稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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139話:悲鳴と自壊

宇宙歴797年 帝国歴488年 4月中旬

リオ・ヴェルデ星系 惑星カッシナ 軌道上

ヤン・ウェンリー

 

「ヤン、結局俺たちは何もできなかったな」

 

モニター越しでもやつれた印象のワイドボーンが声をかけてくる。ランテマリオ星域から撤退を開始した時、我々がガンタルヴァ星域方面に退くのを確認すると、帝国軍は追撃を取りやめた。しんがりをワイドボーン艦隊と入れ替わりながら、地方星系の「見捨てないで欲しい」という悲鳴から逃げる様にリオ・ヴェルデ星系まで撤退してきた。

この星系には大規模な軍の工廠と補給基地がおかれている。先に撤退した艦隊は補給を終え、バーラト星系に向かっているが、軍を維持できるのはそこまでだろう。地方星系を明確に見捨てた事で、地方星系出身者との間に、消しようのない確執が生まれた。反乱にまで至っていないのは、志願する者を出身星系別に再編成し、星間警備隊という名目で送り出す事が公表されているからだろう。

自由惑星同盟に所属していた多くの星系は、同盟からの離脱を宣言しつつある。離反の意を表明していないのは、リオ・ヴェルデ星系とケリム星系ぐらいだ。もっとも、リオ・ヴェルデ星系は軍需産業で成り立っている星系だから、同盟から離脱した時点で、経済的に破綻する。ケリム星系は、帝国軍が避難民の輸送先に指定されたため、近々に攻められる事は無いと判断しての事だろう。

 

「ワイドボーン。少なくとも出来る事はやった。少なくとも多くの部下を、生還させたんだ。まずはそれを喜ぼう」

 

「確かにな。だが、ホーランド提督に会わせる顔が無い。何が10年にひとりの逸材だ。そんな風に言われて良い気になっていた自分が情けない.....」

 

ワイドボーンは、艦隊司令官に内定して以来、部下たちと忌憚なく話せる関係を築いてきた。確かに短期間で戦力化は進んだが、その部下たちに故郷を見捨てる判断を飲ませなければならなかった。うちの艦隊は、ムライ参謀長を始め、各部署に一目置かれている人材が多かった。私が受け止めるまでもなく、皆が分担して説得してくれたが、辛い役割を引き受けてくれる人材がいなかった彼にとって、退却の旅路は心労の多い物だったに違いない。追い詰められた同盟の最後の支柱を折ったのは、2つの会見だった。

 

ひとつ目の会見は、我々がランテマリオ星域から退却を始めて数日後に行われた。会見の直後には、急遽、エルファシル星系の代表となったロムスキー氏に対して、裏切り者という批判や、彼が代表者として振る舞う事への法的根拠を問う声があった。だが、ロムスキー氏は私的利益の為に動く方ではない。戦火に曝され、廃墟と化した過去があるエルファシルを守る為に、帝国に対しても、同盟に対しても矢面に立たれるおつもりなのだろう。そもそも見捨てておきながら、安全な首都星系から批判を浴びせる連中の品格を疑ったほどだ。

 

「急遽、エルファシル星系の代表となりました。ロムスキーと申します。我々は既に自由惑星同盟からの離脱を宣言しましたが、本日、帝国政府との交渉がまとまりました。エルファシル星系は帝国領として、本日から歩みを進める事になります。交渉の内容については、温情ある条件を提示して下さった、帝国自治省次官ゲルラッハ子爵からお話します」

 

帝国軍旗を背景に始まった会見の冒頭で、ロムスキー氏は帝国への併合を宣言し、横に控えていた壮年の男性を紹介した。

 

「紹介に預かりましたゲルラッハ子爵と申します。非才ながら自治省次官を拝命しております。本日からエルファシル星系の皆さんを、帝国臣民に迎えられることを嬉しく思います。戦火に曝されながらも、明日をより良き日にすべく復興を成し遂げられたエルファシルの方々には、女帝陛下も、期待されています。我々の明日をより良きものにすべく、一緒に励めることを、臣民のひとりとして嬉しくも思っています」

 

そこで言葉を区切り、ロムスキー氏と握手を交わすゲルラッハ子爵。私の記憶に誤りが無ければ、エルファシル星系の首長が、最高評議会議長と握手した事は無い。住民達からすれば、この時点で帝国寄りの感情が生まれるだろう。

 

「また、この交渉に先立ち、入植以降の財務状況と住民の出入りを確認させて頂きました。余りにひどい。今までのエルファシル星系の住人の皆さんの努力に頭が下がる思いがいたしました。そして、それを吸い上げるばかりの叛乱軍首脳陣に憤りを覚えたほどです。女帝陛下の御指示の下、既に開発予算を用意してあります。一緒に、エルファシルの明日をより良き物といたしましょう」

 

その後、もう一度握手を交わし、協定書らしきものを取り交わした所で、会見は終了する。政治的には完璧な会見だった。エルファシルの住人は明日をより良き物にするという口実で、自分たちを納得させられるだろう。そしてそれが現実になっていく内に、臣民としての生活を受け入れるに違いない。そして、その他の地方星系にとっては、リソースを吸い上げるばかりの同盟中央政府と、開発予算を喜んで出してくれるディートリンデ一世の姿勢が明確に印象付けられた。

この会見だけなら、まだ踏みとどまる星系もあったかもしれない。だが、我々が放棄したガンダルヴァ星域の惑星ウルヴァシーから発信された会見で、地方星系の離脱が加速することになる。

 

「臣民諸君、兵士諸君、そして叛乱軍の諸君。ザイトリッツ・フォン・リューデリッツと申します。非才の身ながら女帝陛下より自治省尚書に任じられています。2点、皆さんにお知らせしたい事があり、会見の場を用意しました」

 

そこでカップを口元に運び、伯は紅茶を飲んで言葉を区切った。不謹慎かもしれないが、そのカップが、かなりの茶道楽でもない限り使わない工芸品クラスの品だったことが印象に残っている。気づいた人間は少ないかもしれないが、そんな物を前線に持ち込めるほど、帝国軍に余裕があるという事だろう。

 

「まず、先日のエルファシルの一件に関してです。臣民諸君、兵士諸君の中には、今まで帝国に貢献してきた自分たちと同様の待遇をエルファシルが受ける事に、不満を感じる者もいるかもしれません。ですが、エルファシル星系には戦火に曝され、故郷が灰燼になりながらも、強い意志で復興を成し遂げた実績があります。女帝陛下も、彼らが臣民としてより良き明日を築く為に貢献してくれると期待しています。当然ながら、帝国臣民として、より良き明日の為に伴に励む覚悟の無い方を、臣民として受け入れる予定はありません。出来る事なら、臣民の先達として、彼らに負けぬよう引き続き励む事を期待します」

 

温かみのある表情をしていた伯は、そこから少し困った表情をする。

 

「次に、これは主に叛乱軍の諸君に関係する事です。私は、今まで契約不履行という事態に遭遇した事は無い。取立人としての経験も無いので、馴れない対応になるが、そこは許容してもらいたい。さて、具体的な話に移ろう。叛乱軍諸君は旧フェザーン自治領に対して、借款をされている事はお忘れでないと思う。戦況の影響もあり、ディナールは大暴落をしている状況です。3月末日が利払いの期限ですが、どうするおつもりなのか?明確な回答をお願いしたい。

 

ちなみに金額は、中央政府の歳入の60%に上ります。ディナールの暴落の余波とは言え、契約は契約です。当然ながら、契約不履行の場合、適法な範囲で対応します。利払いが滞った場合、一括返済の請求や財産の差し押さえはそちらでも認められた権利のはずです。願わくば、私が星間輸送船の全てを、差し押さえる旨、帝国軍に指示しなくて済むような回答を期待しています」

 

この会見が同盟に流れた時から、後背星域でも自由惑星同盟から離脱する動きが始まった。我々が彼らの悲鳴から逃れる様に撤退したのも、もちろん影響しているだろうが......。こうなってみると、ひとつの疑念が生まれる。帝国軍は我々がガンタルヴァ星域方面に撤退したから、追撃を控えたのだろうか?後背星域を見捨てて、縦断するように宇宙艦隊が撤退した事で、軍も政府も、内部に確執が生まれた。もしあの時、ジャムシード星系に進路を取っていたら......。だが、そうすれば挟撃を受け、包囲殲滅されていた可能性が高い。部下達を死地に追い込んでまで、得る価値のある政治的メリットはあったのだろうか。いや、この思考は止めにしよう。そんなメリットがあるにせよ、生還の余地がない作戦を実施するのは、部下への責任放棄だ。

 

「ワイドボーン、まずはタンクベットで休んだらどうだい?そんな疲れた表情じゃ、部下も心配するだろう。良い考えも浮かばないさ。それに、砲撃を交わす戦いはこれで終わるかもしれないが、市民としての闘いが終わるわけじゃない。民主共和制に冷たい時代がくるからこそ、私たちがせめて胸を張らないといけないんじゃないかな?」

 

「そうだな。どうも休む気分になれなかったが、補給が済むまで休むことにするか.....」

 

そう言ってワイドボーンは通信を終えた。

 

「閣下、ワイドボーン提督は大丈夫でしょうか.....」

 

「分からない。短期間に2度も打ちのめされたんだ。でも、彼は強い男だ。立ち直ってくれると信じているよ」

 

さりげなく紅茶を用意しながら声をかけてきたフレデリカに、私は紅茶を飲みながら応じる。彼だけじゃない。敗戦と言う事実と多額の借款。多くの市民が打ちのめされている。そして彼らが立ち直れなければ、民主共和制は瓦解することになるだろう。少なくともトリューニヒト議長は敗戦を覚悟していた節がある。どんな落し所にするつもりなのか。通信が終わり、星々のきらめきを映し始めたモニターに目線を向けながら、補給が終われば向かうことになるバーラト星系に居るであろう政府首脳陣に、私は思考を向けていた。




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