光の軌跡・閃の軌跡   作:raira

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6月26日 いつか来た道

 鏡の中に映るのは、いつも通りの自分。

 昨夜はちゃんとよく寝付けて、昨日の朝ほど酷い状態ではなかったのだけは安心できる要素だ。

 

 結構長い間髪を切っていなかった為、いつの間にか髪は大分伸びており少し野暮ったい印象を受ける。特別実習前に美容院は行きたかったけど、色々あっていつの間にか出発日だ。

 

 よく恋愛小説では失恋した後、髪をがっつり切ってショートにしてしまう様なシーンがあるが、私には正直そんな気は更々無い。でもなんだろう、何か変えたいという気持は良くわかるのだ。何となくだが、今まで通りではいけない気がしたのだ。私は変わらなくてはならない――そんな気がする。

 

 心の中を変えるには外見からと言うではないか。

 

 ふと、髪ゴムを手首に通して後ろ髪を結んでみる。

 

 うん、少しいいかも。

 

 少し鬱陶しかった髪が少しスッキリした様な気がする。あまり普段髪を結ばない故に慣れていないのが難点だが、アリサやエマに綺麗に結ぶ方法を教えてもらうのもありかも知れない。

 

(でもこれじゃ、元気ある活発な子みたい。)

 

 鏡の中の自分が苦笑いを浮かべる。やはり少し私らしくない気がする。

 

「あ、そうだ」

 

 リュックから帽子を取り出して深めに被り、結んだ髪を後ろ側から出してみる。

 浅く被ればまるで男子のような感じになるかも知れないが、深く被れば結構落ち着いた雰囲気の子にも見えなくはない。

 

 うん、いい感じかも知れない。

 

 お父さんから昔貰った帝国正規軍の帽子。軍服や戦闘服の帽子という訳ではなくて、どちらかと言うとグッズ的な帽子だ。

 その帽子の側面には、これまたお父さんが休暇中の観光のお土産で買ってきた、猫のキャラクターの少し大きめの缶バッジが付いていた。昔の私が付けたのだろうか。

 

(この子、かわいいかも?)

 

 何のキャラクターかは全く分からないが、少し愛らしい気もする。

 

「よしっ……」

 

 着替えや色々な荷物の入るボストンバッグと武器の入ったライフルケースを手に持ち、椅子を立つ。

 

 今日から気の重い特別実習。

 ラウラとフィーは相変わらずギスギスしており、リィンの様に皆を纏めれる人もいないのだ。そして場所も帝国西部の最果て――私には色々と複雑な思いだ。

 しかし、色々な事を考えても仕方無い。なるようになるしか無いのだ。

 

 小棚の上に置かれた栓の開けられた故郷のレモンシロップ瓶と伏せられた写真立てが目に付く。

 少しの間だけ考えないようにしよう――サラ教官にあやされた後、そう思って私と彼の家族で撮った写真をそっと伏せたのだが、瓶も隠しておくべきだったかもしれない。

 

(……そんなことしても忘れれる訳、無いのにね。)

 

 忘れたいと思う私。そして、忘れたくないと思う私。

 矛盾している。

 

 そんな部屋を一瞥して、私は扉を閉じた。

 

 

 ・・・

 

 

 一階に降りた私が目にしたのは、凛とした姿勢で独り佇むラウラだった。

 彼女は階段を降りる私に気づくと、張りのある声で挨拶をして来る。

 

「お、おはよう……」

 

 ラウラの挨拶への返事は心なしか弱々しくなる。自分からは声が掛け辛かったというのは内緒だ。

 

「エレナ、体調は大丈夫か?」

「うん、もう大丈夫。ありがとう」

 

 昨日授業を休んだ私を気遣ってくれるラウラに感謝して、周りを見渡す。

 誰かを待っているのだろうか、昨日の打ち合わせでは各自用意を済ませて駅で合流する事に決まっていた。

 

「……ええっと、ラウラはどうしたの?」

「ああ、私はエレナを待っていた」

「私を?」

「病み上がりでは荷物を持つのも疲れるだろう。少しは力になりたくてな」

 

 そう言うとラウラは手を差し出して、私のボストンバッグを受け取ろうとする。

 

「帽子を被っているのは珍しいな。うん、似合っているぞ」

「あ、ありがとう……」

 

 少し複雑な気分だ。可愛い帽子ならともかく、お父さんの帽子で似合っていると言われるのは。

 

「――あ、その猫は……」

「……おはよ、エレナ」

 

 ラウラが何か言いかけた所で、偶然だろうが遮るようにしてフィーが一階に降りてきた。

 

「あ、おはよう」

 

 フィーの視線とラウラの視線が私を挟んでぶつかり合う。心なしか気圧が高まった様な気もしなくもなく――緊張感が満ちる。

 

「ね、エレナ。用意は済んでる?」

「いや……まだだけど……」

「0.5リジュ弾を用意しないとアレは使えないよ。私も色々用意するから行こうか」

「ええっと、じゃあ、ラウラも――」

「――私は遠慮しておこう。先に駅で待っている」

 

 ラウラは、そう言い残すと足早にそのまま寮から出て行ってしまう。

 

 彼女が出て行ってしまった理由はどう考えてもフィーの事なのだろう。しかし、仮に彼女が私の誘いに乗ってくれたとしても、今度はフィーが私の隣に居てくれるかどうかは分からない。

 

 正直、難しい。

 

 溜息と共に寮の外に出ると目に飛び込んできたのは、向かいの家夫婦の毎日相変わらず熱々な様子――私は目を逸らす。

 ここに来た時から学生には目の毒だと思ってきたことだが、正直、今となってはあまり見ていたくはない光景だ。

 

 彼らを避けるように、そそくさと遠回りしながら質屋をフィーと共に目指すのだった、

 

 

 ・・・

 

 

 トリスタの駅舎に入るのに少し躊躇ったのは、二つの理由がある。

 一つはラウラ。私の隣には一緒に質屋に買い出しをしたフィーがいるのだが、彼女達の間柄は良くない。

 そして、私自身もここトリスタ駅を訪れたくない理由がある。忘れもしない、いや、出来れば忘れてしまいたい一昨日の夜、私は導力通信機を貸してくれと駅の事務員のマチルダさんに必死に頼み込んだのだ。

 しかし、その途中で涙が止まらくなり結局泣き崩れてしまった私は、自らの酷い姿を何人もの利用客や駅員に晒すこととなった。いま思えばとんでもなく恥ずかしい。

 

「あ――」

 

 マチルダさんと目が合う。

 何も言わずに彼女は柔らかい微笑みを掛けてくれた。

 

「どしたの?」

「ううん、なんでもない」

 

 一昨日はごめんなさい。心の中で彼女に謝り、少しお辞儀して、私は待合所のベンチに腰掛けるラウラの元に向かう。

 いくら隣にいるフィーと彼女が対立していたとしても、私がラウラを無視するわけにはいかない。

 

「ラウラ、お荷物運んでくれてありがとう。助かったよ」

「いや、これくらいはお安い御用だ」

 

 首を横に振るラウラ。

 彼女となにか話そうと私は話題を探すが、中々見つからない。それもその筈、ラウラとは最近殆ど話していないのだ。ええっと――……。

 私が話題探しに頭を抱えていると、マキアスとエリオット君が慌ただしく駅舎の中へと入ってきた。

 

「あ、もうみんな集まってるんだね」

「すまない……遅くなってしまった」

 

 二人は私達を見ると、少し申し訳無さそうにしている。

 

「まだ早いぐらいだよ。リィン達は商店街でまだ準備してるみたいだし」

 

 私とフィーが駅舎向かう途中、駅前の公園でリィン達が黒猫と遊んでいるのを見ていた。

 

「だが、まさか待たせてしまうとは……とりあえず、切符を買うとするか」

 

 隣のフィーが「そういえば――」と何かに気付いたか、思い出したかの様に口を開いた。

 

「エレナ、イメチェン?」

「あ、やっぱり? 髪結んでるの珍しいよね」

 

 フィーの言葉に合わせて、エリオット君に珍しいと言われる。

 

「ま、まぁ……そういう訳ではないんだけど……単に長くなって鬱陶しくなってきちゃったから」

 

 実際は、多分そういう訳なんだろうとは思うんだけど――と心の中で零す。

 

「ほら、海行くでしょ? 帽子はしといた方がいいかなって。一応、サングラスもある」

「ん。用意いいね」

「うわぁ、僕持ってないや。大丈夫かな?」

 

「まぁ、エリオットは少しぐらい日焼けした方が男らしいのではないか?」

「あはは……確かにそうだよね……」

 

 苦笑いを浮かべるエリオット君。男子も男子で色々とコンプレックスというのがあるのだろう、と思う。まあ、エリオット君に至っては女の子より可愛いだなんて言われているらしいから無理もないだろう。

 アンゼリカ先輩が「あれで女の子だったらもう私が我慢できるかどうか……」と零していた時は、鳥肌が経ったぐらいだ。

 

「私はエリオットはそのままでいいと思う」

「え、そう?」

 

 ラウラとは反対の意見を口にするフィーに、エリオット君の表情がパァっと良くなる。

 エリオット君、騙されちゃダメだよ。きっとフィーはラウラの意見に賛同したくないだけだから。

 

「ふむ……だが、帝国男子としてはもう少し――」

 

 そんな子供っぽい対立は、私達が乗る予定の帝都行き列車の来る十分程前――リィン達A班の面々が駅に姿を表すまで続いた。

 私とマキアスはエリオット君を憐れみながら直接話題に入ることなく苦笑いを続けていたのだが、中立とは本来は力ある者と大して価値の無い者のみに認められた悲しき特権である。程なく、ラウラに意見を求められたマキアスはフィーから辛辣なダメ出し三連撃を受けて戦線を離脱することとなった。

 

「あ、リィン達!」

 

 ラウラとフィーの対立のダシとして良いように使われて、リィン達を見たエリオット君は直ぐ様私達の元を離れた。

 きっと彼も女子の怖さが見に染みたのだろう。まあ、こんなものでは無いとは思うが。

 

「そっちも出発か」

 

 少し力ない声のマキアスは、未だ先程の精神的ショックを引き摺っているのかも知れない。

 

「ああ、そうだが……」

「えっと……」

 

 リィンとアリサがベンチに座る私達に視線を走らせる。

 

「……なに?」

「早く切符を買わなくてはいいのか?」

 

 心配されている通り、上手くいってはないです。

 

 

 ・・・

 

 

 近郊都市トリスタから帝都ヘイムダルは、列車で約三十分程、距離にして約400セルジュ。

 距離にすると導力鉄道の偉大さに今更ながら驚く。400セルジュを歩きでなんて言われたら丸一日掛かる距離だ。それをものの三十分足らずで駆け抜けてしまう導力鉄道はやはり偉大な発明だと思う。

 

 帝都ヘイムダル中央駅――帝国の鉄道網の中心であり、十もの路線が集まる一大ターミナル。私が帝都を訪れるのは入学式の時以来三回目だったが、この帝都駅の巨大さにはいつ見ても慣れない。

 そんな事を私が考えていると、ガイウスもユーシスに同じ様な事を話しており少し親近感が沸いた。やっぱり、みんなそうだよね。

 

 それぞれ別の路線に乗り込む為、リィン達A班と私達B班はここでお別れとなる。今月の特別実習は四日間、実習先に3泊するのは今までで最長となるスケジュールだ。

 

「その……エレナ、大丈夫か?」

 

 乗換のために皆で階段を昇りきった所で、いつの間にか隣にいたリィンに声を掛けられた。

 

「え、何が?」

「いや、昨日授業休んでただろう? 夕食の時も静かだったし、……その、まだ本調子じゃないだろうと思ってさ」

 

 多分、リィンにはバレている様な気がするが、あえては言わない。ちなみに昨日の欠席は、サラ教官の温情によって一応体調不良ということになっていたりする。

 

「……はは、大丈夫大丈夫。酒屋の娘を甘く見ないで」

 

 目の前の彼は一言、「そうか」と呟く。そんな彼に、私は逆に攻撃してみた。

 

「リィンこそ、今度の特別実習は無理しちゃダメだよ?」

 

 ほんの一瞬、目を丸くして驚くリィンは少し間抜け面だ。

 

「はは……アリサにも今朝同じ事言われたよ。『今回は私がいるから――』」

「ちょ、ちょっと!」

 

 リィンの影からいきなり出てきたアリサが、彼の言葉を慌てて遮り、周りから笑いが溢れた。

 

「あはは、僕達も心配だね」

 

 そんなエリオット君の言葉に同意するラウラとフィー。その後、互いに少し気不味そうにしている。

 

「またバリアハートの時の様な事になってしまったら大変だからな……」

「フン……まあ、俺達もいる。ちゃんと手綱は持っておこう」

「俺は馬扱いなのか……」

 

 ユーシスとそれに微笑を浮かべて頷くガイウスに項垂れるリィン。

 うん、これが日頃の行いが悪かったという奴なのだろう。

 

 お互い無事に再会できるようにという約束をして暫しの別れを惜しみながらも、それぞれ別の階段へと向かう。

 私も他のB班の面々の後を追うようにラマール本線のホームへの階段へ向かっていると、後ろからアリサの声に呼び止められた。

 

 彼女は私の両肩を持つと、静かに小声で言い聞かせるように言った。なんか、まるでアリサがお姉さんみたいだ。

 

「……エレナ、本当に……無理しないでね? 帰って来たら……」

「わかってる。わかってる」

 

 きっと昨日の事を言っているのだ。酷い事を言ってしまった事についてはアリサに昨晩謝っていたが、私の中でも未だ整理がついていないことを理由に何があったかまでは未だ話していない。

 だから、必要以上に彼女を心配させてしまう結果になっているのだろうと思う。

 

「アリサこそ……リィンと二人っきりだからって――」

 

 そこで私は言葉に詰まった。正確には、それを想像するのを躊躇われた。

 

「そ、そんなこと……しないわよ!」

 

 頬を染めて否定するアリサに私は内心ほっとする。彼女がリィンとそういう事をしない、という信じ難い言葉に安堵した訳ではない。彼女が声を上げてくれなければ、私は言葉に詰まったまま、二人共気不味い思いをしていただろうからだ。

 

 うん、期待してるよ。羨ましいけど、私は応援してる。

 

「おみやげ話、期待してるね?」

 

 未だアリサ達は眩しすぎるけど、四日で心の整理ぐらいは出来る筈。なんといっても私達B班の実習地は帝国西部の最果ての島。傷心旅行にはおあつらえ向きではないか。

 

 

 ・・・

 

 

「ラマール本線か……この路線には初めて乗るな」

 

 乗り込んだ青紫色の列車が走りだし、外の風景が帝都の緋色の街並みから田園地帯へと移り変わった頃、外を眺めていたマキアスがそう呟いた。

 

「僕も無いなぁ。……えっと……エレナはどう?」

 

 私の右隣に座るエリオット君がラウラとフィーに視線を走らせた後に、何か萎縮したように私に話を振る。帝都行きの列車の中で、例の二人に海の話題を振って失敗してしまったからだろうか……それともトリスタ駅での一件か。

 

「私は……初めてじゃないんだよね」

「へぇ、いいなぁ。西部に旅行とか?」

 

 まあ、普通に考えたらそうなるだろう。少し本当の事を皆に言うか躊躇うが、私は別に生まれた場所に負い目を持っている訳ではない。

 パトリック様には”外地生まれ”と言われたが、そっちには別にそれ程ショックを受けているわけではないし、その後の一件によってここ数日は彼に言われた事なんて完全に忘れてしまっていた位だ。

 

「ううん、えっと……私ね。生まれは北西準州なの。生まれてから数年はそっちに住んでたんだ」

「ノースウェスタンテリトリーか……確かラマール州の北側に位置する編入地だったな」

 

 流石、マキアスは博識だ。

 

「うん。だからこの列車って……私にとっては昔来た道だったりするの。まあ殆ど覚えてないんだけどね」

「ふーん。エレナ、北西生まれだったんだ」

 

 少し親近感かも――と続けるフィー。

 

「え? フィーもなの?」

「そういう訳じゃないけど」

 

 だったらどういう訳なのだろうか、皆は勿論私も首を傾げざるを得ない。時々、彼女はよく分からないを言う気がする。

 

「そういえば、オルディスには夕方に着く予定であったか?」

「ああ、帝都からオルディスまで8時間――丁度午後3時半に着く。そこからブリオニア島までは4時間程度の船旅だな」

「うわぁ……着くのはもう夜中だね」

 

 移動に丸一日、まるで私が初めてトリスタに来た時の様だ。リフージョの村からトリスタまで所要時間は12時間弱といった所だ。

 今日私達がトリスタを出たのは朝7時で到着予定は夜の8時頃なので、リフージョの村より遠い辺境ということだろうか。

 

 

 ・・・

 

 

 《紺碧の海都》オルディス。

 この大都市は帝国西部ラマール州の州都であり、帝国最大の港湾都市――同時に人口四十万人を数え帝都に次ぐ規模を誇る帝国第二の大都市でもある。

 

 中間試験の勉強の際にユーシスに教わったことだが、帝国史でのオルディス市は非常に重要な都市だ。

 中世までは交易において海路はとても重要であり、その当時のオルディス市は海上交易路の窓口として栄華を極め、帝都を差し置いて帝国の商業の中心地として君臨していた。

 時は流れ、導力革命によって物流の主役が鉄道と移った事によって次第に海運による貿易は低迷し、それに伴ってオルディス市の発展は停滞することとなるが、それでも未だ地方領邦四州の州都としては一つ頭抜けた存在であり、帝国で最も経済的で裕福な都市の一つであった。

 

 そしてオルディス市の地位は、ラマール州を治める《西の公爵》カイエン公爵家と無関係ではない。

 かつては海上貿易において皇帝陛下の勅許状を有し、それを元にした香辛料等の重要品目の独占貿易を手がけて巨大な財力を蓄えた成り立ちもあることから、カイエン家はラマール州の多くの有力企業を資本傘下に収めてる財閥でもある。数ある帝国貴族の中で最も巨額の資産を有しているカイエン公爵家の統治するラマール州が、四大名門統治下の四州で最も経済的に発展しているている事は偶然ではないだろう。

 

「同じ貴族領邦の州都でもバリアハートとはまた一風違うな……」

 

 マキアスが呟いた通り、同じ四大名門の本拠地の都市であってもバリアハート市とオルディス市は大きく違った。

 

 建築様式と配色が統一され、貴族の街としての優雅さが街の景観に溢れ出ていた《翡翠の公都》バリアハート市。それに対して、《紺碧の海都》オルディス市は建物にその様な統一性は見られない。しかし、このオルディス中央駅から望む駅前広場に面した建物はどれも高くて大きく、それぞれ過剰にも思えるぐらいの装飾が施された豪華な外観を誇っていた。

 

 広場を行き交う人々や導力車も非常に多く、オルディス市は素人目で見ても活気があるという雰囲気を纏う。こういう所はどちらかと言うと、バリアハート市より帝都に似ているかもしれない。

 

「流石は帝国第二の大都市といった所だな」

 

 周りを見渡すラウラの髪が風になびく。どうやら海も近いようだ。

 

「ここ、島になってる?」

 

 駅前広場を見渡したフィーが首を傾げながら呟く。確かに、左右前方全ての方向に橋が見えた。

 

「多分、それは運河だろう。確かオルディスは空から見ると、市内に張り巡らされた運河が蜘蛛の巣の様に見えると聞く」

「なるほど」

 

 マキアスの解説に納得したかのようにフィーは頷いた。

 

「待ち合わせはここで良いのだったな?」

「ああ、丁度もうそろそろ待ち合わせ時間……ん?――」

 

 その時、駅前広場が一瞬にして暗くなった。

 

「――な、なんだ……!?」

「えええっ……?」

 

 辺りを慌てて見渡すマキアスとエリオット君。特徴的な音と共に大きな影を落とした正体は頭上にあった。

 

「あれは……」

「……飛行船、でも、大きい」

 

 その正体に真っ先に気付いたのはフィーとラウラ。彼女達も驚きを隠し切れない。

 

「ルシタニア号……!」

 

 私は思わずその巨大な飛行船の名を口にしていた。

 フレールお兄ちゃんが大好きだった飛行船の雑誌で何度も見た事のあるこのシルエットは、間違いなく世界初の豪華飛行客船の《ルシタニア号》。

 それにしても本物を見る機会が来るとは――こうして《ルシタニア号》を見上げると、全長150アージュを誇る巨体が空中に浮いている事自体が奇跡に思えてくる。

 

「あれが……」

「うわぁ……ホントにビックリしたぁ」

「帝都の空港は城壁の外だからな……こんなに近くで見るのは初めてだ」

 

 オルディス市街のビル群の中を突き進む《ルシタニア号》の後ろ姿にみんな目を釘付けにする。《ルシタニア号》の定期航路の帝都に住んでいた二人でさえも、こんな間近で見るのは初めての様子だった。

 

「いつ見ても凄いよねぇ。アレは」

 

 そう私達の後ろから声を掛けたのは、背の高いオジサン――というにはまだ早いような、かといって青年というには年のとった微妙な歳の男。

 まあ、多分。オジサンが近い。

 

「やぁ、初めまして。トールズ士官学院、1年Ⅶ組の諸君」

 

 黒色の皮のジャケットを身に付けた男は人懐っこそうな笑顔を浮かべた。




こんばんは、rairaです。

前回の失恋のお話の翌日、もう特別実習となります。
23日実技テスト、24日・25日失恋、26日特別実習初日――本当に忙しいですね。
さて、今回は6月26日第三章の特別実習初日となります。
ラウラとフィーの対立に、気落ちしたエレナ、萎縮するエリオット、そしてフィーにコテンパンにされる副委員長等――中々、前途不安な面々ですが実習自体は特に問題なく進む予定です。

そして、原作未登場の《紺碧の海都》オルディスを描写してみました。どんな街かという情景も想像がつかないので、これまた現実の都市を参考にしていたりします。

なお、今回のお話ではオリジナルキャラクターの案内人が登場します。…適任者を原作キャラクターで探しまわったのですが、西部出身者という時点で最早殆ど居なかったり。私のオリジナルも前途多難ですね。

最後まで読んで頂きありがとうございました。楽しんで頂けましたら幸いです。

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