Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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24話-Ⅱ : 戦塵の中で_

斯衛の中枢部、京都の街にある名だたる武家を生家に持つ者達が集まる基地の中に、男はあった。混じりけなし、生粋の武人が集う場所において双璧と称された男、紅蓮醍三郎は不機嫌な顔と雰囲気を廊下にばら撒きながら歩いていた。原因は、先の出撃にある。紅蓮にとっては、全くもって恥知らずとしか思えない内容の作戦のことだ。必要であると様々な者から説かれ、自身もそれを知るが故に従ったが、噛み砕くにまでは至っていない。

 

だが、一度飲み込んだが故に吐き出すことはしないのが男の主義であった。

苦虫を口にとどまらせ、だからこそそれが顔を歪ませる要因になっていたのだが。

 

「紅蓮の大将よ。すれ違う人が怯えていますぜ?」

 

「………若造か。ふん、殺気も撒いとらん状態で怯えるような者などむしろ必要無いわ。故に問題などない」

 

「うわーお嬢並の無茶ぶりを聞いた。でも流石です、流石は大将殿」

 

「儂は大将などではない。大佐と呼べ、水無瀬颯太(みなせそうた)

 

紅蓮は視線を向けず、隣に並び追いついて話しかけてきた男の名前を読んだ。自らと同じ、

赤をまとう男である。その声と仕草は軽薄のようでいて、どこか胡散臭いものさえも感じさせられるものだった。だが、注視すればするほど、あるいは心得がある者であれば男に隙がないことが分かるだろう。

それが、紅蓮をして即座には打ち込む機を見出せないほどに高い技量を隠す擬態であることを。

 

「九條の娘が見当たらんな。颯太、貴様いつものように主の尻を追っかけなくともよいのか」

 

「あー、お嬢ならもうすぐ来ますよ。例の話を大将の口から直接聞きたがっていたようですから」

 

五摂家の当主たる女性、その尻と。聞くものが聞けば卒倒しそうな言葉を吐く紅蓮を、しかし颯太と呼ばれた男は責めなかった。仮でも代理でもなく、自らが傍役を務める主だというのに、むしろ楽しんでいる様子で笑みを向ける。

 

「っと、ほら噂をすれば」

 

「来ましたね紅蓮大佐………なんだ颯太。いや、其方もしや、私を差し置いて抜け駆けをしたのではあるまいな」

 

「しませんって、まさか。お嬢を差し置いてそんなことは」

 

「ならばよい」

 

紅蓮はいつもの調子で行われる主従のやり取りを横目で見ながら、ため息をついた。形式を重んじる崇宰や、武人らしきを尊んでいる斉御司とはあまりに異なる、軽い様子だ。いつも御堂あたりに蛇のような睨みを受けるのに懲りぬものだと、平時であれば笑いの一つも落とす所だ。

 

「それで、貴様らは何を聞きたいのだ」

 

だが、今は平時ではなく、紅蓮の胸中も平静とは程遠い所にあった。武人としても私人としても意に沿わぬ作戦、しかし飲み込まざるを得なかった現状、そのどちらに対しても紅蓮は納得などしていない。だから紅蓮はこの場で九條の当主や側役の水無瀬が大儀でありました、などといった類の言葉を発するのであれば、全てを無視してこの場より立ち去るつもりだった。

 

何も知らない人間であれば何とか踏みとどまることができるものの、経緯をしっている人間が発すればそれはこの上ない嫌味でしかない。九條炯子もまたそういった嫌味を言うような人柄より遠い所に位置している人物だった。

 

「義勇軍のことであります。第二世代機の陽炎で、あの風守光の駆る武御雷と相打ちにまで持っていったという、噂の彼の事を聞きたい」

 

「………やはり、目的はそれか」

 

紅蓮は再度、ため息をついた。今時分、この2人が自らの目の前に現れる理由など、他にはあろうはずがないと。

 

「ふん、斑鳩より大体の所は聞いておろう。なのに何故、今更になって儂にそれを聞く」

 

「斯衛の分隊と合流した理由の一つとして。あれは、鉄大和という衛士の力量を測るためでありましょうや」

 

九條炯子は、迂遠な言葉を一切に切り捨てる勢いで。文字通りに、単刀直入に紅蓮に言葉を投げかけた。先の戦闘、分隊との合流の予定はなく、勝手な判断をした紅蓮はその行動の責任と理由を問われる事があった。だが、紅蓮はその場において一喝した。

 

“一切に愚弄するつもりはない。だが、一人の男児、一人の武人として――――女子供を出汁にすることは出来ぬ”と。

 

言葉と同時に発せられた反論などすればこの場で斬り捨ててくれよう、といわんばかりの紅蓮の気勢に逆らえるものはなく、また武家の在り方としては至極に真っ当なものであったため、紅蓮への責任追及は免れることとなった。

 

だが、九條はその他にも理由があったのでしょうと、そう告げているのだ。

 

だからこそ紅蓮はその問いに対し、唇を吊り上げるだけで答えた。視線だけでついてくるがいいと告げ、意を察した九條と水無瀬の2人は嬉しそうに頷き後をついていった。

 

そして、三人は基地の中にある一つの訓練場に辿り着いた。そこは五摂家や赤といった者でしか使えない場所で、今の時になっては誰もいない。

 

「このような場所を密談に使うしかない、か。今の斯衛の程度が知れようというものよ」

 

紅蓮は様々な想いを篭めて吐き捨てながら、道場に一礼をした。残りの2人も同じく礼をして、中央にまで進む。三人は特にここで顔を合わせることが多かった。

 

九條炯子は五摂家の中では一二を争う程に政ではなく武の方に傾倒しているし、その才能も高い。

水無瀬颯太も同じく、政の類もこなす事はできるが、武の方も相当な鍛錬を積んでいた。

 

そして紅蓮醍三郎は、2人の剣の師であった。五摂家と傍役の中でいえば、その他に斉御司宗達(さいおんじそうたつ) や、その付き人である華山院穂乃香(かざんいんほのか)も同じく弟子として扱っている。その5人がよく集まる場所であり――――つまりは雑音が入らず、また盗聴される恐れもない場所であった。

 

「とはいえ、何時宗達らが来るかも分からん」

 

「そうですね。特に穂乃香の姉さんに見つかると事ですし」

 

五摂家と傍役にはそれぞれ互いに苦手な相手がいるが、水無瀬颯太にとっては華山院穂乃香がそれに当たる。颯太は、いつも笑みを絶やさない彼女が裏で何を考えているのか一度も推測できた試しがないのだ。ちなみに斑鳩崇継が苦手なのは、九條炯子である。装飾なしに単刀直入かつ余分な気を一切持たない彼女と話しているとひょっとして自分が馬鹿なのではないかと思ってしまう時がある、とは崇継の言であった。

 

炯子が苦手なのは崇宰恭子である。正論で畳み掛けてきて、斯衛たる自覚をと事ある毎に言ってくる彼女を苦手としていた。炯子は元々が弁舌を頻繁にふるう事を好まなく、言い訳もしない性格であるからこその天敵である。まるで3すくみだ、とは彼らを知るものならば一度は思うことであった。

 

「さながらジャンケンのよう………恭子様がチョキ、崇継殿がグー、そしてお嬢がパーになるんだろうな」

 

「ふむ、颯太。今私はなにやら盛大に馬鹿にされたような気がするのだが、気のせいだろうか」

 

「気のせいです。大丈夫であります。お嬢はきっとそのままで大丈夫。むしろ、ずっとそのままでいて下さい」

 

「む、そうか。颯太が頼むのであれば仕方がないな」

 

主従でのやり取りに、紅蓮は苦笑した。外では決して見せない2人は、幼い頃より全く変わっていないと。

 

(師を、と望まれたのがつい先日のように思えるわ)

 

もう10年以上も前のことだった。同じようなやり取りをしていた、2人の少年と少女は同じように自分の後をトコトコと歩いてついてきた。そして、時は流れて戦乱の時。来るべき時が来たのだな、と紅蓮は感慨にふけりつつ気を引き締め直した。中央まで行くと、どかりと胡座をかいて板張りの床に座り、九條と水無瀬も同様に座り込んだ。

 

「では………と、話をする前に聞かねばならぬ事がある。九條の姫子と颯太、お主等は此度の作戦にどこまで絡んでおった」

 

「いつもの通りで、ほとんどの案は却下されております。大体の所で採用されたのは、御堂が出したものですね」

 

「ふん。道理で………篁への逆恨み、その娘子にまで及ぼすか」

 

「肝の小さい事です。実行に移す所が特に。まあ今回の事で、奴が紅蓮大佐の性分を上辺しか理解していない事も分かりましたが」

 

水無瀬は呆れたような言葉に、九條が同意した。元からこの2人は、崇宰の傍役である御堂の現当主である御堂賢治(みどうけんじ)のことは好いていなかった。

 

原因は、彼の人格にある。御堂賢治の衛士としての適性が低いことは、武家の間でも有名であった。特に颯太は同じ傍役の中で、風守光に次ぐほどの適性があることから、比較される機会が多かった。だが、それだけで彼は人を嫌いになどなるはずがない。原因は、それが判明した後の彼の行動にあった。適性が低かったとはいえ、皆無ではなかった。しかし御堂賢治は早々に衛士としての自分に見切りをつけたのだ。

 

そして次男たる御堂剣斗に衛士としての傍役を務めさせ、自分は崇宰の近侍達や武家の中で自分と同じような立場にある者を裏で従わせ始めた。それも、崇宰恭子が気づかないほど、実に巧妙に偽装した形で。

 

「………殿下は気づいているようですがね」

 

ぽつりと、颯太が言葉を零した。まさか正面より暴く訳にはいかず、問い詰めることのできない問題だ。あるいは何らかの思惑があるのかもしれない。だが、胸中は依然として知ることができない状況であった。斯衛の衛士適性の優劣という、戦術機が導入されてから生まれた、予てからの問題のことが絡んでいる。適性の差で武家の中でも見る目が変えられること、多くはないが斯衛の中でもままある話だった。似たような事例を上げれば、30年前の風守家の話がある。

 

「風守、光か。儂も先の戦場で会ったが………相変わらずという言葉は、あ奴のためにある言葉なのかもしれんな」

 

「30過ぎにゃあ見えねーっすよね。容姿も、身長も」

 

「うむ。5年前のあの時から、ちっとも変わっとらんかった。一種の妖物かもしれんというぐらいにな」

 

「2人とも失礼にも程が………ですが、身長の事は今でも忘れていません。技量も、以前に立ち会ったあの時より更に磨かれているでしょうから」

 

「あー、あれは強烈でしたしね。忘れられないというか、俺の中では忘れてはならない屈辱の暫定三位ですよ」

 

戦術機ではなく、生身で立ち会ったことが何度かある九條と水無瀬は頷きあった。場所は、滅多に顔を出さないこの道場だ。九條炯子も水無瀬颯太も、最初の立ち会いで一本を取られてしまっていた。

風守光の身長の差からくる間合いの不利をものともしない並外れた瞬発力と技量の高さは、奇襲に適している。手の内が知らないからこそ起こった結果ではあるが、その一言で終わる程には2人の技量は低くない。

風守光の強さは、武の技量の高さで名が通っている2人からしても一目置く程のものだった。

 

「とはいえ、才能だけではあの領域には到底至れない。並大抵ではない修練を積み上げたのでしょうね」

 

「経緯が経緯だから、の」

 

紅蓮は話にあった風守の話のことを思い出していた。前当主である風守遥斗の衛士としての適性は皆無に等しく、風守の分家筋に居たもう一人の男児も適性が低かった。

 

故に風守の当主である風守遥斗は、当時まだ守城の性を名乗っていた女児を。不慮の事故で両親を失った守城光を、養子として迎えたのだ。彼女の適性は同世代の者より図抜けて高く、また守城の当主が風守の当主を守って死んだということもあり、一部の者からは反発する声が上がれど、結果として守城光は風守光となった。

 

彼女は、時間と共に目に見えてその技量を成長させていったという。

 

「その点、御堂の野郎はね………黙って影で鍛錬積み上げるのが男、武に生きる者だってのに」

 

颯太が向けた言葉は、御堂であり、そして篁を逆恨みする者達に向けてのものだった。斯衛初の専用戦術機である“瑞鶴”の開発者たる篁祐唯は、譜代山吹たる篁家の現当主でもある。適性というものに振り回された――――と本人たちは信じている――――原因となった戦術機を国内で作り上げた彼に、見当違いの怒りを抱く者は存在していた。まだ国外で開発された、国が一丸となって開発していない外様の兵装であれば自分たちの格好もついたかもしれないのに、などと妄想する者も中にはいる。

篁は今代の政威大将軍たる崇宰の分家筋であり、まさか真正面から恨みをぶつける訳にもいかず。

結果、別の場所でその私念が晴らされたりもしていた。

 

「適性で戦場の全てが決まるはずがない、それが分からん者ばかりが集まる事を好くか。こういうのを類が友を呼ぶというのだな」

 

「過激だな。だが、何故と問おうか。どうして今の時になって、“そんなに今更な”事を儂の前で言葉にする」

 

紅蓮は表情を消して、告げた。それらの事情は紅蓮も把握している、ずっと以前より分かっていたことでもある。その事は暗黙の了解であり、目前の2人も五摂家の当主とその傍役でもあることから、誰かの好き嫌いなどとは口に出したりはしなかった。

 

それを、今になって何故。その問いに答えたのは、炯子ではなく颯太だった。

 

「意思表示、です。紅蓮の大将が“こっち”の方に興味が無いのは分かっていますが………立ち位置だけは整えておかないとね」

 

「ふん。ならばもう聞かぬわ」

 

「ええ。時間もありません、本題に入りましょう」

 

先の繰り返し、また単刀直入にという態度をする炯子に、颯太が頷いた。

 

「鉄大和、か」

 

「率直な感想であれば助かるんですけどね。大将の直感は動物染みてますから」

 

「ならば、言おう――――本物、としか言えんわ」

 

本物の、衛士である。紅蓮は先ほどまでとは打って変わって、眼の色を変えながら語った。

 

「風守の技量は落ちとらん。むしろ磨きがかかっておった。だが、成程あの勝敗に偽りはなかったと断言できようぞ」

 

「それほどのもの、ですか」

 

九條炯子は唯一、この中で実際に武御雷を操縦したことがあった。その性能は彼女をして驚き、完成することに興奮を覚える程のもので。だからこそ、数度練習として操縦したことのある陽炎で、あの武御雷を破ったということが信じられなかったのだ。なのに、自らよりも武の腕は上であると認める者から、掛け値なしと賞賛されるほどの衛士が。それも年下、まだ15歳の少年であるということに、彼女の目が炯々としはじめていた。紅蓮が語る鉄大和の常軌を逸した機動、そして目を見張る程の戦術、そうした事から垣間見える分厚い戦闘経験。

彼女はまるで童女のように目を輝かせ、それらを嬉しそうに聞いていた。

 

そして紅蓮は最後に、気にかかることがある、という言葉を挟んだ。

 

「気概は年にして大したもの。命を捨てる覚悟もあろう。だが、どことなく、不自然な………何とも言えぬぎこちなさがあったな」

 

「つまり、彼は何か理由か背景があって全力を出してはいなかったと?」

 

「いや、出来る限りの力で戦ってはいた。儂の目から見ても、それは間違いない」

 

だが、と紅蓮はいう。

 

「正真正銘、鉄大和が掛け値なしの本気であったかと問われると、違うと答えよう」

 

変な確信をもって、紅蓮は断言していた。一目二目でその人間の全てが分からないのと同じように。紅蓮は、先ほどの言葉に重ねる事になるが、と前置いて言った。

 

「どこまでが正真正銘の本気であるのか。それは見ただけでは、決して伺いようが知れんものだ。あるいは本人でさえも分かるかどうか」

 

「………逆鱗を触れられぬ竜が自らの本当の痛みと怒りを知らないように、ですか」

 

颯太は冗談混じりに告げたのだが、紅蓮はそれに対して否定も笑いもしなかった。

然りと肯定し、九條と颯太の目を見返した。

 

「人には、触れてはならぬ場所がある。兵士であれば、戦う理由か。友や故郷、あるいは大切な伴侶。守る戦い、それを誇ることができる程のものが。そして、“それ”に触れてしまえば………例え素人でも、決して侮ることはできない相手となる」

 

不躾に触れてしまえば、汚し、傷つけてしまえば、後はもう戦うことしかできなくなるような。年を重ね精神に落ち着きを持つ事があれば我慢もできようが、若いからこそ後には踏みとどまれないと考える。紅蓮は面白そうではあるがと言いながらに、笑った。

 

「万が一だが、“それ”を汚されたあの小僧がどれだけの化け物になるのか。一人の武人として、一度は見てみたいものはあるが………恐らくは部下の命と引き換えになろうな」

 

精鋭を率いる斯衛きっての衛士であり、自分たちも尊敬している武人の想定外の言葉に、2人は驚いた。そして、ゆっくりと否定の言葉を発したのは炯子の方だった。

 

「それは困ります。この戦い、まだまだ先は長い」

 

本格的な防衛戦、その初戦は勝利で収まったものの、これが始まりに過ぎないことは炯子も理解していた。斯衛の名が高まったことも分かるが、この国そのものが潰れてしまえば何の意味もなくなる。

 

そして炯子は事態の率直な展開と結末を望む性格ではあるが、全てがこちらの都合通り、問題なく進むと思える程にお目出度い脳みそは持っていなかった。一度は敗れた欧米列強。かの国の大半が灰塵に帰している現状、その要因を彼女は咀嚼して誰かに説ける程度には自分のものとしていた。

 

だからこそ精鋭と、そして紅蓮大佐の必要性を熟知していた。今は帝国軍と、国連、在日米軍の足並みは揃っている。四国で防衛をしている大東亜連合の援護部隊も、見事な働きをしてくれていると報告を受けていた。

 

おおっぴらには公開されていないが、想定外のことが起こった。BETAのほんの一部分だが、九州の南より上陸した一団のわずか二個大隊の規模が、南東部より四国の西側の海岸に上陸したのだ。四国の兵站の要となる基地は今治と丸亀の二つの都市付近に集中しているのだが、そのままではあるいは今治の所まで攻めこまれていた可能性があった。だが連合軍の指揮官は、万が一にBETAが来る可能性があるとして、その地点はここしかないと推測していたらしく。

 

展開させていた戦術機甲連隊で、上陸直後にBETAを全滅させたとの報告が上がっていた。

 

「ターラー・ホワイト中佐。噂通り、ハイヴを落としたあの隊の重要人物だけはあるって事ですね。まさかこの時期に日本に来るとは思ってもみませんでしたが」

 

「それは儂も同意見だ。彼女は親日で知られているが、まさかミャンマーの守りの要とも言われてる彼女が来るとは――――」

 

そこで紅蓮は口を閉ざした。

 

「いや、自立を促し緊張感を高める意味でもあるのか」

 

ぽつりとの呟きに、颯太がああと頷いた。

 

「そういや、本格的な侵攻は一度も無かったって言ってましたね」

 

3人には色々な情報が入ってくるのだが、その中に他国の衛士の練度というものも報告されてくることがあった。曰く、マンダレーを知っている衛士であればその練度は非常に高いが、侵攻が途絶えた後、ミャンマーの西方に防衛線を構築しはじめてから衛士となった者はその限りではない可能性が高いと。

 

「活を入れなおす意味でも、か。それにラーマ・クリシュナとグエン・ヴァン・カーン、彼らが率いる精鋭部隊は大半が残っているだろう」

 

「素直に感謝しましょうか。彼女も任務を全うする人物で知られています。その上で、恩義に厚い人物とも」

 

「故に裏切らない、ですか。まあ、あの中隊に提供した12機の陽炎はそれはもう当人たちには大層に喜ばれたそうですからね。今ではもう骨董品扱いになってる、第一世代機であるF-5(フリーダム・ファイター)に乗らされていたらしいですから、無理もないですけど」

 

他国事情にしても複雑怪奇である。そして炯子は、だからこそ芯が必要なのだと主張した。戦場は久しくを尊ばずという言葉は彼女も知っていた。戦いが長引けば長引く程に、士気を維持することが難しくなることも。だからこそ一本の柱を――――見た目にも太く逞しい、分かりやすい精神的支柱がこれから必要になってくるのだと。

 

「相変わらず、貴様は頭が回るのかそうでないのかが分からん奴であるな」

 

「意味のない、無駄な話を好まないだけです。戦場に出ている兵もそう。いくら言葉を重ねたとて、戦場で思い返す余地があるかどうか。ならば分かりやすい形で、勝利への光を見せる事が損耗を抑える手段となる」

 

炯子は自説があった。危地にあって、挽回できるものとできないもの、2者はあろうが挽回できる者でも諦めてしまうことがあると。必死に生きようと思えば、無茶で無謀でも機体を必死に動かせば助かることができる。なのにそれをせずに死ぬものは、元々がどうせ自分は負けて死ぬのだと、心のどこかで思っているからであり。

 

「修羅場においては、諦観こそが人を殺す。ならば逆に、勝利への導があれば人は諦めない」

 

心理的負担の話でもある。例えば山登りで、山頂までの距離が表示されれば人は更に登ろうと足を前に進ませる。しかし、それが無ければ先の見えない不安に、足を止めあるいはその場で座り込んでしまう。

 

「それも………本当であれば、私達五摂家が率先して担うべき役割なのですが」

 

「青の機体が出撃することは、最後の時まで許されんだろうな。今の斯衛の気風であれば」

 

万が一にでも撃墜される訳にはいかない。そう考える者は多く、紅蓮も一部をしては同意できる意見でもあった。

 

「後方の英雄は帝国軍の誰かが担うでしょう。ですが最前線、戦術機甲部隊に英雄を名乗れる程の技量を持つものは………正直に言って厳しいと言わざるをえない」

 

「技量は総じて高いとは言われているようですが、突出した者が居ないのではね。沙霧中尉が健在でしたら、彼を据える可能性もあったんでしょうが」

 

「鉄大和の事を聞きたがっていたのも、同じ懸念からくるものか」

 

「直接の感想を聞きたかったから、というのもあります。ですが実際に話を聞いて、直接この目で見極めたいという考えが膨らんでしまいましたが」

 

ある意味では実戦に出たことの無い者の傲慢とも取れようが、それでも2人はこの上ない程に真剣だった。ずっと、真剣に取り組んできたことであり、文字通りに全身全霊をかけたことであり、一切の誇張も驕りもそこには無かった。

 

紅蓮はそんな2人を見て、苦笑をした。自分の前程にあからさまでなくとも、2人の理念や思想は他の武家の者達もある程度は知っている。将軍にはふさわしくないと影で言われていることも。しかし、それを2人が聞いても、何も思わず。

 

取り立てて憤りを覚えた、という事も紅蓮は見たことがなかった。

 

故にふと、紅蓮は問うた。

 

「貴様は、将軍になるつもりはないのか」

 

「分は弁えています。私、そして崇宰恭子と斉御司宗達は、政威大将軍に相応しくないでしょう」

 

聞くものが聞けば物理的に首がすっぱりと切れるような事を、炯子は端的に告げた。

 

「私と宗達は武に寄り過ぎている。そして崇宰恭子は崇高で気高く、純粋で立派で硬くありますが――――粘りなく脆い。きっと、自分の中に不純物が入ってくる事には耐えられないでしょう。そして清濁を併せ呑む器量が無ければ将軍にはなるべきではない」

 

「斑鳩は――――あるな。しかし、煌武院も同じと見ていたのは意外だが」

 

「彼女は、名前の通りですよ」

 

悠陽。すなわち太陽だと、炯子は言う。

 

「幼き頃より変わりません。もう彼女は定まっている。自分が何を犠牲に今の地位にあるのか、何を燃して高きにあるのかを理解しているのでしょう。ままならぬこの世の不条理、残酷さを飲み干して、更に高きにあろうとしている。一種、狂的な真摯さで煌武院悠陽たる自分を定めているのです」

 

炯子は煌武院悠陽を初めて見た時の事を思い出していた。こんな子供がいるのか。否、こんな人間がこの時代に居てくれたのかと。

 

「貴様も、あるいは宗達は違うというのか」

 

「自分を語るのは愚かでありますので、どうか見たままに。私は所詮ただの“火”でありますが故に、“陽”には、決してなれないでしょう」

 

役割がある。炯子は自虐ではないと言った。

 

「煌武院悠陽が将軍になるのであれば、自分も、宗達も間違いなく異議は唱えないでしょう。推測ではありますが、斑鳩崇継はむしろ諸手を上げる程に」

 

だからこそ、と告げた。

 

「我が国に侵攻してきたBETAと戦い、勝つ事。何より重要ではありますが、勝つための導のために――――色々なものを捨てる時が来たのでしょう。未だそれを理解できぬ者達の処遇も」

 

 

決意が秘められた炯子のその言葉に、紅蓮もそして颯太も何も返すことができなかった。

 

 

 

 


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