稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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108話:思惑

宇宙歴796年 帝国歴487年 7月上旬

首都星ハイネセン 宇宙艦隊司令本部 会議室

アレクサンドル・ビュコック

 

「国防委員会からの要望は大きくは2つだ。恐らく今年度中に帝国は内戦に突入する見込みだ。その際に何としてもイゼルローン要塞を落とす事。そしてもう一つは『航路情報』が把握されたフェザーン方面の防衛体制の確立。本来なら統合作戦本部が主管する所だが、2度とない機会でもある。諸君の意見も聞いて置きたい。忌憚なく発言して欲しい」

 

今回召集されたのは正規艦隊司令達じゃ。実質首都星から離れない第一艦隊を率いるクブルスリー提督も参加しておる所を見ると、政府もやっと重い腰を上げた様じゃな。だが、その矢先に『フェザーンの航路情報を帝国が接収していた』という情報が政府筋から入った。

本来なら帝国が進駐した時点で想定しておくべき事態じゃが、艦隊戦力の立て直しと、イゼルローン方面の前線拠点としてエルファシルに駐留基地を作ったばかりじゃ。せめて後2年あればフェザーン方面の防衛体制も確立出来たじゃろうが、攻めと守りのどちらにも配慮するのは塩梅がなかなか難しい。

 

「本来なら小官たちも現場の人間として提言しなければならない所でしたが、宣言通り帝国が撤兵した事で、選択肢から除外してしまったようです。我ながら申し訳ない」

 

「ウランフ提督、それは皆も同じだろう。何よりイゼルローン方面の体制構築が急務だった。あの時に現場からフェザーン方面の危機を上申しても、予算を割くのは厳しかったはずだ」

 

何かと内省しがちなウランフの発言をボロディンがフォローする。近くでそういう姿を見ていたからか?ボロディンはどちらというと人事を尽くしても『なるようにしかならない』と考えている節がある。足して2で割ればバランスが良いのじゃが、なかなか気質と言うものはままならないものじゃ。

 

「政府も困ったものですな。あれもこれもと言うだけなら簡単ですが、実際に動くのは我々です。内戦前夜にこのような情報が流れたのも我々が対応に苦慮するのを狙っての事でしょう。素人が好き勝手騒ぐのは勝手ですが、イゼルローン要塞を確保する事が先決では?」

 

続いて強い口調で主張したのはホーランド中将じゃった。確かにイゼルローン要塞を攻略できれば国防体制はがらりと変わるが、もし航路情報の件が事実なら仮にイゼルローン要塞を落とせたとしてもフェザーン方面から帝国軍がなだれ込んでくるじゃろう。『唯一の進路』だからこそのイゼルローンじゃったが、フェザーン方面からも進路が取れるとなれば、今までの定跡は覆るに違いない。

 

「ホーランド提督、仮にイゼルローン要塞を落とせたとしても、帝国軍は3個艦隊程度で要塞をけん制しつつ、残りの艦隊がフェザーン方面から侵攻してくるだろう。我々が使える戦力は7個艦隊。一年後には艦だけならもうひとつ艦隊を用意できるかもしれんが、帝国の正規艦隊は18個艦隊だ。フェザーン方面の防衛体制もすぐに整うものではない以上、議論は必要だろう」

 

良識人のグリーンヒル総参謀長がたしなめる様に発言した。その通りなのだが、フェザーン方面の有人惑星は少ない。だいぶ前の話じゃが、惑星開発法の対象になったガンダルヴァ星域の惑星ウルヴァシーが計画通りに開発されておればのう。立法趣旨とは裏腹に開発に失敗した場合、助成金の返還は無用という特約によって、計画的な失敗をし、助成金を懐に入れる事件が相次いだ。開発を促進したい意図があったのじゃろうが、さすがにあれは甘過ぎであったな。立法に関わった議員がリベートを受け取っていた事が明らかになり、何名か辞職したはずじゃ。

 

「フェザーン方面からの侵攻から有人惑星を守るとなると、最大限帝国軍を引き込むとしてもランテマリオ星域が限界でしょう。前線基地となり得る最寄りの惑星はガンダルヴァ星域の惑星ウルヴァシーですな。あそこは入植には結局失敗しましたが、その分、軍が自由に使えると思えば宜しいでしょう。予算がつくなら駐留基地を一年の工期で構築、ランテマリオ星域付近での数的劣勢を加味した防衛作戦案の策定も併せて行えれば上々といった所でしょうか?」

 

少し遠慮気味にクブルスリー提督が発言する。第一艦隊は別名『近衛艦隊』などと呼ばれておる。聞こえは良いが、前線に出ないという意味で他の艦隊からは揶揄される事が多かった。特に戦況が劣勢と言う事実が加味されれば、何かとやっかまれる存在じゃ。だが、ここに参加したという事は、第一艦隊も前線に出るという事じゃろう。もっとも首都星でぬくぬくしていた艦隊がどこまで戦力として通用するのか?という問題も併せて生じる訳じゃが。

 

「ヤン提督、貴官の意見も聞いておきたいところだが......」

 

シトレ長官がヤンに発言を促す。能力は儂も買っておるのじゃが、こういった場での自主性に欠ける所は相変わらずなようじゃ。ホーランドと足して2で割れば丁度よさそうじゃが、そこは言っても仕方あるまいて。

 

「はい。色々なことを度外視して考えた場合、イゼルローン要塞に質量攻撃を加え、航路として数年は使えなくすれば、フェザーン方面の防衛に戦力を集中できるのですが......。そうなれば報復として同盟の有人惑星にも同じことをされる危険があります。政府の要望を満たしうる選択肢としては、今までの議論に出た通りでしょう。イゼルローン要塞攻略戦を実施しつつ、ランテマリオ星域近辺での防衛作戦の構築を併行する形しかないでしょうね」

 

確かに要塞があるから攻防戦が必要になる。質量攻撃によって要塞を崩壊させ、その残骸によって恒久的ではないにしろ、航路として使用不能にする。要塞攻略という勝てても被害が大きい戦いをせずに済むし、少なくとも一年はイゼルローン方面を考慮しなくて済むわけじゃが......。予想では軍民含めて300万人がおるともきくし、質量攻撃を行えば、当然、帝国軍の報復を想定せざるを得んだろう。

既定概念にとらわれない目の付け所はさすがじゃが、戦争ではなく虐殺とも取られかねん。帝国軍の報復を抜きにしても政府が許可しないじゃろうな。とはいえ『勝つこと』をシビアに考え抜けばそういう発想が出てくるのやもしれん。優し気な顔をしながらそんなことを考えておったとは。戦術家としての矜持を見た思いがしたが、優し気なヤンがそんなことを考えるほど戦況が悪いのかと思うと、何やら申し訳ない気持ちになった。

 

「儂から言う事は特には無い。意見はある程度出揃ったのではないかな?あとは誰がどちらを担当するか決めればよいじゃろう」

 

本来ならシトレ長官、儂、ウランフ、ボロディンでイゼルローン要塞攻略戦を担いたいところじゃが、さすがにそれは難しい話じゃろう。イゼルローン方面にはシトレ・クブルスリー・儂、そしてホーランドが担当する事となった。前線に出た事の無い第一艦隊の手並みを確認する意味でクブルスリー提督は外せんじゃろうし、『戦いたがり』のホーランドを外せば何かと騒ぐじゃろう。儂はお目付け役といった所か。とはいえシトレ長官の応援団長を自認する以上、多少は意地を見せたい所じゃが......。

 

 

宇宙歴796年 帝国歴487年 7月上旬

首都星ハイネセン 宇宙艦隊司令本部

ヤン・ウェンリー

 

「ヤン中将、お主はやる気になれば出来る将官なんじゃ。帝国軍をあっと驚かす作戦案を期待しておるぞ。それとユリアン坊が士官学校対策に困るようなら、実技の方なら良い教官を用意できるでな。遠慮なく声をかけてくれて構わんぞ」

 

「ありがとうございます。ビュコック提督。ただ、実技の方は薔薇の騎士連隊の面々が、学科の方は士官学校次席卒業が監修してくれておりまして、卒業席次が中の上の私が口を挿めない状態でして......」

 

「うむ。それは残念じゃ。久しぶりに『ミンツ流の妙技』を楽しみたかったんじゃが、なかなかその機会が無いでな」

 

「遠慮なさらず、官舎の方にもお越しください。ユリアンも奥様のレシピにはかなり感謝しておりました。顔を出して頂ければ喜ぶでしょう。それにもうすぐフライングボールの最終戦があるはずです。提督は難しいかもしれませんが、奥様は観戦できるかもしれませんし......」

 

「それは良い。あれもきっと喜ぶじゃろう。最近、妻孝行が出来ておらんでな。またしばらくは会えんじゃろうが、お主も息災でな」

 

正規艦隊司令が集まった会議が終わってから、『紅茶派』のビュコック提督と近況を交換し合う。ビュコックご夫妻にとってユリアンは孫のような存在だ。家庭人としては欠点の多い私にとって、叔父・叔母役を自認するキャゼルヌ夫妻と同様に、ありがたい存在だった。会議室を後にして、まずは副官たちの控室にグリーンヒル中尉を迎えに行く。その途中で、意外な人物が声をかけてきた。

 

「ヤン中将、少し話せるかな?別に機密を話すわけではないし、立ち話程度の話なのだが」

 

「ワイドボーン少将、久しぶりだね。この先にラウンジがあったはずだ。予定は詰まっていないし、そこでお茶でもどうだい?」

 

珍しい事もある。ワイドボーンは『同期の首席』だったが、私の分析では少し独断の傾向が強い。本来ならラップ大佐が同期の中では将器に富んでいると思っていたが、戦傷が元で、長期療養を余儀なくされた。結果として席次が『中の上』の私が、同期で初めて正規艦隊司令に抜擢されたが、ワイドボーンも候補者のひとりだったはずだ。恨み言でも言われるのだろうか?私の中では士官学校時代に小細工でシミュレーターで勝利した際の憤懣する印象が強いので、何となくだがワイドボーンには苦手意識を感じていた。私は紅茶を、彼はコーヒーを買い、ラウンジの一角へ腰を下ろす。

 

「相変わらず『紅茶派』か。俺は未だに『ブラック派』だが、アイスなら香りはあまりたたんし、見逃してくれ。そんな顔をするな。俺も現場でそれなりに揉まれたんだ。あの時の負けはきちんと飲み込んでいるし、別に恨み言を言うつもりもないぞ?」

 

「すまないねワイドボーン。ただ、私はどうも人付き合いが苦手だし、あの時の剣幕が印象に強くてね。それで急にどうしたんだい?」

 

「うむ。イゼルローン要塞攻略戦には、ホーランド提督が参加されるのはほぼ確定だった。だから色々考える時間もあったしな。ヤンには話しておこうと思った事があるのだ」

 

そこで言葉を区切り、お互い喉を潤す。ユリアンの入れてくれる紅茶とは別物だが、人間とは便利な生き物だ。一流を知っておけば、何となくだが普及品でもそれなりに楽しめるものだ。

 

「俺なりに考えた事がある。別に誇大妄想をしているわけではないが、ヤンか、俺か......。もしくはラップがロボス提督の参謀役に付いていれば、少なくともあそこまで一方的な敗戦にはならなかったのではないかと......」

 

「ワイドボーン、私たちはあくまで命令に従うのが筋だ。そして権限にも制約がある。あまり抱え込まない方が精神衛生には良いんじゃないかな?」

 

「だがな、戦況が劣勢なまま、やっと回復した戦力を失うことになった。何か出来たのではないか?と思うとな。それにホーランド提督は必ず武勲を立てると息巻いておられるのだ。このまま行けばシトレ元帥が統合作戦本部長になるだろう。そして宇宙艦隊司令長官の後任の本命だったロボス提督がいなくなった。ホーランド提督は今、功績をあげれば自分が候補者になる芽があると思っている節がある。似たような話が最近あっただろう?」

 

確かにワイドボーンの言う通りだ。ロボス提督は大敗を喫したが、突き詰めるとシトレ元帥との出世競争に負けた事がきっかけで武勲を焦ったのが、そもそもの転落の始まりだった。確かに会議の場でも自己主張が強い印象があったが、正規艦隊司令という重責を担う人材が、個人の武勲を重視するのだろうか......。それがきっかけで大敗を喫したばかりだというのに。

 

「少し、話が逸れたな。参謀役ではないから確約は出来んが、分艦隊司令として歯止め役にはなるつもりだ。それで本題なのだがな。どちらかと言うと人付き合いが苦手だと自分でも言っていたが、『主張すべき事は主張』してほしいのだ。俺たちの世代で最高位にあるのはお前だ。それだけ伝えておきたかったのだ」

 

「わかったよ。ワイドボーン。なるべくそうするように心がける。全く、本来なら君かラップの役割だと思うのだが、方々からいろんな宿題を出されるばかりだ。いつか宿題を出す側になりたいものだね」

 

「気持ちはわかるが、うかうかしていると宿題を出す相手もいなくなりそうだしな。すまんな、急にこんな話をして」

 

それから少し雑談をして別れた。今なら彼にも将器が備わりつつあるのかもしれない。ただ、上役が無理をすればそのしわ寄せは部下に向かう。ワイドボーンとラップが偉くなってくれれば、私も少しは楽が出来るのだが......。久しぶりの再会だったが、当てにできそうな同期が一人増えた事を、私は素直に喜んでいた。

補給が済めば、艦隊の最終訓練を兼ねてランテマリオ星域へ向かう。戻ってこれるのは半年後だ。ユリアンの入試は終わった頃だろう。今更ながら大事な時に傍にいてやれない。保護者失格のポイントがまた増えたように感じ、私は頭を掻きながら、グリーンヒル中尉がいるであろう控室に足を向けた。


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