約二年に近い休止期間を経てはいますが、継続的な定期更新の目途が立ちましたので、本日より連載を再開致します。
更新休止中の間、応援等心暖まるメッセージを送ってくださった読者様に感謝すると共に、ご感想欄と本作品の感想に関わる一部メッセージの返信を取り止めておりましたことを深くお詫び申し上げます。
2016年9月14日 raira
何事においても継続というものは重要だ。それは、私でも十六年間の自らの人生経験でそれなりに知っている。
十年以上も酒屋で店番をしていれば、知識としてお酒の名前や種類、度数は勿論の事、有名所であれば葡萄酒に使われる葡萄の品種や産地まで嫌でも覚える事になる。ついでに、買いに来るお客さんと接していれば、誰が何を好むかという趣向や、どんな言葉を掛ければ、あるいはどのような仕草をすれば買ってくれるのかも大体わかってくる。
そういった小さい頃からの店番で培った接客経験は、帝都近郊に来てからも《ケインズ書房》や《キルシェ》でのアルバイトでも大いに役に立っていた。
それと同じ事が武術にも当てはまるということは、欠伸半分に私の隣を歩くフィーには何度となく言われていた。
中間テスト前に始まったフィーとの銃の特訓も日課の様になって久しい。最近ではより実践的な訓練内容へと変わり、毎週日曜日の自由行動日は主に街道を逸れた場所で木製の標的に向けて様々な距離や体勢での射撃訓練をしていた。勿論、魔獣の相手だってする時もある。
大体朝の五時過ぎに二人でまだ眠気眼な瞼を擦りながら寮を出て、朝日を浴びながらの特訓に打ち込み、朝ご飯の時間にはしっかりと戻るという流れであり、行き帰りの時間を除けば概ね一時間程度の練習時間だ。
慣れない頃はともかく、今となっては少し短すぎるように思えるようになった朝練だが、フィーに曰く、日々の訓練において技術の向上はどちらかといえば二の次であり、腕を鈍らせない事が最も重要な事なのだという。その為、身体に無理な負担をかけない程度の訓練を継続する事が大切なのだとか。
私としてはかなり不甲斐なく思うけど、長い時間持たない私の集中力も無関係ではなく、それもしっかりと踏まえて継続し易い一時間という時間が丁度良い、とういうのがフィー先生の判断だったりする。
後は訓練には全く関係ないことだが、シャロンさんの作ってくれる美味しい朝ご飯を時間通り食べたいという私達二人の思いも多分に含まれているだろうか。
改めて考えるとなんか勉強みたいだ。クレア大尉がこの間教えてくれた勉強法も、短い時間でも良いから復習と予習を毎日こなして習慣付けていくというものだったし……そういえば、朝ご飯はちゃんと食べなさいとも言われたっけ。
そんなこんなで今週も一時間の朝練を終えて、朝ご飯が待っているであろう寮への帰り道についていた。
結構高く昇った朝日が私達の背中を照らし、靴先の道路の路面に背より何倍も長い影を描いている。まだまだ季節は夏真っ盛りだ。
「銃の性能にまだまだ助けられてるけど、エレナはやっぱり長距離戦が一番向いてると思う」
前々から彼女は私の事をそう評価していたが、私個人として色々と疑問符は付くところだ。
「だけど、Ⅶ組の活動だと中々無いじゃん」
仮に向いていたとしても、それではみんなの役に立てなそうなのだ。
先月の帝都でのテロリストとの戦いなどの例外を除けば、私達Ⅶ組が主に相手にするのは魔獣だ。魔獣との戦いは主に偶発的な遭遇戦が殆どであるので、中々長距離からの攻撃という状況にはならない。
「特別実習だとそうだけど……エレナは鉄道憲兵隊を目指すんでしょ?」
フィーの言葉に、私はっと気付かされた。
「……まさか」
「い、いや、考えて無かった訳じゃなんだよ?」
考えてなかった訳でも忘れていた訳でもない。ちょっと、そこまで発想が及んでいなかっただけで……。
「ふーん」
なんとも湿っぽい視線が隣から見上げてくるので、思わず反対側――丁度、道路の左手側を走る大陸横断鉄道の線路の方へと目を逸らしてしまったが、そんな私に「ま、いっか」と一言おいてからフィーは話を続けた。
「ああいう治安維持部隊の任務だとスナイパーは重宝される存在」
「えっ、そうなの?」
私の隣を歩く少女はコクンと小さく頷く。
「先月の帝都のテロ警備でも、大通りとかの高い建物の上には大体いたかな。広い範囲を効率的にカバー出来るスナイパーは警備には効果的だから」
まぁ、テロリストの方が一枚上手だったけど。と、続けたフィー。
元猟兵としての経験によって培われた彼女の観察眼にはいつも驚かされてばかりだ。
「それにあの大尉さん――《氷の乙女》は帝国軍で指折りの実力を持つ狙撃手としても有名」
「へえー……!」
クレア大尉、狙撃もできるんだ……。いつか私の銃の腕も手ほどきして貰えたり――ていうか、今度お休みが合ったら射撃場に誘ってみようかな。私も頑張って腕を上げたら、もしかしたら、もしかしたらだけどリィンみたいに頼りにされちゃったり!
それで、私が将来鉄道憲兵隊に入ったら、クレア大尉の部下とかになって――でへへ。
「エレナ、大丈夫?」
理想の未来の自分という、何とも心地のいい夢の世界に引きずり込まれていた私は、フィーに現実へと意識を戻される。
「う、うん! いいアドバイスくれてありがと!」
ちょっと妄想が入っていたけど、私の進む道の一つが明確に示された様な気がした。
スナイパーとして鉄道憲兵隊を目指し、帝国正規軍の一員としてこの帝国を――守る。
先程見た、朝日を照らして輝く鉄路へと目を向ける。そう、この大陸を縦断する線路で帝国各地を駆け巡って平和と安全を守るのだ。
俄然、やる気が出てきたというものだ。
「ほんと、フィーには助けられてばっかだよ」
「ま、仲間だし当然」
嬉しい事を言ってくれるじゃないの。
その言葉は、私に翡翠の街の夜を思い起こさせた。
「あ、ガイウスだ」
他愛のない会話の途中、私の隣を歩くフィーが目的地の寮の遥か先に視線を向けてそう呟いた。
「フィー、目すっごく良いよね」
私なんかよりフィーの方が遥かにスナイパー向きだろう。
「多分、きっと朝のお祈りにいくんだよ」
「なるほど。誰かと話してるみたいだけど……《キルシェ》の人かな」
そこまで見えるものなのだろうか。私の目には遠くに誰かがいるような気はするけど、一人なのか二人なのかは全く分からないし、ましてやおぼろげなその人影が誰かなんて見当も付かなかった。
「ドリーさんかぁ……毎朝教会行ってるって言ってたし、鉢合わせたのかな」
「うん、丁度店の前だし」
二百アージュは離れているであろうトリスタの商店街前の光景を、フィーは手に取るように伝えてくれる。
そういえば、ガイウスはよく《キルシェ》でも見かけるし、実はドリーさんと仲が良くて一緒に行っていたりするのだろうか、なんて邪推をしてしまう。まぁ、あの二人の事だから違うとは思うけど、念のためヴィヴィ辺りにそれとなく聞いてみるのも良いかもしれない。
それにしても、二人で朝のお祈りなんてちょっとロマンチックじゃないか。
「教会かぁ……最近行ってないからちょっと懐かしいかも。そろそろ行かないといけないかなぁ」
「ふーん。そういうものなんだ?」
信仰心は人それぞれだけど、毎週日曜のミサに教会にいくのは至極当たり前の習慣だと思う。私だって故郷にいた時は、せっかくお店がお休みの日曜日なのにお祖母ちゃんに叩き起こされて連れていかれたものだ。その反動か、トリスタに来てからは全く行っていないけど。
「フィーはお祈りに行ったりとかはしない?」
「特に。団には教会に通う人も居たけど、ほんの一握りだった。そんな時間があるなら、武器の手入れでもしてた方が自分の為になるし」
「そ、そっか……こっちに来てからも? あ、でもサラ教官とか絶対いかなそうだしなぁ……」
そこで、ちょっと間が空いた。
「私、女神とかいないと思ってたから」
あっさりとした様子で、とても信じられない言葉を口にした彼女に驚きながらも、以前に彼女が話してくれた生い立ちを思い返してしまう。
戦場で一人ぼっちで――猟兵に拾われて――家族同然の様に育てられ――その”家族”を失った。
そんな環境で育てば、女神なんていないと、救いなんて無いと思うのも無理はないのかも……知れない。
「……でも、最近は、少しは信じてもいいかも」
その呟きの意味に気付いてしまった私は、胸が熱くなるのを感じてしまった。
それって、今が、Ⅶ組とみんなと過ごす学院生活が幸せってことだよね。
「……何?」
さっきとは違った理由の湿っぽい視線を向けてくる。いつもは大胆にズバズバ物申す癖に、偶にちょっと照れ屋なんだから。
「じゃあ、みんなで一緒に行こっか!」
「……今から?」
「ううん、今日はどうせ午後にエリオット君達の演奏会で教会にはいくし、めんどくさいからまた今度ってことで」
あと、大事なことを付け加える。
「それに、はやく朝ご飯たべたいし」
「それ、バチあたりなんじゃないの?」
「いいよいいよ。私、元々教会苦手だったし、こっちに来てからは全然行ってないしね。今更、一日二日遅れたぐらいで女神様が怒るわけないもん」
私達が信じる《空の女神》はそんな事で怒ったりはしない。聖典は小さい頃から教会で読まされたが、その中での女神様は悪い事をしてしまった人にも怒って罰を下す事なんて一切無く、決まって優しく諭して道を正させる。
女神様に諭されても尚、沢山の人を傷つけ酷い悪事を続けた人が最終的に悪魔に唆されて煉獄に落ちるというお話では、そんな罪人の最期でさえ、涙を流し悲しむとても慈愛に満ちた女神様なのだ。
・・・
「……暑い」
綺麗な銀色の髪を私に預ける少女は、導力の力で暖められた風に不満げにぼやく。
文句を言われて、私は手に握った導力器をちょっとだけフィーの頭から離してみる。こんなの気休めにしかならないけど。
朝練でぐっしょりとかいた汗や砂埃を流す為にシャワーを浴びた筈なのに、髪を乾かすために汗をかく羽目になるというのも確かにおかしい話だと思う。まぁ、これもそれも朝からカンカン日照りなお日様がいけないのだけれど。
学院生としてこっちに来てから初めて知った、”導力ドライヤー”なる髪乾かし用の導力器。
実はアリサの私物であったりするのだが、いつの間にかこうしてみんなで共有して使うようになってしまった一品だ。勿論、信頼と安心のアリサのご実家、ラインフォルト社製である。
初めてこの導力器を見せられた時は、故郷より遥かに導力化の進んだ帝都の生活に驚いたものだ。アリサの話では数年前から発売されてたみたいだけど、こっちでは全くお目にかからなかったし。
最初は一人では怖くて使えなかったコレも、慣れてみれば案外楽で便利なもので、いつの間にか使うのが当たり前。今じゃ特別実習に行く度にないと困るぐらいだ。
そんな昔とまではいかないちょっと前の出来事に思いを馳せながら、導力器を持っていない方の片手で温風に揺られるフィーのまだ半濡れの髪を弄んでいると、シャンプーの匂いに混じって食欲をそそる甘い匂いに鼻をくすぐられる。
ぺっこぺこのお腹がきゅっとした気がする。もしドライヤーを使ってなかったら、お腹の音が響くんじゃないかと思うぐらい。
「シャロンさん、朝ご飯出来たんだね」
「パンケーキとシロップ。あととっぴんぐはラズベリー」
とても可愛らしくすんすんと小さく鼻を鳴らし、漂う甘い匂いを嗅ぎ分けるフィーが今朝の献立を教えてくれる。
「うわぁ、おいしそう!」
うん、毎日おいしいけど今日も超おいしい朝ご飯が期待できそうだ。
「ん」
そんな同意と共に、何を思ったのかいきなり椅子から立ち上がったフィーが、脱衣所から飛び出してゆく。
「って、まだ髪乾いてないってばっ!」
「めんどい」
めんどい、じゃなくて、お腹すいた、の間違いだろうに! ドライヤーの音で気付かなかっただけで、もしかしたらフィーのお腹も鳴っていたのかもしれない。
私もお腹すいたし早く食べたいから、もう行っちゃおうかなぁ。私の髪はフィーよりもまだ水を含んでいるだろうけど、こっちに来る前は別に濡れたままで自然乾燥に任せて過ごしてたんだし、別に一日ぐらいいいよね。
なんて、考えも浮かんで来る。
「フィーちゃん、髪の毛はちゃんと乾かさないと駄目ですよ」
「そうよ、髪は女子の命なんだから」
「むぅ……」
フィーが開けたドアの先、ロビーにいたのは朝ご飯で下に降りてきた制服姿のエマとアリサ。
どうやら脱衣所の外まで声が届いていたのか、フィーは二人の世話焼きお姉さんに諭されてしまう。
「エレナ、貴女もよ?」
あ、さいですか。
フィーも行くならと思っていた私は見事にアリサに釘を刺された。ちぇっ、もう朝ご飯のつもりでいたのに。
渋々、フィーと一緒に戻ろうとした時、突然の乱入者が現れた。
「みんなオッハヨ―!」
Ⅶ組の元気娘ことミリアムのハツラツとした挨拶がしたと思った次の瞬間、目の前のアリサとエマのスカートがそれはもう見事に舞い上がった。
「「きゃっ!?」」
いきなり捲り上げられた二人の悲鳴が響き、その後ろで悪戯の成功に満面の笑顔のミリアム。
まさか、朝から寮でスカート捲りの被害にあうとは夢にも思わなかっただろう。
私だってまさか朝からアリサとエマの下着を見せつけられるとは思わなかった。勿論、となりでポカンと口を開けたまま珍しく驚いているフィーもだろう。
「ニシシ! イインチョ、クレアよりオトナっぽいかも! アリサもダイタンだねー!」
朝から人の下着を批評をしたと思えば悪気もなく食堂へ駆けてゆくミリアム。エマは顔をニガトマトの様に顔を真っ赤にして恥ずかしがってしまって、声も出ない様である。
まぁ、私達以外に見られなかっただけ――あ。
「こらっ! 待ちなさい、ミリアム!」
アリサが逃げるミリアムを目で追う途中――何とも不幸なことに、ちょっとだけ寝癖を立てたリィンとクロウ先輩が階段から仲良く降りて来ていたところだった。
「ヒューゥ、眼福眼福」
早起きは三文の徳っていうのはよく言ったものだぜ、と軽口を叩く朝からエロそうな顔つきをしたバンダナ先輩とは対照的に、朝っぱらからの刺激的な光景に目を奪われていたのか微動だにしない黒髪の我がクラスのリーダー。
まさかの目撃者に硬直して、どんどんその横顔の熟度を上げていくアリサとはこんな所でもお似合いのようだ。
「……み、み、……」
しっかりとセットされたアリサの金髪のツーサイドアップが小刻みに震えると、流石のリィンもわたわたと慌てて弁明を始める。
「……ち、違うんだ、アリサ、委員長! これは――」
不可抗力という、”いつもの奴”でして。と、私は心の中でぼやいてみる。
顔を完熟のアゼリアの実より赤くしたアリサの言葉にならない怒り叫びがロビーに響いた。
第三学生寮は今日も朝から賑やかである。
・・・
・・・
目の前の相手は、まったく整理もされていない紙の巨人。所謂、書類の山という奴。私はデスクというリングで、ファイリングという格闘技をしていた。
何でこんなことになっているのだろうか。
今日は待ちに待ったエリオット君の演奏会やその後に学院祭実行委員の集まりといった外せない大事な予定がある日だが、午前中はこれといって予定は無く暇な休日の筈だったのに。
「まったく……もう!」
「アゼリアーノ、ここは教官室だぞ。静かにするように」
「あっ、す、すみません。ナイトハルト教官」
さっきからどうしても開けずらいフォルダの金具との格闘中、間が悪いタイミングで教官室に入ってきたナイトハルト教官に後ろから注意される。
「ここで何をしている?」
「えっと、そのー……お仕事というか、奉仕活動っていうか……」
「例の授業放棄と門限破り、外泊の件か」
「……はいぃ……」
またお小言というかお説教されそうなので、どうにか言葉を選んだつもりではあったけど、あっさりバレてしまった。
「全く……アゼリアーノさんに合わせる顔がないぞ」
言われると思ってました。もう何年も会ってない私と違って、ナイトハルト教官は偶にお父さんと会うみたいで、学院での私の様子を話したりしているらしい。
もっとも、うちのお父さんは成績優秀品行方正な私なんて、これっぽっちも期待していないとは思うけど、昔うちのお父さんにお世話になった事があるらしいナイトハルト教官からすれば、はいそうですか、ともいかないのだろう。
「あー、エレナ―、終わったかしらー?」
自分で思ってて不甲斐ない私にため息をついた時、教官室でお仕事をしなきゃいけなくなった元凶、サラ教官がやって来た。
なんて間が悪い。
始まりは朝ご飯の後、サラ教官が寝起きの不機嫌さと焦りの混じる顔で現れた事だった。
案の定、小間使いとして学院へと連行され、教官が昨日ハインリッヒ教頭に押し付けられたという書類整理のお仕事を半分程受け持たされる。
悪い事は続くもので、理不尽さにぶーぶー小声で文句を言いながら作業をしていたら、今度は教官室に入って来たナイトハルト教官に私は注意される羽目になる。ただ私が注意されるだけであれば良かったのだけど、問題は犬猿の仲の――どっちあ犬か猿かはノーコメントで――サラ教官が来てしまったのだ。
という訳で、ナイトハルト教官が生徒に仕事を手伝わせているサラ教官にお小言を漏らし、二人の間でいつもの如く火花が散った。
「サラ教官のやり方は士官候補生の教育には――」
「頭ガッチガチな軍人さんはこれだから――!」
最初は私に仕事を手伝わせている事について言い争いしていた二人だが、いつの間にかⅦ組の教育方針に代わっていた。というか、この二人いつまで言い争いするつもりなのだろうか。
「あ、あのぅ、これはどのフォルダ――」
「ちょっと待ってなさい。今大事な話をしてる最中なんだから!」
教官室に邪魔する人がいない事を良いことにヒートアップしていく二人を止める意味合いも込めて聞いたのに。
まったく大事な話って……ぶっちゃけ、マキアスとユーシスの痴話喧嘩と大して変わらないじゃないか。
「まったく、サラ教官、生徒に仕事を手伝わせておいてそれはないだろう。見せてみろ」
よく言ってくれました、ナイトハルト教官。
顔をしかめるサラ教官なんて意に介さず、私が差し出した紙を手に取る。
めっちゃ厳しいけど、やっぱり教官としてはうちの担任より遥かにまともだ。顔はかなりイケメンなんだから、もっと優しくしてくれれば女子人気上がりそうなんだけどなぁ。独身だし。まぁ、今でも一部の子にはそれなりに人気らしいけど……。
「水練のタイムか……ふむ」
「フフン、どうですか? 特に男子なんか今月に入ってタイムもかなり良くなってますよ。私の授業の成果ですよ?」
先程の紙に記されたタイムに興味深そうに目を走らせているナイトハルト教官を見て、サラ教官はここぞとばかりに自慢気な様子だ。
実技教練はサラ教官の担当だから分からなくもないけど、大人気なさ過ぎだろう。
「ふむ……特訓の成果がそこそこ出ているな。優秀な生徒達だ」
「特訓……?」
「サラ教官には話していなかったか。Ⅶ組の男子には先月末に私が正規軍流の特訓を施した」
「なんですってぇ!?」
怒鳴り声に近い驚嘆を上げて、サラ教官の顔がぐるり回ってこっちを向く。
洗いざらい吐け。まるで尋問のような威圧感を醸し出した《紫電》のバレスタインの瞳が語っていた。
「え、えっとー…確かにエリオット君からそんなような話は聞いた――」
「きぃっ!」
苦虫を噛み潰したような顔をするサラ教官に、ナイトハルト教官は顎を張る。
ナイトハルト教官った勝ち誇ってる時、こんな顔になるんだ……。それほど露骨ではないけど、普段の銅像の様に硬い表情を考えれば、これは間違いなくドヤ顔だった。
なんかナイトハルト教官もちょっと大人気無いなぁ……。サラ教官との比較で、少しばかり個人的には評価が上がっていただけに残念である。
「だが、男子に比べて女子は、アルゼイドとクラウゼル以外は伸び悩んでいるようだな?」
「え、えーっと……」
途中から私の方にも向いたナイトハルト教官の視線に、私はバツが悪くて自分の目が泳いだ。
「アゼリアーノ、お前の進路志望は聞いている。私も軍に身を置く一員としてお前の志を誇らしく思う」
ストレートなお言葉にドキッとしてしまう。まさか、ナイトハルト教官に誇らしく思われちゃうなんて。
「――が、鉄道憲兵隊は正規軍の精鋭部隊――この程度の体力では選抜試験どころか正規軍の入隊訓練も厳しいぞ。もっと精進するといい」
「はい……」
珍しく褒めて上げといてくれたと思ったら、案の定ガツンと落としてくれる。
「やる気があるのであれば、お前にも特訓を施してやろう。いつでも来るがいい」と、私に言い残し、ナイトハルト教官は悔しそう顔を歪めるサラ教官を一瞥して教官室を立ち去っていった。
ナイトハルト教官と二人っきりで特訓って――……。
イケメンの男性教官とのプールで個人指導だなんていうドキッとするシチュエーションを想像しかけて、私は慌てて頭を振ってとんでもない妄想を払いのける。
相手はあのナイトハルト教官だ。間違っても何か起きるわけないし、超スパルタ過ぎて五分で私が根を上げるに違いない。うん、間違いない。
恋愛小説の読み過ぎだと自分の中で言い訳よろしく納得させて、熱くなった頬を落ち着かせていた時、今まで不思議と静かだったサラ教官が私の名前を呼んだ。
「エレナ……」
「はっ、はいっ」
とても嫌な予感がした。
ギラついたサラ教官の瞳に漂うのは、まさに闘気。ナイトハルト教官への対抗心が《紫電》の名に恥じない稲妻の様に走っていた。
「アタシ達もやるわよ……特訓」
「ええっ!?」
「『ええっ!?』、じゃない! 今すぐ寮に戻って女子全員の水着を取って来なさい! ニ十分後にギムナジウムに集合よ!」
お久しぶりです、rairaです。
時間の流れとは早いもので、気付けば一昨年末の更新休止から季節が二回り程巡ってしまいました。
この二年近くの間に「閃の軌跡III」の製作決定や「暁の軌跡」のサービス開始等、軌跡シリーズも大きな動きがありましたね。「閃III」までにはこの作品も「閃II」後日譚まで辿り着きたいものです。
「暁の軌跡」に関しては、いつぞやの「空の軌跡オンライン」程度にしか考えていなくて、全く期待してなかったのにどっぷりハマってしまってます。携帯で出来れば文句なしだったのに!
今回は8月22日日曜日、五章の自由行動日の朝のお話となります。
前半はそろそろVII組が”仲間”から”家族”となるフィーと主人公エレナの心情を描いてみました。四章では別班ということもあって、フィーのエピソードは久しぶりです。
後半は私の大好きな教官コンビのお話です。サラ教官の言うナイトハルト教官のドヤ顔、みてみたいのは私だけではないはず。
次回は8月22日の午前中、五章の自由行動日の中編の予定です。
最後まで読んで頂きありがとうございました。楽しんで頂けましたら幸いです。