仮面ライダー電王LYRICAL   作:(MINA)

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長らくお待たせしました。

リアルが忙しかったので滞っていました。




第二十話 「オマエ倒すよ?いいよね?答えは聞いてない!」

海鳴市は『眠らない街』というわけではない。

ある一定時間を過ぎれば道路を走る車両の姿はぷつりと消えるし、深夜でも営業しているコンビニエンスストアの来客数も激減する。数字で表すなら一時間に十人も来店すれば上等だろう。

しかし、現在は見渡す限りに人はたくさんいる。

仕事帰りのサラリーマンもいれば合コン帰りの若い集団もいるし、これから夜勤を勤めようとしている人達など様々だ。

そんな中に、四色の怪人四体と一人の少女が本日のライブのための準備をしていた。

「何か妙な格好してる人達も増えたわね」

一人の少女---コハナが機材のセッティングをしながら遠目からこちらを見ていると思われる面々に目をやる。

「昼にも見たぜ。俺達のコスプレをした連中」

赤色の怪人---モモタロスが自分が愛用しているエレキギターのチューニングをしていた。

「ファンに女の子がいるのは僕としては励みになるよね」

青色の怪人---ウラタロスがマイクの高さを調整していた。

「カメの字、そんな事言うとらんと歌詞憶えんかい。今日は俺とオマエが出だしやで」

金色の怪人---キンタロスが歌詞が書かれている紙を玩味している。

「ねぇねぇハナちゃん。音量はこんなもんでいーい?」

紫色の怪人---リュウタロスがマイクやギターに繋がっている機材で音量を調節していた。

「うん、十分よ。リュウタ」

コハナが太鼓判を押す。

リュウタロスはセッティングされているマイクを持って歌う素振りをする。

当人に自覚はないかもしれないが、いわゆるイメージトレーニングだ。

「ところでセンパイ」

歌詞に視線を向けているウラタロスがエレキギターで弾く素振りをしているモモタロスに話しかけてきた。

「何だよ?カメ」

「なのはちゃん達、ジュエルシードを見つけれたと思う?」

「魔法使えば何とかなるんじゃねぇのか?探索魔法ってヤツ?」

「だったらさ、何で前の時もソレ使わなかったのかな?」

ウラタロスの指摘にモモタロスのエレキギターを奏でる手が止まる。

「忘れてたんじゃねぇのか?なのははまだ、魔導師になってキャリア薄いんだろ?」

「もしかすると、そういうのに向いてないのかもしれないね」

ウラタロスが魔導師としての高町なのはを思い出す。

モモタロスも同じように思い出す。

どでかい桜色の魔力光を相手にぶつけているところしか浮かんでこなかった。

「駄目だ。戦っているところしか浮かんでこないよ」

「俺もだ」

この二体は心中で高町なのはは『巨大な一撃をぶっ放す事に特化した魔導師』という本人が聞いたら顔を真っ赤にして抗議しかねないレッテルを生み出した。

 

「へくちっ」

私服姿の高町なのはが左肩に乗っている相棒のフェレット---ユーノ・スクライアを落とさないように、くしゃみをした。

「なのは、風邪?」

ユーノが心配げな表情でなのはの顔を覗き込む。

「う、うん。大丈夫だよ。風邪じゃないよ。多分、誰かがわたしの噂でもしたのかな?」

「噂?」

ユーノは首を傾げる。フェレットなのでその仕種は愛らしい。

なのはは頷きながらも、自分が称賛であれ悪罵であれ噂をされるほどのことをした覚えははないと考えている。

何せ魔導師になる前もなった後も彼女の表向きの立ち位置は『極平凡な一般人』なのだから。

犯罪者等を撃退しない限り、称賛はされない。

犯罪者等にならない限り、悪罵もない。

そのどちらもしていないから噂など普通は出ないのだ。

逆恨みなどの線もあるが、考え出したらきりがないので打ち切ることにした。

出発したのは夕方で、既に夜になっていた。

照明が輝きだし、昼や夕方のような眩しく激しい光がなりを潜め、優しくも妖しい光が表立っていた。

昨日まではここでタイムリミットとなり、打ち切りになるはずだが今日はというと、

「モモタロスさん達と一緒に帰るから大丈夫って言っててよかったね」

モモタロス達のライブを見てから帰ると家族にはあらかじめ告げていた。

家族の反応はというと、

『それなら安心だ』

とあっさりと了承してくれた。

高町家の面々にとってモモタロス達は『なのはが全面的に信頼している仮装集団』となっていた。

こんな事を言った中にはジュエルシード探しはもちろんだが、なのはもユーノも実を言うと、モモタロス達のバンド『D・M・C(電王メンバーズクラブ)』を見てみたかったという隠された本音もあったりする。

ジュエルシードが見つからなかったらライブを見て帰ろうと一人と一匹で話し合ってたくらいだ。

「どうしよう?ユーノ君」

なのはが左肩に乗っている相棒に訊ねる。

「ライブまで後三十分くらいか……。もう少しだけ探してから行こうか」

ユーノは電光掲示板に表示されている時計を見ながらなのはに促す。

「うん」

なのはとユーノはまた海鳴の夜の中の人ごみに紛れた。

 

 

時間は少しだけ遡って夕方に戻る。

早めの食事を終えたフェイト・テスタロッサとその使い魔のアルフ、そして居候の野上良太郎はマンションを出て、街中にはおらずにしばらく、その姿を巨大な樹木の枝に潜めていた。

理由とするなら、良太郎以外はあまりにも目立つからだ。

良太郎とフェイトは枝に腰をかけ、アルフはお座りの姿勢でいた。

フェイトのバリアジャケットは下手をすればコスプレ衣装と誤解されるし、それを着用している彼女の容姿が良いため、変な欲望を抱えた面々に目をつけられる事も否めない。

アルフにしてもそうだ。人型ならば大丈夫だが、現在の犬か狼かわからない獣姿となるとそうはいかない。得体の知れない動物が街中を徘徊していれば警察に通報される事は間違いないだろう。

人が多い時間帯の街中ではジュエルシード探しをするには何かと制限されるものだ。

それでも、二人と一匹は街から離れようとは思わない。

ただひたすら待っていた。

良太郎は、フェイトとアルフの横顔を見る。

真剣な表情で、瞳には『ジュエルシードを回収する』という意思が秘めていた。

アルフの瞳には『フェイトに目的を達成させる』という意思が秘められていたりする。

ケータロスを取り出して時刻を見る。

ここに身を潜めてから一時間が経過した。

(ふぅ……)

良太郎は特に何かしているわけでもなく、精神的に疲れがきたのか汗が出ているわけでもないのに額を拭った。

自分がこんななのにフェイトはどうなんだろうと良太郎の脳裏によぎった。

気になったので横を見てみると、フェイトの頭が揺れて、こちらにもたれてきた。

「すーすー」

と寝息を立てている。

良太郎は右腕にフェイトがのしかかっているので、ケータロスを取り出せないので左腕に巻いている腕時計を見てから、周囲を見回す。

まだ明るく、陽はまだ沈んでいない。

「誰だぁい?寝てるのはって……」

アルフは良太郎が寝ているのだと予測していたのか、からかおうとするが、寝息を立てていたのがフェイトだったので台詞を途中で中断した。

「アルフさん、しー」

良太郎は人差し指を口元に当てる。

「わかった」

アルフも小声で了承した。

「夜になるまで、寝かせておこう」

良太郎の提案にアルフは反論しなかった。

 

夜となり、夕方に比べると若干ではあるが気温が下がったと野上良太郎は肌で感じた。

「う、うん」

右腕を枕代わりにして眠っているフェイト・テスタロッサに変化が生じた。

閉じていた瞼がゆっくりとだが、開き始める。

開き終えると、フェイトは周囲をキョロキョロして見回す。

現在の自分に置かれている状況を把握するためだろう。

「起きた?フェイトちゃん」

「りょ、良太郎!?」

フェイトは良太郎の顔を見ると、驚いた表情になる。

そして、自分が今まで何をしていたのか理解したようだ。

「も、もしかして……。わ、わたし寝てたの?」

口調からして眠っていた事を隠しておきたいようだ。

だが、寝ていた人間に『起きていた』とはいえない。

「まあ、その、もしかしなくても寝てたよ。二時間ほど……」

「うううううぅぅぅぅ」

フェイトの顔は真っ赤になっていった。

「ま、まあ……。仕方ないよ。口では平気だって言っても身体は休息を求めたわけなんだし……」

「そ、そうだよ。フェイト」

良太郎とアルフは仮眠した事は恥じる事ではないと、フォローする。

「それでも、情けないよ」

フェイトはこうなるとしばらくは立ち直らないと良太郎が予測していた。

だが、フェイトが次にとった行動は良太郎の予測を裏切るものだった。

フェイトが腰掛けていた枝から立ち上がった。

バルディッシュを握っている力が強くなっている事は良太郎の目から見てもはっきりわかった。

「でも、気分はスッキリしたよ」

良太郎はフェイトがベストには遠いが、それでも不調ではないコンディションになったのだと解釈した。

「二人とも、行くよ」

そう言うと同時にフェイトは、眼前にある別の木の枝に向かって跳躍していき、暗闇の中へと飛翔し、溶け込んでいった。

「さ、良太郎。乗りな」

アルフは良太郎に背中に乗るように促す。

「うん」

良太郎は遠慮なく、アルフに乗っかる。

アルフの前足が乗っかっていた枝から離れ、フェイト同様に眼前の枝へと渡っていく。

そして、ある程度までになるとフェイトを追うように夜空の中へと溶け込んでいった。

 

 

「モモ様ぁぁぁぁぁ」

「ウラ様最高ぉぉぉぉぉぉぉ」

「キン様渋すぎぃぃぃぃ」

「リュウタ君がんばってぇぇぇぇぇ」

と海鳴の夜の一角は人が集っていた。

彼らは決して烏合の衆というわけではない。

『あるもの』を観て、共に喜びと興奮と快感を分かちあう『同士』なのだ。

彼ら彼女らが共通して観ている『あるもの』とは

「オメェらぁ!クライマックスにはまだ早ぇぞぉ!」

モモタロスの雄叫びと共に、観客の空気は更に盛り上がっていた。

「モモ様ぁぁぁぁ!!」

「クライマックスまでお供しますぅぅぅぅ!!」

と熱狂的なD・M・C(電王メンバーズクラブの略)信者(ファン)がモモタロスに付いていくように叫ぶ。

「さあ、みんな!僕に釣られてみる?」

ウラタロスが間を埋めるかのように挑発をぶつける。

「ウラ様ぁぁぁぁ」

「私を釣りあげてぇぇぇぇ!」

などと、様々な女性陣からそのような声援を受けた。

「す、すごい……。ここまでファンがいるなんて思わなかったよ」

高町なのはの左肩に乗っかっているフェレット---ユーノ・スクライアは異様な盛り上がりを見せ、独特の空気を放っているライブ場に呑み込まれそうになった。

それは自分のために左肩を貸してくれている少女---高町なのはも同様だった。

「ユーノ君、ここにいる人達みんなモモタロスさん達のファンなんだよね!?」

ライブ場の空気に呑まれながらもなのはユーノに確認するかのように訊ねる。

「うん!間違いないよ!」

普通に話す声では正確に相手に全てを聞き取る事は難しいと判断したユーノは、いつもより声量を上げてなのはに答えた。

「こういう時ってどうしたらいいのかな!?」

なのはもユーノに聞こえるかのように声量を上げていた。

実はなのは、この手のイベントに参加するのは本日が初めてである。

ユーノも初めてだが、スクライアの集落では大きな仕事が成功した後には必ずといっていいほど、総出でバカ騒ぎをしていることを何度も体験しているため、それと似たようなものなんだと分析できる余裕はあった。

「僕達もノリに乗ろう!!それが一番の選択だよ!!」

「うん!みなさん!!がんばってぇぇぇ!!」

なのはは応援しながらも最前列へと向かっていく。

小柄な体躯が幸いしたのか、大人と大人が集まって出来る隙間を利用してするすると抜けていった。

最前列にまで到達し、一人の少女と一匹のフェレットが見たものはというと、

ギターを弾いているモモタロスとリュウタロス。

ベースを弾いているウラタロスと豪快にドラムを叩いているキンタロスだった。

コハナは空の段ボール箱を持って賽銭のように投げて地面に転がっている小銭及び紙幣を回収していた。「ハナさん!」

「なのはちゃん!ユーノ!」

なのははコハナの姿を見つけると、手を振り、コハナもなのはとユーノの姿を見つけると作業を中断して駆け寄ってきてくれた。

「もしかしてジュエルシード探しの途中?」

「はい、でも、一度観てみたかったんです」

なのはの意外な答えにコハナは首を傾げる。

「何を?」

「モモタロスさん達のライブをですよ」

ユーノがなのはの代弁をした。

コハナは携帯電話を取り出して、時刻を見る。

「そろそろ終わり、ね。なのはちゃん、ユーノ。ゆっくりねとは言えないけど、まあ息抜きに楽しんでいってね」

コハナは作業を再開した。

ユーノとなのはは最後までD・M・C(しつこいけど電王メンバーズクラブの略)のライブを観ていった。

 

 

夜が今、海鳴市の全てを包み込んでいた。

数多く建っているビルのひとつに二つの影が空から降りてきた。

ひとつはフェイト・テスタロッサ。

もうひとつは使い魔であるアルフで居候の野上良太郎がライドオンしていたものだ。

良太郎はアルフから降りる。

「ありがとう。アルフさん」

「いいってことさ、良太郎」

アルフは軽く返した。

フェイトは二人のやり取りが終えたと判断し、本題に外れない台詞を切り出す。

「大体、この辺りだと思うんだけど……」

「この辺り?」

良太郎はビルの屋上から周囲及び主に下を見る。

人間が小さく見える。確か、こういうときに良く似合う台詞があったような気がするが状況が状況なので自粛する事にした。

「これだけゴミゴミしてると探すのも一苦労だねぇ」

アルフも良太郎同様に周囲及び下を見回しながら率直な感想を述べた。

「フェイトちゃん、何か手はあるの?もしかしてここでもう一度探索するの?」

フェイトは首を横に振る。

「ううん、多少だけど強引な手を使うんだ」

「強引な手?」

良太郎はフェイトが何をやろうとしているのかわからない。

「この辺り周辺に魔力流を打ち込んで強制発動させるんだ」

マリョクリュウって何?と良太郎は尋ねたかったが話の腰を折るわけにはいかないので、黙って聞くことにした。

「あ。じゃあそれ、あたしがやるよ」

アルフが器用に右前足で立候補する。

「大丈夫?結構疲れるよ」

フェイトがアルフの身を気遣う。

「あたしが誰の使い魔だと思ってるんだい?」

アルフがからかいながら訊ねる。

しかし、言葉の中にはフェイトの使い魔であることに『誇り』を感じている事を聞いていた良太郎は感じ取っていた。

「じゃあ、お願い」

フェイトは自身の使い魔に任せる事にしたようだ。

「そんじゃあ!!」

アルフの体からいつものおちゃらけた雰囲気がなくなった事を良太郎は感じた。

そして、何か大きな事をするということも。

「そんじゃあ!!」

魔方陣を展開させ、一筋の光を夜空に向けて撃ち込んだ。

「一体、何が始まるの?」

「説明するより見た方が早いと思うよ」

フェイトは良太郎にこれから起こる事を見る様に促した。

 

 

モモタロス達のバンドが終わり、あれだけ集っていたD・M・C信者達も蜘蛛の子を散らすように散り散りとなって帰っていった。

モモタロス達は機材を片付けていた。

高町なのはは携帯電話を取り出して、アリサ・バニングスもしくは月村すずかからメールが着信されていないか確認していた。

だが、なのはの希望も空しく携帯電話の画面には『メールはありません』と表示されていた。

小さく息を吐く。

「なのはちゃん、どうしたの?」

マイクを箱に収納し終えたコハナがなのはの側に歩み寄る。

「あ、いえ、その……。アリサちゃんやすずかちゃんからメール来てなかったので、そろそろお稽古も終わってますし……、来てるかな、と思ったんですけど……」

「……早く仲直り、できるといいね」

コハナは考えた挙句に飾り気のない言葉で励ましをしてくれた。

「はい」

なのはは携帯電話を上着のポケットにしまいこみ、モモタロス達の手伝いをする事にした。

(なのは、僕は調べてくるよ)

ユーノが左肩から飛び降りて、地に足を着けると同時に念話の回線を開いてきた。

(ユーノ君、大丈夫?)

(うん、それに僕じゃここの片付けは手伝えそうにないし……)

フェレットが持っていけるような道具はここには一つもない。

ユーノの判断は正しいとなのはは理解した。

(わかった。ユーノ君、気をつけてね)

(うん!)

そう言うとフェレットは全速力で駆け出した。

四本足なので、人間よりはるかに速かった。

「なのはちゃん。これ……。あれ?フェレット君は?」

五百ミリリットルのジュースを三本持っていたリュウタロスがなのはに一本渡してきた。

「あ、ありがとう。ユーノ君はジュエルシードを探してくるって……」

「そうなんだ」

そう言いながらリュウタロスはペットボトルのキャップを回して開け、勢いよく口の中に含んだ。

「おいしー!!」

至福の声を上げた。

なのはもペットボトルのキャップを回して開けて、口に含もうとしたときだ。

 

強力な魔力が天に向かって打ち込まれたようなものを感じた。

 

満月が出ていたのに、雲が急に出現して隠し始めた。

それはまるで、地上で起こる醜いものを見せない配慮のようにも、なのはには見えた。

その直後に雷が鳴り始めたが、雨が降る兆候はない。

ここにはいない相棒

ユーノ・スクライア

が結界を張ったのだろう。

以前、月村邸で張ったものとどこか似ていると、なのはは思った。

「レイジングハート!お願い!!」

レイジングハートを掲げ、『極平凡な一般人』から『魔導師』へと切り替わる。

私服からバリアジャケットへとなり、右手には杖の姿になっているレイジングハートが握られていた。

やがて人工的に発生した現象は収まり、後には海鳴市に青色の光が天に向かっているという光景だった。

その天に昇る光が何なのかは、なのはにはわかった。

そして、この突然の異常気象を引き起こす原因となる魔力を打ち込んだ者にも目星がついていた。

「それじゃ、みなさん!行ってきます!」

なのはは頭を下げて、飛行魔法を使わずそのまま走り出した。

「あ、なのはちゃん待って!僕も行くよ!」

リュウタロスが後を追うように走り出した。

 

「見つけた!」

天に向かって放たれている一筋の青い光。

それがジュエルシードだという事をフェイト・テスタロッサは確信していた。

そもそもこのような状況を起こさせるために、天に向かって魔力を放ったのだから。

「前々から思ってたけど、魔法って何でもありだね」

横にいる野上良太郎がぽかんと口を開けて、そんなことを言った。

「そうかな?様々な効果を望むんだったらより複雑な構築式を魔法陣に描かないと駄目なんだよ」

「自分が望む効果を魔法として発動させたいなら、あらかじめ魔法陣に描かないといけないってこと?」

「そうだね。土壇場の思いつきで描いても、悲惨な目に遭う方がほとんどだよ」

それで魔法として機能する事が出来たら構築した魔導師は天才だろう。

「そうなんだ。てっきり魔力さえあれば何でも出来るんだと思ってたよ」

良太郎の一言はまさに『魔法』というものを目の当たりにした素人の裏表のない意見だと思った。

「フェイトぉ、良太郎。講義の最中に悪いんだけどさぁ。アイツ等も近くにいるよ」

アルフが言う『アイツ等』というのは誰を差しているのか、すぐにわかった。

「……早く片付けよう。バルディッシュ!」

「シーリングフォーム。セットアップ」

バルディッシュが自動音声を発してからデバイスモードからシーリングモードへと形態を変化していく。

「良太郎、アルフ。離れててね」

フェイトが注意するより早く、良太郎とアルフは離れていた。

「大丈夫!もう離れてるから!」

「遠慮なくぶっ放していいよ!フェイトォ!」

二人が大声で叫んでいるのを聞き取ると、フェイトは獲物を睨みつけながら、封印魔法の射出態勢をとっていた。

本気ではないが、まず一発放つ。

金色の線の細い魔力光が青い光の柱に向かっていく。

(距離は問題なし、あとは更に強い一撃を放つだけ!)

「ジュエルシード、シリアル19!」

本格的に封印に取り掛かることにした。

 

「きれーだなあ。あれがジュエルシードなんだぁ」

青い光の柱を見上げていたリュウタロスを他所に高町なのははどこか別の場所で結界を展開しているユーノ・スクライアからの念話を受けていた。

(なのは、発動したジュエルシードは見える?)

(うん、すぐ近くだよ)

本当に近くなので、なのはは即答した。

(あの子達もすぐに近くにいるんだ。あの子達よりも先に封印して!)

(わかった!)

念話の回線はどちらが先というわけでもなく切れた。

なのはの意思を汲み取ったのかレイジングハートがシーリングモードへと形態を変えていく。

金色の光が発動したジュエルシードに向かっていくのが視認できたので、焦りながらも一発を放つ。

「リュウタ君、危ないから少し離れていてね」

「うん!わかった!」

リュウタロスはなのはより数メートル後方。それでも、いざというときに備えてを考えての距離だ。

「リリカルマジカル!」

先に封印するという思いがなのはの頭を支配していた。

レイジングハートから先程の何倍もある桜色の魔力光が発射された。

 

 

「「封印!!」」

 

 

二人の少女が叫ぶと同時に、金色と桜色の光がジュエルシードにぶつかった。

ジュエルシードは浮揚してはいるが、それ以上の動きはない。

やがて二つの光は消失し、そこに残っていたのは浮揚しているジュエルシードひとつだけだった。

「ジュエルシードは封印されてこそ、初めて安全に手にする事が出来るんだって言ってたな」

白い光の球体は、落ちてくる雷にまぎれてこの場所に来ていた。

その球体は羊型のイマジン---シープイマジンへと姿を変えていった。

「俺じゃ、どう転んでも無理だな」

イマジンには一度発動したジュエルシードを封印するなんてことはできない。

「さあてと、封印をした魔導師が来る前に……」

ジュエルシードがシープイマジンの手に収まろうとしていた時。

「誰か来る、か。仕方ない。もう少し様子を見るか」

シープイマジンはまた、球体になって夜空へと溶け込んだ。

 

 

リュウタロスは隣にいる高町なのはと共にジュエルシードに向かって歩いていた。

「なのはちゃん、どうしたの?」

「え?少しだけ昔の事、思い出してたんだ」

「昔の事?」

リュウタロスが首を傾げているが、両足は『歩く』という事を忘れていない。

「うん」

なのはも頷くが、リュウタロス同様に立ち止まらずに歩いている。

やがて、一人と一体は浮揚しているジュエルシードの前でその足を止めた。

「なのは!」

先程まで別の場所まで結界を張っていたと思われるユーノ・スクライアがなのはとリュウタロスの後から全速力で走り寄ってきた。

「あ、フェレット君」

「なのは!早く確保を!」

ユーノはリュウタロスの左肩に乗っかって、なのはに次の行動を指示する。

「そうはさせないよ!!」

頭上から声がしたので、見上げてみると何かが落下してきた。

 

高町なのはがジュエルシードに向かって一歩一歩と歩みを進めている頃。

ジュエルシードを確保をするために飛行魔法を使って、先に向かったフェイト・テスタロッサとアルフを野上良太郎は追いかけていた。

全力疾走に近い速度で走っている。

何かの影響なのか、ここまで一度も人と出会っていない。

深夜とは呼べない時間帯でこれは異常だと思ったが、今はそんなことよりもフェイト達の向かった場所に向かうことが最優先事項だ。

ジュエルシードのある先に誰もいないならいいが、そんな希望的観測は持つべきでないと海鳴温泉の一件で嫌というほど思い知っている。

ビル屋上からみて目測だが、自分がいたビルからジュエルシードまでの距離は一キロもないはずだが、焦っているためか妙に長く感じてしまう。

電灯とは質が違う光が見えた。青い光が、急に弱まりだしたていた。

「あれだ!」

良太郎は進路を決めて、駆け出す。

それから時間にして一、二分後に良太郎は戦場となる場に着いた。

良太郎が見たものは、高町なのはの頭上から落下して奇襲を仕掛けたアルフが、なのはを守るようにして

現れたリュウタロスが発動した緑色の結界が強固なのか砕く事を諦めて、後方へ滑るように下がるという光景だった。

リュウタロスに結界を張るなんて芸は出来ないことを良太郎はわかっていたので、『リュウタロスがなのはを守る結界を張った』ように見えるトリックを見抜くのは簡単だった。

フェレットであるユーノ・スクライアがリュウタロスの肩か頭にでもあらかじめ乗っかっており、そこから発動させたものだ。

下手に声をかけるわけにはいかないので良太郎は事の成り行きを見守る。

なのはとリュウタロスとユーノを覆っていた結界はガラスのように砕ける。

なのはは電灯の上に立っているフェイトを見て、驚きの表情をしていた。

良太郎は『電灯に立っているフェイト』と『結界の中に覆われているなのは』の両方を見ることが出来る位置に立っていたので、なのはが何故、あのような表情をしたのかがわからなかった。

考えられるとしたら、あの結界は防護壁としては申し分ないが『壁』のため、前方の視界を遮断してしまうものなのかもしれない。

そうなれば砕けた瞬間に視界がクリアとなり、目に入ったものが『電灯の上に立っているフェイト』で驚く事も頷ける。

なのはとフェイトがしばらく互いを見つめ合う。

「この間は自己紹介できなかったけど……。わたし、なのは。高町なのは。私立聖祥大付属小学校三年生……」

先に行動を起こしたのは、なのはだった。

だが、フェイトは良太郎経由でなのはの名前は知っていた。

フェイトはバルディッシュを下ろす。

「サイズフォーム」

バルディッシュから黄金の鎌が出現する。

電灯から離れ、宙に浮かんで一定の距離をとるようにして下がる。

そして、構えてなのはに向かって突っ込んでいった。

「フライヤー・フィン」

レイジングハートが反応し、なのはの両足に桜色の双翼を展開させ、フェイトと同じように宙へと舞台を移した。

それは他者からの干渉を拒絶しているかのようにも見えた。

「良太郎!」

「良太郎さん!」

ユーノを乗っけたリュウタロスが走り寄ってきた。

「リュウタロス、ユーノ。ジュエルシードはどうなってるの?」

なのはとフェイトはジュエルシードそっちのけで戦闘を始めているので、気になっていたので訊ねた。

「フェイトとガキンチョ(なのはのこと)が封印状態にしたよ」

答えてくれたのは獣姿のアルフだった。

「じゃあ、今は安全なんだ」

良太郎のその言葉にリュウタロス以外の二匹が首を縦に振る。

「石コロはそうかもしれねぇけどよ。アイツ等のうち、どっちかがコイツを手に入れるっ点では安心できねぇぜ」

そう言いながらその場にやってきたのは赤色のイマジン---モモタロスだった。

「モモタロス、お片づけはどうしたの?もしかしてサボった?」

「なわけねぇだろ!カメやクマやコハナクソ女に急かされて来たんだよ!オメェ一人じゃ心配だ、って言ってな。んで、今どうなってんだよ?」

「なのはちゃんとあのワンちゃんの飼い主が喧嘩してるよ」

リュウタロスが簡潔に説明してくれた。

モモタロスはリュウタロスが指した『ワンちゃん』をみる。

「げっ……」

さりげなくアルフから距離をとろうとするモモタロス。

「モモタロス、さっき言ってたけど、このジュエルシードをなのはちゃんかフェイトちゃんのどちらかが手に入れるというところは安心できないって言ってたけど、どういう意味?」

モモタロスはアルフから良太郎に顔の向きを変える。

「ああ、悪ぃ悪ぃ。本題はそっちだ。この近くにさっきまでイマジンの臭いがしたぜ」

「「イマジンが!?」」

良太郎、モモタロス、リュウタロスを中心にその場の空気が変わった。

「ねぇねぇ。イマジンは何でここに来たのかな?」

「バカ。ここには何があるんだ?小僧」

「えーっと、ジュエルシード」

「そう。今回のイマジンもジュエルシードを狙っているんだ。フェイトちゃんが言うには契約者はこの世界の人間じゃない可能性が高いって……」

『この世界』という表現はあまり適切とはいえないが、他に適当な表現がないのでこう表現する事にした。

「この世界ってどういう事だよ?良太郎。まるでオメェと一緒にいるガキと犬は海鳴《ここ》の住人じゃねぇみたいな言い方じゃねぇか」

「そう言ってるんだよ。といっても、僕達のような特殊すぎる方法でこの世界に来ているとは思えないけどね」

あらゆる世界には共通して『時間』が存在し、そこには『時の空間』が当然ある。

良太郎達は自分達の世界の『時の空間』で十年前に遡り、フェイト達がいる世界の『時の空間』を繋いでいる『橋』を経由して来たのだ。

フェイト達がどのようにして海鳴に来たかは知らないが、自分達と同じ、もしくは似た方法で来たとは考えられないことは確かだ。

「で、どうするよ?良太郎」

モモタロスが頭をかきながら訊ねる。

「僕達、なのはちゃん達の喧嘩に手を出しちゃいけないんだよね?」

リュウタロスは確認するように聞いてきた。

「うん。あの二人のことはどんな結果であれ、あの二人が決めるべきだと思うんだ。僕たちが出来ることはあの二人がきちんと向き合うための手伝いくらいだよ」

「俺達、目立たねぇじゃねぇかよ」

モモタロスがそんな自分の立ち位置に不満がある。『目立ってカッコよく』が彼のポリシーなのだから仕方ないといえば仕方ない。

「なのはちゃん、大丈夫かなぁ」

「大丈夫、だと信じようよ。リュウタロス」

リュウタロスはユーノと共に空へと舞台を移した別世界の友達を心配していた。

「フェイト……」

アルフがそう心配げな声で呟いたのを良太郎は聞き逃さなかった。

 

夜空を二人の魔導師が舞っていた。

白をメインとするバリアジャケットを着用し、レイジングハートを手にしている少女---高町なのはと黒をメインとするバリアジャケットを着用し、バルディッシュをサイズフォームにしている少女---フェイト・テスタロッサだ。

桜色と金色の魔力光が飛び交っており、二人の表情に余裕はない。

この若さで『油断すれば命取り』ということを本能で悟っているのだろう。

フェイトがバルディッシュを振りかぶって、なのはの背後に回りこむ。

「あ!」

なのはより先にレイジングハートが反応して、フェイトの背後に回りこんだ。

「!?」

フェイトは一瞬だが、驚愕するがすぐに次の攻撃に転じるための策を頭の中で練ろうとする。

「ディバインシューター」

レイジングハートがそれを遮るかのように先端に桜色の魔力球を練り上げていく。

一定量まで練り上げていくと、なのはの指示で発射する。

一直線にフェイトに向かっていく。

バルディッシュがフェイトより速く反応する。

「フォトンランサー」

金色の魔力球を練り上げていくが、十分な量に到達する前に発射する。

バルディッシュは主を守るために相手の砲撃を弾くか、良くて撃ち消す事が出来ればいい、つまり反撃する事が目的ではないと判断したのだ。

バルディッシュの目論見どおりに桜色の砲撃は打ち消す事に成功した。

だが、フェイトの立ち位置を不利な方向に招く事になった。

上下でいうなら、なのはは上に立ち、フェイトは下に下がるかたちとなっている。

両者同時に各々のデバイスを構える。

次の一撃に備えようとフェイトが策を練ろうとしたときだ。

「フェイトちゃん!」

なのはが構えながらも話しかけてきた。

「!?」

フェイトは目を大きく開いてしまう。

「話し合うだけじゃ、言葉だけじゃ何も変わらないって言ってたけど!だけど、話さないと言葉にしないと伝わらない事もきっとあるよ!」

なのはの言葉にフェイトは耳を傾けているようにも見える。

「ぶつかりあって競い合うのも仕方ないかもしれないけど、だけど……」

なのははフェイトから視線を離さない。まるで、射撃手のように。

 

「何も分からないままぶつかりあうのは……、わたし、嫌だ!!」

 

それはなのはの心からの叫びだった。

フェイトととて無感情な少女ではない。

一人の少女が面と向かって自分に臆することなく、主張してきたのだ。出来るなら応えたいという気持ちが芽生えてしまう。

それでも、フェイトは自分を主張しようとはしない。

「わたしがジュエルシードを集めているのはそれがユーノ君の探し物だから……、ジュエルシードを見つけたのはユーノ君でユーノ君はそれを元通りに集めなおさないといけないから、わたしはそのお手伝いで。だけど、お手伝いをするようになったのは偶然だけど、今は自分の意思でジュエルシードを集めている。自分の暮らしている街や自分の周りの人達に危険が降りかかったら嫌だから!!」

なのはは一拍置いてから更に決意を秘めた眼差しをフェイトにぶつける。

「これが、わたしの理由!!」

ぶつけられた側は完全に蛇に睨まれた蛙になっていた。

バルディッシュを構えているが、それはすでに本来の意味をなくしつつある。

「わたしは……」

フェイトもまた、なのはに応えようとし始めた。

両目を閉じてから、もう一度開いてから唇を動かそうとする。

なのはも、下で見上げて観戦している野上良太郎、モモタロス、リュウタロス、ユーノ・スクライアもフェイトの本音が聞けると思った。

 

「フェイト!答えなくていい!!」

 

フェイトの使い魔であるアルフがそれを遮った。

 

「アルフさん!!」

「テメェ、犬女!!」

フェイト・テスタロッサが高町なのはに対して、心を開こうとした時を邪魔したアルフを野上良太郎とモモタロスは睨みつけた。

全員の動きが止まり、アルフに視線を向ける。

アルフは一人と一体に臆することなくフェイトに諫言を続ける。

「優しくしてくれる人達のところで、ぬくぬくと甘ったれて暮らしているガキンチョになんか何も教えなくていい!!」

その一言がなのはに対して、悪意を込めた一言だという事はそこにいる誰もが理解した。

その証拠としてなのはは、ショックを受けた表情をしていた。

「あたし達の最優先事項はジュエルシードの捕獲だよ!」

その一言が硬直していたフェイトの身体と精神を動かした。

ジュエルシードに向かって一直線に向かっていく。

ショックを受けていたなのはも、フェイトを追いかけるように降下していく。

やがて、二人は並び同時にデバイスをジュエルシードに向かって突きつける。

レイジングハートとバルディッシュが接触する。

所有者である少女二人は内心、破損がなくて安堵する。

が、

二つのデバイスに、ほぼ同時に亀裂が走った。

今まで、静かに浮揚していたジュエルシードがその衝撃で暴走を始めた。

雷雲を貫き、光の柱が発生する。アルフが強引に発動させたときとは比べ物にならない大きさだった。

その衝撃で、その場にいた面々は吹っ飛ぶ。

こうなると良太郎達、別世界の人間

よそ者

にはどうしようもない。

ジュエルシードを封印できる魔導師に委ねるしかないのだ。

吹っ飛んだ面々の中でいち早く、次の事を考えていたのはフェイトだった。

破損したバルディッシュを気遣いながら手袋の装飾品状態に戻すと一旦下がり、魔力を利用して加速し、ジュエルシードを両手で覆う。

吹っ飛ばされた面々は大した怪我もなく、すぐに起き上がる。

「みんな大丈夫?」

良太郎が起き上がりながら他の面々の安否を確認する。

「おお、いきなりでビビッたけどよ。無事だぜ」

「僕も大丈夫ー」

「僕もリュウタロスが護ってくれたから大丈夫です」

モモタロスが身体についている汚れを叩きながら起き上がる。

リュウタロスは両手で護っていたユーノを自分の左肩に乗っける。

二体と一匹は確認できた。

「アルフさんは!?」

「……あたしも無事さ。そんな事よりフェイトは!?」

「あそこにいるよ……って、ええ!?」

良太郎はフェイトのいる場所を指差しながらも驚いた。

「どうしたんだよ?良太郎って、おい!?」

モモタロスもフェイトの側にいるそれ(・・)を見て驚かずにはいられなかった。

「なのはちゃん!」

「なのは!」

リュウタロスとユーノがフェイトの側にいるそれ(・・)を見てから距離が近くて、すでに起き上がっているなのはにその場から離れるように叫ぶ。

「バカヤロォ!!下手な事言うんじゃねぇ!」

モモタロスがそんな一体と一匹を叱責する。

自分達が動けばフェイトの側にいるそれ(・・)が何をしでかすかわからないからだ。

距離が近ければこちらから行動を起こす事も出来るが、自分達はフェイトやなのはからかなり離れている。

それ(・・)の方が自分達が行動を起こすより速く、フェイトとなのはに危害を加える事が出来るだろう。

フェイトは瞳を閉じ、ジュエルシードの暴走を抑える事に集中しているために気づいていない。

自分の横にいるそれ(・・)---シープイマジンがいる事を。

「おい、良太郎。何でイマジンがここにいるんだよ?」

モモタロスが何故、先程までいなかったはずのイマジンが急に現れたのか理解できない。

「モモタロスぅ、お鼻でわからなかったの?」

リュウタロスが自慢の嗅覚でわからなかったのか訊ねる。

「いつでも嗅げるってわけじゃねぇよ。結構、イマジンの臭い嗅ぐのって神経使うんだぜ」

あの暴走の中ではそちらに目がいってしまって、『嗅ぐ』ということを失念していたのだ。

「多分だけど、あの暴走のときにフェイトちゃんの側にいたんだと思う。あの姿じゃなくて球体の状態でね」

球体姿のイマジンは光のようなもので、巨大な光の側にいればそれを判別する事は限りなく難しい。紛れる事が可能だ。

ジュエルシードの光が収まるタイミングを見計らって、球体姿から怪人姿へと変えていけばいいというわけだ。

「吹っ飛ばされても、きちんと見ていればこんな事にはならなかったのに……」

「良太郎……」

「誰もジュエルシードが暴走するなんて思いも寄らなかった事なんです。良太郎さんの責任じゃないですよ」

良太郎は自分に非があるわけでもないのに、自身を責めるような事を言う。モモタロスはただ名前を呟くだけで、ユーノは良太郎に励ましの言葉を送る。

「なんとかならないの?良太郎」

リュウタロスが今の状況を打破するためにはどうしたらいいかを良太郎に尋ねる。

「………」

良太郎はただ、シープイマジンを睨むしかなかった。

 

「停まれ。停まれ!停まれ!」

フェイト・テスタロッサは真横で処刑執行人のように佇んでいるシープイマジンの事などに目もくれずに、両手で覆っているジュエルシードを抑える事に集中していた。

両手から光が漏れ出すが、その力はどんどん弱まっていく。

それはフェイトの力で封印状態に戻っているという証明だった。

「停まれ。停まれ!停まれ!」

フェイトの大声ではないが、魂の叫びとも聞こえる言葉に応えるかのように彼女手から漏れているジュエルシードの光は弱まっていた。

その光はどんどん小さくなっていく。

 

「停まれぇ!」

 

漏れ出す光はなくなり、ジュエルシードはフェイトの手の中で封印状態に戻った。

「はあ…はあ…はあ…」

フラフラになりながらも、立ち上がろうとするフェイト。

野上良太郎達から離れた位置にいたアルフが獣姿から人型になって寄ろうとするが、途中で止まった。

(アルフ?)

フェイトには何故、途中で止まったのか理解できなかった。

 

「今だ!ジュエルシードをもらったぞぉ!そのためにお前が封印するのを待ってたんだからなぁ!」

 

「え?」

フェイトの左耳にそのような言葉が入ってきたので顔を向ける。

ごりっとフェイトの額に冷たいものが当たった。

それはシープイマジンが持っているオートマチック型の専用銃だった。

「さあ、おとなしくジュエルシードを渡しな。ひとつなんて小さい事は言わねぇ。お前が持っているやつ全部だ!そこのガキ!お前のも全部だ!」

シープイマジンはフェイトが所持するジュエルシード以外にも高町なのはが持っているジュエルシードも要求してきた。

「フェイトォ!」

アルフが全速力で駆けるが、シープイマジンが銃の引き金を絞り、一発放つ。

その弾丸は実弾ではなく、フリーエネルギーで構築されたものだ。

「動くなよ?動けば、お前のご主人様の脳天に穴が開くぜ」

「くっ!」

その一言でアルフは金縛りにあったかのように動きを停めた。

他の面々も動こうとはしない。自分達にも向けられた言葉だと受け止めているからだ。

「おい、そこのガキ!こっち来い!早くしろ!」

シープイマジンはなのはを呼びつける。

「え、は、はい」

レイジングハートをぎゅっと握り締めながら駆け寄る。

「さてと、ジュエルシードを渡しな。渡せばこのガキもお前も、そしてここにいる全員に危害を加えねぇ」

「ほ、本当ですか?」

「イマジンは約束を守るさ」

フェイトとなのははシープイマジンが放ったその言葉を信じるしかなかった。

このとき、二人の思いは不思議と一緒だったりするが、それを二人の魔導師が知る事はなかった。

 

「あのヤロォ、調子に乗りやがって!!」

モモタロスは現在この場のイニシアチブを握っているシープイマジンを睨みつけながら、拳を強く握り締めていた。

「僕、もう我慢できないよ!!」

リュウタロスもモモタロス同様に堪忍袋の緒が切れかけている。

「二人とも、落ち着いて!僕だってこのままで済ませる気はないから」

良太郎は静かだが、確かにシープイマジンに対して怒りをもっていた。

「良太郎さんの言うとおりですよ!ここは様子を伺いましょう」

ユーノも卑劣な手口を使うイマジンに怒りを覚えながらも、冷静に努めようとする。

現在、シープイマジンは二人の魔導師にジュエルシードを要求している。

どちらが人質かはわからないが、こちら側にしてみれば二人とも人質にされているようなものだった。

「これからどうなるんだよ?良太郎」

モモタロスが良太郎に歩み寄って尋ねる。イマジンが二人に要求している事が幸いなのかこちらの細かな動きまでは把握していないようだ。

「あのイマジンのことだから、なのはちゃんはフェイトちゃんを人質にされているかもしれない。フェイトちゃんは、なのはちゃんを人質にされているかもしれない」

「あの二人、仲間でもダチでねぇぜ。通じるのかよ?」

二人が友人等、つまり敵対関係以上ならばその方法は効果的だ。

「あの二人が、互いを見殺しに出来ると思う?」

「無理だよ。なのはちゃん、すごく優しいもん!」

リュウタロスもシープイマジンの目を盗んで歩み寄っていた。

「それはフェイトちゃんも同じだよ。誤解されやすいけど、あの子も優しい子だからね」

「あ、皆さん見てください。なのはとあの子が同時にジュエルシードを渡しましたよ」

全員がユーノの一言で顔を向ける。

そこにはバルディッシュ及びレイジングハートに収められていたジュエルシードを全部渡すフェイトとなのはがいた。

 

「よし、これで全部だな」

シープイマジンは満足すると、それを全て口の中に放り込んだ。

愛用の銃のグリップでフェイトの側頭部を殴りつけた。

元々、満身創痍で立っているのもやっとの状態なので殴られるだけで意識を飛ばされてしまった。

「フェイトォ!!このぉ!!」

今まで金縛りとなっていたアルフは怒りに我を忘れて、飛び掛る。

「バァカが」

そう言いながら、銃口をアルフに向けて引き金を絞る。

フリーエネルギーの弾丸がアルフの腹部に直撃し、アルフは前のめりに倒れた。

「フェイトちゃん!」

ぐったりと倒れているフェイトになのはは駆け寄ろうとするが、シープイマジンが遮った。

なのははキッとありったけの勇気を振り絞るようにして睨みつける。

だが、シープイマジンは臆する様子はない。

「どうして!ジュエルシードを渡せばフェイトちゃんに危害を加えないって!」

なのはの抗議もシープイマジンはどこ吹く風で聞き流している。

「イマジンは約束を守るんじゃないんですか!?」

その言葉を確かにシープイマジンは言った。

だが、彼は純真な少女の心を壊す事を喜びとするような下衆な大人な笑い出した。

「確かに、お前の言うようにイマジンは約束を守るさ。契約者(・・・)とはな」

そして、銃口をなのはの胸元に向ける。

「だが、お前は契約者ではないんで守る必要はねぇんだよ」

引き金を振り絞った。

「きゃああああああああああ」

というなのはの悲鳴がこだました。

 

「………」

「………」

良太郎は拳を強く握り締め、シープイマジンに向かって歩き出す。

それはとても静かだが、一歩一歩が怒りを表すかのように凄みがある。

隣のリュウタロスも普段のおちゃらけた雰囲気が一切なくなっている。

一人と一体の背中を見て、モモタロスは恐れた。

多分、自分が知る限りで最も怒らせてはならない者達が怒っているのだ。

「おい、そこの羊野郎!」

モモタロスが叫ぶ。

「オメェ、終わったぜ。ま、当然の結果ってやつだ。諦めろ」

それはモモタロスがシープイマジンにぶつけた口での攻撃だ。

シープイマジンは今から何が起こるのかわかっていない。

良太郎はチャクラを使用してデンオウベルトを具現化させ、歩きながらも腰に巻きつける。

「良太郎!」

リュウタロスが良太郎に顔を向ける。瞳に怒りの炎を燃やして。

「うん、行くよ!リュウタロス!」

パスをズボンのポケットから取り出す。

「変身!」

パスをデンオウベルトのターミナルバックルにセタッチする。

プラット電王へと変身し、フォームスイッチの紫色を押す。

今までのミュージックフォーンとは違うミュージックフォーンが鳴り出す。

軽快でダンスでも踊りたくなるようなテンポだ。

ターミナルバックルにもう一度セタッチする。

「ガンフォーム」

自動音声がそう発すると、リュウタロスが紫色の球体となってプラット電王に入り込む。

入り込むとその直後に、オーラアーマーが出現する。ソード電王が使用していた状態に似ているが、胸部が展開し、展開した裏側に宝玉---ドラゴンジェムを掴んだ龍の前脚を模したデザインが現れる。

紫色の龍を模したかのようなものが眼前まで走り、形状を整えて電仮面となる。

立ち止まり、その場でくるりとターンしてから右親指と右人差し指のみを立ててシープイマジンを指す。

 

「オマエ、許さないけどいいよね?」

 

先程とは違う足取りで、デンガッシャーの左パーツを投げて、その瞬間に右パーツ一個と左パーツ一個を横連結させる。

余った右パーツを横連結させたパーツ後ろの斜めに連結させる。

先程投げた左パーツのひとつが三つのパーツを連結させた状態のデンガッシャーの先端に連結される。

銃の姿になると、フリーエネルギーによって武器らしい大きさとなる。

デンガッシャーガンモード(以後:Dガン)の銃口をシープイマジンに向ける。

 

「答えは聞いてない!!」

 

一方的かつ無慈悲な回答をした電王ガンフォーム(以後:ガン電王)は引き金を絞る。

一発ではなく、数発のフリーエネルギーの弾丸がシープイマジンに直撃する。

(モモタロス、アルフさん。なのはちゃんとフェイトちゃんを!)

深層心理の中にいる良太郎がモモタロスと起き上がろうとしているアルフになのはとフェイトの保護を頼む。

「わあったよ!」

「うん!」

ガン電王はひたすらDガンの引き金を絞る。

弾丸は一直線にシープイマジンにすべてヒットする。

「このヤロォ!!」

シープイマジンも銃で応戦するが、銃のスペックの差なのかそれとも戦闘力の差なのかガン電王にダメージを与える事が出来ない。

「ちょこまか逃げるなぁ!」

苛立ちながらも距離を詰めながら、銃口を向けるシープイマジン。

ガン電王は踊るようなステップでDガンから弾丸を放ちながら、距離を縮める。

「やーい、下手くそー!」

挑発を入れることも忘れない。

ガン電王は相手の弾丸を全てかわしながらも、きちんと反撃している。

それはまるでダンスを踊っているかのように。

相手側にとってこれほどやりづらい事はない。

隙だらけのように見えて、その実まるで隙がないのだから。

「よくもなのはちゃんに酷いことしたな!」

怒りを込めた台詞と同時に更に一発を放つ。

やがて互いの距離が間近となる。

シープイマジンの銃はガン電王の胸元に。

ガン電王のDガンもシープイマジンの胸元だ。

「先に撃った方が勝ちってヤツだなあ」

「撃てば?」

勝ち誇ったシープイマジンの言葉に対して、ガン電王の言葉は挑発とも投げやりにも捉える事が出来た。

「だったら撃ってやらぁ!」

シープイマジンの引き金が絞られた。同時に勝ちを確信した。

相手にしている者が常識範囲内常識範囲外(まとも)な奴なら右か左に避けるが、それには必ず動作が出る。それはつまり、相手に『こちらに避けますよ』と教えるようなものだ。

だが、シープイマジンの相手が常識範囲外(まとも)でない奴ならばどうなのだろう。

ガン電王は右にも左の避けず、上体を反らして避けながらもDガンを握っている右手を感覚でシープイマジンの頭部に狙いをつけている。

「ははははは、バーカバーカ!!」

挑発と嘲笑を混ぜて発しながら、引き金を絞った。

「ぶほぁぁぁぁ」

銃を手放し、大きくのけぞり仰向けになって倒れた。

むっくりと反らした上体を元に戻す。

「く、うううう。倒すのはやめだ!目当てのものは手に入れている。後は契約者に渡せばいいんだ!お前を倒す必要なんてない!」

シープイマジンは戦う事よりも目的を達成させる事を選んだ。

ガン電王はDガンを左手に持ち替え、右手にはパスが握られていた。

「逃がさないよ?」

ガン電王は確認するかのように言う。

「逃がしてくれ!もう金輪際、お前達には手を出さない!」

シープイマジンの命乞いに対してガン電王の判決はというと、

「答えは聞いてない!」

そう言うと同時に、パスをターミナルバックルにセタッチする。

「フルチャージ」

Dガンのグリップ部分と両肩付近にある宝玉---ドラゴンジェムにフリーエネルギーが伝導される。

今まで、片手で持っていたDガンを両手で握り、狙いを定める。

Dガン先端に巨大な、弾丸とは思えないほど巨大なフリーエネルギーの球が練り上げられていく。

大きさが一定になると判断すると、引き金を絞る。

放たれた球は一直線にシープイマジンに直撃する。

許容範囲以上のフリーエネルギーを外部から叩き込まれたシープイマジンはその原型を留める事が出来ずに爆発した。

飲み込んだと思われるジュエルシードが道路に飛び散った。

「やったね!良太郎」

怒りが収まったのかリュウタロスの声色が普段のものになっている。

だが、シープイマジンは跡形もなくなったのではなく、構成されている肉体のイメージが暴走して巨大化が始まったのだ。

 

「ギャオオオオオオオオオオ」

 

シープイマジンは六つの目を持って三本の角を生やした大地を駆るものを象徴した姿、ギガンデスヘルとなった。

 

「良太郎、別世界別世界(ここ)でも呼べるよね?」

(もちろん、ウラタロスも呼んでたからね)

 

そう言うと同時に空間が歪みデンライナーとは違う列車がレールを敷設、撤去しながらガン電王に向かってきた。

 




次回予告

第二十一話 「電光石火と時の庭園」


あとがき
今回で初めてガンフォームが登場しました。
そして、この話が第一部の中で最多文字数だったりします。
四フォームを出し終えて、ホッとしたという印象が残っていますね。
といっても、まだクライマックスやライナーは出してはいませんけど。
本日は可能ならもう一回投稿していきたいと思います。

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