水の月(2月)3日。
ミリテス皇国は隣国朱雀領ルブルムに対して宣戦布告。
侵攻部隊にルシが含まれていたことや、クリスタルを無効化する新兵器の投入。
これに加え、朱雀側は皇国が紛争程度ならばともかく全面戦争を仕掛けてくることを予想できていなかった。
その為、不意を突かれた朱雀は皇国の侵攻部隊70万を押しとどめることができずに朱雀の領土全域が一時的に皇国に占領された。
その後、各地から救援にきた朱雀軍やアギト候補生の活躍により首都は解放されたものの非常に大きい代償を支払うこととなった。
水の月(2月)14日。
先日、皇国によりペリシティリウム玄武にむけて戦略兵器【アルテマ弾】が投下された。
ロリカ同盟は首都が跡形もなく破壊され軍もほぼ壊滅状態だという。
これを受けて朱雀の同盟国であり、ペリシティリウム蒼龍を擁するコンコルディア王国は第2のアルテマ弾使用を避ける為に自国領空および朱雀領であるルブルムの制空権防衛を開始。
更にコンコルディア王国は戦火拡大を憂慮し、停戦への道を模索していたが朱雀側はそれを完全に拒否することとなる。
なぜならば朱雀領ルブルムの多くは未だ皇国の占領下にあり、侵略に対する事実上の譲歩となる停戦を行うことは受け入れ難い事態であったからだ。
朱雀最高決定機関、通称【八席議会】では連日にわたり、失地奪還のための激しい議論を交わしていた。
「遅れて申し訳ありません」
「構いません。現在は軍の再編が急務です。席に着いてください」
カリヤ院長にそう言われて軍令部長、スズヒサは自分の席に着く。
「それで現在はどれほどの戦闘能力を軍は持っていますか?」
院生局局長、ミオツク・オオフマキは問う。
「未だに再編の最中で明確な数字は言えないが数万規模、即時投入可能なものは連隊規模が限界だ」
「少なすぎるが……仕方がないといえば仕方がないか」
スズヒサの答えに学術局局長、ザイトウ・テキセは頷きながら言った。
事実、ザイトウの言うとおりだ。
首都を守っていた部隊は言うに及ばず、地方から首都に向かってきた部隊は背後から皇国軍の追撃を受ける形となり、かなりの損害が出ている。
かつて存在した3つの方面軍をすべて解体して数個の師団からなる軍で120万の兵力を誇る皇国軍と戦わねばならない事態となっている。
「やはり現在の兵力では、皇国との全面戦争は厳しい状況と言わざるを得ないのでは?」
ミオツクは自分の思うところを言った。
確かに120万対数万では幾ら朱雀の兵士が皇国の兵士に比べ戦闘力が高いといっても数の暴力で踏み潰される公算が高い。
「首都防衛と重要拠点の解放を最優先とし、地方は切り捨てていくしかなかろう」
ザイトウは今現在で最も現実的であろう提案をだした。
「戦力の不足はルシで補えばいい!」
スズヒサのある種予想外の発言に八席の議員全員がスズヒサに視線を向ける。
「甲型ではなかったとはいえ、皇国はルシを用い侵略してきた!ならば我が国も、ルシを持って報復を行えばよいのだ!」
「面白い事を言う。ルシが議会の要求などで動くと思っているのかね?」
スズヒサをどこかばかにするようにザイトウは言った。
事実、ルシが国の言う事を聞いてくれたためしがない。
八席議会にも一応ルシが座るべき椅子があるがルシが議会に参加したことなど非常に珍しい例外を除いてない。
「しかし!事実、我が国のクリスタルは敵国のルシによって脅威にさらされた!このような状況であれば彼らも嫌だと言うはずがなかろう!!」
「ルシがそのような原理原則に沿うのなら苦労はしない」
ザイトウは呆れるように言った。
それは人間のことなど無視して動くルシに対するザイトウの本音でもあった。
「ルシは、朱雀クリスタルの意志によってのみ動きます。ここでルシについて議論をしても解決にはならないでしょう」
2人の言い合いを見かねてカリヤ院長が仲裁する。
確かに今はルシのことなどより現在彼らの祖国に迫る脅威の対処の方が先決だ。
「発言よろしいかしら?」
兵站局局長、タヅル・キスガが手を挙げていった。
タヅルはこの八席議会の中で2番目に謎の多い経歴の持ち主だ。
カリヤ院長の口添えによって兵站局に入ったらしく院長の愛人であるという噂もある。
しかし彼女の活躍によって朱雀軍の補給面が大幅に改善され、迅速な移動が可能になった。
その功績により局長の座まで手に入れたのである。
「たしか、首都解放作戦にあたった候補生はクリスタルジャマーの影響を受けずに、白虎ルシを撃退したと聞いております。その魔導技術を使い、同等の兵士を作れないのでしょうか?」
タヅルの発言を聞き、スズヒサはミオツクを見る。
「その候補生は何処の組に所属している?」
「新設される予定の0組に所属予定です」
「0組の新設?そんな話は聞いてないが?」
ザイトウはミオツクを睨みつけるように見た。
候補生の修行を補佐する為に存在する八席の承認も得ず、そのような勝手をしたのだから当たり前と言える。
「ですが院長と魔法局局長の同名で0組の新設を要請された為、私の一存で新設を決定しました」
「院長、なぜそのようなことをしたのか教えてもらっても構いませんかな?」
ザイトウの質問相手がカリヤ院長に代わる。
「魔法局の外局で育てられた子供達で私が見る限りその力も候補生に申し分ありませんでしたので候補生として承認しました。しかし魔法局の機密の技術も得ており彼らに適当な組が存在せず、0組の復活を決めました」
「なるほど」
カリヤ院長の説明にザイトウは頷いた。
しかしその表情はとても納得しているようには見えなかった。
「それで?魔法局局長は今何処で何をしているのだね?この非常時に」
ザイトウは誰に言うでもなく、そう言った。
「クリスタルジャマーに関して調べるように私が命令しました」
カリヤ院長はザイトウを嗜めるように言った。
すると会議室の扉を開けて一人の女性が入ってきた。
煙管を片手に持ちながら悠然と自分の椅子の方に向かう。
「遅くなったわ」
全く悪びれずにそう言った。
彼女こそ魔法局局長であり八席議会の一員であるアレシア・アルラシアである。
素性・経歴全てが不明であり、八席議会の中で一番謎の多い人物である。
「おお、やっと来たか。それでいま0組と同じくクリスタルジャマーの影響を受けずに戦闘が行える兵士を作れないかと議論していたのだがこれについて君の見解を聞きたい」
ザイトウがアレシアに悪意をこめて睨みつけながら言った。
若造の癖に傲慢なアレシアのことをザイトウは嫌っているのだ。
「あの子らと同じことは簡単にはできないわ。高度の機密事項だから技術開示も不可能ね」
「チッ」
ザイトウは忌々しく舌打ちした。
魔法局の機密事項を局長の許可なく見れるのは院長くらいだ。
「ドクター・アレシア、クリスタルジャマーに関しては何かわかりましたか?」
「そうね。私の計測だと、あのジャマーは普通の人間に扱えるものじゃないわね。制御できるのはルシだけ。それとロリカ消失以後、大掛かりなジャマー使用は確認されていないようだし、ジャマーに関しては……ルシに何かがあって今は使えない状況というところでしょうね」
クリスタルジャマーを現在皇国は使えない。
それは今の朱雀の状況から考えても推測はできた。
もし使えるのではスズヒサが首都防衛を任せているまだ使える部隊が皇国にやられていなければおかしい。
「そうだったとして!現状を打開する策は何かあるのかね?!」
スズヒサはアレシアに食いかかかるように問う。
ザイトウと同様スズヒサもアレシアのことが気にいらないのだ。
だからこれは八つ当たりに近いものでまともな返答など鼻から期待してなかったのだが……
「候補生の戦闘介入」
非常に具体的な提案を持っていた。
その為、一瞬八席議会は騒然とした。
「現在の防衛戦力をそのままとし、現状を打破するのに、もっとも相応しいかと」
「アギト候補生ともなれば戦力になることは間違いありませんが……」
ミオツクはアレシアの提案に難色を示した。
その手段をとっていいのかと思ったのだ。
「しかし、ペリシティリウム守護の拡大解釈にならんかね?」
ザイトウはアレシアに対して肯定的な言葉を発する。
候補生が軍に所属することは基本的にタブーである。
例外としてペリシティリウムを守る為の首都防衛部隊には戦死した候補生が多数所属していたが。
しかしアレシアの提案はその例外以外でも候補生を軍に組み込むべきというものだ。
例外であるペリシティリウム守護でも、軍事訓練による紛争への参加でもなく軍に従属することを認めてよいのか?
だが現時は軍が半壊し、魔導院ペリシティリウム朱雀のある首都以外全てが皇国の占領下にある。
それがペリシテリィウムひいては朱雀クリスタルの危機であることは間違いない。
であれば例外であるペリシティリウム守護を拡大解釈し、候補生を軍に組み込んでも問題はないとザイトウは考えたのだ。
「……ルシが動かんのでは選択の余地はなかろう」
アギト候補生というものに思うところのあるスズヒサは難色を示すものの提案を受け入れた。
それ以外に現状を打破する策を思いつかないので仕方がなくであるが。
「そうですね。院長様のご判断を仰ぎましょう」
タヅルは提案に否定も肯定もせずにカリヤ院長の判断を仰ぐ。
「今は朱雀存亡の時です。誰もが試練にさらされています。アギト候補生たる彼らは、朱雀のための戦いをいとわないでしょう」
カリヤ院長の発言は実質アレシアの提案を認めたに等しいものだ。
アレシアは吸っていた煙管を口から離すと満足そうな顔をする。
「それでは、議会での正式な裁可をしましょう」
こうしてアギト候補生が朱雀軍の指揮下に置かれることが決定された。
水の月(2月)17日。
軍令部内の会議室にて。
「では次の作戦ではこの候補生部隊を含める旅団を投入する。異論はあるか」
朱雀の武官達が頷くの確認してスズヒサは書類を見る。
それは21日に行われる予定のマクタイ奪回の作戦内容である。
その作戦は候補生部隊を本格的に投入する最初の作戦となるものだ。
「では、解散」
その言葉と同時に会議に参加していた武官が退席して会議室から出て行く。
「候補生が役に立つと思うか?」
スズヒサの側近であるイスルギ大佐が疑問を呈する。
大将であるスズヒサに対して礼儀を弁えない発言であるがスズヒサは気にしない。
軍に入隊した頃から一緒にイスルギとは親友関係なので公的な場でもない限り基本タメ口で話している。
「1組と2組、それに後方で役に立つ4組以外はなんともいえんな」
これはスズヒサの正直な思いであった。
軍の要請を受けて派遣されてくることのある1組や2組や4組はいい。
だがそれ以外の力をスズヒサは全く当てにしていなかった。
「他の組だと最悪足手まといになりかねん。特に私が大佐だった頃に来た3組とかな」
実戦訓練と称して候補生が紛争に参戦したことはある。
しかしそれが役に立ったかと言えば正直微妙であった。
「皇国の大砲で自分がいた小隊が半壊したあのいけ好かない奴ですね。震え上がって後はまったくに役に立ちませんでしたね」
イスルギは笑いながら言った。
たしかにアギト候補生は実力的には朱雀兵より遥かに強い。
それはスズヒサもイスルギも素直に認めている。
だが、実戦で恐怖に煽られて震え上がり動けなくなる役立たずは正直いらない。
そんな奴と比べれば恐怖に負けない心を持つ魔法を使えない青年の方が遥かに役に立つ。
「候補生部隊の指揮隊長に徹底的にしごくよう伝えてるがどれだけ改善されるか……」
今回軍の指揮下に置かれることとなった候補生1417名の運用は軍令部の武官達の頭を悩ませた。
兵士より攻撃力が高いのは共通であるがそれぞれの組ごとに特色がある。
必然的に同じ組の候補生同士で部隊を編成せねばならない。
様々な意見が出たが最終的に十数名単位で連隊規模の歩兵部隊に配属し、そこに若干の支援戦力を加えて独立混成旅団という編成に決まった。
候補生部隊の指揮隊長については魔導院に教官として派遣している武官達を起用することになる。
これは十数名という人数の少なさを理解して運用できる人材がいなかった為である。
では、各候補生のことをよく理解している教官が一番指揮隊長として相応しいと判断したのだ。
「どちらにせよ、次の作戦で投入されるのは0組と残りは志願した者達だ。他の組を使うのはもう少し後の話だ」
スズヒサは肩をすくめながら言った。
その態度にイスルギは苦笑しながら言う。
「そうだな、役に立ってくれると断言できるのは300名程度。役に立たないと判断した者達は片端から残党狩りでもさせましょう」
イスルギの言葉にスズヒサ頷いた。
+イスルギ大佐
オリキャラです。
スズヒサとは同時期に軍に入隊した。