ラヴィエを連れて八神はやてから解放された俺は、そのままオークション会場へと向かった。
本来なら管理局のエースが固まって行動している場所から、すぐにでも離れたいところだがここですぐに行動を起こして追跡されでもしたら余計に面倒なことになってしまう。
だから俺はこのオークションが終わるまで会場に居て、オークションが終了して帰る客に紛れて行方をくらませることにした。
「ふあぁ、ねみぃ」
「……くぅ」
ただ興味のない物の説明を延々と聞かされ続けていては、さすがに眠くなってくる。隣ではラヴィエがすでに寝息を立てている。
そんな様子を見ていたら、俺も眠ってしまいたい衝動に駆られる。だが、俺はどんなに眠くても眠ることができないでいた。
なぜなら、同じ会場内の二階席、丁度会場が一望できる席に八神はやて率いる管理局の面々がいるからだ。
(さすがに、これじゃあ眠れないな)
俺は溜息をつきながらオークションに掛けられる品々を眺めるふりをして、会場内にいる客を観察し始めた。
(……居ないな)
客層を確認し、目当ての人物たちが居ないこと確認した。
探していたのは俺と同じ、裏の客層だ。基本的に顔を秘匿する連中がほとんどだが、中には捕まらない自信からか堂々と素顔を晒したまま表のオークションに参加する奴もいる。ただ今回はそういった奴らも見当たらない。
(管理局がいるから……いや、ないな)
管理局の局員が居るから来ていないのかと一瞬考えたが、ああいった奴らは自己顕示欲が強い。
管理局の中でも有名な連中が来ていると知っていれば、むしろ喜んで参加して無意味に挑発しているところだろう。
(そう考えると、居ないのはいいことだな)
ただでさえ面倒な状況を、さらに面倒にされては堪ったものではない。
(はぁ、それにしても暇だ。この調子だと、今回は裏に顔を出してる暇もないな)
完全に骨折り損の草臥れ儲けとなってしまった。
「……ん」
「ん? 起きたかのか。……どうした?」
先ほどまで寝息を立てていたラヴィエがいつの間にか目を覚まして、俺のスーツの袖をクイクイと引っ張っていた。
「……来る」
「来る? 何が……」
ラヴィエがそう警告を発した次の瞬間、俺もそれを感じた。
(これは……召喚。それにこの魔力は、確か……)
会場から少し離れた場所で、誰かが何かを召喚しているのを察知した。そしてその召喚を行っている者の魔力には身に覚えがあった。
あの変態科学者の元にいた召喚士の少女の物だ。
この状況に、俺は今日のイレギュラーな事態を思い出した。
裏のオークションの受付の時に接触してきた暗部、そいつが言っていたジェイル・スカリエッティがこのオークションを狙っているという情報。
(あの変態、マジでやりやがった)
表には表のルールがあるように、裏には裏のルールがある。
そして今回の襲撃は、完全にルール違反だ。こんなことをしたら、ジェイル・スカリエッティは裏で完全に敵認定される。そうなれば取引はおろか、何らかの研究で協力者が欲しくなっても協力すらしてもらえなくなる。
(あいつは変態だが、そんな簡単な計算ができないはずがない。なのに、なんで……)
今までの付き合いで知った、スカリエッティの人物像とあまりにもかけ離れた行動に、俺は眉を顰めて理由を探ろうと思考していた。
「……ん、近い」
そんな俺にラヴィエがまた警告を発する。
その声に気配がさっきよりも近くなっていることを察し、俺は思考を中断し席を立った。
「……そうだな。考えても情報が少なすぎる。ここは騒ぎに乗じて逃げるか。行くぞ、ラヴィエ」
「ん」
俺はラヴィエを連れて静かに会場を後にした。
・
・
・
「って、そう簡単にはいかないよなぁ」
会場を後にした俺達だったが、そこはさすがにすんなりとは帰らせてくれるはずがなかった。
「テメェ、やっぱり」
建物から出た瞬間、丁度目の前に赤い少女が下りてきてこちらを睨んできた。
(まじか……)
眩暈がしそうになった。
管理局機動六課所属、八神はやて率いるヴォルケンリッターの一人、鉄槌の騎士ヴィータがそこにいた。
何がやっぱりなのかは知らないが、完全に敵認定されているのは確実だ。
「んっ!」
おまけに前回の戦闘のせいか、ラヴィエがヴィータを確認した瞬間に戦闘態勢に入ってしまい、一瞬触発の空気だ。
(って、ラヴィエ。お前は戦っちゃダメって言っただろ)
一瞬で出来上がったこの、ちょっとした刺激で今すぐにでも戦闘に入りそうな空気に俺は動けなくなってしまっていた。とはいえ、何時までもこのままとはいかない。
(頼むから戦闘だけは勘弁してくれ)
そう祈りながら、意を決して話しかけた。
「あ~、八神ヴィータ。お前が何を勘違いしているか知らないが、俺は、俺たちは無関係だ」
「何言ってやがる。この状況で関係ないわけねぇだろ!」
八神ヴィータが睨みながら、こちらの言い分を両断してくる。
(……まあ、だよな)
俺も相手の立場なら、そう断言するだろう。
スカリエッティを追っている中で出会った犯罪者。
さらについこの間戦闘を繰り広げ、今日も機動六課が警護している中に表れ、今スカリエッティによって襲撃を受けている建物から誰よりも先に逃げようとしている。
これだけ状況証拠が揃ってしまうと、本当に無関係であっても誰も信じないだろう。
(あの変態、次会ったら……次?)
状況としては切羽詰まっているはずなのに、俺は唐突に先ほどの答えの片鱗を感じた。
「……そうか。あの変態……次なんだ」
気が付いた時には思わず呟きが漏れていた。
「次? 何言ってやがる」
「……?」
俺の唐突な呟きに、八神ヴィータは警戒を緩めず問い返し、ラヴィエは不思議そうに首を傾げている。
「ヴィータ副隊長!」
そんなとき八神ヴィータの後方から、見慣れない少女二人が駆けてきた。二人の装備と八神ヴィータを副隊長と呼んだことから、同じ機動六課の部下であることは容易に想像できた。
「《氷柱》」
俺は躊躇いなく氷の杭をその少女たちに向けて放った。
八神ヴィータが常に意識をこちらに向けていられる状態なら、彼女は俺の行動と同時に動いただろう。だが、そこに新たに意識を向ける対象が現れたせいで俺の動きに反応が一瞬遅れた。
「なっ!? 防げ!」「《氷霧》」
二人の少女に向けて放たれた氷の杭に視線を向け、八神ヴィータは全力で指示を飛ばした。
「きゃあ!!」
「うわっ!?」
咄嗟の指示に二人は俺の放った《氷柱》を防ぐことはできたが、俺にとっては八神ヴィータの意識が逸れただけで十分だった。
「この霧は……くそっ!」
見覚えのある霧に八神ヴィータが悪態をつく。
『さて、俺たちはこれで帰らせてもらう』
周囲に展開された氷の霧によって、俺とラヴィエの姿は捉えられない状態となったことで、俺はようやく帰ることができるようになった。
「え、え?」
「くっ! この!」
青髪の少女はまだ混乱しているようで、周囲を見回しているが、オレンジ髪の少女は自分たちの失態に気が付いたのか、挽回しようと銃型のデバイスを構え魔法を放とうとしていた。
「ティアナ、やめろ」
それを八神ヴィータが制止する。
『おいおい、ここで無暗に魔法なんか使うと会場にあたるぞ?』
俺の霧の中では感覚が狂う。そんな状態で魔法を放ったら、どこに行くか分かったものじゃない。
『あ、そうだ。捕まるのは勘弁だが、あの変態には仕返ししたいから少し情報をプレゼントしておくか』
転移の準備を始めた俺は、先ほど思い至ったスカリエッティの計画について、機動六課にプレゼントすることにした。
あの変態のせいでひどい目にあったのだから、これくらいの仕返しはいいだろう。
『あの変態、ここ最近行動に勢いがある。いや、有り過ぎる。あの変態は、変態だが馬鹿じゃない。そんな勢いで動けば、周囲との関係が拗れるなんて簡単に想像できる。それなのに行動するってことは、止まる必要がなくなったってことだろう。多分、あの変態の計画は次の段階に進むぞ。せいぜい気を付けろ』
俺はそれだけ言うと、ラヴィエを連れて転移した。
遅くてごめんなさい。
そして短くてごめんなさい。