Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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14話 : 動乱

男は、車の中から窓の外を。流れていく風景を眺めながら、ひとつため息をついていた。見えるのは、懐かしい四条の通りだ。子供の頃の記憶だが、ここは人通りが多く、いつも観光客で賑わっていたように覚えていた。そしてつい最近までは人に溢れていたという場所だ。が、今はまるでそれが嘘であったかのようだった。たまに見かける通行人もその表情は暗く、俯いたまま何かから逃げるようにして歩道の向こうに消えていった。

 

空は、曇りである。雨雲ではなく、道に並ぶ木々を見るに風も吹いていない。空前の規模であった台風が過ぎ去った証拠だ。男は、それでも人の心が晴れていないということを思い知らされていた。

 

「………無理もないでしょうね。戦いはまだ始まったばかり。実質は、何も終ってはいないに等しいですから」

 

車を運転していた女性が、忌々しいという態度を隠さずに吐き捨てた。窓の外を見ながらため息をつく男と同じで、外の光景に同じ感想を抱いていたのだった。かといって、脇見運転をしているわけではない。ただ訓練で鍛えられた動体視力を持つが故に見えてしまっていたのだ。

 

台風ではなく、もっと恐ろしい。暴虐という名前の嵐に怯える民間人を。

 

「………ああ、そして民間人も本能で察知しているのだろうな。もうここには居られない。残れば死ぬしかないことを」

 

「紫藤大尉………」

 

紫藤樹大尉。国連軍の軍服を身にまとった男は、運転する女性―――碓氷沙雪に注意を促した。

 

「よそ見はしないでくれ碓氷中尉。戦いの中であればともかく、車の中で最後を迎えるのは流石に勘弁願いたい。貴方も、そう思うでしょう――――鎧衣課長」

 

言葉を向けた先。夏というのに厚着をしている変人は、頷きながら言葉を返した。

 

「その通りだ。もっとも、このような時に信号を守らない者が居るとは思えないがね。………例外として居るなれば、そう、例えば右前方にいる某国の諜報員が運転する車などが――――」

 

「えっ!?」

 

「という事態が起きてもおかしくないのが今の京都だ。こちらからも宜しく頼むよ碓氷沙雪中尉殿」

 

「くっ、いつもいつも貴方は………っ!」

 

からわれた事に気づいた沙雪が、バックミラー越しに左近を睨んだ。そのまま、口論へと発展していった。傍らにいる樹は、共に行動をするようになって何度か見た光景を前に、またかと呆れていた。

 

一人は言葉を叩きつけて、もう一人は怖い怖いと両手を上げて降参しているだけなので、争いと言い難いものがあるのだが口論には違いなかった。だが樹は見慣れたそれに、いい加減付き合っていられないと窓の外に意識を割いた。

 

車の後ろへと、流れていく町並み―――懐かしい故郷の道を眺めながら昔のことを思い出していた。

無駄に大きい実家。庭師の爺さん。息苦しさしか感じなかった食卓。その中で樹は母の事も思い出していたが、そっと蓋をして閉じた。思い出せば歯止めが緩む、それが分かっていたからだ。

ここ数年で、それを切り替えるような冷静さは持つことができるようになった。

故に樹は、別のことを考えていた。外の風景から思い出される過去は多々あるが、何よりも分岐点となった場所があったことをだ。

 

その場所とは、斯衛の中でも衛士としての適正が高い者だけが通うことを許される訓練学校である。

撃震を練習機として、グラウンドの上で素振りをさせられたのはもう何年も前のことだった。

 

教官の教えを必死に守り、衛士として帝国のために戦うことを信じて疑っていなかった自分が居た。

だけど、果たしてあの時自分は、今のこの境遇を予想できていただろうか。樹はそんな事を思い、らしくないなと自嘲を零した。昔を振り返って感傷に浸るなどと、どこの年寄りの自慢であるかと自分を嗤った。

 

「………ん?」

 

樹はふと視線を感じ、気配の元を向いた。見れば、前面のミラーには碓氷中尉が見えた。

横にいる鎧衣課長も、じっと自分の顔を見ていた。

何が言いたいのか、それよりも何故そんなに感嘆した風になっている。そんな視線だけの問いに、答えたのは鎧衣だった。

 

「思い出に浸る、今をときめく紫藤樹大尉………ふむ、写真にすれば男性衛士を相手に一財産は築けたかもしれないですな。カメラがないのが悔やまれる」

 

「貴方は何を………中尉も、何故に頷いている!?」

 

「す、すみません大尉!」

 

沙雪が、慌てたように謝った。一方で、鎧衣左近は何かを思いついたかのように会話を続けた。

 

「ふむ、横浜にいる息子相手のお土産とするのもいいな。ということでこの後ちょっとどうかね、紫藤大尉」

 

「………言葉を濁す所がなんともいえず不快ですが、これだけは聞いておきたい。貴方の子供は確か娘だと聞いていたのですが」

 

「うむ? ああ、息子――――のような娘だと私は思っているがね」

 

じゃあおかしいでしょう、と樹は言う。だけどおかしくないのでは、と沙雪は思っていた。男の写真を、娘のお土産に。不純であり不埒でもあるが、性的には正しいのである。それに気づいた紫藤が、はっとなった。そしてまた表情を崩していない鎧衣をギロリと睨んだ。なんともいえない、混沌とした空気が場を満たしていった。しかし、それも数秒の間だ。樹は深呼吸の後のため息の音を車中に響かせ、視線を窓の外に戻しながら呟いた。

 

「また、迂遠なことを」

 

「ふむ、一体何のことだか分からないが」

 

「………ここから生きて帰るのが最上の目的。そして下手に緊張しすぎるな、という所ですか」

 

はっとなった碓氷。鎧衣は答えず、何のことですかなとトボけた態度を見せる。

樹は変わらない左近の様子に、今度は自嘲のため息をついた。

 

「………そうですね。自分は何故か、斯衛から大層嫌われているようですから」

 

 

東南アジアより帰国して間もなくだった。国連軍に入隊し、横浜基地に配属されてからしばらくしてからのこと。実家である紫藤家を仲介役として、斯衛軍の衛士に訓練をと要請があって出向いた後だった。年若い衛士に訓練をつけ、そして位が上である衛士との模擬戦を繰り返して、忠言をして。

 

横浜基地に帰った後に知ったことだが、何をどうしてか、自分が―――“斯衛が死ぬべきだ”と発言したのだという噂が広まっていた。最初は何かの冗談だと思ったが、入ってくる情報を分析するにそうとしか思えなくなっていた。

 

何がどうしてそうなったのだろうか。恐らくは何かの間違いだと思うが、訂正しようにも、自分は横浜に残っているのにできるはずがない。確証はないが、無責任な伝言ゲームは加速度的に広まっていったらしい。今では顔を見られただけで決闘を挑まれるのではないかと、樹の頭にはそんな冗談まで浮かんでいた。噂がどうしてか、上の方にまで広まっているのもある。そして総じて斯衛の軍人はプライドが高いのである。

 

「貶めるような発言か。そのようなこと、した覚えはないと聞いているが………」

 

「求められた言葉の一つが誤解されたか、あるいは曲解されたか。どちらにせよ、そのような発言をした覚えはありませんよ」

 

堪える、と。樹は元より、斯衛に帰るつもりはなかった。今の国連軍こそ、入るべきだと考えていた。それでも古巣に、仕えるべきであった人間が多く存在する軍から蛇蝎の如く嫌われては、心にくるものがあった。そんな場所に赴くのだから、正気ではない。今は自分にしかできないであろう役割と目的があっても、である。

 

複雑な思いをよそに、車は横浜の要人より遣わされた橋渡し役である二人を乗せたまま、権威の中枢が集まる場所へと走っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

京都の中央。霊験あらたかという言葉さえも使われそうな空間の中にその部屋はあった。立て付けなど何処へやら、というあまりにも整った襖の奥の広間。そこには、五摂家の有力者が集まっていた。

 

「参上しました。国連太平洋方面第11軍、横浜基地所属の紫藤樹と申します」

 

「………紫藤家の次男か。まさか、横浜の鬼才からの使いが其方だとは思わなかったぞ」

 

政威大将軍、崇宰征充の言葉。樹はそれを拝聴しながら、自分に向けられる重圧を感じ取っていた。流石と言っていいのか、道中の警備の者からは感じ取れた、あからさまな敵意を向ける人物はいなかった。摂家にしても同じく。だが護衛の中には抑えきれない者がいるようで、それとなく察知した樹は居心地の悪さを実感していた。

 

何より、眼前に並ぶ人物が錚々たる面々であるのだ。

 

―――五摂家。

 

かの大政奉還の際に当時の元帥府を設置した、煌武院、斑鳩、斉御司、九條、崇宰の五大武家を指す言葉だ。いずれも、次代の政威大将軍になれる格を持つものばかりである。

全員が相応しい出立ちをしており、名に恥じぬという意志を持っていない人物などいないように見える。そして傍らには、“赤”を。五摂家の“青”のひとつ下である位の、譜代武家の中でも五摂家に近い力を持つ家色の服を着ている者がいた。

 

敵意を抑えきれない者がいるとはいったが、いずれも佇まいに隙がなく、年若くして堂に入っている者ばかり。

技量その他に多少の優劣はあるだろうが、誰もが一流と言って良いほどの技量を持っていることが見て取れた。

 

正しく、日本の“血”の頂点が集まる場所。樹はそれを認識すると、肩が重くなったように感じた。比喩ではなく、のしかかるものはあるのだろう。なにせ建物然り、人物然りと、千年を越える歴史の重圧が形になっているのだ。黙すればそのまま呑まれてしまいそうな雰囲気であり、軍に入りたての新人であれば一も二もなく、頭を垂れていたことだろう。

 

だけど紫藤樹は、平伏しなかった。ただ使命をと、かねてよりの目的を果たした。

 

「これを………」

 

使者に手紙を渡す。香月夕呼から預かったもので、内容が何であるか樹は知らされていないが、今後のことで必要になるということだけは聞かされていた。

それは疑いないもののようだった。手紙を開いた大将軍が頷き、樹の方を見る。

 

「確かに、受け取った」

 

それはまるで、周囲に確認を取るかのような。周囲には、次代の家を治めるであろう人間が集まっていることを考えると、今のやり取りに何らかの意図があったのだろう。

樹はふと、それとなく摂家の人間を観察した。

 

崇宰は、碓氷沙雪の水色の髪をより深くした、青い髪の女性が。名前は、確か崇宰恭子といったか。静かな佇まいの中にも、確かな芯が感じられるような。傍付のものはいかにも斯衛らしい硬さを持っているように見える。だけど、どこか危うい。強く叩けば割れそうな、斯衛特有の弱さを持っているような雰囲気が感じられた。分家である篁家は国内でも有名だ。現当主が、斯衛の専用機である国内初の改修機、瑞鶴を完成させたことで。

 

斉御司は、長身にして見事な体躯を持つ偉丈夫が。いかにも武人らしいその目は、触れずとも斬られそうな鋭さを持っていた。だが目を閉じてしっかと座る様は堂々たるもの。決して粗野には見えず、一つの形として完成されているようだった。どこか、折れず曲がらずという鎌倉刀という言葉を連想させられるような。それが斉御司宗達(さいおんじそうたつ)という武士の名前だった。

 

傍らにいる赤の服を着た護衛は、たおやかという言葉が似合う垂れ目の女性だ。

一見して柔らかな花を思わせる雰囲気を纏っているせいか、どっちが守られる側なのか判断がつかないぐらいちぐはぐな主従だ。

 

九條は、見るからにして勝気そうな赤い髪の女性だ。無駄に自信に溢れているように見えて、その実力は確かなものなのだろう。

“九條の烈火”は、“斑鳩の天才”と並んで実力派と噂されている衛士だ。兄が死んだことにより、当主となったと聞いている。だけどその実力に疑いをもつ者はいない。

模擬戦といえども一度戦った衛士は、彼女の名前――――九條炯子(くじょうけいこ)の名前を聞く度に震えるらしい。

 

従者である茶髪の男性、どこかアルフレードを思わせるような優男も一見して隙が全くない。側役の中で最も腕が立つ、それが樹の見解だ。主従の連携による攻勢は斯衛の精鋭の中でも抜群で、本土防衛軍の中隊がたった2機に翻弄されたということは樹の耳にも入っている。

 

そして、斑鳩。当主の斑鳩崇継は成る程、噂以下ではあり得ないと断言できる人物だった。穏やかな表情を浮かべながら、纏う雰囲気も緩やかだが、超然とした様子はすでに上に立つもののそれだ。

底が知れないというのは、こういう人物を指して言うのだろう。先の三家とは明らかに違うということが分かる。樹は自然と理解できていた。実戦を経験したことがないというのに、斯衛軍の第16大隊の指揮官として認められている理由を。それも、九・六作戦で実戦を経験した衛士を認めさせているからして、その才気が伺えようというものだ。

積み重ねた年代の気迫を纏う政威大将軍、崇宰征充と並べても遜色がないという時点でその異様さが伺える。有力な武家との繋がりも多く、あの真壁家を従えているのだからしてその力は知れようというもの。だが傍らには真壁の者はいない。彼女が、集まっている者達の中で最も小柄な女性だった。

 

風守光少佐と。そしてその名前は、大陸でも耳にしたことがあった。かの紅蓮大三郎と並び、九・六作戦で活躍したという衛士であるらしい。大陸で共闘したことがある統一中華戦線の衛士からも、話だけには聞いていた。斯衛の訓練学校の講師として活動していることも知られている。

が、どこか様子がおかしい。何故か、自分の方をちらちらと見ているのだ。敵意があるようには見えないので、余計に理解できなかった。

そして同時に、何か。その顔というか雰囲気を感じ取った樹は、誰かを思い出しそうになっていた。

喉元まででかかっているような。しかし出ずに、後で考えるかと諦めた。

 

最後に、煌武院。煌武院悠陽(こうぶいんゆうひ)と、その傍らにいる月詠真耶(つくよみまや)は、紫藤の家の関係から、何度か言葉を交わしたことがある相手だった。

御年15歳。他家の4人より若いのに、最も油断がならない斑鳩崇継に次ぐものを有しているように見える。昔と変わらず、いやそれ以上の年に似合わぬ風格を身につけていた。

 

それは斑鳩崇継とはまた違った方向での、上に立つ者の雰囲気を纏っていると言えるぐらいのものだ。昔はもっと焦っていたように思えた。とはいっても、彼女がまだ10にも満たない頃のこと。

常に自分を律しているかのような、常に誰かを意識しているような、義務と責務を担うことに疑いを持っていないような。実戦で戦友を亡くした衛士と同じく、背負うことの意味を知ったような感じであった。きっとあれからも背負い続けていたのだろう。成長し、負荷を糧として見事な武家の人間としてそこに太陽の如く存在している。

 

側役の月詠真耶は、従姉妹である月詠真那と並び一時期訓練学校で噂になった衛士だ。

若く、まだ実戦を経験していないだろうことが分かるが、それでも彼女が初陣で気後れすることはないだろう。それだけの覚悟を持っていることが佇まいからも分かる。

 

誰もが一筋縄ではいかない、才能と強い意志を持っている人間だ。樹はそう締めくくったが、真正面から来る視線に気づき、それに自らの視線をあわせた。そこで樹がはじめに感じたのは、苛烈な火を思わせる眼光だった。しかし飲み干し、静かに見返すと将軍は笑った。

 

「流石と言っておこうか。で、観察はすんだか若造」

 

「はい。見本となるべき方々を間近に目にでき、光栄であります」

 

「よく言ったもんだ」

 

呆れ、笑い――――しかし笑える状況ではないと、間もなくして戦況が説明された。

語られた内容は、先の戦闘の損耗についてだった。

日の本と呼ばれ初めて以来、最大の危機が訪れてからの戦況が五摂家の一人から説明される。

 

語り部は、崇宰恭子。樹が持っている情報は少なく、彼女が衛士としての高い適正があり、いずれは前線に立って戦う指揮官として期待されているということしかしらない。

樹は先日に上司―――香月夕呼から聞かされたことを思い出していた。

 

瑞鶴と同じ、斯衛専用の戦術機が完成目前ということ。それを担う摂家の人間が、戦場に出るだろうということ。周囲も望んでいることだ。年若い者も同じく、武家の頂点とも言える摂家の面々も同じく衛士として立つことを願われているらしい。

そんな彼女が説明したのは、事の始まりから。侵攻が始まった、つい一週間も前のことからだ。

まずそこで、樹は認識をした。

 

(たった、一週間。それだけの期間で、日本の国土はその3割を食いつくされた)

 

それは鎧衣の集めた情報で、信じたくない情報でもあった。しかしここで、正しかったことが証明された。最もハイヴに近い北九州の部隊は、沿岸部より上陸した第一波こそ迅速に対応、撃滅に成功したものの、翌日の第二波には対応しきれなかった。

長崎より上陸してきた一団を迎撃している最中に、福岡に再上陸してきた突撃級を主とする師団規模の増援に後背をつかれた。大混乱に陥り、また前日の戦闘の損耗もあってか、あえなく壊滅。

 

下関方面に展開していた遊撃部隊も、山口より西進してきたBETAと、福岡より迫ってきた大群に磨り潰されてしまった。基地司令部はその時点で基地を放棄。一部の上官を残し、整備兵などは九州の南部へと撤退していったらしい。

 

らしいというのは、撤退したらしき部隊は行方不明のままだという。通信は途絶したままなので、彼らの安否は確認できていない。鹿児島の部隊も福岡より南進してくるBETAに対しての防衛線の構築に必死らしく、合流さえも出来ていないとのことだ。

 

山口は岩国の周辺に展開していた部隊も、同じく壊滅した。日本海沿岸部より次々に上陸したBETAを抑えようとしたが、遊撃部隊のごとく多方面から進撃してくるBETAには対応しきれなかった。

限界であると東の岡山方面に撤退するも、すでに岡山にまでたどり着いていたBETAとの挟撃にあってしまった。当然の事ながら部隊は削り潰され、わずか1割の生還者を残すだけ、他の者は兵装と共に黄泉の国へと旅立ってしまった。

 

更に東進してきたBETAを止めるために、神戸に展開していた大部隊に関しても無事には済まなかった。大橋の破壊により生き延びた四国から側面の援護を受けつつも、敵の数は多く、その猛攻は熾烈を極めたとのこと。何とか抑えきることはできたが、損耗は大きく。目下、戦術機甲部隊の3分の1が戦闘不能であると見られていた。

 

総じて戦死者多く、帰らぬ衛士が多数。つまりは相当数の戦術機を失ったということだ。また、迎撃にあたった部隊の戦術機の数が多すぎたせいで、整備の手が回りきっていなかった。正確な数は把握できていないが即応できる状態にある戦術機甲部隊は、開戦の実に半分に届けばいいというぐらいらしい。

 

次々に紡がれるBETA戦との情報を頭の中で像にしていった。情報をまとめる樹。

そこに、大将軍からの言葉が飛んだ。

 

「冷静だな、紫藤の」

 

戦友が死んだ。国土が荒らされた。守るべき国民が死んだ。それを聞かされたのに、態度にはおくびにも出さない樹。

その態度に、崇宰恭子は憤りを感じていた。側近の者は苛立ちを。だけど問いかけられた声に、樹は迷うこと無く応えてみせた。

 

「冷静にもなりますよ。何故ならばまだ、戦いは終わっていないですから」

 

大勢が死んだ。人の命の悲劇を数で表したくはないが、それでも途方も無い数の国民が死んだことは事実である。だけど、まだ続いているのだと樹は言った。

 

泣くのはいつでもできる。憤るのも同じ。だけど対策は、早ければ早いほうがいいと実感のこもった声で返した。一秒迷えば一人が死ぬ。10分であれば何人が死のうか。それが決して大げさではない世界で、樹は戦ってきたのだ。

特に英雄部隊と称されたかの部隊の責任は大きく、時には一歩間違えば後背に居る部隊諸共に引き千切られる可能性があった。

 

それを思えば、まだ冷静さを欠くには早すぎると。

 

「ありがとうございます。迷惑でなければ、対策を――――本日中に、紙にまとめて送付させて頂きます」

 

言いながら頭を垂れる樹に、その場にいたほとんどの人間が呆気にとられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー………疲れた」

 

樹は四方八方から重圧が襲ってくる部屋を後にして、まずため息をついた。何よりも、香月夕呼から与えられた任務を達成できたと。

 

(次代の五摂家。各家の人間の資質を見極めろ、か)

 

不遜にもほどがある命令だった。だが確かに必要であると納得したものだが、それでもやる方からすればたまったものではないのだ。特に武家としての世界を知る樹だからして、その重圧は意識的にも無意識的にもきついものがある。だけどひとまず、と歩いている樹だが、背後より呼びかけられた言葉に足を止めた。人の悪い鎧衣課長かと一瞬思ったが、違う。

今は身を隠す方向で動いているはずだ。碓氷沙雪は車の方で待機している。

 

何より、声はつい先程聞いたものだ。その推測は正しく、尋ねたいことがあると自分を呼び止めたのは斑鳩崇継だった。傍らには風守光がいる。そして極めつけ、その後ろには煌武院悠陽と月詠真耶の姿があった。樹は少し冷や汗をかいた。五摂家の次代の希望の人材、その二大巨頭が二人揃って何のようだろうか。

しかし剣呑な雰囲気は感じられず、自分をどうこうしようというつもりが無いと察した樹は、話す時間はまだありますと続きを促した。

 

そして、続きを切り出したのは煌武院悠陽。樹はかつての主君との距離感に居心地の悪いものを感じつつも、話を聞いた。

 

「ベトナム義勇軍について。大尉が知っていることを、お教え願いたいのです」

 

真摯な瞳に、頭を下げる悠陽。樹はぎょっとした後、説明を促した。居心地が悪いのもあったが、何より傍らにいる緑の髪の女性が怖すぎたのだ。言葉を受けて、悠陽は説明を始めた。内容は島根の海岸沿いの迎撃戦と、瀬戸内海での攻防について。樹の耳には、途中で事故が発生したが大橋の破壊には成功、四国の被害は最小限で済んだというもの。

 

なのに何故、と聞き返すと、重い口調で答えは帰ってきた。

 

「光州作戦でのことです。大尉は、作戦の内容を把握していますか」

 

問いに紫藤は、大体の経緯は把握していると答えた。作戦の事細かくまでは調べていないが、何が問題となって、結果何が起きたのかは把握していると。樹の認識している限りを聞いた悠陽は、それならばと口を開いた。

 

「退役となった彩峰中将。彼は、私の教師でありました」

 

悠陽は言う。戦場の習いに戦争の心構え、そして指揮官として立つものの在り方について。

様々なことを学びましたと、まるでそれを誇るように。だからこそ、事の発端の一因を担った義勇軍についてを知りたいと。

 

「お話は分かりましたが、何故自分に?」

 

「義勇軍の衛士は、非常に優秀であることは間違いないようです。ですから、大尉は恐らくその方々を知っているものかと」

 

あくまで推測に過ぎなかったが、納得できる動機だった。作戦の顛末も聞いてはいる。

年若い悠陽様は、それを成せる衛士を、自分ならば知っているはずだと思ったのだ。

だから答えられることならば、と頷きを返した。まずは名前を。そう聞き返した樹に、答えたのは傍にいる月詠真耶だった。

 

「失礼を。まず一人は、鉄大和。階級は少尉です」

 

「………知らないな。日本人か日系人か、いずれにしても聞いたことはない」

 

何か、ひっかかるものを感じつつも樹は知らないと答えた。

 

「次に、王紅葉。階級は、同じく少尉です」

 

「同じくだ。中国か台湾か、どちらの出身かは分からないが」

 

ユーリンとインファンという、今は統一中華戦線となった国軍の出身者であるが、どちらの口からも聞いたことがない。回答する樹に、最後ですと真耶が言った。

 

「マハディオ・バドル。階級は中尉です」

 

「――――マハディオ?」

 

確かめるように。嘘偽りはないかと問い詰めるかのように、樹は聞き返した。

その後、すぐに無礼を知って謝った後、樹は深呼吸をしながら答えた。

 

「ネパール人。初陣は1994年。ポジションは強襲掃討だったか」

 

「随分と、詳しいですね」

 

怪訝に思う真耶に、樹は複雑な表情を浮かべながら答えた。

 

「海の向こうで、それも同じ隊で戦ったことがあるからな」

 

「っ、それでは………!」

 

「コール・サインは“クラッカー8”。葉玉玲の前任者になるか。タンガイルまでは、そして同じ銃口を向けて戦った戦友だ」

 

しかしどこか、語る言葉は歯切れの悪いものだった。

それとなく事情を察した風守光が、言葉を挟む。

 

「他の二人も、知っているかもしれません。その他の特徴は………」

 

「王紅葉の方は、何も。統一中華戦線の方にも、名前はさほど売れていないそうです」

 

優秀な衛士となれば、耳良い活躍が過去にある。そう思って収集した情報にも、意味がなかった。

淡々と結論をいう真耶は、そしてと言葉を続けた。

 

「同じく、もう一人。だけど何よりの特徴を持っています」

 

鉄大和の事である。月詠真耶は、未だに信じられませんがと前置いて、その人物の特徴を語った。

 

「技量は間違いなく、3人の中でも最高とのこと。そして基地の情報員が聞きたした内容ですが、彼の年齢は――――15歳とのことです」

 

それを聞いた途端、樹は硬直した。

そしてぶつぶつと、浮かんできた言葉を声として形にしていった。

 

「15歳で、あのマハディオより………? 手練の衛士………そして光州作戦の妙なまでの手際の良さ………………」

 

「た、大尉?」

 

豹変した樹に、真耶が驚きながらも言葉をかける。

すると思考の迷路より戻ったのか、樹ははっとなった後に佇まいを直し、そして答えた。

 

「知っている、かもしれません。確証はありませんが………」

 

だけど、やはり。樹はそう呟きながら、口元を歪ませた。

それを見ていた4人は、事情が分からないままに疑問符を浮かべた。

 

「無責任なことは言えませんので、できれば後日に。それで、聞きたかった理由とは」

 

たずねる樹に、答えたのは悠陽だった。少し重々しい空気を纏う彼女は、先日に報告を受けた内容を答えた。

 

「ベトナム義勇軍の3人に、作戦妨害の嫌疑あり。罪状は大橋破壊の任務に対しての妨害に、同隊衛士である帝国陸軍の衛士への攻撃」

 

明日にもここ京都に護送されるとのことです、と。

 

その言葉は、雲がかった京都の町に不思議と響いて消えていった。

 

 


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