稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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129話:戴冠式 前編

宇宙歴797年 帝国歴488年 1月上旬

首都星オーディン 宇宙港 特設会場

ゲルラッハ子爵

 

大モニターに映っているローエングラム伯の艦隊旗艦、ブリュンヒルトの姿が肉眼でも確認できるようになり始めると、周囲から段々、歓声が上がり始める。ブリュンヒルトが着陸すると、何度もリハーサルしたのだろう。整備兵たちが一糸乱れぬ動きで係留作業を終え、ディートリンデ殿下と一歩控える位置に、ローエングラム伯の姿が見える。殿下が右手を軽く上げて歓声に応えると、一際、歓声が大きくなる。臣民たちは新帝の即位が新しい時代の幕開けである事を理解しているのだろう。

少なくとも新帝の治世が明るい雰囲気で始まる事に、ホッとしている自分がいた。だが、リヒテンラーデ侯をはじめ、政府系に属していた貴族の多くが取り潰された。私ですら、軍部系貴族の勝利は揺るがないように感じていた。なぜ、侯はあんな判断をされたのか......。なぜ、喜びに満ち溢れる臣民に混じって、長年苦労を共にしてきた政治系貴族の姿が見えないのか......。寂しく思う気持ちもあった。

 

「ゲルラッハ子爵、ご挨拶が遅れました。財務次官に任じられました、リューデリッツ伯爵家が嫡男、アルブレヒトと申します。ご挨拶させて頂くのが遅れ、申し訳ございません」

 

「とんでもない事です。何かと財務省は躊躇する事柄も多く、引継ぎを終えたとはいえ、後任のマリーンドルフ伯にも、何かとご迷惑をおかけしたのではないかと、気に病んでいる次第でして」

 

「そんな事は無いでしょう。子爵の仕事ぶりについては、資料で確認いたしました。私も実務に携わっておりましたが、色々な配慮が必要な中で、少しでも良き方向へ進めようと苦心されていたのが伝わってくるようでした。心中、ご察しいたします」

 

少し頭を下げて、敬意を表してくれるアルブレヒト殿。今まで、そんな風に感じた事など無かった。ただ、侯のお役に立てればと至らないなりに励んできただけだ。それが回りまわって、上役のご嫡男から労って頂くことになるとは......。世の中と言うものは、何がどこで繋がるか、分からないものだ。

 

「父が、子爵殿を次官職に引っ張ったのも、何となく理由が分かりました。この先、新しい秩序が確立されるまでは、前例のない判断を迫られることになるでしょう。次官職に求められるのは、手堅く組織運営を進める能力と、誠実に指示を実行する資質でしょう。何かと誤解されがちな父ですが、よろしくお願いいたします」

 

そう一礼して、アルブレヒト殿は別の方へご挨拶に向かわれた。優し気で誠実そうな印象が残る。尚書閣下はともかく、部下にも誠実味がある人材がいれば、もう少し安心できるのだが......。第一局長のラング氏の前職は社会秩序維持局の局長。第二局長にはフェザーン自治領主のルビンスキー氏が内定している。第一局は情報収集を、第二局は情報工作を担当するらしい。

経歴を考えれば、国内に置いておけない人物をまとめて引き受けたような印象がある。片方だけでも劇薬のように思うが、2人合わされば猛毒にもなりかねないであろう。地ならしを命じられてラング氏はすでにアイゼンヘルツ星域に出立している。何か良からぬことを相談していなければよいが......。

 

「ゲルラッハ子爵、探しましたぞ。ご無沙汰しておりましたな」

 

「これはシェーンコップ男爵。男爵もおかわりなく。ご活躍は耳にしておりました」

 

装甲擲弾兵副総監と近衛第二師団の司令官を兼任しているシェーンコップ男爵が声をかけてきた。総監であるオフレッサー上級大将は現場の人という印象が強い。実質、帝国軍の陸戦部隊の長であり、内戦が始まる前から、ディートリンデ殿下を始め軍部系貴族の警護を引き受けていた彼は、宇宙艦隊司令部を除けば、軍部の重鎮のひとりであり、新帝陛下の信任も厚い。

 

「子爵閣下にまでお褒め頂くと、いささかこそばゆいですな。装甲擲弾兵と言えば確かに猛者揃いですが、近年は身辺警護くらいしか出番がありませんでした。そんな事より、遅れましたが、自治省次官職へのご着任、おめでとうございます」

 

「温かい言葉、痛み入ります。私などが、このような大役を果たせるか不安でもありますが、精一杯勤めるつもりでおります」

 

「子爵閣下、小官相手なら宜しいでしょうが、そこまでへりくだるのは、逆に良くありませんな。軍部からすれば、あのリューデリッツ伯に抜擢された人物です。そのようにされては、接し方に悩みましょう。まあ、その辺は慣れも必要なのでしょうが......」

 

苦笑しながら、踏み込んだ助言をくれるシェーンコップ男爵。だが不思議と悪感情は感じなかった。形式に煩い近衛第一師団に比して、新帝陛下と軍部貴族を繋ぐために前例を守りながらも、上手く面会の場を作って来たのもこの男だ。やろうと思えば完璧にこなせるにも関わらず、少し崩して個性を出すのも、彼が始めた事だと聞く。

当初は眉を顰める者も多かったが、されてみると、本題に入る前の話題になる為、重宝する事が分かった。今では少しはアレンジする事がマナーの様になっている。リューデリッツ伯とは違う意味で、何かと話題になる人物だった。

 

「忙しいタイミングでお声かけしたのは、役目もあっての事なのです。内々にですが、併合後のフェザーンに於いて、治安維持体制の確立と仮宮建設の責任者となりました。フェザーンの事となれば自治省のお力添えを願う事も多いでしょう。宜しくお願い致します」

 

慌てて、こちらこそ......。と頭を下げた。そんな私の態度に、男爵はまた苦笑する。

 

「そんなに遠慮する必要は無いでしょう。新しい秩序の下ではフェザーンは帝都並みに重要な場所となりましょう。軍部も様々な所で、子爵を頼るはずです。余程の事でない限り、リューデリッツ伯に直接持ち込むのは気が引けますからな。伯に見込まれた時点で、少なくとも若い世代から一目置かれているのです。手助けをしてやれば二目。そうなれば、別の省に異動しても何の不都合もございますまい。少なくとも子爵だけは、そういう意図があっての人事だと、小官は見込んでおります。では、また近いうちに......」

 

私から見ても優雅な一例をして、男爵も所定の位置へ戻っていく。頃合いを見計らっておられたのだろう。ファンファーレが鳴り響き、殿下の入室を告げる前ぶれの声が聞こえた。周囲も出迎えるべく最敬礼を始める。私も最敬礼をし、視線を床に向けた。この時点でやっと気づいたが、おそらくアルブレヒト殿もシェーンコップ男爵も、伯からのメッセンジャー役だったのだろう。

劇薬のような幹部を抱える以上、表立っては厳しい態度をとる必要がある。私自身、影響力を考えれば、直接伝えられても、何か意図があるのではと逆に気にしてしまうだろう。そうと分かれば誠実に励めば良いだけだ。

 

「皆の者、ご苦労。面を上げよ」

 

ディートリンデ皇女殿下の声が聞こえ、最敬礼を解き、立ち上がる。気のせいかもしれないが、この会場に来た時と比べて、気持ちが楽になったような気がした。

 

 

宇宙歴797年 帝国歴488年 1月上旬

首都星オーディン 軌道上

オスカー・フォン・ロイエンタール

 

「ありがたい事だ。司令部直属艦隊に限定されたとは言え、直々に観艦式にご参加いただけた。部下達の表情も明るい。帝国の未来はきっと明るい物となろう。フェリックスにもちゃんと教えてやらねばな」

 

「ミッターマイヤー、確かに卿の言う通り帝国の未来は明るいだろう。だが、フェリックスはまだ生まれて間もない。いささか話が難しすぎるのではないか?」

 

「良いのだ。嬉し気に接すれば、それだけで何やら良い事があったのだと伝わるものだ。そう遠くないうちに、卿もそれがわかると思うぞ?」

 

すこし茶化すように、だが嬉し気にミッターマイヤーが話しかけてくる。戴冠式を前に、宇宙艦隊が司令部直属のみとはいえ勢ぞろいし、観艦式を行った。ローエングラム伯の乗艦であるブリュンヒルトをお召艦とし、ディートリンデ殿下もご参加された。近年例のない天覧となった観艦式に、部下たちも誇らし気だった。そして即位にあたり、軍部の力が大きかったことへのお礼の意味がある事を、上層部は理解している。帝国の安定の為とは言え、多くの利権を皇室に献上してしまう判断を、軍部貴族の雄たちがした時、将兵たちに不満が無かったわけでは無い。ガス抜きをする意味でも、こういう催事は必要だろう。

 

「まあ、次の出征までに、挨拶には行かねばならんだろうな。ミッターマイヤー、恋愛の数はこなしてきたが、親元に挨拶に行った経験は無くてな。卿なりに何かアドバイスはあるかな?」

 

「愚問だな、ロイエンタール。エヴァはもともと家で面倒を見ていた。俺も親御さんに挨拶なんて経験は無いぞ。おっと、そろそろ順番が来たようだ。では、また後でな......」

 

いつものように明るい表情で敬礼すると、ミッターマイヤーは通信を終えた。そもそもこの手の相談を、俺がミッターマイヤーにする時点でおかしな話なのだが......。この件に関しては、恋愛の量をこなす意味で先を行っているシェーンコップ男爵も当てにならない。挨拶には、リューデリッツ伯ご夫妻も同席されるというのも、重たかった。

 

事の始まりは、イゼルローン回廊での作戦を終え、帰還後には習慣になりつつある外出をマリーンドルフ伯爵家のヒルデガルド嬢と共にしたことに始まる。いつも通り戦略・戦術・経済と言った話をしながら、フレデリック殿の単独演奏会に足を運び、帝国ホテルのレストランでディナーを楽しんだ。その終わり際に、「そろそろ父に会って頂きたく存じます」と言われたのだ。幼馴染でもあり、妹のような存在だった彼女から急にそんな事を言われ、何事かと思ったが、その場では平静を装った。

事情を確認するために、演奏会のお礼としてヴェストパーレ男爵邸に訪問した時、自分が既に身を固めるしかない状況にある事を知ることになる。男爵夫人によると、ヒルデガルド嬢の中では、俺とつき合っている事になっている様だった。本来なら女性とするはずがない話をしているのも、彼女の好みに合わせてくれていると考えていたらしい。そして何より、年齢も考えれば、お互いに選べる相手は数えるほどもいないという事だ。

そんな状況で、定期的に時間を共にしていた。論理的に考えれば、婚約者候補として扱っていたのかもしれないが、逢瀬でささやき合うような内容ではなく、それこそ商談でするような話ばかりをして来た。それを勘違いされる事まで、俺の責任なのだろうか......。

 

「まさかとは思いますが、その気も無いのに余暇の相手にヒルダを選んでいたのかしら?あの娘も伯爵家の経営にディートリンデ殿下の相談役、RC社の顧問としての役目もあったわね。不定期に帰ってくる軍人さん相手に、毎回時間を作れるほど暇な娘ではないのに......。これを知ったらさぞかし傷つくでしょうね......」

 

そこでお茶を飲んで言葉を区切る男爵夫人。余人なら見逃すだろうが、口元が嬉し気なのを、俺は見逃さなかった。

 

「それにしても大変な事態ね。軍部貴族が帝国の安定に尽くしているのに、財務尚書の娘で、新帝陛下の顧問になる女性を、正規艦隊司令の一人が弄んだなんて......。どうしようかしら......。今までの御恩を考えれば、殿下にも、お義父様にも報告しない訳には行かないし......」

 

この段階になると、男爵夫人はもう嬉し気なのを隠そうともしていなかった。まて、オスカー。まだ、間に合う......。事情を説明して......。

 

「何か誤解されているようですな。男爵夫人。事が事ですから、挨拶の際の流儀などもご相談したい......。と言うのが本題なのです。伯にいきなりという訳にも参りませんからな」

 

「そうでしたか。それはお二人にとっても喜ばしい話です。新帝陛下の御即位に合わせて、式も挙げてしまいましょう。フレデリックもお二人の式で、祝いも兼ねて曲を奏でたいと言っていましたから......」

 

それからあれよあれよと言う間に、挨拶の日取りが決められ、式の日取りまで決められそうになって、出征を理由に何とか押し留めたのが、俺の人生でも唯一の敗戦の日の結末だ。ただ、いざ結婚相手として見ると、良い相手なのかもしれなかった。大して興味の無い宝石や服飾の話を、聞いている振りもしなくて済む。ディナーの場で社会政策に関して意見を求められると聞くと重苦しいかもしれないが、幼い頃から投資案件に関わった事もある。興味の無い事を話題にするより余程楽しめる。

そして、関心が無いからあまり着飾ることのないヒルデガルド嬢は、俺好みの物を贈れば、嬉し気にそれを身に付けてくれる。帝国屈指の才女を、俺の好みに染め上げる。そんな喜びを得られるのも、相手が彼女だからだ。

当初は慌てたが、婚約者のいる生活を想像以上に楽しんでいる自分がいた。男爵夫人が「伯爵夫人になる前に、やり残したことが一つ減ってよかった」とつぶやいたような覚えもあるが、敗戦の日の事は忘れる事に決めている。

 

「閣下、お時間です。それにしても、天覧観艦式とは栄誉なことですが、私などはパレードにも参列したかったと思ってしまいますな」

 

司令官室に控えていた俺に、参謀長のベルゲングリューンが連絡を入れて来る。戴冠祝いとして、酒や料理が、臣民たちに無料で振る舞われるはずだ。オーディンの地表では、宴会が始まっている所もあるだろう。

 

「確かにな。ただ、今日に限っては臣民たちも盛り上がっているはずだ。手抜かりは無いと思うが、慶事に酔って騒ぎを起こすような事が無いように、再度確認をしておいてくれ」

 

宇宙港から新無憂宮までパレードをしている間に、観艦式に参加した将官たちは地表におり、戴冠式の会場である新無憂宮へ向かう。忙しい話だが、部下たちの明るい表情を見ると、不思議と疲れを感じる事は無かった。兵士ひとり一人が、同じようなことを感じていたら、士気もきっと高まるだろう。手荷物をまとめ、俺は艦橋へ歩みを進めた。ディートリンデ殿下の治世は良き物になるに違いない。


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