これから寒い中、地区の夜警にいくみなひろです。
この寒さは毎年なれません。
第十八話 「想イ絡マリ」
そこはとても静かではあるが神聖な雰囲気はなく、どこか寒気を感じさせる不気味さを漂わせていた。
その者はただ一人でこの広い部屋の中央に佇んでいた。
その者の身体から白い砂が噴き出る。
砂はひとりでに動き出し、上半身と下半身が逆転した怪物の姿が形成されていく。
その者はその砂の塊に告げる。
砂の塊はその一言を聞くと上半身と下半身が正常な位置に移動し、二足歩行の出来る怪人になった。
怪人は砂色から全身白色に着色されていく。
羊型のイマジン---シープイマジンが誕生し、白い光の球体となって何処かへと飛び立った。
*
海鳴温泉街の一件から三日が経過していた。
空は若干、雲が泳いでいるが太陽はいつも通りに自らの天命に従っている。
「ふぁーあ」
リビングにあるソファからむっくりと一人の人物が欠伸をしながらも起き上がった。
この部屋の住人の中で只一人の男性、野上良太郎だ。
目をこすりながら側のテーブルに置いてあるケータロスを取る。
ケータロスの画面には『AM:8:30』と表示されていた。
普段の起床時刻からすると、二時間遅かった。
「これは旅館ボケっていうのかな」
既に三日も経過しているのに良太郎はまだ海鳴温泉街での感覚を抜けきれていなかった。
ソファから立ち上がり、軽く伸びをしてから首を二、三度コキコキ鳴らしてからキッチンに向かう。
冷蔵庫を開けると、食材がぎっしりというわけではないがそれなりにあった。
やっぱりドッグフード缶が三缶あった。
当初は「何故?」と思ったが、今ならば理解できる。
これはアルフのものだということを。
「アルフさん、コレどうやって食べるのかな?」
アルフはこの部屋にいる時、殆どが人の姿をしている。
まさか、酒飲みのように普通に人型でたべているのでは、と想像してしまう。
ドッグフードを人間が食べてはいけないという法律があるわけではないが、それでも人前でドッグフードを美味しそうに食べる人間を見たらどうなるだろうか。
無関心を決め込んでくれればありがたいと良太郎は祈るばかりだ。
「さてと、準備に取り掛かるかな」
良太郎は袖をまくってから支度を始めた。
フェイト・テスタロッサは自身でもわからないくらいに身体全身がだるかった。
全身に何十キロものおもりが乗っかっているような感じだった。
ここ三日間、ずっとこうだ。
「ごちそうさま」
フェイトは合掌すると、リビングのソファにもたれた。
朝食は空になっていた。
良太郎が空になった皿を回収して洗い始めた。
フェイトは視界に入ると、キッチンに向かい布巾を手にした。良太郎が洗い終えた食器を拭くのが彼女の役割だ。
「どうしたの?温泉から帰ってきてから三日間、ずっとそんな調子だよ?」
黙々とスポンジに洗剤をつけて食器を洗っていた良太郎が口を開いた。
「そ、そうかな」
フェイトは誤魔化そうとするが元来、嘘や姦計というものに向かない人間なのですぐにバレた。
「もしかして、なのはちゃん達のことが気になって食欲ないの?」
「う、うん」
フェイトは皿を拭く手を止めて、正直に頷いた。
「そっか」
良太郎は水道の水を止めた。フェイトの目線に合わせる様にしゃがむ。
「僕が今言えることはひとつしかないよ。どんなかたちであれ、なのはちゃんと正面から向き合うしかないってこと、かな」
「良太郎……」
フェイトは良太郎の言葉に真剣に耳を傾ける。
「後悔だけはしないように、ね?」
良太郎はそう告げると立ち上がり、フェイトをリビングに向かうように促した。
良太郎が人数分のコーヒーを作り、リビングに持ってきたのはそれから数分後の事だ。
*
スズメが鳴き、空腹が襲い始める昼頃。
買い物袋を持ち、ラムネを飲んでいるモモタロスと右肩にフェレット---ユーノ・スクライアを乗せているリュウタロスが歩いていた。
理由とするならジュエルシード探しのためではなく、もっと現実なことだ。
「クソぉ、あのコハナクソ女めぇ。まさか俺達の宿泊代、ライブで稼いだ金を使いやがって!」
モモタロスがここにはいない、自分にとっては目の上のコブ的少女に対して文句を言った。
「モモタロスゥ、ハナちゃんの文句言ってないで早く探そうよぉ。今日のライブの場所」
「わーってるよ。ったく、オーナーのオッサンから貰った金を宿泊代にすりゃこんなことにはならなかったのによぉ」
それでもまだ愚痴るモモタロス。
ちなみにコハナ預かりとなっているオーナーから貰った金であるが、実はモモタロス達が高町家及び翠屋で破壊した窓や机、壁等の修繕費となっていたりすることを彼らは知らない。
「なあ、小僧」
モモタロスがラムネを飲み終えたリュウタロスに話しかける。
「何さ、モモタロス」
「何かよぉ、背中辺り変じゃねぇか?」
モモタロスが周囲を見回しながら、先程から背中辺りをチクチクとするものがあると告げた。
リュウタロスはモモタロスに言われてから、自身の背中を手で触ってみる。
「何だろ?変なかんじがするぅ」
正体不明のものに対して嫌悪の表情を表に出すリュウタロス。
モモタロスが不機嫌なオーラを周囲に放出しながらも本日のライブ会場となる場所を探そうとしたときだ。
「あ、あの、もしかしてモモタロスさんですよね?」
頭に二本角をつけたカチューシャを付けた女性が現れた。
その横にはリュウタロスの髭に似た付け髭を付けた男性がいた。
「紫色でドラゴンを模した顔立ちといえばリュウタロスさんですよね?」
女性がリュウタロスにも確認する。
「うん、そうだよ」
リュウタロスは即答した。
「やっぱり本物だ!」
「すごいすごい!あの実は私達ファンなんです!サインください!」
そう言いながら二本角がついたカチューシャをつけている女性(以後:角女)がサイン色紙とサインペンをハンドバックから取り出して、モモタロスに渡してきた。
「え?おい、俺達は……」
モモタロスは初めての事なので戸惑う中、
「いーじゃん、書こうよ。モモタロスゥ」
リュウタロスがモモタロスから色紙一枚とサインペンを引っ手繰って書き始めた。
「ふんふーん♪」
リュウタロスの右手に握られているサインペンが舞いを舞っているかのように、色紙の上を滑っていた。
「できたぁ!はい!」
リュウタロスは自分のサインが書けたのか、角女に渡した。
モモタロスは自身の参考のために覗き見る。
『りゅうたろす』とひらがなで書かれているようだが、どこかミミズのように曲がりくねっており原型はあまりとどめてはいなかった。
サインといえばサインと呼べる字体、つまり汚い字だった。
「しょうがねぇなぁ」
モモタロスがリュウタロスからサインペンを引っ手繰って色紙を滑らせる。
「ほらよ、できたぜ」
そう言って角女に放り投げた。
角女は宙に浮いた色紙を受け取り、うっとりとしていた。
「おい、リュウタロスさんのサインは俺のだぞ」
そう言って付け髭をつけた男(以後:髭男)が角女にリュウタロス直筆のサイン色紙を渡すようにせがむ。
「あ、ごめんごめん」
角女が髭男に謝罪しながら色紙を渡した。
「モモタロスさん、リュウタロスさん!ありがとうございました!」
「一生の宝物にします!」
角女と髭男がモモタロス、リュウタロスに感謝の言葉を述べてから頭を下げて満足そうな顔をしてその場を離れていった。
「凄いですね!もうファンが出来るなんて」
今まで黙ってリュウタロスの肩に乗っかっていたユーノが口を開く。
「なーるほどな」
先程から背中に感じていたものが何なのかをモモタロスは漸く理解した。
「どうしたの?モモタロス」
「モモタロスさん?」
リュウタロスとユーノは一人だけ何かを理解したかのような声を上げたモモタロスに訊ねた。
「ああ、さっきから俺と小僧の背中に感じるヤツが何なのかやっとわかったんだよ」
モモタロスは出し惜しみするつもりも、もったいぶるつもりもないので素直に答えることにした。
「何なのさ?」
「何なんですか?」
一体と一匹は答えを待ち望んでいた。
「ファンの連中の視線だよ」
「ファンの?」
「視線、ですか?」
「ああ、その証拠に見てみろよ。あそこにいる二人」
モモタロスはリュウタロスとユーノに自分が指差している場所を見るように促す。
そこには金色の角を象った帽子を被って顔に何かの模様を化粧した女性と、水色の亀の甲羅のようなものを背負っている小学生くらいの少年がスイーツを食べていた。
「あの二人、クマちゃんとカメちゃんの真似っこしてるぅ」
「あ、あっちの四人組も見てください!」
ユーノが指差す方向にモモタロスとリュウタロスが顔を向ける。
「何アレぇ?僕達がいるよ!」
そこには四体のイマジンの姿を完全に真似ている四人組がいた。
リュウタロスが言うように、遠目から見ると自分達四人ではないかと思ってしまうほど精巧に作成されていた。
「コスプレってやつか?」
モモタロスは頑張って記憶の中から四人組を見て相応しい言葉を引き出した。
「多分そうだと思います。それにしてもライブは今までで何回したんですか?」
ユーノがモモタロスの肩に飛び乗った。
「えーと、ちょっと待ってろよ」
指で数え始めるモモタロス。
「あー、確か六回以上じゃねぇのか?」
モモタロスは指折りながら数えていた手を止めて、適当な数字をユーノに答えた。
「何で疑問形なんですか?」
「モモタロスって数をきちんと数えられないからじゃない?」
ユーノの疑問をリュウタロスが疑問形な語尾で答えた。
「うるせぇ!小僧」
「だって、真実じゃーん」
リュウタロスはモモタロスの言葉を右耳から左耳へ流してから事実をぶつけた。
モモタロスはリュウタロスの言うように、きちんと一から数字を数える事は出来ない。
証明する手立てとするならば彼の十八番というべき、『俺の必殺技』の中には何故か『パート4』がないのだ。
彼自身は『パート5』を披露した時に、良太郎に「三の次は四だよ」とツッコミを入れられた際、「一個飛ばすくらい凄ぇんだよ!」と力説し、自分が数を数えられる事を良太郎に証明するために「一、二、三、五、六、七、八、九、十」と自信たっぷりに言ったことがある。
この出来事以降、モモタロスを除く面々は『モモタロスは数字を正しく数える事は出来ない』と受け止められている。
「まっ、今日のライブはこの辺りでいっか」
モモタロスが今夜のライブを実施する場所を決めた。
そこは海鳴市に数店舗しかない信用金庫の入口前だった。
この信用金庫、閉店しても外側からガラス張りの入口をシャッターで閉じるような事はせずに、内側から店内だけを閉じるようにしているため、ガラス張りの入口はそのままになっている。
「今日もお客さん、たくさん来るかなぁ」
リュウタロスはライブ会場を見ながら夜の事を想像する。
「来るかなぁじゃねぇよ。引き寄せるんだよ」
モモタロスは右肩に乗っているユーノをリュウタロスの頭に乗せてから言い聞かせた。
今回のライブは何が何でも成功させなくてはならない。
自分達の生活のためにもだ。
「そうだよ。リュウタロス、ライブ頑張ってね」
右肩に移ったユーノも応援する。
「うん!わかった。ありがとうフェレット君、あとついでにモモタロスも」
モモタロスは何か言おうとしたが、埒が明かないと判断したため、わなわなと震えていた右拳を治めた。
*
空は青色からオレンジ色へと切り替わって間もない頃。
モモタロス、リュウタロス、ユーノの二体と一匹は高町家への帰路を辿っていた。
「さあて、今日の晩飯は何だろなぁ」
「ママさんの作るものなら何でも美味しいよねぇ」
イマジン二体の脳内を支配しているのは本日の夕食のことだった。
高町桃子の作る料理は人間と微妙に味覚が異なるイマジン達にも大好評だった。
「ああ、僕も一度は食べてみたいなあ」
フェレットであるユーノは桃子の料理を食べる事は出来ず、市販のフェレット専用の餌である為、夕食が何なのかを想像する事が出来るモモタロス達が羨ましかったりする。
「おい、あれって……」
モモタロスが前方に向かっている人物が見知っていたので指差す。
ユーノは天に仰いでいた顔を正面に向けると、見知った人物を両の目で捉えた。
「なのはだ」
「なのはちゃんだ!」
モモタロスはなのはを発見しても特に態度を変えなかったが、リュウタロスは嬉しいのか右手を振っていた。
高町なのはが通学鞄のベルトを両手で握り締めながらとぼとぼと歩いていた。
沈んでいた顔を上げると、
「あ、ユーノ君にモモタロスさん。それにリュウタ君も」
その場の雰囲気を和ませる為の作り笑いを浮かべていた。
「アリサちゃんやすずかちゃんと一緒じゃないの?」
リュウタロスが帰路の中、購入したラムネを飲みながら俯いて歩いているなのはに訊ねる。
「……う、うん」
なのはは顔を上げ、リュウタロスと目を合わせる。
「なのは……」
「………」
ユーノは心配げな声色で少女の名を呟く。
赤色のイマジンは事の成り行きを見守るかのように一言も発さず、黙々とラムネを飲んでいた。
雰囲気は明るくなるどころか暗くなる一方だという事をこの場にいる全員が察知した。
だが、それを口に発する事は誰にも出来なかった。
暗くした張本人を知っているから。
そしてその張本人が暗い雰囲気を発したかという原因も知っているからだ。
「なのは」
沈黙を破ったのはモモタロスだ。
「モモタロスさん?」
「オマエ、これから忙しいか?」
なのはは首を横に振る。
「いえ、今日は特に何も……」
「なら少しだけ付き合え」
静かだが有無を言わせぬ力が声にはあった。
「「「?」」」
モモタロス以外の一人と一体と一匹は揃って首を傾げた。
「ここなら誰かの目も気にすることなく遠慮なしに言いたい事は何でも言えるぜ」
モモタロスが連れてきたのは、サッカーグラウンドがある河川敷だった。
我先にとコンクリートで作られた階段に腰を下ろすモモタロス。
「座れよ」
静かだが、やはり有無を言わせぬ迫力が含まれていた。
なのははモモタロスの隣に座り、リュウタロスがその隣に座る。ユーノはなのはの右肩に乗っかった。
「学校でなんかあったのか?」
「!!」
モモタロスの質問はかなり的を射ていたのか、なのはは身体をびくっとした。
「ええと、その……」
「なのは、言ってよ。僕達はそのためにここにいるんだから」
「友達が元気なかったら助けてあげるのが友達だって、おじさんやママさんが言ってたよ」
ユーノやリュウタロスもなのはに打ち明けるように促す。
「………」
それでもなのははだんまりだった。
「ったく……」
モモタロスは軽くなのはの頭をはたいた。
「つううぅぅぅぅ」
なのはは両手ではたかれた頭を押さえた。
「モモタロスさん!何やってるんですか!?」
「モモタロス!女の子に暴力振るっちゃいけないんだよ!」
モモタロスのいきなりの行動にユーノとリュウタロスは激昂する。
「うるせぇ!オメェら黙ってろ!」
その一言にブーイングを発していた二人は黙った。
「なのは、オメェ何様のつもりだ?」
モモタロスの問いになのはは真剣に耳を傾けていた。
なのははこれ以上だんまりを決め込む事は出来ないと観念したのか口を開き始めた。
次回予告
第十九話 「海鳴の夜は盛大に」
あとがき
みなさん、こんばんは。
最近はログ・ホライズンを見ているみなひろです。
次回予定は2013/12/30としています。
ネタがなくてすみません。
この時期に好きなことは深夜映画ですね。
割と見たいものがあったりします。