土の月(07月)07日
クラーキンはその日、机の上の兵器開発局から渡された新兵器を前にしてため息を吐いていた。
机を挟んで反対側にいる4人の大隊指揮官もなにやら呆れた顔をしている。
「兵器開発局の正気を疑うのは分かる。だが、こんなのを渡された少将の気持ちも考えてやってくれ」
クラーキンの後ろに控えているハーシェルが仮面ごしでも困惑した表情がありありと伝わってくる目で4人を諌める。
問題の新兵器というのは【四二式試製特殊近接用武装】という名称の新武装である。
これは魔法障壁の技術を応用し、防御魔法を無効化させる兵器を作り出せないかというコプセントの下、作られた代物だ。
しかし銃弾などという消耗品にこのような高等技術を使ってはコストがバカにならないという理由で、突撃兵が持つ片手斧のような武器として制作が始まった。
しかし色々あって、どうやっても片手斧の大きさに収まらず、普通の軍刀を一回りほど大きくした刀のような武器となったのだ。
「じゃあ、中佐はこれで朱雀兵相手に白兵戦をせよと仰られるのですか」
ヴェールマンが引きつった顔で呟く。
魔法で身体能力の限界を超えて強化している朱雀兵と強化服を着たところで限界は超えられない皇国兵ではスペックが違いすぎる。
【白銀の豺虎】の異名を持つ英雄のような突出した才能の持ち主でもない限り、朱雀兵相手に斬り合いなど自殺行為だ。
そのため、幸いというべきかこの狂気の特殊軍刀は百本前後造られた時点で製作中止になった。
「まぁ、あって困るもんでもなかろう。それにいざという時に頼りになるのは自分の身体のみだ。
いざという時のために持っておくのもよいじゃろう」
「これを携帯するのはかなり厳しいと思うのですが」
「そう言うな、ソユーズ。いつも携帯している短剣の代わりにこれを持っておればよい」
「短剣とこの特殊軍刀では重さが4倍程差があるのですが……?」
ソユーズがそう疑問を呈すると、クラーキンはやや首を傾げながら、
「おぬしらは軍の中でもそれなりに白兵戦に秀でておろうが。
特にルーキンは尉官時代に候補生を討ち取っておるのだろう?」
「いったい何年前の話をほじくり返してるのです?
それに近接兵器なら我らなんかより精鋭第八獅子連隊あたりに渡した方がいいでしょうよ」
「既に第八獅子連隊には数十本渡したんじゃ。ここにあるのは余りだ」
クラーキンはため息を吐きながら答える。
その様子を見てルーキンは顔を顰めた。
「じゃあ、他の獅子連隊に渡したらいいでしょう」
「そうは言うがな。ルーキン少佐。
お前も知っているだろうが、殆どの獅子連隊は国内向けの戦力だ。
そんなやつらに魔法防御を無効化させる軍刀なんか支給しても意味ないのだ」
「国内向け? なるほど、そういう言い方もありますか」
「ルーキン少佐!言葉を控えろ!」
「はっきり言わないだけで十分控えてるつもりですがね」
ルーキンは冷笑しながら呟く。
獅子連隊とは室内戦を想定して作られた部隊である。
当然のことながら、肉体が鋼機みたいな玄武兵や魔法で色々とおかしい朱雀兵に対抗できないどころか、領内のモンスター討伐の役にも立たない。
では、いったい何のを目的として存在する部隊か?
そこはまず成立経緯から説明せねばならない。
数代前の暗君だった皇帝の時代に、貴族たちに『反政府的部隊の監視及び監督または顕職にある要人の警護』目的で設立された部隊だ。
『反政府的部隊の監視及び監督』とは、監督指定の部隊への制裁権を保持するということだ。
要するに政府の命令に背く軍人の殺害を許可された督戦隊という意。
つまり、軍部に対する政府の絶対的優位を築くべく設立されたのだ。
この獅子連隊の監督を受けていた部隊は十数年後に帝室軍部として軍部とは指揮系統の異なる別組織と化す。
そしてもうひとつの『顕職にある要人の警護』についてはそのあり方を見れば呆れ果てるだろう。
建国以来、世襲によりその地位に座り続けてきた特権階級の多くが、その頃には既にその貴き血を腐らせ、特権に伴う義務を果たさずに己の欲望を満たすために宮廷で暗闘を盛大に繰り広げる腐敗貴族と化していたのだ。
獅子連隊設立の為に腐敗貴族達は一致団結したとはいえ、それはより自分の力を拡大させる為に他の貴族を排除することを腹の内で考えており、その為の道具として獅子連隊の設立を望んだのだ。
事実、この『顕職にある要人の警護』目的の獅子連隊が設立されてから、要人の不自然な病死や事故死が激増した記録が残っている。
また一部のまともな貴族も己の身を守るために獅子連隊と関わりを持たざるを得なくなり、関わっているうちに自らも腐敗貴族に堕していくというロクでもない事態を招いたのだ。
因みになぜそんな部隊なのに第八獅子連隊だけが前線に投入されているかというと要人の警護を全うできてないという理由で貴族たちは獅子連隊を増設していったのだが、当時の軍部の将官達が「ロクに戦果を上げない部隊を増設するのはいかがなものか」という理由で強く反対し、政府が増設を強行すれば軍と政府の対立が決定的になりかねない事態になりかなかった。
そこで貴族たちは獅子連隊にいる問題児達を第八獅子連隊に集め、軍部の言い分に沿って朱雀との戦線に投入。
これは貴族たちが獅子連隊を増設できないなら問題児を排除し、欠員補充の名目で優秀な人材を獅子連隊に取り込もうと企んだからだ。
無論、第八獅子連隊が朱雀の魔導師連隊にまともにやりあえる筈もなく何度も壊滅し、幾度も第八獅子連隊の解体案が提案されたが、そうなると貴族たちが政争に使う他の獅子連隊が解体されかねないので、政府は解体案を拒否し続けた。
シド元帥による独裁体制が始まった今では帝室軍部は軍部に吸収され、帝室軍部を成り立たせていた獅子連隊には激しい粛清の嵐が吹き荒れ、残った優秀な獅子連隊員は軍規の引き締めのために所属が各有力貴族から、総督府に変更となったことを除けば、引き続き獅子連隊としての活動を許された。
「滅多なことを言うな!【保安卿】の耳に入ったら貴官も無事ではすまんぞ!」
「……言葉が過ぎました。
申し訳ありません。ヴェールマン少佐」
ルーキンが少しだけ鼻白み、謝罪をする。
【保安卿】の異名を持つ憲兵総監ドーソン中将はシド元帥の目に止まる前に、腐敗を極めていた憲兵隊をで健全化させた実績を持つ傑物だ。
非常に優秀な軍官僚であるが、とても神経質で虚栄心が強い。
特に自分の功績を侮辱する者には容赦がなく、高級軍人でもなければ秘密裏に処分されかねないのだ。
このことを問題視する者は少なくないが、軍の規律の象徴のような存在と化してるドーソン中将の代わりが務められるほどの能力を持っていると自信を持って言える軍官僚が皆無なため、ドーソン中将が憲兵隊のトップのままだ。
「とにかく、この特殊軍刀? を返品するわけにはいかんのですか?
なにかと開発に物入りな兵器開発局のことです。分解すれば部品として他の兵器に転用できるのでは?」
「そのことだがな。なんでも魔法障壁の応用云々でかなり複雑なつくりになっているらしく、分解するのも一苦労らしい」
「……そんな面倒なことをしなくてはできない代物を百本近く制作したのですか。
旅団長の仰る通り、兵器開発局の正気を疑わずにはいられませんね」
その答えにシュトロハイムは呆れ果てたような声で呟く。
「まぁ、これで得たノウハウがダグラスのヴァジュラの改良にいかされるそうじゃから、この狂気の産物が無駄ではなかったと信じたいのう」
クラーキンのその言葉に切実な響きを感じ取った大隊指揮官達は一斉に頷く。
第四鋼室の技官たち曰く、目の前の特殊軍刀の技術を応用して、朱雀の召喚獣を相手取れるスペックに改良するらしい。
……もっとも、完成したところで、今の朱雀が追い込まれている状況下から改良ヴァジュラが活躍できるような状況になるようなことは考えにくいが。
「さて、これからのことだ。
引き続き、先の暗殺騒動で被害を受けた我が旅団の再編成を行う。
その間の帝都防備と治安維持は第一軍と憲兵隊が代行することで上層部の合意を得ておる。
そのため、今後はそのことに時間をとることなく、再編成に集中できる。
暫くはデスクワークが増えることを頭に入れておいてほしい」
「「「「ハッ」」」」
4人の大隊指揮官が敬礼して去っていくと、クラーキンはため息を吐いた。
ハーシェルは上司の行動に首を傾げる。
「……なにか心配事でも?」
「この戦争、もはや大勢は覆らんとは思うが、局地的にはどうなるかはわからん。
朱雀がクリスタルを辺境に隠すなどという所業を行えば、結果を得るのは難しくなろう。
国内でも
クラーキンはそう言うと気分転換に椅子から立ち上がり、窓から物憂げにイングラムの街並みを見下ろした。
今回難産だった。
あと平均評価がそろそろ欲しい。