稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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123話:御前会議:方針

宇宙歴796年 帝国歴487年 11月下旬

首都星オーディン 新無憂宮

ラインハルト・フォン・ローエングラム

 

「ローエングラム伯、ディートリンデは皆さまに師事したとはいえ、14歳になったばかり......。この変化が帝国に何をもたらすのかまで理解はできておるまい。幼き頃より直々に薫陶を受けたそなたなら、忌憚なくリューデリッツ伯に確認する事も出来よう?」

 

「はっ。ベーネミュンデ侯爵夫人、その辺りはご心配には及びません。先日のお話は帝国の在り方を変える物でございました。お気になられる部分もあると存じますが、要はベーネミュンデ星系で行ったことを帝国全土で実施するための体制を用意するという事です。お化粧領の収支をご確認されていると存じますが、たった数年で見違えるようになりました。臣民たちが泣くような事には決してなりませんのでご安心ください」

 

イゼルローン要塞から帰還して姉上と婚約者であるディートリンデ皇女殿下とお茶を共にしたのもつかの間の事だった。新帝として帝国初の女帝となるであろう皇女殿下と、私の後見人でもある伯から帝国の未来に関して、相談したい旨が打診され、姉上とベーネミュンデ侯爵夫人も同席されて話を聞いたのが数日前の事だ。貴族社会に馴染んでいない俺でも、驚きを禁じ得なかった以上、深窓の令嬢として育ってこられたベーネミュンデ侯爵夫人には、いささか刺激の強い話だったのかもしれない。

政治的な影響力を持つおつもりも無いのだろう。本来なら新帝の母親としてこれから開催される御前会議に参加できるのだが、辞退された。だが、これも良い判断だと思う。政治的に大きな失政が起きた場合、リューデリッツ伯爵家やローエングラム伯爵家が泥を被れば、新帝の名誉は守られるし、ベーネミュンデ侯爵家も生き残る事が出来る。王配になる事が決まって以降、こういった貴族社会特有の身の処し方を察する事が出来るようになっている。

 

「ローエングラム伯、そろそろ皇女殿下にお声がけをお願いいたします。皆さま、お揃いになられました」

 

キルヒアイスが小声で告げてくる。発言資格は無いが、ローエングラム伯爵家の次に皇室に近い家となるグリューネワルト伯爵家の家宰として、末席ではあるが御前会議への参加資格を得た。まだ喪に服すべき時期だが、姉上もお若いし陛下との間に子供をもうけることは無かった。姉上を誰かに守ってもらうとしたら候補はキルヒアイスしかいない。本人たちの気持ちも確認しなければならないが、グリューネワルト伯爵家を次代に繋いでいく意味でも必要なことだろう。姉上はおそらくリューデリッツ伯を想われている節があるが、あらゆることに貴族的な伯が唯一線引きされたのが側室や愛妾を持たなかったことだ。軍人として、統治者として、事業家としてあれだけ業績を上げられたのだから、女性に目を向ける時間などないのかもしれない。

そこまで考えて、人の事なら良く分かるものだと苦笑してしまった。俺自身も年下の婚約者に未だに配慮してもらうことが多い。そちらもいつか上手く出来るようになるのだろうか?女性の機微を察する事に関してはまだ自信が持てずにいた。皇女殿下がおられる隣室へ向かい、ノックをして入室する。

 

「殿下、そろそろお時間となります。ご用意をお願いします」

 

「承知しました。では参りましょう。未来の皇配殿」

 

差し出された手を取り、エスコートしながら御前会議の場へ向かう。侯爵夫人とは異なりご不安な様子は無いがこれから話し合われる事の意味を理解しているのだろうか......

 

「これから話し合われる事の意味位は私も理解しています。マグダレーナ姉さまやヒルダ姉さまとも色々と話し合っておりましたもの。もっと過激な進め方も覚悟しておりました。私たちの後見人殿は、敵には容赦のない方ですが、味方にはお優しい方です。先帝陛下がなぜあの人を後見人に選んだのか、やっと確信が持てました。本来はご自分が為さりたかった改革を任せたのだと思います。そして改革が終わった新しい帝国を発展させていくのが私たちの果たすべき役割なのでしょう......」

 

妹のようにも感じていた皇女殿下が、急に大人になったような気がした。この数年は出征から戻るたびに大きく変化する彼女に驚いてもいたが、帝位に就き、皇帝として帝国の発展に尽力する覚悟も、一足先に決めてしまわれたようだ。

 

「そこまでお考えなら、私から言う事はなにもございません。殿下のお覚悟を知ったからには、私も皇配として全力でお支え致します」

 

「それを聞けて安心しました。私たちなら新しい帝国を必ず良き国にできるでしょう。当てにしていますよ?皇配どの」

 

こちらに視線を向けながら嬉し気に語る殿下を見て、胸に温かい物が広がった。殿下の言う通りだ。幼少期が必ずしも明るいものではなかった私たちだからこそ、臣民たちが泣くことのない国を目指す事が出来る。御前会議の場となる広間へ通じる扉を近衛兵たちが開くのを横目に見ながら、俺はそんな事を考えていた。

 

 

宇宙歴796年 帝国歴487年 11月下旬

首都星オーディン 新無憂宮

グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー

 

「ミュッケンベルガー元帥、先日はありがとうございました」

 

そう挨拶をして、自分に割り当てられた席へ向かう男の背中を見ながら、儂はやはり幸運な宇宙艦隊司令長官だったのだと思った。何かがズレれば、帝国宰相になれたであろう男を部下に持ち、彼が万全な体制を整えてくれた中で、腕を振るうことが出来た。若手の発掘にも積極的であったし、見出した者たちを儂を始め、ルントシュテット伯やシュタイエルマルク伯に顔つなぎもしてくれた。そして何より、儂の後任として宇宙艦隊司令長官になるであろうメルカッツ元帥を、ずっと宿将として遇してきたのも彼だ。戦術家としては確かなものを持ちながら、押しが弱いメルカッツに、若手の将校たちが尊敬の念を向けるようになったのも、彼の行動に寄る所が大きい。

 

そして今回の一件、将来的には膨大な利益を生むであろう利権を、帝国の安定のために手放してしまうとは......。地位も名誉も、資産にも欲がないとなると何を喜びにしているのだろうか......。そして彼の提案を了承した2人の兄たちも、やはり普通ではないだろう。そんな人物たちに支えて貰えた事を感謝する意味で、今回の提案には全面的に賛成するつもりでいた。

年明けには戴冠されるであろうディートリンデ皇女殿下がお座りになられる上座の壁面に掲げられた双頭の鷲をあしらった国旗に視線を向けながら、御前会議に先だって行われた話し合いの事を儂は思い出していた。

 

「グレゴール殿、本日はご足労を頂き、ありがとうございます」

「兄上、遅れましたがご無事のご帰還、おめでとうございます」

 

ルントシュテット伯爵夫妻の出迎えを受け、先導を受けながら遊戯室へ通される。すでにシュタイエルマルク伯とリューデリッツ伯が着席し、談笑していた。上座にあたる席が3つ空いているが、この遊戯室の上座のひとつは、マリア殿の席として、空席で通されている事は儂も知っていた。軍の序列では儂が上であるとはいえ、今回は貴族としての立場だ。ホスト役より上座に座るわけにもいかないので、空いている3席のうち、一番下座に腰を下ろした。

 

「殿方同士のお話が終わりましたらお声がけください。では」

 

そう言って、妹のビルギットが退室していく。嫁ぐ前は何かとお転婆な所があり心配したものだが、いつの間にやら軍部貴族の雄であるルントシュテット伯の夫人に相応しい振る舞いが出来るようになっていた。嫡男のディートハルトも正規艦隊司令として功績も上げている。伯爵夫人としての務めをしっかり果たしてくれたと言えるだろう。いつの間にやらリューデリッツ伯がお茶の用意をしていた。気さくな所があり、部下にも良く振る舞うと聞いて、初めは眉をひそめたが、一度飲んでみて理由が分かった。自分で入れたほうが旨いならわざわざ部下にやらせはしないだろう。

彼にお茶を用意できるのはシェーンコップ男爵とキルヒアイス少将くらいだと小耳にはさんだが、確かに男爵のお茶も素晴らしいものだった。退役した後は儂もお茶に凝ってみるのも良いかもしれない。そんな事を考えていた。見事な手さばきで用意を終えると、それぞれの手元にカップが置かれる。良い香りが広がり、自然とカップに手が伸びた。全員が紅茶で喉を潤した所で、本題が始まった。

 

「今回、お集まり願ったのは、このままでいくと我々の家が、帝国の禍根となる可能性があるからです。まずはこちらをご確認ください」

 

渡された資料は、RC社の資産状況を社外秘になる部分も含めて、分かりやすくまとめたものだった。ミュッケンベルガー伯爵家は結納金のお返しにとRC社の株をかなり譲渡されていた。シュタイエルマルク伯爵家も婿入りの際にそれなりの株を持参させたのだろう。軍務を果たす中で、緊急の判断を下す場合などに、自家の財布を考慮出来た事は非常に助かった。どんな魔法を使っているのかと思ったが、まさか叛乱軍の領域まで手を広げておったとは......。

 

「幼い頃からビジネスにはシビアな所があったし、フェザーン方面に赴任した途端にタイミング良く金融危機が起きたから何かしていると思ったが......。全くよく考えついたね。優秀過ぎる弟を持つと兄としては大変だよ」

 

「まあ、そのおかげで軍務を果たす事も出来たし、資金に困る事も無かった。そこは素直に感謝して、別の形で返せばよかろう。RC社の資産がとんでもない事になっているのは分かった。それがなぜ帝国の禍根となり得るのだ?」

 

この資料が正しいなら、RC社は宇宙屈指の巨額の資産をもつ財閥で、帝国内では多くの領地の開発を主幹している。叛乱軍の領域でも、軍需以外の基幹産業の悉くに入り込んでいるとなると、もう一つの政府がいるような物だろう。

 

「ミュッケンベルガー伯はなんとなくお気づきのようですね。資産規模で昨年の帝国政府予算案の10倍。フェザーン国籍の子会社を通じてですが、叛乱軍の借款のほとんどを所有もしています。帝国と叛乱軍の社会に大きな影響力を持つ企業となります。それが他者からどう見えるか......。まして数年以内に叛乱軍との戦争には区切りがつきます。そうなれば人類は再度、拡大期に入るでしょう。門閥貴族達の領地に関しては帝国政府にまとめました。帝国領内だけでも3000億人が生活で来た実績を踏まえると、RC社の資産はますます増え続ける事になります。当然、その大株主である我々の子孫の意向を、時の政権も無視できなくなるでしょう。新たなる門閥貴族の誕生です。

それに自前で数個艦隊を用意できるような貴族家の存在はそれだけでも脅威でしょう?資産は有るに越したことはありませんが、有り過ぎれば災いの種にもなりかねません。とはいえ、無償で差し出すとなると、今回の一件を主導した軍部も不安を感じるでしょう。非償還特約を付けた利回り5%くらいの国債を発行してもらい、それを代金として我らの株を皇室名義にしたいと考えています」

 

この男の事だ。帝国と皇室の財務状況も把握しておるのだろう。新帝陛下の御即位の際のお祝いという名目にすれば、辺境領主たちも倣う可能性が高い。

 

「軍部貴族の雄である我らがそれを行えば、お付き合いのある辺境領主の方々も倣いやすいか......」

 

「どうせなら、その国債になにかしら固有名詞を付けたいですね。所有する事が帝室への忠義の証になるというような雰囲気を作れれば、抵抗も少ないでしょうね」

 

反対意見が出るかと思ったが、提案主の兄たちにその雰囲気はない。確かにこのままでは我らの子孫が帝国の禍根となろう。RC社の株が国債に代わったとしても、伯爵家には過ぎた資産だ。後継者たちが慢心せぬ意味でも、良き判断だろう。

 

「賛同いただけて安心しました。RC社の設立から貢献してくれた者たちにも、私から国債を分配したいと思います。本来なら株も報酬の一つにするのですが、それが出来ない分、名誉のおすそ分けという事で......」

 

「ならばルントシュテット伯爵家もそれを負担しよう。国債に切り替えても伯爵家にとっては多すぎる金額だ。多額な国債を保有しているというのも、どうみられるか分からんからな」

 

「シュタイエルマルク伯爵家も同様に。もともとザイトリッツがいなければ無かったような物ですからね」

 

「ではミュッケンベルガー伯爵家の物も同様の扱いをお願いしよう。国債に切り替わっても一個艦隊は、切り詰めれば用意できる資産規模だ。それにしても、宇宙艦隊司令長官としての大任を下ろした直後に、貴族の当主として、自家の資産が多くなりすぎないように心配することになるとはな」

 

儂の言に残りの3人が苦笑する。

 

「グレゴール殿はまだましな方ですぞ?一緒に出掛けた歓楽街で縁を紡いだ御仁が、まさかの先帝陛下でしたからな。あの時は頭を抱えたものです」

 

「そんな事もありましたね。私も先帝陛下にお酌をした事があるのです。今思えば、考えられない事でしたね」

 

嬉し気な様子で思い出を語る2人を見て、リューデリッツ伯は幼少の頃から変わらず、無茶苦茶なことをしていたのだと思わず笑ってしまうとともに、羨ましくもあった。儂には男子の兄弟がいなかった。父上が戦死し、憔悴する母と、お転婆な妹を何とか守らねばと苦心した覚えしかない。だが、10年もすればこの日の事も、笑い話になるのだろう。

 

「ディートリンデ皇女殿下、まもなく御入来されます」

 

近衛兵の前触れと共に、上座の脇に設えられたドアが開く。まだ即位されていないとはいえ、我々が権威を率先して認める必要がある。参加者全員が席を立ち、割り当てられた席の傍で跪いた。

 

「皆の者、役目大義。楽にせよ」

 

まだ少女と言って良い年齢のはずだが、不思議なもので威厳のような物が感じられる。そこで思い至ったが、彼が後見人である以上、その辺りも抜かりなく進めていたのだろう。一呼吸おいてから起立し、一礼してから席に付いた。王配となるローエングラム伯は殿下のお傍に控えていたが、席は用意されていない。これも複雑な配慮の結果なのだろう。殿下が決して権威に驕る気がないのだと示されている様で、気が早いかもしれないが、良き治世になるように感じていた。


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