稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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107話:脚本

宇宙歴796年 帝国歴487年 6月下旬

惑星フェザーン 自治領主公邸

アドリアン・ルビンスキー

 

「ご指示の通り、同盟の高等弁務官に『極秘情報』として例の件が自然に漏れる手配は完了いたしました。愛人の事しか頭にない彼にとっては寝耳に水でしょうが、フェザーンに赴任して初めて役職に相応しい情報を本国に伝える事になるでしょう」

 

「良くやってくれた。だがケッセルリンク補佐官、君が優秀なのだと勘違いしないようにな。高等弁務官とは名ばかりで、愛人と背徳の日々を過ごしているだけの俗物だ。弁務など赴任して以来、したことは無いのだ。もっとも、余りにも愚かなので、父親が興した会社を継ぐはずが、経営陣が手を回して政治献金と引き換えに厄介払い先を政治家に用意させたそうだがな......」

 

「経営陣は厄介払いが出来、政治家たちは献金を得、フェザーンは愛人を宛がうだけで満足する安上がりな駒が手に入りました。ここで終われば登場人物が皆、利益を得る良き童話になりそうですが、そうはならないでしょう。ツケはいつか取り立てが来るものです」

 

「良くわかっているな、補佐官。首席武官のヴィオラ大佐の方は、出来の悪い弁務官を横目に情報収集は怠っていなかったようだが、どちらにしても直接『政治家』に情報が伝われば、何かしらの対処はせざるを得ん。そういう意味では丁度良い『駒』に丁度良いタイミングで事を運ぶことが出来た訳だ」

 

「しかしながら、既に帝国は一度フェザーンに進駐しております。本来なら可能性のひとつとして誰かが考えそうな事ですが、『フェザーンが有していた航路情報』を既に帝国が入手していると言う情報がそこまでの火種になるのでしょうか?」

 

「補佐官、君に実感が無いのも無理はない。厳しい経済状態の家庭に育つか、下降期の組織のトップを務める経験があれば、同盟の政治家たちが頭を抱えるのが目に浮かぶだろうな。イゼルローン方面だけ見ても、戦況は同盟がかなり劣勢だ。日々の食事に困るような状況で、未来に向けた投資などできない。誰もが頭の隅で可能性は考えただろうが、より切実な問題が山積していればそちらに目が行くものだ」

 

「そして忘れた頃に取り立てが行われる訳ですか。身から出た錆とは言え、こうも敵方に良いように使われているサマを見せつけられると、同情心を刺激されてしまいます」

 

「我々がしているのはあくまで『ビジネス』だ。登場人物全員にメリットがある商売の方が長続きするのも確かだが、そういうたぐいの商売でもないからな。今のうちにしっかり『取り立て』を行い、利益を確保せねばならん。まあ、安い投資で最大の効果を得るのも腕の見せ所だろう」

 

俺がそう言って、一旦言葉を区切ると、補佐官は納得したようだが、いささか物足りなそうでもあった。ルパートが補佐官になったのは既に大筋で形勢が確定してからだ。事前に打たれた布石の回収が多かった分、ハードな交渉事を経験する機会が無かった。既に交渉相手の選択肢を潰している以上、我々の思惑通りに動くに決まっている。この歳で補佐官になったのだ。多少は自分の能力に自負を持っても良いだろうが、変に勘違いしないか、気にかかった。

 

「帝国の方ですが、既に糧秣に関しては適正価格で契約いたしました。分散してガイエスブルク要塞に納入を開始しております。手数料を割高に設定しましたが、お坊ちゃま方は相場もご存じではないご様子でした。こちらも予定通り手筈が整いつつあります」

 

「『決起』の為の糧秣だ。さすがに帝国内で調達すれば足がつく。普通なら少しづつ糧秣を増産するなりすればよいものを......。つくづく計画性の無い方々だな。まあ、そのおかげでこちらは利益が出るのだ。ありがたく頂戴しておけばよい」

 

「主砲の換装についても議題に出るかと身がまえておりましたが話題にもなりませんでした。もしやご当主方は知らぬという可能性もあるのでしょうか?」

 

「タイミングが無かったのだろうな。同盟の政治家たち同様、分かっていてもすべき時を掴めなかったのだろう。実際に要塞主砲を換装するなど内密に出来るものではない。それを行えばほぼ叛乱を企てているとされ、その時点で取り潰される。良いタイミングで公爵家が見せしめにされたからな。規模だけはイゼルローン要塞に次ぐものだが、実際は張りぼてだ。対空砲など遠距離ビームで粉砕されるだろうが......。まあ、建設に携わった者のひとりとしては、いささか残念に思う部分もあるが」

 

「あまりにも軍部貴族の思惑通りに進み過ぎているようにも感じます。皇帝陛下の状態も良くないと聞きますし、内戦に向けた動きは加速しつつありますが、最後に踏み切る決心が出来るか?不安が残ります」

 

「それなら問題ない。どこからともなく叛徒と独自に交渉した事実が帝国に広まる事になっている。公爵家ですら潰されたのだ。日頃の言動を見れば、責任者どもを処刑台に送るような事は出来ん。そうなれば一門や寄り子を切り捨てることになる。それに自分たちが蔑ろにされている事にもそろそろ我慢の限界だろう。

アイゼンヘルツ星系からは、既にGOサインが出ている。ベストなタイミングとしては、再度のフェザーン進駐を考慮した対応を同盟が検討しているうちに引き金を引かせることだな。それに我々だけでなく、ワレンコフ氏やボルテックも色々動いている様だ。脚本が良すぎると、演じるほうも楽でよいが、いささか物足りない気もするな」

 

補佐官の手前、弱味は見せたくなかった。既に軍部貴族が主導する帝国が宇宙を統一するのはほぼ既定路線だ。その中で一番おれに高値をつける陣営にいるはずだが、筋書きは既に用意され、演技指導も完璧だ。これでは俺でなくても務まる仕事ではないのか......。

 

「畏まりました。ではご指示通りに事を進めます。追って進捗はご報告に上がりましょう。では」

 

そう言い残して、ルパートは執務室を退室した。圧倒的強者の陣営に属するのも考え物だな。何かと整い過ぎている。本来なら多少は四苦八苦する経験をしなければ、本当の強者にはなりえないものを。むしろ『伯』との交渉の地ならしを任せるべきだったか?だが、そうなれば俺の取り分を奪われる可能性もあった。俺が20代前半だった頃には、上役をどう蹴落とすかあたまの隅で刃を研いでいたのだ。血のつながりをそこまで過信するほど、俺はお人よしでもなかった。

 

 

宇宙歴796年 帝国歴487年 6月下旬

惑星フェザーン 地上車内

ルパート・ケッセルリンク

 

「いつもの所へ頼む」

 

運転手に言葉少なめに行き先を伝えると、俺はDNA上の父親との会話を振り返っていた。既に宇宙でも一握りの存在からは権威がなく、おそらく数年以内に宇宙から消えるであろう『自治領主』。その地位を投げ渡され、必死に体裁を取り繕いながら、転職先の確保に勤しむ元黒狐の有り様を傍で眺めているのは滑稽だった。さも自分が主人公のような体裁を取っているが、脚本はリューデリッツ伯が書いたものだろう。お膳立ても既にされており、マリオネットに徹する事が出来るなら誰にでも務まる配役だ。

脚本が良すぎると逆にキャスティングに困る事もあるらしいが、優秀だと自負するあの男への配役が『マリオネット』とは皮肉が効いている。ドミニクも言っていたが、要は踏み絵をさせられている状況なのだろう。信用してもらうために、馴れない尻尾振りを必死にしているのかと思うと、溜飲が下がった。ただ、俺と母を捨てて進んだ道の終着点がそれか?という思いもあった。そうこうしているうちに、見慣れた歓楽街の一角で車が止まる。

 

「今日はここまででよい。いつもすまんな」

 

そう言い残して車を降りると、通い馴れた道を通り、指紋認証システムに手をかざして看板の無いドアを開ける。通路を進むと広々としたエントランスがあり、ここが高級クラブであることがやっと明らかになる。

 

「あら、ルパート。今日は遅かったのね。もっとも定休日だから気にする必要もないのだけど」

 

広めに設計されたラウンジの一角から、ドミニクが気だるい感じで声をかけてくる。人によってはこの気だるさが良いらしいが、俺の趣味ではなかった。もっとも父親の愛人だ。そんな対象とはそもそも思えなかった。

 

「マリオネットを必死で演じている所を見ていると滑稽でな。少し長居してしまった」

 

そう言いつつ、自分でアイスペールから氷をロックグラスに入れ、2フィンガー分のウイスキーを注ぎ入れる。ここに通うようになってしばらくは素面を通したが、毎回、横で気だるげに酒を飲まれているうちに自然と付き合うようになった。そういう意味で、ドミニクは酒を飲ませる事については天性のものをもっているらしい。

 

「仕事は楽しくやるに越したことは無いけど、余り楽しみ過ぎるのも考えものよ? 笑われていると勘づかれると厄介だし、喜劇を見るなら最後まで自分が笑えないといけないわ」

 

「確かにな。精々筋書きが上手すぎて、張り合いを感じられない若者を演じておくさ。今更『黒狐』と心中するつもりもないしな。自分で無くてもできる役割だと勘づきながらも、周囲にはそれを悟らせないように必死に演技していたよ。少なくとも引き金が引かれるまでは、本筋から逸脱するような事はなさそうだ」

 

「それは良かったわ。要注意人物の愛人だったなんて経歴に書かれる事になれば、おちおち大人の社交場の経営なんてしていられなくなる所だもの。勝敗を受け入れてしまえばもっと楽になるだろうに。ルビンスキーも案外不器用な所があったようね」

 

そう言いながらドミニクは、お気に入りの『レオ』を楽しんでいる。楽しんでいるのは『レオ』か?『苦渋する黒狐』か?判断に悩むところだった。

 

「そうそうルパート。預かっている物があるわ。受け取るかは貴方の判断だけどね」

 

そう言いながら、手元の端末をこちらに差し出してくる、何かと思ったが、内容は帝国銀行の俺名義の口座の情報だった。

 

「どういうことだ?俺はこんな口座を作った覚えはないんだが」

 

「察しが悪い男性は嫌われるわよ?女性にも『伯』にもね。貴方が言った通り、内戦が起きてから勝手なことをするのでは?とご不安らしいわ。そこで影のお目付け役をお探しだったらしいの。『元愛人』としても身の安全の確保と、一生困らない資金がもらえるなら喜んでお受けするわ。断る理由も無いしね」

 

確かに『伯』との伝手は喉から手が出るほど欲しかったが、それを得ようとすれば『黒狐』が邪魔だった。だが、どうやって......。

 

「宇宙を統一した後、それを発展させていくにはフェザーン人の感性も必要と判断されたそうよ?ワレンコフ氏もだいぶ貴方を評価している様だわ。良かったわね。野心を見せていたらこの話は無かった。輸送船が何隻買えるかしら?若手の独立商人がこの話を聞いたら、さぞかし嫉妬するでしょうね」

 

「なぜ俺に恩を売るマネをする?てっきり黒狐側のお目付け役だと思っていたが......」

 

「そういう選択肢もあったわね。ただ、当の本人が転職活動に必死だもの。部下が良い条件で転職するのも道理ではないかしら?それに投資は早いほどリターンが大きい物よ?自分の身の安全とビジネスの成功を考えれば当然の事ではないかしら?」

 

当たり前の事のように話すドミニクを見て、『したたかさ』と言う物の本当の意味を知ったように思った。

 

「これが裏切りに映って信用されないのではないか?と迷うのは杞憂よ。ただし、最初は何を指示されても心してやり通す事ね。そうすれば試用期間はすぐに卒業できるし、貴方に相応しい役割も用意されるわ。何度も言うけど父親と同じ轍は踏まないようにね。折角の投資が無駄になるのは私も嫌だもの」

 

ドミニクはそう言うと、いつもより嬉し気に『レオ』が入ったグラスを煽った。俺も気を落ち着かせるようにウイスキーを口に含んだが、おそらく見透かされていたのだろう。一瞬、こちらに視線を向けたドミニクの口元には、確かに笑みが浮かんでいた。


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