蝶が羽ばたいた。
するとその羽が作った風が大気を伝って、別の風の気分を掻きたてた。その風はどんどん走っていくと、また別の風のやる気を引き出した。風はどんどんと集まっていった。やがて海にやってくると、太陽の熱を吸ってにこにこと微笑んでいる空気と手を繋いで巨大な渦になったのだった。
太陽という星があった。太陽は大昔から地球を見てきた星だ。ほんの少し目を離したすきに二本足で歩く動物がたくさん増えていたことに気が付いた。なんて忙しない動物だろう。
太陽の光は大地と海に降り注ぐ。それは、熱になる。熱は空気を動かして、それは風となる。風はやがて台風となり雨を降らすだろう。雨は海に流れる。そして風になるのだ。
あるとき風は旅に出た。どこへ行くのかと聞かれればはにかみながら答えるだろう。
ここではないどこか。
風はあるとき、砂だらけの世界に居た。一面、砂だけがある平らな世界で、ところどころに水場がお年頃の娘の顔にできたニキビのように分布しているのだ。
幸いなことに風を邪魔するものはなくて、すいすいと歩くことができた。
随分と寂しい世界だなあ。風は言った。
そうでもないぜ。砂が言った。
何にもないように見えるだろう? でもちょっと前までは草木が生い茂るジャングルだった。木に飽きてきたから、砂だらけになったほうが面白いってもんさ。水を飲めないのが難点だがね。砂は続けて言ったのだった。
風には、よくわからなかった。何もない風景。面白味のない世界。風にはそうとしか捉えられなかったのだ。
砂は笑うと、僕には君の方が面白味がないように見えるがねと言った。
まるで風来坊じゃあないかと。
風はムッとしたが言い返せなかった。
次に風は箱の街に行った。
そこでは、海風も山風も窮屈そうにしていた。
風たちは不思議そうに箱の街の中で汗をかいて働く人間たちを観察していた。
僕たちの通り道をあけてくれれば涼しくなるのに、なんで箱を並べてしまうのだろう? 風たちが談笑しているのが聞こえてきた。
次に風は森に行った。
樹木ばかりが生息する大地である。木しかないなと風が独り言を呟くと、木たちが反論をしたのだった。そう、木という宿には多くの生物が住んでいた。虫、小動物、鳥……木という恵みにあやかる大きい動物たちもいた。
次に風は山に行った。
山は酷く高くて威圧感があったが、なんとか頂上にやってくることができた。
山を登れない風もいた。それは雲を纏った風であり、その麓で雲を雨にして体を軽くしてから登山するものもいた。
そしてここにも二本足の種族たちがいた。彼らは額に汗しながら山を登っていくと、太陽に手を合わせていた。酒を飲んで祝っているものもいた。
風には理解ができなかったが、山がこう言った。
そこに山があるから登りたくなる種族なんだ。
なんとも不思議な種族だ。風はその場を去った。
途中、風は蝶に出会った。
その蝶は虹色をした美しい蝶で、風と同じように旅をしているようだった。蝶は別の風とどこかへ消えてしまった。
途中、風は風船に出会った。海や空のように青い綺麗な風船で、風と同じように旅をしているようだった。風船は別の風とどこかへ消えてしまった。
そして最後に風は、別の風と共になった。
多くの風が集まっていき気流となると雲を運んで水を大地に降らせた。木々がその水を飲む。人間も飲んだ。水は海に注いだ。
風の勢いが弱まっていった。
風は、自らが消える瞬間を予感して、ため息をついた。
すべてのものに始まりがあるなら、終わりもあるのだ。
風は消えてしまうまさにその時に、新しく生まれた別の風に助言を授けた。
旅は楽しいものさ。
するとその風はこう言ったのだ。
旅をしよう。
と。