Muv-Luv Alternative ~take back the sky~   作:◯岳◯

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13話 : 理由、交錯する思い_

私が生まれた頃には、世界はもう狂っていたらしい。ちょうど、人を敵とする世界から、BETAを敵とする世界へ変わり始めた頃だったという。

 

故郷の小さな田舎町でも、地球外の生物が戦争を仕掛けてきていること、話題になっていた事はうっすらと覚えている。だけどその頃はまだ、私の周りの世界はまともだった。どこか他人事で、夜に見えるお月さんのように遠い所で何かがあった、そんな風に思っていた。皆もそう思っていたと思う。

 

ただ、平和だった。どこか抜けている父。笑い声が特徴的だった母。真面目で厳しく、どこか冷たい所もあるけれど、優しい姉さん。堅物で怒りっぽく、それでもひとたび泣けば目に見えてオロオロして、辿々しくだけど頭を撫でてくれた。そして、全ての特徴を兼ね揃えていたおばあちゃん。だけど誰よりも、一等優しかったのは知っていた。家族が居て、近所の友達、頼れる幼なじみの兄が居て、事件もなく毎日が過ぎていった。まるで遠い異国で起きている戦争など、関係ないというように。

 

だけど、徐々に変化が訪れてきた。何より最初に、食卓に並ぶ料理が変わった。食料品の値段が高騰したと、母さんは嘆いていた。果ては日用雑貨にまで影響は及んでいた。洗剤も高くなり、同級生の中には碌に洗濯もできない家があったらしい。ぶっちゃければ、教室の中が臭くなっていた。先生もそれが分かっていたようだけど、特に追求をすることはしなかった。

 

今思えば、あれは大人な対応というやつだったのだろう。だけど、小さな子どもはまだ分別というものを知らない。あからさまに嫌な顔をする友達がいて、時間の経過と共にそれは声となって、罵倒の音響が積み重ねられる度に雰囲気は悪くなっていった。空気が目に見えて淀んでいったのは今でも覚えている。尤も脳天気な私は、夏の恒例であった近くの川への遠足が中止になったことを盛大に嘆いていただけだけど。

 

だけど、自然なことだと思う。衣食足りて礼節を知るという言葉のように、人は本能と呼ばれるべき部分を脅かされれば警戒を顕にするものだろう。

 

そこからは早かった。

 

テレビやラジオでは大陸での勝利が叫ばれているのに、引き下げられる徴兵年齢。村の若いお兄さん達は、格好をつけた敬礼をしながらバスに乗って去っていった。あの人たちの大半が今なにをしているのかは気になったが、深く考えることはしない。姉さん、碓氷沙雪と九十九兄、那智九十九は最後まで喧嘩をしていた。言い争っていたのは、国連軍に入るか陸軍に入るかについて。沙雪姉さんは国連軍に入るべきだといった。対する九十九兄ぃは、陸軍と。いつもは嫌になるぐらい仲が良く、部屋でやれよと言いたくなる雰囲気を醸し出す二人だったが、その時はどちらも一歩も退かなかった。

 

喧嘩をしている所は何度か見たけど、その時の雰囲気とはまるで違う、剣山のような空気。きっと、どちらにも理由があったからだ。沙雪姉さんは村でも飛び抜けて優秀で、何かを悟っているかのようだった。だけど九十九兄ぃにも譲れない所があったのだろう。先に戦争に行ったお兄さん達の全員が帝国軍に入ったというのも理由の一つとしてあるかもしれない。

 

最後は、喧嘩別れだった。陸軍に入ると村を去る九十九兄ぃ、見送りに来なかった姉さん、泣くことしかできなかった私。だけど、落ち込んでいる暇はなかった。その後も村の生活は厳しくなって、ついにその時がやってきた。

 

私達も徴兵されることになったから。先に、年上である姉さんが国連軍に入った。

村を去る姉さんに、国連軍に入るとそう嘘をついた私は、2年後に陸軍に入った。私にも、譲れないことがあったから。九十九兄ぃが心配だったし、姉さんが自分から折れないことも知っていたから。

 

もう一度見たかったのだ。あの頃のように、馬鹿をして、時々は喧嘩もするけれど、最終的には顔を赤らめながらも謝りあう二人のことを。いつか私の手で取り戻すと、自分に誓いながら陸軍の門をくぐった。思いの強さならば負けないと、絶対に生き残ってやると息巻いていた。いくつかの誓いを胸に、銃を手に取る場所に入った。

 

だけど間もなく、私は打ちのめされた。まず思わされたのは、私が特別じゃないということ。みんながみんな、何かしらの決意をもって軍の中で生きていた。全てが全てではないけど、かなわないと思わされるぐらい私以上に強い意志や、目的意識を持っている人がいた。そして、才能が人の在り方を左右するものだと思い知らされた。戦術機の適正があった私は、まだ幸運だったのだろう。

 

だけど同じ衛士でも、隔絶していると確信させられるように強い人がいた。同じ訓練をしているはずなのに、まるで成長速度が違う天才はいるものだ。精鋭とも呼ばれる部隊の人間は全て、そんな天才だった。今は同じ隊の仲間である橘操緒のように、一を聞いて五が伸びる精強な。村の中しか知らなかった私は、翻弄され続けた。価値観というものが、左右に振り回されては上下に揺すられる。

 

その中で私は変わっていった。自信を持っては奪われ、潰され、這いずるようにして生きた。だけど、足を止めることはしなかった。変わらないものが、確かにあったから。それを自覚したのは、大陸で死にかけた時だった。今にも死神の鎌が振り下ろされんという時でも、私は目に焼き付いて離れない光景があった。それは目の前で死んでいった同じ隊の人たち。何の例外なく、みんなの生命は無残に引き千切られていった。人が死ぬ所を見たのは初めてではなかったが、思った。

 

――――これは、ない。これはないでしょう、と。

 

久しぶりに再会した九十九兄ぃ、会えたことに浮かれていたからかもしれないが、それは本当にこの上なく、衝撃的だった醜悪な怪物に蹂躙されるということ、聞くと見るとではおおいに異なるものだと知らされた。何度だって思う。あんな、悲鳴の、肉の、脳漿の、骨の、人間はあんな死に方をするものではないって。

 

だけど泣いても叫んでも届かずに、それを見ていることしかできなかった。嫌だと思って、そこから先は手段なんて選んでられなかった。その前の私なら、外国の部隊である鉄くん達に鍛えてもらおうなんてこと、思いつきさえもしなかっただろう。無謀だって言って、諦めて終わりだったに違いない。だけど、動いてみれば案外何とかなるものだった。訓練は厳しかったけど、その分だけ成長していったのが分かった。

 

その反面、理解したことがある。それは、自分が脇役だということ。成長はしたに違いない、だけど何かを成せるような者ではないことを理解させられた。物事に偽りと真があるように、何かを成せる人間とは限られているのだ。

 

そして本物とは鉄大和のような、ああいった人間のことを言うのだろう。

 

(私に出来ることは、あまりにも少ない)

 

辛い訓練を乗り越え、強くなったと思う。だけど九州の戦いでも、そして島根からここ岡山の戦闘でも、私は特に役に立つことはできなかった。人を率いて勝利に導く、そんな事はできない。あんなに強そうだった赤穂大佐でさえも、私達に後のことを託し、死んでいった。

 

だからこそ圧倒的に劣っている私が、BETAをどうこうできるなんて思えない。けれど、何もできないことはない。せめて諦めないことしかできないけど、それだけは手放すまいという意地があった。

 

そう思いつめて、だからこそ許せないものがあった。それは駄目なのだと、悟らされた。気付かされたのは、時間稼ぎに成功したと安堵した直後、突然に起きた凶事を前にしてだ。

 

わけも分からぬうちに急転直下、気づけば大和くんは凶刃に晒されていた。あまりにも唐突すぎる、誰もがついていけなかった事態。それは、駄目だ。駄目なのであると、私は気づかされた。それだけは、絶対に駄目なんだと、心の中の何かが叫び声を上げた。

 

その刹那の後、私は心の動きに逆らわずただ考えないままに思考を行動に反映させていた。

そこにはきっと、冷静な軍人らしき意識など何処にもないのだろう。だけど身体はいつもの、九州で受けた“訓練”の通りに動いてくれた。

 

最速を願い、迷うこと無くフルスロットルを。バーナーの火、推進力を背負い、脇目もふらず狂人の元へと突っ込んでいく。

 

そして間一髪、振り下ろされる長刀が振り下ろされる前に体当たりをぶちかました。作用反作用の法則の通りに、コックピット内に衝撃と震動が駆け巡っていった。脳をも揺らすそれに、意識が朦朧となるが、それも一瞬のことだった。衝突した時に頭をどこかにぶつけたのか、額から流れでた血が右目に流れていく、だけど生きているのは生きている。

 

だけど、それは向こうも同じだったらしい。ふらついてはいたがすぐさまに体勢を立て直し、手に持っている長刀を今度はこっちに向けてきた。

 

横から誰かの声が聞こえるが、その意味を把握する時間もない。対する私は無手の状態だ。

突撃銃もぶつかった時に落としていた。拾えばまだ勝機はあるけどそんな隙なんて相手は与えてくれないだろう。そこまでの判断に注ぎ込んだ時間はコンマ数秒。激しい頭痛に意識が朦朧とするが、無我夢中のまま正面から突進していった。

 

自分が叫んでいるのかも分からない。だけど機体の指先には、確かな感触があった。

 

(コックピット、捉えた!)

 

手を離さず、突っ込んだ勢いのまま、相手のコックピットを押さえつけて押し倒す。地面に激突する衝撃を逃さないように。そしてそれは、効果があったのだろう。衝撃の後、相手の機体はぴくりとも動かなくなっていた。きっと耐えられず、気絶したのだろう。何の考えもなくやったことだけど、有効な戦術だったようだ。

 

そうして気が抜けた直後、いよいよもって目の前がぐにゃりとゆれた。まるでゆめのなかにいるような、そんなかんかくになる。

 

 

意識がクリアになったり、ふいにうすくなったり。

 

 

『ふ、風花!』

 

 

つくもにぃがわたしをよびすてにしてよぶ。まだせんじょうなのにだめだなぁ、なんていいたくなったけど、あまりにひっしなこえだから笑うにとどめた。

 

だけど、あたまはまだ。しょうげきに、しかいがぐわんとなっている。おしたおしたしょうげきは、こちらにもつたわっていたからだろう。

 

そして次々に入ってくるつうしん。みんなへんにうろたえた声で、つくもにぃといっしょでひっしなぎょうそうでわたしをみていた。

 

なんで、そんなに。そう思ったけど、くりあになったしかいの中でわたしはその理由を悟った。

 

光がみえる。そして、ぎんいろがみえた。板のような銀に、赤い色がふちゃくしている。

 

だけどわたしはいきているから、とうでをふろうとして気づいた。

 

映像に、ぼやけていた意識が鮮明になるのが分かった。

 

なぜかって、ふと見下ろした足元、そこにはとても見覚えのあるものがあった。

 

 

(………あれ、私の腕が、なんで……………離れて、落ちて、地面にころがって?)

 

 

ようやく認識して――――直後に襲ってきた激痛に、私は叫び声をあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あまりに一瞬のことだった。予兆なく襲いかかってきた、仲間の衛士のはずだったもの。完全に予想外で、背後。完璧に不意をつかれた一撃だったが、鉄少尉は咄嗟に回避してみせた。だけど続く連撃には対応できなかったようで、瞬く間もあればこそ、すぐさまに少尉は窮地に追い込まれた。

 

どこか夢の出来事のような、現実離れした展開。自分もそして他の誰もが事態の認識に手間取り、咄嗟に動くことができなかった。唯一、あの脳天気な幼なじみを除いては。

 

『う、あぁあああ―――っ!』

 

聞いたことのない必死な叫び声、その後に衝突の激音が。だけど襲ってきた衛士、そして風花も倒れなくて。状況は長刀を構えた誰かと、銃を落とした風花。そこでようやく、事態を認識できた。

 

幼なじみが危ない。だけど操縦桿を操作する前に、両者は動いた。突き出される長刀に、突っ込んでいく風花の機体。一瞬の間に、勝負は終わっていた。衝撃と共に、ぬかるんだ地面から泥が舞う。

その後に見えた光景はとても認めなくないものだった。地面に倒された相手の機体は沈黙している。

 

だけどそれに乗っかかる風花の撃震の――――そのコックピットを、長刀が貫いていた。通信で呼びかける。そして見えたものも、認めたくもないものだった。まだ、生きている。コックピットは中央を貫いたわけではない、跳躍ユニットからも微妙にはずれている。だけど、振られた手、風花には右腕がなかった。そして直後、悲鳴が通信に乗って俺の耳へと届いた。

 

『痛い、痛い、痛い、ぁあああああああああああっ!』

 

『落ち着け、暴れるな! くそっ、血が………っ!』

 

『痛いよ、おばあちゃん、おかあさん、おねえちゃん………いたい、いた………っ!』

 

腕は二の腕半ばから断たれていて、そこからは赤い血が流れ出していた。信じたくない光景と、あまりな叫び声に胸が締め付けられる。視界が滲んできたが、今はそんなことをしている場合でもない。急ぎ、風花のもとへ駆けつける。そして機体を四つん這いに、急いで自分のコックピットから出ると血が滴り落ちているコックピットに。

 

そして、自機のコックピットを開けるように叫んだ。反射行動か、あるいはまだ意識が残っているのか、間もなくコックピットは開き、中から血まみれの風花が出てきた。迷わず抱えたまま、走る。その身体の軽さに、懐かしい感覚にまた泣きそうになるが、自分のコックピットに走る。直後に聞こえたのは、忠告だった。

 

『な、那智中尉! 急いでそこから離れて!』

 

必死な言葉に、思わず身体は動いていた。

 

風花を膝の上に抱えたまま、片手で機体を後ろに跳躍させる。

 

直後、仰向けに倒れていた撃震が爆発。風花の機体を巻き込んで、残骸になっていった。

 

(な、んで、自爆を………いや、それよりも!)

 

死んだ誰かのことなんて、今はどうでもいい。もたれかかるこの子の方が大事だと、頭を働かせようとするが、先に指示が飛んだ。四国へと飛べという。瀬戸内海を挟んだ向こうには医療用の施設があるからと。だけど、素直に頷けないものがあった。今も橋は落ちておらず、このままBETAの大軍に渡られでもすれば治療した所で死んでしまうだけ。

 

この子だけは、死なせられない。村に居た頃より、大きく変わってはいても変わらず脳天気な所があった妹分を。こちらに来た理由の一つに、俺とあいつのことが含まれているのは分かっていた。

 

見ていないようで、周りを見ていたこの子のことだ。このまま別れたままでは二度と俺達が再会できないということも、察していたに違いない。だから、守った。あの大陸での出来事、その責任を追求されたこと、実を言えば否定できない部分はあった。

 

あからさまではないが、死ににくいポジションに配置したこと、そしてあの子を守るように立ちまわったこと、責任を追求されるレベルではないが、そういった行為をしていたことに違いはない。だからこそ、安全を。指示を飛ばしたバドル中尉に問うが、答えたのはまた別の人物だった。

 

 

『大丈夫だ、大丈夫にするから』

 

 

だから行け、と。命令をする鉄少尉は、何故か全く違う人間のように見えた。だけど風花はまた違った感想を抱いたらしい。聞こえた声に反応したのか、通信越しの向こうにつぶやくように言った。

 

「っ、駄目! しんじゃ、死んじゃぁ、だめだよ」

 

『………ああ、約束だ』

 

すみませんと、鉄少尉が言って。それきり、風花は意識を失った。

 

早く治療を、との声を背後に俺は四国側へと機体を走らせるべく血に塗れた操縦桿を握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四国へと飛んでいく機体を見送った後、私は指揮官へと問いかけた。主に先ほどの発言についてだ。

 

『大丈夫にする、とはまた大きくでましたが、それはこの状況でも可能であると?』

 

『俺達しかいないんだ、言ってる場合じゃない』

 

『初芝少佐の方は、期待できないんですか』

 

『あっちは混乱してる。奥の手が潰されたからだろうな』

 

聞けば、通信の向こうからは怒声が。何故作動しない、という訳の分からない言葉が飛び交っている。問い詰めると、鉄大和はあっさりと答えた。

 

少佐は橋の半ばでSー11を機動、限定的な方向への爆圧でもって大橋の爆破をしようとしたが、“何故か”起爆装置が壊れていたと。そして同じく、橋の爆破の工作を仕掛けていた工作員とも連絡が取れなくなったらしい。ともすれば地方単位で大規模な混乱が起ころうかという重大なことを、何でもないように言ってみせた。

 

そんな鉄大和の様子は置いておくが、一体どういうことだろうか。この場面で起爆装置が2重に故障などと、いくらなんでもおかし過ぎる。本土防衛軍よりは緊張感が足りていないとのことかもしれないが、それでも起爆装置の故障に気づかないなんてことが有り得るのか。橋の破壊だって、何度も想定された状況であるはずだ。装置の重要性が、分かっていないはずがないのに。

 

『………さっきのあれと同じ口だろうな。見えない手が伸びて、悪さをした。で、その手の持ち主は四国が陥落しないと気が済まないらしい』

 

『まさか、帝国軍の中にそんなことを考える者がいるはずがないでしょう』

 

『勿論、帝国軍じゃない。帝国軍があれを扱っているとは思えないからな』

 

あれとは一体なんだろうか。追求するが、鉄大和は言葉を濁すだけで答えなかった。呆れたような様子で、ただくだらないものさ、と答えて。

 

――――その態度に、私は言葉にならない違和感を覚えていた。

 

私は鉄大和という人物とは、何が分かると言えるほどの付き合いを持ってはいない。せいぜいが、先任と新人、一時的な協力者であるのみ。それでも、今の目の前の少年は先ほどまで前線で戦っていた人間ではない、何かが違うと確証はなくとも確信させられるものがあった。

 

先ほどまで戦っていたのだ、機体も同じ陽炎であるし、中身が違うはずがない。人が瞬時に入れ替われるワケがないのだと、故に気のせいだと理屈は回答する。だけど違うと、そう言いたくなっている自分がいる。それを知っているのか、目の前の男はどこか、癇に障るような表情を浮かべている。

 

その態度に質問の雨の降らせたくなった、が――――それを置いてもこれだけは聞いておかなければならなかった。

 

『碓氷少尉を、見捨てはしないでしょうね』

 

『当たり前だろう』

 

男の表情が変わった。どこか巫山戯たようなそれから、鋭利な刃物を思わせるような色に。

 

『仲間見捨てるほど、落ちぶれちゃいない。お前にも手伝ってもらうぜ』

 

『一体何を………いえ、貴方のやること次第ですが私だって仲間を死なせるつもりはない』

 

『さっきまでと目的は変わらんさ。だが、一人じゃできないことでな』

 

言いながら、未だ混乱中の帝国陸軍衛士達に指示を出していった。先程まで鉄少尉を頼っていた連中だ。しかし今ではさっきの凶事の事があまりに鮮烈だったのか、どこか歯切れの悪い応対しかしていない。経緯が正しく伝わっていないのだろう。全員があの一連の出来事を見たわけじゃない。

 

事情を知らない者からすれば鉄大和が、否、私達が帝国軍に歯向かったようにも見える。鉄大和が凶行に出て、それを止めようとしたと、そう考えてしまう者もいるかもしれない。

 

彼も、周囲の衛士達が考えることはある程度分かっているだろう。だけどそれを一切無視し、少年はただ箇条書きにするように端的に命令を下していった。

 

一、四国の帝国陸軍は橋の爆破に失敗したから、自分たちが代わりをすること。

 

二、大橋は斜張橋だからして、その特徴であるものを徹底的に破壊すること。

 

三、これらの方針に納得出来ないものはさっさと四国へと去ねとのこと。

 

自爆した先の衛士には一切触れないのは、良かったのか悪かったのか。それは分からないが、残った人間の中の5人が四国へと飛んで行ったのは確かだ。残った衛士から聞いたが、去っていった者は先ほど自爆した衛士と親交の深かった衛士だという。そのあたりの理由を説明するということは、残った彼ら自身も未だ鉄大和を信じきることが出来ていないのだろう。

 

なんて、事態だろうか。先程まで頼られていた衛士は今やおらず、ただあるのは味方からも疑われている外国の衛士だという事実。しかし、今の日本が最上とする目的に関係がないものに意識を割くことは、はっきり言って無駄以外のなにものでもない。他の者達も同じだろうが、疑わしい所である。

 

やがて、直ぐ様に指示は出されたがまた戸惑いの声が上がった。出された命令だが、その内容には納得しきれないものがあったからである。しかし爆弾はもうないのだ。いや、残っているかもしれないけど、工作員と連絡が取れなくなった今、それを探している時間はない。不安が場に満ちていくのが分かった。

 

だけど彼は、後は任せろと断言してみせた。自信満々のその様子は頼もしく、そしてどこか酷薄という言葉を連想させるものが感じた。本当にこれでいいのだろうか、従うことが正しいのか、そういう思いを捨てきれないものがある。これがきっと、“こんな”になる前の鉄大和ならば、抱かなかった思いだろう。関係の薄い私でさえもこうなのだ、長い付き合いだと聞いたバドル中尉ならばどんな感想を持っているのだろう。

 

そう思って通信を試みたが、そこで見えたのはまた予想外のものだった。

 

『………バドル中尉?』

 

『あ、ああ、なんだ、橘少尉』

 

喉に何かが詰まっているかのように答える中尉。見れば、王の奴も同じような表情を浮かべていた。顔色は、二人共が青い。そして瞳の奥は、BETAの群れの中でさえも見せなかった、恐怖の色に染まっていた。だけどいい加減、もう時間がないのだ。

 

すぐさまに私達は動いた。鉄大和は後方に待機していた初芝少佐と、2、3の言葉を交わした後に、作戦を説明する。そして間もなく、作戦が開始された。まず迅速に、コンテナに残っていた弾を36mm、120mmともに補給する。そして一斉に、橋の基礎の部分に弾を叩きこんでいった。マズルフラッシュと斉射の音、そして着弾の音が何十にもなって聞こえてきた。あまりの五月蝿さに耳が痛くなるが、BETAがもうそこまで来ているのだ、止まってなどいられない。

 

そして次は、橋桁の下だ。斜めに通っている細い鋼材を、長刀で断ち切っていく。多くが太い部材まで切りつけてしまい、長刀を折ってはいたが、鹿島中尉だけは見事に斜めの部材だけを斬ることに成功していた。かといって、他の衛士達が未熟ということでもない。跳躍してからの斬撃で、そこまで正確な太刀筋を描けるのが異常なのだ。その下では、九州の部隊の中でも、損傷が激しい撃震を配置していた。

 

あちこち齧られたり、要撃級に腕をもがれたりした一部の機体を壊れた橋桁と橋の基礎部分に置いて、中に居る衛士は別の機体の中へと乗って、退避していった。全て必要なことだという。そんな作業中に、時折向こうの方から民間人の車が走ってくるのが見えた。

 

四国側の道は封鎖する、という前もっての勧告はあったのにここにやって来るとは。そう考えてはいたが、彼らも必死なのだろう。あるいは、ここから東に抜けて近畿までは逃げ切れないと見たのか。どのみち、軍が民間人を見捨てる訳にもいかない。

 

助けられるからには助けるのが当然と、初芝少佐はまだ通れるとして橋の上の通行を許可した。起爆しなかった時は相当に動揺していたらしいが、何とか落ち着いたらしい。鉄大和の策に対して反発もせずに、ただ指揮に従っていた。鹿島中尉は何事か問い詰めたかったらしいが、残された時間も僅かということで何とか整理をつけたらしい。いくらかの戦術機の誘導により、民間人に避難の指示を出していった。ただし、乗る車をある程度“乗り捨てさせて”だ。まだ席に余裕のある車に、別の車に乗っていた民間人を強制的に移動させていた。

 

席が空になった車を路の橋へと寄せ、そうして両脇に車が20台ほど集まった時だった。

HQから通信が入る。南進してくるBETAがここに来るまであと1200秒という距離にきた。西側のBETAも、警戒すべき所までやってきているとのことだ。連絡を受けた鉄大和は、仕上げだと言って退避のルートである橋の上に全員を集めさせた。最後に、橋の上の道路にありったけの残弾を撃たせた。橋の上が、人の手ではあり得ない大口径の砲弾で耕されていく。

 

そのままBETAが肉眼でも確認できる距離―――残り180秒になった所で全員に退却を命じさせた。

 

が、はいそうですかと納得できるものでもない。

 

『どういうことです! 橋はまだ破壊できていないのに何で!』

 

『俺は信じろといった。信じられなければ残って、犬のように死ねよ』

 

『っ、貴様は何を―――』

 

『止めんかい、そこまでや!』

 

初芝少佐の制止の声が入る。そしてまた、2、3確認を取った。

 

『失敗した私達が言えることやないが………橋は破壊できるんやな』

 

『できなければ、大勢が死ぬ。そして俺はそんな糞のような結末を許すつもりはありません』

 

『………分かった。全員、退避せえ』

 

初芝少佐からの命令だった。何人かが反発していたが、少佐の迫力に圧されてか、直ぐ様に全員が退却していった。残ってもどうにも出来ないと判断したからだろう。かといって、基地にまで引っ込むつもりはないらしい。

 

橋の向こうで陣取って、BETAが橋を越えてきた場合はそこで迎撃するとのこと。去り際に軍法会議がどうとか何とか聞こえたが、私はそんな事を聞いている余裕などなかった。ここが本当の佳境なのだ。結果如何によっては、軍も民間人にも数えきれない被害が出る。

 

破壊する化け物の名前はBETA。そいつらがやってくる方向、そのあたりに恐らくは民間人のものであろう車が何台も見えた。避難に遅れた人たちらしく、どうやらこちらを目指しているようだった。

 

しかし、私は歯噛みする。距離と速度を見るに間に合うのかは五分と五分、だけど無事辿り着いたとしても橋を通ることはできないだろう。36mmをひたすらに叩きこまれた道路の舗装は荒れに荒れすぎていて、車が無事通ることができる可能性など、皆無である。橋はまだ健在だ。突撃砲や長刀で橋の基礎や橋桁を破壊してはいても、まだ落ちる様子はない。

 

それなのに一体どうするつもりだろうか、その方法は。退避せずに残っていた私と王、そしてバドル中尉が問いかけると、鉄大和はこう言った。

 

『あるもの全てを利用する。そうして大丈夫にする………これ以上、交わした約束を違えるつもりはないんだ』

 

自分の胸を指差し、答えられたからにはそれ以上言えることもない。退避する中、一度だけ振り返って見た光景は、空に向かって突撃銃を構える陽炎の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一人残った橋の上でため息をつく。空は相変わらずの雨で、眼前には大挙して押し寄せてくるBETAが見える。市街部の舗装された道路の上だからか、突撃級の速度は最高速度に近い。170km近いあいつに追いつかれた車が、潰されては爆発していった。

 

市街地に残っている車も爆発しているのだろう、遠雷のように爆発の音が聞こえては煙を空に舞い上げていた。それを前に、俺は残弾を確認しながら、“声になったこいつ”に話しかける。

 

「本当、珍しいな。今日は完全には逃げなかったか」

 

《な、んのことだ》

 

「………答える程度には余裕があるか。てっきりマンダレーの時のように、俺のせいだと喚いて、自分の中に逃げたかと思ったのにな」

 

そうなれば、“ああ”なる。それが防げたのは、不幸中の幸いだった。成長だと、言えるのかもしれない。あの時の白銀武はたて続けに起きた事態を受け止めきれなかった。

 

だから、状況が辛いからという理由でただ逃げた。ああ、全くもって俺らしい。

けど、間近で見るとこれ以上に腹が立つものはない。

 

「それを責めるつもりも、資格もないけどな。どの道、勝ち目がない戦争だ。その上で味方の足を引っ張ろうという輩がいるんだ、逃げたくなる気持ちは痛いほどに分かるさ」

 

四面楚歌の上で絶体絶命いや、その両方というべきだろう。

今の人類はまだ、一枚岩とは程遠い所にある。

 

指向性蛋白――――何の材料で作られているとか、誰が作ったとか、そんな詳細は分からないが、効果だけは元帥より知らされていた。“それ”を投薬された人間は、強制的な刷り込みを入れられる。そしてひとたび発動すれば意識が奪われ、設定された行動を取るのだと。そうして無意識なスパイを作り上げる、悪魔のような物質だ。

 

キーワードか特殊な条件下によって発動するらしいが、それが何だったのかは永久に分からない。自爆したからだ、そしてBETAに食い散らかされ、もう死体さえも残らないだろう。最後の自爆も、命令の一つだったのだろう。決して表に出てこない、出てはいけない世界の裏に存在するもの。そんなものが使われたという時点で、大概な状況が差し迫っていると言えるが。

 

間違いなく、何者かが何らかの目的をもって仕掛けたのだろう。

そして“俺”には、それを使う組織の心当たりがあり過ぎた。

 

《仕掛けた連中のこと、分かってるのか》

 

「決まってるだろう、あれを使う馬鹿なんて国連軍と深い関係を持っている馬鹿に決まってる。そしてこの戦況を考えると………おおかた第五計画推進派の裏工作だろうさ」

 

きっとこれは、前準備にすぎない。イカロス1からのデータの解析は間もなく完了するだろう、それを踏まえての布石を打ってきたということ。

 

《イカロス1?》

 

「37年も前に飛び立っていった星の海を行く船だ。そして今、万が一の避難先が存在していたことを地球に伝えた、すごい奴さ」

 

《………ダイダロス計画の》

 

そして、あの破壊の津波を呼び寄せるパーツの一つだ。第五計画――――それは、BETA由来の元素、ハイヴにあるとされるグレイ・イレブンという物質から作られる五次元効果爆弾でハイヴを一掃しようという計画だ。一方で一部の人間を、系外惑星へと避難させるという。それを知らせてきたのが、イカロス1だ。それも、万が一のためだという。推進派はG弾に絶対の自信があるようだから。

 

なんせ、時空間をも歪める神の如き力を利用しているという。核をも上回る威力を持ち、光線級のレーザーにも迎撃されないという理想的な兵器なのだから自信を持つのも当然だろう。

 

だけど、どうして考えなかったのだろうか。

そんなに便利な力を、簡単に使いこなせるはずがないって。

 

「時空間、なんてものはよく分からない。でも馬鹿な俺でも………太陽と同じぐらいには、手に触れてはいけないものだって分かるのに」

 

歌を思い出す。太陽に近づきすぎたせいで、墜落死したイカロスのことを。G弾も、それと同じものではないか。憧れ、手に負えないものに手を伸ばして、イカロスと同じように手どころか命までも引き千切られてしまう。

 

それに気づくのは、いつだって手遅れになってから。だけど実際に引き千切られなければ、痛みと過失に気づかないのだろう。イカロスの報告、系外惑星のことを材料に、G弾の集中運用を納得させる。勝ち目がないことを知っている人間であれば、飛びつくだろう。特に立場が上の人間ほど。なんせ勝ちの目と自分たちが生き残る方法の両方を得られるのだ、飛びつかないはずがない。別の方法が無ければ、という前提だけど。だから第五計画を完遂したい連中にとって、もう一つの方法である第四計画を担う日本が元気なままでは困るのだ。かといって面と向かってゴリ押しするのは、いくら米国とはいえど色々な問題が出てくる。世論をねじ伏せる力はあろうが、そんな無様なことをあの国がするはずがない。表向きは帝国軍に協力的に接し、裏ではお得意の工作を何度も張り巡らせているに違いない。

 

「最終的には、帝国軍の手で、京都に核を撃ってもらう。それが米国の狙いかな」

 

戦況不利として、核攻撃を提案してくると見た。帝国軍と斯衛の考えからしてそのような提案は受け入れられないだろうけどな。

 

《………核攻撃は、ある意味で負けを認めるに等しいからか》

 

「それも京都に影響のある範囲で行われてみろ」

 

千年の古都が放射能で汚染される。それも帝国軍、斯衛軍が敗北を認めた形の上でそれが行われれば、士気もクソもなくなってしまう。軍人といえども根底は誰もが日本人なのである。ほとんどの者が嘆き、そして絶望を叩き込まれるだろう。それだけに京都という都市は、日本人にとって大きいものだと聞いた。国外に関しても影響は免れない。

なんせ国際的にも無様な面を見せることになるのだ。それが日本主導で進められている第四計画にどういった悪影響を及ぼすかなど、言うまでもない。

 

そして核攻撃を行わない場合でも、米国はまた別の手を打ってくるはずだ。

 

「例えば、帝国軍の度重なる命令不服従――――付き合ってられんと言い捨てて日本から米軍を撤退させる、とかな」

 

梯子を外す理由が出来たと、喜び勇んで自国へと引き上げるだろう。そして日本は痛烈な被害を受けてしまう。どちらにせよ、日本の国力も国際的な発言力も著しく減衰するという結果が待っている。

 

米国への非難の声は出るだろうが、第五計画が完遂されればその反論の声も圧殺される。少なくとも米国自身は、そう考えているはずだ。そのためには、第四計画ないしは日本という国が元気なままでは困るのだ。そして、それを防ぐ手立てはない。

 

日本におけるBETAとの戦い、今のままでは勝ち目など存在しない。何よりもまず、決定打が存在しないからだ。海の向こうからやってくるBETAを断ち切る方法はなく、またこれから先に建設されるだろうハイヴを落とす方法もない。

 

「唯一の勝機はあったけどな。でももう、それを組み立てる“部品”が完成するに必要な要素は、何年も前に消え去った」

 

《要素、失われた………?》

 

「壊された、ともいうけどな。それよりも時間はないが、どうする」

 

定刻は間近だと、その声を聞いた声は、はっきりと答えた。

 

俺がやる、と。

 

一拍おいて、身体は深呼吸を選択した。酸素が血中をめぐり、そして声は声に、自分は自分へ。その瞬間、何かが切り替わった。

 

そうして戻った“俺”は、それでもと銃を空に向けた。

 

「何となく、分かってる。勝ち目がないことは」

 

BETAは、強い。マンダレーの勝利とて、向こうが透けて見える程に薄い紙が一重のもの。地球には更に大きいハイヴが乱立している。このまま真っ当な方法で戦っても勝ち目がないなんてことは、ベテランの衛士ならば誰もが自覚している。希望のない場所にいる、だけどそれは理由にはならない。

 

「敗北は必至な状況だって………でも諦めない理由にはならない」

 

耳に残っているのは、悲鳴だ。腕を切られた女の子の悲鳴が、残響となって心にこびり付いている。

 

――――実をいえば、あの瞬間に割り込むことはできた。体当たりの直後、どうにかすることはできた、なのに迷ってしまった。人殺しなんて、今更だ。直接手を下したことは少ないが、間接的に大勢の衛士を死なせてきた。そして別のことも考えてしまった。もしこの状況下で、自分の手で帝国軍の衛士を殺してしまえばどうなるのか、なんて。

 

仲間の命がかかっているのに、そんな事を考えてしまった自分に吐き気がする。ああ、クソだ。仲間より自分を優先する奴は、クソ以外の何者でもない。英雄と謳われはじめた頃を思い出した。自分の手が血と反吐と糞色になったような感触がする。極めつけは、自分のことを考えてしまったこと。

 

同じ国の衛士を殺したと。もしも純夏や、純奈母さんに知られればどうなるのか、なんてことを考えてしまった。痛感させられる。こんな汚いやつが今更、どうして帰ることなんてできようか。

 

帰るとは約束した、だけど約束をしたのは真っ当な白銀武という自分だったのだ。今の自分で、汚い考えをするようになった自分で、こんなに腐れた俺がどの面を下げて帰るというのか。あの馬鹿で、馬鹿だけどあの純夏と会うなんて、できっこない。

 

純奈母さんにも、そして夏彦おじさんにも会えない。会って話すということを想像するだけで恐い。

 

何より、あの――――先ほどの一部の衛士のような、裏切り者を見るような視線を向けられたら、と考えるだけで震えが来る。そしてまた、今。腕が千切れた仲間をおいて、自分のことを考えるような屑に吐気がする。

 

「俺は糞だ、屑だ、だけど………屑のままでなんかいたくない」

 

交わした約束が、あった。未だに納得できていない部分は多い。国は人のために、人は国のためにというが、だけど俺にとって国とは命を狙ってくるものだという認識が強い。そんな俺にでも仲間が居ることは確かだった。命をもって、俺は助けられた。

 

だから俺は、国ではなく人のために。俺の代わりにしてしまった、碓氷風花という女の子のために。そして後を託し、殿となって死んでいった赤穂大佐のために。もう遅いのかもしれない、だけど諦めて逃げるなんて出来ない。

 

そして残るならば戦う。

せめて糞のような俺が唯一の、他人には負けないと言える衛士としての腕でもって。

 

「約束を、した――――だから!」

 

声と共に、36mmを狙いすました上で斉射した。強風の中を突き進んだ劣化ウラン弾が、斜張橋の支柱より橋桁へと伸びているワイヤーの全てを断ち切った。

 

橋が大きく軋み、強風に煽られて揺れる。そして目の前にまで迫っていたBETAを置き去りに、大きく後ろへと跳躍しながら、前へと銃を構える。

 

そのまま、一秒、二秒、心臓の音を聞きながら、時間を計る。

 

 

「―――ここだ!」

 

 

引き金を引くと同時、突撃級が橋の入り口に踏み込んでから数秒後、橋の袂に待機させていた撃震が定刻通りに爆発して。同時に放った弾丸が道路の脇に置いていた車に命中し、ほぼ同時に橋の上下で爆発が起きた。そして、暴力的な突風は絶えず吹いている。

 

―――親父から構造力学を学んだ時に、聞いたことがある。その中で出てきたトラス構造というもの。

 

三角を基本とする構造、それは斜めに入っている部材を使って作るもの。斜材それ自体の強度は小さいが、主材である太い縦の部材の応力を小さくするために入っていると。それを前もって全て壊し、そして瞬間的に大きな応力をかける。超短期、瞬間的に爆発的な荷重を載荷するのだ。

 

上下に爆発による爆圧と、そしてこの徹底的に邪魔で糞で迷惑な台風そして、驚異的な暴風における風圧力。斜張橋の重要な部材といえるワイヤーが無い状態で、それらの荷重とBETAの自重が瞬間的に重ねて加わえられればどうなるのか。

 

いくらこの橋でも、負荷に耐えられるはずがない。部隊の一斉射で削られた柱、そして基礎であるコンクリートに罅が入った。橋を構成する部材のあちこちが軋み、曲がり、ボルトが弾け飛んでいく。そうなれば、あとは時間の問題だった。そして亀裂が入ったと同時に、更に罅が広がっていった。

 

必然の結果だ。例えば10本で耐えているものが9本になって、8本になって、それが耐えられるはずがない。連鎖して部材が少なくなり、壊れ、やがて崩壊はまた連鎖していった。

 

最後に鋼が軋む不協和音と共に、道路が大きく軋み、たわんでいく。

 

 

「仕上げだ、持ってけぇ!」

 

 

とどめとばかりに、宙空で左右に移動しながら戦術機が持てる兵装の最大威力である120mmの弾を、ありったけ。橋の上下に通っている支柱へと、しこたまに撃ち込んだ。

 

急いで着地した直後、橋の崩落に巻き込まれないようにと、すぐさま反転してその場を後する。

 

 

――――数秒の後。

 

 

死んだ衛士が地元の希望だと語っていた大橋が。

 

 

瀬戸内海の上を走る、本州と四国を繋ぐ橋が傾き、倒れ落ちる大きな音が聞こえてきた。

 

 

 


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