世界は酷く美しい   作:人差指第二関節三回転

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011   殺戮者の逃げた先で

「………っ」

 

 

 気がついた。

 

 と、同時に、消炭は自分が気絶しているという事実に気がついた。瞼を瞑っていることに、寝てしまっていることに、殺し屋としての自己嫌悪に囚われる。しかし目を開けてみると―――予想外の展開によってそんな自己嫌悪はどこかえ消えてしまっていた。

 

 草叢。

 

 今自分がいるのは紛れもない草叢。

 確かどこかの教室に飛び込んだはずだが―――そこからはとにかく逃げることだけを考えていたので、はっきりとしたことはわからない。ただはっきりとなっているのが、自分は無事であり、そして、

 

 目の前にいるこの少女は、どうやら敵ではないらしい、ということだった。

 

 

「あ、目が覚めたんですか」

 

 

 普通。

 

 今まで異常な人間を相手にしてきた消炭が、久しぶりに感じる感覚だった。目の前の彼女は普通であり、(本当の普通からみたら普通でないところもあるのだが)どこか癒されるところもあった。この感情を安心と言うのだろう……。どうやら彼女は、教室から満身創痍になりながらも逃げる消炭を追いかけてきていたようだ。

 

 手に持つ救急箱がそれを示していて、

 もう片方の手に持つ円盤状の物体―――ルンバはなんで持っているのかよくわからないが、とにかく。

 

 雲仙親衛隊の一人、野母崎兜は、草叢でぼろぼろの消炭の治療にあたっているのだった。

 

 

「酷い怪我だけど―――13組に目を付けられちゃったんです? 大変でしたね。ここの13組は変なのや頭おかしい連中が多いから、風紀委員として度々ぶつかることはあるんだけど。ついこの間も黒神さんがいろいろやっていたみたいだし。君もこの学園の生徒だったら気をつけたほうが身の為ですよ」

 

「あ、あぁ…」

 

 

 彼女は消炭のことを、学園の生徒だと思っているらしい。そういえば、現在自分は箱庭学園の制服を着ているんだった。そんなことを思い出す消炭であるが、二度とこの学園を訪れたくない消炭にとっては、あまりどうでもいい話に思えた。

 

 けれど一応、お礼くらいはしておこう。

 感情表現はあまり得意ではないが、不器用ながらにもお詫びをした。殺し屋にも良心はあるのだ。

 

 

「お前も気をつけたほうがいい。俺がいうのもあれだけど―――やつら、どう見ても普通じゃない。あれは本当に関わらないほうがいい、俺もできれば関わりたくない」

 

「心配してくれるんだ、優しいんですね」

 

「優しい、か……」

 

 

 果たしてそんな感情が、自分に残っているのだろうか。

 

 

「でも、心配しないでくださいよっ。私はここの学園を取り締まる学園警察、風紀委員。学園の秩序と平和を守るための私達です、こんなことは日常茶番時なんですよ。……って、まだ動いちゃダメですよっ。これから私、あなたを保健室に連れて行くつもりなんですよ?」

 

「悪いな。俺もこうしていられない身分なんだ」

 

 

 彼女は純粋だ。普通に普通だ、羨ましいくらいの普通だ。彼女の白さを、自分の黒さで濁らしてはならない。消炭は立ち上がり、袖の中の刃物を確かに確認して草叢を出る。

 

 

「もう会うことはないだろうが―――ありがとうな」

 

「………最後に名前だけ聞かせてくれませんか?」

 

「……」

 

 

 数秒迷い、消炭は歩を進めた。

 

 

「灰ヶ峰消炭」

 

 

 

 

 

 ✩✩✩

 

 

 

 

 

 

 野母崎兜は、灰ヶ峰消炭の立ち去った場所を呆けたように見つめていた。

 

 身長は自分と同じくらい、黒い髪を面倒そうに後方で纏めた、少年のような少女のような中性的な生徒。どこか捻ていて、どこか弄れていて、けれど何かしら芯が通っているような―――雲仙冥利にも似た何かを感じて、野母崎は彼の名前を反復した。

 

 

「灰ヶ峰、消炭………」

 

「やめといたほうがいいぜ」

 

 

 思わぬ方向から声がして、肩を震わせる。声は聞いたことはないが、それでも彼女が異常であるということが肌で感じ取れてしまう―――おそらく背後の彼女は13組。異常の中の異常者なのだろう。

 

 普通の人間野母崎兜は、ルンバを抱えたまま首だけを動かす。ちょうど真左まで振り向いたところで、背後に迫った彼女は、自分の真横に並んだようだった。はっきりと見える彼女の横顔は、特徴的だったが見覚えがない。

 

 癖の強い桃色の頭髪が、両肩辺りまで流れている。気だるげな眼に大きく膨らんだ風船ガム。服装は酷く露出怪我高く、裸に(たぶん)直接オーバーオールを来ているそれは、本来の風紀委員野母崎兜なら取り締まるべき対象だろう。が、それはなんだかやってはならない、少なくとも今するべきことではないように思えた。

 

 裏の六人(プラスシックス)の一人、験体名:宙ぶらりん(フリーワールド)、湯前音眼は、破裂したガムを吸い込んで、言った。

 

 

「あいつは私を躊躇なく短剣で切り裂いた。私は普通と違って、物理攻撃は無効化できるけどー、あいつはそんなことを知らなかったはずでー、だからあいつに関わるのはやめたほうがいいかもしれない」

 

 

 声に感情さえ篭っていなかったが―――それでも彼女が伝えたいことだけは、きちんと兜に伝わった。

 

 

「ってことは灰ヶ峰君も、異常者……なんですか?」

 

「異常、じゃない気がするね。それ以上のなにかか、それ以下のなにか。でもま、私はあいつと似た酷く最高で酷く最低な、デタラメでメチャクチャな存在を二人知ってる。一人は生徒会長やってて、そしてもうひとりはつい最近転校してきたやつさ。あーあ、近いうちにこの学園がどうにかなっちまうかもな」

 

「それって―――」

 

 

 その言葉はかの荒唐無稽な完璧超人黒神めだかと、球磨川禊率いるマイナス13組のことを指していたのだが、その物語に深く関わっていない二人にとって、あまり重要なことではなかった―――音眼は一度も兜を見ないままに、ひとりでに兜を置いて草叢を後にする。

 

 

「そんなことよりも、私はあいつのほうが―――灰ヶ峰消炭のほうが気になるね。私の仲間も、そういう設定のやつらがいるんだけど、その仲間達もあいつのことは気になってる。山海とかリーダーとかはどうかわからないけど、私はあいつに興味を持った。………ごめんね、こんな話をされても意味不明か。所詮私も異常者の一人だ。とにかく私が言いたかったのはね、普通の1年生」

 

 

 音眼は両ポケットに両手を突っ込んだ。

 

 

「あいつには関わらないほうが身の為だってことだ。気をつけな。じゃあね見知らぬ他人」

 

 

 真面目なのはおしまい。

 

 まるでそういった合図のように、音眼はガム風船を膨らました。立ち去る異常者を見ながらも、野母崎兜は灰ヶ峰消炭のことを思い出し―――そして。

 

 ちょうど聞こえてきた、チャイムの音に驚いた。

 

 

「うわ! 授業始まっちゃうっ!?」

 

 

 野母崎兜。風紀委員に属するものながら、基本的には真面目な生徒である。そんな彼女が授業をサボるなんて、そんなとんでもないことができるはずもなく。

 

 消炭のことなど頭から吹っ飛んで、

 彼女はまた、平凡な日常へと舞い戻るのだった。

 

 

 

 

 

 ✩✩✩

 

 

 

 

 

 気配を殺して校門を潜る。

 

 

「くっそ、どうするか。もしかしたら球磨川禊が彼女を倒す―――助けるための突破口になるかもしれねぇと思ったけど―――最悪だった。そもそもあんなヤツにモノを頼むことが世界常識的に間違っていたんだ。失敗だ、失態だ。だったら他の道を探さなきゃならねーか。あーあ、一体どうすればいいんだよ」

 

 

 歩く、昼近くの校外を。

 

 現在は基本生徒は学業に勤しみ、大半の大人達はみな仕事に勤しんでいる。よって街は朝と反転してやけにすいており、人影が酷く少ない。そんな中を制服姿で歩く消炭は、結構なかなか目立っていた。息を、足音を、気配を殺して歩いていたとしても、いやおうがなく目立ってしまう。相手の視界までも邪魔できない消炭の、弱点のようなそれだった。

 

 まぁ、今は。

 校門を潜った時点で既に、気配を殺すのはやめているのだが。

 

 道を歩いていて、

 今日の依頼の失敗を伝えようかと携帯を開こうとしたところで、

 ふと。

 自分の行く手を阻むように、女子生徒が仁王立ちしているのに気づいた。

 

 消炭は彼女を鋭い眼光で睨んでいて、対照的に彼女は至極嬉しそうに笑みを溢れさせている。楽しそうで嬉しそうな、まさにワケあって長らく合うことができなかった恋人と偶然街で再開したような―――けれど消炭の表情を見る限り、そんな関係ではないようだ。

 

 波がかった、上品そうな髪をかき分けて、彼女は消炭に投げキッスを送った。

 

 

「やっほう、ダーリン。えー何その制服、消炭ちゃんまた高校生やっちゃってんの? 中間服似合う~。かわいいっ」

 

「なんの用だ腐れビッチ」

 

「うぅ~、酷いんですけどー。それあんまりにも酷すぎなんですけどー。別にあたし腐ってないし腐女子でもないし? まぁビッチってのはなんていうか、大人の女っていう褒め言葉的な意味で捉えて上げなくもないかもだけど?」

 

 

 

 桜ヶ丘恋(さくらがおかれん)。元城塞高校クラスメート。

 

 彼女は恋愛感情にかんしてのみ異常なまでに鋭い勘を持つ、異常者の一人である。彼女はかの城塞高校でその異常性を駆使して、大勢の男子生徒に絶大な支持を誇り、実質城塞高校の不良少年達を裏から支配していたといっても過言ではなかった。

 

 そんな彼女も、今は高校生ではなく。

 消炭と同じく、卒業を待たずして社会に放り出された人間だった。彼女は消炭のことを知っていたけれど、消炭は彼女のことをあまり知らない。消炭が知っていることといえば、彼女がかの勇者、城塞高校の生徒会長と球磨川禊との戦いに深く関係しているといった事実くらいである。何があったかまでは詳しくは知らないが、彼女をこうして見る限り、大体の想像はつくし、またそれがあっているかどうかを聞くまでもないと思っている。

 

 消炭は深く、息を吐いた。

 

 

「……にしても久しぶりだな、おい。なんだお前、元気にやってたのかよ。まぁーお前のことだからどうせ、いろんな男をたらしこんでうまく世の中渡り歩いてんだろうけど」

 

「えー、それもちょっと酷くない? 在学中の消炭ちゃんはもうちょっと大人しくて可愛げがある感じだったけど―――まぁ、今みたいに自分を殺していない状態でこれなんだから、これが消炭ちゃんの本質なんだろうね。それに、消炭ちゃんの言うことはばっちりあたっているし」

 

 

 殺害欲の灰ヶ峰消炭と、恋愛感情を読む桜ヶ丘恋―――彼らは一見ちぐはぐで、性格も趣向も生活も運命も全て微塵も当てはまらないような他人であるのだが、そんな赤の他人であるが故に、彼らは以外と親しかった。

 

 消炭は口角を少し上げ、聞く。

 

 

「で、なんのようなんだよ夜の女帝」

 

「いや、実はね、その―――消炭ちゃんに少し頼みがあるんだよ。私だけじゃ手に負えないんだ。ねっ! 私が戦うタイプじゃないって知ってるでしょ? 助けてよぅ~!」

 

「仕事失敗したばっかだとモチベーションがなぁ……」

 

 

 などと言いながらも結局は断ることができない消炭は、それを知っていながら自分に頼みごとをする恋に対して、褒め言葉と言うには酷く乱暴なことを吐いたのだった。

 

 「腐れビッチめが(やなやつだぜ)」―――と。




―――桜ヶ丘恋

肩書き:消炭の元クラスメート
血液型:AB型
異常性:恋愛色別

備 考:オリキャラ

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