからだ。恋は外見からしても内面からしても、異常性からしても異常度からしても、全くこれっぽっちも戦闘には向いていない。持っているだけで意味を見いだせない過負荷はよくよく、そういう戦いに向いているものが多いが、恋のそれはそんな意味の無く害悪なものなどではない。異常だ、『異常性』―――アブノーマルなのだ。たかだが恋愛感情の読み取りに秀でているだけの恋が、酸化させるまで持ちこたえることが可能なのだろうか。

 

 可能だ。

 

 なぜならそばに、城塞高校の勇者こと甲突川掌理がいたのだから。

 

 学校一、どころか人間一勝利と仲良しな彼がいたのだから。そして掌理すらもああなってしまったのは、助言した消炭のせいであり。

 

 『それでも怖かったら、あの勇者にでもボディーガードしてもらえよ』―――なんて助言してしまった、消炭のせいであり。

 

 自分の不甲斐なさに、消炭は自分を殺したいとすら思った。

 

 

「あぁ、もう」

 

 

 どこからか取り出したナイフの鋒を、自分の胸の中央へ向ける。

 

 標準ポインターにロックされたような状況。けれどそれに意味はない。そもそもこのナイフは切れないし斬れないし使えないし扱えない。だからこれこそ、死にたいだけで意味などなかった。

 

 けれど、そんな意味のない行動を、止めてくれる手があった。

 

 

「ダメ。今死んだらダメ」

 

 

 ナイフを持つ手首を掴む、ちいさな手。

 

 般若寺憂の小さな手だった。

 

 練兵癒が続いて言う。

 

 

「自分を攻めたくなるもの、責めたくなるもの分かるけど、そんなことは許しません。そんなのは誰も報われない、自殺なんて言語道断。そんなことをするくらいなら、もっとほかに必死ですべきことがあるでしょう」

 

「殺すスキルで自分殺してどうするんだよ。殺したい相手はほかにもいるだろう? あの場所は普通じゃない、飽は人を支配していたけれど、あそこまで露骨にひと目も気にせず人を殺すような子じゃなかったんだ。きっと飽は、いなくなった日に誰かに誘拐されて、洗脳されたんだよ。……そうとしか考えられないもの」

 

 

 桃の言葉に、消炭は反応する。

 

 

「そういえばその画図町とか言うヤツ、俺のことを『この人殺しの誘拐犯』って言ってた」

 

「それってつまり―――」

 

 

 つまりそれは。

 

 蛇籠飽は、殺し屋に誘拐され、さらに洗脳されて殺し屋になっているのではないか?

 

 

「ああ……」

 

 

 そんな疑問が、嫌でも結論として机上に叩きつけられてしまった。

 




―――甲突川掌理

想い人:桜ヶ丘恋
血液型:AB型
異常性:這い上がる蛮勇者《ラストスマイル》

備 考:オリキャラ

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