氷の月(06月)28日
まだ夜の帳が外を支配している午前零時十二分。
東の迎賓館の警備本部が置かれている部屋で帝都防衛旅団第三大隊指揮官ルーキン少佐は目の前で整列している総督府直属の特殊機関の機関員達を見ていた。
朱雀の候補生の制服を着て朱色のマントを羽織っているのが3名。
一般的な朱雀軍の軍装をしているのが6名という割合だ。
「お初にお目にかかります。大隊指揮官殿。
機関長より貴官の命に従えと仰せつかっております」
9人の中でリーダー格の少年が眉ひとつ動かさない鉄面皮で敬礼する。
(確かにどっからどう見ても朱雀の兵にしかみえねぇな。
シュレディンガー准尉と違って年の頃も朱雀の餓鬼共とかわんねぇし。
だが、こんな無表情な子どもばかり集められたら不気味さしか感じねぇな……)
ルーキンはそんな思いをまったく顔に出すことなく、今回の作戦内容を説明する。
「本作戦の目的は蒼龍女王アンドリアの暗殺である。
本日午前八時に東の迎賓館にてシド元帥と女王が会食する隙をつく。
迎賓館にDルートを通って侵入するとこの部屋に出る。
一班、二班は女王暗殺に全力を注げ。いいな?
三班はシド元帥の護衛を数名殺せ。
ただし、女王暗殺が成功して他の班が撤退を開始したら撤退を優先。
速やかにポイント9まで待避せよ」
なぜわざわざルーキン自ら彼らに作戦の説明するのには理由がある。
現地につく前に作戦内容を教えておくとどこから漏れるか分かったものではないからだ。
「言っておくがこの作戦中お前たちはただの暗殺者として扱われる。
故に軍はお前らを殺しにかかるはずだが、たとえそれで死んだとしても一切責任はとらん」
「了解しました」
ルーキンの非情な言葉にも9人の機関員達は顔色ひとつ変えずに返事をする。
やはり、ルーキンにはその光景に不気味さしか感じず、僅かに息をのむ。
(やれやれ……本当にアレだなこいつら。
俺に迎賓館の警備を任せたクラーキン少将に文句でも言いたいぜ。
ソユーズから【朱の魔人】が一人残らずホテルにいることは確認しているんだから計画通り、罪を擦り付けることできるだろう)
ルーキンはそう考えて薄っすらと笑みを浮かべると自分の副官へと顔を向ける。
「リグティ。連絡将校に【狩りの準備万端なり】と伝えろ。
クラーキン少将閣下からのゴーサインがでたら作戦をすぐ開始できるようにな」
「わかりました」
リグティ大尉はルーキンに深く敬礼すると警備本部の外の闇へと消えていった。
午前八時二十二分。
ホテル・アルマダから数Km離れた拠点にて。
指揮管制用中型艦載挺で第四大隊の中核が座っていた。
そこへ一人の通信将校が声をあげる。
「ソユーズ少佐!旅団司令部より入電!
【蒼天既に死す。容疑者は零】以上!!」
連絡将校の報告にソユーズは唇をゆがめた。
これで穏健派の蒼龍女王亡き今、蒼龍の玉座が抱くのは御しやすいあの男だ。
これでもはやコンコルディア王国はミリテス皇国の脅威足りえなくなったのだ。
「各部隊長!状況報告せよ!!」
『こちらアトラス中尉。いつでもホテルに突撃できます』
『エクトル中尉です。我が第一中隊は裏口の封鎖しました』
『狙撃部隊準備完了』
『第四中隊、第二〇七師団と連携を取りつつ、ホテル周辺の逃走予想経路を封鎖中!』
『こちら技術部隊!イネス大尉が尋常ではありません!!応援求む!!』
技術部隊の報告を除き、期待通りな報告に第四大隊の中核メンバーを笑みをこぼす。
唯一予想外な報告をあげてきた技術部隊とソユーズは通信を続ける。
「そのまま状況を維持!
あと技術部隊。イネス大尉と通信を代わってくれ」
『無理です!!地獄の悪鬼のような顔をしています!』
「代わらなければお前を前線に出すよう上に要請するぞ」
『明らかな死亡確定ルートと前線行きなら前線のほうがマシです!!』
いったいどういう状況なんだ。
ソユーズは頭を抱えたくなったが、イネスにとっては停戦の決断から一日千秋の思いで待ちに待った尊敬していたクンミの仇を討てるチャンスがようやくきたのである。
まともでいられるはずがないというものだ。
「第四鋼室の警備部隊に私の名義で兵を貸すように言え!!
それで警備兵によって無理やりにでもイネス大尉を押さえつけ、通信させるんだ。わかったな!!」
『ハ、ハハアッ!!』
技官の震えまくった声を最後に通信を一度切った。
「まったく、なんでこんな時に部下の心情に気を使わねばならんのだろう」
「仕方ないでしょう。イネス大尉はクンミのことを覚えているのです。
私だって兄のことを覚えていたら、どうなっていたかわかりません」
ベルファーの言葉にソユーズはそれもそうかもしれんと思った。
しかし、それでいいというわけではないのだ。
「早く準備を整え、女王暗殺の公式発表と同時に【朱の魔人】を襲撃せねばならないというのに……」
ソユーズは誰にも聞こえないほど小さく呟くと眉間に皺をひとつ増やした。
午前八時四十六分。
ホテル・アルマダ前の帝都防衛旅団所属第四大隊第二中隊。
その第三小隊隊長ヴィレール少尉は熱心にホテル内の見取り図を眺めていた。
「随分と熱心なことだな」
自分を呼ぶ声が聞こえたのでヴィレールが振り向く。
そしてその姿を認めた時点で敬礼する。
「アトラス中尉。準備は整っております。
第三小隊はいつでもホテルに突撃が可能です」
「そうか。第三小隊を投入させ、残りの三隊でホテル前で【朱の魔人】を迎え撃つことになる。お前の隊はこの戦術の
「ハッ!」
ヴィレールが再び敬礼したのを見て、別にそこまで硬くならなくてもいいだろうとアトラスは苦笑いを浮かべる。
するとそこへ一人の軍人が走ってきた。
「中尉!女王暗殺が公表されました!」
「報告ご苦労。さて、ヴィレール少尉。出撃だぞ」
「ハッ!第三小隊作戦開始!」
既に陣は組めており、第三小隊はホテル・アルマダに突入。
そして頭に叩き込んだ【朱の魔人】が居る部屋へと進む。
「なにごとですか!?」
今回の交渉についてきてホテルを利用していた朱雀の人間が問う。
ヴィレールはその声を聞くと手振りで部下に射殺するよう命じた。
兵はその意を汲み、銃を躊躇うことなく朱雀人に向け引き金をひいた。
「な、なにを……」
まだ息がある朱雀の人間を銃剣で貫く。
ゴボッっと口から血を吐き出してそれは息絶えた。
「火器の使用を全面的に許可する。目標を殲滅せよ。
その邪魔になるものはひとつのこらずに排除しろっ!」
先ほどの銃声でおそらく感づかれたであろう。
ならば声をあげ、部下の士気をあげることをヴィレールは優先した。
ヴィレールの命令に従って第三小隊の兵士たちは朱雀の人間を片端から射殺していく。
そして突如として奥の廊下から電撃が迸り、数人の兵士が焼かれた。
「【朱の魔人】だ!物陰に隠れつつ応戦しろ!」
そう叫ぶとヴィレールは空き部屋の扉を蹴破り、数人の兵士とともに中に入る。
皇国軍の歩兵が朱雀兵相手に近接戦闘に持ち込むのは愚の骨頂。
故に自分たちがいる部屋の前を敵が通ると部下と共に弾幕を張り、敵を殺すつもりでいた。
これならいかに魔人とはいえ、1人くらいは討ち取れるだろうと。
そう思っていると火の玉が部屋の入口から入ってきて爆発した。
おそらくMIS系呼ばれている朱雀の魔法だと爆風によって壁に叩きつけられたヴィレールは魔法によって発生した炎に焼かれながら気づく。
しかし資料で見たMIS系の魔法はこんなカーブのような軌道を描ける魔法ではなかった筈……!!
「チィイッ!」
だが、そんな泣き言を言えばこの状況がどうにかなるわけではない。
自分は間違いなく死ぬ。
急速に薄れていく意識の中でヴィレールは本能的にそれを察した。
せめて一矢報いようと腰にさげてあった手榴弾を手に取り、全力で投げつけた。
「ちく……しょう…………」
投げた手榴弾が敵のウォールで防がれているのを見ながらヴィレールは【朱の魔人】に呪詛の言葉を呟きながら永遠に覚めることがないと分かってしまっている眠りの誘惑に屈して倒れた。
ホテル前の広場に陣を敷いていたアトラス中尉は自分の鋼機のコクピットから指示を飛ばしていた。
『アトラス中尉、第三小隊はほぼ壊滅した模様!』
「ああ、第三小隊の奴の名前が思い出せんから間違いあるまい。
対人ロケット砲兵!俺の合図を送ったら即座にホテル玄関口に向かって撃て!
重機関銃兵も砲兵と同じタイミングで連射を開始。俺がいいと言うまで撃ち続けろ!
そして突撃の合図と同時に突撃兵を前面に押し出して対象を殺せ!」
そうしてアトラスは自分の鋼機の操縦桿を握った。
アトラスが乗っている鋼機はコロッサスという最新型の陸戦鋼機である。
モンスター討伐の為に度々ウォーリアに乗って戦ったことのあるアトラスであるが対人で鋼機を使うのは初めての経験であった。
(さて、【朱の魔人】がどれほどのものか……)
アトラスは猛禽類のような笑みを浮かべる。
先の朱雀への侵攻の時は一方的すぎて拍子抜けした。
別にアトラスはバトルジャンキーではないが一方的な蹂躙による勝利では後味がよろしくない。
だが、今回の相手は噂に名高い魔人共。
いささか――いや、かなり、歯ごたえがありすぎて逆に生き残れるのかという恐怖がアトラスを襲うが、それ以上の絶対に生き残ってやるという戦意と戦場独特の高揚を感じずにはいられない。
すると画面にホテル前に影が見えた。
「砲兵及び重機関銃兵!撃て!!」
アトラスの声と共にホテル玄関口に粉塵が舞う。
その煙を切り裂き、一つの影がホテルを包囲していた兵たちを刀で両断していく。
「ッ!歩兵部隊!突撃だ!!重機関銃兵は突出してきた奴を撃て!」
『し、しかしこの位置では同士討ちに……』
「構わん!やれっ!」
『ハッ』
アトラスは通信でそう言い終えるとコロッサスの左腕についている203mmカノン砲を前線で血の雨を降らせている敵に向け、いつでも砲撃できるように整える。
「ぬっ!」
しかし、唐突にアトラスの背中に悪寒が走り、半ば勘で右腕のクローを地面に向けて振り下ろす。
するとそれを一瞬のすきに避けた朱いマントを纏った候補生がコックピットの画面に映った。
「なるほど。あの刀使いは陽動か……」
アトラスはそうつぶやくとカノン砲で朱の魔人を牽制しつつ、大隊本部へと通信を開く。
「こちらCDB42指揮官。これから朱と戦闘に入る。ここの指揮をとってほしい」
『CDB4了解。これよりCDB42の指揮はこちらがとる』
本部からの報告を聞くと、アトラスは目前にいる変な札を握った【朱の魔人】へとカノン砲を発射した。
魔人はそれをウォールの魔法で防ぎ、突貫してくる。
普通なら砲撃の反動でちゃんと制御できなくなっているコロッサスの隙を突いたのだ。
「くると思ったぞ!!」
アトラスはその光景を画面で見て唇を吊り上げた。
反動があると言っても全く動かせないわけではない。
熟練の鋼機乗りなら、常備されている制御装置を改造して下手をすれば自爆しかねない挙動を平気で行うのだ。
アトラスは反動で下がったコロッサスの左腕を限界まで下げた。
そして自由に動くようになった右腕のクローが魔人を襲う。
これには魔人も驚いたようで転げるようにしてクローの横なぎを回避した。
流石に一筋縄ではいかないかと魔人との距離をあけてアトラスが思うとコクピットを照らしていた明かりが消えた。
「?」
アトラスは戦闘中にも関わらず、首を傾げる。
整備不良かと思った直後に鋼機を大きな衝撃が襲う。
「なっ!」
状況が理解できず、画面で鋼機の情報を出してみるとどうやらコロッサスのC機関を爆破して、とても戦えるような状況ではなくなってしまっていたらしい。
一応、予備動力でシステム自体は保てているようだが、肝心の本体が壊れているのでは無理だろう。
画面で【朱の魔人】の一行が半壊した自分鋼機を横切る姿が見える。
その中の一人が小型の銃――アトラスの記憶が確かならあれは魔装銃とか言われる朱雀の武器のひとつと軍の記録に書いてあった――を持った少女がこちらに舌をだしていた。
どうやらあの女がなにかしたらしい。
「くそっ、覚えとけ……」
アトラスはそう呟きながらもう一度通信を開く。
「CDB4へ。鋼機が半壊して戦闘継続は不可能。なお、対象は0722地区へ向かった」
『了解。CDB42は戦闘能力なしと判断。救援を送ります』
通信を終えるとアトラスは力ずくでコクピットの緊急ハッチを開けて外へ出た。
するとボロボロになった自分の部隊を見てくやしそうに歯噛みするのだった。
これが今年最後の更新となります。
では、皆さんよいお年を。