稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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111話:影

宇宙歴796年 帝国歴487年 8月上旬

ガンダルヴァ星域 惑星ウルヴァシー静止軌道

ヤン・ウェンリー

 

「政府のお偉いさんも不安に思うのは分かりますが、ここに来てヒステリックに対応されてもなあ。トリューニヒト委員長は『政治の横槍は防ぐ』と明言したはずですが、後任のネグロポンティ委員長はどうも腰が定まりませんね」

 

「そう言うな、アッテンボロー准将。総選挙が終わり、中道右派が過半数を取ったのは良いが、左派も躍進した。そんな政局で最高評議会議長の後任になるなど、少し考えれば貧乏くじだと分かりそうなものだ。それが分からない『低能』か、上役の指示を流すだけの『マリオネット』なのだろう。そうでなくとも素人が裏も取らずに情報を流し、それを聞いた素人が怯えているのだ。ここは本職として、温かく聞き流してやれば良いではないか」

 

「リューネブルク准将も大分『辛口な論評』をされますね。小官なら『伝書鳩』位にしておきますが......」

 

「それもあんまりだろう。俺は一応人間扱いしておるぞ。噂通りの毒舌だな。何かと会議が楽しくなりそうだ」

 

「ゴホン。個人の見解の交換はこの辺にしましょう......。提督、国防委員会の指示がある以上、ウランフ艦隊が到着するまで我々はこの宙域に待機する必要があります。惑星ウルヴァシーに仮設基地を作る作業自体は、数週間で済みますし、恒久的な基地にする為の工兵部隊もこちらに向かっておりますから、一先ずここで訓練という事になりそうですが......」

 

既に恒例になりつつあるリューネブルク准将とアッテンボローの軽口から、ムライ少将がそれを制するまでの流れが終了した。言論の自由は確かにあるが、艦隊司令部の将官が国防委員長を悪しざまに言うのはさすがに制したほうが良いだろうか?そういう意味では、言論の自由は思考の自由より制限される物なのかもしれない。

だが、思った事を全て発言出来ないとなると、言論の自由と言論統制の間の線引きは、どこで判断すべきだろうか?そんな事を考えながら、副官のグリーンヒル中尉に視線を向ける。

 

「ウランフ艦隊の到着予定は約2週間後です。計画通りなら恒久基地化の実地調査は済むでしょうが、一部の部隊は居残る必要が出そうですわ」

 

「言っても詮無い事ですが、どうせなら一緒に命じて頂ければ、効率が良かったですな。もっともお偉いさんにはお偉いさんの事情があるのでしょう。ガンダルヴァ星域で訓練をするとなると、基地の防衛を想定した迎撃戦と言った所でしょうが......」

 

「パトリチェフ准将の意見も一理ありますが、本来はランテマリオ星域近郊での迎撃戦の作戦立案が命令だったはずです。2週間のロスをどうするか?も考え物ですが......」

 

中尉の状況報告を受けて、パトリチェフ准将がやれやれと言った印象で建設的な発言をし、ムライ少将が一般論を述べる。別に意図した訳ではないが、うちの司令部はどちらかと言うと、左派の論客のような主張をする人材が多い。かく言う私もジェシカの影響で隠れ左派だ。

さすがに現役の正規艦隊司令が左派支持を公言するのもどうかと思うが、そういう風潮が強いる発言する自由の制限は、言論統制につながるものなのだろうか?とは言え、いつまでも司会進行役のムライ少将に会議の進行を押し付ける訳にもいかないだろう。

 

「フィッシャー少将、航路データを基にして、マル・アデッタ星域での持久戦のシミュレーターは可能かな?最低でも3個艦隊を相手にするものが出来れば満点なんだが......」

 

「事前にご指示頂きましたので、概略は把握しております。隕石群と宇宙潮流を仮定する事は一両日も戴ければ準備できるでしょう。より詳細なものとなると、現地に赴くしかありませんが......」

 

「それで十分です。では、余裕をもって3日後からマル・アデッタ星域での持久戦を想定した訓練に入ろうと思う。それまではアッテンボロー、お前さんが主体となって、敵を引きつけつつ退却する訓練をしてくれ。どちらにしても撤退戦や持久戦に必要な動きだからね」

 

「了解しました。早速準備します。それにしても『お偉方』の心配は杞憂なんでしょうか?航路情報の件といい、フェザーン方面の情報ばかりがやけに漏れ聞こえています。本来なら異常な事態ですが......」

 

「お偉方の気持ちも少しは分かりますな。確かにリューデリッツ伯がアイゼンヘルツ星系に着任し、旗下には攻勢が得意な新任の艦隊司令。人事まで漏れ聞こえるには、いささか早すぎる様にも感じますが......」

 

「あからさまに耳目をフェザーン方面に引きつけておりますな。イゼルローン方面に集中させないための策とも取れますし、そう見せて、油断した頃合いで再度電撃的に進駐するとも考えられます。無視するのは難しいでしょう」

 

ムライ少将がまとめてくれたが、その通りだろう。おそらく今回はあくまで耳目を引きつける策だと私も考えている。だがここに来てフェザーン進駐という寝耳に水の事態が、実際に起きた事を皆が思い出した。前回見逃したからこそ、同じ轍は踏みたくないと多くの人間が考える。そこまで読めればブラフだと判断できるだろうが、過去の失敗まで考慮すると無視はできないだろう。ましてや、政権交代が行われたばかりだ。新政権の最初の失点の責任者には誰もなりたがらないだろう。

 

「フェザーンの高等弁務官から直接政府に情報が流れているのも気にかかりますわ。本来なら、首席武官のヴィオラ大佐が統合作戦本部に報告し、情報部が精査したうえで国防委員会に上がるのが正式な手続きのはずです」

 

「大佐も上役に恵まれませんでしたな。情報部出身で、それなりに功績を上げられていたはずだ。諜報活動は噂話を集めるのとは異なりますし、情報の精査・裏取りは専門的な技能です。その専門家を飛ばして情報が聞こえてくるあたり、作為的な物を感じますな」

 

「そもそも今のフェザーン高等弁務官って、無能過ぎて本来、親父さんが興した会社を継ぐはずが、経営陣に厄介払いされて赴任したはずです。そんな人物がこんなに情報を入手出来ている時点で、おかしな話ですよ」

 

中尉の頭にはフェザーン高等弁務官の組織図も入っている様だ。そして同じ専門家として同情を禁じ得ないのか、リューネブルク准将がため息をつき、アッテンボローがこの状況の不自然さを改めて口にした。私の見解とも一致する。とはいえ命令には従わなければならない。となればやる事は明確だ。

 

「私の見解も似たようなものだが、命令には従わなくてはならない。どちらにしてもウランフ艦隊の到着までは訓練に集中しよう。政府の判断の通り、実際に3個艦隊が攻め寄せて来れば、我々だけでは時間稼ぎもままならない。合流後にランテマリオ星域へ向かうのでそのつもりで」

 

少し冷めてしまったが、中尉の入れてくれた紅茶を飲み干して会議を締める。ユリアンから『ミンツ流』を教わってくれたらしく、この航海では美味しい紅茶が飲めている。もっとも香りの立ち方が少し異なるのだが、それを言うのも配慮に欠けるだろう。会議に参加した面々がそれぞれの役目に戻っていく。

 

「閣下、如何なさいました?」

 

「いや、中尉、何でもないんだ。美味しい紅茶をありがとう」

 

そう言って誤魔化したが、おそらくアッテンボローあたりは気づいているだろう。既にイゼルローン要塞攻略戦に向けて4個艦隊は詰めに入っている。何とか成功して欲しいと思うが、帝国軍が待ちに徹したら攻略は難しいだろう。そして同盟軍は本来後詰に使えた2個艦隊をひとつ動かしてしまった。最後の最後でハイネセンを空にするのは難しい判断だ。

つまりイゼルローン方面の後詰は出来なくなった。使うかどうかは別にして、予備戦力の有無は、シトレ校長を始め、艦隊司令達の心境に影響するだろう。忘れがちな事実だが、帝国が待ちかまえていれば、後背のアムリッツァ星域に武装モジュールだけを大量に用意しているはずだ。同盟の最寄の基地はエルファシル。距離でも効率でも、再戦力化の面では勝負にならないだろう。

 

もう一つ気になるのは、誰がイゼルローン方面に割り当てられたか?だ。第三次ティアマト会戦のデータは私も何度も見直した。特に注意が必要なのは、包囲網の脱出路で巧みに出血を強いた分艦隊司令の2名と、左翼から一気に展開して包囲網を完成させた分艦隊司令と、その進撃に絶妙に連動した次鋒の分艦隊司令だろう。その4名は少なくともフェザーン方面にはいない事が確定している。今更だが、私もイゼルローン要塞攻略戦に参加すべきだっただろうか?ただ、戦力に数えるにはさすがに訓練期間が短すぎた。上申したとしても他の艦隊が優先されただろうし、部下からすれば自分たちの指揮官が『功を焦る』ように見えただろう。

 

「閣下、お疲れなら本日は私室でお休みになられますか?ユリアンからも最近あまり眠れていないと聞いてますし」

 

「いや、少し考え事をしていただけなんだ。心配をかけてすまないね。中尉。私たちも司令室に戻るとしようか......」

 

ベレー帽を被りなおして、私も席を立つ。本来ならブランデーを入れたいところだが、ユリアンは『応用編』は伝授していない様だ。それに艦隊として功績も立てていないのに、会議の場でアルコールを入れるのはさすがに不謹慎だろう。私の耳に、中尉があとに続く足音が聞こえた。


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