臨時軍事会議
土の月(7月)4日
ソユーズはとある将官の執務室の前で大きく深呼吸をした。
そしてドアにノックする。
「失礼致します!」
執務室に入るとそこには眼帯をつけた皇国の英雄がいた。
その男を前にして、ソユーズは敬礼する。
「元帥から臨時軍事会議に出席するようにとの命令を預かってまいりました」
「その旨、了解した」
「あ、それと准将の命で我が隊が保護した朱雀の従卒の件ですが……」
「どうした?」
「彼女が覚醒したので軍刑務所へ送る書類に署名が必要なのですが、今よろしいでしょうか?」
「軍刑務所?」
准将が怪訝な顔をして、聞き返してきたのを見てソユーズは内心首を傾げながらも事情を説明する。
「えぇ、我が国の捕虜収容施設は全て閉鎖されていますので、代わりに軍刑務所へ移送します。
朱雀のあんな少女が入って、どうなるかはわかりませんが……」
後半になるにつれ、ソユーズは目を逸らし、声が小さくなっていく。
軍刑務所に敵国の少女を放り込んだらどうなるか容易に想像がつくからだ。
いや、敵国出身であることを差し引いても、あまり喋らない内気な性格の少女などを軍刑務所に入れれば、悲惨な目にあうに決まっている。
少女の暗い未来にソユーズは心底同情していた。
「あの従卒は私が預かる」
だからこそ、准将のこの発言にソユーズはやや面食らった。
「えっ?ですが――」
「以上だ。下がれ」
パラディス家の分家の当主として相応しい威厳を出しながら、准将は命令する。
「はいっ!」
ソユーズは心中ではある不安が急速に膨れ上がっていたが、表面上はなにもなかったように准将に敬礼する。
そして平然とした顔で准将の執務室を後にし、総督府から出て帝都防衛旅団司令部の道中で先程の事を考える。
(アトラス中尉の言っていた疑惑は正しかったということか?)
ソユーズは帝都での作戦の際に、部下のアトラスが抱いていた准将に対する疑惑のことを思い出す。
皇国軍にとって死活問題であるため、箝口令を出したが、アトラスの疑惑が正しいとなると……
(となれば、早急になんらかの手が打たねば……)
そうなぜならば、アトラスの推測と言うのは
(カトル准将がロリコンなどという噂が広まれば、全将兵に衝撃が走るのが目に浮かぶ……!)
そう皇国軍人の見本と称されるカトル准将にロリコンの気があるというものである。
もし彼が本当にその気があるのなら皇国軍の風紀が乱れかねない。
考えても見て欲しい。
カトルは【白雷】【完全帰還者】【白き死神】などの異名を持つ傑物だ。
だが、ここに【ロリコン】などという称号が加わればどうなるか。
なぜか異名が全ていかがわしいもののように見えてくる。
特に【ロリコン】【完全帰還者】の組み合わせはもう完全にアウトだ。
とても陰湿な感じの犯罪臭が漂ってくる。
(おりを見てクラーキン少将に報告しておこう。私の手には余る問題だ)
とりあえず全責任を上官に押し付けようと結論付け、ソユーズはこの件にはできるだけ関わるまいと誓った。
余談だが、クラーキンはこの件をそのままシドに報告。
カトル准にロリコン疑惑の存在を知ったシドはカトルと2人きりで密談。
カトルが本当にロリコンなのかどうか確認することになるのだがそれはまた別の話である。
総督府にある大会議室。
そこでシド元帥を始めとする軍の高官や国家の重要機関の人物達が座っている。
朱雀領を占領している軍を率いているクザン、サカズキ、ボルサリーノまで帝都に召還して会議を開いているという事実だけでどれだけ重要な会議なのかを察することができよう。
「全員揃ったようですし、そろそろ会議を始めませんかねぇ?」
クザンがだらけきった態度で提案する。
あまりの態度に第一軍を率いているレイモン大将が顔を顰める。
「クザン大将。元帥の前ですよ。少し態度を弁えたらいかがです?」
「そう言われてもねぇ。この会議の議題がなんなのかすらわからないけど元帥の勅命だって言うから国境に何十万の部下を置いて帝都まで戻ってきたんですから、さっさと議題を教えて欲しいんですよ」
言葉に関する指摘をしつつも、クザンの言ったことに同意を示す出席者達。
それを見てシドはひとつ頷くと語りだした。
「では、会議を始めるとしよう。
先日の蒼龍女王暗殺事件の容疑者である【朱の魔人】についてだ。
それについては【朱の魔人】についてクラーキン少将から説明してもらうとしよう」
その言葉を聞き、視線がクラーキンに集まる。
クラーキンはゆっくりと席から立ち上がる。
「我が旅団は先の戦闘において【朱の魔神】に関する有益な情報を手にすることができました」
そう言って、机の上に用意していた機械のスイッチを押した。
『まさか……まさかお前らは死んでも蘇生できるのか!?
だから仲間の死を【戦闘離脱】なんて表現してるんじゃ!?』
『ふざけるなよ……私らが命がけで戦ってる最中でお前らだけ……クッハハハハハ!!!』
『お前らに比べれば甲型ルシの方が遥かに人間味がある!
すくなくとも死んだら忘れられて二度と戻ってこないところは一緒だからな。
だが、お前らは異常だ!!絶対に人として認めない!!この魔人どもが!!!!
さっき、仲間の死体を背負ってたのを見る限り、蘇生は死体がなくちゃ駄目みたいだな?
ならお前らを殺して、死体を八つ裂きにして、纏めて
「これが【朱の魔人】と交戦し、戦死したイネス大尉の鋼機から回収した音声記録です」
「まさかとは思うがイネス大尉が言ったように【朱の魔人】は不死の兵士とでも言う気か?」
秘密警察長官がクラーキンを睨みつける。
その眼は信じられないということをありありと語っていた。
「ええ、私も最初は信じられませんでしたが、念のために閣下の許可を得て秘密警察の手を借りて【朱の魔人】の情報を集め、我が旅団で精査してみたところある戦場にて戦死したとされる朱のマントの候補生と同じような特徴の候補生が次の戦場で平然としていたということが明らかになった」
「……ただの偶然という可能性は?」
「確かにこんな話が一件や二件程度なら勘違いによる偶然と取れなくもない。
だが、これが何十件と朱のマントを纏った候補生にのみ集中して発生しているのを考えると偶然ととるのは現実的ではない。
それにペリシティリウムからの証言だが、【朱の魔人】が帝都に潜入した際にルシ・ニンブスが【朱の魔人】を一人光の剣で刺殺したらしいがペリシティリウム内にそのような死体は確認されておらぬ」
クラーキンの言葉に会議室が騒がしくなる。
だが、サカズキはどこか納得したような顔で呟いた。
「確かに信じがたい話じゃが、そう考えると色々と腑に落ちるわい」
「ど~ういう意味だい?」
「本当にわからんのか、ボルサリーノ?
わしは何度か部下から【朱の魔人】に致命傷を与えたと報告を受けたことがある。
が、一向に【朱の魔人】の活動は衰えを見せる気配がまったくない。
たとえどれだけの傷を負おうが、魔人共は自陣へ戻れば容易く蘇生できるというのならこの状況もわからんことはない」
サカズキの言葉にクザンやボルサリーノは確かにと僅かに頷く。
彼らも【朱の魔人】を殺したという報告を何度か聞いたがそれでも一向に減らない【朱の魔人】による被害に首を傾げたいたのだ。
「【朱の魔人】とはよく言ったものだ。
つまり、魔人共の正体は『何度死んでも蘇生可能な兵士』だ。
古今の将兵が求めてやまぬ存在だな」
戦乱が絶えぬオリエンスだけあって不死の兵を造ろうという活動は皇国軍では何度かあったのだ。
いや、ミリテスに限らず四大国の軍全てが一度くらいは試したことがあるだろう。
そしてその全ては失敗に終わるのが常だったのだ。
しかし、そんな常識知ったことかと嘲笑うが如くに【朱の魔人】はそれを実現させてきたのだ。
白虎・玄武・蒼龍どのクリスタルをもってしても成し得ぬ奇跡を朱雀クリスタルは達成しているのだ。
「し、しかし、閣下。
それでは不死の【朱の魔人】にどう対処するのですか!?」
内務省の長が悲鳴のような声を上げる。
だが、その問いにはシドではなく、サカズキが答えた。
「なに。イネス大尉の音声記録が確かだとするなら、奴らは死体がないと蘇生できん。
ならば奴らを肉体的な意味で殺して、死体を持ち帰り、大尉が言うように焼却炉に放り込んでしまえばよいじゃろう」
サカズキは不気味に嗤いながら、そう呟く。
「簡単に言うな。戦場の、それも敵兵の死体を持って戻ってくるよう兵士たちにどう説明するつもりだ」
「あぁ、それなら先の蒼龍女王暗殺の関する事情聴取でいいんじゃないですかね?」
「それなら魔人どもが生きている必要性があるだろう。
我らが欲しているのは死んだ魔人の体であって、生きている必要性はない」
クザンの案を、レイモンは一蹴する。
するとサカズキは腕を組んで考え出す。
「確かに兵士達に奴らの死体を持ち帰らせる理由を教える必要があるのう。
しかし、じゃからといって魔人が不死だと言ったらそれこそ全軍の士気に関わる。
朱雀が不死の兵士を製造できるという事実は絶対に隠蔽すべきじゃな」
「全く面倒な奴らだねぇ〜」
ボルサリーノは相変わらず声はのんきな口調のままだが、顔を完全に顰めている。
基本的にのほほんとした顔を崩さないこの男にしてはかなり珍しい。
互いが互いに議論を交わし合うも有効な解決案が見つからず、会議が停滞しかけたところへ
「少し待て」
シドが軽く手を挙げ、議論を終わらせる。
静まり返ったのを確認して、シドは発言した。
「兵器開発局局長ヴェルテ」
「はっ!」
「貴様の部署に空いている生態研究室はあるか?」
「はい。確かに数室ありますが、それがなにか……」
「では新たな研究班を作ることは可能か?」
シドの問いにヴェルテは顔を青くする。
「そ、それは難しいでしょう。
この戦争が始まってから多くの技官に激務を課しております。
新たに研究班を作るためには人員の引き抜きが必要になりますが、どこの研究班も渋るでしょうし……
とはいえ、それでも新たに研究班をつくることはできるにはできるでしょう。
しかし、そこまでするくらいならば既に存在する研究班に新たな課題を課した方が効率が良いでしょう」
ヴェルテはこの戦争が始まってから、技官達の下手しなくても過労死するレベルのオーバーワークぶりに心を痛めていたので研究班から人員を引き抜くような真似はしたくない。
しかし一方で、可能な限りシドの要請には応えなくてはならないという使命感を持っていた。
もしここでシドがそれでも研究班を新設しろと言われたら、ヴェルテは涙を飲んで既存の研究班の者たちから人員を抽出しなくてはならないという悲壮な覚悟を決めた。
しかし今回に限っては無駄骨だったようである。
「では、人員さえ用意できれば問題なのだな?」
シドの質問の意図を理解できず、ヴェルテは内心首を傾げる。
「はい。ですが、それにいったい何の意味が?」
兵器開発局は皇国軍の兵器開発を一手に担っている研究所である。
現在皇国のほとんどの技術者が兵器開発局に勤めており、他の所の技術者は全て二流三流の人間だ。
そんな者達を集めて新たに研究班を編成したところで大した成果を上げられるとも思えない。
「形だけで良いのだ。【朱の魔人】を解剖する場が存在するという場があるというな」
その言葉を聞き、幾人かの軍人が得心がいったような顔をする。
しかしヴェルテや文官達は相変わらず疑問符を浮かべている。
「なるほど。しかしなぜその必要性があるのか兵にどう説明するつもりですか?」
「【朱の魔人】はなんらかの方法で人体改造している可能性が高いということにしておけばいい。
ゆえにその改造がどのように行われているのか調べる為ということならば、兵も納得するだろう。
加えて【朱の魔人】の死体を持ち帰った者は二階級特進と特別褒賞を約束することを兵に伝えるのだ」
カトルの問いにシドは迷いなく答える。
それで他の者たちの瞳にも理解の色が灯る。
要するに新しい研究班のところに死体が運ばれているように見せかけるわけだ。
「閣下、我が広報部としてはこのことを大体的に報じるべきと考えます」
ゲッペルスの提案にシドは少し目を閉じて黙考した後、頷く。
「そうだな。末端に至るまでそのことが周知の事実と受け入れられていた方がよいだろう」
「ハッ。すぐさま我が広報部の全てメディアで特番を組み、翌朝には全皇国民の知るところとなるでしょう」
「うむ。任せたぞ」
シドの確認を聞くと、ゲッペルスは傍にいた部下に耳打ちし、その部下は早足で会議室を出て行った。
おそらく特番を組む準備に入るのだろう。
「それと第一軍に【朱の魔人】の回収部隊を設立を命じる。
表向きは兵器開発局所属ということになるが、実際には私の直属とする。
人員の選定はレイモン大将に一任する。口が堅く、皇国への忠誠の高い者を選ぶのだ」
「了解しました」
その後、今後の朱雀との戦争遂行に必要ないくつかの確認事項を確かめた。
そしてひととおりの目処がついたところでシドは席から立ち上がり、集った皇国の主要陣を見渡す。
「諸君。すでに大勢は決しているとはいえ、猫に追い詰められた鼠とは存外凶暴なものだ。
蒼龍の支援もあるとはいえ、一瞬の気の緩みは我らの敗北に繋がる。
そのことを弁え、各々の任務にあたるのだ」
「「「「「ハッ」」」」」
会議室に集まっていた者達が一斉に立ち上がり、拳を胸にあて敬礼する。
「
新たなる時代、我が皇国の民が飢えることのない時代は目前だ。
そのことを自覚し、驕ることを己に許すなッ!
驕りは破滅しか招かぬことを今一度己が胸に刻めッ!!
我らミリテス皇国こそが、オリエンスの導き手となる為にッ!!」
「「「「「ハッ!ミリテス皇国に栄光あれッ!!」」」」」