Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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19話 : 15年_

噂の義勇軍の隊長を探す道中に、風守光はここに来る事になった経緯を思い出していた。

唯一、命令に命をもって答えると決めている主君、彼はいつもの様子を崩さないままに告げた。

 

「人の生は、流れは原因と結果によって決定される」

 

斑鳩崇継は、信厚き第一の臣下である風守光に告げたのだ。因果には流れがあり、人がそれに流れるのは当然のことであると。

 

「“どこ”に“誰が”いるのか。その理由は、辿ってしまえばなんという事はない。一つ一つの原因、その時の選択が積み重なり、人は今の場所へと流れ着いている」

 

斑鳩崇継が当主であるということも。斑鳩という家に生まれ、己より兄はいなく、周りから不足ないと判断されているからこそ、今の場にいる。風守光が側役であるということも。複雑な経緯はあれど、風守の養子になって。そして風守光という人間自身が望み、斑鳩のために在ることに命を賭けていると、当主である崇継自身が認めているから、今の場にいる。

自然な流れである。必然ではないが、その人間自身が望み、選択し続ければ最後には在るべき場所にたどり着く。

 

勤勉なものは出世し。他者の妨害というものがあれば、出世は滞り。調子にのった性格をしていれば、大きな失敗により転落することもある。

 

怠け者はそれ相応の。何か人生観が変わるほどの大きな事件という切っ掛けがなければ、最後まで変わらない。

 

人と出会うか。人と別れるか。人と共に歩むか。交じり合って、それでも今の場所にあること。

辿れば、調査すれば、すべてではないが、大半の説明はつくのである。

 

「だが、明らかに“違う”者がいる。私はそんな男を見た。つい先日、京都で見たのだ。あの少年は義勇軍の衛士だということだが………」

 

ふ、と笑う。光は、何か悪いことを思いついた顔だ、と長年仕えてきた経験から察した。

 

「色々と探ったが………今、彼が、あの場所にいることに説明がつかない。まるで泥の中で泳いでいる鶴のように見えた」

 

遡っても、今の場所にある理由にたどり着くことができない男がいる。

当主の言葉に、光はただ頷いた。

 

「聞けば煌武院悠陽も、その者の情報を得ようと動いているとの事だ。詳細は調査中だが、ひどく気にかけているのは間違いないそうだな」

 

「………は、それは確かに」

 

光は肯定した。情報の大半は側役の自分の元に入ってくるし、直に報告も受けていた。情報源はこの国で最もそういった方面に優れている部署。すなわち帝国の情報省からであった。そもそもが五摂家の者は、個々に帝国情報省との密接な関係を持っていた。あくまで中立に、情報省の人間としての職務を徹底する者もいるが、大抵は武家や政治家という後ろ盾を持っているのが当然だ。

 

煌武院でいえば、それが鎧衣左近という男となっている。変人で知られている人物であるが、能力は一級品であるということも周知の事実ではあった。諸外国に二つ名で知られ、かつ今も存命であるというくらいには。そして、煌武院の姫君がその男との接触を願っていると、そういった情報が斑鳩の方にも流れてきていた。タイミングは、あの面接の後だということも。斑鳩はそう言いながら、笑った。

 

「あり得ないことだろうと前置いて聞くが………其方、煌武院悠陽と私的な関係を持っているか?」

 

「いいえ。特にこれといったことはありませんでしたが………?」

 

光は戸惑いながらも、はっきりとした口調で答えた。事実、彼女と個人として会話をしたのは、過去に三度だけだった。

 

悠陽の衛士としての適性を見る場で、二、三の会話を。その後は戦術機についての私的な見解と、瑞鶴開発に関わった唯一の女性衛士としての意見。

 

「まだ少女と言っていいほどの年齢の頃でした。女性の衛士というものと、紅蓮大佐の同僚としての私を知りたかったようです」

 

光の答えに、崇継は頷いた。煌武院は五摂家の筆頭である、自分の知らない所で私的な関係など、それは裏切りとも見て取れるもの。そのような事を目の前の忠臣がするはずがない。煌武院悠陽も、清廉を旨とする精神性を持っていることは、振る舞いからも見て取れた。

 

だが、故にだからこそ説明がつかぬ、と崇継は言う。

 

「見極める必要がある。篁の主家たる崇宰には、何とか話は通している。名目上は、かつて世話になった篁祐唯と巌谷榮二、その両者が大切にしている篁唯依を守るということにする」

 

良いな、という言葉。光は崇宰に対する説得の内容が気になったが、いつもの通りにどうにかしたのだろう。崇宰恭子が斑鳩崇継を苦手としているのは、五摂家と傍役の間ではほぼ全員が知っていることだった。

 

斑鳩崇継の話術に翻弄され苦虫を噛み潰した顔をしている崇宰恭子の顔は、年に4回はある五摂家の顔合わせの後に必ず目にできるものだった。

 

九條の傍役などは、恐れ多くも季節の風物詩ですな、と言っていた。実直過ぎる崇宰の姫君と、我が主君は相性が悪すぎるのだ。

 

光はそれを知っているからこそ、今更内容を聞き返すことはしなかった。ともすれば、帝国の技術を司る部署へのつながりも出てくる。そう判断しての命令でもあるが、と崇継の言葉に光は答えた。

 

「それでは、別の本命というのが、先ほどの」

 

「そうだ。ベトナム義勇軍の、今は隊長になったと聞いている――――“鉄大和”中尉について探れ」

 

「鉄、大和………ですか」

 

光は噛み締めるように、名前を反芻した。だが、光の思考の間に少し疑問が挟まった。何故、今この時になった義勇軍の隊長などを。崇継は光の反応を見ながらに、大切なことなのだと念押すように言った。

 

「義勇軍の裏に居るのは、アルシンハ・シェーカル元帥。かの東南アジアの黒虎が義勇軍のスポンサーだ」

 

義勇軍とはいえ、戦術機を運用するには並大抵ではない資金が必要である。崇継はその出資者がアルシンハであることまでは、突き止めていた。義勇軍として活動している最中に、私的な目的に戦術機甲部隊を動かしていることも。確証はないがほぼ間違いないであろうことは分かっていた。

 

「隊長は光州で戦死し、その他の隊員も再起不能。残ったのは当時最前線に居た3名程度と聞いているが………私は、この中の一人が“切っ掛け”の中の一つの因子であると思っている」

 

「“切っ掛け”………?」

 

それは、何に至る切っ掛けになったのか。その問いに、崇継は答えた。

 

「マンダレー・ハイヴ攻略作戦。あれを現実のものとした、その要因だ」

 

崇継は以前より考えていたことがあった。当時のインド亜大陸の情勢から、今のマンダレーハイヴ攻略。両方を点として、それを繋ぐ線の軌跡に、いくつか不自然なものが見えると。最終の点がハイヴ攻略という点も、おかしいと考えていた。

 

年月は経過し、戦術機の性能やその他兵器も日進月歩しているが、当時の欧州でさえ不可能だった攻略作戦をどうして成功させることができたのか。様々な要因が絡んだ結果であろうことは分かっていた。だが、現時点でも夢物語に近いハイヴ攻略という偉業。例えフェイズ1であったにしても、その偉業に辿りつく過程を説明する“要素”が、現時点の情報では埋まらないと。

 

「彼の者の乗機は、F-15J《陽炎》。機体番号を確認した所、クラッカー中隊にと提供された12機の内の1機であることは間違いないそうだ」

 

「………マハディオ・バドル中尉。元ですが、あの隊に居たと聞いています。復帰後に、乗り手がいなくなった内の一機を彼に提供し、

 

そして機体への適性の問題などで、F-18と入れ替えたという可能性は?」

 

「その可能性もある。だからこそ、其方に見定めてもらいたいのだ。それに、気になる情報もある」

 

眉唾ものだが、と崇継は言った。

 

「かの中隊は11機編成と言われている。だが、現地の軍人の多くは彼らが12機編成だったと認識しているらしい」

 

「それは………まさか、情報操作が行われたと」

 

「その可能性は高い。11人の名前は知られている。内の一人、サーシャ・クズネツォワ少尉はMIA。実際は戦死の扱いだ。だが、そもそもの存在さえ抹消されている“12人目”………尋常ではない背景があると考えられる」

 

ハイヴ攻略の任務の難度を考えると、中隊の12機はほぼ完全な連携が取られ運用されていたと見るのが妥当な所だろう。そうなると、残りの一人は真っ当な衛士だったはずだ。知られている隊員のポジションの内、3人となっていた部分は前衛のみ。

 

精鋭部隊の最前衛である、その信頼は厚かったと見るのは自明の理であろう。だからこそ、崇継から見て、その歪みは大きく見えた。今やツェルベルスと並ぶ英雄と呼ばれ、人類初の天敵たる敵性生物の強大なる牙城を陥落せしめた部隊に所属していた。

 

万人から讃えられるべき偉業を成してなお、功績の恩恵さえも与えられていないなどと。

 

「相応の理由があるのだろうな。それは、かの衛士の腕も………年齢に相応しない技量の高さに関しても同じ種類の異質となる」

 

「詳細は知りませんが、その者も崇継様にだけは言われたくないと思う次第でありますが………」

 

「それは、肉眼で観察してから物申せ。監視役の衛士が言ったそうだぞ? ――――非常識だとな」

 

疑っていない声色でそう言われては、光も二の句を繋げないでいた。

それよりも、気になっていることがあった。その人物の年齢についてだ。

 

「15歳。奇しくも、斯衛の卵達の年齢と同じであるというわけだ」

 

だから、見比べた上で彼の者が真実に異常なのか、それ以上の真偽についても。

其方にお願いしたいと告げられ、光は首肯を示す他、取れる行動はなかった。

 

 

 

 

 

そうして、ここに居る。光は歩く傍らに居るマハディオ・バドルという男を、大雑把にだが観察していた。歩く姿に隙は無し。実戦経験が豊富であるということを、身にまとう雰囲気で悟らせる程の衛士であった。実戦経験は少なくとも20回以上か。

 

ベテランと呼ばれる域にあり、かつそれだけの激戦を生き残った本物の精鋭であるということは間違いないであろう。聞けば、かの中隊に所属していたと聞く。功績の他に、隊員に課せられたハードル、何よりも訓練が苛烈であることで有名な中隊である。

 

実戦という鉄火場の他に、訓練という修羅場を越えてきたであろう、歴戦の勇と称して間違いないであろう戦士。

 

(それを差し置いて、隊長になった人物がいる)

 

光は思った。実物を見た今では、俄には信じがたいということを。バドル中尉をして、斯衛の中隊を任せるに足る人物である。そんな彼が自分の命を預けられるという、年下の衛士。

 

光はいささかの期待を持って、その天才とやらに会うことに高揚感を覚えていた。恐らくは、瑞鶴を見に行ったのであろうというその者。

今は篁少尉達がいるその場所に、足早に向かうことを選択した。

 

後ろから、本土防衛軍の衛士が二人、ついてきているがそれも些事となるぐらいの。そうして、目的地であるハンガーに到着した光は、きっとあそこだと目当ての人物が居るであろう場所を指差した。

 

予想通りに、瑞鶴の機体の顔がある部分の、ちょうど目前。ハンガーの整備員が忙しなく動いているその目前に、二人の人間が見えた。

 

一人は、山吹の斯衛の軍服を着ているのを見るに、篁唯依少尉であること。

もう一人は、バドル中尉と同じ義勇軍の軍服を身にまとっていた。

 

声をかけずに近づいていく。見れば、篁唯依は義勇軍の隊長と何かの話をしているようだった。とはいっても、二人の距離は5mは離れていた。言葉を交わしながらも警戒しているのが、見て取れる。父親の性格を思うに、恐らくはやや真面目であろう彼女だが、少し表情を崩しながら機体の方を説明しているようだった。その顔には、若干ではあるが喜びの色が浮かんでいた。整備作業中の音が大きいのでこの距離では何を話しているのか分からないが、彼女の表情を見るに、瑞鶴を。篁中尉が尊敬する人物二人が作り上げた機体を説明しているからだと思われた。

 

そして、彼女が言葉を交わしている人物は――――背丈は篁少尉よりやや上か。

探していた中尉ともなる衛士は、説明に頷きながらもちらちらと瑞鶴の方を見ていた。こちらからは顔が見えず、背中しか見えない。だけれども服の上からも鍛え上げられたことが分かる、立派な衛士としての体格を持っていた。

 

「あ、バカがいた」

 

光は、バドル中尉からあれが隊長だと聞いて警戒のレベルを1段高めた。

つまりは、あれが15歳の天才衛士とやらなのだから。

 

(会えば分かる。崇継様は、そう言われていたが)

 

それも、顔を見てからである。そう判断した光は、ゆっくりと二人に近づいていく。途端に、胸によぎるものがあった。

 

光は同時に理解していた。それに似た名前をつけるのであれば、既視感であると。

 

機体について話す二人に、近づいていく自分。光はそうした自分を認識しながら歩き、近づくにつれてその思いはどんどん強くなっていくのを感じていた。

 

そして、声が届くという距離になって、話しかけて。

 

「あ、風守少佐!」

 

「少佐………ってことは」

 

篁少尉が、こちらを見る。

すると義勇軍の隊長も、斯衛の隊長殿ですか、と言いながらこちらを見た。

 

 

「――――――え?」

 

 

掠れた声で、呟いた。同時に、光の脳髄に閃光弾を受けた時に似た衝撃が、奥まで浸透していった。

混乱に思考を占拠された中で、彼女は思った。湧きでた言葉を、何度も反芻する。

 

それは、同じ。同じだ、同じであると。あの時と全くに同じなんだと、繰り返した。そうして思い出していた。何年も前のこと、瑞鶴のテストパイロットに選ばれ、挨拶にとハンガーに出向いて、篁主査と話すあの人がいた。

 

今も決して忘れられず、これからも絶対に忘れられないであろう。

 

今も胸に思い続けているあの人と、初めて出会ったあの時と。

 

一方で、光のまだ冷静な部分が、場を客観視していた。

 

振り向いた義勇軍の隊長という衛士、鉄大和は―――――白銀影行に似た、顔で。

 

 

「え………………ちっちゃ」

 

 

途端、場が凍りつくのを、光はどこか他人事のように感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このバカ野郎! これから共同で戦おうって相手に、いきなり喧嘩売ってどうすんだ!」

 

叱責の言葉が武に叩きつけられた。しかし怒られている当人は、反省しつつもどこか戸惑う思いを抱いていた。挑発にしか取れない言葉である。まだ小さかった自分が、何度も言われたことであるから、間違いない。だが、何故と。武は以前より、思うことを口にする癖があると、指摘されてはいた。そういった悪癖があることを、自覚している。とはいっても、直せたことはないが。

 

(でも、あれは違う。なんとなくだけど)

 

隊の全員に謝りながらも、武は釈然としない気持ちを抱いていた。

 

確かに、そういった癖はある。だけど第一声からそんな言葉を向けるようなことはなかったはずだ。

なのにどうして自分は。どこか腑に落ちない点を抱きながら、それでもと武は集まっている隊員の顔を見渡した。

 

マハディオ・バドル、王紅葉(ワン・ホンイェ)、橘操緒、鹿島弥勒、そして樫根正吉(かしねまさよし)

 

武は自分なりの識別のため、順番に特徴をつけていった。

 

(シスコン、チンピラ、生真面眼鏡、剣士、英雄愚連中隊信奉者(クラッカーズ・フリーク)と)

 

先の二人は義勇軍。橘操緒と樫根正吉は壊滅した西部方面軍より、鹿島弥勒は帝国陸軍四国方面軍よりの出向となっている。

 

西部方面軍の二人は、本人の志願によるものだった。橘少尉は言わずもがな、樫根少尉は九州よりの遠征にも参加していた中の一人だ。道中に、クラッカーズについて煩かった男である。

 

突然のあの事態の時にも近くに居た樫根少尉は、どちらが先に仕掛けたのかを、一部始終見ていた。

だからこその志願。そんな彼だが、先ほどより興奮を隠し切れないでいた。

見られている方からすれば尻を隠したくなるような、熱烈な目でマハディオを見ていた。

 

原因は、武も分かっていた。それは、捜索の道中に風守少佐とマハディオ・バドルが話していた内容にあった。何故かあの年齢不詳の少佐は、マハディオが元クラッカー中隊であることを知っていたのだ。タンガイルで戦線離脱した、と何度も言っているのだが、樫根少尉の耳にはいまいち届いていないようだった。

 

それはともかくとして、隊の方針を決めなければいけない。武は頭を下げて、言った。

 

「まず、最初に謝っておく。自分で言ってもなんだけど………いくらなんでもあれはなかった」

 

「まあな。状況が状況なら拳骨もんだな。それも往復」

 

「時代が時代なら手打ちです」

 

「ああ、否定はできんな」

 

「まあ、そうっすね」

 

王を除いた全員が、武の言葉を肯定した。

分かっていたといはいえ、割と容赦のない回答にやや怯む。

だが武をよそに、橘が黙っていた王に噛み付いた。

 

「………どうしたんですか、王少尉。最近は口数が少なくなってきたようですが」

 

じっと、睨みつけながらの、責めるような言葉だった。対して王は、何でもないと言いながら先に進めてくれ、とだけ言った。

 

「話、聞いてるんですか。本当に?」

 

どこか、上の空な王の様子。それが気に入らないらしい橘は、目を細めて睨みつけた。

武他、その場にいた全員が、二人の間に刺々しい雰囲気が滲み出て来るのを感じていた。

爆発しないのを見ると、どうやら橘少尉が一方的に苛立ちを感じているようだった。それでも何が切っ掛けで爆発するのか分からない。武は、また口論されてはかなわないと、急いで伝えるべきことを口にした。

 

「まずは、この隊の役割について。陸軍のお偉いさんより、直々に承った内容がある」

 

それは、と伝える。目的は先にも顔を合わせた、斯衛の中隊――――といっても半分の6人だが、大半が新人で占められている部隊の援護役となること。

 

「え、護衛っすか。でもなんで義勇軍のお三方がそんな事を?」

 

あまり、背景については深く考えない性質なのだろう。樫根少尉のまっすぐな質問に、武もまた色々とぶっちゃけた。それは、岡山での一件が響いているからだと。

 

仲間を襲った、帝国陸軍の衛士。起爆装置の故障に気づかなかったこと。そして、S-11を積んでいた初芝少佐のこと。間違っても米国や国連軍あたりには知られてはならないことである。だから最前線ではなく、後方に。これ以上、外の戦術機甲部隊に暴れられたくないという思いもあるだろう。

 

臨時とはいえ、義勇軍が戦術機甲連隊の一部を指揮するなど、前代未聞である。慣習や慣例を重視する傾向にある帝国軍にとっては、あまりどころか断じて面白くないことであることは間違いなかった。そういった説明の後、つまりはと樫根は言った。

 

「客にしか過ぎないお前らが、これ以上でしゃばるな。あと、いらんことを吹いて回るなよ、後ろで大人しくしとけ、ってことっすか」

 

「うまくまとめてくれて感謝する、樫根少尉」

 

「あ、自分のことは正吉でいいっすよ」

 

「えっと………ま、いっか。ありがとう正吉。で、まあぶっちゃければそういう事だけど」

 

武は他の4人に顔を向けたが、返ってきたのは呆れたような表情だった。どうしてそんな顔をしているのか、分からないと頭をぽりぽりかきながら、言葉にはせずに、出向してきた面々を見た。

志願者は数人いたらしいが、樫根少尉が選ばれた理由について。選んだのは、四国にいた、初芝少佐の一つ上の上官にあたる人だとという。

 

(………鹿島中尉は、火消し役と監視役)

 

武は、二人がこの隊に入ることになった経緯と、隊の中での裏の役割について、それとなく推測していた。鹿島中尉は、第一に監視役であること。もし万が一に、自分たちがあの岡山の事情をふれ回るようなら、その噂を消すのだろう。おそらく、本人も自覚していると思われた。

 

武は昨日に話したことを思い出していた。与えられた役割について気づかないほど、呑気な性格をしているとも思えない。

 

だが、無理に仲間とも取れる友軍を陥れようとするような面は持ってはいまい。

再出発とも言える隊である。故に武は、最初の作業として全員の意志を確認することにした。

 

「指揮系統について、後で風守少佐と話すことになる。でも恐らくは、こっちの5人は引き続き俺が指揮を取ることになると思うけど………異論とか、ある人いる?」

 

その問いには、5人全員が反応した。答えはノー。異議も異論もないと、首を横に振った。

全員が岡山の防衛戦を見ていた衛士であり、目の前の少年の指揮の腕は知っていたからだ。

だが、その中で一人だけ。異議はありませんが質問がありますと、手を上げる者がいた。

 

「文句はないんですが、一点だけ。九州で戦っていた頃からだそうですけど、バドル中尉が指揮官にならなかったのは何でっすか? 鉄中尉の指揮は、そりゃあ見事でしたけど」

 

おずおずと、それでも確かめたかったのだろう。樫根の質問は、つまりは何故マハディオ・バドルの指揮じゃあ駄目なのか、という点についてだった。タンガイルより数年、実戦を離れてはいたが、実績はあるだろうと。その問いに答えたのは、マハディオだった。

 

「言葉を濁すのも面倒臭いんで、ぶっちゃけるが――――俺より、鉄中尉の方が実戦経験は豊富でな。質量共に、比べもんにならん」

 

質は、作戦の規模と担った役割。量は、その通りの実戦に出た回数。両方が自分より上であり、上官から受けてきた教育としても俺より数段優れている。マハディオの言葉に、王以外の全員が驚きを顕にし、武の方を見た。添えるように、マハディオがフォローする。

 

「ちょっと失言が多くて女心にも疎いやつだがな。衛士としての腕は本当に変態的だ。それに、多くの戦場を見てきてるから突発的な事態に対応できるだけのノウハウは持ってる」

 

武は視線が集まることに気恥ずかしさを感じながら、樫根の方を見た。

 

(樫根少尉は、無自覚な偵察役って所か? いや本当になんも無いかもしれんけど)

 

樫根少尉は、思ったことをすぐに聞く、という性格を利用されたという所か。九州より来た衛士の中の誰かが、口を添えたのかもしれない。問いを変な方向で誤魔化すが、どもってしまえば、鹿島中尉が動くといった所だろう。

 

そして武は、自分が指揮する隊の現状を把握した後、今後も一緒に動くことになるだろう斯衛の中隊について思いを馳せた。先ほどは言葉にはしなかったが、まずはこの異動についての背景を。

 

帝国陸軍に協力する形ではなく、斯衛の護衛的な役割を与えられた理由を考えていた。前提として、マハディオより聞いた、基地の中の斯衛の存在がある。橘少尉より聞いた、帝国陸軍と風守少佐とのやり取りも。

そして自分で観察した、基地の中の斯衛――――瑞鶴が搬入されてきた時の空気と、整備員の表情。

 

それを総合すれば、どうやら帝国陸軍は自分たちに貧乏くじに近い、面倒くさいに分類される仕事を与えたのだと思われる。新人ばかりが集まっているあの隊が、最前線ではなく補給基地に配属される理由は分かっていた。かつてない危地である今、最も重要となる防衛線の一部に実戦経験皆無の衛士を組み込みたくないのは、深く考えなくても分かるもの。

 

だが、実戦に足ると判断された6人のみ。いくら指揮官が優秀で、新人たちも厳しい訓練を耐えてきた精鋭であるとしても、たった6人である。

 

中隊にも満たない中途半端かつ、不安要素が大きい戦力を動かすのは、この基地の司令官としても難しい所だろう。であれば、どこかの部隊と一緒に動かすのが得策である。フォローできる程の腕前を持つ衛士が。

 

だが、斯衛軍という存在は特殊であることを、武はこの一日でそれとなく察していた。特に帝国軍にとって、斯衛軍とは扱いが難しい部隊なのだろう。一緒に戦う、同じ本土防衛軍とはまた違う。かといって、義勇軍や国連軍のような完全に“外”となる部隊とは、また異なる。

 

武家の力は大きい。“白”と“山吹”の瑞鶴ということは、武家出身者以上ということになる。

武家がどれだけ偉いのか、日本を離れて長い武にはいまいち分からなかったが、自身が経験したことより推測を重ねた。

おそらくは、東南アジアで見た無意味に偉そうな衛士と似たような権力を持っているのだろうと。

そして、同時に武は嫌な事件のことを思い出した。赤穂大佐にも話した事件のこと、自分を襲おうとした同性愛者だが、それをけしかけた男がいたのだ。

 

中隊の名誉に嫉妬したらしい、それなりの腕を持っていた衛士の男がいる。襲った男に対しては、奇襲を受けたものの、すんでのところで反撃に成功。グルカの教えに習い、近接格闘で半殺しにした後のことである。わめき言い訳をする男の証言がおかしいと、知ったアルフレードとインファンが動き、情報を収集した結果、黒幕とも言える男が浮上した。

 

一連のことを聞いたターラー教官は、その男を徹底的にボコにしたのだ。

あの時の光景は、鮮烈な光景として記憶に残っている。

 

言い訳をしながら、見下すような物言いと視線を訂正しない男を相手に、ターラー教官は言い逃れできない証拠を並べ立てた。最後には、男が激昂。怒りのままに殴りかかって来たが――――後はお察しの通りである。

 

その後、軍の外部か、恐らくは男の生家であろう地元でかなりの発言力を持っていた所から、言いがかりに近い責任追及を受けた。何の問題もなく、事態は収束できたのだが、もしもの事を考えると背筋が冷たくなるというものだ。

 

(あの時は、後ろ盾があった。擁護する声も………でも、それが無かったら?)

 

考えたくもない結末を迎えていただろう。だが、それが現状である。元帥はいないし、後ろ盾も皆無であるのはこの国に帰ってきた時より変わっていない。基地の衛士の裏事情に詳しかった、クラッカー中隊と他の部隊との間を裏で取り持っていたアルフレードとインファンもいない。

 

とはいえ、それが普通の衛士の常である。むしろあの中隊がおかしかったのだと、義勇軍として動いてきた数年で学べた事は大きかった。中隊で英雄として扱われていた裏側に、どうしようもない現実があった。身一つしかない、今の自分の境遇があたり前なのだ。理不尽な上官の要求に、糞ったれな待遇。だが、得られたものは確かにある。それに、同意を示す声もあった。

 

《物事はコインの如く、表裏にして一体。裏があると疑うからこそ、表を強く認識できる。ひいては全体を捉えることができるってか?》

 

声が揶揄する。だが、それはターラー教官の言葉で、頷かない理由もなかった。見かけの一面に囚われるな、まずは裏があると疑え。思考を止めるな。無責任な判断は部下を殺す。どれも、実戦や訓練の最中に何度も教えられたことである。少し頭が回る軍人であれば、常識だという。

 

だからこそ、何の保証も持っていない衛士が、権力を持っている相手に対して慎重になるのは、分かることだ。

それを命令する方に関しても。軍は決して、正しい理屈だけでは回らない。時には派閥の意志が正当な帰結を曲げる事が、ままあるもの。その上で、武は一つの答えを持っていて。それが顔に出ていた事を察したマハディオが、嬉しそうに言った。

 

「どうした、そんな晴れ晴れとした顔をして」

 

「何でもないって。そっちこそ、万が一の時は頼むぞ」

 

指揮官が先に落ちた時、指揮を引き継ぐ者は必要である。前もって決めておくべきことで、隊の人員が変わる度に行うことがある。話し合いや相談の末にそれらが決定されたその時だった。

 

扉に鳴ったノックの音に全員が意識をそちらに向ける。応対したのは樫根だ。そして来客者は、告げた。風守少佐から、隊長である鉄大和中尉のみに、部屋に来て欲しいとのこと。

 

新たなパリカリ中隊の6人は顔を見合わせる。

 

沈黙の中、樫根が言った。

 

「………“てめえちょっと屋上に来い”って意味ですよね、きっと」

 

ぼそりと、呟く声。武はそんな事は無いと思いたいと顔をひきつらせたが、十分に考えられる理由でもあることは分かっていた。帝国軍の中でも、特に斯衛軍に所属する人間はプライドが高いというのは、さんざんに聞いた話である。

 

そうでなくても実戦を経験した衛士である。自分を舐めた相手など“表に出ろやコラ”、と告げて、後は実力行使に出るなど割りとあるもの。ましてや階級が上の相手に対して、あの言葉である。だが、行かない訳にもいかないだろうなと、武は覚悟を決めて立ち上がった。

立ち上がり、待機を命じて外の扉に。出ようとする武の背中に、マハディオが呼びかけた。

武は振り返り、マハディオの顔を見て怪訝な表情をした。

 

「なに、その………変な顔してるけど、何か忠告とか?」

 

「………いや、なんでもないさ。きっとな」

 

武はマハディオの煮え切らない態度を不思議に思いながら、まあいいかと言い残し、呼び出された部屋へと急いで向かった。やや早足で歩く案内者に、されるがままに進んで部屋の前に。

 

なんでも二人だけで話がしたいとのことで、案内をした者が去っていくのを確認した後、武は部屋の入口のドアをノックした。入れ、という声を聞いた後、武は緊張しながら部屋に入った。

 

そこには、椅子から立ち上がっていた風守少佐の姿があった。先ほど、瑞鶴について話をした篁少尉と同じ、ひと目みて綺麗だと思える黒い髪が肩まで伸びていた。

 

顔は、童顔と言われる部類に入っている。武は目の前の人物が30歳を越えているなど、聞いた今でも信じられないものがあった。

 

身長は、数年前に最後に会ったタリサより少し上ぐらいか。背丈と容姿があいまって、20歳ぐらいだと紹介されれば疑いなく頷けるだろう。

 

だが、全身からにじみ出る貫禄というか、威圧感は20やそこらの女性には出せないものがあった。

強いて言えばターラー教官に似た。真正面から見据える眼光の中には、一つ芯が通った女性特有の色が感じられた。

 

(とはいっても、やや見下ろす形なんだけど)

 

ターラー教官はそれなりに背が高く、見上げる形になっていた。武はなんとも表現し難い違和感の中、まずは最初に謝罪をした。先ほどは申し訳ありませんと、頭を下げる。

 

そうして、顔を上げて今一度見た風守少佐の顔は、何かを耐えるようなものであった。

 

「あ、あの………凄く怒ってるようですが」

 

武は言いながらも、自分の言葉が間抜けなものであると思った。そりゃ怒ってるだろうと。もしかしたら、許さないからそこに直れ、とか言われるかもしれない。だが、少佐は何もいわず、ため息を吐いたあとに武に告げた。

 

「………二度目はない。無意味に騒動を起こすのは愚行である。だが、部下の手前もある。士気にも関わる問題ということは分かるな」

 

「はい、それはもう」

 

武は頷き、ごもっともですと言った。確かに、ああ言われた手前、威厳を保たなければならない隊長が怒らない訳にはいかない。義勇軍に舐められてそのまま怒らず、流すような隊長に命を預けたいと思う部下はいないだろう。ましてや抱えているのは“ど”がつく程の新人である。頼りない上官に自分の命を握られているなど、いざという時に恐慌を起こす原因としては十分である。

 

「では、改めて自己紹介を。この隊を預かることになった、風守光だ。階級は少佐である」

 

「光州作戦の後より、パリカリ中隊を指揮してきました、鉄大和であります。階級は、中尉です」

 

互いに敬礼を返す。そして武は、風守という名前を聞いて、問い返した。

 

「あの、失礼ですが斑鳩大佐が言われていた方ですか?」

 

「そうだ………と、中尉は知らないか。昔より、風守家は斑鳩家の御側役を務めていてな」

 

武は頷きながら、疑問を抱いた。じゃあなんでこの時に傍を離れて、と。だが、他国の軍の事情を面と向かって深く追求するのは、マナー違反でもある。その上、流石に先ほどの今である。武は自重し、それ以上問いかけることはしなかった。

 

「それで、斑鳩大佐はなんと?」

 

「はぐらかし方が下手とか、なんとか。あと、自分の顔を見ていると毒気が抜かれると」

 

「若………いったいどこまで知って………?」

 

「え………どこまで、とは?」

 

偽りの名前、と言われた。それを知っている日本人は少ないはず。もしかしたら、自分の背景について察知されているのかもしれない。武は慎重に、薄氷を渡るように問いかける言葉を発したが、目の前の女性は聞いていないようだった。このままではまずい。そう思った武は、この部屋に呼んだ目的について問いかけた。

 

「あ、ああ、そうだな。目的は、今後の隊の方針についてだ」

 

面倒な建前も、牽制も装飾も無しに行こう。そう前置きして、光は言った。

 

「そちらにも情報は行っていると思うが、私以外の5人は教練も中途に送り込まれた、繰り上がりでの任官だ。機体に乗って、まだ4ヶ月と少しになる」

 

「はい。事前にその辺りの事情は、帝国軍より知らされています。しかし、四ヶ月ですか」

 

「そうだな。光州作戦、そして防衛戦を戦い抜いた貴官にとっては、まだまだ半人前になる」

 

正直な、だが探るような問いかけ。武はその意図を察した上で、言った。

 

「よくある話です。昔ではありますが、自分もそうでしたから」

 

「……そう、なのか」

 

「はい。だからといって、使い捨てていい理由には―――人を死なせていい理由には、なりませんが」

 

多くはないが、それなりに実戦を経験した衛士には、技量が低い相手をぞんざいに扱う傾向がある。武も、色々と経験してきた。子供だからと侮るのはまだマシな部類である。時には、アンダマンを卒業したての衛士を見て、嫌な顔を隠そうともしない人間もいた。足手まといが増えたなと皮肉を浴びせかけ、俺の邪魔だけはするなよ、なんて告げる衛士も居た。彼らの多くは、“どうせ8分で大半が死ぬのだから”という思いを根底に持っていた。死ぬんだから、外面を取り繕うこともないと。

 

武はグエンから、そんな衛士について聞いたことがあった。自分に自信がなく、余裕の無い衛士ほど無駄に敵意をばら撒くものだと。

 

「細かい所は置いときましょう。帝国軍内部での、繊細な事情に関わるつもりはありません」

 

そして武は、こちらも装飾なく言いますが、と前置いて告げた。

 

「ただの先任の衛士として。実戦を知る者としての義務を果たします。自分たちは、新人5人を含めた、少佐の隊を全力でフォローするつもりです」

 

後のことなどどうでもいい。ただ、かつての自分のように、まだ実戦を知らない衛士を8分で散らせないようフォローに入ると武は言った。それを聞いた光は、視線を合わせたまま問いかけた。

 

「こちらにも、岡山での一件について、それなりの情報は入ってきている。だが―――」

 

「戦場で裏切られるかもしれない。それは、覚悟の上と答えます」

 

断言した。その時はどうとでもすると、武は告げる。いざ後ろから撃たれれば、隊員を守るために撃ち返すことを宣言した。

 

「だって、BETAは強いから。背中を気にしながらで、勝てる相手ではありません。味方の下らない疑念など重しにしかならないのなら、いっその事忘れます」

 

前後を警戒し、注意力散漫になった結果、負けるようなことになれば悔やんでも悔やみきれない。碓氷風花と、赤穂大佐に誓った果たすべきことを武は曲げるつもりはなかった。

 

逃げるのではなく、ただ前へ。後背に寄りかかることはしないが、無駄に疑うこともしない。実際の所、武も自分は腹芸が苦手であることは知っていた。物事について考えることで、相手の意図を推測することはできるが、対処方法を練り上げるのには向いていないことは痛感していた。

 

自分の不器用さを分かっているからこその、最善とおもわれる方法が開き直りだった。

 

「いざとなれば手を汚すことも厭わない。私を前に、そう告げるか」

 

「誰が相手でも関係ありませんよ。敗戦は、それなりに経験しています。それによって失われるものも。だからこそ“どちら”を殺すのか………その選択を間違えるつもりはないです」

 

裏切り者を殺すのか。あるいは、自分の隊の仲間と多くの民間人を殺すのか。選択肢が出た時には迷わないという、それは宣告でもあった。

 

敗戦を経験したということは、守れなかった民間人も居るということ。すなわち、守れず“殺して”しまったのだ。自分の手は汚れていると自覚しているからこその言葉だった。だからこそ、自分が生き残るために。それは自らの正統を信じているからこそ出る言葉だった。自分が生き延びれば、多くの人間のためになると。それは傲慢でもある発言だ。

 

だが、と光は思う。技量と信条を持っていない人間には、逆立ちをしても出てこない言葉である。ましてや、死が遠いと信じ込んでいる銃後の人間ならば思い浮かびもしない類の。光はそれらすべてを認識した上で、問うた。

 

「………それを、私に伝えたのは、忠告というだけではないな」

 

「はい。出来れば、共同歩調で進めて行きたいです。どうしても片方だけでは無理がありますから。そのために必要なことが――――」

 

「互いの“出来ること”を一刻も早く把握しておきたい。一つの隊として動く以上、出来ること出来ないことを、共通の認識として持っておきたい………こういう事か」

 

「話が早くて助かります。いつだって時間は有限ですから」

 

「………そうだな。時間が経つのは、本当に早い」

 

「はい、本当に」

 

武は目の前の上官が少なくとも無能でないことに喜び、満足気な表情を浮かべた。前もって篁少尉達から事前の情報を得ていたので少なくとも心ない指揮官ではないと分かっていたが、これは思っていた以上だと。

 

(戦術機を相棒、そして着任の挨拶に、だったよな)

 

実戦における戦術機の重要性を骨身にしみる程に理解していなければ、出ない言葉である。武はそれを聞いた後に、自分も今一度報告しようと思った程だ。だが、その上官の顔は晴れないようだった。どこか暗く、何かを言いたげにしている。

 

「あの、大丈夫ですか? もしかしたら、体調が悪いとか………」

 

「いや、なんでもない。体調に関しても、問題はないさ。自己管理は軍人としての基本だからな」

 

それよりも、と告げた。

 

「既にシミュレーターの予約は取っている。時間については、分かり次第すぐに連絡しよう」

 

「了解です!」

 

事前に動いていた証拠である。武は嬉しげに敬礼を返した。光はじっと、その様子を見た後にまたため息をついた。何かを振り切るように、目を閉じた。武はそんな様子を不思議に思いながら、互いの乗機について説明を始めた。

 

自分と鹿島中尉は、F-15J《陽炎》。マハディオと王は、F-18《ホーネット》。橘少尉と樫根少尉はF-4J《撃震》。

 

「第二世代機が4機に、1.5世代機が2機か。技量に関しても、撃震の二人は他の4人に比べやや低いと聞いていたが」

 

「スペック差はありますが、戦いようはいくらでもあります。そのために全体の機体を把握しておきたいのですが………」

 

見たところ、瑞鶴が5機。問題は、光の機体に関してだ。

武が言いにくそうにしていた所、その様子を察した光が問うた。

 

「ひょっとして、中尉はあの機体が何か知っているのか?」

 

「………試製98式戦術機。仮称《武御雷》であると思われます。まさか、完成しているとは思いませんでしたが」

 

試作機の段階で、色々とテスト中ではある。だがまさか正答が返ってくるとは思わなかった光は、驚きを隠せなかった。

 

「立場上、情報源はと問いたいのだが」

 

「名前だけなら結構な人が知ってますよ。だから、特に珍しいことでは、その」

 

武の様子を見た光は「嘘をついているな」と内心で呟いていた。確かに未完成の機体だろう。とても量産できるような体制ではないのが現実だ。そんな中で、自分がこの試作にしか過ぎない機体を使うようになった背景は色々とある。だが一番の理由として、五摂家の方々が使う前に、不具合が出るかどうかを試すというものがあった。

 

まさか、実戦でのテストが皆無である状態で使わせるわけにもいかないというのが、本音だろうが。

 

「性能に関しては明日の訓練で分かるだろう。あとは瑞鶴だが………」

 

と、光は思い出したように問いかけた。

 

「篁少尉と瑞鶴について話し込んでいたようだが、中尉はあの機体を知っているのか?」

 

「はい。少尉が相棒足る機体に挨拶をした後に」

 

少し時間を置いて、機体について語られたと武は答えた。

 

「その、以前より色々と聞いていた機体………一度は見ておきたかったんです」

 

武は先ほど篁少尉より説明を受けた内容を交え、機体の特徴を並べていった。瑞鶴は、F-4を元とした日本の改修機である。F-4の改修機としては最も後期に開発された、斯衛軍専用の機体である。開発の経緯について、武は父より教えられたことと、篁少尉から説明を受けたことを混ぜて、話した。

 

運用試験の長期化に繋がる、駆動系の改修は行わないことを前提として、機体重量を軽減し、主機出力を向上させることによって、戦術機の重要な能力となる運動性と機動性を高めようという試みがあったこと。その他、新型光線照射警報装置を搭載する等、衛士の生存性向上を主眼の一つとして開発された機体であること。

 

出力向上による稼働時間の減少も、国内における防衛任務を主として戦闘する斯衛だからと、さして問題視されなかったという。

 

「日米合同演習のことも聞きました。相手のF-15C、それもベテランの衛士が乗っていたってのに、瑞鶴で一勝したってのは本当に凄いと思いますよ」

 

偉業ですと。武はそう言いながら、開発のチームとして参加していた、父影行より聞いた裏の事情について考えていた。当時の米国は最新鋭の第二世代機を、つまりはF-15を日本に売り込むつもりであったという。だが、帝国の兵器産業に携わる人間からすれば、認められるはずがないものである。

 

しかし、まだBETAが欧州で暴れている時代でもあった。次は日本かもしれないという懸念を、無視できるはずもない。時間を掛ければ、自国でも高性能の戦術機を開発できるだろう。だが、もしBETAが日本に侵攻して来た時に間に合わなければという意見も少なくなかった。

 

そんな情勢での、帝国軍次期主力戦術機と、1984年に開発されたばかりとなる世界初の第二世代戦術機、F-15Cとの模擬戦闘だ。日本対米国、両国の戦術機開発関係者の代理戦闘になるということは、誰しもが理解していたという。勝てば燦然と輝き、負ければ地に落ちてなくなる。すなわち、負ければ戦術機開発のほとんどが、米国頼りになるということ。

 

そんな勝負の初戦を制したのは、誰もが予想しなかった帝国斯衛軍が駆る2機の瑞鶴だったという。

その後の戦闘も、勝つことはできなかったが、十分に日本の戦術機の未来を明るくさせるような内容だったらしい。

 

「中尉は、初戦の経緯についても?」

 

「篁少尉が。それはもう、嬉しげに語ってくれましたから………衛士も機体も、見事としか言い様がありません」

 

以前に聞いたので知ってましたけど、とは武は言わなかった。しかし、結論は変わらない。瑞鶴とF-15C、性能差でいえば後者の方が明らかに優れているのは、戦術機の内実を知る者であれば誰でも知っていることだ。それを、当時直接に戦っていた瑞鶴の衛士が実感しないはずがない。

 

だが、巌谷榮二という男はそれをひっくり返したのだ。己を知り、相手を知った上での選択。弱点さえも利用しつくして、生み“出させた”敵側の心理の死角をつくことにすべてを賭けたという。人間相手の戦術であり、BETAを相手にした時には到底通用しない戦術であるという否定の声も上がっていたらしいが、武はそうは思わなかった。

 

戦闘において、衛士は利用できる要素は全て活かすべきである。巌谷榮二という人は、窮地にあっても諦めず、衛士としての本懐を、勝利のために全力を尽くしたのだ。

その全力に機体がついてきたからこそ、針の穴を通すような確率をモノに出来た。

 

「どれが欠けても、無理だったと。誰が相手でも、関係ない。衛士の想いに応えてくれるのが、良い機体の条件であると思っています」

 

武はそう答えた時の、篁少尉の顔を思い出した。なんというか、凄く泣きそうな顔で。落ち着くまでに、少々の時間を要したのだが、あの場面を見られればまずかったかもしれないとも思っていた。

 

「………そうだな。良い機体だ。私も、そう思うよ」

 

「はい。純然たる性能差はあったでしょうが、それでも開発が続いた意味は大きいです。何より陽炎が開発されていなければ、自分はきっと死んでいましたから」

 

武は心の底から思っていた。国産の改修機であるF-15Jがなければ、マンダレーハイヴを攻略することは出来なかっただろうと。この先のことについても、そうだ。もしも日本が自国で戦術機を開発せず、アメリカに頼りきりになれば。そうなれば、第四計画にも著しい影響が出ていたことであろう。第五計画を主導しているのは、米国。

 

いざとなれば、どのような手段にでも出るのが、米国という国の怖さである。

その上で、戦術機の供給を抑えられるということは、心臓を抑えられているということに等しい。

 

「自分だけではなく、これからの世界の未来を切り開いてくれた根源。自分は、そう信じています」

 

第五計画は、絶対に阻止するべきである。理屈ではなく、武はそう信じていた。

だからこそ、瑞鶴が開発され、勝利したことは何より大きいことであると疑うことなく結論付けていた。

 

大げさだな、と光は苦笑した。

 

「瑞鶴とF-15J。肩を並べて戦うのは皮肉ともいえるべきものだが………これからは、よろしく頼むぞ」

 

「こちらこそ。武御雷も、一度直に見てみたかった機体ですから」

 

「そう、か?」

 

光は何か引っかかるものを感じつつも、それを言葉に出来なかった。

そうしている内に、武は時計を見ながら言った。

 

「ええ。と、そろそろ時間ですね。基地の司令にも呼ばれていますので」

 

あの言葉は本当にすみませんでしたと、武が。対する光は、苦笑を返しながら答えた。

 

「昔に………貴官と同じように、初対面でな。ある男に、全く同じ言葉を言われたことがあるよ。異なるのは、すぐに謝りに来たという点だ。だから、さほど怒るような事でもない」

 

名目上、次は許さないが。

冗談のように睨みつける光に対し、武はもう一度謝り、そして敬礼を返した。

 

そのまま、立ち上がる二人。光は退室しようとする武を、扉を開ける、もう自分よりも大きくなった背中を視界に収めた。そして、それに向けて言葉をかけた。

 

 

「―――――鉄中尉。貴官は今、幸せか?」

 

 

その言葉にこめられたものはいかほどのものであろうか。武は少し様子が違う声色に反応したが、意図が分かりかねるとして尋ね返した。

 

「は、それはどういう意味でのことでしょうか」

 

「い………や、すまん。妄言だったな、忘れてくれ」

 

どこか辛そうな口調での問いだった。寂しいのか、否、これは後悔か。あやふやながらもこめられた感情の深さを察した武は、一瞬だけ言葉につまったが、自分なりの答えを告げた。

 

「どうでしょう。辛いも苦しいもありますが、それだけではありませんでした。あとは、頼れる仲間も居ます。知り合えた人も、まあ色々と大勢が」

 

「志願兵、ということか。戦歴も長そうだが………」

 

「はい。詳細は言えませんが、状況に選ばれ続けた、とだけは」

 

しかしと、言う。

 

「自分は今、望んでここに立っています。それだけは、間違いありません」

 

「――――そうか」

 

それ以上に、交わすべき言葉もなかった。退室し、部屋の中で一人になった風守光。彼女はゆっくりと深呼吸をしながら、自分の胸を押さえた。その中に、今も存在し続ける名前を呟いた。

 

「影行さん………どうして、でも………」

 

そうして扉の入り口を。向こうに去っていった少年を思い出しながら、言った。鉄大和。確証はない、理屈でもないが、どうしてか間違いないと断言できた。できつつも、漏れ出るのは自分に対する嘲笑。今の言葉も、残ることを選択しなかった自分がどの顔で言うのか。だが、恥じながらも風守光には、ただ一つの確信できるものがあった。

 

15年も前に別れた。生まれて間もない頃、両手に収まるほど小さかった背中がそこにあった。

失われず、今もこの世に存在していた。この15年間、せめて健やかに生きていてと、祈ることしか出来なかった、最愛の人との間に授かった、忘れたことなど一秒とてない。辛い境遇にあるのだろう。言動だけで、尋常ではない修羅場を駆け抜けてきたことが分かるほどだから。

 

だけど、生きていた。こうして言葉を交わすことができたのだ。

 

自覚してからはもう、光は我慢出来なかった。両目から涙が溢れ出るのを感じながら、自分の胸を抱きしめるようにして呟いた。その手は、小刻みに震わせて。

 

 

「た、ける…………死んで、なかっ…………生きて………っ、生きてくれた………………!」

 

誰の耳にも届かないように、小さく漏れでた。

 

死んだかもしれないと、先日に少女に聞かされた時よりずっと頭と胸の奥底にこびり付いていた絶望の塊を吐き出すように。

 

 

誰にも聞かれてはならない、形になる以前となる歓喜の言葉の欠片は、基地の壁にさえ届くことなく虚空にばら撒かれて消えた。

 

 

 

 


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