世界は酷く美しい   作:人差指第二関節三回転

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010   無差別殺戮者の脱出撃

 裏の六人とは本来、表の彼らの研究の邪魔になるものを排除し、さらに彼らによって打ち出された研究結果を補うための補欠のような存在だった。基本的に行動はまるで別で、裏と表のままの関係の如く。表の六人が黒神めだかと戦っていた時も、不知火理事長は全く別の件に裏の六人を充てがうつもりだった。そう、例えば―――箱庭学園に無断で侵入する者達の排除、など。

 

 箱庭学園は全国の天才者、才覚者、異常者が集う有数のマンモス学校だ。そこには全国から寄せ集められた生徒達が通っている。その生徒達の秘める力は、人によっては喉から腕が出るような価値を秘めている。例えば2年10組の特待生、将棋部の鉈山粍。彼女は高校生でありながら既にプロ級の腕を持っているがために、彼女を狙う輩は少なくとも存在する。その力を欲しがったり、その力を潰したり。

 

 それ以外にだって―――例えば13組の異常者達。彼らのパフォーマンスは誰がどう見ても人間の範囲を超えてしまっているものもあり、それらは全てフラスコ計画の元に研究者達が解析している。しかし、彼らのパフォーマンスはなにも完璧な人間を作るためだけにあるわけではない。彼らの異能にも似た力を欲する者は、実は結構いるのである。都城王土の『言葉の重み』や『理不尽な重税』など、人間を洗脳し配下に置くには優秀すぎる異能であるし、『知られざる英雄』こと日之影空洞などは、単体で軍隊に匹敵する程の力をもっている。その後不知火によってスキルは変換、後に消失するが―――上記の2名だけでも、どこか違う分野にて絶大なる力を発揮してしまうだろうことは間違いない。

 

 つまり箱庭学園とは才能の詰まった箱庭であり―――当然当たり前のように生徒を狙う外部の敵から箱庭を守るのが、元々の裏の六人の役目であった。だから彼らは、黒神めだかがフラスコ計画と関わった際はそれに関して動く気はもともとなかったし、中のことは全て表に任せていたのだ。表のメンバーの異常度から考えれば、裏の六人が手を貸すまでもないのが現状であり、あの時裏の六人が出動したことこそが異質な例なのだ(つまり彼らを出動させしめた黒神めだかの異常度がわかろうもの)要するに始末屋、要するに用心棒。外部から箱庭学園を守る特殊部隊が、裏の六人、プラスシックスなのである。そしてそんな裏の六人が―――現在校内にいるはずのない裏の六人が―――現在入院中であろう裏の六人が―――先ほど倒れた二名までもを合わせて―――

 

 ―――今、消炭の前に並んでいた。

 

 死番虫(デスウォッチ)――――――糸島軍規(いとしまぐんき)

 初恋(ラヴ)―――――――百町破魔矢(ひゃくちょうはまや)

 宙ぶらりん(フリーワールド)――――湯前音眼(ゆのまえおとめ)

 食中食物(デンタルシューズ)―――――上峰書子(かみみねしょこ)

 占領役者(スターマスター)―――――鶴御崎山海(つるみさきやまみ)

 髪々の黄昏(トリックオアトリートメント)―――筑前優鳥(ちくぜんゆとり)

 

 裏の六人(プラスシックス)総括、糸島軍規が人差し指を向け高らかに叫ぶ。

 

 

「お前! お前だお前のことだ灰ヶ峰消炭! お前の名前は灰ヶ峰消炭であってるんだよな! だったらおかしいんだよ! ―――この学園に、そんな生徒は存在しないはずなんだ! さてはお前、どっかのスパイかなにかだろう! 違うか?」

 

 

 答える暇はない。走る速度を止めずに突っ込む。

 

 前方に集う六人からは、確かに異常な異常度を感じ取っていた。見ただけで、会っただけで彼らが異常であるということがわかる。戦った二人や、宗像形と同等レベルの力を何かしら持っているのだろう。けれど、それが今、消炭が足を止める理由にはなりえない。どれだけ逃げたって無駄だろうが、背後にはあの球磨川禊がいる。その球磨川がいつ宗像を殺して追いかけてくるかわからない。彼は過負荷、彼はマイナス。一人で城塞高校を荒廃させ廃校させた人間。かの勇者とも謳われた城塞高校生徒会長を単体で退けた張本人。そして―――消炭から全てを奪った張本人。

 

 恐ろしい、自分の恐怖心を殺し続けていないと今にも発狂してしまいそうだ。今でさえ既に、自分を殺しきれていないのに。

 

 立ち止まる必要性がどこにあるだろう?

 

 

「どけよテメェらぁぁああああああああ」

 

 

 短剣を握りしめて突っ込んだ。前方から声が上がったのはほぼ同時、

 

 

髪々の黄昏(トリックオブトリートメント)!!!」

 

 

 消炭の視界が闇に包まれた。

 

 闇、黒―――否、それは髪だ。広く長く強く伸ばした髪を自在に操り、体の一部のようにして消炭の自由を奪おうとする。対する消炭は剣先を知覚できないほどの速度で振う。眼前の闇が切り刻まれ、崩落。粉切れにされた黒髪が、ガラスの破片のようにひらひらと舞った。

 

 

「こ、この子―――」

 

 

 地面を蹴り飛ばして、筑前優鳥の懐へ深く潜り込む。

 短剣を握る。

 力を込めて、

 脾腹に突き刺す。

 そして、

 なぜか、

 なぜだ?

 近くで謎の水飛沫が上がった。

 

 

「わー、心臓を抉られたー、死んじゃうよー(棒読み」

 

 

 未知の手触りに戦慄し、反射的に短剣を左右に振るう。燕返しのように幾度と刃を震わせるも、目の前の彼女、湯前音眼からは血飛沫が一粒も上がらない。上がるのは謎の水飛沫だけ。

 

 夢柔力(ドリームストリーム)

 

 それが彼女の異常性。

 湯前音眼の体は謎の液体で構成されており、攻撃された箇所を液体に変化させることで衝撃を後方に逃がすことができる。そのほかにも熱などを分散させることも可能であり、要するに彼女には、大半の物理攻撃が意味を成さない。打撃も熱も効かない音眼が、鶴御崎山海の天敵とも言える存在だった。

 物理無効。

 耐熱効果。

 どう考えても人間の範疇からはみ出ている彼女を前に、消炭は攻撃しつづけることを諦める。これ以上の攻撃が意味もないのも理由の一つだが、

 

 

「っ!? ………っぶねぇ!」

 

 

 背後からの攻撃を避けるのが本当の理由だった。武器としてのスペアがあったのか、百町破魔矢は消炭と戦った時と同じような武器を手にしていた。彼が振り向いた時を狙ったようなタイミングで、彼の弓矢が飛来する。消炭は数寸の間で全てを理解し、近くにいた鶴御崎山海の腕を捻って引き寄せた。

 

 飛来した弓矢が、山海の体に炸裂する。

 ガァ―――ンという、酷く金属質な音が消炭の耳を劈いた。何をどう間違っても、今の音からして山海の体が普通の人体ではないことが伺える。どうにか破魔矢の攻撃を防ぐことに成功し、突破口を目指して眼を光らす。

 

(まずは1番弱そうなヤツを殺す)

 

 目に入った女子生徒に短剣を投げた。見るからに読書系、手に持つ辞書から非戦闘型。戦えないタイプの人間と判断し短剣を思い切ってぶん投げた。投げられた短剣はブーメランのように回転しながら―――上峰書子の顔面に直撃した。

 

 絶命。

 という消炭の予測を、彼女はあっさりと覆した。

 

 

「あなたは殺し屋さんですか? この短剣からは数え切れない程の人間の血の味がします」

 

「っ!?」

 

 

 投げられた短剣は、なにをどうやったか彼女の口で咥えられてた。地面を蹴り飛ばして接近、短剣の柄を握ろうと手を伸ばす。が、直前に飛来した矢が消炭の横腹に二本炸裂。血が吹き出て激痛が走るが、痛覚を殺して無視する。

 

 しかし、いきなりの攻撃だったためか勢いを殺しきれずに衝撃のまま地面に体を叩きつけられる。消炭の過負荷、無差別殺戮は、過ぎ去った現象は殺せない―――。その事象が生きていないと、殺せない。故に気づかぬ衝撃を殺せなかった。地面に手をついて受身を取り、勢いを殺して立ち上がる。立ち上がりざまに彼女から短剣を奪い去ろうとして、

 

 瞬間、

 

 

「えいっ」

 

 

 書子が短剣をぶん投げた。

 

 消炭の顔面に刃物が迫る。

 屈む。避ける。

 短剣は頭上を通り過ぎる。

 

 振り向く。

 

 短剣が回転しながら飛んでいった先にいたのは―――先ほど消炭が盾にした男、鶴御崎山海だった。山海は消炭の短剣の、刃の部分を素手で握り締めていた。皮膚が切れないのは、短剣の刃が寂れて切れ味が落ちているからかもしれない。だから彼はあんなふうに握れるのだ。そう無理やり予測して駆け寄ったのだが、

 

 

「これが貴様の武器か」

 

 

 けれどなにも、そんなことまで予測できなかった。

 まさか短剣の刃の部分が、握られた掌から液体の如く流れ落ちてくるだ、なんて。

 

 

「強度もカスもないな」

 

 

 なんだ、なんだこの現象! ―――たった数秒前までしっかりとした短剣、固形物だったそれが、一瞬にして液体となって指と指の間から零れ落ちるだなんて。床に溢れたそれは、泡まみれの沸騰した水溜まりを形成し、やがて固まり固形物へと戻る。

 

 先ほどの液体女の仕業か?

 

 思いながらも消炭は、背後から迫る軍規の掌底を交わし、山海の拳を殺し、優鳥の髪をいなし、音眼は別に攻撃してこないが警戒はしたままに、破魔矢の武器を再度殺し、地面を触れて床の強度を殺し、殴りつけた。

 

 逃げなけなければ。

 刃物がない今、ここで人を殺せない。無理やり突破口を作るほかない。

 

 強引だが、自体の脱出を強行した。

 

 崩落する床に、裏の六人全員が反応。崩落した床に裏の六人全員が反応している間に、消炭は天井を見上げた。思いついたことを実行するために、壁を睨んで天井を睨んで、何かが死んだような音が聞こえて、

 

 そして、

 

 強度を殺された壁と天井が、支えを殺されて崩落してきた。

 

 崩れ落ちる瓦礫を避ける。出来上がった瓦礫の山を駆け上り、時計台F1へと這い上がった。逃げろ、全力で。六名全てを同時に相手にするのはまずすぎる。

 

 走る。

 

 駆ける。

 

 全力で。

 

 逃げる。

 

 の、だけれど。

 

 

「逃がさんぞ!」

 

「今度こそ―――」

 

 

 破魔矢と山海が、かの崩落した天井を乗り越えておってきていた。どこまでも強く、どこまでもしつこい。異常なまでにタフな彼らに、消炭は叫びたくもなってくる。

 

 

「ああああああああああもう! ターゲットだったら八つ裂きにしてやるのによおおおおお!!!」

 

 

 振り返ることもなく走る。走り付いた先に見つけたのはとある校舎。校内の換気のためにか、窓がひとつだけ空いていた。そこにイルカのように頭から飛び込んで廊下から教室の中へと転がり込む。裏の六人との戦闘故、全身ぼろぼろになっていた消炭の侵入より、教室の普通達は悲鳴をあげる。普通の男子は叫び、普通の女子は悲鳴をあげる。それでも何人かは消炭を治療しようと応急箱を持ってきていて、そして何人かは武器を手に窓の外を警戒している。

 

 怪我した人間を見て、危害を加える敵がいる可能性を考慮し武装するなんて、頭のキレるヤツもいるものだ。やはりここは普通じゃねぇ、普通ですらも異常じゃねーか―――半ば薄れゆく意識の中、介護する女子を振り払い、地面に足を立てて、立ち上がる。

 

 駆ける。

 反対側の、校庭側の窓から体を躍らせた。直後消炭が侵入してきた場所から二本の弓矢と大きな鉄の塊が―――人間の右手であろう物体が一直線に飛んできて、閉じられた校庭側の窓ガラスが木っ端微塵に吹き飛んだ。

 

 混乱の限りにかき混ぜられた1年3組の教室に姿を現した、裏の六人の百町破魔矢と鶴見先山海。右腕が肘から欠損している山海の横で、破魔矢は騒ぐ生徒に静かに重く言う。

 

 

「なんですかあなたたちは。邪魔ですよ」

「おい破魔矢―――こんなカス、邪魔なら排除すればいいだろう」

 

 

 そして、

 

 

「なんですかあなた達は! あなた達がさっきの生徒をいじめてた張本人ね! だったら相手が先輩だろうと先生だろうとお偉いさんだろうと問答無用!」

「針金ちゃんや雲仙先輩が居ない今! 私達があなた達を制裁します!」

「俺様の自転車殺法、とくと味わえクソ野郎!!!」

 

 

 1年3組に在籍していた風紀委員、千々石等星、児湯灯、国東歓楽を率いる風紀員達との大規模な乱闘騒ぎに発展してしまうのだが―――もともと箱庭学園の生徒でもない部外者の消炭が知ったことではなかった。

 

 今は逃げる。

 それだけが消炭の達成すべき目標だった。




―――湯前音眼

クラス:2年13組
血液型:AB型
異常性:夢柔力《ドリームストリーム》


―――上峰書子

クラス:3年13組
血液型:AB型
異常性:侵蝕自釈《ヴォミットホワイト》


―――鶴御崎山海

クラス:2年13組
血液型:AB型
異常性:意翔《アビリティプロテクシェン》


―――筑前優鳥

クラス:3年13組
血液型:AB型
異常性:髪々の黄昏《トリックオアトリートメント》



―――千々石等星

クラス:1年3組
血液型:AB型
所 属:雲仙親衛隊


―――児湯灯

クラス:1年3組
血液型:AB型
所 属:雲仙親衛隊


―――国東歓楽

クラス:1年3組
血液型:AB型
所 属:風紀委員

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