Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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29話 : 物量_

その日、海は静かだった。

 

――――そいつらが現れるまでは。

 

「提督、奴らの上陸が確認されました!」

 

「ついに来たか………撃ち方始め!」

 

日本海の上に浮かぶ船の長より、太い声で号令が出された。途端に、待ちに待っていたとばかりに、鉄の船より火砲の華が咲き乱れる。鉛の塊は何もかも切り裂くようにして空を目指し、重力に負けて下降しはじめる。

 

着弾。地面にBETAの肉と血の艶やかな華が咲いた。

 

一つ前の侵攻と、全く同じ光景である。しかし、決定的に異なるものがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ、あれだけの砲撃を抜けてくるか………!」

 

上陸地点より少し後方に待機している戦術機甲連隊の連隊長が叫んだ。敵の出鼻を挫くとして放たれた艦砲射撃、だけどそれは敵を殲滅しきるには明らかに不足過ぎた。前回は、突撃級が見える程に残ればいいぐらい。しかしレーダーは、赤の敵の反応がまだまだ残っている事を示していた。

 

「全機、戦闘準備! 前回とは明らかに違うぞ、気合を入れろ!」

 

号令と共に兵装が構えられる。黒光りする突撃砲が、雲間より差す日光に照らされぎらついた。

 

「数の不利は連携でカバーだ! 奴らに、帝国軍人の力を見せつけてやれ!」

 

これ以上、帝国の国土を踏ませるな。群れを守る狼もかくやという気迫が篭められた怒声と共に、連隊は土煙を上げてやって来る突撃級に向かっていった。

 

無骨なフォルムを持つ撃震と、強固な外装を纏った化け物が激突する―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

準備が万全であったとは言えないだろう。できるかぎりの備えをしていても、いざ戦うとなった段階で綻びが見えるのが実戦の常である。だけど、これは想像以上にまずいかもしれない。舞鶴に展開されている第一次防衛戦を抜けてきた敵の数に、嵐山基地に配属された部隊の中でも最も前に配置された部隊の衛士である小川朔は知らず口に溢れていた唾液をごくりと呑んだ。

 

「………英太郎」

 

「分かってるさ。補給部隊は補給コンテナの位置に気をつけろよ!」

 

いつにない長丁場になることは間違いないだろう。勝利か敗北かの分水嶺が訪れるまでは遠く、その時になって残弾がありませんなどと冗談にもならない。多勢のBETAを相手にするのは当然のこと、ペースの配分が戦況を分けることになる。ユーラシアで同じような苦境に陥った事のある二人は、この迎撃戦において肝要となるポイントをいち早く掴んでいた。自分達の所で全て止めきれれば最上ではあるが、恐らくはそう上手くいくことはないと考える方が正しい。横から抜けられたBETAに補給コンテナを踏み潰される可能性がある。英太郎は地形より予想できるBETAの侵攻経路を元に、朔の口添えと共に補給部隊へと指示を飛ばしていた。だが、そこに異議の声が挟まった。

 

「黛、戦いが始まってもいないのに何をしている! 総員、後方ではなく前方を注視しろ!」

 

隊長機である金城勝の怒声が響き、英太郎は舌打ちをしたい気分になった。戦闘が始まってからは遅いというのに。だが同時に、いつもとは違う隊長の様子に戸惑ってもいた。仮ではなく、正真正銘の帝国軍人であり、若くして佐官にまで上り詰めたエリートである。大陸での戦闘を経験してはいないが、BETAとの戦闘における注意点などは常識として思考の隅々にまで擦り込まれているはずだ。

 

なのに、まるで目の敵のようにして自分達の取る判断にケチをつけている。別人のような振る舞いに、英太郎は内心で舌打ちをした。

 

(鉄の奴をかばったこと、どうやら根に持ってやがるらしいな。くそ、男らしくねえ野郎だ)

 

先の迎撃戦において、目の前の隊長は義勇軍の一人と揉め事を起こしていた。英太郎と朔が所属していた中隊はその通信の声をたまたま聞いていた。そして戦闘が終わった後に問題だと声を高くする男のヒステリーを耳にした時に、それは違うという声を上官に上げていた。

 

金城少佐の発言にも問題とするべき点がある。英太郎は、鉄中尉の発言も全く問題が無いとは言えないが、一方的に責任を追求するのは帝国軍人らしからぬ行為だと思ったから行動したのだ。

そんな悩みも待ってくれないように、BETAが来る。

 

「前方、大隊規模来ます!」

 

「聞いてのとおりだ! 全機、傘壱型(ウェッジ・ワン)で接敵!  目の前の敵は絶対に倒せ、一匹たりとも帝都には入れさせるなよ!」

 

同じようなタイミングで、各部隊の部隊長の命令が飛び交った。幾百もの了解の声と共に、本土防衛軍、陸軍も関係なしにカーボン製の巨躯がBETAへと襲いかかっていく。

 

前回の侵攻とは異なり、艦隊や機甲部隊も手加減なしに砲撃の雨をBETAに浴びせていた。

迎撃に出た前線の戦術機甲部隊も、殲滅の速度を第一としてBETAを刈り取っていく。

 

世界でも有数の、強国に恥じない戦いぶりである。

 

―――――だが。

 

「駄目です、防衛線だけでは抑えきれません!」

 

「舞鶴の南、綾部市付近にも多数のBETAが………第27機動偵察部隊が接敵、交戦開始とのこと!」

 

「福知山付近でも交戦を確認! 戦域、なおも拡大中です!」

 

司令部では、各方面からの報告で入り乱れていた。防衛線を抜けたBETAの一部は既に、後方の部隊と接触するまでの位置に展開している。部隊壊滅などの悲報はまだ出ていないが、壁一面に映しだされているレーダーの中では、交戦中を示す赤の円形が次々に咲き乱れていた。

 

敵を撃破するより、西の陸から沿岸部から湧き出てくる赤の点の数が多い。中央に居る司令は、既にBETAの反応のせいで真っ赤に染まっている山口、広島を睨みつけていた。

 

――――これは、長くなる。

 

内心で呟きながらも、動揺を見せないまま淡々と命令を下していく。

 

「舞鶴より南に展開している部隊に通達だ。若狭湾方面へ抜けていく群れを優先して殲滅せよ。特に重光線級は一匹たりとも沿岸部には近づけるな、と」

 

数を減らさねば"仕事"は終わらず、そしてその仕事において最も優秀な能力を持っているのが大口径の艦砲を持つ艦隊である。砲を抱えたまま、沖合からレーザーで轟沈させられてはこの迎撃戦は更に長期化し、戦火は近畿全域に及ぶことは容易に見て取れた。その密度、つい先日に蹴散らしたそれとは比べ物にならない。

 

「琵琶湖のアメリカ軍の艦より通信が入りました! 艦載機のF-14の中隊を発進、若狭湾付近の部隊の援護に入るとのことです!」

 

「有難いな」

 

若狭湾を越えられれば、琵琶湖へのレーザーの射線が通る。母艦を守るという意味もあるだろうが、有用な戦力になるという意味では間違いではない。そうして山陰側より侵攻してくる部隊に対しての戦力は充実し始めていた。

 

一方で、山陽側の部隊は苦戦を強いられていた。九州は南端より北に至るまでBETAの上陸ポイントになっている。海よりやって来たBETAの9割は北九州より山口に歩を進めたが、1割は豊後大野を通り海を渡って四国西岸へと到達していた。

 

勿論のこと、前回の教訓は忘れてはおらず、西岸にも部隊は配置していたが、その分山陽側の側面をつく部隊の数は減じられていた。戦略的に対応しなければならない上層部は心の底から舌打ちをしていた。誤報であると信じたかったが、前回の10倍の規模であるという情報は間違いではなかった。世界でも有数の戦力を誇る帝国の本土防衛軍と陸軍だが、その全てが実戦を経験したということはない。初回の電撃侵攻をも上回る密度で押し寄せて来るBETAに対処するという状況に慣れてはいなかった。かつ、守るに不利な自国の地形の中で、矢継ぎ早に敵の数が補給されていくというのは想像以上に厄介なことである。

 

戦闘が始まってさほど時間は経過していないというのに、既にもう前回を越える数の損害が出ている。防衛線は破られておらず、問題が出るような量は突破はされていない。前線で奮戦している戦術機甲連隊や四国から砲撃を続けている機甲連隊に落ち度はなく、それどころか立派に役目を果たしている所だ。だというのに、この損耗率。その上で西方、山口から続く赤色の行列が薄まる様子はなかった。

 

――――逡巡したままだと、このまま踏み潰される。

 

それをいち早く認識できたのは、瀬戸内海に展開していた艦隊の艦長だった。被っている帽子を軽く叩くと、仕方ないかと溜息をついて。そのまま怯えもなく、ただ冷静な声のままに淡々と副長に命令を出した。命じられた副長は一瞬だけ艦長の正気を疑ったが、そういえばそういう人だったと苦笑を挟んで、復唱をした。

 

「各艦、全力での砲撃を。命令があるまで、"記録に残るぐらいの早さで"砲撃を継続する」

 

表現を加えた副長の声に、その通りだと頷く艦長。そこに、てっきり賛成をするものと思っていた新参の参謀が目を剥いて反対した。敵が多いのは分かるが、仕掛けるにも早すぎると思っていたからだ。それを聞いた副長は、苦笑しながら自分の喉を指して言った。

 

「赤のBETAを槍とすれば、青い我が軍はそれを塞ぐ防壁。だが此度のひと突きは、この喉の向こうにまで届きかねん」

 

背後に庇うは無辜の民に、帝国の首都。一刻も叩き潰す必要があると告げる副長の目と迫力に、参謀は汗を流しながら黙り込んだ。反論したままだと殺されるとまで思わされるような。直後に副長は旗下の艦隊に、総力での砲撃を命令するように告げる。間も無くして、岡山以西の陸地は砲撃の雨にさらされた。

 

至近で聞けば耳を塞いでも聴覚に障害をきたすほどの轟音と共に、人間であれば跡形も残らないような威力の砲弾がBETAの密集地帯に降り注ぐ。光線級のレーザーによって何割かは空中で蒸発したが、残りは目標のポイントに着弾した。山で言えば山肌が、人影が消えた町にまだ形を残していた建物諸共に、砲撃を受けたBETAが欠片となって宙を舞う。着弾の衝撃は凄まじく、特に密集している地点は砂埃とBETAの血霧になって視界不良となるほどだった。当たる時の角度さえ良ければ突撃級の前面装甲とて砕く威力を持つ砲撃である。同じ中型である要撃級や戦車級などひとたまりもなく、要塞級も当たる部位によっては一撃で地に伏せた。

 

兵士級や闘士級といった小型種などは、着弾の衝撃の余波で吹き飛ばされていく。唯一長距離での攻撃手段を持つ光線級も、撃墜できなかった砲弾を受けてその数が減らされていく。脅威であるレーザーも、同じBETAといった壁があり、射線が通っていないのではなにをしようもない。アウトレンジからの理不尽たる暴虐に、ただされるがままに蹂躙されていった。BETAが千々に裂かれ、散らばっていく。あまりにも一方的な攻撃は、傍目に見ている者がいれば憐憫の情さえ浮かぶような様だった。さりとて帝国海軍、自分の国を滅ぼそうとしている怪物に手加減などする必要性はない。

 

明石海峡さえ守り抜けば、四国からの兵站能力は保持される、抜かれなければ補給の目は残っているのだ。出し惜しみしたまま、落とされる事こそが凶である。

 

そう判断した帝国海軍の名将の命と共に、声と共におよそ戦術機では成し得ないような速度でBETAの数を削り取っていった。

 

「す、げえ………BETAがまるでゴミのようだ!」

 

「おいおい、やってくれるなあ畜生!」

 

歓声を上げたのは、前線に出張っていた帝国陸軍の戦術機甲部隊だ。あまりの敵の数の多さと、前回にはまったくなかった損害の報告に晒され続けた部隊は笑えない早さで士気が低下していた。

だが、歴戦の勇とて目をむくほどの味方の砲撃の密度と、望遠越しに見える敵の惨状を。脆い粘土のように肉と体液を散らばらせていく敵の姿を目の前に、逆に士気が向上していく気配を見せていた。

 

機と見た連隊長が至近の要撃級を斬り飛ばし、戦車級を串刺しにしてそのまま長刀を掲げる。

 

「野郎ども、見たな! 見ていないとは言わせんぞ! 海軍さんの有難い奢りだ、有り難く頂戴しようじゃないか!」

 

大声のままに、不敵な笑みを見せる。

 

「ああでも敵に最も近い場所は――最前線は、俺たちの場所だ! そして、このまま奢られっぱなしで良いというような腰抜けはいるか!」

 

問いかけに、戦術機を駆る者達は歯をむき出しに、怒りを顕にした。腰抜け、というのは禁句である。最前で怪物と激突する役目を持つのだ、骨無しと言われてまま黙っていられる者はいない。

 

先ほどまでは敵の攻勢の激しさを前に、不安に揺れていた目の中に獣じみた輝きが戻っていく。

殺意さえ混じっているような苛烈な視線を受け止め返した連隊長は、長刀を前に指した。

 

「回答は要らん! 腰抜けでないと証明したいのなら――――武を以って示せ!」

 

男女問わずの、了解の大声が通信に充満した。よし、と呟いてスロットルに手をかける。そして砲撃が止んだ直後に、一歩前に踏み出した。

 

「往くぞ!」

 

声と共に、前に出る連隊長。それを見た部下達は、遅れてはならぬと前に駆けた。

武の証明をせんと、銃と刀を手に敵に躍りかかっていった。

 

 

どの前線でも似たようなものだった。BETAを前に逃亡する者はほぼゼロで、それどころか前回の鬱憤を晴らそうという勢いで奮戦していた。九州、中国地方を出身とする者の数は多く、家族をBETAに殺されたという者も少なくなかった。BETAに対する恐怖はあるが、憎しみが混じった殺意もまた強い感情である。高い士気を保ったまま、恐怖を前に体を凍らせることなく、体に反復させて覚えさせた殺しの行動を着実にこなしていく。

 

それは戦闘が開始してしばらく、防衛線を突破する数が増えてからも同じだった。

 

だが、例外もある。京都は嵐山より北西にある南丹市に展開している部隊があった。

 

その中の一つであるベトナム義勇軍と斯衛との混成部隊と、そして斯衛の新人達を集めた即席の部隊は、防衛線を抜けてきた大量のBETAを前に苦戦を強いられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

顔らしき部位はあるが、目も鼻も耳もない。口と皺だけを表に貼り付けた要撃級が、右に左に震動と共にこちらに向かって来る。だけど、距離は十分だ。甲斐志摩子は訓練通りに、突撃砲の引き金を絞った。狙いより少し下に外れたが、36mmの劣化ウラン弾は要撃級の肉を抉り、いくつもの穴となってその威力を示していく。

 

『志摩子、右!』

 

『っ、了解!』

 

安芸の声に即座に反応した直後、跳躍してその場から離れながら注意された方向に向き直る。そこに見えたのは移動中の要撃級だ。だが間合いは未だ遠く、志摩子は前腕部の間合いに入る前に再度の射撃を行い、近寄ってくる要撃級とその横に居た新手を動かぬ肉塊に変えていった。

 

『きゃっ!?』

 

『誰がっ………あ、危ない!』

 

通信から聞こえたのは、自分と同い年ぐらいの女の子の悲鳴だ。見回した先に捉えたのは、今回が初の実戦となる訓練学校の同期だった。任官上がりの新人に、新たに配属された赤の斯衛を部隊長に編成された嵐山のサンド中隊。

 

砲撃支援(インパクトガード)の瑞鶴は手に何も持っていない。長刀は落としたか落とされたようで、足元に転がっていた。すかさず、長刀をたたき落とした原因であろう要撃級が腕を振り上げる。

 

各種BETAの中でも有数の硬度を誇るその一撃は、瑞鶴の装甲をもってしても直撃されればひとたまりもない。志摩子は咄嗟に助けようと思い、しかし直後に手を止めた。この距離と位置では敵だけに命中させるような自信はなく、味方にまで当ててしまいかねないのだ。

 

迷いは、わずかに数秒。だけど、間に合わなくなるには十分な時間だった。

志摩子の中で、致死の瞬間が来るという思考が浮かぶ。

 

だが、前腕がそれ以上動くことは無かった。飛び込んできたのは、瑞鶴や撃震より、幾分かスリムになった機体であるF-15Jだ。陽炎の名前を持つ第二世代機が軽やかに宙を舞った。直後に腕を振り上げた要撃級に5つの弾痕が刻まれる。連射による弾のばらつきはなく、皺だらけの頭が5度衝撃にはねて、汚らしい体液が宙を舞った。致命には十分だったらしい。攻撃を受けた要撃級は電気ショックを受けたかのように体を跳ねさせ、周囲に横たわっている者達と同じようになった。

 

『あ、た、助かりました!』

 

『礼はいい。それより、密集隊形を維持してくれ!』

 

礼を受けた武は、孤立するなと注意を促した。その声には、いつにない若干の苛立ちが含まれているようだ。それを見た志摩子は、無理もないだろうと思った。何故なら、先ほどのような事態になったのは今日だけで6度目だからだ。何ともないような距離での要撃級との一対一など、一人前の衛士であれば勝って当たり前といった難易度なのだ。脅威度であれば最低レベルで、戦場に出たての自分でも対処できるであろう相手に、同期の訓練生達は苦戦を強いられている。

 

武やマハディオの援護がなければ、死体と機体の残骸が6つ増えていたことだろう。予め分かっていたことだが、志摩子は同期達の練度の低さに冷や汗を流していた。足手まといが居る中での戦いがこれほどまでに厄介だとは分かっていなかったのだ。

 

もしも、義勇軍の3人や帝国陸軍の3人の援護がないまま、自分達だけでこの迎撃戦に当たっていたらどうなったのだろうか。あるいは、自分達が前回の防衛戦を経験していなかったのなら。隊長と副隊長より教練を受けていなかったら。

 

十分にあり得た可能性に、また一筋冷や汗が背中を伝っていく。

 

(だけど………戦闘の前にはどうなることかと思ったけど)

 

義勇軍含めの6人は、今は斯衛の援護に集中していた。

前回とは違い、一度も前には出てこないでいる。

 

出撃の前に、同期達の隊長である赤の中隊長である遠江大尉に命令されたからだ。ショートカットらしく強気な目で義勇軍を見ると、前面は我ら斯衛が受け持つと言ってみせた。そしてベトナム義勇軍含め、パリカリの6人は後方で援護に徹しろ、といかにも格下を扱うような口調だった。

 

義勇軍の力量を知っている自分や安芸は、それを聞いて焦りを隠せなかった。だが、鉄中尉は少しの沈黙の後、了解の意を返すだけで文句の一つも言わなかった。正規軍ではないが、腕に覚えがあることは間違いない二人である。自負を汚されて舐められたこと、その反発心からひょっとすれば援護の手を抜くかもしれない、という考えが浮かんでしまった。

 

その上での、鉄大和と風守少佐との確執である。二人に確認を取ってはいないが、斑鳩家より帰ってきてから二人の関係は激変していた。それまでの、信頼の一部を思わせるような遣り取りは無くなった。とはいっても正面きっての対立ではなく、互いに距離を測り合っているような。

 

黒い噂もあり、もしかしたら自分達もどこかの衛士のように撃たれるかもしれないと、そんな考えまで浮かんでくる。だが、そんな事は無かった。特に鉄中尉などは、むしろ過保護というレベルで自分達の援護に徹していた。15歳に似合わないと断言できるその技量は異常性は相変わらずで、それなりに分散しているブレイズの6人と、新しい12人の計18人をその警戒網に全て捉えきれているようだった。危機に陥れば即座に射撃で援護し、必要であれば前に出て囮になる。援護行動を行う際の的確な判断力と視野の広さは、実戦経験が豊富だからだろうか。

 

その安心感は赤の斯衛の部隊長はおろか風守少佐を上回っているように思えた。

 

と、そのような事を考えこんでいたせいか、志摩子は数瞬という短い時間ではあるが、反応に遅れた。気づけば新手として地面に展開していた戦車級が、こちらに向けて跳躍しようという予備動作が見えた。

 

突撃銃で狙うには遅く、長刀でも跳躍中の体を斬りつける必要はあるが、そこまで正確に攻撃できる自信もない。

 

考えている内に、戦車級は四散した。周囲にいた集団も、36mmの斉射に穿たれ、地面をその体液で汚していった。最後に数閃。短刀による連続斬撃が終わった後、通信の音がピピっと鳴った。網膜に映るのは、少し困惑しているように見える鉄中尉の顔だ。

 

『あ、ありがとう』

 

『いや、礼はいいから。頼むから戦闘に集中してくれ。長丁場になる、弾はできる限り残しておきたいんだ』

 

少し疲れているような声。だけど息は全然上がっていないのを見ると、気苦労の方だろう。原因の一つとしては遠江大尉にもあった。実戦を経験したことは無いそうだけど、技量に関してはさすがに年の功か自分達以上だった。今も、先頭に立って危なげなく要撃級などを斬り伏せているのが見える。

 

だけど、味方に対するフォローが足りていないのは間違いなかった。最初こそは傘壱型の陣形を保てていたが、数分もすれば同期達の連携はばらばらになっていて、今となっては中隊の形を成していない。それに気づいてはいるのか、いないのか。最も前となる位置で戦い新人たちの負担を減らそうと立ちまわっている風守少佐に対抗してか、やや前衛に近い位置で自分の戦闘だけに集中しているようにも思える。

 

『………事前に風守少佐に聞いていた通りになったな』

 

危なかった、との武の声。志摩子はそれを聞いて、えっとなった。何か事が起きて、互いに警戒しあっているのではないのか。思わず問いかけた言葉に、武の顔が複雑そうに強張った。

 

『気づかれてたか、って分かるよな。見え見えだったし…………まあ、解決しちゃいないけど』

 

同じ口調で、何でもないように言った。

 

『だけど、戦闘中は忘れる。この防衛戦、味方を疑って背中を気にしているようじゃ負けだ』

 

あくまで冷静に、敵の規模と自軍の戦力と自分達の状況を観察しているようにも見えた。実際にそうなのだろう。また一つ、援護の射撃により一人の新人が危機を救われていた。自然な動作で、針を通すかのような正確な射撃だ。弾数も、要撃級を殺すに最低限必要な数だけをばら撒いているようだ。

思えば、最初からずっとそうだった。最小限の動きに最適の解を続けようとしているその様子は、手加減もなにもなく全力で援護に当っているようにも見える。

 

だからこそ、気疲れしているのではないか。志摩子はそう考えていると、視線がこちらに向かっていることに気づいた。

 

『だから、怪しむのを止めろなんて言わないから――――せめて後ろからは撃たないでくれよな』

 

誤魔化しもなにもない一言。苦笑を交えた言葉を聞いた志摩子は、え、と言葉を失った。返事を聞かないまま、鉄大和はまた新たな救助対象へと駆ける。

 

前衛より少し後ろの位置で戦車級を相手にしている石見安芸の所だ。地面にわさわさと群がっている赤い絨毯に銃撃を加えているのはいいが、側面が全く見えていない。通常であればレーダーを見ずとも近づいてくる震動だけで接近を察知できるのだろうが、突撃砲の震動も機体の中を揺らしている上、網膜に投影されているマズルフラッシュの光が冷静な観察力を奪っていた。

 

気がつく距離になると、もう遅い。

 

『………っ?!』

 

驚愕の声と共に突撃砲を構えたのは立派だが、弾は虚しく皺だらけ顔の横の肉を削るだけ。視界が赤に染まり、弾切れの警告音が響く。要撃級は間合いに入ると自動的に攻撃の動作に移り。腕を振り上げた所で、背後からの長刀の一撃を受けて横向けに倒れ伏した。

 

『安芸、大丈夫!?』

 

『あ、ああ、うん。大丈夫だよ唯依』

 

『良かった………正面の敵もいいけど、一つだけに集中しないで』

 

レーダーか肉眼かで、常に自分が受けもつエリア内の敵の位置を把握していないと、おもわぬ所でやられてしまう。唯依のアドバイスに、たった今死にそうになっていた安芸は辿々しくも頷きを返した。脳裏には先ほどの警告音と、アップになった要撃級の顔が浮かんでいた。

鼓動の音が早まっている事に気づくが、口の中に溜まっていた唾を呑んで何とか正気を保つ。

 

あちらこちらでそういった事態が頻発していた。技量の低いものがいちいち死にかけては、技量の高い者達からフォローを受ける。当然の帰結として、隊全体の攻撃力は著しく低下していた。

 

だけど、援護の手を休めることはできない。パリカリの樫根を除いた5人は理解していた。

一人でも欠ければ、そこから連鎖的に崩壊していくだろうと。

 

『王の調子が戻っていなかったら、どうなっていたことやら』

 

『言うなよ。想像するだけで漏れそうになるから』

 

王紅葉は大陸で戦っていた頃の調子を取り戻したようだった。前回や前々回の戦闘の時とは異なり、持ち前の高い身体能力を活用した近接機動格闘で新人たちに迫るBETAを撃破し続けている。フォローをしているのは、橘操緒だ。王の動きは素早く派手だが、その反動で死角ができやすい。

 

操緒はそれを埋めるように立ち回り、死角より迫る戦車級や要撃級を次々に倒していた。

 

『くそ、でも多い! 最前線の本土防衛軍は何をしてるんだ!』

 

『動きまわりつつBETAを削ってるんだろうさ。この数だと、全部を防げって方が無茶だ』

 

『無茶に応えるのが軍人だろうが………っと、左!』

 

鹿島弥勒はマハディオに声をかけながら、とある本の事を思い出していた。それは大陸で大量のBETAを相手に戦い続けた者達の記録だ。本の記述によれば、大量の物量をもって侵攻してくるBETAを相手にする場合、最前線に配置されている戦術機甲部隊は無理にその場に留まり突撃級に撃破されるよりかは、動きまわって確実に数を減らし続ける方が最終的に最終防衛線を突破されにくくなるとあった。

 

『後続の勢いを殺すって意味もあるがな。死守も時には必要になる、だけど長期の殲滅戦をやる時に有効なのは数の力だ』

 

算数の問題である。戦術機一機あたりの撃破数があるとして、その合計数は機体の数と稼働時間の乗数となるのだ。弾の問題もあるので、無理に防衛線に留まり機動力が死んだ状態で多く撃破するより、ある程度抜けられるのを覚悟した上で、動きまわって長時間戦い続ける方が効率的なのである。無駄弾を減らし、弾が発射される時間をできるだけ長くするために。

 

問題は最終防衛ラインに求められる技量と責任がかなり大きくなるという点だが、それは斯衛が受け持っているのだ。また、最前線でかく乱が活きていると群れ全体の侵攻速度は目に見えて低くなる。そして防衛戦は今回で最後ではないのだ。これから何度も侵攻を防ごうというのなら、ここで悪戯に練度の高い衛士を失うのは得策とは言えないだろう。

 

全く問題がないとも言えない戦術だが、長期戦を見据えるのなら有用なやり方だ。

問題があるとすれば、編成と配置が偏っている自らの部隊にある。

 

マハディオは出撃前のハンガーでの遣り取りを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、今回の防衛戦においては、前に出なくても良いと?」

 

「その通りだ。先鋒は我ら斯衛が受け持つから、貴様ら義勇軍は後方よりの援護に徹すればいい」

 

「………前衛にこそ適性がある人間もいます。ここはきっちりと役割を分担した方が良いかと思われますが」

 

「即席の連携が組めるのか? 我らと貴様らにそれほどの信頼関係が築かれているとは考え難いが」

 

問いかけるようでその実、命令しているも同然だった。ハンガーの中、歴戦の二人と沈黙を保っている風守少佐と遠江大尉との間で圧力が高まっている。実戦無経験なわりに強気な発言だ。だが、どこか歯切れが悪いようにも思えた。恐らくだが、これは上からの命令であるかもしれない。

 

その可能性は十分にあった。先の戦闘より斯衛の発言力は徐々にだが高まっているようにも思えた。命令したどこぞの誰かは、ここで任官繰り上げの新人たちが参戦し活躍すれば最前線と後方に展開している精鋭に加え更なる発言力の高まりが見込めるかもしれない、とでも考えている可能性が高い。

 

ちらりと、隊随一の実力を持つ少年が背の低い部隊長を見る。鉄大和。ベトナムの日系人だという。対するは、風守光。有能であること、疑いようのない女性。つい数時間前であれば、その視線から逃げるように目を逸らしていたように思う。だけど風守光は少佐らしく、鉄大和をじっと見返して頷いた。それを見た少年は目を閉じ、そして開くと遠江大尉の方を見た。

 

「了解しました。こちらは援護に徹することにします」

 

「それでいい」

 

遠江大尉は満足そうに頷き、去っていく。遠くから新人たちへの命令を出す声が聞こえた。だが、自分はここに残っていた。同じく残っている二人は、先ほどとは違い視線を互いに逸し続けていた。

 

「………今は、問いません。俺は最善を尽くします。例え誰に邪魔されようとも、ここで足を止めるつもりはない」

 

二人にしか分からない遣り取りだった。風守少佐は頷くだけ。何かを我慢するようにうつむき、鉄中尉の横をすり抜ける。その背中に、言葉が向けられた。

 

「俺が憎いですか………邪魔だったんですか」

 

その声に、風守少佐は立ち止まって。そして振り向かないままに、答えた。

 

「憎んだことはない。だが、閣下を害するのであれば―――――」

 

続きは声にならなかった。言いたくないのか、言うまでもないのか。

傍観者である弥勒には分からなかった。

 

「………これ以上、何を言おうと言い訳にしかならない。納得の行く答えなど返せない」

 

「そう、かもしれません。俺だって頭の中がぐちゃぐちゃになってますから」

 

辛い声で、それでも鉄中尉は言った。

 

「色んな事がありました。納得できるものなんてない。世界は理不尽に塗れて…………」

 

俯く声は苦悶に染まっていた。言葉にならないほどの絶望がそこには詰まっているようだった。

だけど、と中尉は言った。

 

「産まれた場所に居たままじゃ、きっとそれすらも知らなかった。そのままBETAに殺されてた。それが良いか悪いか、今でも分かりませんが………それでも、何も知らないよりはきっとマシなんです。知らないまま、状況に流されるよりは――――」

 

あんな非道が存在した。それを良しとする人間がいる。

だけど、と。だから、と武は言う。

 

「知る所から始めたいんです。全て終わってからでもいい、俺に教えてください。納得も不満も、親父の事もその時に決めますから」

 

「………分かった」

 

振り返り、言う。

 

「すまない、とは口が裂けても言えん。その資格もない。何を求めることも許されないだろう」

 

後悔の念が凝縮されたような声で。だけど、と少佐は言った。

 

「お願いしたいことがある」

 

「なんでしょうか」

 

「どうか、死なないで欲しい」

 

 

それを聞いた中尉は。下をむいて、歯を食いしばると、本当に僅かな角度だけ首を縦に振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………複雑な関係ってのは分かるんだが」

 

鹿島弥勒は目の前の要撃級を斬り飛ばしながら、つぶやいた。昔に別れた恋人、ではないだろう。とても見えないが、二人の歳の差は2倍以上はある。だけど盗み聞いた言葉の中には、一朝一夕では生まれないほどの複雑な背景があるようだった。ベトナム人と赤の斯衛の人間との間に、一体どのような関係があるというのか。弥勒は野次馬根性は持っていないと自負していたが、ああまで複雑な会話を見せられては気にしないという方が無理だった。

 

戦闘に影響が出てくる可能性もある。相手の数のこともあり、弥勒は今回の防衛戦について不安に思っていたのだが、これならば何とかなるかと思い始めていた。欲を言えばあの場で命令を拒否して、義勇軍を含む自分達は前に出たかった。だが、斯衛で階級も上である相手、かつ上層部の意向が透けて見えるあの状況では頷く以外のことはできなかった事も分かっていた。

 

予想以上に新人たちの練度が低かったのは誤算だが、フォローに集中すれば何とか戦えてもいる。すぐにやられそうになるせいで援護に手を取られ、BETAをあまり減らせていないのが問題であるが。

思えば、あの遠江大尉という人物は部下の実力を把握する機会があったのだろうか。

基地に来てから数日である。シミュレーターの予約が一杯になる中で、あの中隊がシミュレーターで訓練をしたという話は聞いていない。必要だからとゴリ押しでも何でもすれば、一度はシミュレーターで部下の力量を知ることもできただろうに。

 

これは大尉にとっても誤算であったのではないか、と弥勒は考えていた。担当区域内にいるBETAだが、あまり多くを倒せず、お陰でかなりの数が後方へと抜けていってしまっていた。京都へと繋がる道は多くあるが、最終ポイントと呼べる位置には斯衛と本土防衛軍の精鋭部隊が展開している。精鋭の名前は伊達ではないだろうから、まさかBETAに町中にまで入られることはないだろう。

 

だが、それでもこのままでは後方への負担が大きくなるのは間違いない。

さりとて効果的な手段など見当たらなかった。

 

『くっ、陣形を整えろ! 互いにカバーしあって目の前の敵を倒せ!』

 

遠江大尉から命令が飛ぶが、遅い。対処も遅ければ、言っている内容も無茶なものばかりだ。もう死の八分は越えているが、それも義勇軍におんぶ抱っこの形の上である。何回も助けられた彼女たちは既に自信を喪失しており、半ばパニック状態に陥っていた。

 

だが、それだけであればまだ義勇軍のフォローで何とかなっただろう。

そこに、新たな混乱の種が飛び込んで来なければ。

 

『な、右前方より本土防衛軍!? 一部がこちらに撤退してきます!』

 

見れば、壊滅したのか4機の撃震がこちらの担当区域に戻ってきているようだ。死守命令は出されておらず、必要であれば機動で敵をかき乱すという行動も取って良いだろうが、レーダーの反応からは一目散にこちらに逃げてきているのが見て取れた。

 

『べ、BETAの一部がこちらに! 逃げてきた撃震を追ってきているようです!』

 

敵の大元は、道なりに京都を目指して直進している。故に防衛ラインより漏れ出てくる数としても一定の数であり、抜け出たBETAどもが進路を変更して合流し、一点突破を図るようなことはしてこない。だが、応戦していた戦術機を追って来たのか、他の道を走っていたBETAがこちらに向かって来るのでは話が違ってくる。

 

『っ、少佐!』

 

『この距離では間に合わない! ………篁少尉!』

 

『はい!』

 

『山城少尉、能登少尉と共に左翼を死守しろ。右翼は私と甲斐少尉、石見少尉と………鹿島中尉で受け持つ』

 

『了解!』

 

『残りのパリカリ分隊は、サンド中隊のお守りを頼む』

 

新人の中でも有能である二人を主力に、まだ数が少ない方である左のBETAに対処する。数が多くなりそうな右側は、自分と近接格闘戦が得意な鹿島中尉で捌く。射撃と機動に優れる義勇軍の3人と、咄嗟の判断力がまだ未熟である樫根少尉は後方でサンド中隊の援護に徹する。

 

即座の命令に、異議が飛んだ。

 

『風守少佐、お守りとはどういう意味だ!』

 

『遠江大尉、まだ事態を把握していないのか?』

 

『質問を質問で………っ!?』

 

遠江大尉は、風守光の目を見た途端に、言葉を失った。たっぷりと、1秒。息を吐いた光は、殺意を篭めて遠江伊予を見た。

 

『それ以上、(さえず)るな』

 

遠江は虚飾など欠片もない、正真正銘の殺意がこめられた視線を向けられて黙り込んだ。かねてからの陣形であれば、敵が合流する前に義勇軍がかく乱を行うという手段も取れたのだ。今のように後方に待機していなければ、"ちょうど前に出ていたから、リスクが大きくなる前に緊急の判断で前に出た"という言い訳もできる。だが今は部隊の最後方、かつ援護に気力を消耗している上では、その手段もとれないだろう。

 

『………明確に反対しなかった私にも責任はある。其方の上の意向もな。だがこれ以上は無意味だ』

 

 

斯衛の新人を使え、活かせ、というのは恐らくだが上の意向だろう。

遠江家は崇宰の譜代である、その意図は透けて見えた。遠江伊予は上の意向に頷き、光としてもその意見に否は唱えなかった。あからさまに反論する事はできないし、何より自信満々に先陣を買って出たのだ。いくらでも反対の材料は湧いた。もっと良い方法があると。

 

義勇軍を前に出してBETAの殲滅速度を上げ、新人たちの負担を減らす。新人たちはあくまで後方の残敵に対処するだけ、その方が効率が良い。遠江大尉も実戦経験がなく、不測の事態に対処できるだけの切り替えは難しいだろう。それを口に出さなかったのは、遠江大尉が任せろと言ったからだ。軍の階級は飾りではない。命令系統が整っていなければ、今後に甚大な悪影響が出かねない。

 

武もそれを考慮して、頷いたのだろう。反論して内紛など、冗談にもならないと。

故に、一度は退いた。頭から否定するのは、デメリットが多すぎるからだ。だが、準備段階より実戦の今となって、これ以上の期待を預けるのは最早できるはずがなかった。どういった理屈であれ、ここはもう隊の生死を決める分水嶺なのだ。まだまだ敵が残っている中での早すぎる危地に、光はリスクを冒してでも遠江大尉から指揮権を奪い取ることを選択した。

 

武家にかぎらず、軍人の本分は戦闘に勝つ事にある、故に負けては無意味なのである。任せろと言っておきながら無能を晒した指揮官が存在する意味も、皆無である。無能であれば不要というのは、生きるのみを目的とした獣の理屈ではある。だが大勢の命を守る任にある軍人にとって、生死の交錯点において綺麗事など、何の役にも立たない。

 

それこそ、一発のウラン弾にも劣るだろう。そもそもが指揮官たる適性が低いようだった。単純な戦闘能力でいえば、遠江大尉はかなりのものがあると言えた。だが対BETA戦の指揮官に必要とされるのは視野の広さと的確な判断力、そして型にこだわらない発想力である。敵の種類は決まっているが、その時々の構成や地形、武装によって最善の戦術は激変する。時間の経過もあって刻一刻と変わっていく戦況に応じた手を打つのが命令を出す者の仕事だ。遠江大尉は経験も、そして心構えも不足していた。実戦経験の無い衛士にはたまにあることで、学んだ型どおりの行動をしていれば大丈夫だと盲信しているように見えた。

 

故に、見限った。思考より切り捨て、最善の手段を模索する。

 

『責任は全て私が取る。サンド中隊はこれより私の指揮下に入れ』

 

このままではサンド中隊は全滅し、そのあおりでこちらも危なくなる。そう判断した光は有無をいわさぬ口調でサンド中隊に命令した。中隊の新兵は困惑していたが、光の強い口調に頷きを返した。

 

遠江大尉は歯を食いしばりながら悔しそうにしているが、光はその映像ごと切って捨てた。失敗は誰にでもあると、そういった慰めをしている暇もないのだ。自分にも責任はある。実戦未経験の軍人の素質など、未来予知でもしなければ見極めることなど不可能だろう。情報も少なかった、という言い訳もできる。だけど、この場において自分に責はないと言うつもりもない。だが、それ以上に優先すべきことがある。

 

『よろしい。では、命令だ。無理に陣形を組む必要はない、3機で小隊を組んで互いにフォローし、目の前の敵を1匹づつ確実に倒していけ』

 

『りょ、了解』

 

『声が小さい! 腑抜けは死ぬぞ、お前たちは死にたいのか!?』

 

『死にたくありません!』

 

『なら足掻け! 遠江大尉も奮起しろ、ここは既に死地である!』

 

お前たちは生か死か、そのライン上にある。光は告げると同時に長刀を構え、前方を指した。

 

『だが、全て斬って捨てれば誉れの地と変わろう! 以上だ、全力で生き残るぞ!』

 

『了解です!』

 

鬼もかくやという気迫に、サンド中隊の新人たちは目が覚めたかのように大声で返事をした。最低限に与えられた仕事に集中しろ、というのは分り易い。光はあえて複雑な命令を出さなかった。最上は陣形の構築に連携を重として対処せよという命令であるが、意気も士気も消沈しつつある新兵が出来ることではない。まずはとっかかりを。反省は後でも出来るのだ。ここは生き延びるに専念させないと、風の前の塵のように容易く命ごと散らされてしまう。

 

『では行くぞ!』

 

号令と共に、それぞれが任されたポイントに向かっていった。左翼に篁少尉率いる3人、右翼に風守少佐率いる4人、残りは中央に散らばりやって来たBETAを確実に潰していく。だが全てが無傷のままで、とはいかなかった。集まってきた要撃級や戦車級に、撃破こそされないものの全身を削られていく。

 

ある者は要撃級の前腕攻撃を完全によけきれず、左腕部のフレームが歪む。

ある者は戦車級に取り付かれて、コックピットの表面を齧られた。突撃級の突進を回避しきれず、足に引っ掛けると空中で回転してしまい、着地するも足のフレームに重いダメージを負ってしまう。

 

撃墜されていないのがおかしいような損傷。だけどブレイズ・パリカリ中隊とサンド中隊はまだ悪運が良いほうだったと言えた。時計の針が進むにつれて、疲労度は高くなっていく。

 

最前線の部隊も、敵の侵攻経路から外れた場所においていたコンテナにより補給はしていたが、それで体力が回復するはずもない。跳躍ユニットの燃料も、専用の施設が無ければ補給できないのだ。入れ替わり立ち代わり後方の基地で補給を行ってはいるが、敵の損耗が増えるにつれて味方側の損耗も増えつつあった。10を殺され、100を殺されても1を殺せばいい。

大量に送り込まれた赤の点は、言葉もなくそういった意を思わせるものだった。

 

正しく、黒く雲霞の矢である。

10の戦術の完勝を無きものとし、100の戦術の勝利を無意味にする。

物量というものが持つ真なる脅威が、日本の地で顕現していた。

 

砲撃の数も、いつまでも全力という訳にはいかない。前線で対処できる数も、徐々に少なくなっていった。そうなれば当然として、前線を抜け出てくるBETAの数も多くなる。

 

そして、作戦想定時間の半ばを過ぎた頃だった。サンド中隊の一人が、援護間に合わず要撃級の一撃を受けて、コックピットを潰されてしまった。フレームが歪んだことにより出来た隙間から、赤い血液がしたたり落ちる。

 

至近でそれを見た、彼女の友達でもあった一人がパニックに陥った。それと同時に、また新手の要撃級の一団と戦車級が編隊を組んで前進してきた。

 

援護にあたっていた義勇軍、そして流石に事態のまずさに気づいていた遠江大尉の心胆が冷えた。

連想したのは、凍った滝に穿たれた大きな穴だった。後は決壊と、そして崩壊か。

 

――――その寸前に、前に躍り出た機体があった。

F-15JとF-18、パリカリ1とパリカリ2。白銀武とマハディオ・バドルは、一気果敢に敵中へと踏み込み、そして吠えた。獣を思わせる大声。同時に行われたのは、圧倒的な戦技であった。

 

要撃級の至近より、その顔に120mmを打ち込んだ。弾はその場で爆発せず、後方の別個体の要撃級の頭に突き刺さって爆発した。

 

その時の陽炎は、地面より足が離れていた。そして砲撃のままに回転し、三回転した後に持ち替えた短刀で要撃級の頭を斬り飛ばす。

 

直後、後ろより戦車級が跳びかかってくる。だが陽炎は要撃級に突き刺さった短刀を支えに跳躍し、宙に舞った。わずかに噴射された跳躍ユニットからの推力を利用して機体を上下反転させると同時に突撃砲を再び手に取った。宙空での、反転した上での射撃。照準など合わせる暇もない間に、放たれた36mmの7割は戦車級の頭部に突き刺さる。

 

そして着地と同時に、短刀を両手に構えて、前進。絶えず動きまわり、ステップを踏むかの如く短距離での移動を繰り返し、両手の短刀で密集している要撃級を捌いていく。

 

F-18は、その援護に徹していた。密集しているBETAよりやや後方より迫ってくる新手や、F-15Jの脅威になりそうなBETAを優先して潰していく。あっという間すらない、風のような早業だった。至近に居た者さえあっけに取られ、口すら挟めない間に50ものBETAが大地に転がされていく。

 

サンド中隊の前に居た、新手が全滅したのだ。その事実は肝を冷やしていた全員に安堵の風を送り込んでいた、だが。

 

『っ!』

 

弾かれたかのように、構え直した機体があった。それは、たった今部隊の窮地を救ったF-15Jだ。機体ごと向き直ったかと思うと、後方に詰めていた王に当たるぐらいに強く跳躍ユニットの火を噴かせた。風のような速度で、鷲の名前を元として改修された第二世代機が、全力で地面すれすれを駆ける。

 

――――同時に、中隊全員の網膜に赤い警報が鳴った。

 

 

『しょ、照射の、警報!? レーザー、光線級が………!?』

 

 

ついに光線級まで抜かれたのか、と驚く暇もなかった。

 

一転した事態の中、甲斐志摩子は少し前の丘より、映像資料で何度か見たBETAを。

 

 

人類より空を奪った小ぶりの怪物が、その赤い双眼を輝かせてこちらを捉えているのが見えた。

 

 

 

 


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