稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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104話:元帥会議

宇宙歴796年 帝国歴487年 5月上旬

首都星オーディン 宇宙艦隊司令本部 貴賓室

ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ

 

「こうして宇宙艦隊の元帥が一堂に会するのも久しぶりの事ですな。昇進するほど、自由がなくなる物と覚悟はしておりましたが、お互い気軽にお茶を飲むにも何かと配慮が必要になりました。いささか寂しく思う所がありますな」

 

「兄上、我々はまだましな方でしょう。もともと昔馴染みのような所がありますし、血縁でもありますから。尚書方ともなると、内密に会合などすれば勘ぐられますから、おちおち会食も出来ない政局のようですよ?」

 

「政局が理解できていないのは、門閥貴族のお坊ちゃま方だけでしょう。あれだけあからさまに動いて勘づかれないとでも思っているのですから......。私の場合は皆さんが行き来してくれるので、久しぶりな気はしませんが、一堂に会するとなると、年甲斐もなく嬉しくなってしまいますね」

 

「そうだな。確かにいつの間にやら『そういう物だ』と慣れてしまったが、今となっては正規艦隊司令に着任して、自分なりの試行錯誤をやっと実戦で試せる立場になった頃が一番楽しかったやもしれんな。宇宙艦隊司令長官となってからは、何かと配慮する事が増えたようにも思うし、貴官らが色々と配慮してくれねば、とても務まらなかったやもしれぬ。改めて礼を述べさせてくれ」

 

帝国元帥となった我々が一堂に会するには何かと理由が必要だ。艦隊を組めば話は別だが、会食する機会があるのは前線総司令部で補給するタイミング位だろうか?帝都に戻れば普段留守がちな分、何かと時間がとられる。宇宙艦隊に所属する5名の元帥が一堂に揃う事は本人たちの関係性の良さとは裏腹に、めずらしい事だった。

 

「光栄な事に存じます。ありがとうございます」

 

本来ならもう少し気の利いた言葉を言えれば良いのだが、未だにそう言う事は苦手でもある。もっともそんな私でもしっかりと実績を評価され、数個艦隊の指揮をとる立場になり、いつの間にやら元帥号を与えられた。任官直後の帝国軍の風土では、よくて正規艦隊司令になれたかどうかだろう。そういう意味で、下級貴族出身の私にとっては出来すぎた栄達をしたものだと、たまに夢ではないかと思う時がある。

 

「メルカッツ先輩は相変わらずですね。とはいえそれが先輩らしさですから、今更ながらホッとしますよ」

 

私を陰で押し続けてくれたリューデリッツ伯が嬉し気にこちらに視線を向ける。それを言うならお主も同様であろう。普通に見ればとんでもない事をさらりと成し遂げ、功を誇るでもない。私だけでなく若手も含めて人材を発掘し、育て上げたが恩に着せるわけでもない。今の戦況の本当の立役者が先代のシュタイエルマルク伯とリューデリッツ伯であることは、我々は十分理解している。それなのに当の本人が支援役を笑顔で務めてくれた事でどれだけ円滑に体制が維持できたか......。理解している者は感謝し、そうありたいと手本にする者も多かったはずじゃ。

 

「それで、今回集まってもらった理由なのだが、内戦にあたっての体制については軍務尚書と統帥本部総長からご内諾を頂くことは出来た。ただ、その場でお二人も内戦後に退役する意向を伝えられてな。尚書職の後任にルントシュテット伯、総長の後任にシュタイエルマルク伯を......という意向があるとのことなのだ」

 

うむ。軍務尚書ともなると政治色が強いように感じるが、公明正大たらんとするルントシュテット伯なら変に勘ぐられる事は無いだろう。統帥本部総長はいわば軍部の作戦の元締めでもある。『戦術家』としての名声を高めつつあるシュタイエルマルク伯なら確かに適任だが、そうなると宇宙艦隊司令長官はどうするのであろうか。本命はリューデリッツ伯といった所であろうが......。

 

「となると我らが副司令に就く話は撤回という事でしょうか?ある程度独立した行動が必要になる以上、必要な措置だと考えておりましたが......」

 

「うむ。宇宙艦隊だけを考えれば、ルントシュテット伯かシュタイエルマルク伯に後任をと考えていたが、こうなるとどのような形が良いのかをもう一度相談したいとも考えていたのだ。内戦後の体制を踏まえて、どんな形が良いか?卿らの意見を確認しておきたいのだ」

 

こういう事はリューデリッツ伯の得意分野であることはこの場の全員が承知している。自然とリューデリッツ伯に視線が集まった。

 

「軍務尚書にルントシュテット伯、統帥本部総長にシュタイエルマルク伯が着任するとなると、さすがに私が宇宙艦隊司令長官になる訳には行きませんね。今は別の家を継いでいるとはいえ、兄弟で3長官職を独占するというのは、外聞からしても良くないでしょう?」

 

そこで一旦言葉を区切り、用意されていたお茶を飲む。宇宙艦隊だけを考えれば、心無い事をいう者はいないとは思うが、兄弟で要職を独占するというのは、確かにそれだけで妬みの種にはなるだろう。

 

「また、いきなりトップと言うのは引継ぎ上無理がありますから、次官職に就くことになると思います。そういう意味では宇宙艦隊司令長官の後任も。副司令を経験したほうがスムーズに引継ぎが出来る以上、副司令のひとりは、宇宙艦隊司令長官の後任者に任せた方が良いでしょうね」

 

そこでリューデリッツ伯は私に視線を向けてから話を続けた。

 

「宇宙艦隊司令長官の後任はメルカッツ元帥にお願いしては如何でしょうか?内戦の勝利を前提に話を進めますと、その次の区切りは叛乱軍との戦争の決着でしょう。長くても5年、その位の期間なら我らも現役でしょうし、なにかとお支え出来るでしょう。メルカッツ元帥は用兵の練達さも宇宙屈指ですが、それ以上に人格者でもあります。戦争を決着させた宇宙艦隊司令長官ともなれば、退役後も軍の宿将として『ご意見番』のような立場にできるでしょうし、長い目で見ても軍の為になる人事だと思いますが......」

 

「なら、副司令官はメルカッツ元帥にお譲りしよう。軍務尚書に就く以上は『箔付け』の意味でも副司令長官についておいた方が良いだろうし、逆に統帥本部総長が副司令長官経験者というキャリアは前例がなかったはずだ。変な前例になっては後々人事がやりにくくなりそうだしね」

 

シュタイエルマルク伯が納得するように発言された。あまりに展開が早くてついていけなかったが私が宇宙艦隊司令長官になるという事なのだろうか......。

 

「お待ちください。小官は元帥号を得ただけでも過ぎた栄達だと思っておりました。下級貴族出身であることも考えれば、さすがに宇宙艦隊司令長官になるのはいささか無理があるのではないでしょうか?」

 

「うむ。前例を作るという意味でも良い人事やもしれぬな。既に正規艦隊司令はコーゼル大将の前例がある故、平民出身者を抜擢する事が出来た。将来どうなるかは分からぬが、『実力主義』を取る以上、長官職の候補者に平民出身者がリストアップされる事もあろう?メルカッツ元帥自身が言われた様に、前例がなければ何かとその時の上層部は悩むであろうが、卿が長官職に就けば、地ならしにもなるという事だ。将兵たちの励みにもなるやもしれぬな」

 

ミュッケンベルガー元帥も、賛成するように発言される。本当に大丈夫なのであろうか......。視線をルントシュテット伯とシュタイエルマルク伯に向けるが、安心させるようにうなずくだけだった。

 

「戦後の事を考えても良き人事案だと思いますよ?終戦直後はともかく、中期的には12個艦隊、最終的には8個艦隊位まで軍縮が求められるはずです。そういう意味でも兵士たちに人気があるメルカッツ元帥が後ろに控えていれば、その時の上層部も安心できるでしょう。もっとも、退役した者たちの『職』は十分に用意するつもりですが......」

 

「そこまで言って頂けるなら、このお話、謹んでお受けいたします。小官は軍部の象徴と言う意味でローエングラム伯も候補に入るかと思っていたのですが......」

 

「彼には軍の重鎮になるべく教育を用意しましたが、経営の分野でもかなり厳しく仕込みました。終戦後は軍部と言うより帝国全体を視野に動く王配としての役目が求められるでしょう。それこそ『箔付け』の為に副司令長官にして頂ければ、本人の為にもなると思いますが、ずっと軍にはいられないのも確定的ですからね。しっかり支えますから、ご安心ください」

 

こうして、私が『次期宇宙艦隊司令長官』となる事が決定した。まだ不安な部分もあるが、引きうけると言った以上は精一杯努める所存だ。とはいえ早速宿題が出来てしまった。昨日までは、ローエングラム伯は『いずれは』宇宙艦隊司令長官になる予定の人材だった。これは周囲もそう思っていたはずだ。私の後任を彼以外から探すとなると、もう一度、正規艦隊司令のリストとにらめっこする必要があるだろう。ケンプ、ファーレンハイト、ビッテンフェルト......。戦時ならともかく平時に軍縮を進める中での長官職は厳しいだろう。予算を増やせと怒鳴り込むくらいはやりかねん。片手間では済まない宿題に、早速頭の痛くなる思いがしたが、これだけのお歴々が支えてくれるのだ。後任人事も相談すれば解決の糸口がきっと見つかるだろう。


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