稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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122話:鎮魂

宇宙歴796年 帝国歴487年 11月下旬

首都星ハイネセン 戦没者慰霊墓地

ヤン・ウェンリー

 

「ヤン、そんなに俺はやさぐれて見えるか?髭はちゃんと剃ったのだがな」

 

「ワイドボーン、余り気にしないでくれ。私も今回の政府の対応には思う所がある。それにうちの艦隊司令部は現政権に厳しい見方をする人材が多いんだ。意思表明を多少なりともする意味で同席したいと考えたのさ」

 

そうか......。とつぶやくとワイドボーンは車窓に視線を向ける。見渡す限り広がる膨大な数の墓石たち。戦争が始まって150年を越えた事を考えれば当然の事なのかもしれないが、私たちが見渡せるのはごく一部でしかない。そしておびただしい数の墓石たちに共通しているのは、墓石に刻まれた氏名の持ち主の遺体が無い事だろう。

第三次イゼルローン要塞攻防戦に参加した4個艦隊は、待ち受けていた帝国軍に散々に打ち負かされた。特にひどかったのはワイドボーンが分艦隊司令を務めていたホーランド艦隊とクブルスリー艦隊だ。戦前に56000隻を数えた戦力は、30000隻近くまで打ち減らされた。

打ちのめされた将兵たちを更に傷つけたのは政府の対応だ。本来なら統合作戦本部ビルの大講堂で慰霊祭が行われるべき所だが、予算を理由にこの戦没者慰霊地で簡単な式典を行っただけだった。金融危機への対応と戦没者への一時金を捻出する為の苦肉の策かもしれないが、形式上は政府の命令で死地に赴いた兵士たちへの対応としてはあんまりだろう。

 

「意識してここに足を運んだことは無かったが、予想通りだな。式典めいた事で彩らなければ僚友たちの戦死を素直に受け止める事など出来ない。一時金が出る事がせめてもの慰めだが、式典は開催して一時金が無しという方が良かったかもしれんな。もっともうちの艦隊は生き残った連中でカンパして、式典をやるつもりのようだが......」

 

「それは良い事だと思うよ。葬式は死者を弔うものだが、本質的には遺された者たちの為にやるものだからね」

 

地上車が止まり、石畳を歩きながらこのエリアの戦没者慰霊モニュメントへ足を向ける。参戦した人員の戦死者リストは比較的早期に遺族へ通知される。最前線から戻って来たワイドボーン達からすれば、やっと考える時間が出来たという所だろうが、遺族たちがその知らせを聞いてから2か月は経っている。モニュメントの周囲には献花された花束が山のようになっていたが、一部は既に萎れつくしていた。この光景からも、政府が戦死者をどうとらえているのか?伝わってくるようで寂しかった。管理人を数名配置するだけでこういう事にはならないだろうに。遺族だけが悼む気持ちを持ちつつも、政府は戦死者の事など気にしていないのだ。

 

「ヤン、俺は一人でも多く生きて連れて帰る責任があった側だ。遺族の方々と同じように悼む訳には行かん」

 

ワイドボーンは、モニュメントが設置された広場の入口で立ち止まると、石畳の端に花束を置き、モニュメントに向かって敬礼した。私もそれに倣う。彼がどういう経緯で、こういう判断をしたのかは分からないが、それで納得できるなら良いのだと思う。まだ第三次イゼルローン要塞攻防戦の戦死者に関しては、個別の墓は手配されていない。悼む場としてはこの場になるのだろうが、多くの戦死者を出してしまったと責任を感じているワイドボーンからすると、遺族と同じ場に立つのは躊躇する部分があるのだろう。

かく言う私も、自分の責任で戦死者を出した場合、それを素直に受け止める事が出来るのだろうが?私の艦隊は訓練と作戦計画の策定という任務が割り振られていたから、結成以来、まだ戦場には派遣されていない。だが、それもここまでだろう。次の戦いには、参戦が求められるはずだ。敬礼を終えてしばらく経ってから、ワイドボーンなりに区切りがついたのだろう。出口の方に振り返り、停めておいた地上車の方へ進みだした。私も後に続く。

帰路の途中で脇に寄って道を譲る軍人たちとすれ違う。敬礼に答礼するがおそらく第三次イゼルローン要塞攻防戦に参戦した者たちだろう。国家として良くない方向だが、政府が戦死者へ冷たい対応を取った事で、軍人たちは結束を固めつつある。隠れ左派が多い事もあり、右派が多い政府からすると華々しい戦果を上げられなかった軍部に、一度厳しい対応をしたかったのかもしれない。金融危機で生活に窮する市民が多い状況なのも分かるが、それとこれは話が別なように思う。命を賭けた代償がこれではやりきれない者も多いだろう。

 

「ヤン、出征前に主張すべきことは主張しろとお前に言った俺がホーランド提督を止める事が出来なかった。俺は経済的には恵まれた階層の出身だ。故ホーランド提督を始め、軍には貧困層出身者が多い。彼らがどんな環境で育ち、どんなことを感じているのか?までは理解していなかった。こういうのを木を見て森を見ず......とでも言うのだろうか。我ながら情けない話だ」

 

地上車に乗り込んでしばらくしてから、ポツリとワイドボーンが呟いた。士官学校の優秀層にありがちな事だが、実際に戦う兵士たちの事を数字でしか理解していない所がある。彼にとって喜ぶべきことではないのかもしれないが、このタイミングで将器が備わったのかもしれない。だが、それは私から言うべきことではないだろう。負傷したクブルスリー提督に代わって、ホーランド艦隊の生き残りを併せた艦隊を率いることになるのは彼だ。優秀な人材が心の面でも鍛えられたとは言え、その代償はあまりにも大きかったように思う。

窓の外を流れていく墓石の群れに視線を向けながら、父さんが言っていた言葉を思い出していた。墓に来るのは死んでからで良い。折角安眠している邪魔をするんじゃない。確かに頻繁に来ても浮かぶのは後悔ばかりだ。半年に一回くらいが丁度よいだろう。そろそろ前回から半年だ。次の出征の前に、一度墓参りしておく必要があるだろう。

ワイドボーンは下町の飲食街付近で、地上車を降りて行った。彼の艦隊司令部に所属する人材と個別で色々と話をするつもりらしい。私も艦隊司令部に所属する人員の略歴位は頭に入れているが、突っ込んだ話をしたことは無い。無意識に、自分の責任で戦死させた時の事を考えて、深入りしないようにしているのだろうか......。そんな事を考えながらキャゼルヌ先輩たちと約束している三月兎亭へ向かう。金融危機の影響を正確に理解するには先輩と話すのが一番早い。官舎に戻ってもユリアンは士官学校の前期試験の為に既にテルヌーゼンに出発している。一人で色々考え込むよりは良いはずだ。

立ち並ぶ墓石の群れの印象がまだ残っているのだろうか?見慣れているはずのハイネセンの街並みがどこか暗いように感じる。帝国の内戦は既に終結しつつある。新しい体制が整えば、再び攻め寄せてくるはずだ。それまでにどこまで体制を整えられるのか?6個艦隊まですり減ってしまった同盟軍としては、戦線を後退させないととても対応できないだろう。国内問題に揺れる政府にとってその判断が出来るのか?考え事をしているうちに三月兎亭に着き、地上車を降りる。いつもは混雑している時間だが、外から見ても空席が見えるのは金融危機の影響だろうか?馴染みのウエイターにドアを開けてもらいながら、私はいつもの一角に足を進めた。

 

 

宇宙歴796年 帝国歴487年 11月下旬

首都星ハイネセン 三月兎亭

アレックス・キャゼルヌ

 

「お連れ様はお席の方におられます」

 

ウエイターがドアを開けながら小声で告げてくる。一言お礼を添えてからヤンやアッテンボローと食事をするときは定番になりつつある三月兎亭に入る。約束の時間に少し遅れてしまった。ここは先に詫びておくべきだろう。いつもの一角へ進むと、見慣れた二人が談笑していた。金融危機の余波はまだ収まってはいないが、街で見かける市民たちは、落ち着きを取り戻しつつある。いつもは満席で予約が必要なこの店も、空席が目立つのは、財布の紐が緩むまでには至っていないといった所か......。

 

「キャゼルヌ先輩が時間に遅れるなんて、珍しい事もあるんですね」

 

「すまんな。オルタンスが最近、左派の政治集会に参加するようになってな。家をちび達だけにする訳にもいかんからな。時間が押してしまった。待たせてしまってすまないな」

 

「別に気にしないでください。我々はひとり身ですから、他に行く当てもありませんでしたし。それにしてもオルタンスさんまで左派の政治活動に参加したとなると、そんなにハイネセンは良く無かったんでしょうか?」

 

深刻な表情をしながらアッテンボローが訪ねて来る。ヤンも心配げな様子だ。

 

「まあ、さすがにラップの所のように立候補の話が来ている訳ではないがな。金融危機の際は物価が高騰したし、お前さん方に言うのも何だが、イゼルローン要塞攻防戦に関して、公式な戦没者慰霊祭も開催されなかった。母親としても、軍人の妻としても感じるものがあったようだ」

 

実際の所は、オルタンスはかなり憤慨していた。あいつが怒ると普段は饒舌なのに一切話さなくなるからすぐに分かる。戦没者慰霊際に関しては、俺にも矛先が向いた。後方勤務本部次長とは言え、予算を勝手に執行できる訳ではない。だが、無い所からひねり出すのも腕の見せ所だ!と言うのも一理ある。ちび達が寝付いた後だったから良かったが、2時間も冷静に問い詰められた事は、オルタンスの印象を守る為にも墓までもって行くつもりだ。

 

席に付くとウエイターがメニューを差し出してくる。前回来た時よりコースが減っている所を見ると、物資の流通の混乱はまだ収まっていない様だ。

 

「俺たちは肉料理に決めています。キャゼルヌ先輩はどうされます?」

 

アッテンボローの奴、既に腹ペコのようだな。私だけメインを別にするとそれはそれで面倒だろう。3人分の肉料理メインのコースとハウスワインの赤をボトルでオーダーする。まだ一軒目だ。軽めにスタートしたほうが良いだろう。

 

「まずはご苦労様......。といった所かな。予定が早まった意図は抜きにしても、無事に帰って来てくれて何よりだ」

 

「先輩こそ、お疲れでしょうに。後方勤務本部も金融危機の際は蜂の巣をつついたような騒ぎだったはずです。アッテンボローから、ご家族に聞いた話を聞かせてもらっていたのですが、かなりの騒ぎになったようですね」

 

「そうだな。売り惜しみに買い占め。市場経済の有り様としては違法ではないが、足元を見るような商売をする連中が出てな。婦人会の会員に人気の店は、今では個人経営の店だ。大資本が利益重視で色々したのに比べて。赤字覚悟で商売をしてな。いろんな所で、あこぎな事をしたツケを支払う事になっているよ。小売業で業界2位だった企業が倒産したのも、売り惜しみが原因だからな。大手マスコミは報道しなかったが、左派の活動でその事実が周知された。市民たちはマスメディアにも不信の目を向けているそうだ」

 

「その話は親父からも聞きましたよ。親父の勤める新聞社でも、取りあげるか記者たちの間で論争が起きたらしいですが、掲載する判断をしたので部数がうなぎのぼりだそうです。倒産が確定してから大手メディアも大々的に報じたんですが、余計に広告狙いで意図的に報道しなかったと、批判を受けているようですしね」

 

アッテンボローが憤慨した様子でメディアの実情を話し終えたタイミングで、赤ワインのボトルと前菜が配膳される。労う意味で3つのグラスにワインを注ぎ、2人の手元に置く。

 

「では、重ねてになるが無事な帰還に」

 

グラスを合わせ、ワインを口に含む。やっと人心地ついたと言った所か?このタイミングで経営者志向だった俺と会食の場を持つという事は、金融危機の影響に関して、正確に理解しておきたいという所だろう。ただ、言葉を選ばずに言うと折角のワインが苦くなる。

 

「キャゼルヌ先輩、率直な所、金融危機の影響はどんなものになりますか?我々は確かにフェザーン方面の防衛計画を作成しました。ただ、イゼルローン要塞攻防戦で受けた被害を考えれば戦力化していた7個艦隊が6個艦隊になりました。受けた損害を充足させるのに金融危機の前の状況でも半年はかかるでしょう。状況によっては、作成した作戦案が使えない事もあり得ると考えていたのですが......」

 

「ヤン、お前さんの見込みは正しい。財政の面で、大きく3つの足枷が付いてしまった。どうやりくりしても、受けた損害を充足させるのに1年はかかるだろう......」

 

そこで言葉を区切り、グラスを傾ける。予想通り、少し苦みを感じた。だが、次は最前線に向かうことになるであろう2人の後輩に、甘い予測を話しても意味がない。苦く感じるワインを飲み干しながら、話を続ける。

 

「一番の重荷は、フェザーンマルク建ての借款だな。積もりに積もって、国家予算の10年分、利率は3%としても、歳入の3割がこれで消えてしまう。次は遺族年金だ。総額で国家予算の20%を越えた。最後のひとつは軍需産業の株を政府が買い支えた事だ。長期目線ではこれが一番まずいだろうな......」

 

2人は頭の中を整理するように考え込んでいるが、株価の動きをチェックしていなければ3番目には気付かないだろう。

 

「株価の動きを毎日チェックしていたが、最初に暴落し、最後に落ち着いたのが軍需産業の株なんだ。同盟の株の買い手はフェザーン資本の比率が年々高まっていた。そのフェザーンが軍需産業の株を売り払い、安値でも買わなかったので政府が買い支えたという事だ」

 

「つまりフェザーン資本は同盟の軍需産業に先が無いと判断したと言う事ですね?」

 

「それだけじゃない。真っ先に株価が安定したのはテラフォーミング技術や機械系のメーカーだ。帝国では廃れた分野のはずだ。金融危機の煽りを受けてフェザーン資本の証券会社も数社潰れた事を考えると、この動きを主導しているのはフェザーンではない可能性もある」

 

念のため、調べられる範囲で確認したが、ひとつの意思を感じる金融危機前後の株の売買には、同盟籍の証券会社も数社連動して動いている。金融危機を起こしたのも、イゼルローン要塞攻防戦が終わった直後から株価が安定し始めたのも。一連の流れのひとつだろう。政府が自由に使える予算が減ったという事は、その分、彼らが動きやすくもなったという事だ。経済的には侵略されたに等しい状況だろう。

 

「どうせズタボロにされるなら、伝家の宝刀を抜いても良かったようにも思いますが、さすがにそこまでの判断は出来ませんか......」

 

「アッテンボロー、それはさすがに酷な話だよ。株取引の停止命令は反社会活動防止法と同じで、抜くためにあるんじゃなく、抜くぞと思わせる為の物だ。それをしていたら株の全面安が止まらなかっただろう。最後の最後まで我慢したといった所だろうね」

 

ヤンの家はもともと貿易業を営んでいた。その頃の縁でフェザーンの商人にも知己を持っている。多少は予備知識があるようだ。

 

「換金できない資産など、誰も持ちたがらないからな。そういう意味ではよく我慢したとは思うぞ?」

 

メインの肉料理が来た時点で、ワインのボトルを追加する。いつもは一軒目は控えめにする所だが、明るい話が少ない以上、早めのお開きにした方が良いだろう。

 

「そういう意味では、レベロ委員長はやれる事をやってくれた感じなんですね。それに比べてネグロのおっさんと来たらなあ。やることなす事チグハグで、どうも当てになりません」

 

「彼も完全に矢面に立っているからね。軍にばかり良い顔をする訳にもいかないんだろう。イゼルローン要塞攻防戦は確かに敗退したに等しいからね。シトレ校長は、人格者だし統合作戦本部長に相応しいとは思う。ただ、統率力にも優れた方だし、今回の判断も分からないではないんだが......」

 

当初は、今回の出征でシトレ元帥は統合作戦本部長になるはずだった。だが、支持が広がりつつある左派に配慮して、論功行賞はかなり厳しい物になっている。一時的な措置として、クブルスリー大将が統合作戦本部長代理になられたが、これもチグハグな人事だった。いっそのこと、シトレ元帥を統合作戦本部長にして、ヤンを始め、ほとんどの正規艦隊司令と親交があるビュコック提督を実戦部隊の長にしても良かったとは思うが、それはそれで議論を呼びそうだ。

 

「慰霊祭の件でも、俺は納得はしていません。自信家だったワイドボーン先輩があんなに憔悴していましたし......。いずれは正規艦隊司令になる人でしたが、こんな経緯で着任しても喜べないでしょう」

 

「ワイドボーンなりに、色々と心の決めた事があるようだし、その事はあまり口外しないようにな。アッテンボロー......」

 

人付き合いがあまりよくないヤンが、慰霊墓地に付き合ったと聞くし、余程の状態だったのだろう。ただ、現実問題として正規艦隊司令を任せられる人材が不足しているのも確かだ。ワイドボーンにはいささか酷かもしれんが、乗り越えるべき試練として飲み込んでもらうしかないだろう。コースの締めになる紅茶を飲みながら、腐れ縁が続いている後輩たちの会話に、耳を傾ける。今日の所はこれでお開きだな。高級軍人がこの政局で飲み歩いているのも、あまり外聞がよろしくないだろう。


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