私立聖祥学園初等部校舎屋上
高町なのはは月村すずかとアリサ・バニングスといた。
「なのはちゃん!よかった!元気で!」
すずかがなのはの両手を握って久しぶりに親友と逢う事が出来た事に素直に喜んでいた。
「うん、ありがとう。すずかちゃん」
なのはは素直に礼を述べた。
事の全ては解決していないが、正直今は気を抜いていもいいとさえ思えた。
(あ……)
横からの視線が気になった。
少し距離が離れて腕組みをして、こちらを見ているアリサだった。
「あ、あの……。アリサちゃんもごめんね。心配かけて」
なのはは両手をすずかに握られたまま、顔だけをアリサに向けて謝罪した。
アリサはすずかと違って素直ではないのか、照れ隠しとして顔を明後日の方向に向けた。
「……まあ、よかったわ。元気で」
そう言ってくれた。
アリサの態度の真意を知っているなのはとすずかは笑い出した。
*
バニングス邸に一匹の巨大な獣が身体のあちこちに包帯が巻かれて檻の中に入っていた。
オレンジ色の毛並みで、眉間には赤い宝石のようなものが埋め込まれている珍しい獣---アルフだ。
(あのガキンチョの友達に助けられるなんてね)
奇妙な巡り合わせだと思った。
正直に言えば、自分を囲っている檻を壊すくらいには回復している。
だが、出てどうなると問う。
『時の庭園』にいるフェイト・テスタロッサをプレシア・テスタロッサから救出に向かおうとしても、結果はわかりきっている。
今の状態でプレシアと戦っても自分に勝ちの見込みはない。
それにフェイトに自分と母親が戦う姿を見せたくはないという気持ちもあった。
(ここにいればガキンチョに会えるかもしれないね)
これはもはや『賭け』の領域だった。
自分は高町なのはの住居先を知らない。
なのはとコンタクトを取るならばここで待つしかないのだ。
自分にとってもう一人頼みの綱となる人物がいた。
(良太郎は今、ガキンチョと一緒なら海鳴市に来てる可能性は十分にありうる、か)
野上良太郎は自分達と共に行動した時間が長いため、時空管理局からの印象はよくないはずだ。
そのため、良太郎のみ拘束されているという考えも否定できない。
だが、アルフとしてみてはこれも『賭け』の領域だ。
(どっちにしても、傷がもう少し癒えるまで大人しくしてるか)
アルフは眠り始めた。
*
翠屋ではアルバイトをしている高町恭也と月村忍は何度も目をこすって、眼前の現実を疑っていた。
普段は「手伝え」と言っても露骨に嫌な顔をするか、昼寝をするか、サボってどこかに逃げているかをしているイマジン四体が真面目に手伝っていたのだ。
「何だよ?」
恭也と目が合ったモモタロスは訝しげな表情で訊ねる。
「あ、いや……。お前達、どういう風の吹き回しだ?」
「あん?いいじゃねぇかよ別に。それとも、俺達にサボっててほしいのかよ?」
「いや、そうは言ってないが……」
「だったら、オメェも手伝えよ?そんな所でボーっとしてんじゃねぇよ」
モモタロスはそう言いながら内側から窓を拭き始めた。
リュウタロスが外側の窓を拭いている。
洗剤となっているスプレーで窓に様々な絵を描いていた。
それでも、布巾できちんと拭いていた。
「はははは。面白ーい」
キンタロスは玄関をほうきで掃除していた。
本来彼のポジションは力仕事なのだが、彼の場合そのポジションで周囲に大迷惑をかけることも少なくない。
「ほうきで掃くんも悪くないなぁ」
キンタロスは箒を操りながらも玄関の埃を払っていく。
「忍さんもボーっとしてないで手伝ったほうがいいよ?」
床をモップがけしているウラタロスが忍に手伝うように促していた。
この異様な光景に慣れるに恭也と忍はもう少し時間がかかるようだ。
コハナは厨房で高町桃子の足を引っ張らない程度に厨房の中を駆け回っていた。
『商品』として販売されるスイーツを作る事はコハナの腕では到底無理なので、必要な材料を邪魔にならない程度にキッチンに置いたりとしていた。
「ハナちゃんも適当な所で休んでいいからね」
桃子がコハナに労いの言葉を送る。
「はい!わかりました」
コハナは答えると、裏口に封の閉じられているゴミ袋を外に出しに行った。
ゴミ袋を外に出してから、休憩を取って裏口で先程購入した缶ジュースのタブを開けて一口飲む。
ゴクゴクッと音が聞こえてきそうなくらいの勢いのある飲みっぷりだった。
もちろん、フリーとなっている左手を腰にすえることも忘れない。
頃合のところで口から離す。
「ぷはーっ。ゆっくりできるのも今日までなのよね」
明日からのことを考える。
この事件の大元は既に明かされている。
恐らくだが、『ジュエルシード捜索』から『プレシア・テスタロッサの逮捕』に切り替わるだろうと予測している。
二十一個の内、十二個はこちらにあって、残り九個はプレシア達が持っていることはハッキリしているから、方々探し回る必要がないのだ。
『ジュエルシード捜索』の場合、プレシアに対して逮捕ができない可能性があると思っている。
だが、『プレシア・テスタロッサの逮捕』ならば彼女がジュエルシードを所持しているので、証拠品として押収することも可能だろうと踏んでいる。
犯罪者を逮捕できるし、危険物であるジュエルシードも回収できるという、いいことづくめだ。
コハナは更に一口飲んでから、空を見上げる。
「良太郎、どうするのかな?『真実』を知っている以上、迂闊なことはできないし……」
コハナは良太郎から『真実』を聞かされている。
写真の少女やフェイトの出生などについてだ。
だが、良太郎が三枚目で本当に知った『真実』は知らない。
こちらとしてもそれを無理に訊ねようとは思わなかった。
恐らく『時の運行』に影響があると思ったからだろう。
「長くいすぎると忘れちゃうけど、ここって『過去』なのよね……」
「よぉ、オメェここで休憩してんのかよ?」
考え込もうとしたとき、頭上から声がした。
「モモ……」
上から下まで赤色のイマジン---モモタロスだ。
彼の手にも缶ジュースが握られており、タブはすでに開けられていた。
当然のように彼女の隣に座る。
「アンタこそ休憩?」
「いや、抜けた」
「何よ?サボり?」
「違ぇよ。恭也と紫チビ(すずかのこと)の姉貴のせいで居心地悪くなったんだよ。アレはとっつあんとカミさんが出すヤツそのものだぜ」
「あー、なるほどねぇ」
モモタロスの言っている意味がコハナにはすぐに理解できた。
「オメェさっき過去がどうたら言ってたけどよ。どうしたんだよ?」
「聞いてたの?」
「聞こえちまったんだよ」
コハナはモモタロスは睨むが、彼は彼女とは目を合わせずに答えた。
目を合わせば『蛇に睨まれた蛙』状態になることは明白だ。
「良太郎さ、これからどうするのかなって思って……。だってここって私達にとっては『過去』じゃない。だから……」
「まあな。でもよ、良太郎がここで起きた事が誰かに都合が悪ぃからって変えちまうようなヤツじゃねぇってことはオメェだってわかってるだろ?」
「うん……」
コハナは頷く。
過去で起きた事は決して変えてはならない。それがたとえ、とても辛いことであっても変えてはならない。それが、『時の運行』の掟だ。
「それに変えるんだったらよ。良太郎なら上手くやるよ」
モモタロスの言葉にコハナはハッとした。
あらゆる『掟』や『規則』といったものには必ずといっていいほど『抜け道』または『裏技』というものが存在する。
もちろんそれは『時の運行』とて例外ではない。
『時の運行』にも裏技や抜け道は存在している。
仮に良太郎が改変を望むなら、その方法を利用するだろうとモモタロスは告げているのだ。
「ねぇモモ……」
「何だよ?」
コハナがジュースを飲んでいるモモタロスに声をかける。
「なのはちゃん、フェイトちゃんと友達になれるかな?」
「さあな。あいつ等次第だろ」
モモタロスは軽はずみに『なれる』とは言わず、立ち上がって翠屋へと向かった。
*
夕方となり、小学生は既に本日の授業を全て終了している時間帯。
なのははアリサの勧めで、すずかと共にバニングス邸にいた。
バニングス邸に到着する前、聖祥学園でアリサは昨日、巨大な獣を拾ったとなのは達に告げた。
その特徴に、なのはは心当たりが十分すぎるほどあった。
そして現在、なのは、アリサ、すずかはその獣が入っている檻の前で座って見ていた。
正確にはアリサとすずかは座って様子を伺っているようだったが、なのはは違っていた。
なのはとその獣---アルフは念話の回線を開いていた。
(やっぱりアルフさん……)
なのはから声をかけた。
(……アンタか)
アルフも会話に応じてくれるようだ。
(その怪我、どうしたんですか?それにフェイトちゃんは?)
なのははアルフが単体でバニングス邸にいることが不自然に感じたので、思ったことを正直に訊ねた。
アルフは後ろを向いてしまった。
「あららら。元気なくなっちゃった。大丈夫?」
アリサはアルフが元気をなくしたと思ったのだろう。
「傷が痛むのかな?」
すずかもアルフの態度に不安を感じたのか、考えられる可能性を口に出した。
「そっとしといてあげようか……」
すずかの一声でなのはとアリサも立ち上がる。
すずかに抱きかかえられていたフェレット---ユーノ・スクライアがすずかの腕から飛び出し、地面に着地した。
そして、アルフが入っている檻の前に立つ。
「ユーノ!危ないよ!」
アリサが注意する。彼女にはユーノがアルフにとって捕食対象になりかねないと感じたのかもしれないからだ。
「大丈夫だよ。ユーノ君なら」
なのは笑顔でアリサとすずかの心の中に宿りつつある不安を取り除いた。
(なのは、彼女からは僕が話を聞いておくから……。なのははアリサちゃん達と……)
ユーノがなのはと念話の回線を開き、話しかけてきた。
(うん。わかった)
なのははアルフからの事情聴取をユーノに任せて、アリサ、すずかと共にお茶とお菓子をいただくために屋敷の中に入っていった。
なのは達が屋敷の中に入る事を確認したユーノは念話の回線を開いた。
相手はもちろん、自分に背を向けているアルフだ。
(一体どうしたの?君達の間で何が?)
ユーノはなのはが訊ねた事をもう一度ぶつけた。
アルフは背を向けたままだ。
時間にして三十秒ほど経過した頃だろうか。
(……アンタが海鳴
ここ
にいるってことは管理局の連中も見てるんだろうね?)
アルフの問いは正確だった。
今こうして念話で会話している事もアースラでは筒抜けになっているのだ。
(うん。……まあね)
ユーノは誤魔化しても仕方ないと判断したのか、歯切れは悪いが肯定の返事をした。
(……そうかい)
アルフにしても想定内なのか特に驚く感じはない。
(ねえ。アンタ……)
アルフから話しかけてきた。
(なに?)
(良太郎はどうしてるんだい?アイツはアンタや良太郎の仲間達と違って、管理局にしてみれば容疑者じゃないのかい?)
(うん。管理局は良太郎さんを今でも容疑者として見ている節はあるね。だけどね、正直手を持て余している傾向でもあるね)
(何でだい?)
(良太郎さんが非協力的だからかな。これは僕の勘なんだけど、良太郎さんは君を含めて僕達の知らない何かを知っていると思うんだ)
(あたしが知らない事を良太郎は知っている?)
(それが良太郎さんが管理局に対して非協力的な態度を取っている理由だと思うんだ)
ユーノは自分から見た良太郎の態度を分析した結論をアルフに告げた。
(良太郎さんがどういう経緯の人かは君も知ってるでしょ?)
(そりゃあ、まあ……)
(大丈夫だよ。良太郎さんがいくら容疑者として見られていても管理局は強く出ないよ。ジュエルシードを手に入れようとするイマジンを倒すには良太郎さんの力は不可欠だからね)
ユーノの言葉を聞き、どこか安心するアルフ。
(あ、これが一番大事だったんだ。良太郎さんは海鳴にいるよ)
(本当かい!?それ……)
(多分、君達が海鳴で拠点としていた場所にいると思うよ)
(そうかい。良太郎、こっちに来てるんだね)
アルフの沈んだ声が明るくなりつつある事をユーノは聞き逃さなかった。
(そろそろいいかな?時空管理局クロノ・ハラオウンだ)
二匹の念話の中にクロノ・ハラオウンが入り込んだ。
(どうも事情が深そうだ。正直に話してくれれば悪いようにはしない。君のことも、君の主であるフェイト・テスタロッサの事も……)
クロノは頭は固そうだが、約束を違えたりはしないとユーノは思っている。
ユーノはアルフを見るが、まだ背を向けたままだった。
(わかった。……全てを話すよ。だけど、約束して!フェイトを助けるって!あの子は何も悪くないんだよ!)
今まで背を向けていたアルフが正面を向いた。
獣状態なので、細かな表情はわからないが必死なのだとユーノは思った。
(わかった。約束しよう)
クロノが条件を呑みこんだことがわかると、アルフは語り始めた。
(フェイトの母親、プレシア・テスタロッサが全ての始まりなんだ)
アルフが語る内容をユーノは全て聞いたが、良太郎が時空管理局に対して非協力的になるほどのものなのだろうかと疑問に感じる内容だった。
アリサとすずかがTVゲームに夢中になっている頃、なのはは部屋から出てユーノとアルフ、クロノの念話を全て聞いていた。
(なのは、聞いたかい?)
クロノが確認するかのような言葉を発した。
(うん。全部聞いた)
なのはは頷くような言葉で返す。
(君の証言と現場の状況、そして彼女の使い魔アルフの証言と現状を見るに、この話に嘘や矛盾はないみたいだ)
(どうなるのかな……)
(………)
なのはの問いにユーノの声は出ない。恐らく考えているのだろうと想像した。
(プレシア・テスタロッサを捕縛する。アースラを攻撃した事実だけでも逮捕の理由にはお釣りが来るからね。だから僕達は艦長の命があり次第、任務をプレシア逮捕へ変更する事になる。君はどうする?高町なのは)
クロノの問いになのはの答えは決まっていた。
(わたしはフェイトちゃんを助けたい!アルフさんの想いと、それから……、わたしの意思。フェイトちゃんの悲しい顔は、わたしも何だか悲しいの。だから助けたいの。それに……、友達になりたいって返事、まだしてもらってないからね)
(わかった。こちらとしても君の魔力を使わせてもらうのはありがたい。フェイト・テスタロッサに関しては、君と、……野上良太郎に任せるよ。良太郎にはこの事をなのは、君から伝えてくれ。アルフ、それでいいな?)
フェイトの処遇を自分と恐らくフェイトやアルフが絶対と言っていいほどに信頼を寄せている良太郎に任せてくれることは嬉しかった。
良太郎が聞けば喜ぶだろう。
(なのは、だったね。頼めた義理じゃないけど、フェイトを助けて。あの子、本当に一人ぼっちなんだ)
(アルフさん。前にも言ったけど違うよ。フェイトちゃんにはアルフさんや良太郎さんがいるから一人じゃないよ。それに、わたしやユーノ君、モモタロスさん、ウラタロスさん、キンタロスさんにリュウタ君にハナさんだっているんだから)
なのはの言葉はアルフに反論させる余地のないものだった。
彼女は閉じていた扉を開き、中に入った。
「なのは、遅ーい」
「なのはちゃん、待ってたんだよ」
「にゃはは。ごめんごめーん」
アリサとすずかからの抗議になのはは笑みを浮かべながらも謝罪した。
クロノがアースラへの帰艦は明日の朝であり、その間にフェイトに出会った場合の処遇はすべて、なのは達に一任するとの事だ。
「あ、アリサちゃん。あの大きな犬(アルフのこと)?なんだけど……」
なのははアルフのことをアリサに申し出た。
「どうしたの?なのは」
「わたし。飼い主知ってるから帰る時に引き取ってもいいかな?」
「飼い主を知ってるんだったら、別にいいわよ。あと飼い主に言っといて。二度と放し飼いするな!って」
「こ、こわいよ。アリサちゃん」
すずかがアリサの剣幕に少々引いている。
「う、うん。わかった」
なのはも怖かったが、頷いた。
*
夕陽は沈み、星が輝き始めている頃。
フェイトとアルフが海鳴の拠点として生活していたマンションではというと。
良太郎がベッド代わりに使っているソファに寝転がっていた。
「外食でもしよっかな……」
一人分の食事を作る事ほど味気ないものはない。
そう呟いた時、ズボンのポケットの中に入っているケータロスからメロディが鳴り出した。
「もしもし……」
『あ、えと良太郎さんですか?わたし、高町なのはです』
相手はなのはだった。自分に電話するのは初めてなのか緊張しているのではと声色で予測できた。
「なのはちゃん、どうしたの?」
『え、えと……ですね。良太郎さん。わたしアルフさんと会いました』
なのはの一言に良太郎は身を乗り出す勢いになっていた。
「本当に!?」
『は、はい。アリサちゃん---友達の所から引き取ってきました。多分そちらに向かっていると思います』
「そうなんだ。ありがとう、なのはちゃん」
良太郎は感謝の言葉を素直に述べる。
『そ、そんな……、いいですよ。アルフさん、怪我してますから無理させないでくださいね』
なのはは素直に礼を言われた事に照れが入ったのかどこかアタフタしていたが、告げるべきことは告げて切った。
ケータロスをポケットの中にしまい込むと同時に、インターホンが鳴った。
良太郎がドアノブを回すと、腕と足に包帯が巻かれているアルフ|(人型)が立っていた。
「アルフさん……」
良太郎は逢えたこと、アルフの痛々しい姿に対してのが悲喜が混ざり、どう迎えたらいいかわからない表情をしていた。
「良太郎!」
「アルフさん。無事でよかった……」
とにかくそう言うしかできなかった。
「ア、アンタも無事でよかったよぉ」
アルフはそう言いながら涙声になっていた。
「とにかく中に入って。今後の事もあるし、ね?」
アルフは良太郎に言われるように、中に入っていった。
中に入ったアルフをソファに座らせて良太郎は単身で海鳴にいる経由を訊ねていた。
「プレシアさんと戦って、やられる寸前のところを転移魔法を使った。場所はどこでもよかったわけで、結果として海鳴に漂着した。そしてその傷はプレシアさんと戦ってできた傷だったんだね……」
「……ああ。あの女のフェイトに対する扱いがあんまりにひどかったからさ……」
アルフは思い出しながら言っているのか瞳には『憎しみ』が宿っていた。
プレシアのフェイトに対する扱いの『真意』を知っている良太郎にはアルフにどのように返答をすればいいか悩むところだった。
「明日の朝に僕達がアースラに戻らないといけないってのは知ってる?」
「ああ。念話の回線開いてたからね」
「その間にフェイトちゃんに遭遇した場合のことも聞いてるんだね?」
「ああ」
確認するかのように訊ねる良太郎にアルフは短く肯定の返事をする。
「良太郎」
「ん、なに?アルフさん」
「アンタさ、その……あたしやフェイトが知らない事も知ってるのかい?」
「え?」
アルフからそんな質問が出るとは思わなかったので良太郎は目を丸くするが、すぐに元の表情に戻る。
「うん、知ってる」
全てを語るわけにはいかないので、それだけを語った。
「それをあたし達には……」
「悪いけど今は言えないんだ。でも、時期が来れば話せると思うからそれだけを信じてほしいってことじゃダメかな?」
良太郎の頼みにアルフはというと、
「しょうがないね。アンタがそう言うんじゃ、あたしはそれを信じるしかないよ」
受け入れてくれた。
「ありがとう。アルフさん」
アルフの厚意に良太郎は感謝の礼を述べた。
「明日は早いから今日はもう休もう」
「そうだね。おやすみ良太郎」
そう言うと、アルフは人型から獣型へと変身して、その場でしゃがみこんで寝始めた。
良太郎も掛け布団を持ってソファで寝る事にした。
*
雲が空を占拠し、太陽の顔を邪魔している朝。
良太郎と獣姿のアルフは高町家へと向かっていた。
合流してから、アースラへと戻るという手はずになっていた。
高町家に着くと、なのは、ユーノ、イマジン四体にコハナが正門を出たところだったようだ。
特に挨拶を交わすことなく、全員で海鳴公園に向かう。
「ここならいいよね?出てきて。フェイトちゃん」
なのはがフェイトが出てくるような台詞を言う。
風が吹き、木が揺れる。
何かが起こる前兆なのではと、そこにいる誰もが思う。
時間にして二、三分が経過した頃だ。
「フェイトちゃん。僕言ったよね。なのはちゃんと向き合わなきゃいけないって。今この機会を逃したら向き合う機会は二度とないよ!それでもいいの?フェイトちゃん!」
良太郎がいるかいないかもわからないフェイトに告げた。
良太郎の言葉に応えるかのように電灯の上にバルディッシュをサイズフォームにしたフェイト・テスタロッサが現れた。
「フェイト。もうやめよう。あんな女の言う事聞いちゃダメだよ。フェイト、このまんまじゃ不幸になるばっかりじゃないか!だからフェイト!」
アルフはこれ以上、プレシアの命で動く事をやめるようにフェイトに懇願する。
だが、フェイトは首を横に振るという否定の返答だった。
「だけど、それでもわたしはあの人の娘だから……」
「そっか。なのはちゃん、お願いできる?」
良太郎はなのはにフェイトと本気で向き合うことを頼む事にした。
なのはは頷き、バリアジャケットを纏ってレイジングハートを手にする。
「ただ捨てればいいってわけじゃないよね。逃げればいいってワケじゃもっとない。きっかけはきっとジュエルシード。だから賭けよう?お互いが持っている全部のジュエルシード!」
「プットアウト」
レイジングハートがそう発すると、なのはの周りに円を描くように十二個のジュエルシードが現れた。
「プットアウト」
バルディッシュもそれに応じるかのように、発する。
フェイトの周りに九個のジュエルシードが円を描くように出現した。
「それからだよ。全部、それから」
なのははそう言いながら、レイジングハートをフェイトに向ける。
「わたし達の全てはまだ始まってもいない。だから、本当の自分を始めるために、始めよう!最初で最後の本気の勝負!」
なのはとフェイトが向き合う時間が始まったと良太郎は感じた。
次回予告
第三十六話 「想いと斬撃は駆け抜ける」