稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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118話:粛清

宇宙歴796年 帝国歴487年 10月中旬

首都星オーディン リヒテンラーデ邸

クラウス・フォン・リヒテンラーデ

 

「旦那様、おはようございます。朝食の用意が出来ております。良き頃合いでお越しくださいませ」

 

恭しく執事は朝食の用意が出来た事を伝えると、儂の書斎を辞していった。この歳になれば朝は早い。そして憂慮する事があれば、尚更うかうかと安眠出来る訳もない。今日も、朝と言うよりまだ深夜と言えるような時間帯に目が覚め、書斎で資料を見ながら考え事をしていた。貴族連合軍があっけなく初戦で大敗し、ガイエスブルク要塞とやらに追いやられて数日、現在帝都にいるのは、中立を守った政府系貴族と、留守居役を務める軍部系貴族位だが、政府系にとっては聞き逃せぬ噂が流れ始めていた。

 

事の発端は、貴族連合軍が作成していた『血判状』になる。貴族連合軍は決起の段階から足並みが乱れていた。また最後の最後で二の足を踏んだものもいたのだろう。結果として帝都からの脱出に失敗し、逮捕拘禁された者たちから『血判状』の存在が明るみに出た。身に覚えがなければどうという事は無いが、フォルゲン伯を始めとした少なくない政府系貴族も貴族連合軍に参加している。そのせいもあって、軍部系貴族が帝都に残った政府系貴族を見る目は厳しい。良く言っても監視されておると言って良い状況だ。

 

追い込まれた政府系貴族の一部は、ルーゲ伯やマリーンドルフ伯を筆頭に、軍部系貴族に全面協力した元政府系貴族にすり寄ろうとしたが、一切の取り成しを拒絶されたようだ。ここに至って、崩御された陛下が介入しない事で保たれていたバランスが崩れた事に、ようやく気付いたようだ。

我々政府系貴族は、軍事力をほとんど所持していない。そして軍部系貴族が戦況を優位に進める中、カストロプの暗躍もあり、パッとしない状況が、長期間続いた。軍部系貴族が、貴族連合に組した門閥貴族たちと同様に、政府系貴族にも価値を感じていないのではないか?そして潰そうと思えば、『血判状』という口実があり、軍という実行戦力も備えている事に今更気づいたらしい。

 

急に我が屋敷を訪ねてくる者が増えたが、儂は取り成しの言質を与えていない。このまま軍部系貴族が大勝すれば、政府系貴族も貴族連合軍に参加しなかった家ですら口実があれば潰しにかかるだろう。代々尚書職を歴任してきたリヒテンラーデ侯爵家ですら危うい。国務尚書職の辞職と領地に隠棲する事をいつ発表するか?そのタイミングを計っている状況であった。

即位する事がなくとも、唯一の男子の皇族はリヒテンラーデに連なる者だ。リヒテンラーデまで潰しにかかることは無いであろう。ただ初めての女帝として即位するであろうディートリンデ帝の治世の初期に、大きな躓きでもない限り、再び日の目を見る事は叶わぬだろう。だが、取り潰される心配をせねばならぬ家が多い中で、少なくとも生き残れるのだから、マシな方だろう。

 

考え事をしながら眺めていたルドルフ大帝の伝記を閉じ、ナイトガウンを羽織り直して書斎を後にする。銀河帝国の建国期は、社会が衰退し切っていた状況だった。広大な銀河に目を光らせるには限界がある以上、統治権を委譲する事で門閥貴族に帝国の統治を委任した訳だが、辺境星域の急速な発展を見れば、リューデリッツ伯には帝国を再開発するビジョンがあるのだろう。ならば細切れにせず、今回潰されることになる貴族たちの領地は、帝国政府の直轄地となるはずだ。

わざわざ血を流したにも関わらず、また将来の門閥貴族となり得る種を撒く愚は冒すまい。書棚に伝記を戻し、階下に向かう。儂のお付きの者たちは、みな同年代じゃ。早起きには慣れておろうが、流石に早すぎるかもしれん。途中の窓から、やっと差し込み始めた朝日が目に入り、儂はそんな事を考えていた。

 

食堂の定位置に腰を下ろし、早速運ばれてきたゆで卵を食す。今の流行りは柔らかめのようだが、儂は固めが好みだ。いつも通り固めに仕上げられたゆで卵を食し、紅茶でのどを潤す。計ったようなタイミングで焼き立てのパンと、カリカリに焼かれたベーコンが運ばれてくる。朝はやはりこれじゃろう。歳も歳じゃし、血圧も高めじゃ。本来なら塩分を控える為にベーコンは食すべきではないのだが、こればかりは止められぬ。罪悪感をごまかす為ではないが、このタイミングでゆで卵と同じタイミングで用意されていたサラダにも意識を向ける。

幼少の頃から野菜は苦手であった。儂にも天の邪鬼な所があるのだろうか?野菜を強制されるほど、意地でも食べるものか!と思っていた時がある。本来なら控えるべき好物のベーコンを食した後に、少量ではあるがサラダを食すように心がけている。皆、同じように、自分なりに口実を付けて、折り合いをつけておるのであろうか?

 

小盛というには小量なサラダを平らげ、残しておいたベーコンを食べ終わった頃合いから、屋敷の雰囲気がいつもの物とは異なるものに変化した。まだ早朝にも関わらず、敷地内を複数の地上車が走る音が聞こえてくる。執事が訝しむような表情をしながら玄関の方へ向かった。口実を与えたつもりはないが、我が家まで潰す判断を軍部系貴族はしたのであろうか?

食後の紅茶を飲み終え、2杯目を注いだ所で、玄関の方から話し声が聞こえ、複数の足音が近づいてくる。早朝にもかかわらず一方的な対応。良き話ではないだろう。紅茶を楽しみながら待っていると、食堂のドアが開き、見慣れた顔が深刻な表情で一礼してから入室してきた。

 

「リヒテンラーデ侯、早朝に申し訳ございません。今回の件、このゲルラッハ何かの間違いと存じております。当初は深夜に憲兵隊による捜査が行われるはずでしたが、何とか取りやめて頂きました。侯が帝室に仇為すようなことをされるとは思えませぬ。なにかお考えあっての事なら、包み隠さずお話下さい」

 

あの時以上に悲壮な表情をゲルラッハはしておるが、何のことかわからなかった。長い付き合いじゃ。儂の表情を見て察したのであろう。ゲルラッハが資料を差し出しながら話を進めた。

 

「DNA鑑定の結果、皇族で唯一の男子であられたエルウィン・ヨーゼフ殿は、確かにリヒテンラーデ侯爵家に連なる方でございました。ただ、ゴールデンバウム王朝の血脈には100%合致されませぬ。私は誤解だと判断しておりますが、軍部系貴族はゴールデンバウム王朝の名を借りたリヒテンラーデ王朝とすべく為された策謀と判断しております。侯、何卒ご弁明をお聞かせください。何かの間違いでございましょう?」

 

差し出された資料を見ながらどちらにしてもリヒテンラーデ侯爵家が終焉に向かいつつあることを確信した。あの娘、皇太子殿下を誑かしたばかりでなく、種まで別の物にするとは......。そして軍部系貴族はだいぶ前からこの事実を掴んでいたのだ。おそらく健康診断を名目に薬物検査をしたタイミングだろう。成り済ましを防ぐためにDNA鑑定も並行して活用されたと聞くが、そこでこの事実に気づいたのだろう。潰せる状況が整うまで、待っていたに違いない。それに気づかず先ほどまで、わが家だけは安全と思っていた我が身が憎らしい。

 

新帝陛下が即位する前に、大掃除をしてしまおうという事なのだろう。大掃除は何回もしたくないであろうし、リヒテンラーデを潰せれば、残った政府系貴族を潰す事など造作もないだろう。それにしてもゲルラッハめ。一体何を条件にこの役目を替わったのだ。本来なら憲兵隊副総監のケスラー辺りが来るべき所だ。まさかとは思うがゲルラッハ子爵家を賭けたのであろうか?どんな条件を出そうとも、潰せる確証がなければ余人に任せるような事はしまい。儂の命運は決まった以上、せめてこの男だけでも救ってやらねばなるまい。

 

「ゲルラッハよ。心して聞くのじゃ。儂はこの事実を知らなんだ。じゃが、どんな条件を出したにせよ、儂に恩義を感じているお主が使者になる事を許した以上、何があっても潰せる確証があるという事じゃ。お主はすぐに上役の下へ戻り、『リヒテンラーデがすべて認めた』と伝えよ。その後は身を慎む事じゃ。恩義を感じるのもほどほどにせよ。長話でもすれば儂と結託したと思われて、お主まで粛清リストに載ることになりかねぬ。身命を賭して恩義に報いてくれたお主にできる最後の事じゃ。よいな」

 

狼狽えるゲルラッハを横目に窓の外へ視線を向ける。既に憲兵隊らしき人影が屋敷を取り囲んでいた。政府系貴族を潰すきっかけにされる以上、生半可な処罰では済むまい。我ながら大事な所で油断してしまった。せめてもの救いは、無理をしたであろうゲルラッハの功績になる為、ゲルラッハ子爵家だけは救えることじゃろうか......。

うつ向いたまま涙を流し始めたゲルラッハを無理やり引き起こし、玄関まで送る。勝敗は読めていた以上、ゲルラッハが申した通り、全力で軍部系貴族に協力すべきであった。我が家を潰す以上、政府系貴族も軒並み潰すつもりであろう。悔しい事に軍部系貴族には人物が多い。潰しても国政が滞ることは無いと判断したのじゃろう。悔しいが、それは事実じゃ。ゲルラッハが乗る地上車が遠ざかるのを見ながら、儂は近いうちに自裁する事を覚悟した。


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