ソユーズ少佐の皇国軍戦記   作:kuraisu

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第7章 アズールの決戦
総力戦演説


嵐の月(08月)27日

総督府前の大広間。

この日、総督府は盛大な式典を開き、これを全国生中継することを目的としていた。

その式典の警備の任にソユーズたち帝都防衛旅団はついていた。

広報部のゲッペルスが用意された壇上にあがり、演説を始める。

 

「お集まりの帝都市民諸君。警備の兵士諸君。或いはこの放送聞いている全国の臣民諸君。

今日、我々がこうして集まり、皆が哀悼の念を抱いているのはなぜか。

国境のビックブリッジにおいて戦死した20万の英霊を慰めるためである。

彼らは祖国のため、オリエンスの新秩序を守らんがために戦い、その命を落としたのだ」

 

ビックブリッジにおいて、皇国軍が大敗を喫したのは既に周知の事実と化していた。

嵐の月(08月)17日、ビックブリッジにおいてルシの召喚獣が暴れてから数分後、皇国内で恐慌状態に陥った。

それも当然といえば当然。

さすがに一瞬で20万もの人間の記憶が失われれば、恐怖に身を任せてしまうものだ。

 

「20万の兵が命を落としたと、いま私は言った。ではなぜ20万もの兵が戦死したのか。

我が皇国が圧倒的に有利であると軍は自信満々に繰り返し宣伝していたではないか。

なのに、なぜ彼らは戦死し、残った兵士たちは本国へと戻ってきているのか。

朱雀軍が予想をはるかに超えた兵力を動員してきたというのなら、理解できるだろう。

しかし、朱雀軍は皇国軍の半分程度の兵力が動員していなかったというではないか。

朱雀の甲型ルシであるシュユが戦場にきていたというのなら、理解できるだろう。

しかし、あの男は蒼龍方面の戦場におり、我が軍と相対していないというではないか。

なのになぜ!20万もの兵を失い、残った兵士たちは本国へと戻ってきているのか!!」

 

まるで軍を弾劾するようなゲッペルスの主張に、皇国民達は引き込まれた。

10年前、シド元帥を中心とする軍事独裁政権が確立されてから、こんな論調を聞くことはなかったからである。

 

「私の問いに対し、元帥閣下は言われた。

朱雀にはシュユの他に、乙型ルシであるセツナという女がいたのだ。

その女が自国の兵達の命を生贄に強大な召喚獣を召喚し、我が軍の将兵を殺したのだ!

軍はセツナと言う存在を知りながらも、それを軽視してしまった。

乙型ルシが倍以上の兵力を誇る我が軍の侵攻の脅威になると思えなかったのだと。

我らが元帥はこの油断を深く詫び、全軍に原隊に戻れと仰せである。

我々は朱雀があの召喚の反動でセツナを失ったという情報を既に掴んでいる。

その為に諸君らの力が必要なのだ。さもなくば、我らは朱雀に滅ぼされるだけだ!

恐怖に駆られ、或いは元帥に騙されたと思い、離反した将兵諸君!

我らは諸君らを責めはしない!真に責められるべきは諸君を追い込んだ朱雀である!

元帥の御言葉に従い、原隊に戻りたまえ!さすれば諸君らの罪を問いはしない!

さもなくば、諸君らは今度こそ反逆者の汚名を着ることとなるぞ!」

 

事実、ビックブリッジにて20万もの命が失われ、その事実に怯えて軍や国民の一部が暴徒化したりして問題を起こしていた。

その多くは国境から撤退してきた部隊であったが、20万人もの死者の忘却は場所を選ばず、皇国民達は逃れ得ぬ虚無感と恐怖を味わい、その延長として国中の各所で暴動を起こした。

中には地方都市そのものが暴徒化し、軍隊と銃火を交える事態にまで発展したケースもある。

その混乱のとりあえずの収拾と状況の把握に10日という時間を要して今に至っている。

 

「親愛なる臣民諸君!

私は諸君らに問う!ビックブリッジにおける戦闘において20万の兵を失った!

しかし!これは戦争自体の敗北を意味するのか!?

我が国は第一軍、第二軍ともに健在であり、同盟国である蒼龍もまた健在である!

それでも人命を重視し、戦争をやめ、対話の道を探ることを諸君らは良しとするか!?」

 

「「「否!否!否ッ!」」」

 

「では、皇国を勝利に導くため、皇国と元帥に忠誠を尽くし、どんな命令にでも従うと諸君らは誓うか?」

 

「「「誓う!誓う!誓うッ!」」」

 

「そう!それでこそオリエンスの導き手にならんと欲する皇国民である!

さあ、戦おう!祖国のために!秩序ある未来のために!

初代皇帝イエルクより続く、この歴史ある人の国のために!

必ずやこの正義の戦争を勝利に導き、我らはアギトとなるのだ!

我々は勝利する!そして同胞を、子を飢えさせぬ平和な時代を築くのだッ!!」

 

「「「おおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」

 

総督府前の群衆は溢れてくる万能感と一体感に身を任せて歓声をあげる。

まるでなにか無くしてなったモノの場所を埋めるように。

まるで心に空いた穴から目をそらすように。

他の群衆や警備兵とともに叫びながらソユーズは思う。

この虚無感こそが、オリエンスから戦争が絶えぬ理由ではないかと。

本来であれば、憎しみなり悲しみなりが埋めるであったであろう感情をクリスタルは全て消し去ってしまう。

そのたとえようもないもどかしさを、なにかへぶつけるため、戦争を続けてきたのではないかと。

そう思うと、元帥の言うとおり、我々はクリスタルから脱却せねばならぬという思いが一層強くなる。

 

「では、登場して頂こう!我らをアギトへと導く指導者に!

元帥閣下、我らに命令を!元帥閣下、我らに命令を!

我らは閣下の命令に従い、閣下の期待に応えてご覧にいれましょう!」

 

そうゲッペルスが叫ぶと、総督府から颯爽とシド元帥が登場した。

群衆の歓声は益々ヒートアップし、留まる所を知らない。

シド元帥は暫しその歓声を直立不動で受けていたが、やがて右手をあげて歓声を黙らせた。

 

「私は自分の判断ミスで20万の同胞を失ったことに対し、忸怩(じくじ)たる思いを抱いている。

そのことに責任を感じ、この国の指導者たることをやめるべきかとも考えた。

だが、諸君らは未だに私をこの国の指導者として認め、その命令に従ってくれるか?」

 

「「従う!元帥閣下、我らに命令をッ!」」

「「「元帥閣下、我らに命令をッ!!」」」

 

忠実なる皇国民達の命令を求める声に、シド元帥は厳かに頷く。

 

「ならば、私がビックブリッジで失われた20万の命に対する責任の取り方はひとつしかない。

この戦争に勝利し、皇国民総アギト化を達成し、ミリテス皇国の名を永遠とすることである。

その勝利のためには多大な犠牲が、それも歴史上類のないほどの犠牲がでるであろう。

それを承知の上で、勝利のために邁進できると、諸君らは建国の父イエルクに誓えるか?」

 

「「「おおおおおおおおおおおおおお!!!」」」

 

「そうか。では、なにも悩むことはない。

皇国軍全軍に告ぐ。皇国軍元帥による勅命である!

全兵力をアズールに結集せよ!セトメ地区は放棄する!

続けて、皇国臣民に告げる。

セトメ地区に住む住民たちは軍の指示に従って、街から退避せよ!

これは強制ではない。街に留まることを望むというのであれば、止めはせん。

朱雀軍の占領下で朱雀の慈悲を請うような行いをしたとしても、その罪を責めはせぬ。

諸君らは何処の国にいようとも、何者にも支配されぬ誇り高き皇国民であると信ずるからである!」

 

シド元帥がそう叫ぶと、爆発的な歓声が皇国中に響いたように感じたのは決して錯覚ではないだろう。

そして、どこからともなくミリテス皇国国歌が流れてきて、誰ともなく歌い始めた。

 

 

 

立ち上がれ 護国の英雄達よ

銃を掲げて進め 祖国の敵を倒すため

陛下は仰せになられた ここに人の国を築かんと

なれば我らは誓いを立て忠誠を捧げよう

さすれば 我らにかなわぬ敵などありはせぬ

伝統は我々と共にある

 

立ち上がれ 護国の英雄たちよ

我らが築きし 祖国を守らんがため

陛下は仰せになられた 最も恐ろしきは不和であると

なれば我らは互いを信じ合い結束しよう

さすれば 我らにかなわぬ敵などありはせぬ

伝統は我々と共にある

 

眩く煌めく栄光の道へ いざ進まん

祖国は不滅 決して滅することなどありはせぬ

それは山であり海なのだから

なにより我らはここにいる

進まねばならぬ 人の国の栄光を得んがため

伝統は我々と共にある 祖国万歳!

 

 

 

国歌が終わると妙な高揚感の中に包まれた群衆は誰ともなく拳振り上げて叫ぶ。

 

「ミリテス皇国万歳!」

「シド元帥万歳!」

「イエルク万歳!」

「祖国よ!永遠なれ!!」

 

各々の感情の高まりを抑えきれずに、叫ぶ声が静まるのは実に1時間以上もの時間を要した。

その後、皇国軍はシド元帥の命令に従い、セトメ地区を放棄することを前提にした徹底的な遅延作戦を展開。

朱雀軍の侵攻を遅らせるとともに、各地に散らばっている兵力をアズールに集結させ、大規模な再編成を行った。

一方、コンコルディア王国であるが、こちらは蒼龍王への不信や各諸隊の連携の欠如などが重なって徐々に後退を強いられた。

巌の月(08月)12日には、連勝を続ける朱雀軍に王都を包囲されてしまう。

王都防衛の指揮を取っていた【暁】の守護ホシヒメは王より死守を命ぜられていたが、抵抗の無意味さを悟り、朱雀軍に降伏。

蒼龍府への門を開かぬ降伏宣言に、朱雀軍は疑念を抱いたが既に蒼龍軍に反攻に転ずる戦力なしと判断し対蒼龍勝利宣言を行った。

そしてコンコルディア王国の蒼龍王の引き渡しを蒼龍府に要求したが、蒼龍王は朱雀軍が王都を包囲する直前に脱出していたことが判明。

皇国軍がアズールに集結している今、少しでも多くの兵力が必要であると考え、蒼龍王を含む蒼龍残党討伐のために数万の兵力を残して、残りすべての戦力を皇国戦線へと集結させた。

かくして大戦最大の激戦となる、アズールの決戦の舞台は整えられた。


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