Muv-Luv Alternative ~take back the sky~ 作:◯岳◯
吹けば飛ぶよな戦場の命。
想いが重しに重圧へ。
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訓練が再開されてから、一週間後。鬼教官の鬼な訓練でずたぼろにされた俺は、ベッドに寝転びながら、また天井を見上げていた。
「しんどい………」
教官の訓練のハードさは日に日に厳しくなっている。このままではひょっとして俺は、どこかの超人になってしまうんじゃないか。そんなことを思ってしまうほどに、きつかった。
シミュレーターの状況にしても厳しすぎる設定で失敗が多かった。怒鳴り声はしょっちゅうで、気を緩めればたちまち撃墜されてしまうぐらいの難度である。実機での訓練も始まり、これがまた辛い。突撃前衛ともなれば、Gがかかる機動は当たり前。それがまた内臓を揺らしてくるのだ。朝晩の走り込みもあるしと、ほんとにもうゲロのオンパレードな自分を思い出して、更に落ち込んでいった。
ゲロの頻度で言えば、蛙に拮抗するぐらいだろう。
ダジャレをもじり『もうお家帰る』なんて言ってもそれで許してくれるはずもなく、まだ訓練は続いていた。
でも、実戦に出る前よりは体力はついた。衛士としての強度が、朝日を見る度に高まっていると思えるのは一種の励みになっていた。嘔吐の時間も日に日に少なくなっていく。そうした成果を感じられることがあってか、自信も徐々にだけどついているように思う。
戦術機のマニュアル暗記と、自分の親父殿が教師役となった戦術機講座。
題するに、~すごいねせんじゅつほこうせんとうきくん・スーパーカーボンは素敵な素材~は別の次元でしんどいが。まあ、戦術機に関する知識が増えたのは確かなのだけど。サーシャも時折、そうだったのかといった感じに頷いているし。
(無表情でも、なあ………最近はまた違うというか)
表情をあまり変えない、という点ではずっと同じだ。しかし何というか、見れば分かるような表情をし始めていた。出逢った頃よりは、何を考えているのか分かっている気がする。
隊の二人が死んで、新たに俺たち4人が入った、先週よりはずっと人形っぽくないというか。
それで、俺はまた思い出していた。ずっと考えていたことなのだが、今日もまた、である。
一週間前に、教官とリーサ達に説明された言葉を反芻する。
「二人が、戦死した………死んだんだ、よな」
訓練を再開した夜。俺は昼に聞かされた、戦死した隊の仲間についてのことを思い出していた。
(ガルダ、は………とんがった髪型をしていた、調子のいい感じだった。出撃前には緊張していると、軽く肩を叩かれたっけ)
バン、という風に荒っぽく叩いて。そのまま、自分は着座調整をするために操縦席へと行った。
戦闘中は声を聞くだけで、顔を見る余裕もなかったから、面と向かったのはそれきりだ。
(ハヌマ、は………鼻がつぶれてた人だよな。ちょっと俺が前衛に出るとわかった後、面白くなさそうにしてた。なんでか分からないけど、俺を見て舌打ちをしてたっけ)
それも印象に残って。だから、覚えていて、でもあれっきりだ。
――――後続の戦闘に巻き込まれたせいで、戦術機ごと破壊された。骨も戻ってこないと、ターラー教官が寂しそうに言っていたっけか。
隊葬は今月末にまとめてやるらしい。実戦があったから、いつもよりは多いのだと告げられた。
そうして、その人達は送られていく。身内が居る人、いない人。彼氏彼女が居た人。一人、信念の元に戦ってきた人。インドに来る途中、そして来てからも出逢った色々な人を思い出す。
きっと俺のように、例えば純夏のような幼馴染が居て。
ターラー教官のような、怒りっぽい母親が居て。
泰村達のような、同期の訓練生も居て。
シフ少尉のような、見た目は綺麗だが男まさりな彼女が居たかもしれない。
ヴァレンティーノ少尉のような、面白い男友達が居たのだろう。
同じように生活の中で色々な人と出会って、成長して軍人となって――――そして、死んだ。
もう二度と眼を覚ますことはなく、二度とその口から言葉が発せられることはない。
そう思うと、何だか胸の奥から沸いて出てくるものがある。
二度とない。そう、もう二度とあの二人と生きて言葉を交わすことはないのだ。
あの時にあの人達が何を考えていたのか、それを知ることはもうできなくなった。
そうして、俺は純夏のことを思い出していた。
もし、あの夢のように、BETAに喰われてしまったら。
それよりも前に、俺の方が死んでしまったら。
武ちゃん、とうるさく後をついてきたあいつに。ぼろぼろとこぼしながらメシを食べて、純奈母さんに怒られていたあいつが。
夏彦のおっちゃんに頭をなでられ、嬉しそうにしていたあいつにも、死んでしまえば、もう二度と会えなくなるのだ。
オヤジだってそうだ。もしあの時、BETAに戦線を抜かれれば、きっとオヤジ達は死んでいた。
泰村達ともども突撃級に踏み砕かれ、ばらばらになっていただろう。そうすれば、俺は二度とあのオヤジの小言も説教も。頭をなでられることも、飛行機に関する面白い話を聞くこともできないのだ。
それは、嫌だ。叫びたいほどに、認めたくない避けるべき事態だ。
しかしこれはあくまで想定の中のことで、今の俺の胸中には具体的な感触が浮かばない。
実感としては分からないのだ。今まで身近な人を亡くしたことはない。オレを生んだ母さんも今は生きていて、会えないのだと聞かされただけで、失ったわけでもない。
死に別れとはまた違う。最初からいない存在だし、亡くしたという実感もわかない。
隊の二人も同じようなものだった。それまでは一度も会話したことがなく、ただ戦闘の前に一回会っただけ。オレにとっては全くの知らない人のようなもので、死んだと言われても何だか分からない。
日常に居ない人だから、あるいは悲しみも少ないのか。
(でも夢の中で、見たことのない誰かが死んだ時は………)
あれは、とても言葉には表せない。昔にテレビで見た溶岩のようなドロドロのモノが一気に吹き出て胸を覆い尽くし、叫ばずにはいられない気持ちになった。そうして叫び声で眼を覚ました。目尻には涙が浮かんでいたと、純奈母さんは心配そうな顔で言っていたけど。
―――これから、俺も仲良くなる誰かと。
戦友と呼べる人が出来て、そんな誰かが死ねば同じ気持ちが浮かぶのだろうか。
そんな不安が胸中に浮かぶ。
すると、もう眠ることはできなかった。
「手紙でも、書くか………」
衛士となった今は、日本に居る純夏に対しありのままを伝えることはできない。だけど、あの馬鹿みたいに明るい純夏と、手紙越しでも会話をすると――――そう思えば、明るい気持ちがわいてくるのだ。
俺はベッドから跳ね起き、部屋にある机に座り、ボールペンを手にとった。
書くことは色々とあった。ちょっとした日常のことや、新しくできた仲間について。
そして、今はもう髪の色を変えた、元銀髪の女の子についても。
「取り敢えず小生意気な銀髪女にはシミュレーターで一泡ふかせましたから、と」
戦闘でなくても色々とあって。俺はその全てを思い出しながら、ペンを次々に走らせていった。
(ん、とそういえば遺書は――――書いたけど、純夏には見せらんねーな)
いきなり遺書を届けても、困るだけだ。まあ主に鑑家のことを書いたし、宛先もそうだ。
死ねば否が応にでも届いてしまうんだろうけど、と俺はそこまで思いついて、届いた時にどうなるのかを考えた。
(きっと泣く、だろうなぁ。特に純夏のやつは…………うわ、こりゃ死ねねーぞ、おい)
想像してみて思う。普段は馬鹿みたいにあかるいあいつだが、泣く時は本当に泣くやつだ。
いきなり俺が死んだと聞かされれば、それはもうめちゃくちゃに泣くだろう。
(それは―――嫌だよなあ)
そんな純夏を見たくなくて。衛士になったのはそういう理由もある、と言っても心配するだけだろうし、黙っとこ。
きっと気付きゃしねーし、と置いて。
俺は手紙の続きを書くべく、またペンを走らせていった。
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「一体どうするべきか………」
まだ暑さが残る夜。私はボールペンを手で弄びつつ、新しく入った4人と元から居る隊員の能力が簡潔にまとめられた報告書を睨んでいた。誰をどのポジションにつければ、最も戦力が高まるか。元の隊員との兼ね合いもあるだろう。
人の性格も十人十色。その上で性格と適性が異なる場合もあるのだ。
こういったものにマニュアルは通じない。どうやっても咬み合わない組み合わせは確かにあり、そういう陣形を組んでも数以上の効果を生み出すことはできない。
互いに長所を殺すことがない、むしろ短所を補い長所を伸ばすといった上等な連携が、できなくなってしまう。
そうして、国連軍お得意の泥水と似たり寄ったりのクソ不味いコーヒーを飲みながら唸っている時だった。近くから、足音が聞こえたのは。それが誰のものか、考えなくても分かる。私は顔を上げ、入ってくるその人を待った。で、思った通りの人物が現れた。
(………こんな時間に。子供の時から変わらない、この人の心配性は)
あれから十何年も経ったっていうのに。軍に入ってから、その性格が別人みたいに変わる者もいるのに―――と、私はその変わらない人、変人の方を向いた。
「よう、こんな時間だってのに頑張るな」
「ラーマ隊長も。そちらの方は終わりましたか?」
「ついさっきな。あとはお前の考えた案にすり合わせるだけだ」
としても、明日にすればいいだろうに。私は苦笑しながら、次の言葉を待った。
今来るというのは、何か言いたいことがあるからだ。それを察せないほどに鈍い女ではない。
しばらくして、ラーマは口を開いた。
「………白銀のこと。戦死した仲間について聞いたよ、ターラー。お前にしては珍しいな、怒らなかったのか」
「そう、ですね――――子供に死を教えるのは、難しいです。そもそも正解がないですから、どう教えればいいのかが分からない」
夜の食堂に声が響いている。誰もいないせいか、小さい声でも奥まで通っているようだ。
「怒っても駄目な時がある。優しく言っても伝わらない。特に戦死した友については………どれが本当に正しかったのか、どの言葉が最善だったのか。テストのように、答えがあれば楽なのに」
言葉ひとつで精神状態は変わる。それがゆるみとなり、隙になって。そしてわずかな変化を見逃してくれるほど、戦場は甘くなくて。
それは、最前線に身を置いている衛士に、嫌でも知らされる事実のひとつだった。
「間違えたと気づくのはそいつが死んだ後。いや、間違えていたのか、それでもフォローが足りなかったのか………死人には、何も聞くこともできませんから」
本当、閻魔様に問い詰めたいですよ。いったいどれが正解だったんでしょうか、私が言った言葉は誤っていたんでしょうか、って。
その答えを聞いてさえ、迷うのだろうけど。
「………正解は、無いだろうなぁ。少なくとも万人に共通する正解は。根底から価値観や思考の違う人間が居る。そう断言したのはお前だった………俺も、同意するがね」
ラーマは言葉を濁していた。あの事件のことを言っているのだろう。私が信仰心も何もかもぶん投げたあの事件のことを。
でも、あれは極端な例で特殊すぎる。私が言っているのは別方向の、全く違うことだ。
「人の思考も価値観も、状況に応じて変わるものです。例えば鎮静剤や後催眠暗示………壊れかけた人間に油をさして、動かなくなるまで使う。それを知った当初は、考えた人間は本当に狂っていると思いましたがね」
それでも、と地獄を見た軍人としてターラーは言葉を選んだ。
「考える人間も実行する人間も受け入れる人間も……狂ってると思ったけれど、結果的には正しかった。衛士を限界まで運用するような方策を取らなければ、今頃亜大陸は全てBETAに蹂躙されていたでしょうから」
推測ばかりだ。でも、立ち止まることは許されない。
だけど人類の生存のために、という圧倒的に正当な結論があるのなら。それが損なわれるような状況になるのなら、また人の思考も行動も違ってくる。どれが最善であるか、その問いに答えられるのは仏様か、あるいは神様にしか分からないだろうけど。
「負けて喰われて苦しむよりは、か。価値観というものは優劣で決定されるようなものじゃないと思っていた。だが、それも死の恐怖の前には脆く崩れ去るか」
「死は平等です。嫌になるほど。だからこそ、それでも人には最低限、守るべきものがあると考えていますので」
例えば、戦時の倫理をも越えて自己の欲求を優先するような下衆。
例えば、自分が死にたくないからと大勢を巻き込む間抜け。
一線を越えることは、許されない。超えれば平時よりも苛烈な方法で粛清されるだろう。
それでも―――子供を戦場に出す、というのも一線を超えるものだと感じていて、それを助けた形になる私も。大きな声で、その正しさは叫べないのだけれど。
「お前は、これからもずっと背負うつもりか」
「エゴだというのは分かりますが、これだけは放り出しませんよ、責任は取ります。小さかろうと、私の出来るうる限りのことはします。あるべき場所に帰すまで――――白銀も、クズネツォワも。白銀と同期の訓練生達も、死なせはしない」
尤もこのご時世ですし、大人になれば軍に入らなければならないのだろうけど。でもせめて子供のうちは、と答えた。言葉だけでも、そう示すのは当たり前のことだと思うから、と。
「そうか……哨戒基地の司令官は死んだが、それは聞いているな?」
「ええ。予想していたことですから、驚きはしませんでしたよ。手を下した人物も想像がつきます。私が知るかぎり、この状態であんな手を仕組むのはあの真正のクズ以外に考えられませんから」
そちらの権力が絡む事に関しては、私が取れうる手は少な過ぎた。
きっとアルシンハがどうにかするだろうけど。あの堅物はこういった手を一番嫌う奴だったから。
「それよりも…………別の話をしましょう。もっと、建設的な話を」
「それもそうだな。それで、お前はあの4人のことをどう思っている?」
書類をばさっと揺らし、ラーマがたずねてくる。
「そうですね。一癖も二癖もありますが………逸材、としか言いようがありません」
白銀、クズネツォワ、シフにヴァレンティーノ。私は4人の訓練の内容を思い出していた。
「シフ少尉と白銀は、天性ですね。生粋の前衛向き、逸材ともいえる才能があります。シフ少尉に関しては、かつて漁を手伝っていた時の経験が活きているかも、とか言っていましたが。なんでも、波を読む勘にかけては近場の漁師の間でも一目置かれていたそうで」
まったく、どの経験が活きるのか分からないから人間というものは面白い。その勘は私にはわからないが、あのポジショニングの的確さは他の隊員にも見習わせたいぐらいだった。
敵の出鼻をくじいたり、敵中に突っ込む前衛だからこそ、自分の位置には人一倍気を付けなければならないから。
「あとは、白銀は………訳のわからない勘がありますね。まるで熟練の衛士だけが持つ第六感のような。理屈に合わない、でもなんでお前はそこに居られる、と―――そういった理不尽な勘があります」
「あいつに関しては今更だな。もうそういうものなんだ、と諦めることにしよう。それで、残りの二人は?」
「ヴァレンティーノ少尉もクズネツォワ少尉も、タイプは違いますがそれぞれに好ましい、独自の冷静さを持っています。戦場に身を置け続けられれば、との前提ですが―――長じれば私が出会ってきた中でも屈指の衛士になりそうです」
子供という点を除いた、純粋な才能に注視すれば、いいものを持っているのが分かる。
「それは頼もしいな………ん、残りの二人は違うのか?」
「ふふ、シフ少尉は前衛というポジション限定ですが………私を超えるものをもっていますよ。まあ、白銀はそのシフ少尉よりも三段は上を行っているんですがね」
あの子について理解することはもう諦めましたが、と首を振る。ラーマは苦笑しながら同意した。
だけど、と私は更に重ねた。
「それでも、足りないんですがね」
そろそろ次の作戦が決まる頃だ。それはきっと厳しく、辛いものになるだろう。たしかに、目を見張るほどの力量を持つ衛士が居る。だが、戦争は所詮数である。
質的な問題もあった。戦術機も、F-4やF-5だけでは質として要求水準に届いていないのだ。
第一世代の経験を活かし開発された第二世代の戦術機。その数を揃えなければ、BETAを圧倒することはできないだろう。支援砲撃に使う砲弾の残数や、その他弾薬についても心もとないと聞いている。
そういった純粋な総戦力だけをみた上での感想を言うが――――勝ちの目は薄いだろう。
今の第一目標はボパール・ハイヴの制圧に設定されているが、その目標を達成できる確率は1%も無いだろう。今は民間人の避難を進めている………それは正解であるが、問題はその後のことだ。
まずひとつは、勝ちの目はなしとして、ぎりぎりまで戦線を維持して、後に撤退。物資を温存し、機が熟すまで待つか。亜大陸の戦闘も無駄になったわけじゃない。第三世代の戦術機の開発も進められているし、この10年に渡る戦闘の経験は大きい。
衛士の訓練や運用方法、その他ノウハウもたまりつつある。取り敢えず試してみるという試験的な感覚が強かった第一世代の戦術機乗りとは違い、次世代の衛士達はもっと効率的な、良い戦いができるだろう。BETAに関しても、何がしかの打開策が打ち立てられるかもしれない。
もうひとつの案として考えられるのは―――ボパール・ハイヴの中枢にある反応炉を破壊するか。
間引き作戦に乗じ精鋭部隊を潜入させて、S-11で反応炉のみを破壊し、ハイヴとしての機能を沈黙させる。その他諸々の問題点はあるだろうが、それも含めて乗り越えることを選ぶのか。
だが、それは色々と無謀といえる作戦だった。
(しかし、国土を失いたくないと考える政府高官は多い。いや、軍の上層部だって)
上手くいかない、と釘を刺す自分がいる。
その通りで、何もかもが足りていないのは現状であるが、打開策をと望む声は小さくない。
そう認識し、賢明な答えを選べる者は存在する。しかし、そうでない人間も多数存在するのだ。
忌々しいことではあるが、権力の座から退いた自分は何も言うことはできない。
(国土を失うということは、国を失うこと。感情的な面でも、また高官の意図を考えても――――抗戦になるのは避けられない、か)
後者が選択されるだろう。そして、自分たちは前線へと駆りだされる。
そのためには、今は―――と。
取れる策は多くなく。子供とはいえ、才能溢れる人間を遊ばせる余裕もなく。また、子供も戦場に出ることを望んでいるのだ。
(白銀の理由は…………そういえば言葉を濁していたな)
返答として聞いたのは、『自分は戦わなければいけない』ということ。
それ以上は説明できない、と。言えないのではなく説明できない、というのは予想外だったが、
それも何がしかの理由があるのだろう。
(クズネツォワは………な)
ラーマには話したようだ。裏の事情の全てを知らないので、私からは何ともいえないが、それでも彼が認めると、そんな理由があるのだろう。
(泰村、アショーク達は………)
アショーク他、亜大陸や周辺に故郷を持つものは、故郷を守るためにと。
あるいは、自分の価値を証明してやると、そういった想いというか英雄願望が強い。
泰村に関しては違うようだが。あの子は何というか、世捨て人に近い感覚がある。
何もかもに対してヤケになっている、と感じたこともある。日本という国で何があったかは知らないが、こんな土地に来るような、決心させるような出来事があったということは想像に難くない。
(むしろこんな最前線に来るような人間だ。その程度の背景はある方が自然………ともすると、白銀の異様さが浮き彫りになるな)
心に傷を負った様子もない。また、国を守るためといった、愛国者独特の意識も感じられない。
大切な人―――例えば父のためにか、と問うてはみたこともある。
白銀は頷いた。それもあって、と――――しかし何かが違うようだった。
(踏み出す決意には切っ掛けと理由が要る――――しかし、白銀には、それを感じさせるような色が………薄く感じられる、というのは私の気のせいか? 何か得体の知れないものに動かされているような)
まさか、と首を横に振る。そんな私を見て、ラーマが口を開いた。
「ターラー、大丈夫か? 疲れているようなら明日にするが」
「大丈夫ですよ………とはいえ、流石に今日はここまでにしておきます」
体調管理も出来ずに足手まといになりました、では済まない。ましてや私はラーマと同じで、このクラッカー中隊の柱の一つなのだ。傲慢でも自慢でもなく、事実だ。そして、それを自負に思わなければ人の上に立つ資格などないのだから。
「明日のために。今日はもう、寝ますよ」
「そうか………辛いことがあれば気兼ねせずに、俺に言えよ。これでも大尉の隊長なんだ」
「知ってますよ。時々忘れそうになりますが」
と、冗談を言い合いながら部屋へと戻る。
――――戦う理由。自分の罪と、守るべき者。そして、自分の立場と意志。
それらを再確認しつつ、明日のために動いていこうと、そう思いながら。
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「よ、ここ空いてるか?」
「ん、アルフ? 見れば分かるだろ、誰もいねえよ」
食堂の端っこ。トレー片手に伺うアルフに、ため息まじりで答える。アルフはいやいやと手を振った。
「ほら、もしかしたら欧州に居た頃と同じかもしらんだろ? それなら邪魔しちゃ悪いと思ってな」
「………口説かれてる最中で待ち合わせてる最中かも、ってことか? 今はねーよ。昨日までは居たけどな」
「ふむふむ、まずは一人撃破、っと。でもリーサちゃんにしては少ないペースだねえ」
「ちゃん言うな。それに、この基地の状況は知ってるだろ。今この時分に女を口説いている余裕なんてないだろう。居るとすればあんたみたいな女好きか、珍しい物好きだけだ」
この基地に居るほとんどの人間はアジア系で、あたしのような白人は少ない。
まあ昨日きっぱりと言ってやった奴は目立つもの好き、って所だが。
「いやいや、俺のは異文化交流ってやつだ。この基地にはちゃんと女軍人さんも居るしな。それに敵を知り己を知れば、って言うだろ? 敵に関しては嫌というほどに知ってるし、あとは己―――己達? この国の文化とか風習とか、味方側のあれこれ知ってると良いと思って、な」
「それで、何を知ったって?」
「………まあ、色々と」
話をくさすアルフ。どうにも嫌な情報を知ったようだ。話題を切って、また別のものに変えてくる。
「それより、今日の訓練もきつかったよなぁ」
「………あんたもさほど疲れてないだろうに、いちいちそういう事言う奴だね」
本当に辛い時は口に出しさえもしない癖に。告げると、アルフは「あー」とか言って誤魔化した。
面倒くさいやつだ。
「それでも訓練はこれからもっときつくなるよ。演習中のターラー中尉の顔は見ただろ?」
「ああ………ありゃ鬼教官で有名な奴のそれだな。青臭かった訓練生の頃を思い出しちまったよ」
思い出したのか、嫌そうにヒラヒラと手をふるアルフ。
それでもあたしにとっちゃ望む所なんだけどね。
「というか、実戦に出てまだそんなに経ってないだろ。もう一人前のつもりか?」
「まさか。でもまあ、あの八分を知る前とはねえ――――まあスワラージも越えられたから、それなりの自負は持っていいと思うけど」
「一度の勝ちもない、負けっぱなしなのに?」
「勝てば一人前っていうんなら、この世の衛士の全てが半人前さ」
何とも口の減らないやつだ。でもまあ、劣勢に追い込まれてる人類だし、その理屈も正しいっちゃあ正しいか。
「それよりも喜べばいいだろうに。あたしらにとっちゃ何時にない、いやむしろ初めての優秀かつ、まっとうな上司じゃないか」
「……ああ、それについちゃ同意するよ。まあ、お手柔らかに、って感じだけどな」
わざとらしく肩をすくめる。そういえばこいつ、訓練生の頃は厳しい事で有名な教官の下にいた、って聞いたな。だから嫌そうなのかもしかして。
「いや、それは同じだけど違う」
「―――心を読むな。で、何がなんだ?」
「厳しい、っていう点で言えば同じだけどな。相手が美人ならまったくもって意味が違ってくる」
「なるほど、美人に痛めつけられるなら本望ってか――――寄るな変態」
「やる気が出るって事だよ………相も変わらず結論出すまでが早すぎるんだよ、お前は」
「“突撃する前衛”だからな。風のように速く止めどなく動くのが身上だ。海も同じで、波は待っちゃくれないよ?」
「お前のその思いっ切りの良さには色々な意味で涙が止まらなくなるよ………」
肩を落とす変態(仮)。でも、ついてくると決めたのはお前だろうに。
「まあ、ねえ………それで、ここに残ると決めた理由だが、あれは嘘偽りないことか」
「嘘言ってどうなる。まああんときゃ直感だったけど、今は確信しているね。そうさ、今"ここ"こそが、あれだ」
―――人類の最前線だ。
告げると、またアルフの視線が理解不能の色を灯す。
しかしあたしはそれを受け止め、言葉を続ける。
「ああ、確かに欧州もそうだったよ。BETA支配地域と接しているラインは、あっちにもあって、ソ連の方にもある。だけど今はここが一番ホットな場所さ」
「世界中で戦っている奴が居る。ま、それも知らないわけ無いよな。それでも、ここが一番の"前"だって?」
「"これ"がなんなのかはまだ分からないけどね。"ここ"が一番負けられない―――それでいて、面白い戦場だ」
あくまで直感に過ぎない。でも、何か決定的に違うものがここにはある。ここが戦う場所なのだと、頭の中にある何かが知らせてくる。
予兆も確かにあった。
「それに、ここには今若くて才能溢れる奴らも集まっているだろう。スワラージを生き延びた、欧州方面に居た衛士の生き残りも、近い基地にいくらか居るって聞いた」
留まることを選択した奴ら。それぞれに理由があるのだろうが、漏れず激戦を生き残った衛士だ。
因縁もあるし、肩を並べて戦うのに文句はない奴らだろうと思う。
「そうだろ? あたしらと同じ、"生き延びろ"と………戦死した上官から色々と託されたんだろうし、ね」
「まあ、それも話には聞いちゃいるが」
「それに白銀と、サーシャか。ありゃ両方ともただもんじゃない。あんなの、あっちにも居なかった。きっと世界中のどこを探しても居ないんじゃないだろうかって、そう思えるよ」
「それも―――見れば分かるけど、な」
特に白銀は、と言いながらも言葉を濁すアルフ。いつにない暗さを見せているが、その理由は一体何だろうか。あたしは考えて―――何となくだが、察する。
「もしかして、サーシャ………いやスワラージの時の“あの噂”についてかい? ………あんたがまだ引きずってるのは分かってたけど」
「引きずりもするさ。お前もそうなんだろう?」
「忘れられるもんじゃないしね。でもあの子はきっと何も知らないよ。きっと、知らされてもいない」
こうして生きてここにいる。それが何よりの証拠だ。
それにこれも勘だけど――――あの真実について、あたし達は知るべきじゃないんだ。
求めれば、ただじゃ済まないだろう。そんな暗部が、危険度A級の何かから漏れたあの子が、この基地に“生きて”居る。なら、調べても聞いても大した情報は出てこないだろう。
追求できるような立場にもないし、しても意味があるのかどうか。
「知りたいって気持ちも分かるけどね………それでも、あれにはきっと意味があったんだよ。あの大国が無意味なことをするわけがない。きっとドギツイ内容だろうけど、それでも何か譲れない目的があった」
「それでも、死んでいったやつらはピエロだろうが。すれ違いの果てに何があったのかはお前も分かってるだろう」
「言えない理由があった――――で、強行したんだろうね。結果的に不信を負うことも分かってて、それでもと望んだ。本当の成果ってやつを得られたのかも分からないけど、ある意味であの事態も折り込み済みだったんだ」
「………お前は、それで納得しているのか?」
「せざるをえないさ。問い詰めて真実を知って、それでどうする? ―――“報いを受けよ、鉛の弾を心臓に”とでも?」
「その、つもりはない」
「………どちらにしろ、あたしら下っ端に出来ることは限られてるのさ。衛士としてもね」
上の話は上の話でまとめられるのだろう。それに口を出すのなら、まずは衛士としての立場を強くするか、政治に携われるような人物にまで成り上がるしかない。
「それでも、あたしが今一番優先したいことは、死んでいったあいつらの想いを継ぐことだ。あんたはどうだい、アルフ」
「俺は………俺もそうは思っている。でも、それだけじゃ納得できないことも………いや、まあきっと、馬鹿なことで――――自己満足なんだろうけどな。知りたい、ってのは」
「………あたしは止めないよ。あんたの望みを否定することもない。その気持ちも十二分に分かるから。だけど、今の部隊の仲間を巻き込むようなら止める。あの子をどうこうする、ってのもね。仲間を殺すことになるから」
その時は容赦しない。そう告げると、アルフは笑って頷いた。お前みたいなきれいどころに送られるのなら、と。
「頼みたいぐらいだな。BETAみたいなクソ共に喰われるよりはよっぽど上等だぜ」
「ふん、言われずとも。ストーム・バンガードの名に恥じないように、風みたいに早く滞り無く」
――――馬鹿やろうもんなら、その前にあんたの心臓を撃ちぬいてやるよ、と。アルフは手で撃つ仕草をすると、両手を挙げながらまた笑った。
「おっかねえな。ま、死ぬのはごめんだし、そうならないように動きますか」
「頼むよ」
………あたしも、もう仲間を失うのは御免なんだから。
リーサは心の中だけで、そう呟いた。