Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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27.5話 : 選択した者_

誰にとっても予想外だった会談が終わった後。崇継様と真壁と私は、奥の間で顔を合わせていた。議題はもちろんのこと、白銀武からもたらされた情報の事である。真壁は私に何かを言おうとしていたが、崇継様の前であるからか自重しているようだった。

 

「さて、と………どうするか、と尋ねるのは間抜けに過ぎるな」

 

「いえ、無理もないかと。自分などは、降って湧いたような情報を前に未だ心の整理がつけられていません」

 

告げる真壁の顔色は確かに青白かった。かくいう私も、胸の内も頭の中も混乱の渦が吹き荒れている真っ最中だ。そんな中で、崇継様は告げた。

 

「………1つ1つ、整理をしていくか。介六郎、聞くが其方もあの時に見たのだな」

 

「はい。“壁のような水が迫ってくる光景”。白銀中尉の言葉を聞いた直後に………」

 

崇継様も同じだという。津波の事を耳にした途端、脳髄に直接叩きこまれたかのような痛みと共にバビロン災害とやらがもたらしたとされるような、津波が迫ってくる光景が脳裏に浮かんだという。白昼夢というには生々しく、否定できない重さがあった。2人の語る言葉もまた同じように重く、嘘ではないと理屈ではなく理解できるような響きがあった。

 

「プロジェクション、とやらではないな」

 

「はい。条件が正しいのであれば、その可能性はありません」

 

「………少佐が言うのなら、そうなのでしょうね」

 

真壁の声に頷きを返した。第三計画の特殊な能力を持つ子供というのは、生まれる前後からの調整が必須らしい。例外的に、幼少期に何らかの処置をされて能力を持つような子供も居るらしい。

だが、白銀武がそうした事をされたという可能性は皆無だと言えた。生まれる前後に関しては、私が保証する。そしてその後の事も、監視の人間からの報告もあるので、あり得ない。

 

そして、悪意によるものでもない。真壁も同意していた。

 

「この屋敷で私を害するなど、下策という話どころではない。それに嘘が下手そうなあの少年だ。あの慌てようは演技ではなかった」

 

それを聞いて、ひとまず安堵する。何らかの目的を持って崇継様の命を狙って来たのであれば、私は。歯を食いしばる私を見ていたのか、真壁はよろしいですかと前置いて告げた。

 

「今までに手に入れた情報を元に、整理したいと思います。まずは白銀武が国外に出た、その経緯と背景について」

 

原因としては、風守にあった。真壁の命で横浜に残っていた監視員などに接触して分かったことだが、御堂賢治はどうやら風守が派遣していた監視の人員を抱き込んでいたようだ。奴が持っている主張の中に、斯衛としての在り方というものがある。色による序列は絶対であり、それが崩れるような事になれば指揮系統さえもままならなくなる。実力主義を完全に無視した主張ではあるが、武家というものの性質を考えれば一理あるものであった。

 

だけど、反論はいくらでも浮かべられる。それを盲信しているのが、保守派と呼ばれる派閥だった。

 

「風守の使用人に口を割らせました。義兄上の死後、義姉上は保守派に傾倒したようです。そして監視の人員は、保守派と義姉上の言葉に頷いてしまった」

 

提案した内容は予想がつく。大方は、白の武家出身の私の子供が、赤の武家の当主になる可能性があり、それを看過して良いものかという所だろう。現当主である雨音様はお身体が弱く、傍役としての義務を果たせていないと言える。幼少の頃よりかは回復に向かってはいるが、風守の当主として崇継様の御傍役を務められるか、というと口を閉じざるをえない。そんな中で私に子供が居れば、次代の当主は誰になるのか。ありうる可能性であり、義姉上もその危険性を無視できなかったのだろう。そうして、崇継様は言った。理由として、もう一つあると。風守の家の他に要因があるとは。驚く私に、崇継様は複雑なお顔のまま告げた。

 

「煌武院の臣下共も、白銀武を生かしてはおけなかった。決行に至った最終的な理由は、そこにあるだろう」

 

「な、煌武院の方々がどうしてあの子を!?」

 

「理由は、今は言えん。だが、当時横浜に住んでいた白銀武の監視を命じられていた情報員は、二つのグループに分かれていた事だけは確かだ」

 

それは斑鳩と、煌武院の。御堂賢治は、どこからか分からないが両家の監視員が1つ所に居るという情報を得たのだろう。直接に監視員を送ってはいない筈だ。あくまで影に徹して、崇宰まで追求を受けかねないような事は避けていたに違いない。

 

「詳細は言えぬが、白銀武は外には知られてはならぬ煌武院の秘密を知ってしまった。だが、風守の実質的な当主である其方の子供を殺すわけにはいかない。それは、風守側も同じだな?」

 

「………はい」

 

崇継様の言葉に、私は頷いた。真壁は私を見て、目を閉じた。

 

「少佐が過去に一時期だけ家を出ていた事は知っていましたが………まさか子供が居たとは思いませんでしたよ」

 

「………私個人の感情を無視すれば、な。譜代でも高位にある風守の家としての恥部だと言われるだろう。義兄上はそう思われていなかったようだが」

 

義姉上も、当時はそうだったように思える。そして真壁は風守の複雑な事情を知っているからだろう、胡乱な目をこちらに向けた。確かに、臣下として足元を固められていないのは主君に対する不敬に当たるかもしれない。だけど、こうした事態になることなど誰が望むものか。私はそういった言い訳がましい感情を捨てて見返した。

真壁はため息をついて、事情を確認するように質問をしてくる。

 

「白銀影行の名前は私も知っています。曙計画ではあの篁祐唯と巌谷榮二と同じくして戦術機の事を学んでいた」

 

瑞鶴の開発にもスタッフの一人として参加していた。そして開発も中期に差し掛かった時に、これから増えていく可能性がある女性の衛士の観点も取り入れるべきだとの声が上がった。斯衛の中で様々な協議が成されたが、最後は直接戦闘をして決めることとなった。適性も高く、家柄も申し分ない女性の衛士が集められた。そこで私は、敗北と死を同義として奮闘した。当時の私にとって、衛士として不様を晒すのは死と直結するような意味を持っていたからだ。白の家に生まれた自分が、衛士としての適性と父母の献身を買われて風守の家の者となる。

 

そんな私が、衛士として成長しなければ存在している意味さえなく、父母の誇りさえも泥に塗れさせてしまう。だから、例え相手が何者でも、衛士として敗北するのは許されない事だと思っていた。

厳しい鍛錬をしている者が居ると聞けばそれを確認した上で質・量共に上回るようなメニューを組んでやり遂げた。身体ばかりでは追いつかないと、戦術機の知識も積極的に取り入れた。風守に相応しい人間になるように寝食を惜しんで自分を鍛えた。

 

武術に関する才能は少々で、それは量でカバーした。才能が無いなど、いざという時には言い訳にもならないと考えていたからだ。そうして背水の陣で挑んだ勝負で、私は勝ち残った。そして斯衛の女性衛士の代表として、瑞鶴のテスト・パイロットになった時だった。

 

私があの人と―――影行さんと出会ったのは。

 

「その辺りの紆余曲折はどうでもいいです。聞きたいのは、当時の当主であった義兄上は白銀影行の事を認めていたかどうかという一点だけ」

 

「………真壁。貴様はこんな時でも変わらないのだな」

 

私はしれっと言ってのけた目の前の男の額を叩きたくなったが、急ぎ知りたいという気持ちは分かるので何とか我慢した。それに、当時の事をこの真壁に話して聞かせるのは御免だった。思い出すだけで、頭を抱えたくなってのたうち回りたくなることがいくつもあったからだ。その果ての、結末があり。義兄上は、許してくれた。

 

当時の帝国は他国の戦術機開発に遅れを取らないよう官民一体の技術研究を進めていこうとしてた。

企業からの出向者だった影行さんの職場も市ヶ谷になり、横浜にあった彼の持ち家に移り住んだ。

あの日々に関しては、忘れられない。私の一部として、この身の中で脈動している。思えば、お隣さんの純奈さんには迷惑をかけたと思う。武芸の師としては様々な方が挙げられようが、主婦の師としては鑑純奈以外にありえない。

 

明るく、優しく、でも怒る時はとても怖かった。思えば、彼女が初めての友達だった。7月7日、七夕の日に産まれた彼女の娘はそれはもう可愛かった。人懐っこくて、私が抱いてもきゃっきゃっと喜び笑うような。その時の私の中にも、既に武が居た。子育てについて学んだ。

 

家の事に関して同様、今まではやってこなかった苦手な分野だったけど、何とか努力して身につけた。家事に関しては迷惑をかけたと思う。だがあまりに不器用な私を、影行さんは指さして笑うことがあった。笑いながらも、手伝ってくれたので許したが。喧嘩もしたけど、仲直りもした。衛士として、当時の横浜基地で教導にあたって欲しいと言われた事もあった。

 

今までの人生で一番濃いと断言できる一年間だった。衛士としての風景ではない。

様々な人との交流があり、だからこそ学ぶことは多かった。

 

そして最後には、愛し合った結晶が産まれた。今でも忘れない、1983年12月16日のことだ。名付け親は影行さんだ。

 

武、という名前。“武”という文字は戈、つまり矛を止めるという意味と、矛を持って進むという意味のどちらかと言われている。影行さんは、どちらであるかは自分達が決める必要はないと言った。

 

武の望むままに、恐らくは動乱に巻き込まれていくであろう帝国の中で力強くあって欲しいと願っていた。私の小さい掌でも両手を覆い隠せるような、小さかったあの手が力強くなんて当時は想像もできなかったけど、私も同じことを願った。

苦難があろうことは間違いがなく、だけどそれに呑み込まれないように。

 

――――電話が鳴ったのは、そんな時だった。

 

退院して、家に戻った私に風守の家からある報せが届いた。義兄上が癌を患い、余命は長くて1年であるということ。そして雨音様も、重い病気にかかってしまったということ。

 

私は、選択を迫られた。だけどその当時の斯衛の実情を知った私は、風守に戻るという選択肢しかないように思えた。前年には瑞鶴の配備が開始されていた。だが城内省は慎重な運用を主張し、斯衛の衛士は武勲も何も上げられない自分達に苛立ちをつのらせていた。

 

その上で台頭してきた保守派との水面下のぶつかり合い。国防省が極秘裏に第三世代機を開発していたのも、この頃だった。義兄上の願いもあった。崇継様はまだ幼かったが、その才覚を見せ始めていた。いずれは斯衛の精鋭として、帝国を守る大きな力になる。

 

申し訳無さそうな顔をする義兄上の体重は、以前にお会いした時より20kgは減っていた。戻らなかった場合を考える。五摂家の御傍役である月詠、風守、御堂、水無瀬、華山院の一角がこの非常時に欠けることになる。家はあるが、役目を果たせない武家など無いも同然として扱われる。臣である真壁ならば代わりは務まろうが、混乱は避けられない。影行さんを夫として一緒に帰る事もできなかった。

 

保守派の事もあったし、何より白上がりの私が武家でもない相手を夫として風守に迎え入れる事はできなかった。保守派のいい餌になる事は目に見えていた。

 

相手がどのような思想を持っているのか、その奥を知るほどの情報を持ってはいなかったが、最悪は暗殺の対象ですよと声高く主張するに等しい行為になるかもしれない。戻らなくても、そして影行さんと武と一緒に戻っても、どちらとしても斑鳩としての弱みになりうるものだった。

 

実際はどうであったかなど、今になっても分からない。だけどその混乱が、帝国軍の中にまで波及しかねない可能性はあった。幸いにして、私は横浜方面で帝国陸軍の教練を行なっているという事になっていた。

極秘裏に戻れば、何事もないように風守光として御傍役になれるよう整えられているとも。どちらを選んでも、失ってしまうものがあった。それは私にとって、どちらも捨てるなんて考えられない大切なものだった。

 

そうして悩んでいる時に、海外よりの情報が入った。喀什のBETAが不穏な動きを見せているという。そうして私は気づいてしまった。当時、欧州方面の戦況は悪化の一途を辿っていて、EUの本部がロンドンに移ったのもこの年だ。列強さえも歯がたたないBETAが更なる版図を広げる行動に出ている。この先、もしもこのまま帝国が敗北するような事にでもなれば、何かではなく全てを失ってしまうのだ。

 

だから、私は白銀光から風守光になった。斑鳩崇継に仕える、BETAを切り裂く斯衛の刃になると誓った。そこまで言うと、真壁はため息をついた。

 

「知らなかったのは私だけ、か。父上は知っているだろうな」

 

「私としては貴様が知らなかった方が意外だぞ。名前は知らずとも、子供の存在は知っていると思っていた」

 

「………もしかして、婚期に関して冗談を飛ばしていた時に、やけに怒っていた理由は」

 

「宣戦布告を何度もする暇人だとは思ったな。あとは、なんて嫌味な男だとも」

 

事情を知った上で私の婚期に関して揶揄するような発言をしつこく言うなど、欧州風に言えば手袋を連続で投げつけてくるに等しい行為だ。なんど訓練に乗じて傷めつけてやろうかと思ったが、そうか知らなかったからか。上の兄達も大方は知っているだろうに。すると真壁は、誤魔化すように咳き込みながら言った。

 

「話を戻しましょう。少佐は、2人の安全を条件に、風守に戻ることにした」

 

「ああ、その通りだ」

 

影行さんと武を害するようなら、許さない。義兄上夫婦と雨音様に告げた言葉で、その一線を越えるならば私は斯衛の刃として戦えない。約束した。約束したのに、それが重んじられることはなかった。義姉上も、義兄上が死んでからは情緒不安定になっていた。雨音様が病弱な事や、自分が世継を産めなかった事が原因だろう。

 

代わりにと、崇継様から信頼されている自分に対して焦り始めた。義姉上は義兄上を愛していた。だからこそ、代わりに他所からやって来た自分が気に入らなかったのかもしれない。

 

血は繋がっていないが、風守に入る以前の小さな頃から可愛がってもらっていた。家の中でも、最も自分を認めてくれたのが義兄上だ。女として、引っかかるものがあったのかもしれない。かといって衛士として活躍ができない自分に出来ることはないと思ったのだろう。

 

だけど、自分にだって譲れないものがある。義姉上は、その一線を越えた。武を直接殺さず、海外での事故死に見せかけようとした理由は分かった。煌武院が関わっている事もある、もう明白だ。どうしても、武が自主的に海外に出ることを望んだという形が欲しかったのだ。

 

武自らが危険な場所に行って、そこで死んだのだと。だから風守としては約束を守ったが、白銀武が勝手な行動を取ったことにより死んでしまったのだと。煌武院側も、もし万が一に関与が明らかになった時でも、あれは武自身に責任があったと主張するためにあのような形になった。

 

仲介をしたのは保守派の者だろう。煌武院として、武を殺したい理由に関しては分からない。煌武院にとって、あるいは保守派にとっても見逃せないよほどの事情があった事は分かるが、一体どのような理由だろうか。

 

例えどんな事情があっても、許すつもりはない――――とは言える立場に無いのは分かっている。

 

だが、その後の事だ。事態は誰もが予想していなかった所に転がっていく。

崇継様は、先ほどに連絡が取れたと言った。

 

その相手は、四国より中部に移動している最中であり、今は兵庫の基地に一時的に留まっている大東亜連合軍の戦術機甲連隊の隊長。

 

「ターラー・ホワイトには確認を取った。彼女はクラッカー12、白銀武の存在を認めたよ」

 

同時に、新しくもたらされた情報があった。盗聴される危険もあったため、1つだけ。

当時の12人の中でも、白銀武はラーマ・クリシュナと自分に続く最古参(・・・)の隊員であったらしい。亜大陸防衛戦にも参加した、歴戦の衛士だったと。

 

それを聞いた真壁は、自分の額を押さえ始めた。私自身も頭が痛い。どうしてそうなったのか、経緯について全く理解ができないからだ。真壁は責めるような視線で、私を見た。

 

「なんというか………荒唐無稽な。途中から話が変わったように思えるのだが、気のせいか」

 

気のせいではないだろう。常識ではありえず、予測なんてできるはずがない。派閥の争いや愚かな母親の自分勝手な過去の話から、英雄譚のような物語染みたものに変わっていったような。

更に、だ。本にある中隊の戦歴を見て、分かったことがある。最初にラーマ・クリシュナ、次にターラー・ホワイト。その後に入ったのは、リーサ・イアリ・シフとアルフレード・ヴァレンティーノであり、彼女達が入ったのはボパール・ハイヴ攻略戦の直前らしい。時期的にいえば、私が初陣を経験したあの九・六作戦の少し後になる。つまりは。数ヶ月の差ではあるが、同年に私と武は戦場に出たという事だ。

 

そして長年の戦いを経て、ついにはハイヴを落とした。まるで神話のような活躍である。だけど、努力をしたのだろう。誇らしいと思う気持ちもある。だけど、それ以上に悲しくなった。

 

侮辱になるかもしれない。だが、歩んできた道が透けて見えるほどに武はボロボロになっていたのだ。悪夢を見て死にそうになっている表情が忘れられない。あんなに情緒不安定になっている所を見ると、一体どんな道を辿ってきて、どんなに深く傷ついてきたというのか。想像するだけで胸が締め付けられた。代われるものならば、代わりたい。何も出来なかった今になって言えることでもないけど、叶うのであれば今からでもその重荷を。

 

………しかし、“守る”と宣言した私が芯から滑稽だったと思い知らされた。結局は殺されるような事態になり、その原因は私にあるのだからむしろ諸悪の根源である。あまりの情けなさに、自分の首を掻っ切りたくなる。だけど、それで何が解決するという訳でもない。

 

ただ自己の念だけに囚われ、立場も忘れて無責任に役目を放り出すことは、最悪の選択肢である。

そう、まだ自分には役目がある。

 

武に関しても、過去の一部は明らかになったが、あの子がどのようなルートで特級とも言えるような情報を得たのか、分からない部分が多すぎる。五摂家の方々でようやく知ることができるような、計画の情報も。まるで未来を知っているかのような口ぶりも、何もかも分からない。

 

バビロン災害とやらの時の事を光景として崇継様と真壁に見せることが出来た理由もだ。もたらされた情報は真実であればこの上なく重要なものではあるが、マンダレーにハイヴが建設されることを事前に察知していた事など、あまりに常識外かつ想定外な部分が多すぎた。

 

「だが、守りたいのであろう。10数年を越える付き合いだ。其方が頑固なのは知っているさ」

 

斑鳩としても、無視できない事ではある。崇継様は朝の会談を思い出すように、言った。

 

「もし自ら名前を名乗らなければ。自分の言葉が及ぼすものを理解していなければ、そして」

 

崇継は神妙な顔をした。

 

「戦友のために、か。賭ける理由を名乗り、私の名前を呼んだ上で託して来た―――――果たすのが道理であろう」

 

無碍になどせぬ、そのための斑鳩であると。

告げる崇継様の目は、何よりも力強い意志がこめられていた。

 

「帝国のために。そして世界のために、やれる事がある。でなければ、子供よりも風守を………斑鳩を守ると選んだ其方の甲斐がない」

 

「も、申し訳ありません」

 

崇継様にとっては、無礼にもほどがある言葉だった。主のためではなく、自分のために斯衛として、風守として御傍役になったなどと。

 

「確かに、純粋であるとは言い難いな。だが子供を守るために、と徹し切れておらぬ所がなんとも其方らしい」

 

どういった意味だろうか。困惑する私を誂うように、崇継様は言った。

 

「本当に子供のためだけなら。斑鳩を利用するだけなら、命まで賭けはせんよ」

 

斑鳩は自分の頬を指差しながら言った。

 

「無礼を承知で、死を厭わず主の間違いに頬を張る――――自分のためだけであれば、黙っておけば良かったものを」

 

崇継様は言った。命を賭してまで、忠言を耳に入れるために。涙と共に、まだ子供だった自分の頬を叩くことは無かったのだと。真壁が険しい表情をしているが、崇継様はその横でただ笑っていた。

 

「私はあの時の表情を覚えている。死をも厭わないという言葉と其方の感情を疑ったことなどない。今更確かめることではないよ。其方の忠義は見せてもらった故な」

 

「ですが………私は………」

 

「其方は、世話になった養父。兄と家。帝国の、斯衛としての斑鳩を立てるという役割があった。自らの子供のため。愛する伴侶のため。様々なものがあろうが、それは両立できるものではなかった。だけど、できる方法が1つだけあったと思った」

 

「………はい」

 

「子供と夫の未来を崩さないように最前線に立ち続ける――――といった複雑な事情を全て飲み込めるほどに器用ではないだろう」

 

「………不器用なのは自覚しておりますが、それは」

 

真壁ほどに上手く立ち振る舞えたことはない。様々な意志はあろうが、それに徹して他を捨て切れたといえばどうか。そして視線に気づいたのだろう、真壁が忌々しげな顔で言った。

 

「不純であろう、などと子供のような物言いをする立場でもない。疑わぬ忠義と示す力があれば。崇継様の気性は知っているだろう。二心、あった事に間違いはなかろうが………其方は目の前の事に一生懸命であった事は分かっている。時折り見ていて笑える程にな」

 

嫌味をはさみつつも、真壁は言った。風守としての役目を果たしてきた風守光を知っていると。

 

「これ以上は、私の口からは言いたくありません。未だ崇継様の御傍役を、戦場での供回りを任せられておらぬ自分にとってはね」

 

そこで気がついた。もし自分が弱音などを見せればそれを糾して側役に相応しくないと嫌味を言ったことだろう。だけど言われた嫌味は婚期のことか、不器用な立ち回りを責める言葉だけ。

 

自分は斯衛の軍人として、帝国を守るという役割に忠実であろうと、軍人として努めてきたつもりではあったが、それを真壁は見ていたと言う。苦虫を噛み潰した顔のまま、こちらを睨んでくる。

 

「いついかなる時でも正しくあり続けられる人間など、いない。だから守るためにと風守に戻ったこと、否定はしませんよ。選んだ事、その責任を今になって放棄しない限りは」

 

「素直ではないな、其方も」

 

苦笑する崇継様に、真壁ははっと頷いた。なんともらしい振る舞いだ。馴れ合うつもりなど毛頭無く、隙あればその座を奪ってやるぞという態度はいつものままだ。本音はどうであれ、釘をさすだけに止めてくれるのは有難かった。今までの役目も否定することなく、これから先も続けられるのであれば特に糾弾することもないと真壁は言っているのだから。

 

「………さしあたっては、第五計画のことか。あれが真実であるなら、人類にはもう要らぬ算段を取っている余裕など残されていないという事になる」

 

致命的なのは、それに気づいていない人間が多すぎることだ。放置し、武が言ったことが現実になってしまえば、この国どころかこの星を守る方法は無くなってしまう。

 

認められない結末を迎えてしまうことになるだろう。それを防ぐために動く必要がある。崇継様の言葉に、私は深く頭を下げた。だけど、最後に1つだけ聞いておきたいことがあった。

 

「崇継様。どうして、武は私の子だと分かったのですか?」

 

「見てられない程に軍の中での立ち回りが下手で、何よりも不器用な所だ。加えて言えば、目と――――父より教わったという言葉だ」

 

たずねると、崇継様は言った。

 

「“苦境を愛せ。されば世界は輝いて見える”。其方の口癖だったな」

 

「………はい」

 

本当に色々な事があった。苦難なんて放っておいても雨のように降ってくる。幸せなんて長く続かない。あの夢のような生活だって。家族なんて急に居なくなるのもの。歩けば見上げるような高さの壁に、当たり前のように当たるのが人生だ。誰だって同じだろう。だからこそ、目を逸らせないものならば、という教訓のようなものだった。

 

だからこそ、その場しのぎで誤魔化してもなにもならない。

壁を嫌い、目を逸らし、形振り構わず逃げた先にあるのは、別の新たな壁なのだ。

 

「其方はあの時に、この言葉を知っているのは愛する人と、私だけだと言った」

 

「覚えて、おられたのですね」

 

当時まだ7歳頃だった崇継様に言った言葉だ。冗談の類だったけど、見破られていたようだ。そこから先は、武を観察した上での半ば直感であったと笑われた。

 

「いずれにせよ、この奇貨を遊ばせておくという手は無い。御堂の狙いも、おおよそだが予想はついた」

 

「篁祐唯と巌谷榮二の二人も、昨日よりここ京都に向かっているようです。瑞鶴と例の新型機について、動作状況などを確認するためでしょう」

 

あるいは、実戦データの改修と現場での声を聞くためにか。

 

あらゆる人物が京都に集まっている。これから色々と忙しくなるだろう。

 

 

崇継様のより一層気を引き締めよという声に、私と真壁は深く頭を下げながら、御意と返した。

 

 


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