稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生   作:ノーマン(移住)

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103話:結成式

宇宙歴796年 帝国歴487年 5月上旬

首都星ハイネセン 軍公用車 車中

フレデリカ・グリーンヒル

 

「それにしても結成式の挨拶かあ。おいおい考えれば良いと思っていたらとうとう当日になってしまった。私はどうもこういうのは苦手でね」

 

ヤン中将があの時のように困った様子で頭を掻いている。あの時も閣下はやるべきことをやるべき時期にしっかりなされた。自分を実際より大きく見せる為に大言壮語するより余程指揮官として大切なことだと思うけど......。

 

「艦隊の司令官は閣下なのですから、前例やほかの提督方をお気にされず、自分流で済まされれば宜しいと存じますわ。国防委員長や宇宙艦隊司令長官も参席されますし、こういう催しに必要なスピーチは、御二人にお任せしてしまっても宜しいと存じます」

 

「そうだね。最初から無理をしても後々まで続かないだろうから、そうする事にしよう。今朝の紅茶も最高の一杯だったし、そういう日常の幸せも、生きて帰る理由には十分なるだろうしね......」

 

私の言葉がきっかけになったらしい。閣下はおそらく結成式の挨拶を考え始めたのだろう。すこしうつ向きながら考え事を始められた。少しはお役に立てた様で嬉しく感じてしまう。副官に推薦して頂いたキャゼルヌ少将からも『思春期を宇宙船の艦内で過ごした影響か、一般常識や人付き合いが苦手なのでフォローして欲しい』と訓示を頂いている。私もあまり社交的な方では無いけど、しっかりお支えしなくては......。

 

考え事に集中している閣下を横目に、私はヤン中将の副官を拝命し、ご挨拶に伺った際の事を思い返していた。宇宙艦隊司令部のヤン中将の執務室にノックをして入室する。『エルファシルの奇跡』以来、階級を駆け上がって中将になられた閣下が、当時のヤン中尉にサンドイッチを差し入れた少女の事など覚えていないだろうと思っていたが、『もしかしたら』と淡い期待もしていた。

 

「申告します。閣下の副官を拝命しました。グリーンヒル中尉です。よろしくお願いいたします」

 

私を見る閣下の様子から想定外だったように感じ、当初は『グリーンヒル大将の娘』を副官にするのはさすがにやりづらかったかと不安になったが......。

 

「すまない。『士官学校次席卒業』としか聞いていなかったものだから。大きな敗戦を経験して兵士たちの気持ちを立て直す所から始めることになる。色々たいへんだと思うがよろしく」

 

あの時も困った時の癖で頭を掻いておられた。女性だと聞いていなかったから反応に困ったと後から聞かされてホッとした事は、私だけの秘密だ。その後すこし考え込むそぶりをされてから

 

「私はどうも人付き合いが苦手なんだが、もしかしたらどこかで会った事はあるかな?間違っていたら申し訳ないんだが......」

 

と言って下さった時には嬉しさを堪えるのが大変だった。『エルファシルでサンドイッチを差し入れた』事を伝えると、思い出して下さり、その後どうしていたのかを聞いて下さった。閣下はその後、戦災復興支援法が適用されたエルファシル星系で、復興初期の活動にあたられたはずだ。一方、グリーンヒル家では、あの避難生活がきっかけであまり身体が丈夫ではなかった母が病に倒れ、父の勤務するハイネセンへそのまま移住することになる。

 

そして進路を決める際に何かと留守にしがちな父と私だけになった時、思い切って士官学校を受験する事にした。父は自分の影響だと今でも思っているはずだが、差し入れたサンドイッチをのどに詰まらせて、慌ててコーヒーを差し出し、それを飲んで命拾いしたにも拘わらず、『どうせならコーヒーより紅茶が良かった』と言ってしまう、どこか放っておけない中尉さんを追いかけての事なのも、私だけの秘密にしている。

 

「閣下、まもなく統合作戦本部に到着いたします。ご準備をお願いいたします」

 

ふと窓の外を見ると、特徴的な統合作戦本部のビルが視界に入っていた。慌てて思考を止めて閣下に一言添える。

 

「うん。ありがとう。何とか挨拶もまとまったよ。後は壇上で居眠りしない様にしないとね。最近よく寝れていないんだ。今までは観客席だったから静養の時間に当てられたんだが、壇上に席がある立場でそれは出来ないしね。せめてコーヒーではなく紅茶が飲めればなあ」

 

「今回は国防委員会主催ですので難しいと存じますが、次回から紅茶もご用意するようにいたしますわ」

 

ヤン中将と親しいシトレ元帥を中心とした提督方は『紅茶派』が多い。そしてそのきっかけになったのが、閣下に養育されているユリアン君のお父様らしい。お父様から教わったらしく、閣下の身支度を待つ間に私にも振る舞ってくれたが、確かに今まで飲んだ紅茶とは別の物だった。副官ともなれば好みに合わせた紅茶の入れ方も学んだほうが良いだろう。一度ユリアン君に相談してみても良いかもしれない。

後はサンドイッチを始めとした挟むもの以外のレシピもマスターしたほうが良いのだろうけど、やっと傍でお役に立てるようになったのだ、あまり焦るのも良くないだろう。一つひとつ解決していこう。考えがまとまった所で、ちょうど大講堂のエントランス前に到着した。まだ開始時間に間がある。控室で寛いで頂く猶予は十分にあるだろう。

 

宇宙歴796年 帝国歴487年 5月上旬

首都星ハイネセン 統合作戦本部 大講堂

ヘルマン・フォン・リューネブルク

 

「激戦を潜り抜けた諸君が、再び戦力として力を取り戻すことが出来ると私は確信している......」

 

ヤン艦隊の結成式が始まって小一時間。国防委員長の挨拶が始まっていたが、俺はどうもトリューニヒト委員長の演説が肌に合わない。帝国貴族でも恥じ入るほど美辞麗句に彩られている。本来、こういうスピーチは他者を圧倒する実績と実力がある人間にしか似合わないものだ。それにそういう人物は言葉を飾らなくても自然と様になるから、美辞麗句を使う必要が無い。

素人が軍部に口出しすると大やけどをすると分かっているらしく、介入が少ない事は評価できるが、それだけの男だ。自滅した右派の取り込みに成功し、おそらく次期、最高評議会議長の最有力候補がこの程度の人材とはな。戦況が不利になって数十年、市民たちも『現実』を直視したくないのかもしれんが、この程度の男が国家元首になってしまう国体というのもどこか間が抜けているようにも感じる。

 

「リューネブルク准将、お役目とは言え、歯の浮くようなセリフをああも並べ立てる演説を聞かねばならないとはやり切れませんね。これなら訓練でもした方が有意義でしたよ」

 

忌憚のない表現で話しかけてきたのは、副連隊長役のリンツ大佐だ。俺が率いている薔薇の騎士連隊は亡命者の子弟で編成された部隊だ。彼も亡命2世だし、帝国の貴族様ならともかく、『現実』を市民に直視させねばならない『民主制の政治家』が美辞麗句を並べ立てる事に違和感を感じているのかもしれない。

 

「リンツ、そう言う事はあまり大声では言うなよ?そうでなくても艦隊戦力に予算を取られて陸戦隊は縮小される一方だ。今回、ヤン提督の引きが無ければ、俺たちもお払い箱になっていたやもしれんからな」

 

「承知しております。ここだけの話ですよ。ただ最前線の血みどろを一度でも見ていたらあんな美辞麗句で飾り立ててもきれいな物にはならないと分かるでしょうに。まあ、従軍経験はあると言っても後方勤務でしょう。素人だから現場に口を出さないのは評価できますが......」

 

思わず苦笑してしまった。最前線を知っている人間には確かにどこか違和感を感じるようだ。そんな人材が右派のとりまとめ役なのだから、同盟の右派の甘さも見当がつくというものだ。

 

「続きまして、新しく司令官に就くヤン中将、お願いいたします」

 

司会役の言葉で、意識が壇上に戻る。ヤン中将からのオファーは『同盟屈指の陸戦力と、帝国の知識を少しでも作戦に組み入れる為』という名目だった。出番があるとすれば、帝国への旅路の門番のように鎮座する要塞の女王の攻略戦だろう。さて、まずは『挨拶』でお手並み拝見と行くか。

 

「司令官に着任するヤン・ウェンリーです。私はどうもこういうのは苦手なんだが......。私の今の生き甲斐は、毎朝のむ紅茶だったりする。みなにもそういう『日常の幸せ』が一つくらいあるだろう。死んだらそれも楽しめなくなる。なので死なないように戦い抜こう」

 

こういう場での挨拶と言うより、30秒スピーチといった所だが、不思議と感じるものがあった。リンツに目線を向けると毒気を抜かれたような顔をしている。さんざん美辞麗句を聞かされた後だからか、新任の司令官が部下の心をつかむとっかかりとしては十分だろう。国防委員長を出汁にしたとしたら、それはそれでゆかいな話だ。その後、司令部の面々が紹介されていくが、鬼才のヤン提督の周囲を固めるには意外に良い人事だ。

 

『艦隊運用の生き字引』のフィッシャー少将を副司令に、『たたき上げ』のカールセン少将、『攻勢』のグエン准将、そしてウランフ艦隊で頭角を現したアッテンボロー准将が分艦隊司令を担当し、『常識』のムライ少将と『配慮』のパトリチェフ准将、そして『作戦家』として定評があるラップ大佐が参謀周りを固める。鬼才にありがちな周囲を置いて行ってしまうあたりを上手くフォローできる体制と言えるだろう。

 

「隊長、この人事は意外と当たりかもしれませんね。まだ予感ですが、俺の予感はよく当たりますから」

 

「よく言うぜ。お前の予感が当たるのは失恋の時だけだろうが。もっとも成功したためしがないから参考にもならないだろうに」

 

隊員達が野次りつつも笑い出す。予感の件が心配だが、確かにこの艦隊は当たりだと俺も感じている。後は陸戦の出番が来るかだが、そればかりは帝国ありきだ。部隊が維持できる以上、しっかり牙を研いでおくことだ。戦争が続く以上、陸戦の出番は必ずあるのだから。


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