Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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30.5話 : Flashback(4)_

 

「人の命の単価って、いくらなんだろうな」

 

絶望の足音が聞こえる戦場の中。感性だけで生きていきたような無軌道な性格をしている同期は、迫り来る敵を前に質問をしてきた。

 

「価値だよ、価値。ああ、地球と同じぐらいだって? いや、そんな建前はどうでもいいんだよ」

 

否定する彼に、反論をした。金では買えないことは事実である。いくら何を払った所で、失った命を取り戻す術は得られない。思い出も記憶も、性格もだ。例え似たような誰かを連れてきたとしても、それを再現する方法なんてない。

 

どこかの誰かが定めた価値になんて置き換えることができない。

ならば地球と同じで何がおかしいんだ。言い返すと、アショーク・ダルワラは苦笑した。

 

「お前らしい答えだと思うぜ。正しいっちゃ正しい。でもまあ、言っている意味は、例外があるのは分かるだろ? ――――戦力だよ。力は数に、揃えるに必要な費用に置き換えられる。指揮官も、いくらか戦力を失った所で、同じ役割を果たせる奴がいれば気にもしない」

 

否定をしようと思った。それが違うと反論をしようとした。だけど、心のどこかで納得できるものがあると答える自分がいる。10の要撃級を倒す戦力は。100の戦車級を倒す衛士の数は。

 

戦場において各種の役割に対して求められるのは数字であり、個人の内実や感情などは一顧だにされない。いつしかそれは、コストという文字に置き換わる。そうした方が早くて、迅速な判断を下せて、結果的には被害を少なく出来て。

 

だけどそれは、命と価値を等号に結ぶ行為を是とする思考である。

 

悩んでいると、アショークは可笑しそうにしていた。

 

「俺の代わりなんて誰だって居る。安い命さ。だから気にすんなよ、タケル」

 

告げながら、前を見据えた。地面が、小刻みに震動し始めているように思えた。遠くのどこか、地中の深い所でとてつもなく大きい何かが蠢いていた。

 

「ああ………安いって思わされた。たくさん死んだよな。安っぽい付き合いに、安っぽい言葉で」

 

でも軽口を叩き合うのは楽しかったし、見も知らぬ誰かの遺言を聞くことも。希少価値がどうかと問われれば、それは安い行為なのだろう。どこにでもあって、当たり前のように繰り返される。

 

高尚なものなんてない。日常の中で繰り返される、目新しくもない事だった。死んでいく誰かの願いを聞くことなど、それこそ売る程に多くあった。

 

だけど、忘れたことなどないのだ。死にゆく人の声は、いつだって自分の中に重く留まっていた。夢があったことを知っている。恐怖に震えていたことも。それでも行きたいと、必死に戦っていた隣人だ。それを、安いなんて言わせない。

 

答えると、アショークは目を閉じた。

 

「………そう、答えるだろうなぁ。だからこそ、だよ」

 

笑っていた。嬉しそうに、申し訳なさそうに。

 

「もう一度、謝っとくよ。ナグプールでのこと、本当にすまなかった。あの時は才能のあるお前が、誰かに認められたっていうお前が羨ましいと思ったけど――――」

 

いつも、ぶっきらぼうでもさり気なくこっちを元気づけてくれる奴なのに。隈がある時は、昨日は眠れたのかって。顔見知りだった他の部隊の戦友の死に落ち込んでいれば、挑発まじりに慰めてくれた奴なのに。言葉にはせずに、謝罪の言葉をその視線にこめていた。

 

「じゃあ、ちっと行ってくるわ。どうしてもやりたい事があった。ようやく、命を賭けても惜しくないものを見つけたんでな」

 

アショークは、今はもう過去の地図にしか存在しない。ボパール攻略の要とされていた基地があったナグプールで産まれた。あの惨劇が在る前は、周囲の世界など疑ったことがなかった。だけど死んだ町で、気づいたのだという。

 

どこにも当たり前のことなんてなくて。ちょっとした事で、何もかも崩れ落ちてしまう。

 

じゃあ、俺もそんなものなのか。世界にとって俺はそんなに容易く潰されるほどに、どうでもいい存在なのか。自分の価値を知りたい。それがアショークの口癖だった。

 

「この世界で、俺だけがもつ俺だけの価値を示したかった。誰からも認められて、尊重された――――だけど、違ったんだな」

 

いっそ爽快だと。断言できる程の表情だった。

 

「他人の価値なんてどうでも良いんだ。世界がなんだって、どうでもいい。大切なのは、自分の中にあるこいつだ」

 

価値とは、自分の中に見出すもの。本当に大切なモノが何であり、自分は何をして、何を果たすために存在するのか。悩み迷い続ける中に見つけたそれに、どれだけ殉じることができるのか。

 

その行為にどれだけの価値を見出して。それを汚さないために、自らが差し出せる最大のものである"命"を燃やすことができるのか。

 

「今、俺は燃えてるぜ。でも馬鹿みたいだって言ってくれるなよ。分かってくれとも言わない。だけどこれこそが、俺にとっての最高の選択なんだ」

 

震動は、ついに形になろうとしていた。地面が隆起する寸前に、アショークの機体から何かが起動する音が聞こえた。

 

「………背負うな、なんて言ってもお前は聞かないだろうからな。ほんとうに甘ったれな英雄さんだぜ。こんな糞も塗れの時代によ」

 

でも、それこそが。死者の数をしつこい程に数えて、忘れなく、熱くなれるお前こそが。

 

アショークは笑う。

 

最後までマイペースに。無軌道に、自分の望むままだった。

彼の言うように、安っぽく。気安く別れを告げるように、こちらに手を振った。

 

 

「じゃあな、戦友。あと、この星も頼んだわ」

 

 

アショーク・ダルワラは、巨大な怪物なにするものぞという気概もなにもなく。

 

 

軽い調子で世界を託し、幾千のBETAを道連れに爆発の中に消えていった。

 

 

 

 

 


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