稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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127話:行き先

宇宙歴796年 帝国歴487年 12月中旬

首都星ハイネセン 郊外の邸宅

ヨッフェン・フォン・レムシャイド

 

「しばらくはこちらの邸宅でお過ごしください。世論が落ち着くまではあまり外出はおすすめしません。生活費も当面は支給出来ますが、未来永劫という訳にもいかないでしょう。では失礼します」

 

国防委員会から付き添ってきた職員が、業務連絡を告げると、一礼して邸宅から辞していく。長年フェザーンで過ごしていた私には、見慣れた同盟風の邸宅だ。自ら冷蔵庫を開け、同盟語が書かれたミネラルウォーターの封を切り、喉を潤す。

 

「レムシャイド伯、この邸宅にはメイドはいないのかな?お茶の用意を頼みたいのだが......」

 

「クククッ......」

 

ランズベルク伯は善良な男じゃが、もう過去の習慣が通用しないことをまだ理解していないようじゃ。それにしてもクラーク殿は人が悪い。笑っておらずにエルウィン・ヨーゼフ殿と同様に教育してくれればよいものを......。フェザーンに来た当初は、良く言って我儘放題であった彼も、クラーク殿が言う所のしつけを受け、かなり大人しくなっていた。

 

「おい、ボン。ここは帝国ではなく自由惑星同盟だ。何を飲むか?どこに行くか?何で身を立てるかは個人の自由だ。お茶が飲みたければ自分で用意する事だな。それよりも今後の事だ。亡命自体は受け入れてもらえたが、政治利用はしない判断を同盟政府は下した。俺の仕事に含まれるのはガキだけだ。身を立てられるなら、お互い一緒に居る必要もないと思うが?」

 

そう言いながら、クラーク殿が冷蔵庫からミネラルウォーターを二本取り出し、一本をエルウィン・ヨーゼフ殿の方へ軽く放り投げた。上手く受け止めると、見よう見まねで蓋を開け、ミネラルウォーターを口にされる。その光景から既視感を私は覚えた。

 

「私の方は、元フェザーン高等弁務官という事もある。今後もしばらくは情報提供の面で協力をしなければならんだろう。幸い、用意していたフェザーンマルクは高値が付いている。資金の面では心配ない」

 

「私も貴金属を持ち込んでいる。それを処分すれば何とかなるはずだ」

 

最後の抵抗なのだろうか?喉が渇いているだろうに冷蔵庫に進むそぶりを見せぬまま、ランズベルク伯が応える。クラーク殿はフライパンを火にかけ、肉やら野菜やらを切り始めた。分量から見て2名分。私たちの分は無いのだろう。

 

「なら、職員に確認を取ったうえで、俺たちはここを離れさせてもらう。逃亡者が雁首揃えて同じ所にいる必要はないし、そうでなくてもあんたらは目立つ。ガキが同盟に馴染むためにも、帝国風の所作のあんたらからは、早く離したいのでな」

 

「何を申すか、エルウィン・ヨーゼフ殿には礼儀作法をしっかり修めて頂くべきであろうに......」

 

「ボン、お前さん、逃げ足は速いようだが、頭の回転は鈍いな。市民の中に溶け込むのにそんなもん邪魔だろうが。あんたらが目立つのもそれだよ。所作がいちいち違うんだ。足の運び方なんか最悪だな。人ごみに紛れ込むのも無理だろう」

 

熱が入ったフライパンに油を引き、肉を入れながらあきれた様子でランズベルク伯を見るクラーク殿。彼は要人警護の心得もある。専門家にいちいち素人が口出ししても、良い事などあるまいに......。

 

「そういう物なのか?だが身についた所作を改めるのはなかなか骨が折れそうではあるが」

 

「だからだよ。あんたらが一緒だと、ガキが帝国風の所作になっちまう。邪魔なんだ」

 

そう言いながら、間食用のスティックの小袋をひとつ、またエルウィン・ヨーゼフ殿に軽く放り投げる。ちゃんと受け止めると、袋を開けて中身を食べ始めた。

 

「まだしばらくかかるからな。それでも食べておけ」

 

そういうと、クラーク殿はフライパンの方に視線を戻した。そこで先ほど覚えた既視感が何か思い至った。知人の屋敷でみた、犬の訓練に似ているのだ。ちゃんと受け止めた際に、良く出来た......。という感情を覚えるのもそのせいだろうか?だが、クラーク殿のしつけを受け始めてから、確かに大人しくなったし、逞しくもなりつつある。以前のように新無憂宮の中で、多くの大人に守ってもらう訳にもいかぬ以上、必要な事なのかもしれぬ。私は嬉し気にスティックを頬張るエルウィン・ヨーゼフ殿を見ながら、ため息をこぼしてしまった。

私のため息が聞こえたであろうに我関せずな辺り、クラーク殿にとっては私もおまけでしかないのだろう。冷蔵庫にはチーズがあった。今夜はそれをつまみながらワインを飲んで早めに休む事にしよう。ランズベルク伯が何かを請うような視線を向けてくるが、彼も自由の国の荒波に揉まれることになる。甘やかすのは良くないだろう、決して面倒だからではない。チーズを取り出すために、私は冷蔵庫の扉を開けた。しばらくは忙しいはずだ。身の振り方はそれが落ち着いてから考えれば良いだろう。

 

 

宇宙歴796年 帝国歴487年 12月中旬

首都星オーディン 旧ブラウンシュヴァイク公爵邸

アマーリエ・フォン・ブラウンシュヴァイク

 

「伯爵夫人、お手数をおかけしてしまい申し訳ございません」

 

「良いのですフェルナー。貴方は良くやってくれています。私だけでは判断に困る事も多いですから......」

 

内戦が門閥貴族の敗戦に終わり、私たち姉妹の夫は、門閥貴族の名に恥じない最後を遂げた。決起の旗頭となったブラウンシュヴァイク公爵家とリッテンハイム侯爵家は、本来ならお取り潰しになるべき所、皇族に連なるという点と名に恥じない最後を理由に、伯爵家に降爵されはしたが、存続を許された。ただ、財産を没収される以上、公爵家の格式で維持してきたこの屋敷から移らなければならないだろう。

 

「お引越しの件でご報告なのですが、ディートリンデ殿下のご即位に伴い、下賜金を頂けるとの事です。お屋敷の方も、決起したとはいえ誇り高い最後を遂げられたお二人を育てた環境を、壊す必要はないだろうというお声が、軍部から出ているとか。少なくとも引っ越す必要はなさそうです」

 

「そうですか。それは久しぶりの嬉しい知らせです。整理しようとしていたのですが、この屋敷にはあの人との思い出がたくさん詰まっていますから、どうしても手が動かなくて......」

 

誰を恨むわけでもない。門閥貴族が帝国に不要な時代が来てしまったのだ。夫たちはそれを察していたような所がある。そうでなければ敵からも賞賛されるような最後を迎えられはしないだろう。ただ、本心を言えば、そんな最後を迎えて頂きたくはなかった。隣で一緒に人生を歩んで頂きたかった。涙がこぼれ、急いでハンカチで拭う。後始末に追われているフェルナーは、まだ落ち着いて悼む時間も取れていないはずだ。私ばかりが悲しむわけには行かない。

 

「お屋敷の件に関連して、伯爵夫人にお願いしたいことがございます」

 

私が泣く様子を見ぬふりをする為に視線を外したまま、フェルナーが話を続ける。配慮してもらった以上、それにお返ししなければならない。それぐらいの政治的判断は、私にも出来る。

 

「承知しています。ご配慮を頂いた以上は、お返しをしなければ。私たちが率先して、新帝陛下の権威を認めなくてはいけないわね。それに治世に協力しなくてはいけないでしょう」

 

「ご理解ありがとうございます。それに関連して、小官とシュトライトは一度任官しようと思います。多少なりとも功績を立てれば、ご両家が新帝陛下の治世に協力するつもりだと示す事にもなります」

 

確かに協力する姿勢を示すには良い提案です。ただ、まだ何か言おうとしているとなると......。あの事でしょう。

 

「良き案だと思うわ。クリスティーナには私から言い聞かせましょう。妹には少し強情な所がありますから......」

 

「はっ。お屋敷の件はシュトライトが使者になっておりますが、お役に立てなかった手前、どうもお話しにくい部分があります。ご配慮を頂きありがとうございます」

 

ホッとした様子のフェルナーを見て、私は少し笑ってしまった。夫に連れだって逝ってしまったアンスバッハの生前には、何かと彼を困らせていたはずだ。真摯なフェルナーを見たら、アンスバッハもさぞかし苦笑するだろう。部屋を辞するフェルナーの背中を見ながら、私はそんな事を考えていた。涙が止まっていなかったことに気付くのは、フェルナーが部屋のドアを閉めてしばらくしてからの事だった。

 

宇宙歴796年 帝国歴487年 12月中旬

首都星ハイネセン ビュコック邸

ユリアン・ミンツ

 

「おお!ユリアン、久しぶりじゃな。背もまた伸びたようじゃな。このまま行けばヤンよりも大きくなる勢いじゃな」

 

「ありがとうございます。ビュコック提督。ただ、外見ばかりが大きくなっても中身が伴わないと意味がありません。士官学校でなんとか皆さんのお役に立てるようになれれば良いのですが......」

 

ビュコック提督の好みに合わせて用意した紅茶を、嬉しそうに飲みながら、少し迷う様な表情をされる。いつもは同席される夫人も、キッチンに向かったままだ。何かあったのだろうか?

 

「ユリアン、その士官学校の件じゃ。ヤンからは何も言われておらんか?」

 

「はい。試験の結果はご報告しましたが、合格祝いとして三月兎亭に連れて行っては下さいましたが......」

 

「ふむ......」そう言うと、ビュコック提督はまた考え込んでいる様子だ。話が再開されたのは、一杯目の紅茶が空になった時だった。

 

「年寄りのおせっかいじゃと思って聞いてほしいのだが、正直な所、同盟軍の勝ち目は薄いじゃろう。少なくとも近々に同盟軍が無くなる事は無いじゃろうが、同盟軍の軍人にとって、冷たい時代が来ると儂は思っている。軍部は反対しておるが、議会では学徒動員も検討されておるとか......」

 

提督が言葉を区切られたタイミングで紅茶を注ぐ。「すまんのお」と告げてから提督は話を続けた。

 

「儂の家は貧しくてな。兄弟も多かったし一人でも食い扶持が減れば、楽になると思って軍に志願したんじゃ。志望動機はそんな物じゃが、今では民主制を守る軍人であることに誇りを持っておる。部下を何人も死なせた以上、最後まで付き合うつもりじゃ」

 

真剣な様子の提督に、頷くことしかできなかった。

 

「じゃが、お主はまだ若い。士官学校に合格したとはいえ、他の道もまだ選べる時期じゃ。戦後の事も考えて、進路の事を一度、ヤンやキャゼルヌ辺りと相談してみてはどうか?と、儂は思っておる。あの二人も、軍人志望ではなかったと聞いておるしな」

 

「提督は、僕に軍人としての才能が無いとお感じなのでしょうか?」

 

一抹の不安を感じながら、思っていたことを確認してしまった。後から思えば、いつもより声が大きかったように思う。

 

「そうではないんじゃ。ユリアン。ヤンを始め、みな帰る所があるからなんとか踏ん張れておる。敗戦することになっても、市民全員を処刑するような事にはなるまい。戦後を担ってくれる後進がいるからこそ、少しでも引き継ぐバトンを良きものにしようと頑張っておる。多才なお主なら、軍人以外の道でも身を立てられるじゃろう。そこをもう一度、家族で考えて欲しいんじゃ」

 

悲し気な表情で視線を壁の写真に向けたビュコック提督を見て、僕は失念していたことを思い出した。提督は戦争で2人のご子息を亡くされている。本来なら、バトンを渡したかったお相手が、既に居ない。自然と、毎朝挨拶をしている父さんの遺影が頭をよぎった。

 

「まだ分かりませんが、一度よく考えてみようと思います。お気遣いありがとうございます」

 

「なんの。年寄りのいらぬお節介じゃ。悩ませてしまったなら申し訳ないと思っておる」

 

それから少し雑談をして、提督の官舎を後にする。ヤン提督にも考えてみる様に勧められたけど、子供の頃からずっと軍人になるものだと思って生きてきた。それ以外の進路を、ちゃんと考えてはこなかったと思う。考え事をしていたからか、見慣れた官舎のドアの前に気づいたら立っていた。ロックを解除して中に入る。靴箱の状況からしてヤン提督はお帰りのようだ。

 

「ユリアン、お帰り」

 

リビングに通じるドアを開けながら、提督が声をかけて下さる。穏やかなヤン提督の表情を見て、考えていた事が自然に言葉にできた。

 

「提督、軍人になる事を諦めた訳ではありませんが、経済史や金融政策を学べる大学を受けてみようと思います。今回の金融危機で、脅威は必ずしも軍事力だけではないと感じました。そういう分野の知識があれば、旗下の皆さんとは違う視点で提督のお役に立てると思うのですが......」

 

「わかった。ユリアンのしたいようにすればいい」

 

いつものように提督が頭を撫でて下さる。緊張の糸が切れたからか、急にホッとした気持ちになった。早速、自室へ向かい父さんにも黙祷をしながら報告する。提督はもともと歴史学者志望だった。どこの大学が良いか?ご存じのはずだ。お好みに合わせて少し薄めにいれた紅茶を用意して、相談にのって頂こう。黙祷を終えて目を開ける。毎朝目にする父さんの遺影が、気のせいか少し優し気に見えた。


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