Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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22話 : 戦いの中に見えるもの_

初夏を過ぎて、夏も真っ盛りという熱気が渦巻く中。風守光少佐率いる、斯衛・義勇軍との混成となる特殊遊撃部隊は嵐山基地を離れ、南丹市付近で待機していた。目的は、いよいよ本日に上陸を始めたというBETAの第二波侵攻を食い止めるためだ。

 

とはいえ、防衛の主役は彼らではない。帝国軍と国連軍、そして在日米軍は舞鶴と姫路を結ぶライン上に防衛戦力を展開していた。位置的には遊撃部隊よりも前方となる。必然的に、ファーストアタックは彼らの独壇場になった。迎撃戦のセオリーとして、まずは陸地に置かれている機甲部隊と、海上に控えている艦隊から、面制圧を行った。戦術機ではとても持てない程の大口径、大威力たる砲撃でその出鼻を挫いた。堅牢な前面装甲を持つことで知られている突撃級とて、着弾の角度次第で葬り去る一撃だった。

 

特に帝国軍は、先の侵攻で九州・中国地方の民間人及び防衛にあたっていた兵士を忘れておらず、執拗とも言える密度でBETAに対して砲撃を続けた。雨のように、余す所など無くしてやるといわんばかりの徹底的な攻撃は効果が大きく、上陸の第一陣の9割を葬りさっていた。即死を免れたBETAも無傷ではなく、通常よりも遥かに遅い速度で移動している最中に蹂躙されていった。

 

行ったのは、帝国本土防衛軍を主とする戦術機甲部隊だった。同じく、先の戦闘で同じ衛士達を殺されたことを、忘れるはずがなかった。僅かばかりに残っていたBETAもまるで虫のようだと言えるぐらいに呆気無く、戦術機からの銃撃や長刀による斬撃で物言わぬ塊に変えられていった。一方的な戦果が、後方にいる武達にも届いていた。

 

―――だが。

 

『早すぎないか、これ。味方に被害無し、ってのは悪くないが』

 

『ああ、ペースが早すぎるな。残弾の見極めを誤るほど、帝国軍も無能ばかりじゃないと思うんだが………』

 

武は難しい表情を浮かべ、マハディオの言葉に同意した。離れている場所からでも大気が震え地面が揺れているのが分かるぐらいの徹底的な砲撃だった。そのように一方的で、戦術機や戦車に被害が出ていない事に文句はないが、砲撃の密度が序盤にしては濃すぎるように思えたのだ。

 

砲弾などの補給は十分に行われていて、あるいは全く心配する必要はないのかもしれない。

だが、傍目にも少しまずいかもしれない、と思えるぐらいに殲滅の速度が高すぎたのだ。

 

『問題はないと思われます、鉄中尉。それに艦隊からの援護砲撃がなくなったとしても、前面に展開している多くの戦術機甲部隊は無傷です』

 

『そして、全てのBETAを押しとどめられなくとも、後ろには私達の部隊がいます』

 

だから、民間人にまでは絶対にたどり着かせない。決意がこめられた篁唯依と山城上総の言葉に答えたのは、指揮官である風守光だった

 

『気概は立派だが、盲信は危険だ。BETA共は、何をするか分からない。こちらの思惑の裏を突いてくる、嫌らしい性格を持っている事でも有名だ。先の侵攻で鉄中尉達が受けた奇襲も、忘れるなよ』

 

九州より駆けつけた戦術機甲部隊は、時間差で上陸してきたBETAに側面を突かれた挙句に、挟撃を受けた。現状は海岸部にも部隊を展開しているため、一方的な奇襲を受けることはないが、それでも油断だけはできない相手なのだ。

 

それに、まだ戦闘は開始されたばかりの序盤戦にしか過ぎない。BETAの強さの根幹とも言える物量の影響が出てくるのは、ここからなのだ。また、別に注意する必要がある方面がある。

敵は山陰から上陸してくる一団のみではなかったのだ。九州から上陸した一団と、山口から上陸した一団は山陽沿いに進撃して来ている。山陽と山陰の、二正面作戦となることは確定になっていた。

 

『九州から上陸してきた奴らも、そろそろ神戸の部隊とぶつかる頃ですね』

 

『鹿島中尉………そうか、貴様は四国からの異動だったな』

 

『ええ』

 

『んー、何か顔色悪いですね中尉。心配事でもあるんですか』

 

樫根正吉の声に、弥勒は頷いた。四国の暴走特急が心配だ、と。武は、ああ初芝少佐のことですねと言い、弥勒はそうだと答えた。

 

『腕は良いんだがな………副官がちゃんと手綱を取ってくれれば問題はなかろうが』

 

仮にも上官に向けての言葉ではない鹿島中尉の呟きに、しかし中隊の全員が気の毒そうな表情を浮かべた。演習の合間にあった少しの時間。そこで苦労人の中尉の愚痴のような話など、前もって色々と聞いていたからだ。気心が知れている相手だからこそ、たちが悪い場合がある。そうした愚痴に、一番に強く頷いていたのは武だった。

 

『だけど、四国の部隊は健在。側面からの援護も十分でしょう。瀬戸内海に展開している帝国海軍の艦隊も。山陰よりはBETAの数も少ないし、問題はないと思われますが』

 

現状、本州から四国に繋がる橋は一つを除き全て落とされていた。残る一つの橋、去年に完成したという明石海峡大橋も、防衛軍の主力部隊が展開されている一帯よりは後方となっていた。その大橋から陸路での物資弾薬の補給が行われているので、補給も迅速に行えるはずだった。

 

それは戦術機甲部隊や機甲部隊が、連続して高密度火力の戦闘を行えることを意味している。

 

『懸念事項があるとするならば、兵站の要である四国側の防衛ですか………鉄中尉、BETAが瀬戸内海を渡って四国に上陸する可能性は低いとされていますが、本当にそうなんでしょうか』

 

『可能性が低い、という意味では本当だと思う。問題はその可能性がゼロじゃないってことだが、それも処置済みだ』

 

『………大東亜連合からの援護部隊、ですか』

 

出撃直前のブリーフィングで知らされた、新しい事実だった。大東亜連合に所属している戦術機甲部隊の一つが四国の南の海、土佐湾から上陸したという。連合も、光州作戦において半島に残っていた自らの部隊の救助にと、帝国軍の援軍要請を出したばかりである。

 

政治経済共に密実な関係を持っていることからして、帝国軍からは感謝の念はあれど、ここで連合が援軍を派遣するのは当然のことであるとして受け入れられていた。

 

『とはいえなあ。やっこさんも米軍とは仲が良いとはあまり言えないだろう。国連軍とは徐々に、少しづつ和解していってるらしいが………それでも本州にまでしゃしゃり出られるのは在日米軍も国連軍も面白くないだろう』

 

『でも、大東亜連合の戦術機甲部隊かー………連隊規模と聞きましたけど、件の中隊の、連合に残っている人達とかは来てるんですかね』

 

樫根は目を輝かせながら、マハディオの方にそうなれば面白いですよね、と言った。だがマハディオは苦笑しながら、否定した。連合内でも最も勢力が大きいインド国軍に所属しているターラー・ホワイトとラーマ・クリシュナ、ベトナム国軍隷下のグエン・ヴァン・カーン。

 

3人とも来るのは絶対にあり得ないこと、その原因を知っていたからだ。依然として、連合の部隊はミャンマー以西からの侵攻を警戒中だ。マンダレー・ハイヴ陥落以降、ボパールハイヴからの侵攻の勢いは弱まってはいるが、いつ元に戻るのかも分からない状況であった

 

武達は、共闘した事がある統一中華戦線も似たような状態にあることを知っていた。中国、そして台湾の中枢部ともいえるあの島は、どちらにとっても失うことは考えられない最後の砦であった。故に防衛に戦力を集中せざるをえないので、とても日本に援軍を送れるような余裕はなかった。

 

『まずは、自分の家を守るのが先決だからな。見栄を張るのはその後だ』

 

『衣食足りて礼節を知る、ですか』

 

『そうそう。食の問題を考えれば、日本にここで盛大に恩を売っておくのは悪くないと考えるかもしれないけどな』

 

武はうんうんと頷いていた。日本の合成食料を生産する技術は、世界でも随一といった域に達していて、それをこの中で一番に実感していたからである。武は、日本を離れ海外の生活の中、カルチャーショックというか常識の違いに驚いたことは多い。その中に、海外の料理や合成食料のレベルの低さというものがあった。

 

食べ物が不味い軍隊ほど精強である、という俗説があるが、武はそれを嘘であると断じていた。

誰だって、美味しいものを食べるために基地に帰りたいと思うのが当然だと。

 

『―――つまり、もうお家に帰りたいということか? 思っていたより軟弱な奴らだったんだな』

 

『………誰だ?』

 

突如割り込んできた通信に光は問い返した。

言葉の主は網膜に自分の姿を投影させ不敵に笑っていた。

 

『これは失礼。お隣の中隊をあずかるものですよ』

 

『………本土防衛軍の少佐か』

 

光は、見覚えがあると呟いた。大陸で戦ったことがある中の一人で、基地の衛士達から慕われている上官の一人だった。帝国を最優先で考える、ある意味で帝国軍人の鑑と言える人物だ。

 

だが、海外の軍隊を忌まわしく思っている上に、排他的な言動が目立つような。

優秀ではあるが、視野の狭い男というのが光の持つ感想であった。

 

『確か、金城といったか。他所の部隊の通信に割り込むとは、無礼も甚だしいぞ』

 

『いえ、軟弱なことばかり言われていたものでつい、ね。国外の軍隊がどうの、戦う前からそういった会話をされたのではたまらんのだよ』

 

『ふむ、士気が下がると』

 

『この国を、民を守るのは俺達だ。帝国の戦士たちだ。斯衛の赤たる少佐殿が、それを分かっていないとは思えないが』

 

武は横目と視線を送られている事に気づき、そして少佐同士の会話の内容を考えた。信用の問題だろう。自国を守るという考えを持っている帝国軍の者であれば、前提として疑う必要はない。

 

だが、他国の軍隊となれば別だ。彼らは外交や面子という要因を元に日本に送られてはいるが、最優先として持っているのは日本ではなく祖国の死守か、あるいは奪還である。国同士の関係の変動など、必要であれば裏切ることもあるだろう。

 

だからこそ、自分たち日本人が国を守らなければならないと思っている。先にマハディオが言った通りに、自国の軍で守ることが最優先の絶対条件でもあるのだ。

 

(だから、他国をあてにするな。まずは、自らの力を頼れ、そして不用意に馴れ合うことをするな。そういった事を言いたいんだろうな)

 

武にも、理解できることではあった。国粋主義者とまではいかないが、自分の手で自分たちの居場所を守りたいと思うのは当然のことだ。問題は、それを利用しようという者達がいること。そして、自分が日本人であるということ。理屈では分かっていても、納得できようはずがない。知らず、顔を歪ませた武に、声がかかった。

 

『不満そうだな、中尉。先日はかなり落ち込んでいたが、戦場に出て大丈夫なのか?』

 

言葉だけを見れば、それは心配の言葉だった。だが、武は更に顔を歪ませた。

声には、嘲笑の色が多分に含まれていたからだった。

 

『ここは軟弱な子供の遊び場じゃねえ、とでも言いたいんですよね』

 

『………流暢な日本語だ。理解も早い。ならば、言いたいことは分かるな?』

 

武は、金城少佐と視線を見て理解した。

 

(つまり、お前らはすっこんでろってか)

 

前の疑念もある上に、先の被害のこと。不信の種を撒くなと言いたいのだろう。だが、武はそれを鼻で嗤った。

 

心底馬鹿にしたようなそれは、マハディオをして見たことがないほどに珍しいものだった。

 

『別に、俺らがどう思われようが気にしませんよ。でも、それを口に出すのはどうかと思いますけどね。軍人の、しかも佐官が発する言葉は“タダ”じゃないんですよ?』

 

『………ほう。つまりは、面と向かって自分達義勇軍に悪口を浴びせられると困ると?』

 

ガキだな、という嘲り。対する武は、淡々と事実を認めながら反論した。

 

『まあ、15歳は子供と分類できる年齢ですね。そんな自分でも――――在日米軍に国連軍と共闘している現状で、そういった言動がマイナスになることは理解しています』

 

『ふん、現状と己の立場を考えろと、そう言いたいのか。上官に向かっていい度胸だな』

 

貴様、という声とにらみ声。その額には青筋が浮いていた。軍人でも成り立ての若い者であれば、竦み上がりそうな形相と迫力だった。だが武は平然とした顔で、反論をした。

 

『ならこんな事を言わせないで下さい。上層部の判断にあーだこーだ、今更ってものですよ。あとは、この程度の会話で士気が落ちるとかね。それこそ、帝国軍が軟弱者であるという証拠じゃないですか』

 

『よ、くぞ言った。貴様、この戦闘が終われば覚えていろよ!』

 

歯ぎしりの音の後に、金城は視線を斯衛の方に向けた。

 

『部下にこのような事を言わせるとは、管理能力が疑われますな。斯衛として、貴官らが先鋒であるのにこれとは………斯衛のレベルが分かるというものです』

 

『其方もな。戦闘中であるのに、暇つぶしのつもりか? それに、米軍や国連軍。他国の生まれであるとはいえ、たった今前線で奮闘しているのは同じくこの国の防衛のために命を賭けている者達だ。それを悪しざまに言うとは何事だ』

 

『………ふん。そのように、外に頼る思考があるからこそ弱卒になる』

 

『それは上層部批判にも聞こえるが?』

 

金城はそうした光の指摘を、鼻で笑うだけだった。そうして、一方的に始まった通信はまた、一方的に切られた。武は呆れたような表情で、首を横に振った。そして、自分に視線が集中していることに気づいた。驚いた表情を浮かべる者。不敵に笑っている者。そして、困ったような表情を浮かべる、風守少佐の顔にも。

 

『えっと………すみません、少佐。その、止まらなくなっちまって』

 

武は思いつく限りのデメリットを並べた。通信は、他の部隊の衛士も聞いていた可能性が高い。

そうした中での、上官に対する暴言。基地内での立場が悪くなることは十分に考えられることだ。

 

『問題ない、とはとても言えんが………構わんさ。戦場に立っている軍人を子供扱いするのは、衛士の流儀に外れることだからな』

 

戦術機は高価な兵器である。認められない者が与えられることはあり得ず、また義勇軍の参戦は上層部が認めていることでもある。それを嘲笑し、こき下ろすという行為は問題以外のなにものでもない。上官に対する物言いではないというのもあったが。

 

(だが………奴め、余計なことを)

 

光は斯衛の部下達を見ながら、舌打ちをした。先の発言にあった、斯衛の先鋒という言葉は真実でもある。しかし、それはあまり強く自覚させたくない事実でもあった。

 

特に篁少尉は、父が開発した瑞鶴のこともある。その上で、自分たちの戦いの結果如何で斯衛が甘く見られるかもしれないと、そうした可能性に気づいてしまったのだ。これが熟練の衛士であれば戦意の糧にもできようものだが、新人にそこまでを要求するのはあまりに酷というもの。光の目から見ても、斯衛の5人達の様子は先ほどまでとは異なってしまっている。会話の中でリラックスさせていたというのに、見るからに緊張した面持ちで、堅くなってしまっているように思えた。

 

特に己を厳しく律しすぎる傾向にある篁少尉などは、肩に力が入りすぎているように思えた。

 

(人が増えれば、問題も増えるか。忌々しい事だが、真理でもある)

 

米軍と国連と大東亜連合に関連する事も、同じようなものだった。光はどうして人類として一丸になれないのかと、考えた所で誰もが納得するような答えは出せなかった。元より、まともな上層部であれば何度も考えることで、自分よりも遥かに政治を知っている者達さえ最良の解答を得られていないのだ。

 

だから光はそれよりもと、今現在の部下の事を考えた。過度な緊張は体力の消耗を著しく早めることもあるが、言葉だけで緊張をほぐすことは容易ではない。何を話すにも、切っ掛けが必要なのだ。光はさりとてどうしたものか、と思っている時に、通信を受ける音がなった。

 

『あー、こちらパリカリ1よりブレイズ1。少し、質問したいことがあるんですが、いいですか』

 

『構わんが、戦闘中だ。手短に頼む』

 

『周辺の状況に関してです。避難は完了しているようですが、建築物について。特に電線はまだ活きているように見えるんですが』

 

付近に人の姿はない。民家がぽつぽつと見えるだけでの、田舎と言える場所にブレイズ=パリカリの混成部隊は陣取っていた。高層の建築物はなく、見晴らしも良い殲滅戦にはもってこいの場所と言えた。しかし、武には気に入らない所があった。

 

『建物などが綺麗な状態で残っていますが………事前に破壊しておかなかったんですね』

 

『できるはずがないだろう。市民の財産なのだぞ』

 

『ですが、障害物になります』

 

武は率直に告げた。建物が健在であると、衛士はいざというときに逡巡してしまう可能性がある。

戦うのに必死な時は気づかず、ふと回避した先に民家などがある。それが既に破壊されているならば、迷わず壊すし、壊した後でも気にされることはない。

 

だが、綺麗な状態で残っていればどうか。その上で、健在な建築物には衝突した時に戦術機にかかる負荷が大きくなるということもあった。そして電線も、戦術機が足をひっかける障害物の最たるものと言えた。転倒するまではいかないだろう。だがBETAと混戦をしている最中に引っ掛けてバランスを崩し、その一瞬で窮地に陥ってしまうこともある。故に防衛戦であれば、BETAの侵攻ルートで迎撃戦を行う場所に選ばれる所は、戦闘に問題ないように整えられているのが通常であった。

 

『理屈は分かるが………それでも無理だ』

 

『………そうですよね。出すぎたことを言いました、すみません』

 

謝る武。そこに、別の者から言葉が重ねられた。白の瑞鶴に乗っている、山城上総である。

かみつくように、質問を浴びせた。

 

『熟練の衛士なのでしょう? ならば、そうしたことを回避するのもお手の物ではないのでしょうか』

 

『もちろん普通なら問題ないし、十分に回避はできると思う………けど、何事にも万が一という言葉がある。その可能性をできるだけ潰しておきたいだけだ。それに、慣れているからって100%それを回避できるなんてのは妄想が好きな奴の戯言でしかない』

 

『でも、守るべき民間人の資産ですよ?』

 

『甲斐少尉の言い分は尤もだな。だが、どちらにせよ侵攻の経路となっている以上、ここは遠からずBETAに荒らされる』

 

平地であると思われる所全てに、共通していることだった。そして戦闘行為は、問答無用でその土地を荒らすものだ。だからといって、壊される前に壊して良い道理もない。だからこそ、武は少佐に謝罪をした。今更ここで何を言った所で、許可を取っている時間はない。その上に、斯衛はこの地で展開している部隊からすればやや外れた位置にあることを理解していたからだ。

 

『とはいえ注意すべき案件には違いない。各機、聞いたからにはそうしたミスはしてくれるなよ』

 

光は、苦笑と共に指示を出した。そして唸る。“こうしたやり方”の方が、理解と納得は早いかもしれないと。

 

『まあ、俺は心配していないですけどね。なにせ斯衛の腕利きに加え、こうして頼もしい新鋭が揃っているんですから』

 

『え?』

 

武の言葉に反応したのは、篁唯依だった。そういえばと、昨夜に聞いた言葉を思い出していた。光は、うまいと思った。任務と注意点の話から、少し外れた個人の話へと。意識的にやっているのかは分からないが切っ掛けにはなるだろうと考え、黙ったまま推移を見守った。

 

『鉄中尉。中尉は、多くの戦場を経験されたと聞いていますが………その、私達のレベルはどうなのでしょうか』

 

唯依の質問に、斯衛の5人は耳を大きくした。彼女達の誰もが、聞きたがっていたことだからだ。

お世辞など抜きで、自分たちが死の八分を越えられるかどうか、それだけの技量を持っているのかを知りたがらない衛士はいない。例に漏れず、不安を抱いているからには、少しでも安心できるような材料が欲しいのは当たり前のことだと言えた。

 

『レベルか………まあ、優秀だな。技量はベテランに比べればまだまだだけど、既に普通の新人より上だと思うし、何より気概が違う』

 

『気概、が? それは、どういった事で分かるものなのでしょうか』

 

技量が低いのは、唯依も理解できていた。だが、それよりも気概が大事であるとの言葉に着目した。

 

『死の八分を越えるには、技量よりも気概が必要であると』

 

『あるいは、覚悟かな。両方が問題ないって思えるのは、こうして会話が通じているからだ。普通は、戦うのを前に長時間の待機を命じられれば、戦闘以外のことに頭が回らないようなもんだ、けど篁少尉達は違う』

 

普通は、守るべき民間人はともかく、その資産などと言ったことにまで言及はできない。自分が誰かを守るということ、それすらも深く理解ができない衛士が多いのだ。職業軍人でもない、徴兵されて仕上げられた人間であればその傾向が大きかった。戦いを重ねていくにつれて、そうした事の自覚や考察を深めていくことはあれど、死の八分を目前としてそうした思考ができるのは、幼少の頃からの教えか、訓練の賜物かもしれない。武はそうしたことを簡潔に伝え、笑いかけた。

 

『出撃を命じられてからの、搭乗も早かった。士気が高い証拠でもある。あっちの肝っ玉が小さそうな神経質の上官殿よりも、頼りになるかもって思ってるさ』

 

『そ、それは………少し、言い過ぎでは?』

 

『そんなに謙遜することないっす! 自分達の時なんか、半ば泣きべそかいてる奴も多かったっすから!』

 

樫根正吉のカミングアウトに、鹿島中尉が苦笑した。そして、フォローするように声をかけた。

 

『流石に戦闘前に泣いたってのは、樫根少尉の周囲だけかもしれん。だけど、胆力は相当なものだと思うぞ』

 

言葉だけではない、待機の状態を見た上での率直な感想だった。構えているだけでも、分かるのだ。棒立ちになっておらず、いつでも行動できるような体勢を維持できるのは、15年も武家としてあったからだろうと。

 

『付け加えれば、補助的な効果もあるぞ。なにせ綺麗どころ揃いだ。共闘しているだけでも、こっちの士気が上がるってもんさ』

 

『マハディオ………プルティウィにチクるぞ』

 

『なんでだよ!?』

 

『あー、この男には注意な。BETAも黙って首を横に振るほどの、生粋のシスコンだ。気を抜いていると、勝手に妹にされる恐れがあるから』

 

『てめえが言うな、この鈍感王が!』

 

わーぎゃーと言い合う二人。戦場ではあるまじき会話に光は呆れ、唯依達は苦笑した。

それを横目で見ていた武は、すかさずと言葉をつけたした。

 

『あーまあ、マハディオの言葉は間違ってないとだけは。篁少尉なんかは時折り見せる笑顔が可愛いし。それを活かせばタダで衛士の士気を上げることができるかも』

 

『く、鉄中尉!? か、可愛いってそんな!』

 

『事実だ。士気ってのは本当に扱いに慎重になる必要がある厄介なもんだしなぁ』

 

特別手当ではない、金でもなく、ただの笑顔だけで士気をあげられるのは大きい。かつて士気のシンボルとして扱われていた武は、赤面する唯依を置いて、その有用性と汎用性をありがたがっていた。

 

『率直な感想だよ。斜に構えてないし捻くれてないし、何より真面目で素直だし』

 

武の脳裏に、今までに出会ってきた曲者ぞろいの女性陣の顔が浮かんでは消えた。かつての中隊の戦友や、タリサや亦菲といった我が強すぎる女性陣などなど。どいつもこいつも、一癖がありすぎる面子だった。中には会った記憶すらない者もいたが、それは無視して遠い目をした。変に悟っていなく、からかい甲斐があるというのもいい。純夏は9歳の頃には自分の悪戯とからかいに慣れたのか、素直な反応を楽しめなくなっていた。尤も、あれが懐かしいと思う自分も居るには居るのだが。

 

それに、瑞鶴のことを話している時の彼女は変に軍人らしくなく、また武家らしくもなく普通の少女のようだった。武だって男である。唐突に思い出し、顔を赤くして謝る唯依に対して、思わない所がないほどには枯れていなかった。だけど、まだまだ未熟でもあった。

 

『鉄中尉………それでは私達は可愛くないと、そうおっしゃるのかしら』

 

『へ?』

 

武は間の抜けた声を上げた。唐突な質問の上に、向けられた笑顔には酷く覚えがあったからだ。あれは確か、◯ーシ◯の髪が綺麗だと褒めたあとのことだった。どうしてか距離をつめてくる玉玲。唐突にお団子を外す腹黒狸。海の女に、どうしてか鬼の副隊長も。

 

武は思い出したと同時に身の危険を感じていた。その事件の後にあった事は、教訓として心の奥に刻まれていた。このままでは、理不尽な事が自分の身に降りかかってしまう。そう思った武は、アルフレードに教えられた対処方法を実践した。まず最初にと、男性が減少し女性の衛士が増えている中、ゴリラ系統の衛士にもまれてきた武は率直な感想を告げた。

 

『いやいや、全然可愛いと思うぜ? なんていうか、騒いでいても品があるように見えるし』

 

『えっ、そんな』

 

自分の言葉に対して、少し硬直する女性陣。武は好機だと、先人の教えである“こじれたらとにかく褒めろ”作戦を決行した。もう二度と、アイアンクローで持ち上げられるのは嫌なのだと。

 

『山城少尉は強気な表情が格好良いし、輝いてるし。甲斐少尉はおっとりしてるけどスタイルは正直15歳には見えねーし。石見少尉は、いつも明るくて凄いって思うし。能登少尉は眼鏡が素敵だし』

 

『わ、私だけアクセサリー褒め!?』

 

『あー、ごめん。睨んでいる時の顔が素敵?』

 

『中尉、実は怒ってますね!? 絶対に私の逆恨みのこと忘れてないでしょう!』

 

『―――というのは冗談として、全員とも可愛いと思うぞ。だよな、樫根少尉』

 

『同意します! あと、朝に“ごきげんよう”、って挨拶しあってる所を目撃した整備員が、たまらずに悶絶していたとの情報もあります!』

 

『と、いうことだ………って風守少佐、どうしたんですか』

 

武は痛そうに頭を抱えている光を見て、大丈夫ですかと声をかけた。光は顔を手で覆うと、ため息を一つ落した。そして無言のまま、視線だけを武に送った。武は視線にこめられた意図を考え、頷くと言葉を続けた。

 

『初陣に生き残るコツは、ある。それは気合と忍耐力だ。大群のBETAを前に、それでも飛び立とうって思い続けた奴こそが死線を越えられる』

 

三次元機動こそが生き残る鍵である。武の言葉を、唯依達は疑わなかった。それは当たり前の理屈のこと。確認の作業以外のなにものでもなかった。しかし、戦場であるからこそ初心は大事となる。

続けることが大事だと言った。忍び耐えて、諦めないことが肝要であると。その武の言葉に続いたのは、指揮官である光だった。

 

『武家として、戦う時こそは今である。この瞬間をこそ待ち続けてきたはずだ。陛下のために、殿下のために戦うこと。恐れることはあろう。だが、私は疑っていない。貴様達が戦い抜けることを』

 

そうして、情報が入ってきた。BETAの二波目が上陸してきたとのこと。光と、そして武達もそれとなく察していた。今度こそは殲滅できずに、防衛線をわずかにでも突破してきたBETAと見えることを。戦いの時が、近いことを。そして今になって、会話と共に気概を取り戻していると思えたから、光は告げた。

 

『先陣である。誉れであると思え。他ではない、私と貴様達の手で成すのだ。斯衛の(つわもの)はここに在るのだと自負し、力を魅せつけよ』

 

自負とは負荷になる。あるいは、傷になるかもしれない。だけど飛び立てる力はあるはずだ。できなくても、やらなければならぬ。武家であるからこそ、そうした事を理屈と、そして本能でも理解できるはずだと。

思い出せ、という言葉。それに返ってきた言葉は、了解であった。

 

唯依を筆頭とし、応じ肯定する斯衛の兵としての顔がそこにはあった。光は、そして鹿島達はそれを見るなり、顔を和らげた。

 

兵である。そして、衛士である。

 

『見事なものですね。それに、風守少佐』

 

『ふむ、なんだ鹿島中尉』

 

『“blackbird”が斯衛の士官の口から出るとは思いませんでした』

 

『………目的地への道筋を照らす八咫烏であれと、そう言いたかっただけだ』

 

光の言い訳じみた言葉に、弥勒は苦笑した。“blackbird”とは、1968年に発表されたマッシュルームカットの4人の歌であった。弥勒は八重の父のつてから、そうした音楽を多く聞く機会があった。当時から英語に力を入れていて、だからこそ曲の歌詞に対する興味も深かった。

 

とはいっても、海外のこと。裏にこめられている意味などは知らなかったが、純粋な歌詞の意味だけは覚えていた。

 

弥勒は当時のこと、そして今を思い苦笑した。レーザーの脅威に空を閉ざされた現代であればまた違った意味に聞こえる。そして、闇の中にあるという現在の状況も正鵠を射ていると。

 

『“blackbird”か………懐かしいな』

 

『ふむ、知っているのか鉄中尉』

 

『親父が好きな曲でしたからね。それに、前に居た部隊に居たんですよ。酒場で、ギター片手に歌っている戦友が』

 

その男の名前を、アルフレード・ヴァレンティーノという。武は、その時のことを思い出していた。

スラムの裏路地で、酒場に流れている音や映像を盗み聞きをしながら覚えた、と聞かされたこと。覚えた理由が、“ああいう風にきゃーきゃー言われたいから”という、何ともイタリア人らしくシンプルなものであること思い出し笑いをする武に、興味を示した安芸が手を上げた。

 

『中尉も、知っているんですか。その………英語の曲ですけど、良い曲なのでしょうか』

 

それまで黙っていた中の一人が、武に質問をした。緊張からか、ずっと発言をするのを控えていた石見安芸であった。武は、その目にもう怯えがないことを察すると、親指を立てながら答えた。

 

確かに、斯衛とか武家とかではあまり好かれていないかもしれないが、良いものは良いのだと。

 

『アコースティックギターの旋律が綺麗な曲だ。当時は意味も知らなかったけど、俺は大好きだよ。子供の頃、何回も聞かされたってのもあるけど』

 

子供の頃はパイロットを目指していた影行が好きな曲でもあった。いつか自分も、と思っていたらしかった。武も、曙計画の中で知り合ったという米国の技師から送られてくるレコードを聞いた子供の頃から、多く聞かされていた。

 

二人の曲の趣味はあまりあわず、だがこの曲と“in my life”という曲だけは親子二人で好きな曲だから、相当の回数を聞いていた。

 

『そうなんですか………ということは、中尉は歌えるんですよね』

 

聞きたいなあ、という志摩子の言葉。それに武は引きつった顔しか返せなかった。

 

すかさずと、通信に割り込んだのはマハディオ・バドルだった。

 

『甲斐少尉………それは許してやれ。というか、許して下さい』

 

『え? ゆ、許すって何をですか』

 

『実はこいつは――――歌がすごい下手なんだ』

 

『あ、ちょ、てめえマハディオ! それは秘密にしといてくれって!』

 

『当時も、出撃前に歌おうとしたんだが、その………音程を表現するのが下手すぎてな。当時の上官に“読経にしか聞こえないからやめてくれ”と本気で命令されたことがあるんだよ』

 

鳥が飛ぶという歌詞。それを、音程に上下をつけられなく、まるで経を読むような。それは光線級によるレーザーでの死を連想させられる程だったと、マハディオが身震いをしてみせた。不吉すぎるからやめてくれと、当時の11人から一も二も無く懇願されたことは印象深く、マハディオも覚えていたからだ。そして、歌を知っている数人はそれを知っているからこそ、理解をしたと同時にこらえきれず笑い始めた。

 

『ちょ、鹿島中尉!? 風守少佐まで………ってお前もか橘少尉!』

 

『す、すみません。耐えきれませんでした』

 

『正直すぎるなおい!? くそ、図ったなマハディオ!』

 

武は秘密を仕返しにとばらされたことで、羞恥に真っ赤になった。そしてどこ吹く風と口笛を吹いているマハディオを責めた。その様子が妙におかしく見えた唯依達も、戦闘前だというのに笑ってしまった。

 

『篁少尉まで………っ!』

 

『す、すみません。ですが、その………わ、私はいいと思いますよ? その、歌が下手でも衛士としては立派だと思いますから』

 

『ゆ、唯依。それは少し言い過ぎではなくて?』

 

フォローになっていないフォローに、上総が顔をひきつらせた。というか、止めにも成りうる追い打ちでしかなかった。しかし時既に遅し。武は落ち込み、俯いたまま無言になった。

 

と、そこで通信が入った。

 

発信元は、王紅葉。レーダーを見ろという言葉に、武は確認を行った。

 

『………やっぱりな。本格的な防衛戦でも、初戦だ。戦力の無駄な消費は避けたいか』

 

第二波を迎撃する艦隊と機甲部隊からの砲撃。第一波と同じく密度が高かったが、砲撃の時間は半分にしか過ぎなかった。数としては、第一波よりも多いのは確実。撃ち漏らしになった赤のBETAの大群が、青の戦術機甲部隊に襲いかかっていく。機動を活かし、無理にその場にとどまらないまま、移動をしながらの遊撃。それは味方の損耗率を減らすことに繋がるが、BETAの撃破速度も緩むことになる。必然として、漏れでたわずかなBETA達が山間部を抜けることとなった。一方で、機甲部隊が展開している方向は徹底的に守られていた。

 

だが守られていない方向は、京都との中間点にあたるここにやって来る戦力は想定より少し多くなっていた。

 

『だが、十二分に殲滅できる数だ。各機、戦闘態勢へ移行。装備を確認しろ』

 

光の指示に、了解の声が鳴り響いた。その中に、出撃直後には多分にあった無駄な硬さはなかった。程よい緊張である。光は最良の状態であることに笑い、今の状況もたらしたであろう一人の衛士に感謝を捧げた。

 

『先ほどまでのこと。戦うに、注意すべき点。会話。そして、各々が。我らが成すべきことがあることは覚えているな』

 

光は微笑みを向けながら、続けた。

 

『決して忘れるな。ここが、最初の正念場である』

 

士気は十分。故に、光は思った。勝てない道理が存在しないと。そして、丘の向こうから超えてくる影を捉えていた。大陸でも見えた、懐かしい姿でもあった。突撃級に、要撃級が100体かあるいはそれよりも少し多い程度だった。同道している本土防衛軍が動き始める中、それに呼応する形ではなく、はっきりと光は告げた。

 

 

『往くぞ――――私に続け!』

 

号令と共に、戦闘が開始された。前方より、少し速度を落としている突撃級が土煙を上げながら迫ってきた。光は正面より距離をつめながら、命令を飛ばした。混成部隊とはいえ、一番槍には斯衛の部隊のみと決まっていたことだった。光は自分に続く5機を視界の外に収めながらに意識し、命令を下した。

 

『ブレイズ1から各機! 陣形を保ちつつ、攻勢接敵! 高度注意、復唱!』

 

『了解、高度注意!』

 

5機の瑞鶴と1機の試製武御雷が、突撃級を目前とした時に、空を舞った。光線級の脅威には晒されない、的確な高度を保ちつつ、即座に宙空で反転を行い、自分たちの下を通りぬけ、背中を晒した突撃級の後頭部に36mmを叩きこんでいった。

 

気色の悪い体液と、肉体が地面に散らかり、致命の損傷を受けた突撃級が次々に物言わぬ死骸となってその場に横たわっていった。

 

『ブレイズ1から各機! そのまま、前方にいる要撃級と応戦! 必ず2機で、互いに死角を補いながら叩け!』

 

『了解!』

 

『ブレイズ5、石見少尉出すぎだ!』

 

『了解、一歩下がります!』

 

光は目の前の要撃級を叩きながら、周囲にも注意を向けていた。幸いにして、敵の数は少ない。突撃級も、最初の接敵で7体ほどは血祭りに上げた。他の隊も同様だろう。比較的要撃級の方が多く、突撃級の数は総数で40もいなかった。数分もあれば、後方にいる義勇軍の部隊と更に後方に待機している部隊で十分に対処可能な数であった。

 

と、思っていた直後だった。

 

『パリカリ1、援護します!』

 

『な、鉄中尉!?』

 

光は、後ろの突撃級はどうしたと、驚愕の後に若干の怒りを載せて。問いながらレーダーを確認して唖然とした。そこには後方に抜けた最後の赤の点、突撃級の反応が消える瞬間が映っていたからだ。

 

『………早いな!』

 

『歌を上手く歌うよりは、楽な仕事です』

 

武は冗談を言いながらも、目の前にいた要撃級の頭部を短刀でスライスしていった。そのまま、無人の野を征くが如く前に、すれ違い様に要撃級を仕留めていく。

 

抜けられない程に密集している一団に出くわすと、即座に後ろへ跳躍を行った。すれ違うようにして前に出たパリカリ5、鹿島弥勒とパリカリ6、樫根正吉が120mmの巨大な一撃を群れの中に叩きこんでいく。

 

ほどよく密度が薄くなった要撃級と、更に後方からやってきた戦車級の群れ。残るパリカリ隊の武達は、36mmを斉射し抑えながら、ブレイズ隊が側面をつかれないように立ちまわっていった。

 

そこに、篁唯依の裂帛の気合が乗せられた声が通信に響き渡った。

 

『はあっ!』

 

踏み込んでの、渾身とも言える全力の袈裟斬り。要撃級が斜めに頭を断たれ、断末魔もなく横に倒れていった。

 

『唯依、後ろは任せて!』

 

攻撃に気を取られすぎて背中に生じた隙を、安芸が隠した。背中より近づこうとしていた要撃級の頭部付近に36mm劣化ウラン弾を叩きこんでいった前腕部とは違い、要撃級の頭部から肩にかけては装甲もなく、強度も比較的低い部分だ。そこに風穴が空き、蓮根のようになった要撃級は、物言わぬ塊になっていった。

 

横で同じく2機連携で戦っている志摩子と上総も、命令の通り互いの隙を埋めながら戦っていった。

視界は前方180°に及ぶとはいえど、一度の攻撃で捉えられるのは一体限りでしかなかった。それに比べ、自分に攻撃を届かせ得る間合いで仕掛けてくるBETAは最大で2体となる。眼前の2体をほぼ同時に捌く技量がない者は、最低でも2機で動かなければやられてしまうことになる。

 

そして、戦車級は2体どころではない数で攻めてくるのだ。

 

『っ、危ない!』

 

上総は志摩子の死角から飛びかかろうとしていた戦車級を確認すると、咄嗟に長刀を構えた。

そして飛び上がった直後の所を捉え、叩き斬った。

 

『よし! 大丈夫、しま―――』

 

『山城さん、後ろ!』

 

死角の死角。志摩子は上総の後ろに戦車級が回りこむのが見え、36mmを構えたがそこで硬直した。目の前の上総の機体のせいで、射線を完全に塞がれてしまっているのだ。

 

声に反応した上総は即座に後ろへと振り返ったが、そこで見たものは自分に向かって跳躍しようと屈んでいる戦車級の姿だった。

 

(迎撃、だめ間に合わない!)

 

上総は瞬間的な反応で長刀を上に振り上げようとした。そして振り上げた直後、自分が攻撃するより前にコックピットに取り付かれる方が早いと悟ってしまった。

 

心臓の鼓動が一つ、大きく高鳴った。死因の一つだとは、座学で散々に学ばされたことである。

でもまだ躱せると、操縦桿に力がこもったのも同時だった。

 

宙空に在った戦車級は、横合いから殴りつけられるように飛んできた36mmを受けて。

一瞬の後、赤い破片となって地面に散らかされることになった。

 

『く………鉄中尉、ですか』

 

『早い反応だ。十分に回避できたように思うけど、余計なことだったかな』

 

『いえ―――中尉、後ろです!』

 

武は上総の声に、答えず。ただ不敵に笑うと、後ろから攻撃をしかけてくる要撃級を、振り向きざまに切り刻んだ。遠心力を活かしきった短刀による2連の斬撃が、肉を深くまで引き裂く。

 

直後にやってくるもう2体の要撃級を確認するやいなや、回転する機体を止めずに奔らせた。

回転を保ったまま、要撃級の打ち下ろしの豪腕を踏み込みすり抜けながら、剣道の抜き胴の如く、深い斬痕をまた新たに2つ。隙ありと背後からやってくる更なる一撃を軽く跳躍して回避すると、そのままがら空きとなった要撃級の頭を縦に断ち割り、その深くまでえぐり取った。

 

瞬時に3殺。武はその余韻もない間に、叫んだ。

 

『前方から突撃級の第二波だ! 各機、目の前の敵だけに集中するなよ、突撃級の体当たりは痛いぞ!』

 

要撃級や戦車級に気を取られすぎていると、その直後にやってきた突撃級の突進は躱せない。訓練で叩きこまれていることを思い出させるような忠告に、それを聞いていた全員が了解の声を示した。

 

『って、受けたことあるんですか鉄中尉!』

 

『無いけど、何となく痛そうだから気をつけろってことだ!』

 

『はは、違いないですね………ってうおっ、危な!?』

 

武は樫根少尉の横から襲いかかった要撃級に、迅速に36mmを叩きこんで黙らせた。

 

『といった具合に、余所見も厳禁だ………ってどうした、山城少尉』

 

『いえ………』

 

上総は、武が行った今の一連の動きが目に焼き付いて離れなくなっていた。大胆にも程がある振り向きざまの攻撃に始まり、懐に入り込んでの一撃に、自由落下の力を利用した振り下ろしの一撃。

回避と攻撃のための予備動作を直結させた、それは間違いなく“技”であった。

 

(要撃級の動きに、間合い。どちらともを完全に理解していなければ、できない攻防だった)

 

どれだけ近づけば、攻撃を仕掛けてくるのか。そして、どういった時にどのような軌道で腕を振ってくるのか。回避の合間に短刀で3体を手短に捌き倒すなど、それらを完全に読んでいなければできないことであった。上総は武御雷を半ば下したとも言える目の前の、同い年の衛士の技量に。そして経験の深さを、今更ながらに思い知らされていた。同時に、先ほどまでの自分の窮地を思い出していた。もしも、間に合わなかったらコックピットを齧り取られて、自分も。

 

ちょうどその時に、通信から隣の部隊のだれかがやられたのだろう、耳をつんざくような女性の悲鳴が聞こえてきた。普通に生きているならば、まず聞かない類の、人間が発するものとは思えない悲鳴だった。

 

『っ、臆するな! 私は山城の!』

 

上総は家名を叫びながら、自分の意志ではなく震える右手を左手で抑えこみ、かたかたとなる歯を食いしばって強引に止めた。志摩子も同様に、震える自らの肩を抑えこみ、ぎゅっと目を閉じて深呼吸をした。安芸や、和泉達も正気を手放さないようにと。唯依はそんな4人を見ながら、心配そうな顔を引っ込めた。操縦桿を強く握りしめ、顔を引き締め直すと自分なりの声をかけた。

 

『多くなってきたな………みんな、互いに声をかけあって! 残弾に注意! あと、完全な横並びは避けること!』

 

防衛線など足を止めての殴り合いであれば、2機で動くことは必須となる。だが完全な横並びでは、互いの行動や咄嗟の援護もうまくできなくなる。唯依が、上官たる二人から聞いていたことだった。前後にずれながらも、時には場所を入れ替わって応戦する方が互いのことをカバーしやすくなるのだと。それを聞いた斯衛の4人が了解を返した。そのまま、危なげなく要撃級を数体倒した後に、鳴り響く通信があった。

 

『戦闘開始より八分が経過! お目出度う、新人諸君! だが気は抜くな、基地に帰るまでが初陣だぞ!』

 

光は死の八分を越えた事を明言し、強く認識させると同時に警告を重ねた。石見少尉は一つの関門を越えたことに気を緩ませそうになっていたが、その忠告を聞いて気を引き締め直した。

 

『………そうだよね。衛士になっても、基地に生きて帰らなきゃ衛士になった意味なんて無くなる』

 

『そうね、安芸。斯衛の先陣としても、不様な姿は見せられないもの。でも、素直に喜びましょう――――そしてこの自信を力にするのが正しい在り方だと思うわ』

 

『祝いあうのは、生きて基地に帰ってからでも遅くありませんわ』

 

『って山城さん右、右から来てる!』

 

『志摩子も、ちょっと出すぎ!』

 

『貴様ら………まあいい。説教は帰ってからにするか』

 

自覚し、それを過たず自信に変える5人。武はそれを見ると、更に前方からやってくる新手に目を向けた。同時に、隣で共に戦っている本土防衛軍の中隊にも。

 

先ほどとは違わず、健在なのは確かであったが、12機揃わず一機減っている姿と、やや後ろに抑えこまれている様子が見て取れた。

 

前方に残骸が一つ。機体の足元には倒れた電柱と、足に巻き付いている電線が見えた。武はそれを見て、自分の失策を悟った。忠告のことは、あまり実戦経験のない自分たち義勇軍以外への忠告のつもりだった。一方で、自信満々な金城少佐の部下だからして、あの程度のことは事前に認識しているはずだと、そう思い込んでいたのだ。

 

だが、いくら経験豊富だからとてまだ街の機能が若干でも健在である中で迎撃戦を行ったことがあるとは限らない。もしも、斯衛に告げたようにあちらの部隊にわずかでもいいから伝えられていれば、あの1機は堕ちなかったかもしれないのだ。武は過ぎ去ってしまったこと、自分の不注意に舌打ちをした後に、現在の状況を直視した。

 

『総崩れになっていないのは練度が高い証拠だけど………ちょっと上手くないな』

 

1機を失ったとして、その穴の影響なしに継続して戦闘を続けられるのは、その部隊の練度が高く、士気も保たれている証拠だった。動揺がゼロであるはずがない。武は斯衛の隊と、そしてマハディオを見ると通信を入れた。

 

『パリカリ3、マハディオはこの場で援護を継続。パリカリ2は俺と一緒に来てくれ』

 

『何をするつもりだ?』

 

『少し、BETAの陣形を乱してくる』

 

武は温存していた突撃砲を構えながら、答えた。そこに、部隊指揮官である光がたずねた。

 

『出撃前は心配していたが………どうやら問題ないようだな』

 

『ありがとうございます』

 

『礼はいらん。公私の切り替えが素早いのは、素晴らしいことだと褒めるべき所かな』

 

『………いざ戦闘で私情をひきずって味方を殺すのは救いようのない馬鹿がやる所業ですから』

 

それは、武が最も嫌う行為だった。だからこそ、少し前までの自分は嫌いな人間そのものであったように思う。武は素直に答えると、前を見た。

 

『先の事は忘れていません。ですが、前にある脅威も放ってはおけない』

 

今だけは忘れて、隊と約束した人のために。武は告げるなり、BETAの新手がいる前方へと突っ込んでいった。その先に見えたのは、先ほどと同じく土を抉りながら震動と共にやってくる波濤のような脅威だった。銃弾を弾く戦車とて、この化け物の群れに呑まれればものの数秒で破壊されてしまうだろう。歩兵や、強化外骨格を持つ兵士とて同様だ。果ては後方にある土地や、そこに住んでいる民間人まで。ユーラシアと、欧州を蹂躙した敵は本当に強靭だった。

 

『だけど、無敵じゃない!』

 

武は先鋒にいる突撃級の前に立つと、先の岡山付近で行った時と同じように前足へと36mmを叩きこんでいった。バランスを崩した突撃級がよろめき、地面を擦るように転倒した。

 

咄嗟に避けきれなかった後方の突撃級も、転倒した個体の後頭部にぶつかり、その勢いを弱められていった。それを、蝿が飛ぶようにBETA群の前面を舐め回すようにしながら、数度。一つのマガジンが空になる程に撃ちこんでいった。的確に、最低限の損傷を。武が行った足止めは効果的で、群れの全体の速度が下がるのを後方にいるCPも確認していた。

 

もちろんのこと、それだけで一団の全てが止まるほどには甘くはなかったが。

 

『それでも、脅威の密度は薄まる』 

 

足止めした突撃級は障害物となる。隙間を抜けるBETAもいくらか居ようが、それでも全体的な密度は必ず薄まるのだ。戦術機が落とされるのは、後から後から湧くように襲ってくるBETAに対処できなくなった時だ。焦りこそが失策を、操縦ミスを生む。だからその密度を薄めてやれば、味方の損耗率は低くなる。武はマガジンを交換し、残弾を確認しながら無理がない程度に突撃級の足を潰していった。

 

一端退いて短刀に持ち変えると、王と共に漏れでた要撃級の足止めを行っていった。

 

『足止めを続け――っ?』

 

パリカリ2、王紅葉も戦闘経験が豊富で、鹿島中尉よりも総合的な能力は上だった。長刀での近接格闘では鹿島弥勒の方が圧倒的に上だが、それ以外の部分は王の方が若干上回っている。

 

数年前までは民間人だったというのが信じられないほどに、その身体能力は極まったものがあった。

 

なのに、と武は王の戦術機を見ながら、訝しんだ。

 

『パリカリ2、どうした王!? 機体のトラブルか!』

 

『っ、なんでもない! いいから前方に集中しやがれ!』

 

『なにを………っ!』

 

武は怒鳴り声を聞きながら、何でもないはずが無いだろうがと舌打ちをした。彼の動きが、いつになく精彩を欠いたものだったからだ。高い身体能力を活かした、派手な動きによる攻撃的な動作は見る影も無い。そこには、通常より少し上といった程度の衛士しか存在していなかった。

 

『………退くぞ。これ以上は深追いになる』

 

『な、まだだ! 俺はまだやれる!』

 

『駄目だ。ブレイズ隊と合流し、援護役に戻る』

 

武は有無をいわさない、という強い命令口調で王に告げた。どちらにせよ、無理な深追いをして撃破されれば全てに意味がなくなる。王もそれが分かっているからこそ素直に反転し、後方のパリカリ隊とブレイズ隊が居る場所まで戻った。

 

平地に、皆のいる所には先ほどまでは少し残っていた要撃級や、戦車級の姿はなかった。

あらかた片付いたようだ思った時に、武に通信が入った。

 

『パリカリ1、足止めご苦労。こちらでも確認した。しかし、高度は取らなかったようだがどうやって突撃級を前方から仕留めた』

 

『仕留めてませんよ。でもこうやって、と!』

 

武は射程距離まで迫ってきていた突撃級を確認すると、急ぎ構え。ロックオンもされない程に早く狙いを定めると、先ほどと同じように36mmを叩きこんでいった。まるで笑劇のように、足を潰された突撃級が前面にある顔らしき部位を、地面に擦りつけていった。

 

『………は?』

 

『え、突撃級ってああいう風に倒すものでしたっけ』

 

『成程、そういう手がありましたね』

 

『無い! 無いから、和泉! 当たんないからあんなの!』

 

唯依が目を丸くして、志摩子が首を傾げて、和泉が眼鏡を煌めかせて、安芸が突っ込んだ。

上総は驚愕の表情で、武を見ながら言った。

 

『………鉄中尉。失礼ながら、貴方が変態と呼ばれる意味が理解できましたわ』

 

『ちょ、山城さん!? 人聞きが悪すぎるからここでは!』

 

『鉄中尉………貴様、まさか』

 

『な、風守少佐まで! なんですかその、どうしようもない奴を見る目は!』

 

動きながら、BETAを迎撃しながら雑談をする武達。それを見ていた弥勒や操緒は、忠告しようとしてできなかった。どうしてか、これでいいのだと思えた。

 

(恐怖に惑うのがBETA大戦だ。化け物との、食うか喰われるかの殺し合いだ。なのに、この昂揚感はなんだ)

 

弥勒も実戦経験は少ないが、八重から色々と大陸での凄惨な戦場を聞かされてきた。他の面々も同様だ。BETAは強く、戦う衛士は暗い顔をひきずって、それでもと這いずりまわるように戦うのが当然だった。その空気が、ここには無かった。弥勒は前方で戦う一人を見て思った。

 

先の岡山での戦闘とは打って変わっていると言える程に、歴戦の少年の様子が変わっていると。それは樫根も同様だった。絶望の戦いのはずなのに、まるでそれを感じさせられない。緊張感が解れているからか、自分さえも訓練と変わらない練度で戦えるようになっていた。マハディオが、何ともいえない表情をしている弥勒達を見ながら、含み笑いをした。

 

(それが、白銀武。全盛には程遠いが)

 

信用はしても、信頼は禁物なのが戦場の常である。だがそれでも、と思わせる人間は圧倒的に少ないが、存在していた。それは英雄と呼ばれる類の人間だ。同時に、指揮官が風守光で良かったとも思っていた。普通の指揮官であれば武の言動を軽挙妄動と断じるか、あるいは徹底的に指導を行い自分で管理をしようと躍起になっていた所であったと。

 

光を指揮官とした上役についても、意図的にか偶然の産物であるかは分からない。だが、事態はいい方向に転がっていると思っていた。

 

同じことを、風守光は考えていた。あるいは、これが斑鳩崇継の考えたことなのかもしれない。白銀武のこと、半ば確信していただろうに自分に黙っていたのは後で問い詰めるつもりだったが、感謝もしていた。それは、息子に会えた事だけではなく、軍人として斯衛の部下を率いる人間としてもだ。迷わず、味方のために一途に戦い続けられること、それを信じさせてくれる戦士がいるならば笑わざるをえないだろう。戦場だからといって気取らず、人間のままBETAの脅威を削ぎとっていく所業は、別の可能性があるとも考えさせてくれるのだ。それが生来の持ち味を戦場に殺されず、技量をそのまま発揮できる要因になっていた。そして、息子の考えと行動のことも。

 

(良いものは良い、か。それと似た理屈で、先ほどの少佐が居た部隊を、迷わず助けることができるなんて)

 

恐らくは、助けたいから助けるという反射の思考で行動しているのだと思えた。眩しいとしか、形容できないものがあった。細かい派閥や諍いなど関係がないと、振る舞えるその在り方は並大抵の人間では貫けない。助ける方法を知っているのも大きい。理屈と感情を両立できる術に長けているのかもしれないと思わせられる部分もあった。

 

だが光は、それ故に危険分子とされる可能性が高いとも思っていた。派閥に属さない上に、戦場で有能過ぎる部下など既存の大派閥を持つ人間からすれば不安の種にしかならないだろうと。それを利用した上で両者共にメリットを受けるといった関係を持とうと思える派閥は、剛毅な政治家は日本には少なすぎた。噂に聞いた、南アジアから東南アジアを防衛するために、一丸となっていた国々とは事情が違いすぎることもあった。

 

自国で戦術機を生産し開発できる技術を持ち、戦力としても単独で統一中華戦線や連合と並び立てることができるこの国は、大きいだけあって派閥の様相も入り乱れ過ぎているのだ。上に報告すべき事は何であるのか。光は自機のマズルフラッシュと、死んでいくBETAを眺めながら悩み考えていた。隣では、唯依達が長刀を使っての戦闘を始めていた。

 

パリカリ隊はあくまで前に出ず、フォローに徹してブレイズ隊に危険が及ばないように動きまわっていた。同時に、態勢を立て直し、盛り返してきた本土防衛軍の部隊が前に出始めた。

 

言うだけの事はあり、練られた連携での11機の攻勢は見事で、残っていたBETAを次々に潰していった。

 

そして、20分が経過した後。光は戦術機の砲弾とBETAの体当たりにより破壊されつくされた周囲一帯を見回し、告げた。

 

『………第二波は、これで全部か。今のうちに補給を行うぞ』

 

疲れた声だった。武の言うとおりに、無事な建築物は一つもなかった。電柱よりも圧倒的に高い背丈を持つ戦術機と、走る度に小規模の地響きを起こす地球外生物が暴れまわったのだ。当然の結果だと言えたが、先の忠告の通りに、一体の戦術機が落とされたからには、光も色々と考えることがあるな、と難しい顔をした。

 

(しかし、消耗が激しい。前方に展開している部隊は何をやっているんだ)

 

想定したよりも防衛線を抜けるBETAは多く、このままでは先にこちらの体力の方が尽きてしまうのかもしれない。光は疑念を抱いたが、ある可能性を思いついていた。

 

もしこれが、防衛線を構築している部隊の練度不足や艦隊のミスではなく、意図的なものであったらどうか、ということだ。京都が後方にある以上は、早々そのような賭けに出るとは考えがたい。

 

だが、時には危険という灰を被る必要があると、そういった判断が出来るのが武家という人間だ。そして、本土防衛軍に所属している先の金城少佐の言葉もある。そういった光の考えを補足したのは、武だった。まるで思考を読んでいたかのように、言葉を紡いだ。

 

『日本人だけでこの国を守る、ですか。それはきっと帝国の理想なんでしょうね。だけど、帝国の3軍だけでは戦力が不足している』

 

日本には3軍だけではない、練度の高い軍があった。精鋭で知られる、帝国の象徴を守るのを第一とする部隊。しかし実戦での証明は少なく、このままでは帝国3軍も軽く見続けるであろう部隊。

 

武は黙ったまま、その報が来る時を待った。

 

『やっぱり、ですか』

 

報が来た途端に、武はため息をついた。警報と共に知らされたのは、BETAの第三波が到来したということ。同時に、遊撃に出ていた全軍に通達された事があった。

 

それは、京都から斯衛軍の戦術機甲大隊が出撃し、遊撃部隊の援護に入るということだ。

部隊の名前は、斯衛軍第2大隊とのこと。光はそれを聞いて、驚愕の表情を浮かべた。

 

第二大隊の指揮官は、コールサインである“ブレイズ”の名前を借りたその人。

かつての同部隊の戦友が率いるそれは、紛れもない斯衛の精鋭が揃っている部隊であった。

 

 

『……紅蓮大佐が、来るか!』

 

 

――――戦慄の声と共に。

 

帝国の地で初めて行われた本格的な防衛戦は誰かが望んだ通りの佳境へと移っていった。

 

 

 


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