世界は酷く美しい   作:人差指第二関節三回転

13 / 23
013   彼女のキキとした状況

 消炭と恋が訪れた公園は、それなりに広い公園だった。上から見れば正方形を象るこの公園は、おそらく一つの辺ですら50メートル以上はあるだろう。その中に若干の遊具と休憩所が設けられているが、それらの設備は北側に密集している故に、中央部分が広いグラウンドと化している。現在そこでは、幼い子供を連れた親子などが、暖かい幸せを感じながら子供と遊んでいた。

 

 恋はそれを羨ましそうに見ていて、

 

 一方消炭は特に何も思わずに休憩所へと向かった。中央に四角い机が存在し、長椅子が四方向に設置されている。恋が南側に座り、消炭が向かい側の北側に座ると、恋は立ち上がって消炭の隣に腰を下ろした。

 

 数秒の思考の元、消炭は立ち上がり恋と向かい合う形で南側に座る。そして恋が立ち上がるのを見て、消炭も同じく立ち上がった。

 

 恋が自分のところに歩いてくる。

 消炭は恋の正反対の動きで、反対側に回ろうとする。すると恋は動くのをやめて、結果北側の席に二人が肩を並べて座ることになった。

 

 

「………」

 

 

 消炭が機嫌悪そうに立ち上がったのを見て、恋は不思議そうな顔をする。

 

 

「どーしたの消炭ちゃんそんな仏頂面でいきなり立ち上がっちゃったりして。なにか不満でもあったの?」

 

「何よりも不満なのは、俺が何を嫌がってるのかわからないあんたの頭だよ。なぜ俺の隣に来る」

 

 

 消炭としては恋人のように見えるのが気になったのにも加えて、話しやすいように考慮して反対側に座っていたのだが―――

 

 

「えへへ、だめかな?」

 

 

 恋のそんな無托な笑顔を見ると、頭から否定する気にはなれなかった。そんなところが、消炭の中に残る普通だった頃の自分なのだろう。未だに残っている過去の残滓にうんざりしながらも、二人は同じ椅子にて腰を下ろした。

 

 二人は机の上に、同じタイミングで飲み物を置く。先ほど自販機で購入したものだ、なぜだか消炭が奢るハメになったものである。

 

 ミルクココアを啜り、消炭が聞いた。

 

 

「で、どういうわけなんだよ」

 

「うんうん。実はさ、私今キャバクラで働いてるんだよ。あそこはいろんな男のヒトが居て、楽しくて働きやすくて私に適した職場だったんだよね。時々怖いヒトも来ておっかないこともあるんだけどね。(ま、うちの店がそういうのと繋がってるところもあるんだけど)―――それで私、その時のお客さんと仲良くなってさ」

 

「おう」

 

「そのお客さんがね。殺されたの」

 

「―――おう」

 

 

 恋のことだから、どうせ何股か掛けてトラブルに発展したのだろうと思っていたのだが、消炭の予想は大きくはずれた。しかもそれが殺人ごととなると、どこか納得するところがある。

 

 人殺しには人殺しを。

 

 恋としては消炭が適任だったというべきか。対策としては筋が通っている。

 

 

「殺されたのはいつの話だ?」

 

「えーっと、知ったのは昨日だよ。うちの店のママに教えてもらったんだけど、その人が殺されたのが確か、4日くらい前だったかな? あーあ、あの人結構お金持ちで貢がせ甲斐があったんだけどな~」

 

「……………えっと」

 

 

 少し整理をしよう。

 

 消炭が箱庭学園に侵入したのは、今日だ。

 消炭に依頼が回ってきたのは、4日前だ。

 依頼が回ってきたとき、消炭は依頼をこなしていた。

 その時の依頼とは―――十島飲食店の従業員幹部72名の殺害であった。恋の言う殺された日にちは、ちょうどこの時期と被ってしまうわけである。

 

 (それ俺かもしれない……)

 

 けれど一応消炭もそれなりに精神年齢は高い。口に出さずに黙っておいたほうが人間関係が円滑になるだろうということくらいは知っていた。

 

 

「ちなみに名前はなんてんだ?」

 

「十島五津」

 

「知らないなー」

 

 

 (つまり十島飲食店の社長と行ったところか。そんな社長がコイツのキャバクラに来てたのか………そりゃ、たいそうお金を叩いてくれただろうな。あー、あー、いいよな女は)

 

 ならなぜ先ほどジュースを奢らされたのか。

 密かな不満を胸に抱き、胃の中をミルクココアで満たしてやった。胃袋からしたらいい迷惑である。 

 

 

「けど、たくさんお金くれるってことはそいつは社長かなにかなのか? 十島って名前はどっかで聞いたことあるくらいだし」

 

「おお。名推理! 大正解だよ、いや正確には社長の弟というべきだけどね」

 

「大正解どころか不正解じゃねーか。で、そいつが殺されただけでどうしてあんたがピンチなんだよ、一見お前に危害が加えられる話には見えないんだが」

 

「それがね―――うちのオーナーも殺されたの」

 

 

 罪悪感が消炭を襲う。

 

 

「しかも殺されたのはオーナーだけじゃなくて、調べてみると他にも何十人と殺されるんんだよ」

 

 

 恋は言った。

 

 

「許せないよ」

 

 

 この時点においては、今ままで彼女が困っている全ては消炭のせいかと思われたのだが―――その後の恋の言葉を聞いて、消炭は耳を疑った。

 

 

「つい昨日も社員が殺されてるし―――このままだと大事ないお客さんが殺されていっちゃう。このままだとこの店も危ない。この店のオーナーもママも十島飲食店の関係者だしさ……だから。だから私もママも殺されちゃうかもしれないの。ほかの人間なんて消炭ちゃんとか除いてだいたいどうでもいいんだけど、ママだけは特別なの! 行き先のない私を雇ってくれた優しい人だし―――消炭ちゃん、その十島飲食店の社員を殺してる殺し屋、お願いだから退治してよ!」

 

「ああ。―――は?」

 

 

 疑問が素直に口から溢れた。

 

 同級生の女の子に殺害を依頼されたことではない。いや、同級生の女の子に殺害の依頼をされることもそこそこ驚くに値することなのだが―――消炭が疑問に感じたのは、そんなところではなかった。

 

 (昨日も社員が殺されただと?)

 

 それは絶対、ありえないことだった。なぜなら十島飲食店の幹部を抹殺したのは4日前のことであり、それ以降消炭は、十島飲食店の人間を殺めたりなどしていないからだ。

 

 ならばいったい誰が殺している?

 いったい全体、何が起こっている?

 消炭はココアを飲みきり、席を立つ。

 

 

「分かった、引き受けよう」

 

「ありがとー! もちろんタダだよね」

 

「あ、ああ…」

 

 

 言われなくともタダでいいと思っていたのだが、それを前提に期待されるとなると、些か複雑な心境だった。

 

 

 

 

 

 ✩✩✩

 

 

 

 

 

「やっぱりいないわ。家にも入ってみたけど、鍵が空いたままで中にはいなかった。たぶん、その日から家に帰ってないんだと思う」

 

 

 彼女は椅子に座ると同時に、話し合いを再開した。

 

 近くをいつもの通りだらだらと歩きながら、話し合いに最適な場所を探していた彼女達であったのだが、偶然通りかかったこの公園に、話し合うには最適な休憩所を発見した。しかしそこには仲睦まじそうなカップルが座っていたおり、とてもじゃないが同席できる空気ではなかった。彼らがどこかにいくか、それとも別の場所を見つけるか。どうしたものかと迷っていたのだが―――どうしようかと迷っていたところ、偶然彼らは席を立った。どうやらこれからどこかに行くらしい。高校生のくせに真昼間からデートとは恐れ多いものだ、などと皮肉に思いながら、彼女達4人はそれぞれの方角の椅子に腰を下ろして、

 

 冒頭に至る

 

 

「病院はもう退院したはずだし」

 

 

 手櫛で髪を溶かしながら、坂之上替(さかのうえ かえ)が言った。

 

 基本体操服(しかもズボンはブルマ)で活動していた彼女だったのだが、既に高校生ではない彼女は当たり前だが違う服を着ていた。私服姿だが、この時期にアスリートが着そうな短いジャージを着用している。ないと思うが、般若寺憂に性欲を操られているのかもしれない。

 

 

「だとしたらやっぱい怖いわね。何者かにさらわれたのが一番有力な説かもしれない。信じたくないけれど」

 

 

 替の言葉にしっかりと返したのは、花塾里桃(けじゅくり とう)である。

 

 彼女はそれが趣味なのか、ダンベルで肩を鍛えつつ話し合いに参加している。こちらも在学中は普通とは縁遠い格好で過ごしていたのだが、今の姿を見る限り、その頃の面影は見られない。パーカーにミニスカートという、至極普通の可憐な少女だ。パーカーの下が下着でなければの話でもあるのだが。

 

 

「まー、そうだよねー。アキちゃん見てくれがいいもんね。結構な美人さんだし、誘拐されてもおかしくないよ―――いや、そうだ。もしかしたらどっかに泊まってるだけなんじゃない? ほら、同棲ってやつだよ。そう、きっとそうかもしれない!」

 

 

 般若寺憂(はんにゃじ うさ)が、まるで名案であるかのように発言した。

 

 別に彼女は、在学中とんでもない格好をしていたわけではない。上の二名を先に紹介してしまうと、水槽学園元生徒会役員の常識を疑われかねないのだが―――まぁ、そんなわけもなく。常識人とはいいきれないまでも、彼女はひらひらの目立つ、可愛さを求めたファッションで会議に望んでいた。桃色の頭髪は、やはりツインテールに結ばれている。

 

 

「いや、その可能性はたぶん―――会長が美人だったのは私も同意だけれど、ないと思うわ。会長あんまりそういうのに興味なさげでしょう。前の告られた時窒息死させかけてたし」

 

 

 最後に生徒会一真面目だった彼女、元庶務係練兵癒(れんぺい いや)が、昔を懐かしむようにそんなことを言った。最初から須木奈佐木咲に操られてたとはいえ―――最終的には球磨川禊により崩壊したといえ、彼女達4人はそこそこ楽しい学園生活を送っていたのだ。それはさながらゆるふわ風日常4コマ漫画のような。

 

 須木奈佐木咲のおかげとは言え、あまり争いの怒らなかった水槽学園。彼女達は消炭のように球磨川禊に復讐しようとか、そういったものは特に思っていない。そもそも操られている時の記憶が曖昧なのだから、これといったことを覚えていないのだが―――彼女達からしてはっきりするのは、水槽学園が廃校したのは球磨川禊という生徒のせいである、ということくらいだ。

 

 だから今も、彼女達は再度高校受験をしようとしたり―――就職しようとしたり―――フリーターでもいいやなんて思ったり―――特に何も考えていなかったり、皆それぞれなことを思いながら日常といういつもを過ごしていたのだが。

 

 それがついこの間、幕を閉じた。

 

 半ば引きこもりと化していた蛇籠飽が、突如行方不明になったのだ。

 

 彼女達には、友達の身を案じない理由など存在しない。学校では形式上立場は下で、そのように行動していたのだが、けれど日常は、学園の外では、飽とは親友の仲だったのだ。

 

 だから彼女達は、

 

 

「じゃー、画図町(えずまち)君の家にでも行ってみましょうか」

 

「決定」

 

「賛成!」

 

「右に同じく」

 

 

 親友(あき)のために動いていた。




―――坂之上替

目 標:高校生希望
血液型:AB型
過負荷:賭博師の犬《ギャンブルドッグ》


―――花熟理桃

目 標:ホワイト企業就職
血液型:AB型
過負荷:四分の一の貴重《クオーターハザード》


―――般若時憂

目 標:フリーター
血液型:AB型
過負荷:下劣な大道芸《エロティックピエロ》


―――練兵癒

目 標:考え中
血液型:AB型
過負荷:退化論《ザッピングスタディ》

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。