世界は酷く美しい   作:人差指第二関節三回転

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012   仲買人と死神族の長

「めーずらしいこともあるもんだねぇ」

 

 

 リビングでひとり、垂水佳子は呟いていた。

 

 

「安くて早くて超安心! 速攻即日にして完全必殺のお手軽殺し屋、死神族(デス)の中のアイドル的存在灰ヶ峰消炭ともあろう者が、まさか高校生ひとりの殺人に失敗するとはねぇ~。殺人業ってのは一度失敗したらだめなんだよー。なにせ警戒されちまうからな。ただの一般人ならまだしも、あそこは普通ですら異常な生徒が集まる箱庭学園だ。きっと今回も、あんな大胆な騒ぎを起こせば外部にかんして慎重になるだろう。つまり学園に忍び込むっつー手段は、今回でおさらばしないといけないわけだ」

 

 

 手に持つコーヒーカップを机に置き、

 交換するようにして、とある記事を目の前に。口に含んでいた珈琲を、味わうようにして飲み込んでから、艶のある色っぽい視線で紙切れの文字を読む。

 

 その資料は、今回消炭が侵入した箱庭学園のものだった。消炭が箱庭学園でめちゃくちゃに戦いまくっている裏で、実は佳子、他にもとある殺し屋に仕事を頼んでいるのだった。その殺し屋は別に、異常性とか過負荷とか特技とか特異とか、スキルの類は所持していないし、殺人の腕もかなり下の部類に入る。つまり無名に近い殺し屋だ。それでも佳子は、彼に仕事を頼んで良かったと思っているし、彼に仕事を頼んだ誰もが、彼に仕事を頼んでよかったと思っているだろう。無名にして有名な、名も無き殺し屋を、人はレイと―――とりあえずはそう呼んでいる。

 

 どこまでも弱い彼だからこそ、今回の潜入捜査は成功したのだ。レイは消炭と同様、朝普通の生徒に紛れて校門を潜り、当たり前のようにテキトーなクラスの欠席者の席に座って授業を受けて、できるかぎりの情報を入手。そして消炭の服に忍ばせておいた盗聴器と盗撮器を合わせて―――こうして異常者達の情報を入手したのだ。

 

 その資料には、裏の六人達の起こした現象や球磨川禊という負完全、悍しき殺人鬼宗像系などの情報が詳しく綴られている。

 

 

「ああ不思議。どうしてこうも、ただの人間がこうも人外的なことをやってのけられるんだろう………あぁ、うっとり。資料ごと舐め尽くしてしまいたい」

 

 

 舌を蛇のようにチョロチョロだしていると、すぐ目の前に気配を感じた。

 

 

「………オレくらいの年なら別にいいがよ、三十路の女がそんな淫らな仕草すんのやめといたほうがいいぜ? ちょっと痛い」

 

 

 目の前の男に佳子は聞く。

 

 

「………いつからそこにいた?」

 

「最初っから」

 

「ファックユー」

 

「うばばばばばばば」

 

 

 突如男が体を震わせた。どうやら電撃が体を貫いたらしい。

 

 

「前言撤回。超痛い」

 

「それで何の用かなまがりっち君~?」

 

「たまごっちみたいに呼ぶのやめろよ! オレの名前は曲里晶器(まがりしょうき)だ。かっけぇ苗字を忘れんな三十路ババア!」そして彼は痙攣する「あばばばばばば!!!」

 

 

 床に転がり込み、すぐさま「死ぬわ! どうなってんだよこの部屋ッ!?」とみっともなく叫び声をあげる晶器。一見弱そうで適当でどこにでもいる二十代後半にも見えるのだが―――彼も一応殺し屋であるのだ。しかも殺し屋業界で数多の頂上に君臨する、人外や欠陥製品と評される集団、死神族の一人でもある。

 

 死神族(デス)

 

 殺し屋の中の殺し屋。人間を容赦なく殺す殺し屋すらも彼らにだけは関わりたくない。殺し屋にすら殺されない、まさに人外と正しく評された絶対的な集団、死神族。狂人四人の中でも特に強く特にたくましく、ムードメイカーにして最年長、28歳の曲里晶器が、何をしにここへ来たのか。

 

 佳子は拗ねたように横目で睨みつつ、聞いた。

 

 

「で、なんのようなんだよー。用もなしに私に会いに来たわけでもないんだろ?」

 

「たりめーだ三十代あばばっ!? ………ってこれ床から電気が来ているのか! すげぇこの部屋超すげぇ。……話を戻すわ」脱線を修復しながらも、ゴム質の物体を探す晶器はなかなか抜け目のない男なのかもしれない。結果無かったから意味はなかったが。「オレがここに来た理由は二つある。一つはこの前の任務のことだ。一応ちゃんと達成したぜ。だから次の仕事にこれから向かいたいんだけど―――消炭のガキんちょを連れてその仕事場に向かいたいんだ。あいつのことだ、どうせもう仕事終わってるだろ?」

 

「それがねー。残念ながらズミズミ、仕事に失敗しちゃったみたいなんだよ」

 

「珍しいなそりゃっ!? どんな殺人依頼も一人で助けを求めるもなく簡単に完全にこなしてきてたアイツが、失敗ねぇ―――まぁ、一応あいつまだ17歳だしな。そういうこともあったほうがいいってもんよ。失敗なくして成功した偉人をオレは一人も知らないね」

 

「あんたは失敗ばかりだけどね」

 

 

 佳子に指摘されて、晶器は後頭部に掌を。

 

 

「えへへ」

 

「キショイ。キュートなズミズミちゃんなら許すけど。―――まぁー、そういうことだから、まだちょっとズミズミは忙しいかも。何せ向かう先はかのブラックボックス、箱庭学園だからね。そこの生徒を殺すってんだ、以外とズミズミも無敵じゃねーのかもしれないね」

 

「そりゃそーだぜ。どんなに化物でもそいつはただの人間だ。人間でありながら化物であるはずがねぇ。そいつが化物だったとして、しかし必ず化物である以前に人間でもあるはずだぜ。だから俺達が殺せない通りはないし道理もねぇ。故に不適で無敵ですらないのさ」

 

「はいはい。で、もう一つの用事ってのは? もしかして急に私に合いにきたかったからとかじゃないだろうな? お?」

 

「あからさまな期待を込めてそんなことを発言するな。三十路のくせに本気で痛い鳥肌が立―――おっと、あぶねぇ! 今度は当たらねーよ俺様の学習能力を恐れ入ったかぶわはははうばばばばば」

 

「ファックユ―――! HU―――!!!」

 

 

 咄嗟に机の上に飛び乗った晶器だったが(机の上には大事な書類が積み上がっている。だからここには電流がながれないはずだと彼は推理したのだが)、しかしそのひらめき虚しく彼の体は電流に貫かれた。受身も取らずに床に転げ落ちて、みっともない格好で要件を口にする。

 

 

「もう一つの用事はただの報告だ。ちょっと離れた街で興味深い女子高生を見つけたっつたよな。調べて見るに、実はそいつとんでもなく人殺しに長けたスキルホルダーだったんだよ。だからすぐに殺し屋に仲間として誘ってみたんだ」

 

「ちなみになんて言って勧誘したんだよ」

 

「『お兄ちゃんと一緒に小遣い稼ぎしない?』みたいな」

 

「……ほかにもっといい誘い文句は思いつかなかったのか?」

 

「そしておしくも失敗しちまった」

 

「当たり前だ変質者。つかおしかったのかよ、大丈夫かその女子高生」

 

 

 すると晶器は、自然な素振りで近くにある大きなダンボールに腰を下ろした。

 

 あれ、こんなダンボールがこの部屋にあったっけな? ―――不思議に思う佳子に向かって、晶器はそのダンボール箱を自慢するように叩きながら、言う。

 

 

「だから誘拐した」

 

「でかした! あんたやっぱり最高だよ」

 

「わかってるって。そいっ」

 

 

 晶器がダンボールからガムテープを剥がす。蓋が開いた中には、ついこの間廃校になった高校、水槽楽園の制服を身につけた少女が体育座りをした状態で瞼を閉じていた。気絶しているのか眠っているのか、意識がないながらに生きていることを確認してから、佳子は晶器に質問する。その顔には、ついさきほどまで面倒くさい男と戯れている面倒くさそうな佳子の目ではなかった。

 

 科学者のような研究者のような。

 何かを推理せんとする者の目であった。

 

 

「名前は?」

 

「蛇籠飽ちゃん。なんと酸素を操っちゃう」

 

「アイラブユー」

 

 

 

 

 

 ✩✩✩

 

 

 

 

 

『あー、なー消炭ちゃん、宗像形を殺そうとして意気込んでるとこ水を突き刺すようで悪いんだけど―――宗像形殺害の件、依頼人が依頼取り下げられちゃったんだよねー』

 

「……殺しの依頼にしては随分と短い期限だったな。ってことは俺を見限ってもうほかの殺し屋に仕事を回したってことか?」

 

『お? なんか今日よく喋るねーズミズミちゃん。もしかして彼女とかできちゃった系?』

 

「殺すぞ」

 

『おわぁ、いつものズミズミちゃんや。……んまぁ、そういうわけだから。あーあと、ズミズミちゃんの仲間の晶器の野郎がお前に会いたがってたけど、気が向いたら会いに行きなさいよ。じゃ』

 

「ああ」

 

 

 ガチャリ。

 

 面倒そうに電話を切る消炭を、隣を歩く恋は不思議そうに見ていた。別にこれから消炭と何かをしようとしているわけでもない、消炭のほうもそういうつもりはないのだろう。ただなんとなく、意味もなくなんとなく、することがないから一緒にいるだけのこと。

 

 そしてそんな浮遊感伴う距離感故に、恋はどうでもよく聞いてみた。

 

 

「相変わらず殻にこもってるみたいだね。私みたいな常時攻撃技(攻撃じゃないし技でもないけど)以外だと、やっぱ自分を殺し続けてるから気分が沈んでしまうのかな~?」

 

「いや別にそーじゃねーよ。……そうだけど」

 

 

 恋の言うことは的を得ている。

 

 消炭は己の過負荷の悪影響により、強い殺害欲に駆られている。それはムラがあるし、宗像形と違ってに人以外を殺しても解消できる分救いがある気もするのだが―――ムラがあるぶん、殺したい時の気持ちがより強い。

 

 が、こうして常時攻撃を受けていたり、影響を受け続けていたりすると―――例えば桜ヶ丘恋のように、常時相手の恋愛感情を読み取れるような人間が相手だと、それを常に殺すことができるので、余分に自分を殺さなくて済むのだ。

 

 消炭が自分を殺すのは、時折襲う強い殺害欲を軽減するためのものなのだ。もともと普通で、普通の人生を歩んでいた消炭が、どうしてこうも酷い過負荷に目覚めて、マイナスになってしまったものか。恋はかわいそうに思えてならない。

 

 

「けどまぁ、今の相手はあれだ。佳子だ佳子。お前なら知ってるだろ、俺が何の仕事をしていて何をやってるか、とかよ」

 

「知ってるよ。殺し屋やってんだよね、んで佳子っていうと垂水佳子のことかなぁ? 確か、殺し屋の仕事を斡旋してくれているんだよね~。うわぁ、さすが私、物知りだねぇ」

 

「いや知りすぎだろ。殺し屋としておかしな忠告だけど、それ以上知るのは殺されかねないからやめといたほうがいいぜ」

 

「消炭ちゃんが私を殺すってこと?」

 

「んなわけあるか。あんたは当時の城塞高校で数少ない知り合いなんだ、やすやす殺されても困るし、死んでもらっても困るんだよ」

 

「ふふっ、ならよかった」

 

 

 恋は消炭の腕を抱く。

 

 

「それって消炭ちゃんが守ってくれるってことだよね?」

 

「殺すぞ」

 

「こわー」

 

 

 振り払われる恋は、得に抵抗はしなかった。

 

 

「最近の高校生は何するかわからないからこわー。特に消炭ちゃんみたいに外見普通なのに得体のしれないのとか超こわー。けど大丈夫、私は消炭ちゃんのこと好きだから、そんなことしないと信じてるから」

 

「いや俺、その前に人殺しだから」

 

 

 それに高校生でもない。

 

 

「とりあえず―――どっかそこらへんの路地裏で、話を聞かせてくれよ。そういえばあんた、俺に助けてとかなんとか言ってたしよ」

 

「公園デートかー、青春だね~!」

 

「だとしたらとても青ざめた春になりそうだな」

 

 

 人殺しとデートだなんて、とてもじゃないが普通ではなかった。消炭は恋を連れて適当な公園を探して歩き回る。




―――津曲晶器


職 業:殺し屋
血液型:AB型
ペット:梟

備 考:オリキャラ

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