稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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141話:総選挙

宇宙歴797年 帝国歴488年 5月下旬

首都星ハイネセン シルバーブリッジ 軍官舎

ヤン・ウェンリー

 

「投票が締め切られて数時間ですが、下馬評通り、左派の圧勝となりそうです。右派は中道を含めても20議席を下回る予測も出ています。ここで政治部部長に解説をお願いしましょう」

 

「そうですね。今回の選挙は連立内閣にとって、敗戦と同盟の崩壊、そして金融危機に対してのみそぎの選挙でした。市民たちの多くが、これ以上の戦争を望まず、着実な発展を求めたという所でしょうか」

 

「今回の選挙戦では、帝国との和平に反対していた右派議員や、多くの高級官僚が逮捕されたことも大きな話題になりました。その辺りは如何でしょう?」

 

「はい。確かに一部から帝国との講和に反対した層への言論弾圧なのではないかと言う声がありました。ただ、結果として全ての案件で贈収賄がともなう汚職事件として立件されています。刑事で時効となった案件も、民事で争う姿勢を政府は示しています。サンフォード元議長に至っては巨額の損害賠償請求が為されると見込まれますが、市民たちが苦しみながらも闘っていた時に、陰で私腹を肥やしていたとなると、やむを得ない事のように思えますね」

 

「確かに、市民の多くが負担にあえぐのを横目に、私腹を肥やしていた。ましてやそれが政府首脳に近い人物たちだったとなると、市民の怒りにも納得してしまいます。今後の事に話題を移しますと、バーラト政府の初代議長となるジェシカ・エドワーズ氏の閣僚人事に注目が集まっています。そちらも解説をお願いできますか?」

 

「はい。彼女の擁立の立役者でもあるホアン議員は人的資源委員長に残留するでしょう。目玉人事は国防委員長でしょうか?レベロ氏の説得を受けて、引責辞任したシトレ元宇宙艦隊司令長官は初当選を決めました。軍縮と新たな国防体制の確立に向けて、今まで以上に緊張感を強いられる役職です。彼女がシトレ氏を説得できるかも注目ですね」

 

「選挙前は引退を表明していたレベロ氏も、多くの支援者の説得を受けて出馬し、当選しました。財務委員長の続投が噂されていますが、その辺りは如何でしょう?」

 

「そうですね。厳しい財政状況の中で、その切り盛りを一手に引き受けてきたのがレベロ氏です。金融危機にあたって有効な対策を打てなかったとの批判もありますが、有識者たちの分析では、あの時点で取り得る有効な施策は無かったと言うのが主流です。個人的に付け加えるなら、レベロ氏は倹約傾向が強い印象があります。既に帝国は併合した領土にフロンティアという呼称をつけて、大々的に開発を始めています。従来通りではなく、より積極的な政策を期待したいですね」

 

「最後に、政界からの引退を表明したトリューニヒト元議長についてです。宣言通り出馬せず、ケリム星系に隠棲する意向を示していますが、彼が抜擢される事は無いのでしょうか?」

 

「実績を考えれば、厳しいかじ取りを迫られるバーラト政府にとって、下野させてしまうには惜しい人材であることは確かでしょう。単身交渉に赴き、和平への道筋を付けてくれたのも彼です。相次いだ贈収賄事件にも関与していませんでした。ただ、現段階では難しいと言わざるを得ないでしょう。挙国一致の名目で組んだ連立内閣が結果として敗戦を呼び込みました。厳しい状況だからこそ、民主制のメリットでもある言論の自由を活かして、賛成意見も反対意見も公にできる状態に戻した方が良いでしょう」

 

「ありがとうございました。一旦CMを挟みます」

 

「何が言論の自由だ。大資本にすり寄って、つい最近偏向報道した連中が良く言えたものだ」

 

流れていた選挙特番の解説者に噛みつくように、アッテンボローが声を上げた。終戦条約の批准が議会で紛糾の後、可決されて1ヵ月。最高評議会は総辞職をし、バーラト政府としての最初の総選挙が行われた。キャゼルヌ先輩とアッテンボローと共に、その開票速報を自然と見ることになった。フレデリカはキャゼルヌ邸にお邪魔しているし、ユリアンはハイネセン記念大学近くで一人暮らしを始めている。何となくだが、今夜は気兼ねしなくて済むこの面子で過ごせることにホッとしている自分がいた。

 

「まあ、そう責めてやるなアッテンボロー。彼らも飯を食わねばならんだろう?まあ、どうせなら、大資本に阿って志を曲げるような事が、もうないように期待したい所だが.....」

 

「それは無理でしょうね。金融危機の時に、報道機関にもフェザーン名義の資本が流れ込んでいます。やろうと思えば帝国はマスメディアを使っていくらでも偏向報道が可能ですよ」

 

「それを言うなら軍需系以外のほとんどの業界に資本投下されているさ。今更ジタバタしても始まらんだろう。だが、意思決定の速さに関しては独裁制の強みが出ているな。我々はやっとスタートラインに立った所だが、帝国はもう戦後を走り出している。ジャムシード星系に駐留基地が作られていると聞くし、フロンティア全域を含めた補給体制も整いつつある。仕事が早い人間には基本的に好感を持つんだが、相手が相手だ。忸怩たる思いがあるのも事実だな」

 

バーラト星系に帰還した時点で瓦解した同盟軍の宇宙艦隊は、30000隻がバーラト星系に留まった。残りは兵装にロックをかけて各星系に送り出した。講和条約に紛糾する議会を尻目に、帝国軍は、同盟軍の艦艇の接収を開始した。バーラト星系に認められた保有戦力は戦艦を除いて5000隻。星間警備に限れば十分な戦力だが、可決前の接収に一部から批判がでた。それに対する回答は「18個艦隊の駐留経費を負担するならいくらでも待つ」というものだった。

艦艇の引き渡しの責任者を務めたのがキャゼルヌ先輩だ。帝国軍の対応は礼を失するものではなかったが、甘い物でもなかったと聞いている。市民たちに自分たちは負けたのだと理解させる意味もあったのだろう。和平反対派が相次いて逮捕された事もあり、報道機関の論調も敗戦をまずは受け入れようと言うものに変わった。

 

「それにしても思い切ったと言うか、何と言うか。別に不満はありませんが、年金が理由で入隊した私への罰なのか、退役一時金と年金の代わりに現物支給とは思いきりましたね」

 

「無い袖は触れんし、実際問題、退役する連中の生活もある。補助艦艇も維持費がかかる。大幅に領土が減った以上、不要なものだからな。有効活用できるならそれに越したことは無いだろう?」

 

軍縮に伴い、多くの退役兵が出る一方で、政府には予算が無かった。本来なら支給される一時金と年金の代わりに、官舎や輸送船などを現物支給する判断を下した。この官舎は私名義だし、フレデリカも佐官級の官舎をひとつ支給されている。面白かったのは空戦隊の連中が、中隊単位で輸送船をもらったことだ。ポプランたちはその輸送船で運送会社を始めるつもりらしい。「宇宙を股にかけて美女たちを巡る旅に出る」と言っていた。だが、新規参入組に仕事があるのは、おそらくフロンティアになるだろう。再会できるとしても当分先の事になりそうだ。

 

「それで、先輩たちはどうされるんです?優雅な華の年金生活という未来は失われましたが.....」

 

「そうだなあ。しばらくは落ち着いて同盟の勝機があったのか考察してみようかと思っているよ。式を上げてから二人でゆっくりする時間も無かったからね」

 

「浪人してみるのも良いだろう。どうせなら新婚旅行もしてみればいい。さすがにフロンティアや帝国本土は厳しいだろうが、そう言う時間も必要だろう」

 

そこでキャゼルヌ先輩は一度考え込むそぶりをしてから話を続けた。

 

「お前さん方には伝えておこう。シャルロット達の将来も考えて、俺はフェザーンに行こうかと思っている。後方勤務本部はセレブレッゼ中将がいれば問題ない。民間への就職も考えたが、退役軍人には何かと風当たりが強いからな。まあしばらくは単身赴任だろうが.....」

 

結局良い所が無かった軍部への不満は、表立って言う市民が少ないだけで、確実に存在している。一方で大掛かりな開発計画が動き出し、活況になりつつあるフロンティア。このままで行けば、多くの退役兵たちもそこへ向かう事になるのかもしれない。少ししんみりしたタイミングで、モニターに着信を知らせるメッセージが流れる。受信ボタンを押すとモニターに現れたのは、時の人となりつつあるジェシカだった。

 

「ヤン、こんな時間にごめんなさいね。少し良いかしら?別に内密の話ではないので、遠慮は無用ですよ。御二人とも」

 

「やあ、ジェシカ。お祝いは明日言うつもりだったんだが、圧勝おめでとう......。と言って良いのかな?」

 

「連絡したのはその件よ。ヤンに政策補佐官をお願いしたいの。貴方が念願の退役生活に入ろうとしているのは分かっているわ。でも、バーラト政府には思った以上に余裕はないわ。貴方は過去の事例にも詳しいし、御父上を通じて、細いかもしれないけどリューデリッツ伯とも縁がある。残念だけど使える物はすべて使っていかなければ、民主共和政体は帝国に飲み込まれてしまうでしょう」

 

思い詰めた様子のジェシカに驚いた。公の場では笑みを絶やさないし、弱音を吐かないのがジェシカだったはずだ。

 

「トリューニヒト議長から引継ぎを受けた際に言われたの。帝国に役に立つと判断したから伯は民主共和政体を残したと。そして役に立たないと判断すれば容赦なく潰しにかかるとも......。右派議員と高級官僚の件も、ネタ元はトリューニヒト議長だったのよ。「現状認識が出来ない輩や、私腹を肥やすような輩は、新体制になる前に掃除しておく」と、総選挙の前に言われたわ」

 

美辞麗句が売りの彼が、そんな事を裏で模索していたとは思わなかった。矢面に立ち、泥を被ってまで民主共和制体の命脈を繋いだわけだ。我ながら人を見る目が無かった。というより、議長が一枚上手だったと言うべきか......。

 

「分かったよ。ジェシカ。そんな顔をされては断れない。私にできる事があるなら喜んで協力させてもらうよ。もっとも伯と私は面識すらないんだ。そっちの方はあまり期待しないで欲しい」

 

「ありがとう。ヤン。それとフレデリカさんもヤンの秘書として雇わせてもらうわ。貴方はお目付け役がいないとサボる癖があるものね。では詳細は文書にして送る事にするわ。快諾してくれてありがとう。では明日にでも.....」

 

あっという間に、夫婦の再就職先が決まってしまった。視線を向けるとキャゼルヌ先輩もアッテンボローも笑顔だった。

 

「ヤン、お前さんは先が見えすぎるが、軍人として口に出来ない事も多かっただろう?今後は政府首班のブレーンだ。制約がなくなる訳だから、ちゃんと働くようにな」

 

「先輩、おめでとうございます。そのうち取材させて下さいね。俺はフリーのジャーナリストになります。まずはフロンティアを見て回るつもりです。その報告がてら、お邪魔しますから、色々話を聞かせて下さいよ?」

 

やれやれ。軍人として勝つ事だけを考えてろくでもない策を思いついた自分に嫌悪していた日々が終わったと思えば、今度は政策補佐官か......。だが、これもあの時フェザーンを選んでいたらあり得なかった道だろう。それにジェシカを見捨てるわけにはいかない。

本来の道に戻る決断をした先輩とアッテンボローがまぶしくもあるが、望まれる以上、呑気にお茶を飲みながら読書をする訳にもいかないだろう。調印式がジェシカの最初の大きな公務になる。何とか同席して伯の人となりをこの目で確かめたい。そんな思いに駆られていた。


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