ソユーズ少佐の皇国軍戦記   作:kuraisu

8 / 35
雑談

風の月(4月)18日。

選抜連隊はリウンン丘陵に基地を新設し、国境の長城要塞に駐屯していた。

かの【朱の魔人】の噂はおひれがついて皇国軍の末端まで伝わっていた。

正体がよくわからない為、10年前の【朱雀四天王】より恐怖が伝わっている。

 

「少し休もうか」

 

要塞の一室で書類仕事をしていたがひと段落したので休憩をとることにする。

 

「大尉、お茶を」

「了解しました」

 

イネス大尉はそう言うとティーセットをいじりだした。

その様子を見て、なんとかなったかとは思う。

まだ本調子とは言い難いが公務に差し障りがでない程度には落ち着いた。

 

「どうぞ」

「ああ」

 

イネス大尉に出されたカップを自分の口に運ぶ。

 

「うまい」

 

なんとも絶妙なバランスで砂糖とミルクが入れられている。

相変わらずイネス大尉は紅茶をいれるのが上手すぎる。

そんなことを思っているとドアがノックされた。

 

「邪魔するぞ」

 

そう言いながらルーキンが部屋に入ってきた。

 

「おや、お仕事はまたリグティ大尉に押し付けてきたのですか少佐」

「押し付けてきたと決めつけるな。今日はもう俺の仕事が終わったんだよ大尉」

「相変わらず君たち仲悪いね」

 

どういうわけかルーキンとイネス大尉の仲は悪い。

なんというか馬が致命的に合わないんだろう。

 

「イネス大尉、ベルファーと交代してもかまわんぞ」

「お言葉に甘えさせていただきます」

 

私の言葉にイネス大尉は即そう返事をして部屋から出て行った。

うん、紅茶をいれてくれた後でよかった。

 

「そういや今度のトゴレスでの作戦を聞いたか?」

「ああ、聞いたよ」

「まさか甲型ルシを作戦に組み込むとは皇国も変わったもんだ」

「なにを今更。シド・オールスタイン元帥が国政を担うようになって以来、皇国は休む暇なく変わり続けているだろ」

 

そうだ彼が国政を担う容認ってから皇国は変わり続けている。

ルシを国の意志で動かせるようになった。

貴族の専横がほぼなくなった。

常備軍の規模が3個軍80万規模だったのが5個軍120万規模に巨大化した。

クリスタルジャマーなどの兵器でクリスタルの力を封じることにも成功した。

国内の食事事情も僅かながら改善されている。

本当に私が子どもだった頃と比べ変わったものだ。

 

「トゴレス要塞を任されてる将官は――」

「第一二軍団長のシュミッツ中将だっけな」

「あの人は次期大将候補とも言われる人物だ。個人的に面識もあるから戻ってほしいが……」

「無理だろ。シュミッツ中将が上に最後までここを防衛するって直訴したんだから」

「上もなんとか中将を逃がそうと考えたみたいだが決して首を縦に振らなかったそうだしな」

 

シュミッツ中将は10年以上前の朱雀との国境戦における英雄である。

当時は朱雀軍のスズヒサが第七師団にいた頃で国境の盾だったサカズキ中将の補佐役だった。

その後、第四、第五軍が新設されるにあたって、サカズキは大将に昇進して新設された軍の司令官になった。

当然、シュミッツも大佐から少将となり、師団長として活躍。

そして数年後、中将に昇進して昔のサカズキの地位にいる。

指揮能力の高さが上層部から下っ端まで信頼されている。

なぜなら部下を捨て駒にせず、結果を示すのだから。

 

「……中将のことはなんとか朱雀軍の手から逃れることを祈るしかないか」

「そうなるな」

「しかしそれにしてもルシを戦闘に投入か……」

「ああ?既にルシ・クンミが首都攻略に利用されてるだろ」

「ルシ・クンミは乙型ルシだ。だが、今度投入されるのは甲型のルシ・ニンブスだ」

 

甲型・乙型とはルシの系統のようなものだ。

甲型は戦闘能力に秀でている。

乙型は特殊能力に秀でている。

一応乙型でも戦闘能力は強化されるが甲型ほど強化されない。

乙型はまだ人でも対抗できる次元だ。

といっても軍人としては鋼機を操るだけで直接戦闘を行ったことがなかったクンミが単騎で1個小隊相手にしていたが。

たとえ乙型でも互角に戦おうとしたら皇国軍人の中で最強と呼ばれるような人物と戦わせなくてはならない。

……それでも互角なのだが。

 

「甲型ルシの話はなんというかぶっとんでてよくわからないんだよな」

「オリエンス大戦に関する資料を見たことがあるが嘘って言いたくなるような内容ばかりだからな」

 

曰く、白虎の甲型ルシと玄武のルシ数名との戦闘によって緑生い茂るベリト地区が砂漠化した。

曰く、玄武王と朱雀の甲型ルシとの戦闘によってイスカ地区全域が廃墟と化し、そこに展開していた皇国軍が戦闘に巻き込まれる形で全滅。

曰く、朱雀の甲型ルシによってミィコウ地区が水没し、そこを占領していた蒼龍軍が全滅。

曰く、玄武の甲型ルシと朱雀の甲型ルシとの国境の山で戦闘し、山の形が変形した。

このように冗談としか思えないような活躍をしているのが甲型ルシである。

もう戦争による被害というよりは天災による災害レベルだ。

パクス・コーデックスでルシによる国境侵犯が禁止されるのも頷ける話である。

まぁ今回の戦争で我等がミリテス皇国はその条約を公然と違反したわけだが。

 

「……トゴレス要塞が要塞として使えないレベルの損傷を与えてこないか心配だ」

「ルシはそんな事気にしねぇだろうし、よくて半壊だろ」

 

もうトゴレス要塞は諦めたほうがいいだろう。

トゴレス要塞ごと朱雀軍を粉砕しそうだ。

……朱雀軍が大損害を受けるならよしとすべきか?

 

「失礼します」

 

そんなことを考えているとベルファーが入室してきた。

 

「ソユーズ少佐、もう昼食の時間なのですが兵士達に昼食を配ってよろしいですか?」

 

ベルファーにそう言われて私たちは時計を見る。

もう午後一時だったのか、早いものだ。

 

「ああ、そうしてくれ」

「ハッ」

「ついでに俺の隊の奴等にも伝えてくれないか」

「……了解致しました少佐殿」

「今の間はなんだ大尉?」

「いえ、なんでもありません第三大隊指揮官殿」

「なんか面倒くさい補佐だなソユーズ」

「そうだな。お前の補佐やと交換して欲しいくらいだよ」

「勘弁してください!ソユーズ少佐!!」

「なんかスゲェ嫌がってるな」

 

ルーキンは怪訝な顔をしながらベルファーを見る。

困った事にリグティ大尉が優秀すぎる為、ルーキンは自分が酷い大隊指揮官という自覚がないのだ。

まぁいざとなったら頼りになる奴ではあるのだが平時が他力本願に過ぎる。

 

「まぁいいや、とっと飯を食いにいくぜ!」

 

そう言ってルーキンは子どものようにはしゃぎながら廊下を走っていった。

ルーキンだから仕方ない――と言いたいところだがなんと今の皇国軍全体が昼飯を許可されると同じような行動起こす馬鹿が増加傾向にある状況だ。

理由は玄武や朱雀に対する緒戦の大勝にまだ浮かれてることもあるのだが……もっと単純な理由がある。

昼食が凄く美味しいのだ。

なにを馬鹿なと言いたい人もいるかもしれない。

しかしミリテス皇国の食事事情を聞けばわかるだろう。

 

「ベルファー、ルーキンは自分で部下に伝えに行ったとみたいだから第三大隊の待機室には寄らなくていいぞ」

「ハッ」

 

敬礼をするとベルファーは退室した。

ルーキンのと違いいつも通りのように歩いているように見えるが心なしか若干スキップしているように見える。

やっぱりベルファーもここ最近の昼食が嬉しいのだろう。

現在ミリテス皇国では国家によって配給制が実施されており、食料は特に厳しく管理されている。

配給される量が一家ごとに決まっているのだ。

食料に余裕がないのもあるが、それと同時に子どもの巣立ちを促す為でもある。

ミリテス皇国において一家の定義は結婚した夫婦とその子どもである。

結婚していればたとえ親と同じ家で暮らしていても2つの家族とみなされる。

つまり結婚すれば余裕が生まれるということである。

しかしこれは矛盾していると言える。

何故なら食料に余裕がないから一家につき決まった量しか食料しか配給しないと決めているのに結婚してまえば新しい一家とみなされ結果として配給する量が増えてしまう。

だが、それは皇国軍の特徴を見ればわかる。

強健な肉体に優れた武術、そしてふざけた性能を誇る武具で武装した兵で構成された玄武軍

補給の必要がない魔法を操る兵で構成され、戦況が一変する召喚獣を使役する朱雀軍。

古来から人間にとって脅威であるモンスターと高い機動力と火力を有する竜を使役する蒼龍軍。

何れかの軍と皇国軍が同じ兵力で戦かった場合、皇国軍に勝ち目はあるだろうか?

答えは不可能である。

同じ兵力で戦うならば皇国軍は火力不足でオリエンスに割拠する何処の国の軍にも勝てないのだ。

無論、敵軍の兵種に偏りがあるならばその隙をつき、同兵力以下で勝利することもできる。

だが戦場ではそんな状況が常にあるわけがない。

結果として数を増やすしかない。

しかし……ミリテスの大地は痩せているのだ。

収穫できる作物は少なく、今では休耕地であっても作物をつくらなければ食っていけないほどだ。

結果、ただでさえ痩せている大地が更に痩せていく。

かつて皇国の一部の政治家が少子化を唱えたがそれは実現不可能だった。

常時戦争状態にあるオリエンスでは国境での小競り合いが絶えない。

もし少子化など実行すれば皇国軍は規模を縮小せざるを得ない。

そうなれば他国は皇国の隙を逃すわけがなく攻め込んでくるだろう。

それに対する皇国軍は一番の武器である数がない状態では大した抵抗ができるわけがない。

そのまま滅亡に向かって一直線だ。

その為、少子化は絶対できない。

しかしこのままの状況を続ければ大地が痩せていき、国を養えなくなるのは必至。

勿論皇国が何の対策もしなかった訳じゃない。

兵員を削減できるように強力な兵器の開発や耕作機械を安値で売るなどをした。

しかしそれらも焼け石に水。大した効果は出なかった。

となれば皇国に徐々に滅びが近づいてくるだろう

最早ミリテス皇国の未来は2つしかなかった。

このままの体制を維持し、徐々に滅びるか。

さもなくば他国に攻め込み、全てを薙ぎ払って豊かな大地を手に入れるか。

一応他国に食料の援助を申し込むという手もあったがそれを成してしまえばミリテスは国家として終わる。

なぜなら紛争国相手に無償で援助する国など存在しないからだ。

オリエンスでは国家同士が益もなく助けあうなどありえない。

現在朱雀領ルブルムとコンコルディア王国が同盟関係にあるがそれも裏切る事によって今まで以上に自国が富み栄えられるならば容易く破られる。

援助を申し込んだらおそらく皇国軍の縮小や自国の軍のミリテス駐屯などを条件に出してくる。

そうなれば少子化を実施した場合の未来とさして変わらない。

なにか都合の悪い事をミリテス皇国が起こせば一方的に蹂躙される。

しかしミリテスの皇帝や貴族達は戦争という手段を選ばなかった。

なぜなら自分たちは税によって豪勢な暮らしをしており危機感があまりなかったからである。

もしシド・オールスタインが現れなくともミリテス皇国はそう遠くない未来に他国に戦争を吹っかけていただろう。

シド元帥によって皇国軍が強化されておらず、昔どおりの軍体制であったとしてもだ。

一抹の希望に全てを賭けずにはいられなかっただろう。

どれだけ低い可能性であろうと生き残れる可能性がある限り、人は座して死を待つことなどできはしない。

しかし切羽詰って侵略戦争を行ったところで朱雀軍や玄武軍に対抗できるわけがない。

そうなればミリテス皇国は他国によって滅ぼされる。

そう考えるとこの戦争で勝つ以外に私達に生き残る道はない。

今までは配給品お残りが少なくなった時、鼠や蛇に時には昆虫と食えるものならなんでも食って飢えを凌いできた。

しかし、今は違う。昨日の昼食を思い出す。

昨日の昼食の献立はチャーハンやチョコボの手羽先に野菜のサラダ……。

しかもチャーハンはおかわり自由ときた。

子どもの頃から夢見てきた。

一度もう食えないと言うほど美味しい食事を腹いっぱい食べたいと。

初めてこの要塞で昼食をとった時、あまりの美味しさと量の多さから涙を流しながら食べた。

まわりの軍人達も大同小異だった。

そして皆が口々に言う。

うまいものを腹いっぱい食べる事が子どものころからの夢だったと。

やはりこういう思いは皇国民共通の思いなのかもしれない。

……今改めて考えれば大の男達が泣きがらブツブツ言って昼食を食べてるというのはかなり異様な光景だっただろう。

流石に今は落ち着いてきたが未だに昼食になると涙を流す者もいる。

 

「そうだ、勝てばこれが日常になるんだ。皇国の誰もが一度は思い描いた事が現実に……」

 

私は誰もいない部屋でそう言うと部屋を出て食堂に向かった。

確か今日の昼食はオムライスとスープだったな。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。