ソユーズ少佐の皇国軍戦記   作:kuraisu

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トゴレス消滅の報告

風の月(4月)22日。

国境の長城要塞の一室にて。

 

「ベルファー、この報告は冗談だろ?」

「そう言いたい気持ちは察して余りありますが事実です」

 

ベルファーは自分も信じられないという顔をして私の問いにそう返した。

ため息をひとつつき、私は再び報告書に目を落とす。

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蒼龍軍の支援を受けた朱雀軍の攻勢に皇国軍はトゴレス要塞にて防衛戦を展開。

しかし徐々に押され始め、皇国軍は撤退を開始。

第一二軍団長シュミッツ中将自ら司令室内で殿の指揮をとる。

しかし要塞司令室が落とされる直前にシュミッツ中将の戦死を確認。

その後カトル准将が新型鋼機を操り、トゴレス要塞に合流。

候補生部隊を中心に撤退までの時間を稼ぎ、カトル准将も撤退。

その後、ルシ・ニンブスを要塞内に送り込むところまでは成功。

しかし朱雀軍も直後に撤退を開始。

そして甲型ルシを要塞に投入し甲型ルシ同士の戦闘に突入。

トゴレス要塞及びその周辺の大地がルシの戦闘によって消滅。

結果、朱雀軍に損害を与えることには成功したものの要塞の防衛には失敗した。

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「……本当にルシはまわりのことを考えんな」

 

要塞内にもまだ息のある者はいただろうに。

 

「ルシと言っても所詮はクリスタルの奴隷、人のことなどどうでもよいのでしょう。もっともそれを言うならば我々は家畜にすぎませんが」

「随分な物言いだな大尉。旧帝室軍部の連中に聞かれでもしたら面倒なことになるぞ」

「ですが事実は事実。だからこそ現状を打破せんと我々はクーデターを起こしたのではありませんか」

「それ以上言えば軍法会議ものだぞ」

 

私はベルファーを睨みつける。

 

「失礼、口が過ぎました」

「そうだ。幾ら身内と言えど最高レベルの機密情報をそうそう言うものではない」

「……」

「いいか、我等はあくまで行方不明になられた皇帝陛下の代理として白虎クリスタルの為に働いているんだ」

「……ハッ」

 

ルシにあまり権力を持たせないミリテス皇国といえどルシの影響力はある。

あまりに圧倒的な力を持つから当たり前の話ではある。

民衆というものは形ある物を信じたがる。

ルシはクリスタルによって選ばれた者。

ルシが自分達を守ってくれるならば民衆はクリスタルを信仰しだす。

たとえクリスタルやルシからどう思われていようとだ。

 

「よ~邪魔するぞ」

 

ルーキンがまた部屋に入ってきた。

ここ最近いつもだな。

 

「少佐、またリグティ大尉に仕事を押し付けてきたのですか?」

「おうともよ!」

 

ベルファーの問いにルーキンは得意げに肯定する。

その様子を見てベルファーが自分の米神をおさえている。

ここ最近よく見る光景だ。

 

「なぁソユーズ。トゴレスのことだが――」

「トゴレスがルシの激突で消滅したって話ならもう聞いたぞ」

「いや、トゴレスの戦いでの各国の被害の数値が出たんだ」

「は?いや、皇国軍の損害がわかったのはいいとしてなぜ敵国の被害状況まで?」

「例によって蒼龍の王家とのパイプからだ」

「……普通なら蒼龍人はいつも外見とのギャップに驚かされるがあいつは見た目どおりだな」

 

蒼龍人は大人でも子供のような背丈だ。

50歳くらいの人物でも子供と見分けはつかない。

蒼龍人同士ならわかるそうだが……少なくとも皇国人である私に大人と子供な外見的差がわからない。

だが、皇国に通じている蒼龍の王家の奴は外見どおりの頭の出来をしている。

驚くべき事にあれで大人だとか……

 

「だから使いやすい……だろ?」

「違いない」

 

私は軽く笑い、ルーキンから手渡された資料に目を通す。

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上記のような経過を辿り、トゴレス要塞は消滅、戦闘は終了した。

結果として数時間に及ぶ【トゴレスの戦い】は朱雀軍・蒼龍軍の圧倒的勝利と言える。

しかしながり下記の通りの損害を各国が蒙っている。

朱雀

戦死者一万八百六十六名。

負傷者一万九千四百一名。

蒼龍

戦死者七百十二名。

負傷者千二百三名。

皇国

戦死者二万九千五百七十六名

負傷者不明(五万以上は確定)

これに加え、トゴレス要塞そのものがルシの戦闘によって消滅。

朱雀軍がトゴレス要塞を拠点として活用できなくなった点も踏まえると痛みわけ。

それが【トゴレスの戦い】におけるミリテス皇国の見解である。

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痛みわけにしてはやや損害が大きすぎる気がするのだが……。

いや、甲型ルシも軍の命令に従うということを朱雀が知った衝撃も大きいだろう。

なら痛みわけと言っても差し支えないか。

 

「そういや今回の戦いで有能な将校を失ったらしいな」

「ああ、シュミッツとかいう中将か。知らないというか覚えてないというか……だが、記録によると有能な人だったみたいだな」

「次期大将候補で部下からも上層部からも高評価だったらしいからスゲェ有能だったみたいだな」

「それはさぞ無念だっただろうな」

「そうですね。一度墓参りに行ったほうがいいかもしれませんね」

「おい、ソユーズも大尉もなにを言ってるんだ?時間の無駄だろう」

 

ルーキンの非情ともいえる言葉にベルファーが反発した。

 

「いくらなんでも非情に過ぎませんか、ルーキン少佐」

「ん?なにか間違ってる事でも言ったか大尉?」

 

ルーキンが不思議そうな顔をしてベルファーを覗き込む。

その態度にベルファーが文句を言おうしたのを私は手で制する。

 

「おい、ルーキン。お前の死者に対する弔い方は私も知っているが一般的なものじゃないだろ?」

「まぁ俺みたいな考えの奴等だらけなら墓地の経営が難しくなるな」

「要するにお前みたいな考え方の奴は少ないんだ。だからあまり触れないでやれ」

「……それもそうだな」

 

ルーキンはそう言うと後は普通に談笑をした。

やれ朝食のボルシチが物凄く不味かったとか、

とある部隊に所属している中尉はゲイだとか、

シド元帥に愛人がいるという噂などなど。

そんな事を話し終えるとルーキンは部屋から出て行った。

そして私も書類仕事に集中しようかとしたらベルファーが問いかけてきた。

 

「あの、ルーキン少佐の死者への弔い方ってどういうやり方なのですか?」

「……死者というよりは戦死した軍人への弔い方って言ったほうがいいな」

「戦死した軍人への?」

「ああ、上司が死んだのであれば部下である自分たちが命令を達せなかったことに、

部下が死んだならば自分の指揮が悪かったことに対してあいつも後悔はある。

しかしながら死んだ奴に何と言う?覚えていない奴にどう悔やめばいい?

たとえ近しい戦友であったとしても死ねばその戦友の記憶は失われ、涙を流すことすらできない。

ならば弔いの仕方はただ一つ。勝つ事だ。彼らを殺した敵を打ち倒す事。

それだけが戦死していった者たちが望んでいた事で唯一確かなもの。

なれば自分が名も思い出せない彼らの確かな望みを叶える。

それがルーキンの戦死していった者達への弔い方だ」

「なんというかあっさりしてますね。そう簡単に割り切れないものでしょう」

「そうだな。だが兵が戦場を何度も経験して慣れていくようにそうなった」

「ということは――」

「毎日のように仲間の屍を踏み越えて私達は生き残ってきた。敵陣で孤立して死ぬかと思った事もある」

「私達?」

「知らなかったのか?昔、私とルーキンは同じ隊に所属していた」

 

あの頃はまだ私達が尉官だった頃で朱雀との紛争によく投入されていた。

ある紛争で私が所属していた大隊は突撃しすぎて敵陣に300名前後で孤立した時は本当に死ぬと思ったものだ。

孤立した私達は北上して戦線を離脱、国境付近の川の上流に飛び込んでビックブリッジまで泳いで生還した。

それで敵陣から無事帰還したことを評価されて私は中尉から大尉に昇進したんだが。

 

「いま思えばあの時どれだけ無茶したんだあの頃の私は」

 

若かったからやれたとしておこう。

当時もう30代後半に突入していた筈だがそうしておこう。

誰がなんと言おうと若かったからだあんな真似できたのは。

ビックブリッジに帰還できた兵が30名くらいしかいなかったし。

確か結果としたあの紛争は朱雀の勝利。

皇国軍の指揮を執っていた将校共は軍法会議にかけられて処刑されたと聞いた。

なんでもウイスキーを飲みながら指揮を執っていたとか……

当時どれだけ軍が腐敗していたがよくわかる話だ。

 

「少佐」

「なんだ」

「私は少々ルーキン少佐を誤解していたかもしてません」

「具体的にはどういう風に?」

「無責任で仕事を部下に押し付け、自分は楽をするだけの害悪だと」

「今の軍じゃそんな奴は粛清されるよ」

「ですから私も不思議に思ってました。なんであんな奴と少佐が仲がよいのかと」

「私も不思議だ。だがルーキンはいざという時は頼りになる男だよ」

「そうですか」

「……問題はいざという時しか頼りにならないことだ」

 

本当にルーキンは平時の勤務態度が酷いにも程がある。

事実ルーキンがなかなか大尉から少佐に昇進できなかった一番の理由である。

戦場にいるならばかなり頼りになるのだが……

 

「誰にも欠点はある、といこうとでしょうか?」

「大尉の言う通りということにしておこう」

 

私が疲れた声でそういうとベルファーは苦笑した。


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