稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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136話:大出征

宇宙歴797年 帝国歴488年 3月上旬

アイゼンフリート星系 航路宙域

ジークフリード・キルヒアイス

 

「そろそろ、先遣隊はフェザーン回廊に侵入しつつある頃合いだな」

 

「ディートハルト提督も、伯には懐いておられました。きっと張り切っておられるでしょうな」

 

「フェザーンの併合がスムーズに進むかは、今後の展開にも大きく影響いたしましょう。小官などは、いささかはやる気持ちを抑えるのに、既に難儀しております。」

 

「.....」

 

現在、第二陣を務めるラインハルト様の艦隊を中心とした4個艦隊は、アイゼンフリート星系を抜け、アイゼンヘルツ星系に進みつつある。第一陣を担われるディートハルト様の艦隊を中心とした第一軍は、作戦計画では大半が補給を終え、先遣隊がフェザーン回廊に侵入する頃合いだった。現在、私たちが進んでいる航路は、フェザーンと帝都を結ぶ、宇宙のメインストリートだ。内戦の際にも哨戒は徹底されたし、その後も辺境自衛軍による警備が実施されている。哨戒部隊を出していないわけでは無いが、警戒の必要が薄い。

そういう意味で、アイゼンフリート星系の駐留基地で補給を受けるまでは、手持ち無沙汰なラインハルト様は、旗下についたミッターマイヤー大将、ミュラー大将、そしてアイゼナッハ中将と回線をつなぎ、会話をする事が多い。旗下の提督たちとコミュニケーションをとる事は本来なら必要なことだが、ミッターマイヤー大将を始め、旗下に配属されたのは馴染み深い方々ばかりだ。ランチからお茶の時間までの2~3時間、雑談をする事が定着しつつあった。

 

「イゼルローンの方は哨戒を厳重にしているようですが、敵影は無いとの報も入っています。となると、統帥本部の予想通り、ランテマリオ・マルアデッタ星域辺りでの防衛線を叛乱軍は選択したと見るべきでしょう」

 

「航路情報は何度も確認いたしました。ランテマリオもマルアデッタも、大兵力を展開しやすい星域ではございません。戦力差は叛乱軍も重々承知しているはず。フェザーン回廊から先は、気を抜くことは出来ないでしょう」

 

「.....」

 

無言ではあるが、穏やかな表情をしたアイゼナッハ提督も、賛同の意を示すかのようにうなずいておられる。既にご結婚されていると聞き及んでいるが、プロポーズも無言で為されたのだろうか......。宇宙艦隊で囁かれる7不思議のひとつになりつつあるが、当人が徹底して無口な以上、この謎が解明されることは無いのかもしれない。

 

「ミッターマイヤー提督、今後の事を考えれば、この戦いでは敵を殲滅すれば良いと言う訳にもいかない。叛徒たちに降伏勧告をする場面もあるだろう。あちらの気持ちも踏まえれば、皇配の若者に勧告されても受け入れにくい部分もあろう?卿にその辺りの判断は委ねる。よろしく頼む」

 

「承知いたしました。おっしゃる通り、戦後の事を考えれば、叛乱軍の人的資源をこれ以上、摩耗させるのは得策ではないでしょう。心して臨みますが、敵の司令官が玉砕を叫ぶような人物でないことを祈るばかりです」

 

帝国軍の戦死者は叛乱軍に比して少ない。それが結果として帝国社会の生産人口の増加要因になっている。成人男性が戦死してしまえば、補うのに最低20年、一人前の乗員にする期間も考えれば25年はかかる。そう考えれば、重装戦艦ですら数ヶ月で補充できる以上、継戦力に直結するのは、いかに戦死者を減らせるか?にかかっている。その対策に時間と予算を費やした帝国と、それをしなかった叛乱軍。自分たちを死地に送る為政者を選ぶ叛徒たちがどんな価値観の持ち主なのか?ずっと不思議に思っていた。

 

「そう願いたい所だ。もっとも彼らがフェザーン方面に戦力を集中する判断をしたという事は、それなりの覚悟を決めているはずだ。降伏してもらうに越したことは無いが、帝国軍の将兵を危険にさらしてまで行う必要はない。改めて言う必要もないと思うが念の為な」

 

そろそろ頃合いだったのだろう。モニターに映る提督たちが敬礼し、ラインハルト様が答礼をされ、通信を終えられる。忙しくなるのはアイゼンフリート星系の駐留基地に到着してからだろう。俯瞰でみれば12個艦隊の縦列だ。隙間を空けないように、迅速に補給し、第二軍の先陣であるミッターマイヤー艦隊からフェザーン回廊に突入する。フェザーンの確保は第一軍の役割だ。我々はそのままランテマリオ星域を目指す。後ろに続くロイエンタール艦隊を中心とした第3軍は、フェザーン回廊通過後は直進せず、バラトールプ星系に進み、マルアデッタ星系を裏から押さえる形で進軍する。第一軍は陸戦部隊の進駐が完了次第、ランテマリオ星系へ進軍を再開する予定だ。

 

「参謀長、叛乱軍はこちらに来るようだが、まだ時間がかかる。何とももどかしい気持ちに駆られるな」

 

「左様でございますね。兵士たちも同様かもしれません。今から根を詰めては、いざという時に疲労がたまってしまいましょう。気を休める様に指示されては如何でしょう?」

 

「それもそうだな。リュッケ少佐、手配を頼む」

 

ラインハルト様が指示を出すと、副官のリュッケ少佐は敬礼し、艦隊に指示を出し始めた。フェザーン回廊を抜ければ気が休まる機会はなくなるはずだ。消耗を避ける意味でも丁度いいだろう。

 

「この戦いが終われば元帥、叛乱軍との戦争が終われば退役。そして軍人としてではなく、為政者としての戦いが始まることになる。まだまだ面倒をかけるが、これからも頼むぞ。キルヒアイス」

 

「はい。ラインハルト様」

 

直ぐに答えることは出来たが、胸に引っかかるものがあった。この戦いが終われば、私はアンネローゼ様と婚約し、先帝陛下の喪が明ければ、グリューネワルト伯爵となる。名実ともに、皇配となるラインハルト様の側近となるのだが、アンネローゼ様には意中の方がおられたはず。私は家宰としてお傍にお仕えできれば十分だったのだが......。

 

「キルヒアイス、姉上の事を頼めるのはお前しかいない。グリューネワルト伯爵家が皇室に近い家になる以上、家を繋いで行く必要もある。まあ、かく言う俺も、陛下の婚約者としてしっかり務められている訳ではないからな。あまり大きなことは言えんが、少しづつ慣れていくしかないのだろう。それに余人を姉上の相手にすれば、側近として用いなければならなくなる。女性との係わり方が何かと難しいのは分かっているが、頼む」

 

「はい。ラインハルト様。私にとってお二人をお支えするのは何よりの喜びですから」

 

なんとか笑顔で応えられたが、今までの関係が変わってしまう事を恐れている自分もいた。ただ明確なのは、アンネローゼ様にお会いできるのは叛乱軍の事が片付いてからという事だ。少なくとも、私の入れたお茶でアンネローゼ様に喜んで頂きたいという気持ちに変わりはない。その日を一日でも早く迎えられるように、今は善処するしかないだろう。

 

 

宇宙歴797年 帝国歴488年 3月上旬

首都星オーディン グリューネワルト邸

アンネローゼ・フォン・グリューネワルト

 

「殿方たちは、今頃お祭り気分かしら?親しい友人が戦場へ赴くだけでも心配なのに、肉親と婚約者となると、分かっていても不安ね。軍部貴族のご夫人方には頭が下がる気持ちだわ」

 

「ずいぶん前の事ですが、ご不安にならないのか、リューデリッツ伯爵夫人に尋ねた事がありました。もちろんご不安だそうですが、それを表に出さぬようにされているとか。私は、結局、それが出来ないでいますが.....」

 

叛乱軍への大規模な出征にあたり、陛下は御用船を用意して、静止軌道上で出兵を見送られた。私も男爵夫人もお供をしたが、艦影が小さくなっていくにつれ、無事を願う気持ちは強くなった。陛下は毅然と見送られたが、私にはとても出来そうになかった。

 

「最近、表情がすぐれないのはそれだけなのかしら?思い悩んでいる様子だけど.....」

 

「ええ、男爵夫人には隠し事は出来ませんね。実はジークとの婚約の事で悩んでいるのです。年上ですし、2度目の結婚ですから......。ジークにはもっとふさわしい人がいるのではないかと」

 

先帝陛下の喪が明けるのを待って、私とジークの婚約が決まった時から本当にこれでよいのか悩み始めた。今までの人生を、私とラインハルトの為に使ってくれた赤毛の青年。私と結婚すれば、彼は生涯を私たちの為に生きてくれるだろう。それが本当に彼の為になるのか.....。相手が私でよいのか.....。悩んでいた。

 

「それだけなのかしら?幼い頃から一緒に過ごしていた間柄。グリューネワルト伯爵家の家宰でもある。誠実で見た目も悪くない。普通に考えれば貴方の相手の第一候補だと思うのだけど.....」

 

「それは.....」

 

男爵夫人にはやはり隠し事が出来ない。ジークは確かに良い青年だし、傍にいてくれれば安心出来る。ただ、お茶を入れる所作や食事の際の立ち居振る舞い。何をとってもあの方に似すぎている。このまま結婚した時、私はジークを愛せるのか?それとも秘かに想っていたあの方に似たジークを、本来敵わぬ想いの代わりにしてしまうのではないか?そんな思いがあった。

 

「これは初めて話すのだけど、私の初恋も伯なのよ。何かと礼儀作法をうるさく言われだしたタイミングで、反発心もあったのでしょうね。客間で大人しくしているように母から言われて、反発するように屋敷を抜けだしたの。庭園をうろうろしたのは良いけど、迷子になってしまってね。そこに駆けつけてくれたのが彼だった。

物語で読んだナイトのようだったわ。困っている私を優しくエスコートしてくれた。ヒルダが彼から銀の匙を贈られる事を耳にして、気づいたら私も強請っていた。今考えればはしたない事だけど、彼は優しく了承してくれた。成長するにつれ、場を共にできる機会は増えたけど、彼がエスコートしてくれたのは、あれが最初で最後.....」

 

そこで男爵夫人はカップを口元に運び、お茶で喉を潤した。なんとかく分かる気がした。あの方と初めてお会いしたバラ園のお茶会でも、未熟な私にさりげなく配慮してくれた事は、今でも鮮明に覚えている。

 

「初めてフレデリックの奏でる演奏を聞いた時から、彼に才能がある事は分かっていたわ。でも、それだけで、ここまで献身的になれたとは、振り返って考えると思えないの。お茶を入れる所作、食事の所作、そして褒めたときに少し照れながら礼を言う仕草。息子だもの、似ていて当然だけど、もし似ていなかったらここまで献身的に尽くせたか......。答えは出ないわね」

 

「そんな事があったとは、知りませんでした.....」

 

「きっと、キルヒアイス中将は、伯になりたかったのでしょうね。貴方たちを守り、安息を与え、そしてアンネローゼに想ってもらえる。見習うとか尊敬すると言うレベルでは、ああはならないもの。それにラインハルトとの友情だけで、こんなに献身出来るとも思えない。彼にしか出来ない愛し方なのかもしれないわね」

 

「でも、本当に私で良いのでしょうか?」

 

「貴方と出会ってから、ずっと貴方を幸せに出来る存在になろうとして生きてきたのよ?なら、幸せにしてもらえばよいのではないかしら?それに、婚約の話が出た以上、軍部貴族の嗜みの方もしたのでしょう?なら、もう悩む事も無いんじゃないかしら」

 

思わず、頬が熱くなるのを感じた。軍部貴族は万が一の時に備えて、後継者がいない場合は出征前に必ず同衾する。ジークは慣れてはいなかったけど、優しく接してくれた。ジークが好きな、甘さを抑えたザッハトルテを私が焼き上げ、ジークがお茶を用意してくれる。時がたつにつれ、2人のお茶会にひとり、ふたりと参加者が増える。そんな将来を考えても良いのだろうか?今、はっきりしているのは、早くジークの入れてくれたお茶が飲みたいという気持ちだった。私の気持ちの変化を察したのか、男爵夫人は嬉し気な表情で、お茶を飲んでいた。




135話のあとがきで作中の人命表記に関してご意見を求めたのですが、アンケートに回答する旨のご指摘を頂きました。お騒がせしてしまい申し訳ありませんでした。
作中で45年以上経過し、役職や名前がころころ変わるので読みにくい部分もあるかもしれませんが、TPOと登場人物との関係で、呼び方は変えたほうが、それっぽさが出ると判断して、今作ではこのまま進めます。一番の原因は、人間関係とか心理描写が甘い部分があり、すんなりその呼び方が入ってこない点もあるのかな......。と反省しています。
ただ、この部分はあんまり詳しくしてしまうと、読者の方の想像の余地を奪いますし、ドロドロの昼ドラみたいな事もしたくない気持ちもあります。もう残り少ないですが、最終話までに自分なりの答えを探せればと思います。引き続きよろしくお願いします。


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