遂に史実の人物の名前出しちゃった。
炎の月(5月)29日。
その日、国境の長城要塞は非常に騒がしかった。
「ニュースは見られましたか?」
イネス大尉が問いかけてきた。
「ああ、見たよ。玄武軍残党の掃討と玄武クリスタルの回収に成功の話だろ?」
玄武クリスタルの回収及びその制御に成功。
それが本日明朝に本国から全軍に伝えられた情報である。
これによって旧ロリカ同盟領は正式にミリテス皇国の版図となった。
以上が本日明朝に発表された事実である。
「クンミ様の行動は無駄ではなかったのですね……」
イネス大尉は涙声でそう言った。
自分の慕う人がロリカ同盟で生死不明になった。
既にルシ・クンミが玄武の地に出撃してから3ヶ月程たっている。
最早生存は絶望的だ。
それでもしルシ・クンミの死が無駄死にだったならとイネス大尉はどこかで思っていたのだろう。
大切な人の死が意味のある死ならばまだ納得もできようが無駄死にだったとしたならば浮かばれない。
おまけに今回の場合はイネス大尉はルシ・クンミのことを覚えているのだ。
もしこれで玄武攻略に失敗したと聞いたらいったいイネス大尉はどんな感情に襲われるのだろう?
……考えたくもない。
「イネス大尉、少し休まれたらいかがです?」
ベルファーがイネス大尉を気遣って声をかける。
「いえ、大丈夫です」
イネス大尉は涙を流しながら笑顔でそう言った。
「クンミ様のおかげで皇国は因縁の玄武を倒すことに成功しました――!」
「そうだ。建国以来衝突を繰り返してきた因縁のロリカ同盟についに終止符をうったのだ」
私は力強くそう言った。
それに対しイネス大尉は感極まった風に何度も頷く。
「正直に言うと私が生きている間にロリカ同盟が滅びるなんて10年前には夢にも思いませんでしたよ」
ベルファーは苦笑しながらそう言った。
「そんなのは私もだ。あの頃はそんなこと夢にも見なかったよ」
10年前、帝政を打倒した直後は対外戦争などしている場合ではなかった。
暗愚な皇帝や無能な貴族共によって政治が腐敗していたからだ。
今では皇国の政府は軍部の監視下に置かれている。
これによって腐敗を止めたら今度は軍の拡大。
それに平行して新兵器の開発なども進められた。
その結果、我々は玄武を打ち破ることができたのだ。
「しかしここで油断は禁物だな」
「ええ、いまクンミ様による勝利に油断したなら朱雀や蒼龍に潰されかねません」
「ですが向こうも平静ではいられなでしょうね」
「そうだな。他国のクリスタルを手に入れた。鴎暦以来、初めての快挙だ!」
戦乱絶えぬオリエンスにおいてクリスタルを2個保持した国の記録は殆どない。
強いてあげるならば
しかしコンコルディアの場合は青龍のクリスタルは呪われているとされすぐさま封印されたと伝わっている。
その為、クリスタルの恩恵を受けるという目的でクリスタルを2個保有した国家はいままでない。
オリエンスではクリスタルなくては軍事は成り立たないのだ。
現に現在オリエンスに存在する国家は全てクリスタルの恩恵を受けている。
こうして現在の四大国が形成されたのだ。
そしてオリエンス大戦以来、どこかの国が滅びることもなく今までの国境付近で小競り合いを繰り返す歪な勢力の均衡が形成された。
しかし今回の戦争でその均衡は破られた。
【ロリカ同盟】と呼ばれた国家は滅び、玄武クリスタルはミリテス皇国のものとなった。
この情報は朱雀領ルブルム・コンコルディア王国の両国に深い衝撃を与えている。
もう戦前の四カ国による国際秩序を取り戻す術はなくなったのだ。
「とにかくこれで玄武軍残党の掃討をしていた2個軍団が南下してこちらにくる。ようやく帝都に戻れるわけだ」
「……正直、玄武侵攻の為に抽出した部隊の穴埋めの為という気があまりしませんがね」
「私も」
「まぁ言いたい事もあるだろうが帝都防衛旅団の本分ではあるだろ」
「確かにそういえなくはないですが一々我々に隠す必要があったのでしょうか?」
「……戻ってらクラーキン少将に訊いてみる」
「望み薄ですね」
「イネス大尉の言うとおりだ」
旅団長のクラーキン少将からまともな返事を聞けるとは思えない。
どうせ諸君等なら言わずとも分かっていると思っていたと豪快に笑いながら言われるのがオチだ。
「そういえばTVの対玄武戦線終結のニュースはどうでしたか少佐」
「ああ、相変わらずゲッペルスは演説が上手いな」
ゲッペルスとは皇国の広報部所属の男だ。
今回のTVのニュースでゲッペルスが大声で散々玄武クリスタル入手やロリカ同盟への完全勝利などを叫ぶように演説した後、シド元帥によるはっきりした演説がなされた。
二人とも演説の天才だがなんか対比的なものを感じる。
だからだろうか物凄くそのニュースに引き込まれた。
「互いにどうしてああも人を惹きつける演説をできるんでしょうねぇ。あの二人は人じゃないと言われたら多分信じますよ私は」
「……確かに」
「お二人ともあまり言うと秘密警察の類が出張ってきかねませんよ?」
「「そうだなイネス大尉」」
だがあの惹きつけかたはもう人間を超えてると思う。
「とにかく、数日後には列車に乗って帝都に戻るから部隊の撤収準備を頼む」
「「ハッ」」
ベルファーとイネス大尉が敬礼し、部屋を出て行く。
そして私は窓からの方を眺めた。
「久しぶりに妻と子どもに会えるな」
帝都にいる家族のことを想いそう呟いた。
さて、私も仕事をしないとな。
私も部屋を出て、連隊長の執務室に向かう。
が、廊下で見覚えのある人物を見かけた。
「おや、ソユーズ少佐」
「これはイシス少佐」
「今日はルーキン少佐は一緒ではないので?」
イシス少佐が私の周りを見ながらそう言ってきた。
「別にいつも一緒なわけではありませんよ」
私は苦笑しながら私はそう返す。
「そうなのですか?よく部下に仕事を押し付けて貴方の所に言っていると聞いていますが……」
「あいつが勝手に来てるだけですよ」
「嫌ならなぜ追い返さないのです?」
「一応あれでも士官学校からの仲なので」
そう言うとイシス少佐は軽く笑い、
「そうなのですか。私もなんだかんだで帝都防衛旅団参謀のシャルロとは士官学校からの腐れ縁ですし」
「シャルロ中佐と貴方はそんなに長い仲だったのですか?」
「ええ、士官学校にいた頃に一緒に憲兵隊とドンパチやらかしたのが切欠で」
「憲兵隊とドンパチって……問題にならなかったのですか?」
憲兵隊とは
そんなところとドンパチって絶対に問題になっているはず。
「それが憲兵隊の方達が酔っ払ってましてね。フラフラ状態でハンドガンを撃ちまくってたのでそれを止める為だったのであまりお咎めはありませんでした」
「酔っ払って警邏するなよ。まぁ酔わないとやってられないというのも分からないではないが」
「確かにあの頃は酷かったからですねぇ。国民の50%以上が酒に頼って生きてたのでは?」
「ありえそうでこわい」
私がそう言うとお互いに笑った。
実際帝政期のミリテスは酔っ払いによる事故や事件が異常に多かった。
衰退していく祖国を黙って見続けることしかできかったあの頃だから酒に頼ってしまうのも仕方ないといえば仕方ないのだが。
「あれ?2人ともこんなところでなにやってんだ?」
ルーキンの声が聞こえたほうに私達は顔を向けた。
するとそこには大量の書類を抱えたルーキンがいた。
「ルーキン、その書類はなんだ?」
「これか?リグティに仕事を押し付けてた事に関する始末書」
ルーキンは暗い顔をしながらそう言った。
「……リグティ大尉は中佐にお前の職務怠慢を報告したのか?」
「いや、俺の大隊内で俺がリグティに仕事を押し付けるってのが噂になってたみてぇでそれを聞いたハーシェル中佐がリグティに事の真偽を確かめたんだ。リグティも上官命令に従わないわけにはいかず事実を言いこうなった」
「噂にまでなるほどお前は補佐の大尉に仕事を押し付けてたのか……」
最早呆れるしかない。
隣でルーキンが始末書を書くことになったのが嬉しいのか、イシス少佐が「おっしゃ!」と小声で言ってガッツポーズしている。
「ってなわけで俺は今日中に始末書作成して連隊長に提出しなきゃなんねぇから、じゃ」
ルーキンはそう言うと自分の部屋の方へ歩いていった。
あいつはあれだけの量の始末書を今日中に?
「イシス少佐、貴方はルーキンが抱えている始末書は何枚に見えました?」
「少なくとも50枚以上はあるように見えた」
「……」
がんばれよ~ルーキン!
私はお前を応援してるよ!
自業自得だけど始末書の作成頑張ってね!
「それはそうとソユーズ少佐」
……ハッ!
ルーキンが久しぶりに罰則を受けたので少々浮かれてたみたいだ。
もうルーキンの普段の勤務態度が悪すぎて上官も匙を投げており、苦情でもこない限り罰則を与えなくなってたからな。
「なんですかイシス少佐」
「そろそろ連隊長の執務室に行きますか」
「そうですね、中佐と詳しい予定を煮詰めなくては」
私達は話しながら連隊長の執務室へと歩いていった。
しばらく皇国本土の描写をするにあたって北国の取材(という名のスキー旅行)に行ってくるので暫く更新できなくなります。