Muv-Luv Alternative ~take back the sky~ 作:◯岳◯
―――――それでも、次の引き金に指をかけるために。
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無色の風が強く、荒野の砂塵を流していく。空には暁の朱が広がっていた。
下では、機械仕掛けの巨人が並んでいる。人ではありえないその大きさ。全長は優に15mを越えようかという巨人が背を折ることもなく、明けの空を頭上に真っ直ぐと立っている。
その機体の中で、白銀武―――国連軍印度洋方面軍・第一軍・第五大隊、ラーマ大尉が率いる第三中隊は待機していた。第3のアルファベット"C"を頭文字とする部隊、クラッカーの名前を与えられた部隊が。
現在展開している国連軍と同様に、ハイヴより離れた場所で戦闘の準備が整うのを待っているのだ。
「そろそろ開始の10分前を知らせる連絡が………まだのようだな。予定より遅れているが………」
「急ごしらえの部隊に、準備も不足している作戦。ですから、無理もないですよ。まあ、時間が足りないのはいつもの事でしょうがね」
作戦が決定、そして発令されてからわずか2週間しか経過していない。
部隊の整理も十分とは言えず、作戦遂行のための訓練期間も短かかった。
「練度に戦力に作戦成功率………どうあっても厳しくなるか。あと言わなくても分かっているだろうが、皆基地に帰るまで気は抜くなよ?」
クラッカーの隊長と隊長補佐。髭の大男と、可憐な美人が隊の皆に声をかける。対する隊員の返答は、苦笑だった。
「いまさら抜けませんて」
「リーサの言うとおり。むしろ抜ける方が大物………でも、武は注意した方がいいかもしれない」
「抜かねえよサーシャ! そう、手は抜きません、勝つまでは! ………って、確かそう言ってましたよね教官?」
「いや勝っても抜くなよタケル。冗談抜きに危ねーから」
クラッカーの曲者筆頭4人だけが返答をする。他のものは苦笑するだけにとどまった。
今より始まる作戦に集中することで手一杯、冗談のひとつも返せないようだ。
――――いや、むしろこれが普通というものだろうが。
ハイヴ攻略とは、成功した前例のない決死の作戦である。それを前にして、いつものとおりに振る舞える方がおかしい。
不安いっぱいの作戦を前に、それぞれの胸中には不安がうずまいている。
今より展開する作戦の、その内容に不信感を覚えているからだ。
此度実行される作戦は、ボパール・ハイヴ周辺にいるBETAの間引き――――に乗じた、ハイヴ内への特攻。多くの地上部隊を囮に、一部の精鋭部隊が
言うのは簡単だった。ある程度は前準備をしていたのも知っている。1978年にあったワルシャワ条約軍・NATO連合軍による東欧州大反攻作戦、「パレオロゴス作戦」にて、多くの部隊を陽動として初めて成功したハイヴ内への潜入。
その時にソビエト陸軍第43戦術機甲師団ヴォールク連隊が手に入れた、ヴォールクデータがある。
当時よりは、かなりの情報が得られているだろう。ハイヴ突入後のシミュレーター訓練や演習は当然のごとく行われている、とそう考えるほうが自然だ。
ちなみに武達の所属するクラッカー中隊は、ハイヴの突入ではなく、地上部の陽動にあたる。
潜入するのは、訓練も実戦もみっちりとやりこんで乗り越えてきた、国連軍お抱えの精鋭部隊だけ。
失敗のリスクを考えたがゆえのことだった。なにせこの作戦での突入部隊の予想損耗率は95%である。生き残れば御の字で、死んで当然という成功率だ。
そんなハイヴ突入部隊はもちろんのこと、地上部隊の衛士達でさえも恐怖を感じている。
ハイヴ内ではない、地上で戦うとしても死の恐怖は拭えないのだ。
それは―――ハイヴ内へ突入する部隊と比べれば危険度は低いだろうが、それでもハイヴ周辺では何が起こるのか分からないというのが、衛士にとって共通認識だからである。
現在までに行われた作戦からもデータはとれている。天高くから自分たちを見下ろすあの巨大なモニュメント。あれに気圧され、いつもどおりの力を出しきれない衛士。
また、ハイヴを前に、仲間に託されたものを思い出して動けなくなる衛士もいた。
そう、ハイヴの前で衛士達は、BETAに関連するもの全てを否が応にでも思い知らされてしまう。
その全てが重圧となって、衛士達の胸の外殻を軋ませるのだ。
今現在、こうして離れた場所で待機している武達でも、息苦しさを感じるほど。
呼気も吸気もうまくできてはいるが、吸う時の何かが足りなく、吐き出す時の何かが足りない。
酸素は足りているだろう。二酸化炭素も吐き出せている。
しかし、息は苦しい。
――――いつもの事である。最前線でBETAと直接戦う衛士ならば、程度の差はあれど、皆同じような息苦しさを感じている。
そして、いつものとおり。気づけば、この不明な重圧からの、逃げ場所を求めるように。
皆は、いつも変わらぬ、頭上に広がる空を見上げていた。
「………綺麗ですね」
リーサが言葉をこぼす。呼吸も忘れるほどに美しい、と。
皆は言葉を返さず、だが心のなかで同意を返した。平地はBETAに踏み荒らされていて、緑も残っていない。砲撃の欠片か劣化ウラン弾の影響か、そこかしこに鈍い鉛色が転がっている。
でも、空の色は変わらない。欧州で見た時と同じ、朝焼けに燃える朱は依然として変わらずそこにあった。昼になれば爽快な青がまた天に広がっているのだろう。
だけど、その美しい空は――――その実、BETAのものである。
あの日を最後に、自由な空は奪われてしまったのだ。カシュガルにBETAの着陸ユニットが降り立ってから。カシュガルでの開戦から2週間後に現れた、光線種によって。
あの青の中に飛び込もうとひとたび空に舞い上がれば、30kmから。あるいは、100kmの彼方から、鉄をも融解させる必死の光線が約30万km/sの速度で飛んでくる。
以来人類は陸と、あるいは陸と空の狭間で戦い続けた。陸では鉄の戦車を、陸と空―――窮屈な檻の中では巨人の鉄機を駆って。
ハイヴが増えれば光線種の居る範囲が増える。レーザー補足地域が増えれば、その空は閉ざされる。
『日毎に閉ざされていく青空。あるいはそれを取り戻すべく、人類は戦っているのかもしれない』
―――そう言ったのはかつて航空機パイロットに成りたかったという白銀影行だった。
私見が多分に含まれているが、間違っていることもない。
誰だって、故郷の空は特別で、空と共に国土を取り戻したいと望んでいるのだから。
「そのために………合図があった。時間だ、そろそろ準備しておけ」
「「「了解!」」」
「あと、作戦の内容だが………白銀、忘れていないよな?」
「当たり前です!」
武は答えると、その作戦内容を告げられた時のことを思い出していた。
「それではこれより、今回の作戦を説明する」
ブリーフィングルームの中、大勢の衛士が揃っていた。部屋が暗くなり、画面に基地周辺とハイヴ周辺の地形が浮かび上がる。
「今回の作戦の目的は、ハイヴの中枢である反応炉を破壊すること。制圧ではない。破壊を最優先とする」
中央にあるボパールハイヴに、第5大隊の長―――その補佐である第一中隊所属の黒髪の大尉が、指示棒で×をする。
「それにはまず………潜入部隊を無事、
門とは、ハイヴ生成後、20時間以内に至るフェイズ1の段階で作られる地表への出口だ。
戦術機も、ハイヴへと突入するには、この門から入る必要がある。門はハイヴを取り囲む位置に複数個存在しているが、もれなくその周辺は夥しい数のBETAに埋め尽くされているのが現状だ。
モニターを見ると、BETAを示している赤く小さい○が多く映し出されていた。
赤の光点はまるで壁のように、ハイヴの周りを取り囲んでいる。これでは、どんな精鋭部隊を送り込んだとしても、真っ正面からの突破は困難だ。
「支援砲撃を全力で展開すれば、力業でこの壁を抜くことはできるだろう。だが、それでは突入部隊が突入前に消耗してしまうことになる。突入後に予想されるハイヴ内の過酷な状況を鑑みれば、それは適正な戦術とはいえない」
赤い点を、指示棒で幾度か叩く。
「そこで、だ。連隊の一部が囮役になって、BETAをある程度ひきつける必要がある」
囮役を示す、黄色い△がハイヴの両側面に示される。
「これまでに幾度か行われた間引き作戦により、地表部に徘徊しているBETAとその配置は大体の所だが把握出来ている。その数は決して少なくないが………現状の6割程度の部隊を投入すれば十分に捌ける数だ」
両端の黄色い△につられ、BETAを示す赤い点が左右に分かれていく。
「引きつけ、一定時間戦闘を継続した後に後退。補給を繰り返し、BETAを削る。しかる後、手薄になった正面側に後方からの支援砲撃を叩き込み――――」
左右に分かれれば、正面の数はある程度だが少なくなる。
そして更なる後方からの支援砲撃で、更にその数を薄れさせるのだ。
「そこに、正面後方に待機していた部隊が突撃。門から大広間にある反応炉を目指す、というわけだ」
突入部隊を示す、緑色の→がハイヴ正面から内部へと入っていく。
薄くなる箇所を作り、一転突破。作戦としては単純といえるかもしれない。
「突入後も、囮部隊はその場で戦闘を継続する。反応炉の破壊、もしくは突入部隊の失敗が判明するまでだ。BETAの間引き、というのも作戦の目的に入っているからな」
大尉は、そこで右側の部隊に指示棒を指す。
「本作戦における、我が第五大隊の配置はここ、ハイヴの右側だ。囮役を担うことになる。突入部隊は第1大隊の――――虎の子の精鋭部隊だ」
その言葉に、衛士達は精鋭部隊の顔を思い出していた。この基地でも随一とされる凄腕の部隊で、衛士ならば一度や二度は顔を見たことがある者達ばかりだ。基地に来たばかりの武やリーサ達も、合同訓練の度に顔を見ている。誰もが自信満々で、そして強い衛士達ばかりだ。
「――――の、左側もな。こちらは精鋭ではないが、連合軍の部隊が配置される………以上だ、何か質問はあるか」
大尉の言葉に、誰も答えなかった。
「よし。出撃は明日、明朝0400。作戦の説明は以上だ」
(今回、俺たちが担うのは囮役………でも、俺たちがやられれば突入部隊は出てこれない)
突入部隊のエリート達だが、あの部隊だけでは目的を達成できない。
自分の隊や他の隊、それぞれが役割をこなさなければ、勝ちの目は得られない。
武は作戦内容と役割の重大さを再認識していた。
「全員………一度でいい。空をもう一度見上げろ」
言葉に全員が応じる。空を見上げると、綺麗な朝焼けが広がっていた。
雲は長く伸び、時には重なり、様々な形をしている。
暁と白雲、その光と影が奇妙な調和を生み、何とも言えない美しさを醸し出している。
(日本にいたときは、こんなの見たことなかったな)
基本的に朝が弱かったので、こんな時間に起きた事なんて無かったし、
朝焼けという言葉は知っていたが見るのは初めてだと武は考えていた。
早起きは三文の得というが、なるほどこういう事もあるのか、と納得してもいた。
(サーシャは………うわ、目が輝いてるぜ)
武は投影された網膜の中に、サーシャを見る。彼女は瞬きを忘れたかのようにじっと目を開かせ、一心不乱に空のあちこちに視線を飛ばしている。
―――俺と同じで、初めて見る景色なのだろうか。
武がそんな事を考えている時、大尉から通信があった。
『各員に通達。戦闘準備をしろ。BETAが迎撃に出てきた。予定を早め、連隊はこれより戦闘に入る』
一息の後、大尉は笑うように誇らしく言う。
『この光景を目に焼き付けたか?これが、俺たちの守るべきものの一つだ。取り返すもののひとつだ――――何、生きていれば後にまた見られる。その為に、俺たちは俺たちの役割をこなすぞ』
「「「「了解!」」」」
大声での、返答の後。
支援砲撃の轟音を合図に、作戦が開始された。
後方支援の砲撃が次々にBETAに突き刺さっていく。着弾の地響きが平原に染み渡った。
後に本格的な砲撃が控えているので、それほど大きい規模ではない。あくまで切り込みの代用となる砲撃。
続き、各部隊の前衛の衛士が切り込んでいった。深追いしすぎない事を意識しながら、あくまで外縁部のBETAを削る。だけど、十分な間合いを保ちながら攻撃を繰り返していく。
「そっちいったぞ、武!」
「はい!」
突撃級の一撃を回避しながら、武は通り過ぎた突撃級の背後に周り、その柔らかい部分に銃弾を集中させる。血を撒き散らして突撃級が息絶えた。
「シフ少尉、右です!」
「あいよ!」
リーサに接近した要撃級が、2つ、3つに裂かれて物言わぬ肉塊になる。
「おらおら、寝てるんじゃねえぞタコ助共!」
アルフレッドの中距離からの射撃が、的確にBETAへと突き刺さっていく。
「白銀!」
「了解!」
ターラーと武のコンビネーション。BETAは目まぐるしく動き回る武の機動に翻弄され、標的を定める事ができなくなる。そこで止まった所を武の長刀で切り裂かれ、ターラーの突撃砲で貫かれる。
「―――右です、隊長」
「おうよ!」
サーシャの声に、ラーマが応える。右からくる突撃級を避け、間髪いれずに突撃砲をパイロンから抜き、トリガーを引く。突撃級に加え、周辺の戦車級に36mm弾を的確にばらまかせ、息の根を止めていく。
それを繰り返して、数分。
外縁部限定だが、やや薄くなってきたBETAを前にしてHQよりの連絡が通信先の衛士達の鼓膜を響かせた。
『HQより各機。一時的に全部隊は後退せよ。繰り返す―――』
司令部からの命令が通達された。抗戦の空気が、一変する。
「頃合いか、いったん退くぞ!」
通信があった直後、前衛を含めた隊の全機が後退し始めた。もちろん、一緒に戦っている別部隊の友軍も後退していく
(後は引っ張りながら応戦するだけか)
武は後退しながらも、BETAの配置を確認する。距離は十分に保たれているので、それほど危険はない。たまに突出してくる突撃級に対しては、落ち着いて対処すれば問題はない。
とはいっても、あまり離れすぎていると光線級のレーザーが怖いので、離れすぎるのも良くない。
光線級はどうやらまだ出てきていないようだ。しかし、もう少しすれば出てくるだろう。
最後尾に、要塞級を護衛役か壁役として、固まって出てくる。
「白銀、あまり飛びすぎるなよ」
「はい、分かってます」
武は素直に頷いた。噂に聞く第二世代戦術機、その中でも傑作と呼ばれている機体、"
だが、今乗っているF-5だ。反応速度はファントムよりは高いが、それでも足りない。
それに跳躍しすぎた後のリカバリーが難しいだろう。こうも反応が鈍いと、降下噴射による斬撃という機動もあまりは使えない。失敗する可能性が高いし、何より失敗した時のリスクが高すぎる。
(差し迫った状態にでもならない限り、使わない方が………そうならないように気張らなきゃな)
やがて部隊は後退した先にある、予め置かれていた補給コンテナに辿り着いた。それぞれが弾薬の補給をすませる。補給が完了した後、ちょうど平原のすぐ先に突撃級の姿が見えた。
(ここからだ)
交戦し、後退し、補給。それを繰り返し、BETAの壁を引き延ばし、薄くする。
門から出てくるBETAは絶えることを知らないといった勢いで出てくる。
その、総数は依然にして不明だ。突撃可能と判断されるまで、これを何度繰り返せば良いのか分からない。
ここから先は持久戦となるだろう。衛士達はそう認識し、改めて気を張り直す。
突入が可能になる範囲までの我慢比べだ、と目的を見据えて。
「白銀、まだまだいけるか?」
「はい。まだまだいけますよ」
武は特に見栄を張ることもなく素直に答えた。事実、ここ一ヶ月の集中訓練というか意地の訓練が効果を上げているのか、体力的には前より幾分か余裕があるからだ。以前は初出撃から来る緊張もあったのだろう。今回はそれがないので、前と比べ大分持ちそうだと、一人分析をしていた。後方を見ると、同じように弾薬の補給をしている、その中に、サーシャの機体もあった。
(サーシャも、初出撃の割には、上手く動けているようだな)
先ほどの交戦を思い返すに、後衛としての役割を十分にこなしていると言える。
補給は十分に用意していると聞いたのでここで焦る必要はない。ただ役割をこなせばいい。
囮役をこなし、十分に引きつけるだけ。
武は恐怖に震えそうになる自分へ言い聞かせながら弾薬の補給を終えると、また先ほどと同じように、BETAへと突っ込んでいった。
(戦う度に精度が上がっていやがる。訓練時とはまるで違う―――!)
白銀武。若干10歳の衛士の機動を見ながら、アルフレードはひとり呟く。
訓練時よりも格段に、人外じみた速度で"衛士"になっていくタケルをみながら。
どんな才能だ、と馬鹿らしくも笑いながら、それでも心底のおかしさが頭の中を渦巻いている。
ありえない、と何か秘められ、仕組まれたものを感じながら。
それでも、それはないと確信を抱く何かを感じさせる。
(断言できちまう。こいつには、本当に裏がねえってことが………)
訓練中。あるいは、演習中に。そして実戦の前、サーシャを見る武の目を観察したアルフレードは確信する。必死で、余裕なく、でも"生きる眼を捨てない"頑固さに、理解した。
本当に命をかけて前線に挑む。そんな諜報員など、存在はしない。
こいつは本当に一人単独でこの地獄に挑み。そして世界を救おうとしているのだと。
(おいおい、俺らしくねーな)
一人の人間としては荒唐無稽にすぎる。夢見がちな5歳のガキでさえ見ようとはしない、そんな絵空事を本気で描こうとしている10歳の、しかも実戦を知っているガキが描くなどと。
だけど、それでもそう信じさせるような何かをアルフレードは感じていた。
必死で。一所に懸命して、余す所なく全力で。
最も危険な前衛としての役割を果たす衛士がここにいるのだ。
(長刀も―――おい、その上達速度は反則だろ? 実戦になって余計に切れてやがる)
自分が苦労して何とか使えるようになった技術でさえ、目の前のガキはこなしていく。
しかし胸の奥にともされたのは、嫉妬の炎ではなく、ただ眩しいなにか。
(面白い―――リーサ、お前の言葉の意味が分かったよ、本当に面白い!)
リーサの言葉を本当の意味で理解する。何かとてつもない事が起きていて―――ここが、何かのターニングポイントなのだとアルフレードは確信する。
そうして、自分もこのままではいられないと。
いつも冷静なアルフレード・ヴァレンティーノは、更にギアを上げて、目の前のBETAを潰していった。
そうして、交戦開始から20分の後。交戦と後退を5度繰り返したその後、HQよりようやくの通信があった。
『HQより各機。これより、作戦は第2段階に入る』
数分の後、後方から大規模砲撃が開始された。武の部隊から向かっては左前方に、砲撃の雨が降り注ぐ。
振動に機体のバランスが若干崩れるが、持ちこたえる。勿論、目の前からBETAが現れないかと、注意する事も忘れない。
「成功してくれよ………!」
武が呟き、またその他生き残りの衛士達も突入部隊に期待を託した。囮役である彼らには、後は期待を込めて祈ることしかできない。自分の仕事は、ここで持ちこたえることで、突入しても余計な混乱を生むだけだ。
『よし、各機突入しろ!』
『了解っと。お前らびびって味方撃つなよ!』
『へっ、明日には英雄だぜ!?』
『減らず口を、行くぞ!』
それぞれに突入部隊からの通信が入る。その声は自信に満ちあふれていて、通信を聞いた囮部隊の士気も上がる。
「こっちも、囮役をこなすだけだ! タケルにアルフ、突入したあいつらに負けんじゃないよ! なんなら地上に居るやつら、全員を平らげたって誰も文句を言いやしない!」
リーサが意気込み、部隊の皆が頷きを返す。
その隊の前に、もう何度目か忘れるほどのBETAが押し寄せる。
「っと、まだ来るか……いいぜ、地上のやつらは俺らの受け持ちだからな!」
「よく言った白銀! さあ、全員生意気な坊主に負けるなよ!」
「「「了解!」」」
ターラーの檄を受けた隊員達は、また気を引き締め直した。そしてまだまだ現れるBETAへと、突撃砲を叩きこんでいく。突撃級の数はもう少ない。前面に展開するBETAのほとんどが、要撃級か、戦車級だけになっている。
「間合いを保てよ! 冷静にな!」
「了解です!」
武はターラーの言葉に返事をしながら、その教えを守る。冷静に、相手の攻撃が届かない位置から、突撃砲を叩き込む。だが、それでは弾薬の消耗が激しくなる。
武は想定されていた以上に作戦時間が伸びている、と判断し―――ターラーもそれに頷いた。
直後、長刀を意識する。
「っ、ここだ!」
前面ではない、要撃級の背後から近づき、長刀を一閃。要撃級の首を切り飛ばし、即座に飛び上がって後退する。
「それでいい! 正面からも、いけると思ったら躊躇するなよ! あと、短刀はまだお前には早いからな!」
「了解!」
訓練でさんざん教えられた長刀の扱い方。それを遵守しつつ、武は次々に目の前のBETAを屠っていく。
戦車級に飛びつく間も与えず、機体を絶えず動かしながら陽動と、先鋒としての斬り込み役をこなしていく。
リーサも武に負けじと突撃前衛に相応しい役をこなしていた。
絶え間なく動き続けるBETAの中、ベストポジションを選択、確保しつつ相手を切り崩していく。
中衛、後衛もラーマの指揮、ターラーの補助があって落ち着いた様子だ。
――――そうして、戦線を維持しながら十分ほどたっただろうか。
地面が大きく振動した。瞬間的なもので、大砲の弾着音とは少し違う。ひときわ大きな揺れの後、小さな揺れが短時間だが続く。
「………S-11、か」
S-11。それはハイヴ突入用の機体に装備された、高性能爆薬だ。威力は戦術核に匹敵する程で、本来は反応炉破壊に使われるもの。
突入部隊の全てに装備されていている。地上で使うには物騒すぎる、広範囲にまで爆発を撒き散らす爆弾だ。
武はその爆音に、反応炉破壊に成功したのかと期待する。
だが、ハイヴというやつは、そう甘くはないものらしい。
「まだだ、気を緩めるなよ!」
ターラーが叫ぶ。BETAの動きが変わっていない事から―――反応炉で使われたものではなく、
坑の中で自決するために使われたものだろうと、そう察したのだ。
それに、反応炉の稼働については常にHQでモニターされている。破壊が成功すれば直ぐに通信が入るだろう。
だから、爆発して数分が経過しても連絡が無いということは、"そういうこと"なのだ。
そうして、最初の爆発より10分の時が経過した。先ほどと同じように、S-11によるものと思われる振動は数度あった。
ここにいても感じ取れるほどで―――成功の報は未だ無し。
そうして爆音と振動を足元に、8度目の後退をしている途中、武は部隊の皆を見回した。
(全機、無事か………損傷もなし)
クラッカー中隊では、まだ戦死者はいない。戦地が平原で奇襲を受けにくいこともあるが、連携がうまくいっているのが大きいか、と武は見ていた。
前衛、後衛それぞれが、ポジションとしてのやるべき仕事をこなしている。
そしてどちらかが危なくなれば、ターラーがフォローに入る。
だが、このままでは、いずれ体力が尽きるだろう。弾薬も少なくなっているし、補給も後2回分しかない。門から出てくるBETAの数は、未だ衰えを見せない。
全体の撃破数がいくらになっているかはHQでさえ把握していないので何とも言えないが、衛士達の目にはまだまだ余裕がありそうに見えた。
(思っていたより数が多い………後、10分が限界か。その後どう対処するのかは知らないが………)
とにかく踏ん張り所か、とターラーは考えていた。
その時――――通信が、入る。
HQより各機、と。
すわ作戦成功か、と―――通信を受けた誰もが、一瞬だけ期待をかきたてられた。
しかし、それは一瞬の夢に終わった。
「………HQより各機。突入部隊のマーカーが全て消滅した事を確認。繰り返す、突入部隊は全滅した、作戦は失敗だ。各機、逐次撤退を開始せよ。繰り返す…………」
まだ突入開始から30分。なのに、HQから作戦失敗の通達が来た。
祈りは届かなかった、という事か。失敗の通達に、誰かが悪態をつく。舌打ちをする。
武はただ呆然と、ハイヴの方を見ていた。
「………聞こえたな。全機、これより撤退を開始する。弾薬は余裕を見ておけよ。後退する途中も油断するな。俺とターラー中尉でケツは受け持つが、前方はもちろん、後方への注意も最低限だが怠るな」
ラーマ大尉の通信。感情を抑えた声に、それでも隊の全員は声を大きく返事をする。
そんな中、武のみが―――返事を返さない。
「隊長………でも、もしかしたら、まだ生き残りが………!」
ハイヴの方向を見ながら、武が言う。が、その先を口に出す前に、ラーマ大尉の視線が飛んだ。見たことのない、殺気が含まれているのではないかという程に鋭い視線。それに、武の言葉は封殺された。
元より、知らず浮かんだ言葉で、確固たるなにかがあったわけでもない。
それに加え、何かを言う度胸は、今の武には無かった。
「あの中には、誰も残っていない。死者は生き返らないんだ、白銀。だが、俺たちは今も生きている。次の作戦に挑む義務がある。そして突入した部隊を犬死させないためにも――――」
ラーマは鋭くハイヴを睨みつけ、告げた。
「ここでムダに戦力を消費するわけにはいかん。だから、今は撤退する………二度は、言わんぞ」
誰もいない。先ほどの通信はそれを示すものだ。突入した全員は、もう生きてはいないと。でも、残っている者達がここにはいて。
(………次が、あるから、だから、か)
―――残された次の戦場、それに挑むのは生き残った衛士としての義務である。
その言葉に武は唇をかみしめ、しかし同意して――――頷いた。
そして撤退の号令と共に、全部隊は速やかに撤退を開始した。
その背後のハイヴは、退却する人類を嘲笑うかのように傷ひとつなく。
高みから見下ろすかのように、戦闘前と変わらぬ威容を保ち、そこに立っていた。