稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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18話:父の憂鬱

宇宙暦754年 帝国暦445年 1月中旬

オーディン ルントシュテット邸 

ニクラウス・フォン・ルントシュテット

 

「ニクラウス。今回の顛末はルントシュテット家が利益を得る形となりましたが、軍務の方は何か不都合はありませんか?」

 

我が母、マリアが心配げな表情で話しかけて来た。私がオーディンで軍務や貴族対策ができるのもこの母が領地経営をしっかり代行してくれているからだ。そして大将となった私にとって、数少ない頭の上がらない人のひとりである。

 

「母上、当家もかなりの予算を負担いたします。まあやっかみはあるでしょうが、近々で報復されるようなことはないでしょう。それより、よくあれほどの資金を用意できましたな。いささか驚きました」

 

「ザイトリッツと相談して、色々と新しい事を試していますし、フリードリヒ殿下にお願いしているレオの件もありますから無理なく用意することが出来たのです」

 

母上は嬉しそうに応じた。事の顛末はルントシュテット領に造船ドックを作るという交渉と帰還兵の取り扱いの2点が重なって決着したことから始まる。

 

造船ドックに関しては、輸送船用の造船ドックとメンテナンス設備をという打診だったが、通常運営費の半額負担である所、建設費も含め半額負担という話で回答がされた。

ちょうど大将に昇進した時期と重なり、身内の話に口を挿むのは気が引けたのと、造船業に関しては利権がかなり固められている為、担当者も受けた話を無下にはできないが、特別な条件を課さないと新設の話を出しにくかったという背景は分かっていた。

 

領地経営は母上に一任しているため、受けるかどうかの判断についてもなにも言わなかったが、担当者は交渉内容が私に伝わっていると認識していたようだ。

 

詳しい内容を知ったのは最終決定が下されてからであった。輸送船だけでなく戦艦・巡航艦の造船ドックも新設するという内容だった。単年計算でもかなりの予算が必要になるが確認したところ予算は問題ないという回答にも驚いた。

 

ルントシュテット家の領地があるシャンタウ星域は首都星オーディンから見て辺境星域の入り口にあたるし、後背地への航路でもあった。もともと補給基地は存在するし地価の高い首都星に近い星域に新設するより安上がりだ。基地の格も上がるのでポジションづくりの一環としても工廠部としてはいい話だったようだ。

造船ドックが完成した暁には補給基地の司令は中将クラスが。駐留艦隊も増員され少将クラスが赴任することになるだろう。一部の貴族から物言いが入ったが、建設費の半分を負担していただけるのかと確認したところ、大人しくなったようだ。

 

「帰還兵とその家族の件も、受け入れ人数が最終的に800万人を超える勢いだとか。母上、本当に大丈夫なのですね?」

 

「ええ。ザイトリッツとも相談しましたし、ケーフェンヒラー男爵もご協力して下さっていますから。陛下のご恩情により、難民ではなく生活費も多少は持参いただけるようですし何とかなるでしょう」

 

帰還兵の取り扱いについては、帰還者だけでなく戦死者の家族も農奴から解放され、多少の生活費を支給されたうえルントシュテット領に移住することとなった。

本来なら当家の領地に移住するような話ではなかったが、勅命であるにも関わらず、帰還兵の家族を農奴から解放するのを惜しんだ貴族が、社会秩序維持局と組んで思想犯として強引に逮捕し、帰還兵もろとも農奴にしようと企んだことから話が大きくなった。

 

結果としては、そもそも自領の農奴が大量に思想犯になるような領地経営をするような者に経営を任せる事は出来ないと陛下は判断され、特に多く容疑者を出していた貴族数家がおとり潰しとなった。

その上で、容疑者とされた帰還兵や家族たちは、親族が奮戦したにもかかわらず農奴になるようなことがあれば、多少は不満に思うこともある。その不満が元で思想犯と誤認されたとされ、無罪の判断となった。

 

ここまでは良かったが、一度強引に思想犯にされかけた者たちはハイそうですか、と今までの生活には戻れない。庇護を必要としその先が当家だったと言う訳だ。捕虜交換を願い出たのも当家であったので庇護が期待できると判断したらしい。

 

結局、帰還兵と戦死者の家族が我も我もと希望し、800万人をあたらしく受け入れる事になった。皇室領ではとの話もしたが、直轄領では社会秩序維持局の色が強く不安が残ると言われれば断れなかった。

 

皇室としては、多少の生活費を支給した所で、取り潰した家の資産があるから収支は黒字だろう。勅命を捻じ曲げようとしたのだ。おとり潰しもやむをえまい。ただ。ザイトリッツがニコニコしながら強欲は過ぎれば身を滅ぼすと本で読みましたがその通りですね。などと言った時には正直、胃が痛くなった。

 

そういう部分は母上には見せていないのだろう。次男のコルネリアスも態度を使い分けている節がある。全く困ったものだ。

 

「ザイトリッツと話していたのですが、当領は単身者の男性が不足しているという話だったから、そこも補えるし、ひと踏ん張りという所ね」

 

母上は領地経営に不安はないらしい。不安をまったく感じない笑顔で話が続く。事態を正確に理解されているのだろうか。

 

「母上、統治にかかるコストも造船ドックのコストもかなりの額になるはずです。ご不安はないのですか?」

 

「まあ、ニクラウス。あなたちゃんと領地経営の資料を読んでいないわね。領地の収益は年間600億帝国マルク以上増えているの。予算も取れるし安心して大丈夫です」

 

領地経営の当事者である母上が大丈夫だというなら、お任せしている私があれこれ言える立場ではない。この数年で領地の収益がハネ上がっていることは資料を読んで理解はしている。

 

「あとは、ザイトリッツが言っていた資材の件は大丈夫なのかしら。貴方にも直接お願いしていたみたいだけど、私にも念押ししていきましたから」

 

「ええ。その辺は大丈夫です。資材課の若手士官も連れて行きましたので大丈夫だと思います。ただ、またとんでもないことをするのではと思うと心配でもございます」

 

「あら、ザイトリッツは当家に利益がある事しかしていませんわ。今回の話も軍にとってもメリットがあるからなんとかなるわよ」

 

「あやつは確かに優秀ですが、前例がないことを言い出しますので、私としてはヒヤヒヤすることが多いのです。不満があるわけではありませんが」

 

我が子息、ザイトリッツは今回の造船ドックと、移民受け入れに当たって既存の産地で資材調達することを渋ったのだ。理由としては陛下のご恩情を無駄遣いできないし、造船ドックについても建設費まで半額負担する以上、購入先の選定に意見ができるはずだと主張した。

 

確かにオーディン近辺で調達してしまうと、そもそも資材の高騰を招くので資材課としても新規納入元を求めたという背景はあった。ただ、ザイトリッツの本心は、おそらく資材利権を持つ門閥貴族には1帝国マルクとは言え、渡す気はないという事なのだろう。

 

「ケーフェンヒラー男爵のことも振り回しているのではないかと心配で心配で」

 

「あの子はレオンハルト様同様、配慮ができる子ですから大丈夫でしょう。ただ、あの子がいないと寂しいから早く帰って来てもらわないと」

 

母上はザイトリッツが生まれて以来、絵に描いたように猫かわいがりしている。私はザイトリッツの無茶苦茶な行動の要因が母上の溺愛にもあるのではと思っている。ただ、これも強く言えない。産後直後からザイトリッツの養育は母上にお願いするしかない状態だった。いまさら育て方について責めるような事はできるはずもない。

 

なにやら漏れ聞くところによると、お忍びをいいことにフリードリヒ殿下を兄貴呼ばわりしているらしい。それを洩らした長男ローベルトは、自分の呼び名は堅物だが、公明正大と呼ばれたかったなどと申していたし、全く頭が痛い。数年で任官だというのに年下の末弟に振り回されてどうするというのか。もしや私にも変な呼び名を付けていたりするのだろうか。困った事だ。

 

その当人は年越しも早々に、ケーフェンヒラー男爵と従士のフランツ、乳兄弟のパトリックをお供にして、辺境星域に交渉に向かった。同行した資材部の士官も本来ならまだ休暇中だったのだ。当家のワインセラーにあるレオを一本融通したら喜んで任務に就くと言っていたが。これだけ周りを振り回しておいて、本人は楽しそうに旅立った。

 

母上にはもっとザイトリッツの手綱を押さえてもらわねば、またとんでもないことをしかねない。今のうちにしっかりお願いせねば。とはいえ、本人が戻るまでは考え込んでも仕方あるまい。晩餐ではレオを楽しんで少しでも現実を忘れるとしよう。全く、困ったものだ。


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